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8年間書き綴った『乗馬ライフ』コラムが最終回を迎えた!

『乗馬ライフ』というのは、隔月刊のほとんど日本で唯一の乗馬雑誌で、私はそこで足かけ8年間、コラムを連載してきた。このほど同誌が編集体制を一新して月刊化に踏み切ることになり、その機会に連載を終えるになった。最終回に次のような原稿を書いた。47回に及んだ連載の内容は、近々、私の個人サイト「高野孟の極私的情報曼荼羅アーカイブ」に収録する。

8年間の乗馬人生記録にお付き合い頂き
ありがとうございました

 この連載は、以前の「十勝森林警備隊馬日記」から通算すると足かけ8年47回も続いてきたが、今号をもって最終回を迎えることになった。私が帯広のリバティ・ファームで初めて野外乗馬の楽しみに出会ってたちまちその虜となり、年に数回は帯広はじめ北海道各地に通い詰めながら、岩手、神奈川、山梨、長野、福岡、熊本、鹿児島、さらにはモンゴル、タスマニアへと足を伸ばして、トレッキングで遊び、エンデュランスを競い、あるいはフランスの騎馬オペラ「ジンガロ」の日本誘致に取り組んだり、「NPO神奈川馬の道ネットワーク」の設立に奔走したりもした、私の馬との関わりのほとんどすべてがここに記録されてきた。このような機会を与えていただいた本誌編集部と読者の皆様に改めて感謝の意を表したい。

日本人は慌て者?

 この連載の底に一貫して流れていたのは、日本人の暮らしの中に馬を取り戻したいという私の切望だった。私が子供の頃は、東京・世田谷あたりでもまだ荷馬車が走っていて、祖母からは「馬糞はいい肥やしになるから拾っておいで」と言われたし、農村に行けばどこの家にも馬がいて、家族同様に人と一緒に暮らしていた。ところが昭和30年代になってトラックや耕耘機が普及し始めると、日本人は馬をまるで前近代の象徴であるかに忌み嫌って、たちまち暮らしの中から追い出してしまい、後に残ったのはギャンブルとしての競馬と一握りの人のための馬場馬術だけだった。
 ところが欧米では、自動車時代が来ても馬は人類数千年の友であり文化であるという認識を基礎にして、馬のいる暮らしをしっかりと守り抜いた。前に書いたことがあると思うが、西ドイツと呼ばれた頃のドイツの田園地帯では、タイヤの轍の分だけ舗装して真ん中に草を生えさせた農道があり、「どうして?」と訊くと「真ん中は馬が走りますから」と言われて驚愕した。馬と言ってもそれは牛乳運搬用の馬車の通り道で、その地方では今も、牛乳の流通は馬車で配送できる範囲までという伝統を守っている(ので加熱処理をしたり防腐剤を入れないで済む)のだそうだ。フランスでは、どこの村にも馬のいる農家民宿があって、それを借りて森や古城を散策することが出来るし、隣の村まで行って別の馬に乗り継いで旅を続けることも出来る。米国では、中西部の壮大な景観に不可欠の“景観動物”として馬の飼育に観光予算から補助金が出ているとも聞いた。もちろんどこでも、学校教育や障害者セラピーに馬を役立たせてもいる。
 それが成熟先進国らしい心のゆとりというものであり、それと比べて日本は目先の効率ばかり追い求めて大切なものを見失っていることに気付かない、まだまだ発展途上国並みの文化水準なのである。東北地方の寒村では、「年老いた馬の処理に困って屠場に送り、厩を急いで軽トラックの車庫に改造した家もあった」という古老の話を聞いたことがある。そんなに慌てて馬を捨てることもなかったろうに、その頃の我々は金稼ぎに必死で、文化に想いを寄せる暇などなかったのだろう。要りもしないダムや河口堰をやたらに作り川をコンクリートで3面張りにして自然の生態系を破壊したり、大規模団地の開発のために貴重な古代遺跡を掘り起こしたりして平気だった荒々しい時代の風潮の中で、馬もまた無惨に日本社会から抹殺されたのである。

暮らしの中に馬を

 しかし、日本的発展途上国の最後の徒花としてのバブルが弾け、その後の10年、15年に及ぶ暗中模索の末に今ようやく我々はまともな成熟先進国の住人として、もっと落ち着いた、安部総理のスローガンを借りれば“美しい”暮らしぶりを築き上げていくその入口にようやく到達した。そういう時だからこそ、単にスポーツやレジャーのためだけでなく、我々の自然への畏怖や生きものの命への愛の象徴としての馬を暮らしの中に復権させる必要がある。
 今年から本格的に活動を開始する予定の「神奈川馬の道ネットワーク」は、神奈川の湘南海岸や相模川河川敷や丹沢・箱根の山中の林道のどこにでもいつも馬がいるような県が首都圏の一角にあったらどれほど楽しいだろうかという発想から始まった。また私は今春、安房鴨川の山林に家を建てて移り住むが、すぐには無理でもいずれそこにも馬を飼って、近所の居酒屋まで馬に乗って飲みに行くことを夢見ている。私は私なりに出来ることをする。皆さんも是非、馬文化の復権のために何か1つでも出来ることを試みて頂きたい。長い間のご愛読、ありがとうございました。▲

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コメント (1)

モーツアルトも旅をしながら恩恵にあずかっていたはず
それは馬糞に生えるキノコで 神に会える成分があり 道端にたくさんはえていた 

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Profile

高野 孟(たかの・はじめ)

-----<経歴>-----

1944年東京生まれ。
1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。
通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。
同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。
80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任し現在に至る。
94年に故・島桂次=元NHK会長と共に(株)ウェブキャスターを設立、日本初のインターネットによる日英両文のオンライン週刊誌『東京万華鏡』を創刊したほか、PC-VAN・NIFTY-Serve・MSN、富士通ブロードキャストその他電子メディアのコンテンツ創造、講談社・小学館・集英社その他出版社のウェブサイト開設、『インサイダー』のメルマガ化、などを次々に手掛け、インターネット・ジャーナリズムの先駆的開拓者と呼ばれた。
現在、それらの経験を活かして、独立系メディアの総合サイト《THE JOURNAL》に取り組んでいる。
2002年に早稲田大学客員教授に就任、「大隈塾」の授業「21世紀日本の構想」、ゼミ「インテリジェンスの技法」、社会人ゼミ「ネクスト・リーダーズ・プログラム」を担当している。

-----<出演>-----

『サンデープロジェクト』
(TV朝日系、日曜10:00~)

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日系、最終金曜25時頃~)

『たけしのTVタックル』
(TV朝日系、月曜日21:00~)

『情報ライブ ミヤネ屋』
(読売TV系、月~金曜21時~)

BookMarks

東京万華鏡:TOKYO KALEIDO SCOOP
http://www.smn.co.jp/

INSIDER:インサイダー
http://www.smn.co.jp/insider/

大阪高野塾
http://www.osaka-takano.com/

-----<著書>-----


『滅びゆくアメリカ帝国』
2006年9月、にんげん出版


『ニュースがすぐにわかる世界地図(2006年版)』
2005年、ポスト・サピオムック


『最新・世界地図の読み方』
1999年、講談社現代新書

『情報世界地図 98』
1997年、国際地学協会

『地球市民革命』
1993年、学研

『21世紀への世界時計』
1991年、集英社

『入門世界地図の読み方』
1982年、日本実業出版社

→ブック・こもんず←



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