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襟裳は今年初めての真冬日、烈風が吹きすさんでいた!

今朝は5時起き、風呂に入りコーヒーを飲んでタクシーで大船駅に行って6時の電車に乗って羽田空港へ。7時55分発の帯広行き第1便で雪の帯広空港に降り立つと、迎えに来てくれたのは旧知の兼田紀幸さん。これがまた面白い因縁で、NHK「飛び出せ!定年」の取材・制作を請け負っているパオ・ネットワークというプロダクションの稲垣綾子ディレクターとカメラマン、音声アシスタントの3人は、一昨日に帯広でチーズ工房を取材した後、その近くに泊まってさらに周辺取材を続け、昨日のうちに襟裳に入っていた。それで、今朝になって再び帯広空港に着く私を迎えるために「日交ハイヤーえりも営業所」に前日電話して、「高野孟というのが明日帯広空港に来るので迎えに行ってもらいたい」と言った。その電話に出たのが、同営業所の2人しかいない運転手さんの1人である兼田さんで、彼は「エッ、高野さん、私知ってますよ。4年前に襟裳で一緒に一晩酒を飲んだんですよ。是非私に迎えに行かせて下さい」と言った。稲垣ディレクターは大いに訝って、私に電話して来て「そう言っているんですが、兼田さんてご存じですか?」と聞く。私は分からず、「うーん、確かに4年前に襟裳に友達と一緒に馬に乗りに行って、プライベート牧場を持っている神主さんやその馬仲間の方々と痛飲したけれども、襟裳のタクシー運転手の方はそこにいなかったと思うけど」と言ったのだった。

空港に降り立つと、その兼田さんが迎えに来ていて、襟裳に向かう1時間20分ほどの道すがらいろいろお話しをして、ようやく事情が判明した。4年前、正確には03年6月のその時、私は帯広での馬仲間というか私の馬の先生であるガンちゃんこと岩村和太一さんに連れられて襟裳に行った。岩村さんは帯広に住む航空自衛隊員で、前は根室レーダーサイト勤務だったが、5年前に襟裳のレーダーサイトに転勤になっていた。襟裳に行ったら、そこに自分の牧場で馬を飼って乗り回して遊んでいる手塚さんという馬好きの神主さんがいて、面白いから一緒に行こうと言うので、日程を組んで初めて襟裳を訪れた。元は牛の放牧場だった広大な原野や太平洋に面した百人浜の海岸をさんざん馬で走り回って夕方から牧場で宴会になると、そこへ東隣の浦河から別の牧場の馬仲間数人が交流に来て合流し、一層盛り上がった。兼田さんはその浦河グループの1人だったのだ。当時、兼田さんはまだ自治体の職員を辞めて馬の仕事をしようとしていた頃で、ところがその後、ひょんなことから「日交ハイヤーえりも営業所」の運転手が1人辞めて空きが出来たので来てくれないかという話が舞い込んで来て、彼は襟裳に移り住んでその仕事に就いた。だから、私が「兼田さんというタクシーの運転手さん」と言われて分からなかったのは当然だったのだ。その兼田さんが、たまたまプロダクションのディレクターが電話帳で調べて「高野を迎えに行ってくれ」と電話したその電話を受けるなんて偶然がありうるのか。これは本当にビックリした。

襟裳の取材相手は、えりも町の外れの庶野地区にある道立診療所のお医者さんである清水公男さんだった。長野県で大病院の部長を務めていながらそのポストを投げ打って、1年半ほど前に無医状態だったその診療所の医師として単身赴任で飛び込んできた赤ヒゲ先生で、その生き方には共感するところが多かった。取材の合間にちょっと時間があったので、兼田さんの車で航空自衛隊襟裳レーダー基地に岩村さんを訪ねた。岩村さんは突然現れた私に大いに驚き、兼田さんと一緒だったことになおさら驚いた。「せっかく来たんだから隊長に会って行ってよ」というので、正式名で言うと航空自衛隊襟裳分屯基地・第三十六警戒隊長、二等空佐、川口正志さんを表敬訪問して、コーヒーをご馳走になって四方山話をした。それにしても襟裳の寒風は凄まじく、鼻水が止まらなくなった。聞けば、昨年末までは暖冬気味で大して雪も降らなかったのが、ここへ来て急に寒くなり、昨日今日が今年初めての真冬日なのだという。

そんな訳で、人の縁の不思議を改めて感じた一日だった。それからまた兼田さんの車で帯広空港に走り、20時20分発の羽田行き最終便で帰った。岩村さんも今年5月で定年退職だという。岩村さんがいる間にもう一度襟裳に行って馬に乗らなければならない。

あ、今思い出した。私は4年前に襟裳に行った時の話を、『乗馬ライフ』03年8月号の連載コラムに書いていた。その全文は次の通り。

6月に帯広市の隣の清水町で講演の仕事があったので、仲間を誘って久しぶりに帯広の牧場を訪れて馬と遊んだ。そのあと今回は特別に襟裳岬に行って馬に乗ろうということになって、ガンちゃんの案内で100キロ余り車で走って「えりも森の騎馬隊」の本拠地に乗り込んだ。ガンちゃんは帯広在住の馬仲間・酒仲間で、鹿討ち名人にしてアウトドア万能の遊び上手だが本職は航空自衛隊員。昨年、勤務先が根室から襟裳に替わったのだが、そこで早速すばらしい馬仲間たちに出会ったので、一度遊びに来てくれと前々から言われていたのが、ようやく実現したのである。

着いたのは、えりも町苫別のゆったりとした森に囲まれた牧場。大きなストーブのあるクラブハウスに隣り合って馬具小屋があり、その横の大木の上にはいかにも手作り風のツリーハウスがあってハシゴで登っていくようになっている。向こうには2階建てのログハウスがあり、その前に「えりも森の騎馬隊」の看板が誇らしげに立っている。一目見て「うわあ、いいなあ」と声が出てしまう、大人の遊び心にあふれたスペースである。

ここの主は、手塚裕紀さんご夫妻。2人とも颯爽たる乗馬服姿がよく似合う、道内各地のエンデュランス大会にも揃って出場したりもしているライダーだが、ご主人は何と、由緒ある「えりも総鎮守・住吉神社」の宮司を務めておられるれっきとした神主さん。「私は神主ですが、カトリックの教えを守っていまして」と言うから何のことかと思えば、産児制限なしの8人の子だくさん。子どもを1人授かったら馬を1頭飼おうということで飼い始めたらいつしか8頭になり、それがまた子馬を生んだりポニーを買い足したりして十数頭に増えたので、牧場を作ってしまったという変わり者である。

週末になると、えりも町や近隣の仲間20人余りが集まって、国有林・道有林や、環境保護のための植林活動で知られる百人浜の海岸をトレッキングしてはバーベキューで宴会というプライベートの乗馬クラブとして運営してきたが、それが昨年、道の「日高森づくりセンター」から「えりも森の騎馬隊」として認定を受け、その称号を貰った。これは、道が昨年4月に「北海道森林づくり条例」を制定、役所と道民が協同して森林愛護の運動に取り組み始めた中で、日常から森の中で乗馬トレッキングやキャンピングをしている乗馬クラブに道有林を開放する代わりに、山火事、盗掘、ゴミの不法投棄の防止や野生動植物の生息調査のための巡回活動をして報告して貰おうという趣旨で始まった仕組み。ここが道内の認定第1号である。

さっそくガンちゃんと隊員の吉田忠喜さん、それに私の3人で山に入った。そこは見渡す限りの広大な道有林で、谷を渡り丘の牧草地を越え次第に高い山の上に登っていくと、遠くに襟裳岬とその先の海が見え、反対側には日高山脈の峰々が迫る。草地を走っていると、蹄の音に驚いた20頭ほどの鹿の群れが林から飛び出して目の前を横切る。「鹿だーっ、追えーっ」と叫んで競争になるが、やはり人の乗った馬よりも鹿のほうが速い。1時間ほど走り回って、山を下りて今度は百人浜に出て海岸トレッキングを楽しんだ。

基地に戻ると、隊員たちが「今朝、ウチの前の海で採ってきたんだ」と言ってウニを持ってきたり、「鴨鍋を作ってきたから」とまだ湯気の立つ大鍋を抱えてきたりして、明るいうちから大宴会である。中には、日高サラブレッド銀座の一角にある「聖心台ライディング」牧場のオーナーやスタッフたちのご一行もいる。自分のところが乗馬クラブなのになぜここまで来るのかと問えば、「ここは自分らにとって心の安まる奥座敷なんです」と言う。乗馬クラブの人たちが遊びに来る乗馬クラブというのも珍しい。

ちょうどその日は、日高地方の乗馬施設が作る「ひだか路ホースネットワーク」の主催による2泊3日150キロのホーストレッキングが行われていた。今年で3回目になるこの催しは、浦河町の「優駿ビレッジ・アエル」から三石ダム、静内キャンプ場を経て北大農学部静内牧場まで、急坂や川渡りもある厳しいコースに13人が挑んだ。来年はえりも町まで達するルートを開発する予定だとのことで、そうなると襟裳から様似、浦河、三石、静内、新冠と6つの町を横断する壮大なトレッキングコースが出来て、やがてここが道内のトレッキングやエンデュランスのもう1つのメッカになるかもしれない。北海道で馬に乗る楽しみがまた広がりそうである。▲

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コメント (2)

北海道はおいしいのがおおくていいなー。
それにしても11月の白菜余剰収穫で大きくすてていたね、内閣は何故あの時はくサイズケにして価格調整をはからないのか、ぬけてる内閣だ、今1個250円もする、このように暮らしを悪くばかりする内閣だ、白菜も政治。

北海道の遊びのスケールは、日本の他の地域のそれとは比べ物のならないですよね。
私も北海道は大好きで、年に3回は旅行しております。
手付かずの自然がたくさん残る北海道は、日本の宝だと思います。
どうか乱開発されずに、そのままずっと残って欲しいと思います。

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Profile

高野 孟(たかの・はじめ)

-----<経歴>-----

1944年東京生まれ。
1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。
通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。
同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。
80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任し現在に至る。
94年に故・島桂次=元NHK会長と共に(株)ウェブキャスターを設立、日本初のインターネットによる日英両文のオンライン週刊誌『東京万華鏡』を創刊したほか、PC-VAN・NIFTY-Serve・MSN、富士通ブロードキャストその他電子メディアのコンテンツ創造、講談社・小学館・集英社その他出版社のウェブサイト開設、『インサイダー』のメルマガ化、などを次々に手掛け、インターネット・ジャーナリズムの先駆的開拓者と呼ばれた。
現在、それらの経験を活かして、独立系メディアの総合サイト《THE JOURNAL》に取り組んでいる。
2002年に早稲田大学客員教授に就任、「大隈塾」の授業「21世紀日本の構想」、ゼミ「インテリジェンスの技法」、社会人ゼミ「ネクスト・リーダーズ・プログラム」を担当している。

-----<出演>-----

『サンデープロジェクト』
(TV朝日系、日曜10:00~)

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日系、最終金曜25時頃~)

『たけしのTVタックル』
(TV朝日系、月曜日21:00~)

『情報ライブ ミヤネ屋』
(読売TV系、月~金曜21時~)

BookMarks

東京万華鏡:TOKYO KALEIDO SCOOP
http://www.smn.co.jp/

INSIDER:インサイダー
http://www.smn.co.jp/insider/

大阪高野塾
http://www.osaka-takano.com/

-----<著書>-----


『滅びゆくアメリカ帝国』
2006年9月、にんげん出版


『ニュースがすぐにわかる世界地図(2006年版)』
2005年、ポスト・サピオムック


『最新・世界地図の読み方』
1999年、講談社現代新書

『情報世界地図 98』
1997年、国際地学協会

『地球市民革命』
1993年、学研

『21世紀への世界時計』
1991年、集英社

『入門世界地図の読み方』
1982年、日本実業出版社

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