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岩城宏之さん追悼・続

 6月14日付本欄の岩城宏之さんへ追悼の中で触れた「戦友」について、少し補足を。

軍部が問題にしたのは、全体に哀愁を帯びたメロディで兵を鼓舞するところがないということと、歌詞の中の「軍律きびしい中なれど これが見捨てて置かりょうか」が、「命令ナクシテミダリニ負傷者ノ看護スベカラズ」という軍律に違反していることだったようだ。そのため、昭和に入ってこの「軍律きびしい中なれど」が「硝煙渦卷く中なれど」と改編され、さらに太平洋戦争時代には歌うこと自体が禁じられた。が、多くの将兵は辛いときにはこれを歌って自らを慰めた。他方、戦後GHQは「軍国調の歌詞」だとしてこれを嫌い、真下の生まれ故郷である丹後・大江町の良正院門前にある「ここはお国を何百里」と掘った石碑を破壊するよう要求したが、時の住職が体を張って阻止した。右からは厭戦歌と言われ、左からは軍歌と言われた歴史があるわけで、とすると林光が編曲者と名乗るのを避けたのは、左翼仲間から「何だ、軍歌なんて編曲して」と言われたからかもしれない。

歌詞全文は以下の通り。

ここはお国を何百里 離れて遠き満州の
赤い夕日に照らされて 友は野末の石の下

思えばかなし昨日まで 真先駈けて突進し
敵を散々懲らしたる 勇士はここに眠れるか

ああ戦の最中に 隣りに居ったこの友の
俄かにはたと倒れしを 我はおもわず駆け寄って

軍律きびしい中なれど これが見捨てて置かりょうか
「しっかりせよ」と抱き起し 仮繃帯も弾丸の中

折から起る突貫に 友はようよう顔あげて
「お国の為だかまわずに 後れてくれな」と目に涙

あとに心は残れども 残しちゃならぬこの体
「それじゃ行くよ」と別れたが 永の別れとなったのか

戦すんで日が暮れて さがしにもどる心では 
どうぞ生きて居てくれよ ものなど言えと願うたに

空しく冷えて魂は くにへ帰ったポケットに
時計ばかりがコチコチと 動いて居るも情なや

思えば去年船出して お国が見えずなった時
玄海灘に手を握り 名を名乗ったが始めにて

それより後は一本の 煙草も二人わけてのみ
ついた手紙も見せ合うて 身の上話くりかえし

肩を抱いては口ぐせに どうせ命はないものよ
死んだら骨を頼むぞと 言いかわしたる二人仲

思いもよらず我一人 不思議に命ながらえて
赤い夕日の満州に 友の塚穴掘ろうとは

くまなく晴れた月今宵 心しみじみ筆とって
友の最期をこまごまと 親御へ送るこの手紙

筆の運びはつたないが 行燈のかげで親達の
読まるる心おもいやり 思わずおとす一雫

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コメント (3)

防衛庁に入った連絡によると、26日午後0時45分(日本時間午後5時45分)ごろ、イラク南部サマワに駐留する陸上自衛隊の軽装甲機動車がタリル空港近くで横転し、隊員3人が左肩を骨折するなどのけがをした。

道路の起伏にハンドルをとられて横転した事故の可能性が高いという。

同庁によると、宿営地の南東約100キロ離れたタリル空港に陸自隊員を迎えに行く途中で、車両4台で走行。

先頭を走っていた車両が空港の手前10キロで横転し、乗っていた3等陸曹(26)が左肩を骨折、別の2人が頭部などに軽いけがを負った。

3人は多国籍軍のヘリコプターで同空港に運ばれて応急処置を受けた。また、横転した車両はけん引車で空港まで運ばれた。

防衛庁では今後、けが人をクウェートまで搬送し、車両や道路状況をくわしく調べる。

◆コメント:本当に「道路の起伏にハンドルをとら」れたのだろうか。

軽装甲機動車は、普通のクルマでは無い。戦闘車両である。

小銃で撃たれても大丈夫な程度の装甲(防御用に外郭が頑丈になっている)を施したのを「軽装甲機動車」といい、機関銃のバリバリ撃たれても耐えられるようなのを「装甲車」というらしい。

全長4m、全幅2m、重さが4.5トンもある。


それが、普通に横転したぐらいで、肩を骨折したり、頭部に怪我を負ったりするものだろうか?

自衛官は現地の地形に既にかなりなれているはずだし、ラリーのように時速100数十キロで走行していたのなら、僅かな起伏でも、車両の横転の原因たり得るが、この重い軽装甲車は100km程度しか出せないのである。

万が一横転したとしても、戦闘車両は一般車におけるシートベルトに相当するものを装着しないのであろうか?

よほどひどくクルマの中で身体をどこかへぶつけなければ、骨折などしないのではないだろうか。

さらに、多国籍軍のヘリで運ばれた、ということはそれなりの緊急性があるからだろう。

位置にもよるが、サマワの宿営地には手術が出来るほどの医療設備が整っているはずで、戻って治療を受けることは出来なかったのだろうか。

何かおかしい。本当は銃撃されたか地雷を踏んだのではないか?と疑いたくなる。

今まで一人もけが人を出していなかった陸上自衛隊の事故としては、何か、腑に落ちない。

◆コメント:関係ないが今度の日曜にはN響アワーで岩城宏之さんの追悼番組を放送するらしい。


昨日(日曜日)、N響アワーの終わりで、司会を務めている作曲家の池辺晋一郎さんが、予告していた。

また、今日は時間が無くて訳せないが、桂冠指揮者の称号を受けているメルボルン交響楽団のウェブサイトには、大変丁寧な追悼文が掲載されている。

岩城宏之関連情報

★7月2日(日)午後9:00~午後10:00(60分)NHK教育「N響アワー」
さようなら岩城宏之さん~時代に挑んだ指揮者人生

ストラヴィンスキー作曲
「バレエ音楽“春の祭典”から“いけにえの踊り”」
~NHKホールで録画(81年1月21日)                  

外山雄三・作曲
「管弦楽のためのラプソディ」
~旧NHKホールで録画(60年11月10日)

武満徹・作曲
「テクスチュアズ」
~NHKホールで録画(87年3月6日)

チャイコフスキー作曲
「交響曲 第6番 ロ短調 “悲愴” 作品74から第4楽章」
~NHKホールで録画(96年4月17日)
ほか

(管弦楽)NHK交響楽団
(指揮)岩城 宏之
【ゲスト】外山雄三 本荘玲子
【司会】 池辺晋一郎 高橋美鈴


★長年音楽監督を務めたオーケストラアンサンブル金沢は「岩城宏之追悼演奏会」を開く(http://www.oek.jp/s-topics.html
【日時】7月16日(日)15:00〜予定
【会場】石川県立音楽堂コンサートホール(JR金沢駅東口)
【指揮】外山雄三(指揮者、作曲家)、天沼裕子(OEK初代常任指揮者)ほか
【合唱】オーケストラ・アンサンブル金沢合唱団
【管弦楽】オーケストラ・アンサンブル金沢
【主催・問合】(財)石川県音楽文化振興事業団(076-232-0171)


★7月16日(日) 23:00~ NHK BS2
「岩城宏之ベートーヴェンとともにゆかん」


★「岩城宏之お別れの会」
【日時】7月18日、14:00〜
【場所】サントリーホール 小ホール


★marikoさんご指摘のメルボルン交響楽団の岩城さんへの追悼文は全文以下の通り(http://www.mso.com.au/)。

For immediate release – 13 June 2006

Melbourne Symphony Orchestra is deeply saddened to announce that Conductor Laureate Hiroyuki Iwaki passed away recently after a long illness, at the age of 73.
MSO Managing Director Trevor Green said “Today the orchestral world mourns one of the great conductors of our time.”
From his first concert with the Orchestra in 1973, Maestro Iwaki formed a deep and lasting bond with the musicians of the Orchestra and the people of Melbourne.
Hiroyuki Iwaki was Melbourne Symphony Orchestra’s Chief Conductor between 1974 and 1989. In 1990 he was appointed the Orchestra’s first Conductor Laureate, honouring his contribution to the development of the MSO, and his role in bringing about two tours to Japan. 2006 marks Maestro Iwaki’s thirty-second consecutive year with the MSO – an association unparalleled in Australian orchestral history and a rarity in the world.
Trevor Green said “Maestro Iwaki was one of the great architects, a builder of the present Melbourne Symphony Orchestra. Many of our finest musicians were appointed by him during his years as Chief Conductor and his musical stamp on the Orchestra remains today. This will be the real legacy that he leaves for us all in perpetuity.”
Born in Tokyo, Hiroyuki Iwaki made his conducting debut in 1956 with Tokyo’s NHK Symphony Orchestra, of which he was Chief Conductor, a position to which he was appointed for life. He also conducted the Berlin and Vienna Philharmonic Orchestras, Royal Concertgebouw Orchestra and the Leipzig Gewandhaus Orchestra.
In 1988 Hiroyuki Iwaki founded Japan’s only permanent professional chamber orchestra, Orchestra Ensemble Kanazawa. The French government made him an Officer of the Order of Arts and Letters in 1990; in 1993, he was honoured by the Japanese Broadcasting Corporation with the presentation of the NHK Broadcasting Culture Award and in 1996 the Emperor of Japan conferred on him the Medal of Honour with Purple Ribbon.
Monash University conferred on him an honorary Doctorate of Laws in 1986, and in 1991 appointed him as the university’s first Fellow of the Faculty of Arts. In 1995, the ABC Southbank studio was named ‘The Iwaki Auditorium’ in his honour. The following year, the Australian Government acknowledged his commitment to furthering Australian- Japanese relations by promoting him to Honorary Officer of the Order of Australia (AO).
Hiroyuki Iwaki was awarded the Kenzo Nakajima Award in 1987 and the Suntory Music Prize in 1988 for his contribution to contemporary music. His recording of works by Messiaen won the Grand Prix du Disque.
In addition to his career in music, he is also a noted author, winning the 1991 Japan Essayist Club Award.

★長年音楽監督を務め、その50周年記念演奏会が最後の指揮となった東京混声合唱団の「訃報」("http://homepage3.nifty.com/TOUKON/fufo.htm


★岩城宏之公式サイト(http://www.iwakihiroyuki.com/

先生はお出かけ中ですか

長いこと更新されてないので

心配してます。

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Profile

高野 孟(たかの・はじめ)

-----<経歴>-----

1944年東京生まれ。
1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。
通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。
同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。
80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任し現在に至る。
94年に故・島桂次=元NHK会長と共に(株)ウェブキャスターを設立、日本初のインターネットによる日英両文のオンライン週刊誌『東京万華鏡』を創刊したほか、PC-VAN・NIFTY-Serve・MSN、富士通ブロードキャストその他電子メディアのコンテンツ創造、講談社・小学館・集英社その他出版社のウェブサイト開設、『インサイダー』のメルマガ化、などを次々に手掛け、インターネット・ジャーナリズムの先駆的開拓者と呼ばれた。
現在、それらの経験を活かして、独立系メディアの総合サイト《THE JOURNAL》に取り組んでいる。
2002年に早稲田大学客員教授に就任、「大隈塾」の授業「21世紀日本の構想」、ゼミ「インテリジェンスの技法」、社会人ゼミ「ネクスト・リーダーズ・プログラム」を担当している。

-----<出演>-----

『サンデープロジェクト』
(TV朝日系、日曜10:00~)

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日系、最終金曜25時頃~)

『たけしのTVタックル』
(TV朝日系、月曜日21:00~)

『情報ライブ ミヤネ屋』
(読売TV系、月~金曜21時~)

BookMarks

東京万華鏡:TOKYO KALEIDO SCOOP
http://www.smn.co.jp/

INSIDER:インサイダー
http://www.smn.co.jp/insider/

大阪高野塾
http://www.osaka-takano.com/

-----<著書>-----


『滅びゆくアメリカ帝国』
2006年9月、にんげん出版


『ニュースがすぐにわかる世界地図(2006年版)』
2005年、ポスト・サピオムック


『最新・世界地図の読み方』
1999年、講談社現代新書

『情報世界地図 98』
1997年、国際地学協会

『地球市民革命』
1993年、学研

『21世紀への世界時計』
1991年、集英社

『入門世界地図の読み方』
1982年、日本実業出版社

→ブック・こもんず←



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