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2006年4月29日

高野孟「サンプロ」出演日

《ざ・こもんず》運営事務局より、「サンデープロジェクト」出演日のお知らせです。

5月14、21日(日)

6月4、18日(日)

要チェック!

サンプロ(サンデープロジェクト)=テレビ朝日系、毎週日曜あさ10時〜

2006年4月25日

これで勢いに乗る?小沢民主党

 23日の千葉7区衆院補選は、1000票弱の僅差ながら民主党が競り勝った。候補者が誰であるかはほとんどどうでもいいことで、事実上、小泉・安倍vs小沢の直接対決で、自民党が勝てば小泉が残り任期5カ月を余裕を持ってこなしながら安倍に後を譲る流れとなり、民主党が勝てば小沢体制が確立し来年夏の参院選で自公を過半数割れに追い込んで政権奪取を目指す流れになるという、政局の行方を賭けた戦いだった。これで小沢民主党は勢いに乗ったが、まだ課題は山積みだ。その辺りをINSIDERで詳しく分析したので、そちらを参照して頂きたい。

2006年4月23日

耐震強度偽装事件というのは何なんだ?

 今日のサンプロは、手嶋龍一が出た「日米関係」も、大谷昭宏取材の「四国アイランドリーグ」も面白かったが、魚住昭(ジャーナリスト)と神田順(東大大学院の構造設計の専門家)による「耐震強度偽装事件」見直しの議論には心底ビックリした。マスコミで報道されているとおり、姉歯はじめ関係者が先週次々と事情聴取されており、来週には一斉に起訴されるかという流れとなっているが、その容疑を見ると建築士資格の名義貸しだとか粉飾決算だとかいった類の“別件”ばかりで、肝心の耐震強度偽装という犯罪で裁かれる構図にはなっていない。ということは、こんなことで裁判をしても、全国民の不安の種である偽装の構図の解明と再発防止策のヒント提供には繋がらないということになる可能性が大きい。

 元共同通信の事件記者である魚住は、これについて、(1)当初検察はこれを、全関係者が予め相談して仕組んだ巨大な詐欺事件として一網打尽に出来ると踏んでいたが、やってみるとそれほどのものではなく、むしろ、穴だらけの建築確認システム、その実態をよく分かっていない国交省はじめ検査機関の馬鹿さ加減、その隙間を突いた業者や建築士による“節約”精神等々の累積のなせる業であることが分かってきた、(2)それでも、世論は“悪い奴”をやっつけろといきり立っているので、“別件”でも何でも起訴してしまう、(3)捕まえてしごけば、もうちょっとマシな容疑に引っかけられる自白も出てくるかもしれない——ということだろうとの趣旨を述べた。

 これはその通りで、検察は“別件”逮捕・起訴は常套手段である。とにかく“悪い奴”をとっ捕まえるのが先で、理屈は後から付いてくる。ロッキード事件で田中角栄を「外為法違反」で逮捕したのがその典型で、私や田原さんは当時、巨悪は裁くなら正面から裁くべきだと言い、立花隆は法律技術的にはどんな手段を使ってもとにかく裁きの場に引きずり出すことが大事だから検察は正しいと言って論争になった。“別件”で血祭りにあげても、「あんな悪い奴、許せない」という世論感情は満たされるけれども、“本件”の問題の本質的な解明と再発防止策の立案には何の役にも立たない。現に、ロッキード事件やリクルート事件やその他いろいろあったけれども、政治家の汚職は後を絶たないではないか。

 神田先生が面白かったのは、耐震強度の基準そのものが「みなし」にすぎないのだが、国交省の役人も検査機関もそういうものであるということに「無知」だと断言したことだ。今の建築基準法では、昔からの「許容応力度等計算」に加えて「限界耐力計算」など4つの計算方式が公認されているけれども、そのどれを採るかで、あるマンションは安全であるか、補強工事が必要であるか、それとも即刻住民退去が必要なほど危険なのかの評価は違ってくる。また、そのうち1つの計算方法で基準をクリアして適法であるとしても、だからと言って実際にそれが様々のケースでどれほど安全かということは別の問題だとも指摘した。ということは、強度が1.0なら安心、0.9なら危ない、0.5など飛んでもないという具合に、基準を絶対的なものと見なして大騒ぎすること自体がおかしいということになる。逆に、基準を満たしていないから危険だ、退去だというのも拙速で、1件1件について改めて実際にどの程度危険なのかを調査して対策を決めるべきなのだ。

 そこで私は、前に建設業界の人から聞いて疑問に思っていたことを神田に訊いた。そもそも日本では、基準そのものが無闇に高く設定されていて、そのために業者は、少しくらい鉄筋を減らしても問題ないと思っているので、手抜きに走ることになりやすいと聞いたことがあるが、本当か、と。神田さんは「確かに諸外国に比べて高い。業者がそう考える可能性はある」と答えた。

 要するに、建築基準なるものが相当に怪しいのである。それを魚住は「建築基準のシステムが破綻している」と表現した。破綻していて、そのことについて国交省はじめ当局も無知であるのか知っていても認めたくないのか、いい加減なままになっているシステムを前提に、それに違反した姉歯はじめ偽装者たちを裁くことが出来るのかどうか。出来そうにないから“別件”で取り敢えず生け贄にしておこうということなら、怪しいシステムとそれを放置する役所の怠惰は見過ごされることになる。▲

2006年4月17日

これは何?/その2

takano-iden-thumb.jpg

 マインドマップの第2弾、「高野孟の活動領域」もしくは「高野孟のマルチなアイデンティティ」である。「自分が誰であるか」ということはそれほど自明のことではなく、しかもそれを内面ばかりを見つめて錐を揉むように探究しようとすると袋小路に嵌って自殺したくなったりすることになりかねない。そうではなくて、大きな紙の真ん中にまず「自分」を置いて、周辺や所属の組織や社会との関わりでのいろいろな要素を外に向かってのびのびと描いて行って、その関係性の総体を「自分」と認識し直すことが必要である。人間とは、ヒトのアイダと書くように、アイダがなければ動物の一種としてのヒトでしかなくて、アイダがあって初めて人間らしくなる。

 そのような捉え方は、仏教で言う「生かされている」ことを「ありがたい」と思う感覚に繋がる。自分は一人で生まれてくる訳にはいかず、両親によって命を与えられたのであり、そのことをありがたいと思うところから人間的な感情が始まる。自分は一人で生きる訳にはいかず、両親はじめ兄弟や親戚の叔父さんや友人や先生や猫や庭の柿の木やその他たくさんの人や物たちにポジティブ・ネガティブ両面の様々な影響を受けながら「育てられる」のであり、それらによって自分が「生かされている」のである。自分は好きで生まれてきたのではない、自分が生きていくのに誰の世話にもなる必要はないという傲慢に陥ると、命の価値が分からなくなって、簡単に人を殺傷したり自殺したりすることにもなる。

 私がそのことに気付いたのは、20数年前にまだ西ドイツと呼ばれたドイツで、知人のドイツ人ジャーナリストに「週末に家に飲みに来ないか」と誘われて、デュッセルドルフ郊外の彼の自宅を訪れたときのことである。道に車を止めてアプローチを歩いていると、植垣の向こうで隣家の太ったおじさんが花の手入れをしている。知人が「こちらは日本から来たジャーナリストで…」と私を紹介しながら挨拶すると、彼は「私はこの町の少年サッカーの監督をしていまして」と自己紹介した。私は、ふーん、暇なオッサンなんだ、くらいの受け止め方で通り過ぎたのだったが、家に入ると知人が「君ね、ドイツのどの町でも少年サッカーの監督というのは市長の次くらいにみんなから尊敬されているんだ。もっと感動しなければダメだ」と言う。しかも、そのオッサンは、仕事としては一流の製薬会社の副社長であり、さらには、ベトナム戦争孤児を引き取って養育する全欧州的な運動のリーダー格でもあって、現に女の子と男の子を自分の子供として籍に入れて小学校に通わせているという。

 私は少なからず驚いた。日本なら、まず会社の肩書きを言って、ことによると名刺を出したりして、自己紹介するだろう。ところが隣家のおじさんは、いくつかある自分のアイデンティティの中で一番アピールすべきものとして少年サッカーの監督を前面に出した。ああ、そうか、と。「先進国」あるいは「成熟社会」では、会社がすべてではないんだ、と。あくまで「自分」というものが真ん中にあって、その周りに、家族、地域社会、サッカーの監督、ベトナム孤児救済のボランティア、そして会社の仕事といういくつもの活動領域もしくはアイデンティティが適切に配置されていて、その間を時間とエネルギーを適切に配分しながら移動する、そのコーディネーションの巧みさがこの人の「自分らしさ」となっているのだ、と。「市民」であるとはどういうことだったのだ。

 翻って発展途上国である日本では、「会社」が太陽のように真ん中にあって、下手をすると「自分」はその周りを回っている月でしかない。会社人間とか、佐高信の言い方では「社畜」とか呼ばれるほど会社に尽くして、その果てに会社を定年かリストラで辞めるとアイデンティティ喪失に陥って毎日何をしたらいいか分からず、引きこもりになって、挙げ句には離婚されたりするというのは、つまりは「自分」が真ん中にいない人生だったことに今初めて気が付いて、しかし今更どうしたらいいか分からないということなのだ。自分が発光体として真ん中にいて、周りにいろいろな活動領域があって、会社なんぞそのワンノブゼムでしかないということであれば、その1つが欠けてもたいした支障はない。むしろ、他のもっと浮き浮きするような諸活動に力を注ぐことが出来る。帰国した私は、今も団長をやっている草ラグビーチーム「ピンクエレファンツ」の機関誌「桃象主義者」に、自分が真ん中にいて周りにいろいろな要素を巧みに配置した先進国型の生き方と、会社が真ん中にあって自分はその周りを回るだけの途上国型の生き方とを図に描いて、「俺たちがチームを作っているということは、こういう意味なんだ」ということを説いたりした。

 上の図を少しだけ解説しておこう。緑の領域は、食と農、田舎暮らしに関わる。真上に伸びている太い枝の脇には、故・藤本敏夫と書き込んだほうがいいだろう。彼と一緒に94年に昭和19年生まれの人たちに呼びかけて、[10年後の還暦を以下に迎えるか」の研究会と称する飲み会「一休会」を作った。その場で藤本が、「人生は二毛作である。二毛作と言えば“農”である。日本人すべからく、第2の人生は何らかの程度で“土”のある暮らしをすべきである」とアジったので、彼と加藤登紀子が安房鴨川の山中で開いている「農事組合法人・鴨川自然王国」を訪ねた。そこで10年間、田植えや畑、味噌造りに取り組むうちにすっかり嵌って、その近くに1800坪の山林を買って移り住むことになった。他方、これも藤本の紹介で帯広に行って、ランチョエルパソという手作りハム・ソーセージと地ビールで有名なレストランのオーナーである平林英明と出会って、彼の自宅兼牧場で馬に乗ることを覚え、そこで十勝の町おこしを語り合う「十勝渓流塾」というものが出来て、その拠点となるログハウスを牧場内に持った。そこから、茶色に塗ってある馬に関わる領域がどんどん広がって、今は特に、神奈川県中を馬で歩ける道を作るための研究会の活動を熱心に進めていて、やがてこれはNPOとして組織化しようと思っている。また、フランスが世界に誇る人と馬の混然となった音楽劇「ジンガロ」の日本誘致に取り組んで昨年成功し、次は08年に新しい出し物で公演を実現するということで、5月連休にはイスタンブールにそれを観に行くことになっている。黄色は、文化、スポーツ、健康に関わる領域。赤は早稲田大学で教えるという領域。青は狭義の仕事である。

 みなさんもこのような形で自分のアイデンティティを再確認してみることをお勧めする。描くことが何もないというのは寂しい。が、もしそうだったら、描くことがたくさん出てくるような暮らし方をこれからすればいいだけのことである。▲

2006年4月15日

小沢民主党は政権を獲れるのか?

 小沢一郎が民主党代表になって、さてそれで政権を獲れるのか。本ブログで書いてきたことを土台にして、インサイダーで書いたので、本サイト「インサイダー」をご覧下さい。▲

2006年4月10日

これは一体何だ?

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 これは、安房鴨川の山林に建設計画中の私の田舎暮らしのための家のマインドマップ。ここでどういう暮らしをしたいのかを設計家に伝えるには、このように自分の心の中のイメージを1枚の絵にして示す方が、言葉だけに頼るよりも100倍も早く正確に意思一致できる。

 「マインドマップ」というのはどこかで聞いたことはあったが、具体的には知らなかった。《ざ・こもんず》の四国におけるサポーター企業募集の中心になってくれている「NC四国ドットコム」の河村さん(FM高松=穴吹工務店グループ)が、「面白いですよ」と、マインドマップの宣教師である在日米国人=ウィリアム・リードさんを紹介してくれて、彼の著書『記憶力・発想力が驚くほど高まるマインドマップ・ノート術』(フォレスト出版、05年9月刊)、彼の師匠のトニー・ブザン『ザ・マインドマップ』を読んで早速実践することにした。その最初の“作品”がこれである。リードさんに見せたら「これは凄い。良く出来ている!」と誉められたが、それは元々私が自分の考えを文章だけでなく“図化”するという方法を自己流で用いていたからで、例えば『入門・世界地図の読み方』(日本実業出版社、82年)、『最新・世界地図の読み方』(講談社現代新書、99年)シリーズはその典型である。

 もう1つ、早稲田大学「大隈塾演習」の年間授業計画もマインドマップで作った。いずれお目にかける機会があるだろう。

 W・リードさんも《ざ・こもんず》に参加したので、近く彼のブログも始まる。乞うご期待。▲

2006年4月 8日

ポスト小泉は安倍ではマズイ?という小泉の戸惑い

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小沢一郎ウェブサイトより拝借。

 今夜は(と言ってももう0時を回ったが)久しぶりにインターネット放送「国会TV」の「言いたい放題/金曜ナイト」に出演、同TV主宰者の田中良紹さんと小沢=民主党とそのインパクトについて1時間のトークをした。 2人がほぼ意見一致した要点を記す。なお、田中良紹さんのブログ「国会TV縮刷版」が間もなく本サイトに登場するのでよろしく。

▼田中
 「小沢代表」は小泉にとってかなり大きな誤算だった。昨年総選挙の圧勝で小泉は「これで民主党は潰せる」と思ったのではないか。あの後、小泉が突然「今の選挙制度はおかしい。2010年までに選挙制度を再検討する」という趣旨のことを言い出したのは、結局、中選挙区制に戻して、民主党は解体・吸収して、自民党の内部で政権交代すればいいという意味だったろう。公明党はもちろん、その方が生き残れるから賛成。民主党の前原前代表に対して「大連立」を呼びかけたり、盟友=山崎拓にアンチ靖国参拝の議員連盟を作らせて、親中国=国際協調派と反中国=一国主義派という対立軸を作り、前者に鳩山由紀夫を引き込んだりしたのも、つまりは、民主党を吸収してメガ自民党を作り、昔(55年体制時代のように)その内部で政権交代すればそれでいいという考えだったのではないか。ということは、小沢や羽田孜が自民党を飛び出して小選挙区制を実現した93年以降の「政治改革」の流れに終止符を打つということだ。ところが、自民党にとって与しやすい前原が引っ込んで、小選挙区制=政権交代論の権化である小沢が出てくることになって、予定が狂ってしまった。

▼高野
 小泉は93年の政治改革論議の時から小選挙区制反対だった。昨年総選挙の結果で、小泉は自信を持って民主党を「潰せる」と思ったかもしれないが、もう一面では、「潰さないと危ない」と思ったのではないか。小選挙区制は、昨年総選挙で初めて、2大政党のどちらかにランドスライドをもたらすことがありうることを証明した。94年に細川政権下で小選挙区制が法制化されたけれども、その後何回かの総選挙では効果を発揮しなかった。というのは、自民党は過半数を制する力がないけれども、野党の方がバラバラで、7つか8つか10もあって、政権交代を迫るどころではなく、そこで自民党は野党を取っ替え引っ替え引っ張り込んで連立することで権力に留まることが出来た。3年前の小沢=旧自由党の民主党合流によってようやく2大政党制らしい形が出来上がって、それで初めての総選挙が昨年の総選挙だった。ここで初めて小選挙区制が作動して、今回は小泉マジックのおかげで自民党に大勝をもたらしたけれども、勝った自民党はベテランほど余り喜んでなくて、むしろ「怖い」と。次は同じようなランドスライドが民主党の方に起きて、自民党が野党に叩き落とされることが大いにありうると思った。それで、選挙制度再検討論が出てきたのだ。しかし、小沢が出てきてしまっては、選挙制度を中選挙区制に戻そうなんて話に応じるわけがない。

▼田中
 もう1つは、これで「ポスト小泉は安倍」という流れは変わる可能性が出てきた。党首討論の場面を思い浮かべても、民主党が前原なら自民党が安倍という“若さの対決”になるが、小沢が相手では安倍はいかにも軽いということになる。かと言って福田も、後ろに中曽根とナベツネがくっついているというのではどうしようもない。となると、小泉の続投もあり得る。

▼高野
 小泉は小沢と同じ昭和17年生まれで、今の自民党に小沢と張り合える奴は他にいないかもしれない。安倍では、小泉が前原を子供扱いしたのとは逆のことになってしまう。小泉は7月に3度目のピョンヤン訪問のサプライズ演出を狙っているらしいから、それが当たれば任期1年延長もありかもしれない。▲

2006年4月 7日

民主党代表選の茶番/小沢代表でサッサと再建に取り組め!

 解党寸前のドン底状態で、形ばかりの代表選なんぞやっている暇はないだろうに。誰が考えても、ここは、小沢代表・菅幹事長でスパッとまとめて挙党一致で出直す姿を見せることが、せめてもの潔さの演出であったはずなのに、ここでもまた前原の判断が狂っていて、「密室談合と言われるのはよくない。菅さんが出ないなら枝野を出す」と菅に出馬を迫ったので菅が出ざるを得なくなったという。昨夕の鳩山の呼びかけによる小沢・菅の1時間半の会談は、鳩山の思惑としては菅の方から「出ない」と言わせ、それを受けて小沢に「2人で一緒に党を建て直そう」と言わせて一本化を図るということだったが、そうはならなかった。会談の後、音羽の鳩山御殿で前々から予定されていたお花見の会に2時間近く遅れて到着した鳩山は私に、「ここまで来たら選挙をやらざるを得ないが、その後もいい形で協力し合っていくことになったので、よかった」と語っていた。

 話し合いで人事を決めるのが「密室談合」で、選挙なら公明正大だというのがそもそも子供じみている。古代ギリシャの古典的な直接民主主義では、選挙という方法そのものがなく、市民が全員参加して納得いくまで話し合って物事を決め、公務に関わる役目は抽選によって全員が回り持ちで受け持った。共同体の全員が集まり、あるいはもっと広域で部族長全員が集まって全会一致になるまで何日でも話し合うという形は、ユーラシアの遊牧民や北米の先住民の間では今日でも部分的に残っている立派な民主主義の伝統である。両院議員総会を開いて小沢と菅が「2人で建て直しをしていきたいので全員の了承をお願いしたい」と同意を取り付け、どちらが代表でどちらが幹事長かについては皆の意見を求め、決まらなければジャンケンでもすればいいのである。話し合い一本化はむしろ民主主義の基本なのだ。

 それを選挙にこだわったりするから、またもやワイドショーの格好の餌食になって、「民主党代表選も迷走!?渡部恒三氏生出演!!ドタバタの舞台裏に何が」(テレビ朝日)、「代表選混乱…小沢&菅氏共同出馬会見が二転三転で突然中止の裏側」(フジ)などと、すべてをドタバタ劇として揶揄するかの扱いが何日間も続いて、一層の不信を掻き立てた。新聞も、表現は少しは上品だが、本質は同じ。私が前から言っているように、新聞も含めた「ニュースのワイドショー化」が進んでいて、小泉首相はそれを上手に利用して生きながらえたが、民主党は偽メール事件以後、逆にまさにその「ニュースのワイドショー化」の罠にはまって愚劣な材料を提供し続けて自傷し、そこから脱するための代表選びでもまた同じことを繰り返した。バカとしか言いようがない。

 しかしまあここから小沢で建て直すしか道はない。小沢の、東北人的と言うのが適切かどうか分からないが、人間をシロカクロか、服従か離反かで決めつけてしまって、いろいろな能力や特性のある人たちの良い面を上手に引き出しながら全員を協力させていくよう組織化が出来ないという致命的な弱点は今更どうにもならないけれども、そしてそこを菅が補うと言っても菅にも小沢と似たところがあるのでなおさら不安が残るのだけれども、ただ一点、小沢には本当の改革、すなわち21世紀のあるべき日本へ向かっての国家改造プランを描く力がある。彼が自民党を離党する寸前の93年5月に書出した『日本改造計画』は、政治家の著作としては異例なことに80万部も売れて、今も残る「一度小沢に首相をやって貰いたい」という待望論の基礎となった。当時の優秀な官僚などを集めて、私の言い方で言うと明治以来100年に及ぶ官僚社会主義体制とその従属物でしかない自民党政治からの脱却の方途を全面的に展開したもので、私は部分的には意見の違うところがあるけれども、その構想力を高く評価する。

Ozawa.jpg

 彼がタカ派だという誤った評価もあるが、日米安保条約に基づく集団的自衛権の発動による自衛隊の海外派遣には断固反対、国連ベースの集団安全保障体制下での国際平和創出・維持活動への自衛隊もしくは別組織の積極参加は断固賛成という枠組みは私も基本的に同意見だし、民主党内の横路グループや菅グループとも一致していて、前原の集団的自衛権部分解禁論とは違う。

 私は96年旧民主党の結成のためのそれこそ談合に1年半、首を突っ込んで、とりわけ新党参加者全員によって行われた同年7〜8月の集中的な政策論議ではまとめ役を果たし、結党宣言の案を執筆した。その時に最も重視したことの1つは、自民党は“超現実的”で、目先のことから少しずつ変えていくのが精一杯であるのに対して、新しく出来る民主党は(当時から見て20年後の)2015年までに発展途上国的中央集権国家を完全に卒業して5兆ドル成熟経済に相応しい日本型市民社会を創り上げるためのトータル・ビジョンを描いて、そこから手前に向かって逆算するように個々の政策を立て、1つ1つの改革がどこに向かうための段取りなのかを常に明示するようにすることだった。その宣言には宮沢賢治の科白を借りて「我々は未来から吹きつける颯爽たる一陣の風でありたい」という表現でそれを盛り込んだ。が、出来たばかりの民主党はそのビジョンを描くことが出来ず、それを支援するために私が頼まれて作ったミニ・シンクタンクも、安保論では田岡俊次、小川和久、前田哲男など、情報論では松岡正剛、金子郁容など、面白い人たちがたくさん協力してくれたが、それも1年ほどで立ち消えになり、そのうちに旧新進党系の人たちが合流して“再結成”となったため、最初の宣言もその精神もお蔵入りとなってしまった。以後、民主党の最大の欠陥、そして小泉のエセ改革と対抗しきれない最大の原因は、依然としてトータル・ビジョンを形成できないことにあると一貫して主張し、そういうと幹部の誰もが「そうだ、そうだ」とは言うものの誰もそれを手掛けようとはしない。そこで、3年前に小沢が旧自由党を引き連れて民主党に合流したのを機会に、彼を党首にして日本の本当の改革とは何かを国民に分かりやすく提示して政権を獲りに行って欲しいと期待し、一昨年菅が辞めたときも、昨年岡田が辞めたときも、「小沢で行くべきだ」と関係者に言い回ったが、そうはならなかった。ようやくそういう巡り合わせとなったのである。

 私はお花見の帰り際に鳩山とこういう会話を交わした。
「これで小沢・菅体制になって、9月はどうするの? もう一度代表選をやることにはならないでしょう?」
「これで安定してしまえばやらないことになると思う」
「いずれにしても、小沢さんは『日本改造計画』の新版を9月までに出版すべきだと思う。全体の枠組みはあのままで十分だから、その後10年間の変化を踏まえて、前に執筆に協力した官僚とか周りの知識人の知恵を集めて書き直せばいい」
「それはいい案だなあ」
「鳩山さん、これで無役になって自由の身になるのだから、このことを小沢さんと相談して、人集めや会合の設定、出版の段取りなどを担当したらいいですよ」
「そうだね。いやあ、いい案を頂いてありがとうございます」

 これがうまく行って100万部も売れるベストセラーになれば、民主党再生の武器となるだろう。そのタイミングは、自民党総裁選でまたワイドショーが狂態を演じる前でなければならない。▲

2006年4月 1日

下北沢がのっぺらぼうになる!

 下北沢で30年以上、ジャズ・バー「Lady Jane」を開いている大木雄高さんよりアピールが届いた。小田急線の地下化に伴って、あのごちゃごちゃした懐かしい町並みをブッ壊して26メートル幅の道路を作ろうというバカげた計画に反対の声が湧き起こっていて、4月9日(日)14:00から代沢小学校体育館で下北沢シンポジウムvol.2「シモキタらしさを守り育てる」が開催される。下北沢の住民や商業者らによって準備されている市民案の発表と、都市計画の専門家ら15名による緊急アピールがある。

 下北沢は、私も2歳から22歳までを過ごし、北口前に今も残る戦後闇市の雰囲気を遺した市場、井の頭線ガード脇にあったジャズ喫茶、東映のチャンバラ映画をやっていた北沢エトワール、南口駅前の焼鳥屋等々は私のカルチャーそのものだった。私も元住民として、人をないがしろにし車だけを優先したこの反21世紀的な計画に断固反対する。

 大木さんは書いている。

 今と昔が混在していて、皮膚感覚で歩ける街、目線にあった路地の街として愛され続けてきた下北沢を変えようとする計画が現在進行中です。
 それは小田急線の地下化に伴い、何と、昭和21年にたてた道路計画を今さら地下から引っぱり出してきて、街の中心に、26メーター道路を通そうという、行政の都市再開発という乱暴な計画のことです。
  この阿呆らしい、<街づくり>という名の<街壊し>計画に明確な反対の意思を表したいと思っています。
 2005年4月20日(水)発売の雑誌『SWITCH』(Vol.23 No.5)誌上で、この問題を特集で取り上げています。又、テレビではTBS「ニュース23」他で報道されました。右枠URLを参照されますと、外郭はおわかりになることでしょう。

 現在、下北沢にある商店主による「54号線の見直しを求める下北沢商業者協議会」が結成されました。これは都や区に無視されてきた商業者(テナント)が自ら声をあげ、下北沢の再開発に対して再考を求めるものです。

その他様々な動きがありますが、以下のリンクを参照していただければと思います。

下北沢フォーラム http://shimokitazawa-forum.net/
セーブ・ザ下北沢 http://www.stsk.net/
『SWITCH』05年5月号特集「下北沢は終わらない」 http://www.switch-pub.co.jp/switch/2005/05/index.html

 なお大木さんのLady Janeのホームページはここ。ジャズ好きには堪らない情報満載です。http://www21.ocn.ne.jp/~bigtory/index.html     ▲

Profile

高野 孟(たかの・はじめ)

-----<経歴>-----

1944年東京生まれ。
1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。
通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。
同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。
80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任し現在に至る。
94年に故・島桂次=元NHK会長と共に(株)ウェブキャスターを設立、日本初のインターネットによる日英両文のオンライン週刊誌『東京万華鏡』を創刊したほか、PC-VAN・NIFTY-Serve・MSN、富士通ブロードキャストその他電子メディアのコンテンツ創造、講談社・小学館・集英社その他出版社のウェブサイト開設、『インサイダー』のメルマガ化、などを次々に手掛け、インターネット・ジャーナリズムの先駆的開拓者と呼ばれた。
現在、それらの経験を活かして、独立系メディアの総合サイト《THE JOURNAL》に取り組んでいる。
2002年に早稲田大学客員教授に就任、「大隈塾」の授業「21世紀日本の構想」、ゼミ「インテリジェンスの技法」、社会人ゼミ「ネクスト・リーダーズ・プログラム」を担当している。

-----<出演>-----

『サンデープロジェクト』
(TV朝日系、日曜10:00~)

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日系、最終金曜25時頃~)

『たけしのTVタックル』
(TV朝日系、月曜日21:00~)

『情報ライブ ミヤネ屋』
(読売TV系、月~金曜21時~)

BookMarks

東京万華鏡:TOKYO KALEIDO SCOOP
http://www.smn.co.jp/

INSIDER:インサイダー
http://www.smn.co.jp/insider/

大阪高野塾
http://www.osaka-takano.com/

-----<著書>-----


『滅びゆくアメリカ帝国』
2006年9月、にんげん出版


『ニュースがすぐにわかる世界地図(2006年版)』
2005年、ポスト・サピオムック


『最新・世界地図の読み方』
1999年、講談社現代新書

『情報世界地図 98』
1997年、国際地学協会

『地球市民革命』
1993年、学研

『21世紀への世界時計』
1991年、集英社

『入門世界地図の読み方』
1982年、日本実業出版社

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