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« NHK記者の捜査情報漏洩事件は「前代未聞」ではない
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既存メディアは本当に「敵」になるのか »

年明け早々、怒りモード。総務省記者クラブ問題で

 2010年の振り返り総括でも書こうと思っているうち、2011年が明けてしまったが、昨年末(と言っても10日ほど前のこと)、久々に強い憤りを感じたことがあった。例によって、記者クラブ問題である。

 「記者会見・記者室の完全開放を求める会」のホームページに昨年末、「総務省記者クラブとの懇談会」、 「総務省記者クラブからの返答」という2つの記事がアップされた。当初は、記者クラブ側がフリーランス記者たちの意見を聞き、会見開放に向けての具体策を考えていく、そのための会合だと思っていた。ところが、そうではなかった。

 「総務省記者クラブからの返答」は、公表用だから随分マイルドな表現になっている。このやり取りを行ったフリーランス記者の渡部真さんによると、実際のやり取りはもっと激しかったようだ(口調や言葉遣いのことを言っているのではない。誤解のないように言っておくが、渡部さんは非常にまじめな、穏やかな人である。毎日の記者さんも同じような方だと聞いている)。

 読めば読むほど絶望的である。毎日新聞の記者はたまたま幹事社だったから矢面に立たされたのだろうが、「会見の動画撮影を認めない理由」はまったく理由になっていない。ええ加減にせよ、である。理由になっていない理由をここにも書きだしておく。

<毎日>総務省記者クラブの総会で、申し入れのあった動画撮影について各社の意向を確認したが、結論から言うと、今回の総会では動画撮影を認めるという結論に達しなかった。

【理由1】まず新聞協会の見解を確認したが、たしかに記者会見を開放しようという見解になっているものの、動画撮影について言及して認める方針は示されていない。新聞協会の見解を根拠に動画撮影をフリーランス・ジャーナリスト認めることはできない。

【理由2】総会の中で、撮影者の意図と関係なく、インターネットなどで公開した映像が、第三者によって二次使用されるリスクがあると指摘する意見があった。そこに映っている人の発言・質問などが、本人の意図した内容と異なって、一部だけ使われると全体の真意が伝わらないこともある。それを危惧する意見があった。

【理由3】やはり各社に持ち帰って本社の意向を確認しないと、記者クラブの担当者だけで決める事が出来ない。そのためには時間がかかる。

 記者クラブ問題に関する日本新聞協会の見解は、同協会のホームページで読むことができる。それを読んだ上で、上記の総務省記者クラブ幹事社(毎日)の言い分を読んでほしい。会社員記者かフリー記者か等を問わず、総務省記者クラブ側の言い分を「おかしいぞ」と思わぬ人は、記者ではない。これで(本心から)納得してしまうような人は、物事に疑問を持たぬという意味において記者には向いていない。

 昨年春、記者クラブ問題に関する新聞労連のシンポジウムでパネリストを務めた際、あるいはこの会見開放の会の立ち上げの際、私は「もしかしたら頑迷固陋なメディア各社もクラブ問題で動き始めるかもしれない」という、かすかな希望を持っていた。そして、動かぬのは各社の上層部であって、現場は開放に前向きだと思っていた。その思いは今も同じだ。

 しかし、である。「思っているだけ」では何も変わらぬのだよ。「おれは開放に賛成だ」と"思って"いるだけでは、それでおしまいである。

 総務省記者クラブの幹事社である毎日新聞の記者は「各社に持ち帰って本社の意向を確認しないと、記者クラブの担当者だけで決める事が出来ない。そのためには時間がかかる」と言ったそうだ。おそらく、あちこちの記者クラブでこんな言葉が交わされているのだと思う。そういう人に言いたい。新聞協会の「見解」に基づくなら、記者クラブは記者の「個人組織」である。記者個人としての意見・態度を表明できないのなら、そんな商売、やめてしまえ。「やらない理由」を一生懸命に述べるのは、保守化・官僚化が極まった組織の常ではあるが、それにしても、ひどすぎないか。

 「おれたちがせっかく前向きに考えているのに」という総務省記者クラブの記者たちの声が聞こえてきそうだ。ならば、本気でそれを成す為に行動すべきだ。「考えている」という言葉を弄び、良心派を装うことの罪の重さを思うべきだ。最近は何も活動できていないので申し訳ない限りだが、会見開放の会を立ち上げる時、それへの賛同を呼び掛けると、「この人なら」と思った既存メディアの「良心派」の記者たちが何人も、「行動はできない」「陰で応援する」といってきた。「陰で」など、応援にならない。

 結局、問題はそういうところにある。

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明けましておめでとうございます。今年も楽しみにしています。

「変わらずに生き残るためには変わらなければならない」

と言い続けている政治家がいますが、やっぱりその方とは対極にいる皆さんなのでしょうね。

その昔、テレビの朝の番組が、新聞を並べてそこに書いてあることをそのまま読むだけということを始めました。
最初は斬新な気がしましたが、気が付いたらどこの局も同じことをやり出しました。

でも、よくよく考えると手抜き以外のなにものでもないですよね?

今、テレビを見ても新聞を読んでも、ネタ元はほとんどがインターネットじゃないですか? wikileaks 然り、尖閣問題然り、ショボいおせち料理のネタだってそうです。

中身を確認することもなく、右から左へ情報をただただ垂れ流すだけ。。。。

マスコミは変わらないどころか、劣化し続けているのではないですか?

この先、滅びるべくして滅びるんでしょう。

高田昌幸さん

  【問題解決が唯一肝心】

的確なお怒りはご尤もです。問題を指摘することも強く批判することも其れらを継続することにも、大きな意義があると敬意を表します。
然し一方では、問題解決が唯一肝心であって、此処での記者クラブに限らず「全ての既得権益者」には、理を説き権益の放棄を迫っても問題は解決されないと思いますよ。個人ベースでは理解しても、特に大手メディは愚かしいことは承知の上で頑強に自己保全するもの、其れが「組織の論理」だと。

国会関連の既得権益を破壊するのは、結局は政権与党にしかない、其処に行き着くと言い切れるのではないか。
今はその政権与党がコミットラインを「国民に無断」でどんどん後退させ劣化させている。
上記と同様に、政権与党の問題を指摘することも強く批判することも大きな意義があると考えますが、其れも手段として問題解決には迂遠だと考えています。人工物である現行法の不備である首相専権を利用して、「支持率1%でも‥」などと言い放つ無恥な輩ですから。

問題解決の早道は、「次」の組成を促すことだと。
私にとっての「次」は、「善き政界再編」と同時並行でする「政界の世代交代」。
記者クラブ制度の廃止と公開制実施や不合理で時代遅れな既得権益の破壊(不合理な規制の破壊にも概ね繋がるでしょう)などを標榜する政治家グループの組成を促すことだと。この組成が進めば進む程に、現政権与党に退場(解散総選挙)を迫る圧力が大きくなる。その圧力の大きさは、単なる「厳しい批判や非難」の比ではないだろうと。
困難な道だが、古来、急がば回れ!という。挑戦する価値は十分にある。希望の種は小さいが、在る!未だ小さな動きでしかないが、現実にこの健全な動きが水面下で進んでいる。
序でに「経済界の世代交代」!と口ではいっても、其れは別の流れが必須ですが。

一方で、不幸にして此の「次」の組成に失敗すれば、何日になるか解らない(3年後?)次回選挙で、国民は再び低次元の選択肢しか与えられず、希望の無い消去法での投票を余儀なくされて仕舞う。
そうなると、もう此の国の再興はないと覚悟しなければなるまい。おめおめと「国家が下山する」事態を受け入れることになる。
草々

高田 様

総務省記者クラブ総会での「動画撮影」問題の結論先延ばし、お怒り尤もです。大手マスコミの記者に当事者能力なし、そんな人間が出てきて、総会を開いても、何の意味もないということでしょうか。

田中塾に参加して、私も少しずつ分かってきたのですが、前線の記者は要するに蛸の足に過ぎないのではないでしょうか。

操っている本体の人間が、社説とか論説などを書く人で、報道の方向を決める人なのでしょう。

この人たちは、アメリカ追従、官僚追従、政権政党政治家追従、経団連追従、官房機密費の受け取りが疑われているなど、どうしようもないしがらみに縛られた体制維持のロボットでしかありません。

総務省担当の記者が現状改革の高邁な思想の持ち主であっても、企業の一員しかも手足であっては、いかんともしがたいのでしょう。

記者に対する批判は、少し手厳しいのではないか。この人たちを味方につけ、時代の流れをいま少し待つのが、賢明な気がします。門外漢で的外れであれば、ご容赦ください。

イヤミでもなんでもなく、申し上げます。

私は記者クラブを憎悪していたけれど、WikiLeaks に対するマスコミの報道姿勢を見て考えを改めました。

記者クラブはこのままでいい。問題は国民大衆の側にある。

マスコミは、マス(大衆)コミュニケーション(操作)を行う独立行政カルテルとして、行政の意図を伝えてくれれば良いのです。

ただ、国民の代表である立法者に対して、法的根拠無く実力行使を続けていくなら、マスコミは、マスターベーション・コミュニズムになってしまい、自己崩壊するでしょう。

それは、国民にとって、必ずしも喜ばしい事ではないと思います。

(日本人を止めた)無国籍人 | 1月 6日 16:42 訂正

以下、未来志向を以って、訂正します。

(第一節末尾)
誤:其れが「組織の論理」だと。
正:其れが「悪しき組織」の論理だと。
草々

記者クラブをのさばらせているのは、片山氏を含む役人の
「由らしむべし知らしむべからず」という姿勢に既存メディアが乗っかっているためではないでしょうか。
個々のメディア記者は、このシステムの歯車に過ぎず、彼らを責めても解決は難しいのでは?
外国にこのような考え方がないのは、外国では「状況説明は公僕の義務である」という極めて当たり前のPublic Servantとしての
長い歴史があるからではないでしょうか? 
亀井静香氏が国土交通相の時、記者クラブ記者会見以外にフリージャーナリストを集めて話していましたが、あれも一種のステンドプレーでしあり、部下の役人に「諸君は公僕だから、国民に状況報告を行わねばならない」と命令して、徹底したオープン化をすればよかったのではないでしょうか。
記者クラブマスコミとフリージャーナリストの争いの形に仕向けて、後ろを向いてほくそ笑んでいる役人およびそれに気づかぬぼんくら政治家こそ責められる対象なのではないでしょうか?
もっと本質的な問題に目を向けていただきたいと思います。

「日本のマスメディアの記者たちは臆病者」
Benjamin Fulfordがその著書でこうこき下ろしている。この投稿の内容がその実像を暴き出している。

記者クラブ制度というのは典型的な談合制度と呼ばれているが、談合というのは普通はそうすることによって自分達の糧をなんとか死守する為のものだが、記者クラブ談合制度は既に自らの糧を失う方向にしか機能していないと考える。フリーランスとともに記者クラブは新たな談合制度を作り、霞ヶ関に対峙したらどうだろうか。私達にとって大切なのは情報がきちっとシェア-されているかどうかである。情報が目詰まりを起こしていないか?国民から理解される談合制度になっているのか?今一度検証して欲しい。談合制度が国民から理解されるのは、それにより、より多くの人がその恩恵に預かれているかどうかである。そうではなく、特定の人だけが過度にその恩恵を受けているだけなら、それは談合制度とは呼べない。それは独占というのだ。記者クラブ制度は果たして談合なのか、それとも独占なのか、よく検証して欲しい。

 高田昌幸様
おつかれさまです。
 メディアは、ほかの業種には「規制緩和、競争の原理、透明性」を求めるが、自分らの既得権益と透明化」は例外で、守りたいらしい。
 なら、TPP参加で、農業関連業種の雇用や損出失われると不安がつのり北海道に衝撃が走っている。メデァアは自分たちの都合を守りたいのならTPPを反対する農民の気持ちも分かるはずだが、ほかの業種なんか関係ないらしい。

とにかく、情報の透明性は民主主義の要諦ともいえます。記者クラブ談合記事を廃止するためにも、オープンを望みたい。

片山総務大臣様には、大変に失望いたしております。

以前から、大偏向番組「爺ィ放談」などに出演するなど、
やや、いかがわしき点が有りましたが、
いやはや、
人間偉くなると、出世するとおかしくなる人ばかりみたいです。

原口総務大臣に、最後までやらせてみたかった。

初めまして、と有る所のリンク先から、こちらにたどり着きました。

>そこに映っている人の発言・質問などが、本人の意図した内容と異なって、一部だけ使われると全体の真意が伝わらないこともある。

こちらですが、たまたま、
http://sankei.jp.msn.com/politics/local/110107/lcl1101071853002-n1.htm
広島市の秋葉市長がyoutubeで不出馬の会見を出したことの、コメントを発表しています。

>「テレビや新聞は1時間話しても、使われるのは数秒、数行にしかすぎず、私が伝えたいことがほとんど伝わらない」と話した。

> さらに「一部のマスコミは自分の作ったストーリーに合わせてコメントを利用する。信頼を置けない」と述べ、不信感を示した。

自分たちがどう思っているかは分かりませんが、他者からはこのように思われて言うと言うことを、自覚するべきではないでしょうかね?

尖閣動画流出なども、提出先が、一般のメディアを選ばなかったことなどなど・・・既存のメディアは、この先報道としての立場を、維持できるのかどうか考えるべきだと思います。

もうこの問題(記者クラブ開放)では、政権交代して議論が沸騰した時から、僕は『新聞労連』という左派?労組の軸足はどこに向いて、どういう行動してるのか。闘う労組なら、団体交渉の議題に乗せ、新聞協会と交渉できないのか、と思います。あるいは”労組加入記者”なら、スト権行使する位の実力で”開放”の実を獲っていくのが、組合の”スジ”ではないのか? 上杉氏が「記者クラブ」制度ってのは、日本だけの閉鎖的なメディア権力そのもの(政府の太鼓持ち)だみたいなことで”北朝鮮なみ3流ジャーナリズム”と批判してると思います。
単に、声明出して、「権力批判のポーズ」を見せてるだけ、と僕は思っています。それは、公務員労組(国公労連や自治労・自治労連など)と”軌を一にする”闘わない左派労組の、本質はは既得権益擁護の高額年収の人達の集団だからでしょう。その結果は、弱者・国民との格差拡大にアグラをかいたうえで、小沢氏や河村氏(名古屋)竹原氏(阿具根)攻撃に手を貸しているとしか思えません。

※参考までに
http://www.shinbunroren.or.jp/seimei/100304.htm

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Profile

高田昌幸(たかだ・まさゆき )

-----<経歴>-----

1960年、高知県生まれ。
1986年、北海道の地方紙入社。経済部、社会部、東京政治経済部、ロンドン支局などで取材。
1996年、取材班の一員として「北海道庁公費乱用の一連の報道」で新聞協会賞、日本ジャーナリスト会議(JCJ)奨励賞を受賞。
2004年、取材班代表として「北海道警の裏金問題取材」で新聞協会賞、JCJ大賞、菊池寛賞、新聞労連ジャーナリスト大賞を受賞。「記者会見・記者室の完全開放を求める会」世話人。

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■ニュースの現場で考えること

■「ニュースの現場で考えること」の書棚

■記者会見・記者室の完全開放を求める会

■市民の目フォーラム北海道「北海道警察VS北海道新聞」

■木をみて森もみる(エッセイ)

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