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「認知症と長寿社会 笑顔のままで」 信濃毎日新聞取材班(講談社現代新書)

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 「更埴市」は長野県北部にあった市の名前である。近隣自治体と合併し、今は「千曲市」という。遠い遠い、30年ほど前の学生時代のことだが、このあたりを訪ねたことがある。ゼミ合宿だったか、サークルの合宿だったか。典型的な日本の田舎、地方都市だったような、おぼろげな記憶がある。

 姨捨山(正式名・冠着山)は、その千曲市にある。知っての通り、姨捨山には「姨捨伝説」が残る。

 年老いた母を捨てに山を登る息子。自分の息子が帰り道に道に迷わぬよう、背負われた母は登りの道すがら、手を伸ばして木の枝を順順に折っていく。それを見て、息子は母を棄てられなくなった--。そんな伝説だ。

 本書は、その姨捨山近くに住む老夫婦の話から始まる。夫86歳、妻79歳。「老老」世帯の暮らしは、ただでさえ、しんどい。そこに「介護」が加わったら、いったい、どうなるか。しかも妻は認知症である。意味不明なことを話し、徘徊もする。夫が誰なのか、時にはそれも分からない。それどころか、自分がだれなのかも分かっていないかもしれない--。

 私が小学校6年生の時、一緒に暮らし板ていた祖母が死んだ。その祖母も認知症だった。第二次大戦で死んだ息子の名前を呼んでは「さっきまで清茂がここにおった」などと言い、清茂の分の夕食を用意してないと言っては、私の母を責めていた。そんな記憶がある。そして、あれだけ苦労して祖母の面倒を見て、毎日ため息をついていた母が、その祖母の死後、しばらくたって、辛かったはずの介護が実はどれだけ自分を支えていたかを語ったことがある。

 当時はその意味が分からなかった。小さい子供であったから、分かるはずもないのだが、本書を読み終えた今は、母の言った意味が分かるような気もする。

 本書は、新聞協会賞などジャーナリズム関係の賞を多数手にした、信濃毎日新聞の連載をまとめた1冊である。だれもが避けられぬ長寿社会。そして、かつては長い間、タブー視されていた認知症。この重い課題に真正面から取り組んだ。連載時から大評判だったので、ときどき、記事のコピーを読んではいた。しかし、こうして1冊にまとまると、また違った迫力がある。

 読み始めたのは、通勤の電車の中だった。途中で落涙し、読み進めなくなる箇所もあった。各ページに事実が詰まっている。1行1行が重い。つくりが丁寧で、時間と労力を存分に費やしたことが良く分かる。

 新聞はダメだ、既存メディアはダメだ、最近はそんな単純な批判が多い。しかし、本書のような良質のルポルタージュを読むと、そういった「新聞批判」を逆に空しく感じるだろう。「新聞だから悪い」とか、そんな単純な話ではないのである。何をテーマに、どう取材するか、どう伝えるか。報道においては、それが全てであり、本書はその見事な回答でもある。

 写真もすばらしい。とりわけ、237ページと257ページ。この2枚の写真は、すべてを物語っている。この写真を見ると、郷里に暮らす、自分の年老いた父と母のことを思い出し、また落涙しそうになる。

★  ★  ★

※この記事は「『ニュースの現場で考えること』の書棚」より転載しました

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高田 様

人間味溢れる高田様、常に相手の立場を十分組み入れてのご投稿、論説は、私たちにもじかに伝わってきます。一方、不正なあり方についてはかなり激しく反撃するので、ジャーナリストの本来のあり方を見ている気がしています。

マスメディア人も人の子であって,その所属報道機関がどこであっても、また、この方でなくとも、流石に人間の本来性を論ずる介護問題などを捻じ曲げることはないようです。

どの報道機関も、その報道機関の体制保持、存続のために、アメリカ、官僚、政権、企業と手を結ばざるを得ないのでしょう。

手を結ばず自立した報道ができる社会であれば何も問題はないのですが、どの社会もしがらみの中での行動しか認められていない閉鎖的社会にあって、避けられない選択かもしれません。

高田様のように自立したジャーナリストが少しずつ増えていくことによって、社会が自ずから変革していくのでしょう。微力ながら、共感できる私たちが支援していく重要性の認識を新たにしています。

八十九歳の姑の骨折で病院通いが続いている。八十九歳と八十七歳の両親の面倒は田舎の家で、六十七歳の姉が見ている。八十六歳の叔母は終の棲家を探して老人ホームを検討中だ。彼女は戦後一人で生きてきた。八十半ば皆あの戦争を生き抜いてきた人たちだ。誰かしら戦死した者を心の中で悼んでいる。そして死者の分まで生きようとしていたのは、日々彼らの吐露する言葉の中に滲んでいた。死者を抱えて生きてきた彼らは強い、時に重たい。そんな親たち世代を団塊の世代の友人たちは家で通いでまた公的機関の援助を受けながら世話している。数年前に長い介護生活を終えた友人からの言葉が先日届いた。「最近あのわがままな姑を懐かしく思い出すの。姑を憎んだこともある苦しい介護はなんだったかと。でも最近思うことは、私は偉大なことはしてこなかったが、介護という大きな仕事はしたかもしれない」と。
文中の戦死した息子を悼む姑の介護を「実はどれだけ自分を支えてくれたことか」と振り返る御母さんの言葉に涙しました。
本を読んでみたいと思います。

高田さん

紹介された書を、私も是非読まさせていただきます。多分、感動と共にこれからの時代を生きる者には辛く大変な現実を感じさせることでしょう。

おそらく多くの方が、将来あるいは近い未来に過酷で逃げられない介護問題を体験すると思います。

少子高齢化と核家族化、地方の疲弊で親を残し都会に働きに行く子供たちなど、さまざまな諸事情で
老老介護が増えています。

それに、認知症や病気、けがなどで介護が更なる重労働となる現実があります。

我が家も祖母と母のダブル介護を見て体験してきました。そして多くのお客様が抱える介護体験の実態も見て聞いて理解しています。

お客様本人が認知症となり御家族が連れてくるようになった方も居ますし、そのすべての介護が想像以上に大変だと言うことです。

介護保険制度などで、多少は良くなったとはいえその掛る費用から全てに任せ切りなど出来ない。デイサービスから帰れば、過酷で汚い仕事もある。

辛く、苦しく、大変で気が変になりそうな介護を死ぬまで続けなければならない。そんな不満の声を介護者からよく聞かされました。

すべてを政治の所為にするつもりはないが、せめて少子高齢化社会を何とかしなければ、この問題はさらに大きく重くなっていくのです。

良いテーマをありがとうございます。

ですが、最後の言葉が少し気になるので何時もの反論を。

>>新聞はダメだ、既存メディアはダメだ、最近はそんな単純な批判が多い。しかし、本書のような良質のルポルタージュを読むと、そういった「新聞批判」を逆に空しく感じるだろう。<<

ネットで、新聞やテレビ等大手マスコミを批判しているのは、あくまでも中立性を求めての話です。

既得権益側に立ち、スポンサーや検察側に立った報道姿勢を批判しています。

政局に関係がない話題やニュースを扱う記事には、頑張って国民に現実を感じさせて頂きたい。

中立公平な政治記事が書けないのなら、新聞は政治を扱うべきではないのかもしれませんね。

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Profile

高田昌幸(たかだ・まさゆき )

-----<経歴>-----

1960年、高知県生まれ。
1986年、北海道の地方紙入社。経済部、社会部、東京政治経済部、ロンドン支局などで取材。
1996年、取材班の一員として「北海道庁公費乱用の一連の報道」で新聞協会賞、日本ジャーナリスト会議(JCJ)奨励賞を受賞。
2004年、取材班代表として「北海道警の裏金問題取材」で新聞協会賞、JCJ大賞、菊池寛賞、新聞労連ジャーナリスト大賞を受賞。「記者会見・記者室の完全開放を求める会」世話人。

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