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「ジャーナリズムの原則」 ビル・コヴァッチほか著 (日本経済評論社)

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 「調査報道」が重要だと言われて久しい。しかし、「調査報道」とは何か。経験を積んだ記者であっても、その答えは千差万別である。

 昨年の今頃は、民主党の小沢一郎氏の政治資金をめぐる報道が、列島を席巻していた。その急先鋒の一つだった全国紙の担当デスクは、小沢疑惑報道を「調査報道の成果だ」として誇っていたが、しかし、検察捜査の終焉とともに報道は沙汰やみになった。確かに、検察捜査とは別の観点からの報道もあったのかもしれないが、検察の捜査の盛り上がりに寄り添うようにした報道は、少なくとも私には大きな違和感があった。なぜ、その大手紙の「小沢氏に対する調査報道」は終わったのか? 結局、虎の威を借る狐のような風情である。

 私は全く与しないが、「あす逮捕へ」という捜査情報を他社より先に書くことを調査報道だという人もいる。捜査員に取材して、独自ネタとして書くのだからそれは調査報道だ、という理屈である。日本では長年、起訴前の捜査段階における途中経過情報を他社に先駆けて報じることが重要だとされてきた(=組織内で高く評価されてきた)。

 こうしたことは、事件報道に限らない。「当局の行うことを、当局の許す範囲で、当局の発表前に書く」という取材のありようは、ある意味、従軍記者の発想に極めて近い。

 では、調査報道とは、いったい何か。この問いに対する回答を、過去の知の集積である書物から得ようとした場合、大きな困惑を感じるだろう。ないのである。ない。日本には「調査報道」を真正面から論じた、ちゃんとした書物がない。朝日新聞のリクルート事件報道を仕切った山本博氏の著作「追及 体験的調査報道」などはある。昨年は、菅生事件を扱った「消えた警官」も出た。しかし、これらは、調査報道に携わった記者たちの体験談であり(もちろん貴重なことにかとに変わりはない)、調査報道総体をきちんと分析し、体系立て、その問題点や実践の諸条件を論じたものではない。

 「ジャーナリズムの原則」の第6章は、そんな不完全燃焼の気持ちを和らげてくれるはずだ。本書は、記者の仕事に携わる人なら、だれもが読むべき1冊である。米国のジャーナリズム関係の団体が徹底した討論を重ね、その成果として出版された。残念ながら絶版ではあるが(新版は翻訳されていない)、私は手元に2冊置いてきた。1冊は線引きや書き込みでぼろぼろだ(もう1冊は保存用である)。

 第6章は「権力の監視と声なき市民の代弁」は、調査報道に関する記述である。「ジャーナリストは権力にたいする独立した監視役という役割を果たさなければならない」というこの根本原則について、本書はこう記している。

 「この原則はしばしば、ジャーナリストのあいだでさえも、『満ち足りた者を責める』という意味に誤解されている。さらに監視の原則は、現代のジャーナリズムにおいて乱用され、公共奉仕よりも読者に迎合することをい目的とした見せかけの監視役気取りによって脅かされている。おそらくもっと深刻なのは、この監視の役割が新しい種類の企業統合によって脅かされていることである。それによってメディアが監視役の責任を果たす上で求められている独立性が損なわれるかもしれない」

 また第6章では、調査報道を3つに分類している。そのひとつが「調査に関する報道」である。これは捜査当局などが調査・捜査する内容を、それらを情報源として報じる形態を指す。日本の現状の事件報道に近い。しかし、本書はそうした人々(=当局側)は、往々にして、予算欲しさや世論形成等々を目的として、記者に対して積極的に協力するのだと明言する。そして、捜査員らによって利用される可能性が高く、報道機関は権力の監視役ではなく道具になり下がる危険が高い、と。

 翻訳特有の、もって回ったような表現は多いが、私はこの一節だけでも相当な歯ごたえを感じる。多角的な取材と議論の材料になる。思索と刺激をもたらしてくれる。もちろん、第6章だけでなく、全編について、である。

★  ★  ★

※この記事は「『ニュースの現場で考えること』の書棚」より転載しました

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高田昌幸様
「ジャーナリズムの原則」この様なものは現在の日本の大手マスコミにつとめるいわゆる「記者」と言われる人々にはもう既に「死語」・「過去の遺物」と成り果てているのではないでしょうか。
大手のマスコミに勤める方々は既にサラリーマン化し、会社あっての私であり、会社イコール私の利益が最大目的となっているのではないでしょうか。
社会正義の意味さえ考えることもなく、ただ単にサラリーのため記事を追いかける。
だから楽をしたいから「記者クラブ」は大事。睨まれたくない、損はしたくないから官僚の利権に沿った記事を書く。
そして、会社は既得権益とスポンサーの為の記事を書かす。
これのどこにジャーナリズムがあるのでしょうか。
この現在の第4の権力といわれるマスメディアの改革そのものを課題としなければ、今後日本にジャーナリズムは死に絶えるのではと危惧しています。
ですから、「調査報道」のあり方等の基本も大事ですが、今日本のマスメディアそのもの構造改革をしなければ、そのような基本さえも聞く耳持った記者は皆無となってしまいますよ。

高田 様

「調査報道」に関する見解、高田様のご投稿通りであると思います。

しかし、今の報道の状況を見ますと、其のこと以前に、大きな報道障害を抱えているのではないでしょうか。アメリカ、官僚機構、政権政治家、広告主である企業の代弁者に成り下がっていることです。

端的な例は、「ホリエモン事件(既存メディアへの参入)」、「政治と金事件(行財政改革)」に見られるように,四者の均衡的権益取得構造、すなわち、日本的横並び体質の打破が図られようとしているときの、並々ならぬ結束であり、攻撃です。

この閉鎖的権益構造を打開する方法は、すでに多くの方が語っているように、(1)メディアに対する規制を排除し、完全自由化する。(2)小沢氏の主張の原点である官僚機構の管理職は、政権交代と一緒に交代できる体制整備をする。などは最低限必要な改革であると考えています。小沢氏の強制起訴は、国民的損害なのに、理解できない、或いは教えられていない人が8割もいる横並び属国民の悲劇でしょう。

それにしても最近の新聞、特に毎日新聞の一面記事は、この会社の根幹がどうなっているのだろうかと疑ってしまう。昨日は、政治のトップ記事は、小沢氏の政倫審出席問題、他の日は、国鉄のダイア改正にかかわる問題などであって意識的に政治問題を避けているようである。

菅政権の支持率アップにつながる「政治と金」以外は、菅政権の打撃になるので、報道しないようである。

高田様のお話されている調査などは、今のメディアにとっては、タブーなのではないでしょうか。今の報道機関は、政府広報機関と見たほうがよさそうです。

若い記者がよく我慢してこのような閉鎖的な組織におられるものだと不思議でなりません。生活のためでしょうが、寂しく残念なことです。

高田昌幸氏へ
貴重な資料をご紹介くださり有り難うございます。欧米社会の長所は、個人の経験・能力に頼らず、システムとして体系化していく点にあると思っています。教育においては特にその長所が顕著であると思います。
 ジャーナリズムも今や権力の1つであることは常識であります。であるならば、それに携わる方々には専門的教育が必要ではないでしょうか。法律家・官僚はまがりなりにも、試験を受けています。政治家は選挙があります。最近ではMBAなど経済分野でも資格試験がありますし、医師・薬剤師など医療に携わる方々・教師なども試験が課せられます。
 しかるに、マスコミの仕事をされる方々は、大学を卒業して、新聞社やTV会社に就職すれば、何の資格審査も受けずに「ジャーナリスト」です。これはおかしい。ただ単にマスコミの現状を批判するだけではなく、具体的な改善策を皆で提案していく時期ではないでしょうか。このあたり、欧米社会ではどうなっているのか、またレポートしてくださればと思います。次回を楽しみにしています。

 当局発表をうのみにして、リーク情報を垂れ流している報道の姿勢を「調査報道」といえるだろうか?
あらゆる情報の真偽を確認する余裕がなく「1日も早く報じる」記者クラブは談合組織のような存在。もし、誤報があれば、横並びだから責任は問われない。そこが無責任になりがちです。

さて、北海道警察の捜査2課の警部補が、証言もとらずに嘘っぱちの「供述書」を提出していた。
先ほどラジオで報じていた。検察と警察を信用してはいけない。だからこそ、マスコミは巨大な権力にもう目的に信用せずに、チェック機能をもってほしい。

経済団体の新春賀詞交換会等に先駆けてある年頭記者会見の席上その代表幹事と称される記者クラブの質問者の質問事項の幼稚な事。

まだ30歳前後の脂の乗り切った新聞社の所属記者なのだが、如何せん質問の感性がない。自信の置かれている立場からの質問しか聞けず、普通の民間人でも聞ける質問しか聞けない。経済団体の会長、会頭、代表幹事等が厭がる心にチクチク刺さる質問など一切無い。

これでは記者としての個人を主張した記事が書けるわけがない。
個人の個性も感性も戦う姿勢もない。

せめて北海道新聞さんの若い記者には自分の主張を住民に聞いてもらう体験として体験出来るように札幌駅前にて大きな拡声器を持って道行く人に語りかける訓練をさせたら如何。

記者としてのねちっこさと個性が出るかも。

ここで改めて、『文面、文言による朝毎読等多くのマスメディアの国民洗脳を解き放て。』である。

話は変わるが、多くの大企業が国際的な感覚を養う為に多くの外国人の若者を就職させるなら、一番手っ取り早いのが「みのもんた」、「みやねや」等多くのテレビキャスターを首にし、国際的感覚が備わっている外国人キャスターを雇うのが国際的な感覚を養うと言うのであれば一番良いのでは。

高田さん

年が改まり、皆さん決意を新たにされたのかマスメディアの報道内容に変化の兆しがはっきりと表れています。

年末、全国各地で声を上げ始めた、組織団体などと全く無縁の市民達の手によるメディア批判を伴った小沢一郎を支持するデモは、私たちの想像以上に既存マスメディアの脅威となっているのかもしれない。各デモの参加者の単位は1000人前後から2000人くらいではあるが参加者其々が自発的に自らの意思で呼び掛けあって実現している事に注意がいる。その参加者達はまさに氷山の一角で、マスコミの目にも、その背後に控えている膨大な数の国民の姿が見え隠れし始めたのでしょう。
過去に例を見ないこの手作りの運動はひょっとすると漸く日本に民主主義が根付いてきたその証なのかもしれません。

一昨年来、一貫してネットやツイッター上で小沢擁護、権力批判を続けてきたジャーナリストはもちろん。
既存メディア側でも、
高田さんや山口さん・鳥越さんらマスコミのあり方に疑問を呈してきた人。
文化人として、勇気を振り絞り小沢支持・マスコミ批判の声を挙げた茂木健一郎さんのような人。
ホリエモンのように暴力装置としてのマスメディアを実体験した人。
郷原さんに代表される法曹界に身を置く人。
機を見るに敏なジャーナリスト代表で田原さん。
などが小沢問題に絡めマスコミ・ジャーナリズム批判を展開し始めました。
地上波を通じて発信された彼らの言葉は大きな声へと成長しそうな感じがします。
特に、既存マスコミ業界関係者はバブルの中にいるのではないか?かつて投資家達のように何をやっても儲かる(何をやっても許されるルールは俺たちが作る)と思っていたように。ちょっと離れて冷静に眺めると稚拙で馬鹿馬鹿しい事も渦中にいると解らない。
バブルから覚めるのが遅れると報道機関としての死=倒産への道を歩むことになるんじゃないでしょうか。


最近の報道のおさらい:
① ホリエモンVS宗像…激しいやり取りですbyビートタケシのガチバトル
http://www.youtube.com/watch?v=6WA1EAf4XsU&feature=player_embedded

② 田原VS三宅…これも激しいbyたかじんのそこまで…
http://www.dailymotion.com/video/xglib1_yyyyyyyyyyyyyyy2011y1y16y-1_shortfilms
http://www.dailymotion.com/video/xgliwi_yyyyyyyyyyyyyyy2011y1y16y-2_shortfilms
http://www.dailymotion.com/video/xgljeo_yyyyyyyyyyyyyyy2011y1y16y-3_shortfilms
http://www.dailymotion.com/video/xglku4_yyyyyyyyyyyyyyy2011y1y16y-4_shortfilms
③ 茂木健一郎 報道2001他
http://www.youtube.com/watch?v=8jyaTB3xvhI
http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20110119/1295375897#c

参考①はテレビ朝日、②は日本放送、③はフジテレビと各々反小沢の急先鋒的番組の中での発言だけにインパクトがありました。

読売、渡辺恒雄、打倒朝日新聞へのトドメの一撃
某月某日、一面身だし
「本日より読売新聞は全ての記者クラブから脱退いたします」
社説に過去から現在までの記者クラブとマスコミ、行政の関係これらの功罪を述べたうえで{当社は脱退に至りました}とやれば
朝日新聞は読売の軍門に下る以外ない
また逆に朝日が先にやれば読売に追いつく絶好の好機となる
高田さん私4,5年前からはこんな楽しみ方をしてマスコミを見ているんですが、度胸が必要ですかね
ここ10年程、記者クラブのマイナスイメージが結構拡大してしまって
全社あげて脱退って有りじゃないか
例えば検察リークの特落ち
落ちている新聞がまともで、それ以外は談合仲間ではないか?と見る人が今では結構な数に上る

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Profile

高田昌幸(たかだ・まさゆき )

-----<経歴>-----

1960年、高知県生まれ。
1986年、北海道の地方紙入社。経済部、社会部、東京政治経済部、ロンドン支局などで取材。
1996年、取材班の一員として「北海道庁公費乱用の一連の報道」で新聞協会賞、日本ジャーナリスト会議(JCJ)奨励賞を受賞。
2004年、取材班代表として「北海道警の裏金問題取材」で新聞協会賞、JCJ大賞、菊池寛賞、新聞労連ジャーナリスト大賞を受賞。「記者会見・記者室の完全開放を求める会」世話人。

-----<リンク>-----

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