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事件報道の書き方を変えよ(1)
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事件報道の書き方を変えよ(2) »

事件報道の書き方を変えよ(1)

 大相撲の不祥事やサッカーW杯の陰に隠れている感じがあるが、参院選の投票が刻々と迫っている。それにしても、だ。世の移ろいの、何と凄まじきことか。昨年の今ごろは自民党の麻生太郎政権だった。それが民主党の鳩山由紀夫政権を経て、今は菅直人氏が首相である。
 報道の景色も目まぐるしく変化した。ほんの数カ月前まで、新聞の1面や社会面を埋め尽くしていた感のある「小沢一郎資金疑惑」や「普天間問題」は、めっきり影が薄くなった。問題そのものが消えて無くなったわけでもあるまいに。

 民主党の小沢一郎・前幹事長の資金疑惑問題については、それが沸騰していたころ、何度か自分のブログでも「報道のおかしさ」を軸に記事を書いてきた。「リーク批判に対する新聞の言い分」「事件報道自体の量的抑制が必要だ」「報道とは結局、何なのか」などが、それである。

 そのころ、書こう、書こうと考えながら、忘れていた事柄がある。それに触れておこうと思う。もちろん、一連の資金疑惑問題をほじくり返すことが目的ではない。私自身は資金疑惑を直接取材もしていないから、以下の文章はある意味、「感想」の域を出ていない。それを最初にお断りしておく。

 小沢氏は2007年2月、自ら記者会見を開いた。問題となった東京都世田谷区の土地購入に関連して、資料も公開。土地の所有者は、登記上の名義人である小沢氏ではなく、「陸山会」であることを示す「確認書」も示した。
 一連の怒濤のような小沢疑惑報道の中で、今年1月下旬、ある全国紙に「世田谷の土地購入に関する小沢氏の説明が二転三転している」という趣旨の大きな記事が掲載された。その中に、上記の記者会見時に示された「確認書」をめぐって、こんなくだりが出てくる。

「......(確認書の)日付は不動産登記をした05年1月7日になっていたが、特捜部の捜査で、確認書が会見直前に作成されたことが判明している。」

 さて、問題はここからである。ペーパー上の日付と実際の書類作成時の日付が違うことを、この新聞社はどうやって確認したのだろうか。記事によると、それを確認したのは、「特捜部の捜査」である。
 しかし、特捜部側の情報しか無いのであれば、この場合は、「確認書は会見直前に作成されたと、特捜部は言っている」と表現するのが正しい。「捜査で判明した」と「捜査で判明したと言っている」には、雲泥の差がある。前者の例だと、日付の違いはいわば確定的事実だ。後者の例だと、「特捜部が『言っている』としか書いていませんよ、捜査側の一方的な情報ですよ」という内容になる。

 その後、この記事作成に関わった記者と話す機会があったので、率直に聞いてみた。検察情報しかないのであれば、「コレコレと検察は言っている」と書くべきではないか、検察が言っているだけのことだ、というニュアンスを強調すべきではないか。そんな疑問をぶつけたのである。私はてっきり、「検察情報しか無かったけれども、こういう書き方をしました」という答えが返ってくるものだと思っていた。
 しかし、違った。捜査情報だけでなく、独自に確認したのだという。取材方法や取材源は言えないけれども(それは当然だ)、ある方法で確認したと強調するのである。実は、この時点で、確認書作成に使用されたパソコンは、検察側に押収されていた。そうなると、日付違いの確認方法は、2つくらいしかない。

<A>押収済みのパソコン内の文書ファイルを(検察官らと一緒に)開き、プロパティの作成日時を記者自身の目で確認した。

<B>小沢事務所の職員など、実際に文書を作成した人に会い、作成日時を確認した。
 
 この2つのいずれかを実行していたとしても、確認作業としてはパーフェクトではない。<A>の場合、ファイルをコピーするなどした場合、プロパティの日付が変わる可能性がある。<B>についても、職員の記憶違いなどの可能性が残るからだ。

 当たり前の話だが、取材とは「聞いて、書く」ではなく、「聞いて、確認して、書く」である。

 記者になると、ふつうは最初に「反対側の意見も聞いて書け」と教わる。一部例外もあるが(話がややこしくなるので何が「一部」かの議論は省く)、それが当たり前だ。「する側」と「される側」。その双方の言い分を書くのが当然なのである。
 ところが、事件報道はその例外として放置されてきた。警察や検察の言い分を一方的に書くことを習い性としてきたのである。現在の刑事司法の仕組みの下では、身柄を拘束された起訴前の容疑者に対し、記者が直接取材することは事実上不可能だ。容疑者に接見した弁護士への取材は可能だが、容疑者がすべて弁護士を付けているわけでもない。だから、捜査段階で「事件の筋」(=捜査当局がどのような見通しを持って捜査しているか)を追うような記事を書こうとすれば、ネタ元は事実上、捜査当局に限られてくる。だから、その土俵の上で報道を続けようとする限り、報道側は「捜査情報をいかに早く入手するか」に傾注することになる。

 しかも、各社は裁判担当よりも、はるかに多くの記者を警察・検察に張り付けている。それが「捜査情報のネタの奪い合い」に拍車を掛け、捜査側と報道側は同じ方向を向き、そして両者は二人三脚で「正義」の名の下に活動を続けていく素地になっているのだ。

 最近、冤罪として鹿児島県の志布志事件が脚光を浴びた。粘り強く報道した朝日新聞鹿児島総局の、大きな成果でもあったと思う。しかし、事件のおかしさが大きな問題となったのは、裁判になってからである。栃木の幼女殺害事件も同じく、裁判になってから、だ。
 志布志事件の報道に力を入れたのは朝日新聞であり、確かにとても良い仕事だったと思う。ただ、その関連本を読むと、あれほどのおかしな捜査に対し、なぜ報道各社は捜査段階で疑問を感じなかったのか、との疑問も拭いきれない。

 捜査段階で記者たちは、本当に何も「異常」に気付かなかったのか。鹿児島に限ったことではないが、ずさん捜査や違法捜査に、仮に気付かなかったのだとしたら、警察に大量の記者を張り付けている意味はどこにあるのだろうか。

 日本の事件報道は過去、捜査当局の言い分を信頼しすぎてきた。そのうえ、事件取材はあらゆる分野の取材の基礎だと言われ、大勢の記者がその洗礼を受けてきた。当局にすり寄り、おもねる記者の心理は、こうした「警察取材」によって醸成されていると言っても過言ではあるまい。

 記者の配置の問題(警察・検察記者クラブへの人員の過剰配置)、記者の目線問題(捜査当局と二人三脚になった犯人捜し・容疑者バッシング)、そして原稿の書き方。こうした構造を解きほぐさない限り、異様な事件報道は解消できない。このうち、最も手っ取り早いのは、「原稿の書き方」の問題である。容疑者に直接取材できないなどの「構造」は簡単には変革できないが、「書き方」の改善は、やろうと思えばすぐにでも可能だ。
 では、実際には、記事のどこをどう変えていくのか。それはまた、おいおい書いていきたいと思う。

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ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

youtubeで岩上安身さんとの対談を拝見してファンになりました。
こう言っては失礼だと思いますが、現役の新聞社の方でもまともな人もいるんだな~と思いましたし、ジャーナリスト魂を持った尊敬出来る人だと強く思いました。
THE JOURNALへの投稿もどんどんして頂けると嬉しいです。


高田様

日本のマスメディアは最低だと思います。

残念なことですが、大部分のメディアが右に倣えの報道なので、多くの国民がメディアの報道を鵜呑みにしています。

メディアが虚報をまじえて偏向報道をして国民を誘導していることを、国民に知らせる必要があります。

そのことを知れば、マスメディアの報道から離れていくはずです。

私は、ブログでマスメディア批判をやっています。

ぜひご覧頂き拡散をお願いします。

「一市民が斬る」
http://civilopinions.main.jp/

記者の言う「捜査情報だけでなく、独自に確認したのだ」という主張をどう評価するかは読者に委ねられているんですね。

私は99%でまかせだと思います。
該当の記事は大谷さんとかから各所で槍玉に挙げられたので、情報源の秘匿を盾に自己防衛しているだけでしょう。

高田さん
この文章を読んでいてふと感じましたが、事件報道はスピードを重要視し最新のネタを読者に伝えると云う使命感が仇となり、いい加減な報道=記者たちの先入観(思い込み)による報道へと繋がっていくのではないでしょうか。
そもそも事件報道でスピード競争が必要なのか?殆どのケースではスピードなど必要ではないし、でたらめの速報よりじっくり検証し練りこんだ正確な報道を読者は望んでいます。見出しと記事の内容が全く違うものや中身が全くない記事などは必要ない。スピード競争にとらわれない正確な独自取材の記事を配信する事が購読者を集める唯一の手段にもなると思います。


余談ですが、先ごろ岩手日報の小沢への引退勧告記事が話題になったばかりですが、これなどは論説委員であり社の重役でもある記者の記名記事であるにも拘らず、故江藤淳氏の小沢一郎への送る言葉を悪意に満ちて曲解し故人の思いとは逆に小沢攻撃の材料として悪用するものでした。岩手日報は、この事について全く反省する気配すら見せていません。

このように言論人の文章を、悪用して憚らず、過ちを改めようともしないようなモラルもプライドもない輩が巣食っているようでは新聞界の未来はありません。マスコミこそ自浄能力が問われているのではないでしょうか。

http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20100620/1276977114#c

高田さん、こんにちは(いま7月6日pm1:30頃です)

確かに日本のマスメデイアはおかしい。特に記者クラブメデイアは・・・。
でも、100%絶対に悪いとはいえない。なぜなら、僕が当事者としてそこにいる記者なら、そんな記事を書いてしまうかもしれないと思うから。

それは日本の閉鎖的な業界のなかで、そう育成されてしまう土壌があるからでしょう。
そんな危険性を持っているからです。
いま大相撲の野球賭博事件が騒動になっているが、閉鎖性というところでは同じ構造だと思う。それを報じているメディアも、あいつらは黒、報道するほうは白と言い切れるだろうか。この体質に甘えていたのは相撲の人だけではないでしょう。そこにいたメディアもまた、大きな罪を負っているってことを知るべきだ。
検察ーメディアの関係は、まさに大相撲ーメデイアににも当てはまることだと思う。構造的な問題である。
だから、高田さんのように、目覚めたひとが先陣を切らなければならないでしょう。小数の人から始まって、システム・体制に持っていくのは大変なことです。
でも、吹き溜まりにいるのではなく、オープンな場所に出てくる勇気をもたなければならない。
PS)
そういう意味で、小さな一歩かもしれないが「検察の記者クラブオープン化」を評価しようと思っています。

高田昌幸氏に関する記事興味のある方はご覧ください


運動部へ左遷させられた道新デスクが「記者はポチ」と痛烈批判THE INCIDENTS インシデンツ 正式オープン準備版
筆者 - 寺澤有

http://www.asyura2.com/09/hihyo10/msg/723.html

反骨の道新デスク高田昌幸氏のこれからの投稿に期待

私はメディアで働いているかたの視点が営業マンになっていると思う。(営業の人すみません)いかに売れる記事を書くか、視聴率をとるかが大事でドラマのような話のほうが真実より面白い。だからおのずとストーリーを作っていくのだと思う。単なる期日のずれでは話にならないので悪役らしい顔だから悪役として書けばドラマとして面白くなる。あらすじはお上が作ってくれるしそれに色つけるだけで新聞は売れ視聴率が上がりバブルとなる。自分らの給料も上がるしとにかく美味しい。だから乗り遅れるわけにいかない。むしろこれに乗り遅れる奴はバカだとなる。そんなことの繰り返しでメディア商売はどんどん大きくなってきた。そんな狼少年はいつみんなからあいそつかされるのか楽しみである。

>小沢氏は2007年2月、自ら記者会見を開いた。問題となった東京都世田谷区の土地購入に関連して、資料も公開。土地の所有者は、登記上の名義人である小沢氏ではなく、「陸山会」であることを示す「確認書」も示した。
>(中略)
>「......(確認書の)日付は不動産登記をした05年1月7日になっていたが、特捜部の捜査で、確認書が会見直前に作成されたことが判明している。」

確認書の作成日についての考察は、高田昌幸さんのおっしゃる通りだと私も考えます。

で、そのこともさることながら、上記「確認書」を巡る話で重要なのは、確認書の作成日がいつなのかより、不動産登記と確認書の関係であることは明らかでしょう。
この記者は、「不動産登記をした05年1月7日に」うんぬんと書くに当たり、不動産登記そのものを確認したのでしょうか。
この日は、問題になっている土地の所有権移転登記の日です。

登記の目的  所有権移転
受付番号   平成17年1月7日第695号  
原因     平成17年1月7日売買
所有者   岩手県水沢市袋町2番38号 小澤一郎
#冨田秀隆さんの投稿(下記URL)から引用
http://www.the-journal.jp/contents/yoronz/2010/03/post_63.html
#冨田秀隆さん、勝手に引用させて頂きます。

冗言は避けますが(冨田秀隆さんが一連の投稿で詳述しておられるので)、2005年のこの日になって初めて、当該土地は小沢氏のものとなり、陸山会が使用することが可能になりました。
換言すれば、この日になって初めて、陸山会の収支報告書に資産計上することが可能になりました。
検察の言うような、「陸山会の2004年の収支報告書に当該土地を資産計上する」のは、それこそ虚偽記載です。

この記事を書いた記者に土地取引のほんの入り口の知識があれば、確認書の記述を通して不動産登記の事実を知り、その裏付けを行えば、検察の考えていることと小沢氏(陸山会)の説明と、どちらが筋が通っているかは明白に判断できたでしょう。

確認書が小沢氏の主張通り、「05年1月7日」に確かに作成したものなら、(小沢氏側にとって)それに越したことはありません。
でも、仮に、当該確認書(の原文書)に何らかの不備があり、07年2月の記者会見直前に作成し直したものだとしても、そのことで検察側の主張が正しくなる訳ではありません。

この記事に関わった記者やデスクは、何を見、何を確認し、どう判断したのでしょう。
それを知りたいくらいです。

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高田昌幸(たかだ・まさゆき )

-----<経歴>-----

1960年、高知県生まれ。
1986年、北海道の地方紙入社。経済部、社会部、東京政治経済部、ロンドン支局などで取材。
1996年、取材班の一員として「北海道庁公費乱用の一連の報道」で新聞協会賞、日本ジャーナリスト会議(JCJ)奨励賞を受賞。
2004年、取材班代表として「北海道警の裏金問題取材」で新聞協会賞、JCJ大賞、菊池寛賞、新聞労連ジャーナリスト大賞を受賞。「記者会見・記者室の完全開放を求める会」世話人。

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