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2011年4月25日

原発事故報道の裏で進むメディアの「選別」

 4月上旬の平日、午前中のことだった。旅先のホテルで何となくテレビを付けっぱなしにしていた。正確な日にちや時間は覚えていない。ニュース・ショーだったことは間違いないが、どの局のどの番組だったかの記憶も曖昧である。それを語った人の名前も忘れた。しかし、その瞬間の、画面に向かって思わず、「そりゃないだろ」と叫び出したくなるような感覚は、今も忘れない。福島第一原発の事故現場の地図か何かを背景に、画面のアナウンサーだかキャスターだかは、おおむね、こういう趣旨のことを語ったのである。

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2011年3月30日

原発事故報道と戦前の新聞

 東日本大震災の後は、半ば呆然とした日々が続いていた。札幌は、地震も津波も原発事故も、ほとんど影響がなかったし、今もない。自分の日常の仕事も、震災前と同様に続いている。

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2011年1月22日

「認知症と長寿社会 笑顔のままで」 信濃毎日新聞取材班(講談社現代新書)

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 「更埴市」は長野県北部にあった市の名前である。近隣自治体と合併し、今は「千曲市」という。遠い遠い、30年ほど前の学生時代のことだが、このあたりを訪ねたことがある。ゼミ合宿だったか、サークルの合宿だったか。典型的な日本の田舎、地方都市だったような、おぼろげな記憶がある。

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2011年1月18日

「ジャーナリズムの原則」 ビル・コヴァッチほか著 (日本経済評論社)

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 「調査報道」が重要だと言われて久しい。しかし、「調査報道」とは何か。経験を積んだ記者であっても、その答えは千差万別である。

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2011年1月13日

A3(エー・スリー)森達也著 (集英社インターナショナル)

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A3【エー・スリー】 森達也 著

 「オウム真理教事件」から、もう10数年になる。あの地下鉄サリン事件の日、私はちょうど旅行中だった。明確な記憶は薄れたが、空港のロビーでテレビに見入っていたことは覚えている。確か、福岡空港だった。その後、日本を覆い尽くした風潮については、ここで私が書くまでもない。

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2011年1月10日

既存メディアは本当に「敵」になるのか

 読売新聞の記者だった山口正紀氏が「メディアが市民の敵になる」(現代人文社)という書籍を出版したのは、2004年8月のことだ。新聞が当局依存の報道に激しく傾斜し、いわば勝手に読者・市民から離れていく様を論じた1冊である。

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2011年1月 6日

年明け早々、怒りモード。総務省記者クラブ問題で

 2010年の振り返り総括でも書こうと思っているうち、2011年が明けてしまったが、昨年末(と言っても10日ほど前のこと)、久々に強い憤りを感じたことがあった。例によって、記者クラブ問題である。

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2010年10月18日

NHK記者の捜査情報漏洩事件は「前代未聞」ではない

 少し前、NHKスポーツ担当記者による捜査情報漏洩問題をめぐって、またまた報道のあり方が問題になった。すべての報道に目を通しているわけではないが、問題が明らかになった直後、「記者のモラルが低下した」とか、「記者教育の見直しが必要だ」とか、そんな『反省』が各紙にあふれていた。NHKの発表によると、当の記者は情報漏洩の動機として、「取材相手との関係を築きたくて」「賭博問題で相撲協会関係者の取材がしにくくなったので」といった趣旨のことを述べているという。

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2010年8月15日

タコつぼ化したジャーナリズム ── 特定記者クラブへの過剰配置が取材態勢の硬直化を招く

 今年の初めごろ、「事件報道の量的抑制が必要だ」という拙文を自身のブログに書き、それをThe Journal にも転載してもらったことがある。また、少し前には小欄の「事件原稿の書き方を変えよ」の (1) (2) においても、日本の事件報道が、いかに非常に古くさいか、社会の要請に合致していないかを簡単に記した。(繰り返しになるが)私に言わせれば、日本の事件報道が古くさいのは、【1】記者の配置=警察・検察記者クラブへの人員の過剰配置【2】記者の目線=捜査当局と二人三脚になった犯人捜し・容疑者バッシング【3】原稿の書き方=本来は明示すべき捜査側の情報源を曖昧模糊とした「関係者」と記す慣習がある という3つの問題を放置してきたことに原因がある。

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2010年7月20日

記者クラブ問題が進展しない理由

 私が「記者クラブは開放せよ」と公言を始めたのは、ずいぶん前のことだ。自身のブログに書き、シンポジウムで発言し、フリージャーナリスト寺澤有さんの「記者クラブ訴訟」において彼を支援する陳述書を裁判所に出すなど、あれやこれやと声を上げてきた。「記者会見が勝負だ」と書いたのは2003年のことだが、そのころから考えは変わっていない。
 世の中、そう簡単に変わるわけではない。それは分かっている。しかし、「記者クラブの閉鎖性」=「既存大手メディアによる記者会見・記者室の独占」の問題は、さすがにもう、それを声高に言うのも疲れてきた。それが正直な気持ちである。

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Profile

高田昌幸(たかだ・まさゆき )

-----<経歴>-----

1960年、高知県生まれ。
1986年、北海道の地方紙入社。経済部、社会部、東京政治経済部、ロンドン支局などで取材。
1996年、取材班の一員として「北海道庁公費乱用の一連の報道」で新聞協会賞、日本ジャーナリスト会議(JCJ)奨励賞を受賞。
2004年、取材班代表として「北海道警の裏金問題取材」で新聞協会賞、JCJ大賞、菊池寛賞、新聞労連ジャーナリスト大賞を受賞。「記者会見・記者室の完全開放を求める会」世話人。

-----<リンク>-----

■ニュースの現場で考えること

■「ニュースの現場で考えること」の書棚

■記者会見・記者室の完全開放を求める会

■市民の目フォーラム北海道「北海道警察VS北海道新聞」

■木をみて森もみる(エッセイ)

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