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« 「田中角栄」という宿題
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昭和20年8月15日は"解放"の日だった ── その日、田原少年は何を感じたのか

 今回の「タハラ・インタラクティブ」では、終戦記念日の特別篇として、2007年8月にJFN系列のラジオ番組「PEOPLE 高野孟のラジオ万華鏡」で行われた田原さんと高野孟編集主幹の対談を再アップします。

 終戦から64年。戦争体験者の高齢化で「戦いの記憶」が急速に風化する中、田原総一朗さんは75歳になった今でも日本が敗れた「あの日」をつねに思い返しながら、ジャーナリストとしての活動を続けています。

 昭和20年8月15日、その日、小学5年生だった田原少年は何を考え、何を見たのでしょうか・・・

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【お知らせ】
田原総一朗さんが、NHKの「課外授業 ようこそ先輩」に出演し、母校の小学生を相手に「戦争」をテーマにした授業を行います。ぜひご覧ください!

2009年8月23日 (日)8:25〜 NHK総合『ようこそ課外授業』

■「徹底討論!戦争と平和」  田原総一朗 (ジャーナリスト)
小学校時代に敗戦を迎え、価値観が180度転換したことが、ジャーナリストとしての原点となっているという田原総一朗(75)。母校の小学生たちとともに、"戦争と平和"をテーマに徹底討論する。
http://www.nhk.or.jp/kagaijugyou/lineup.html

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8月15日は"解放"の日
高野:今年で62回目を迎える終戦記念日。田原総一朗さんにとっての8月15日とは何ですか?

田原:まずは、玉音放送。敗戦のとき僕は小学5年で、今日は天皇の玉音放送があるというので、近所の人たちの何人かが僕の家でラジオを聞こうということで集まった。

ところが、放送は雑音が多くてうまく聞き取れない。天皇の声が聞こえてきて、「堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ・・」と言うから、僕は「戦争は続くんだなあ」と思った(笑)。そこにいた人たちもみんなそう捉えた。そしたら、午後になって市役所の人たちが「戦争が終わった」というふうに知らせてきた。

高野:じゃあ、玉音放送では終戦だとわからなかったのですか?

田原:雑音も多かったし、「堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ」だから我慢して戦争を続けるんだと思った。だから戦争が終わったと聞いて、僕はガックリときた。絶望的になって、自宅の離れの2階へ上がって1人で泣いた。

なんでかというと、当時、僕らの将来は2つしかなくて「陸軍に行くか、海軍に行くか」だった。いずれにしても軍隊ですね。僕は海軍兵学校に入るつもりだった。というのは、陸軍は歩かないといけないから(笑)。海軍は甲板の上だからたいして歩かなくていいと思った。だから、敗戦で前途を全く断たれてしまった。

高野:ということは、田原さんはまるっきり軍国少年だったんですか?

田原:まるっきりの軍国少年。というよりそれ以外の少年はいないし、選択肢もなかった。学校では「君らは20歳が寿命、天皇のために死ね。大東亜共栄圏の捨石になるんだ」と教えられてきた。

だから8月15日は泣き寝入りしたんです。それで目が覚めたら夜になってた。ところが、夜になって街を見てみると、街が明るい。前の晩まで爆撃を避けるための灯火管制で真っ黒だったのが、明るい。だから、僕は反射的に「あ、解放されたんだ・・・」と思いました。どの家も明るく、夏だから窓も開けていて、とっても解放感があった。絶望の中に泣いていたのが急に解放された。

それからも敗戦後はいいことばかりあった。まず、それまで軍隊が持っていた鮭缶なんかの缶詰が配給されるようになった。

それから、進駐軍が来た。僕は滋賀県彦根の生まれですが、彦根には大蔵省の印刷局があった。進駐軍はそこを占領して、ガードマンの兵隊が何人かいた。これがまた陽気な男で、行くとガムとかチョコレートをくれたりして仲良くなった。占領って言うのもなかなか悪くないなあなんて思った(笑)。
だから、僕はあまり占領について悪い感情を持ってないんですよね。

その意味で、僕にとっての8月15日を一言で言えば"解放"です。今でもとても重要な日だと思っている。

疑り深さが基本の基本
高野:陸軍か海軍かという選択肢しかなかったのに、そこから立ち直って"次に何になろうか"という再設定、もしくは"リセット"はすぐにできたんですか?。

田原:それは簡単でした。8月は学校は夏休みだから、2学期になって学校に行った。
そしたら、学校の先生が「戦争をおこすなんてヤツは人間的じゃない、非人間、人非人だ」と言う。先生はサラッと変わった。もちろん校長も。「君らは戦争を仕掛けるヤツらがいたら命をはって闘え」と。急に反戦になった。

その後もずっと「反戦、反戦」で、高校に入った。ところが、高校1年のときに朝鮮戦争が始まった。そしたら、反戦なんて言うと「あいつはアカだ!」と言われるようになった。
僕はステージが変わるたびに上の人間の言う事がコロッと変わってきた。
だからこういう商売(=ジャーナリスト)をやってるんだろうね。

高野:疑い深い。

田原:そう。だいたい偉い人が大きな声で言ってることはだいたい怪しいと思うし、それを信じたら間違っている。これはもう僕の中で基本の基本になってるね。

高野:1945年~50年までは「反戦!」と言われていたのに、朝鮮戦争が始まると・・

田原:アカだと言われてしまう。敗戦から数年間は共産党はとても素晴らしかった。ところが高校に入ってから悪い党になってしまった。

一番大変だったのは貧乏だったこと
田原:ただ、それよりも一番大変だったのは、食べるものもない、着るものもない、僕には家があったけど、多くの人は住む場所もなかったこと。ゼロからの出発だった。いま、食べるものがないなんて信じられないでしょ?
野原や畑に行って雑草をとってきて、おひたしにしてこの雑草は食える、これは食えないとやる。下手な雑草をおひたしにすると下痢をしたりする。とにかく何にもない。貧しい。それが一番基本にあった。

高野:僕なんかは10年年下だからそんなことはなかったけど、戦時中は大豆の皮ばっかりを食べて下痢をよくしてたなんて話をオフクロから聞かされたことがありましたよ。

田原:米の配給がなかったから、親父がオフクロの着物を持って農家に米と物々交換をしに行くわけです。帰りに警察に捕まるとおしまいだけど、幸い見つからなくて、家に持って帰ってきた。そうすると、新聞の上にもらってきた米を広げて山を作って、そこに両手をつっこむのが一番の幸せだった。指の間の米の感覚、「純米だー」という感覚。
だから、僕は今でも外でご飯を食べるときに米は残さない。お刺身や肉はいくら残しても平気だけど、米は残せない。

高野:田原さんの世代の方々って価値観のでんぐり返りみたいなことを経験して、疑り深くなって、戦争というものは2度とあってはいけないんだと考えているんですか?

田原:それは芯からそう思ってる。とにかく世の中がグルグル変わるからそう簡単には信用しないぞ、というのが僕の基本になっています。

(構成:《THE JOURNAL》編集部)  

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ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

日和見主義の田原さん 何を言っても 過去を語ってみても意味がない 静かに身を引きなさい 見苦しい限りだ あなたの役目は当の昔に終わっている 悪あがきに見えて仕方がない

戦争は悲惨です。日本の多くの都市が焼土と化し、多くの国民が犠牲になりました。召集で多くの国民が戦争にかり出され、南方・大陸で戦死しました。小生の父も召集されサイパンで名誉の戦死をしました。

しかし、何が戦争の不幸をもたらしたかと言えば、田原氏の様なおかしな言論人が出来た事だと思います。

田原氏は言われました。

田原:そう。だいたい偉い人が大きな声で言ってることはだいたい怪しいと思うし、それを信じたら間違っている。これはもう僕の中で基本の基本になってるね。

つまり、ご本人のことなのですな。

戦争は二度と起こしてはいけないと思っている人が、自民党をヨイショできるわけがない。

<高野様>
私は戦後生まれですが、父母から戦争の話を沢山聞いて育ちました。
父は海軍でしたが、戦争の末期でしたので、乗る戦艦がない所か、戦艦までの艀もなく、基地を耕し芋を作り、釣りをしてオカズにしていたそうです。父の一期前に徴兵された人達は、艀で移動中に爆撃されて亡くなったそうで、それが最後の船だったとの事。まさに、針の穴を通す様に、生き残ったのです。玉音放送は基地で聞いたそうで、その時、朝鮮半島から徴兵された人々が万歳を三唱して、一斉に上官に殴りかかったとの事。父は当然だと言っていました。
父も二等兵の身分で下士官から、殴られたりしたけれど、人間扱いはされていた、しかし、半島の方々は三等兵の身分で、凄いイジメにあっていたからです。
極右の人々が日本は、朝鮮の方々を解放する為に戦ったのだから、謝る必要はなく、謝る人を売国奴と罵りますが、もし、自分の親兄弟や親友が人間として扱われなかったら、恨むのが当たり前の感情でしょう。
その様な方々は、どんな歴史観を教わってきたのか、不思議ですが、きっと人種差別を正当化し、殴った側の人々が自己を美化すべく創りあげたフィクションに踊らされているのでしょう。
母は戦中、小学生でしたが、東京大空襲を身近で体験しています。辛うじて、下町でも千葉寄りに住んでいたので、助かりました。爆心地から大分離れていたにも関わらず、「ウォ〜!」という何ともいえない声が聞こえ、後で、人間の断末魔の声だと気付いたそうです。
逃げ延びた人々が、母の住む町に来ていましたが、真っ黒で洋服もボロボロで、グッタリとした生死が判らぬ子供を背負った母親がトボトボ歩いていたと...。母にとっては、子供心に強烈な印象だったらしく、何度も同じ話を聞かされました。また、母も軍国少女だったから敗戦が信じられず泣き明かしたそうで「教育こそが大事。神風が吹くと教えられていた自分は本気で信じてしまった」と語ってくれました。
教科書を戦争肯定に書き換える動きが止まりません。それを推進したい政治家がいます。中川昭一、安倍、松原仁、浅尾、前原...。あれっ、田原さんが応援している人が複数いますね。軍国少年ならぬ軍国老人に先祖返りしたのかな?

田原総一郎様

山中閑居さんが
「そう。だいたい偉い人が大きな声で言ってることはだいたい怪しいと思うし、それを信じたら間違っている。これはもう僕の中で基本の基本になってるね。」を「ご本人のことなのですな」
というご指摘をどのようにお考えでしょうか。

サンデープロジェクトご出演時には気がつくことはないと思いますが、録画を一度ご覧ください。

多くの視聴者が貴方の大きな声にヘキヘキしております。アッソーさんと同じように上から目線での司会をされていらっしゃいます。

明日14時30分からの生放送はお仲間3人ですから、大きな声を張り上げることはないと思いますが、10時からのサンデープロジェクトでは山中閑居さんと私が悲しまない司会をしてくださることを願っております。

田原さんを嫌いな人がいるのですね?不思議です。75才で、自由闊達に論議できる老人になりたいですね。田原さんは、日本を代表するすばらしいジャーナリストじゃないですか。生き生きとしています。田原さんを批判する人は、軍国老人とか何とかじめじめ言わずに議論で挑戦したらどうでしょうか。人をどっちの側かと決めつけずに、議論しましょう。田原さんを軍国老人と言うなら、なぜそういうのか、批判の論点を示してください。ただ批判のための批判をするとは、卑怯者です。

山中さん、飯田さんが指摘されていますね。
私も、最初に同じことを思いました。
小泉純一郎が、大声で「改革」と唱えていたのは、気にならなかったのでしょうか。
そして、彼が国民の声援を背に行った数々の「改革」をどう思ったのでしょうか。
竹中平蔵と言うお友達については、どういうお気持ちでその声を聞いているのでしょうか。
基本の基本は、どこへ行ってしまったのでしょうか。

私にとっては、小沢一郎のほうがよっぽど信用できます。

小沢氏のような人は、嘘をつきづらいから。
国民から、あれだけ「説明責任が足りない」と、一方的に批判される人なら、独裁者にはまずなれないでしょうから。

 田原さんの「偉い人が大きな声で言ってることはだいたい怪しい」という感覚は、ジャーナリズムにとって、最も重要な感覚だと思う。また、「8月15日を一言で言えば“解放”」という感覚も「戦争の論理」を相対化する上で重要だと思う。

 しかし、「世の中がグルグル変わる」ことに対して疑いの目を持っていながら、護憲派から改憲派へアッサリ転向しまったのは、私には理解できない。田原さんにとって、過去の戦争の記憶と、未来の戦争の可能性について、どのように結び付けているのだろうか。その意味で、私は、佐高信さんの方に共感を持っている。(さすがに佐高さんの「いつ後を追うのかと囁いているらしい」は言いすぎだと思ったが。)

 最近、「戦争反対」や、「憲法九条」を語ることに対するシニシズムから、一気に「自由主義史観」や「ゴーマニズム宣言」などへ飛躍してしまう若者が急増している。このシニシズムの蔓延は、田原さんにもその責任の一端があると私は思っているが、どうだろうか。

麻生さんの‘苦肉策略解散,もあり当然ここへの投稿も待っていたが7/10以後音沙汰なし。
高野さんがやっと引っ張りだして頂いたことに敬意を評したい。

Y!みんなの政治でも酷評されている議員は見ない聞かない話さない主義のようだが幾つになっても反面教師があればこそであり
ここで皆さんの悪評があるにしても司会者でなくジャーナリストを標榜するのであれば、もう少し情報提供お願いしたいものである。人を評価する物差しがその時代に合わせて押測っているとすれば古き良き体験され後世に語り次がなければならないが最大限生かし切れない人間性を持っているのであろうか、そうだとすれば単なる年寄りに過ぎない。拉致被害者に対する配慮もそうであったが鳩山代表が友愛を民主党の柱にして来ました、Loveじゃありません慈愛です 他を慈しむ大変力のいる懐の深い愛であります。また山口県の被災で不明者が‘もう一つあるのですかです,《それもお二人でした》人間を物にしか見ていないマンガ総理に生命財産預けられる国民がどれ程いるであろうか。
ところでサンプロで本音を引き出すことに長けているとの評もありますがゲストにすっかり見抜かれているようで相変わらずの進行では視聴率稼げないのでは!本当のほんまもんの愛で初めて心が開くものと信じているのですが。

なのに田原氏は好き嫌いの激しい人,私も田原氏は好きではない 戦争は二度とあってはならない。
私も同じだ だが田原氏は自民党寄り??可笑しいよね 絶対信用できない。イラク戦争についてブッシュですら間違いであったと認めているのに小泉は今だ何のコメントなし 田原氏はその事について
コメントなし 信用できる訳がない。ハッキリ言って田原氏は個人感情が強過ぎるのでは と思う。
聴く耳を持たない個人プレイヤー
ではないでしょうか

偉い人でなくとも大声をあげて議論する人はその音量によって相手の声を封じようとしてる訳だから当初から何はともあれ自分の意を通すことが狙いなんです、相手の意見を聞いて頷くことはないでしょう。
議論に於いては相手を論破することではなくて、相手の意見を佳く聴き理解するコトが肝要なのでした。主張が違うのは当たり前です。

とりわけ終戦時の個人的体験は当事者にしか解らないことが多々在るに違いないと容易に想像できますので、一片の感想記憶の発言からその人為りをとやかく言うのは如何なモンでしょうか?
会って呑んだコトもない田原さんをとやかく言うのは変ですが、頭の良い時に鋭いことを云う偏光度の少ない御仁であると感じてます。

 田原さんが言われるように終戦を境に一気にいろんな面が変わりました。
 損得で常に変身するわけです。「軍人愛国礼賛から、極端な平和主義へ。」等々です。これは事実です。
 ご自身が受けられた教えをいかんなく実践されているわけで教育効果抜群です。
 変化が嫌いなというか今は変化に対応できず、現実直視というよりも自分の思っていることへの期待を込め、その方向へ誘導したい意思がありありです。
 既得権益のしがらみから抜け出せない田原氏は、新自由主義者を強力に支持され今も宗主国で失敗した理論を振りかざす平蔵氏をあいかわらづ持ち上げ出演させる等反省もありません。
 総選挙をきっかけに硬直した頑迷固陋の田原さんは自分で引き際を考え引退されんことを希望します。

>田原さんは、日本を代表するすばらしいジャーナリストじゃないですか。

いわゆる褒め殺しという奴ですね。

田原氏がご自身が取り仕切っている番組で何をおっしゃっても結構です.しかし,いかなる場合もご自身の立ち位置を明確に表示していただきたいものです.あたかも,中立公正な顔をして司会者ぶるのはやめていただきたいものです.(どこかで,ご本人は立場を明確にしているのかな?)
今回の田原氏のご意見には,「?」マークがつきます.「拉致」問題に関しても,田原氏が本心正しいと思っていらっしゃるなら今一度番組等で発言してもらいたいものです.外務省関係者のご意見もお聞きしたいものです.

ところで,田原氏はこのコメントをお読みになっていらっしゃるのかな?
事務局の方,どうか田原氏にお伝えになってくださいね.お願いします.

田原氏の出るもの、しゃべるもの、書いたものには興味がなくなりました。75年も生きてきて、評論でお金をもらえる人のやっていることではありません。

もう一言.
田原氏:「僕はステージが変わるたびに上の人間の言う事がコロッと変わってきた。
だからこういう商売(=ジャーナリスト)をやってるんだろうね。」
読めば読むほど腹がたつ.
政権交代したら,小沢一郎氏をヨショするんだろうね.

田原さんの話していることの本音など若輩者の私になどわかるはずがありません。特に政治に関しては、わかりません。田原さんの発言や進行の仕方や表情などで自分なりに感じ判断するしかないのでしょう。その言動が社会に対してあまり影響がなければこういうタイプの人かで済まされますが、民主党の小沢さんに対するコメントには異常としか思えないほど悪意を感じました。その時からです。私が田原さんに疑問を持つようになったのは。なぜこんな言われ方をされなければならないのか。これまで何十年もなしえなかった政権交代ができるかもしれないこの時によりによって、このタイミングはないでしょう!そう思いました。テレビの偏向報道、操作、が実感として感じられたきっかけになったのが田原さんその人でした。

テレビでは連日マニフェストの採点に比重を置いての政党比較に始終されていますが、小泉さん以来の4年間の政権運営の評価はスッポリ抜け落ちているメディアはどこか変ではないかと思います。ものが言えないメディア、報道は可成り重傷ではと心配しています。そうした中に田原さんも身を置いている分けですから表現の難しさは十分に理解は出来ますがそれにしても昔のことを考えれば相当な変わり様ではないかと思います。

自民を見限り民主への流れの多くは自民においての財政再建は不可能ではと、官僚との柵に雁字搦めにされている彼らにはこれを断ち切ることは困難だと見切っているからではないかと思います。

こうした状況は田原さんにも当てはまるのではと心配しております。長らく影響力のあるTVの政治番組でメーンを勤めていますと番組のことも考え主要な出演者への配慮が相当に累積されているように見受けられます。言うべきところが言えない、突っ込むべきところが突っ込めない、或いは相手を間違えている。この辺りも長年の柵にまとわりつかれて動くに動けない状況ではないかと実感しております。

田原氏のコメントに反応している人が存在すること自体不思議でならない。
彼は食うため政治にパラサイトしている哀れな人だ。
10年以上も前に見切りを付けた。

テレ朝は、生テレビといい、放ステといい、コイズミ応援団をやったわけだけど、この事実と「偉い人が大きな声で言ってることはだいたい怪しい」というコメントはどう整合性があるんでしょうね。むしろ「ガムとかチョコレートをくれたりして仲良くなった」のでしょうね。

わたしもみんながこうだというと疑い反旗を翻したくなるのですが、すでに田原さんの立場をもし見切っているのなら、そのうえでのコメントとして決定的な意見を連ねればいいのではないかと思う。たとえば小泉劇場では、そのありように民主主義の選挙のありかたとしての根本的疑義を呈していたのはサンスポの出演者だったと思う。単一の論点での解散選挙のやり方の異様さを指摘した意見が登場していた記憶がある。田原さんが愚かであり蒙昧だというのなら、そのたびにその詳細を発言すればいい。存在否定しかしないのであれば、結局同じ穴の狢ではないか。決して田原さんの最近を認めていなくとも、ここにある彼を否定する言葉の感情的表現にはうんざりする。彼の過ちの本筋を冷静に表現すべきではないのだろうか。あなたは消えるべきだ、発言すべきではない、というように見えるとすれば、かえってその論調に民主主義と乖離するルサンチマンを感じてしまう。わたし自身の固有なひねくれもののたわごとであればいいが、かえって危険性を感じてしまう。

田原氏に寄せられる厳しい批判に、嫌悪感を示す方もいるようです。

しかし、内容を落ち着いて読めばすぐ分かることですが、これらはみなサンデープロジェクト(サンプロ)や朝まで生テレビ、多くのオンライン記事などで、田原氏が繰り返し「何を言い、何をしてきたか。」を踏まえた上での反応なのです。

私を含め日本人はよく混同しますが、物事を先入観なく公平に見ることと、無知ゆえに意見を持たないこととは、厳しく区別されなければなりません。今回のケースに限って言えば、もし田原氏への批判が彼の人格の全否定のように取れるのなら、それはまだ批判文の言葉の表面や印象をなぞっているに過ぎないからだと思われます。

まずはインターネットの動画などを通して、小沢前代表の秘書逮捕から現在までの田原氏の言動を自らの目で確かめることをお勧めします。見れば、曖昧な言葉遊びを許さない事実の迫力を感じることでしょう。そして田原氏の言葉の真意がいったいどこにあるのか、自ずと考えることとなるでしょう。

その上で、改めてここでの田原氏に対する批判を読むと、がらり異なる風景が見えるはずです。

私自身、田原氏は、もはや公共の電波を預かるジャーナリストとして決して踏み越えてはいけない一線を越えてしまったと考えます。とくに3月3日から2ヶ月半にわたる小沢前代表への狂ったような攻撃ぶりは、まるで戦前デマゴーグと化したジャーナリストたちが、無知な国民の正義感をひたすら煽りに煽って、戦争へと駆り立てていく手管を目の当たりにしたかのような衝撃でした。

>田原さんは、日本を代表するすばらしいジャーナリストじゃないですか。


最近だけで3度ほど、自民党の催し物の司会とかやってるのを見たけど
ジャーナリストと言うより「ズボズボ」じゃないですか?


以前、朝ナマで「戦争責任は国民にもあるんだ、熱狂して戦争を盛り上げていたんだから」とおっしゃっていましたね。
よくもぬけぬけとのたまえるなと言う感じです。


近頃の面の皮の厚さでは舛添さん、東国原さんが1、2位かなと思っていたらダントツ1位の田原総一郎さんでした。

南の光さん2009年08月15日 23:26 の控え目だが、論理的なご主張に、賛同します。

丁寧な説得力を加味し、的確な論理を施した主張だけが、民主主義を活かすものでしょう。
然らざるものは、群衆政治に繋がり、民主主義を内部崩壊させる数多の原因の一つであるとも・・。

テレビの司会者にはいろいろな方がおります。

問、次のA欄とB欄を結びなさい。

A, 1、田原
   2、黒岩
   3、関口
   4、古舘


B, イ、大した意見でもないのに、「貴方は何様と言いたい」様な意見をいう。

   ロ、生意気

   ハ、スポーツの実況放送の様にまくし立てるが、意見がぶれぶれで説得力がない。

   ニ、自分の都合の悪い意見に対しては他の人に振るか、「ハイ コマーシャル」と言って
 
   中断させる。 偉大な司会者

>だからこういう商売(ジャーナリスト)をやっているんだろうね。

田原さんに公正中立な正義を期待すること自体間違っています。彼にとってジャーナリズムは"商売"なんです。それに尽きます。当然といえば当然で責められるべきことでもないのでしょうが、いわゆる「語るに落ちる」とはこういうことを言うんのかなと思いました。

南の光さん。

田原氏が多くの人に批判されているのは、田原氏自身の言動が長期間に渡り、政権側にべったりと偏っていたからだと思います。

田原氏の言動が第三者を仲介して伝えられたのならば、その第三者によって意図的に彼の言動が歪められている可能性があります。例えばどこかの偏向司会者によって、民主党の献金問題「だけ」が針小棒大に取り上げられ続けたように。そのような場合は、視聴者が誘導され、誤解に基づく発言をすることもあるでしょう。

しかし田原氏の場合は、そうではありません。彼の言動は誰かを仲介して伝えられたものではなく、視聴者にダイレクトに伝えられています。その言動が全く納得できないものだから、批判されているのだと思います。

私はこのお方が
「そう。だいたい偉い人が大きな声で言ってることはだいたい怪しいと思うし、それを信じたら間違っている。これはもう僕の中で基本の基本になってるね。」
と言われているなら、その立場をぶれないで欲しい。
そのように批判している行動をこの御仁が行っているのを見ると、悲しさを通り越して哀れみを感じる。


また聞くところによるとこの御仁の名前を冠した賞があるとのことだが、「田原総一郎ノンフィクション賞」と言う名称らしい。
魚住昭、佐藤優、宮崎学氏が発起人のメディア勉強会「フォーラム神保町」が主催ということだが、生きているうちから賞の冠になると言うこと自体、どこかまちがえているのではないか。
権威主義そのものと見るのは私だけか。
どうしても、自己の名称を冠にした賞を出していきたいなら、いさぎよく引退するか、逝去後にするかのどちらかではないか。
権力に立ち向かうジャーナリストとしての立場が、権威主義に陥ることの滑稽さを自覚しているのか。

なお上記3名の方々の見解も伺いたい。

<yayaka 様>
 私の周りにもyayaka 様のように思われた方が何人かおられます。日本の民主主義が危機的状況にあることを茶の間の国民に気づかせてくれたと言う点では貢献者かもしれません。
もちろんジャーナリストとしては恥知らずであると思いますが。

<すべては政権交代から 様>
 >とくに3月3日から2ヶ月半にわたる小沢前代表への狂ったような攻撃ぶりは、まるで戦前デマゴーグと化したジャーナリストたちが、無知な国民の正義感をひたすら煽りに煽って、戦争へと駆り立てていく手管を目の当たりにしたかのような衝撃でした。<

 本当にそうですね。自分がやっていることが分らないのでしょうね。ボケが始まって、無意識で社会に害毒を垂れ流しているのか或いは悪代官と同じ穴の狢である越後屋なのか。
何れにしてもテレビ朝日の罪は大きいと私は思います。

<yosi 様>
>近頃の面の皮の厚さでは舛添さん、東国原さんが1、2位かなと思っていたらダントツ1位の田原総一郎さんでした。<

 おっしゃる通りです。この三人は本当に優劣つけがたい鉄面皮です。もちろん私も舛添や東国原はブラウン管を通じてその人となりを見るだけですが、どちらも胡散臭さぷんぷんです。
マスコミ報道では国民的人気が高いと言われていますが私は不思議でたまりません。
TVへの露出度だけでそうなってしまうとすれば本当に恐ろしいことと思います。
自立した個人の多様な価値観こそが民主主義には不可欠と思いますが、総選挙で政権交代を実現し、自由で活力ある社会に向かうことを願っています。

さすがに、拝金呆け老人。自ら、米国べったりの歴史を告白ですか?十歳から半世紀以上、物、金目当ての日和見人生、羨ましいですね。大先生と価値観が違う事が確認出来ただけでも、生にたいする、執着心が湧いてきました。

今日の田原氏の番組に竹中氏を出演させ、竹中氏は例の調子で自己弁護していた。「それは経済学で、、、」と言っていた。経済の実態と学問とは違うという事を未だ認識していないみたいです。

ネオコンブッシュの前で、プレスリー踊りをし、イラク侵略のお先棒を担ぎ、イラクの子供を爆撃で殺戮し、今もガンで苦しめてるコイズミをよいしょした田原が子供たちに戦争と平和を説く?

人間て、ここまで恥知らずになれるものか。

もはや真夏のホラーとしか思えない。

田原大御用評論家大先生

「晩節を汚す」という言葉があります。
ただその晩節があまりにも長過ぎるのが問題なのだと思います。

映画「火垂るの墓」を観て号泣している私に、母は「これ以上の悲惨な画をライブで経験したわよ」と私を見て力なく笑います。

国民がそんな目に遭っているそんな中でも、麻生の家系や安倍の家系、そして限られた財閥は焼け太りのようにこの戦争で財を成しました。
安倍政権の時のスローガン“美しい国”には、心底ゾッとしたものを感じました。

戦争放棄した国なのに、またぞろ戦争で儲けた経験を忘れられない商人は、武器輸出を願っています。例えそれで国が潤っても、誰が幸せになるのでしょうか?

田原さんにひとつ質問があります。サンデープロジェクトのスポンサーのひとつに“アパ・グループ”があります。今メディアの資金不足は分かっていますから、どんなスポンサーでも付いてくれれば有り難いという気持ちは分かりますが、何故アパ・グループはあの番組をスポンサーとして選んだのですか? そして田原さんもその事にに抵抗はないのでしょうか? 戦火をくぐり抜け生き抜いてこられた経験を持つ田原さんは、所謂ルサンチマン思考なのでしょうか? 不思議でなりません。

 おまたせしました。

政治的見識が素晴らしいと評判の評論家を発表します。

横綱 みのもんた
大関 岩見隆夫
関脇 田原総一郎
小結 池上彰 岸井成格
前頭 古館一郎

以上
自民党に私の命捧げます様より

田原さん

私は失礼ながらあなたがジャーナリストとはとても思えません。
筑紫哲也さんが亡くなられた時のTBSの追悼番組に出演された時
あなたは筑紫さんが「憲法9条を聞いた時はしびれたねぇ。」と言っていたんだよとおっしゃり、やはりこの憲法は何が何でも守らなければならないという趣旨のご発言をしておりました。
そんな、田原さんが憲法を改正して集団自衛権を認めようとしている自民党を応援しているのは
納得いきません。
それから、「最近は締付が厳しくてTBSだって、あれは言っちゃダメ
これは言うなと言われてるでしょう?」と振られた後藤さんや鳥越さんらがあたふたしそうなことをもおっしゃてました。
その言葉から察せられるように、報道の番組作りにおいて、権力者からかなりの締付があるんだろうとわかりますが、それにしても
田原さんの自公政権ヨイショの偏向報道はひどすぎると思います。
特に、小沢さんの西松問題の時は
この国にはまっとうなジャーナリストがいるのだろうかと思うほどどこを見てもブラックキャンペーン一色でしたね。
ジャーナリストが政権相手にとことん追求の手を緩めないなら、命がいくらあっても足りないことは
わかりますが、ジャーナリストと名乗る以上その名と大きくかけ離れた行動は取らないでいただきたいと思います。権力に抵抗できず
偏向報道を続けるのならどうか
その座をお去りください。
本物の「ジャーナリスト」と「似非ジャーナリスト」の違いくらい
最近の国民はしっかりと区別がつきますから。
あなたが本物なら、これからは命がけで闘ってみせてください。

田原さん
サンプロのような番組を見ている視聴者の気持ちを考えた事があるでしょうか。視聴者の多くはあなたの話を聞きたいと思ってチャンネルをあわせているわけではない。
貴方はコメンテーターに意見を求めて置きながら、途中でさえぎって次の話題に進めてしまう。昨日の番組でも高野さんに対してそうでしたね。
民主主義で一番大切にしなければいけないことは誰の意見であれ、まずは聞く事。それが間違っていると思えば、それを指摘すればいい。大きな声で理屈抜きに圧殺してしまうのは正に言論弾圧を連想させる。
ジャーナリストの仕事と真反対にある行為ですね。
あのような番組の司会者は一方的に自分の意見を発信する事が仕事ではない。
そこに参加しているメンバーの意見を上手く引き出し、思いもかけないすばらしいい結論へと導く事のスリリングな役割があるはずですが、あなたのやっている事は、はじめに結論ありき、で、誰がどんな意見を言おうと最終的には持論へと強引に押し付けてしまう。
相手が思い通りに反応しないと繰り返し繰り返し「同意」するまで迫る。不愉快の極みです。この人ほんとにジャーナリストかと疑っていましたが、ここの書き込みを見て納得しました。ジャーナリストとは程遠かったのですね。
いつも後列に並んでいる高野さん、財部さんの引きつった笑顔、見るに耐えません。
こうやってメディアは歪められていくんだと言う見本のような番組です。
おそらくは聞く耳を持たないでしょうが・・・・

他の方が書かれているように、小沢献金問題に執拗に食いついているのを見て、この人は献金の問題の方が官僚による政治支配の問題より大事だと考えている、とんでもない時代錯誤な人であることを認識しました。

さて、あなたの意に反して、民主党による政権が発足したらどんな顔をしてサンプロに出演するのか、いささか楽しみではある。

おそらく貴方が拠り所とする自民党は、今回の選挙でほぼ解党的な打撃を蒙ると思っています、票の切れ目が縁の切れ目で公明党も離れる事でしょう。そのとき貴方は誰にすがるのですか?

「この人は民主党の中でも一番経済に強い!」今から目に浮かびます

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Profile

田原総一朗(たはら・そういちろう)

-----<経歴>-----

1934年、滋賀県彦根市生まれ。
早稲田大学文学部卒。
岩波映画製作所、テレビ東京を経て、77年フリーに。
テレビ東京時代の連続番組「ドキュメンタリー青春」で、取材対象者に肉薄する独特のインタビュー手法で注目を浴びる。
現在は政治・経済・メディア・IT等、時代の最先端の問題をとらえ、活字と放送の両メディアにわたり精力的な評論活動を続けている。
テレビジャーナリズムの新しい地平を拓いたとして、98年ギャラクシー35周年記念賞(城戸又一賞)を受賞した。
2002年より母校・早稲田大学で「大隈塾」を開講。塾頭として未来のリーダーを育てるべく、学生や社会人の指導にあたっている。

-----<出演>-----

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日、毎月最終金曜25時?)

『サンデープロジェクト』
(TV朝日、毎週日曜10時?)

BookMarks

田原総一朗 公式サイト
http://www.taharasoichiro.com/

田原総一朗のタブーに挑戦!(JFNラジオ番組)
http://www.jfn.co.jp/tahara/

株式会社アスコム
http://www.ascom-inc.jp/

朝まで生テレビ!
http://www.tv-asahi.co.jp/asanama/

サンデープロジェクト
http://www.tv-asahi.co.jp/sunpro/

早稲田大学 大隈塾
http://www.waseda.jp/open/attention/ookuma/ookuma_curriculum_2005.html

早稲田大学 大隈塾ネクスト・リーダー・プログラム
http://www.waseda.jp/extension/okumajuku/index.html

-----<著書>-----


『市場浄化』
2006年10月、講談社


『テレビと権力』
2006年4月、講談社


『オフレコ!Vol.2』
2006年3月、アスコム


『国家と外交』
2005年11月、講談社、田中均共著


『日本の外交と経済』
2005年9月、ダイヤモンド社


『日本の戦後(上)』
2003年9月、講談社


『日本の戦後(下)』
2005年7月、講談社


『田原総一朗自選集 1?5巻』
2005年7?10月、アスコム

『オフレコ!Vol.1』
2005年7月、アスコム、季刊

『日本の戦争』
2004年12月、小学館文庫

『日本の政治?田中角栄・角栄以後』
2002年10月、講談社

『日本の生き方』
2004年11月、PHP研究所

『日本政治の表と裏がわかる本』
2003年5月、幻冬舎文庫

『連合赤軍とオウム?わが心のアルカイダ』
2004年9月、集英社

『「小泉の日本」を読む』
2005年2月、朝日新聞社

『面白い奴ほど仕事人間』
2000月12月、青春出版社

『日本のからくり21』
朝日新聞社

『愛国心』
2003年6月、講談社、共著

『わたしたちの愛』
2003年1月、講談社

『日本よ! 日本人よ!』
2002年11月、小学館

『田原総一朗の早大講義録(1)』
2003年9月、アスコム

『田原総一朗の早大講義録(2)』
2004年3月、アスコム

『田原総一朗の早大「大隈塾」講義録 2005(上)』
2005年5月、ダイヤモンド社

『田原総一朗の早大「大隈塾」講義録 2005(下)』
2005年5月、ダイヤモンド社

『頭のない鯨?平成政治劇の真実』
2000年2月、朝日新聞社

『田原総一朗の闘うテレビ論』
1997年3月、文芸春秋

『メディア・ウォーズ』
1993年3月、講談社

『平成・日本の官僚』
1990年3月、文藝春秋

『警察官僚の時代』
1986年5月、講談社

『マイコン・ウォーズ』
1984年12月、文芸春秋

『原子力戦争』
1981年11月、講談社

-----<連載>-----

週刊朝日「田原総一朗のギロン堂」

SAPIO「大日本帝国下の民主主義」

プレジデント「権力の正体」

-----<映画>-----

『あらかじめ失われた恋人たちよ』
1971年、監督

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