《追悼・宮澤喜一氏》宮澤元首相の最終講義 in 早稲田大学(2)
※この講義は2003年に行われたものです
┃九二年の段階で不良債権問題の深刻化を予見。
しかし、大蔵省からも銀行からも実業界からも猛反対された。
田原:そこで伺いたいんですが、バブルが弾けました。今おっしゃったように、銀行がお金を貸している担保の土地の値段が下がるんだから、不良債権になる。宮澤さんが総理大臣の92年夏のことです。そのとき宮澤さんは、バブルが弾けて一番の問題は、銀行の不良債権だとおっしゃっていた。銀行の不良債権処理のためには、政府は公的資金を投入する用意がある、とおっしゃった。このときに手をつけておけば、今のような大変なことにならなかったんですよ。これに対して銀行も大蔵省も財界も、全部反対した。だから、ついにできなかったと。これ、どうしてみんな反対したんですか。
宮澤:そうですね。あれは軽井沢での講演でした。まだ世間に表面化してきてはいないけれども、住宅に金を貸している金融機関をはじめ、普通の銀行も含めて、大変な不良融資が重なり始めている。世間は十分に気がついていないが、今のうちに整理をしないとますます土地が下がっていく。そうするとますます不良債権が増えていく。このまま放置することはできない。そのためには、普通はやってはいけないことだが、場合によっては政府が手を貸してでも不良債権を整理しなければならない。この不良債権の処理に政府も一役買わなきゃならないかもしれない。そんなことを総理大臣としていったんですね。いったんですが、賛成する人はほとんどいなかったですね。
田原:マスコミも反対だった?
宮澤:マスコミも反対でした。
田原:大蔵省も反対?
宮澤:大蔵省も反対、銀行も実業界も反対。みなさん反対ですから、なすすべがなかった。なぜ反対したかというと、基本的に多くの人が、いや、土地はずいぶん上がったけれども、もうそろそろ下げ止まるだろうなと思っていた。土地が上がり始めれば、この問題はすぐ片づくわけですからね。だから、今が底でこれから上がっていくんだから、総理人臣は余計なことをいわないで見てらっしゃい、というような感じが一般的でしたね。
私は、なかなかそうはいかないんじゃないかと思っていたんだが、銀行は銀行で、「よその銀行は大変かもしれないけど、うちは大丈夫だ。銀行のことは銀行に任せておいていただきたい。政府にいろいろ口を出されたらたまったもんじゃない」というふうでした。実業界のほうは、銀行を正直いって嫌っているわけ。だから、「銀行を救うなんてとんでもない。あんなに高い給料もらっていて、なんで政府が助けるんだ」と、それが実業界の反応。つまり、一億そろって、といえば大げさだが、それくらいみなさんが反対したために、そのときとうとう金融機関の救済ができなかったということです。
田原:ときの総理大臣が大問題だといった不良債権問題に、なんで銀行は動かなかったんですか。なんで反対したんですか。
宮澤:正直をいえば、銀行の首脳部は必ずしも実態を知らなかったといえばいいすぎだが、それに近いでしょうね。
田原:ああ、そうですか。やっぱり実態を知らなかった。
宮澤:自分の銀行がどれだけ深刻な状況になっているか、十分には知っていない。土地を買ったり売ったりさせているのは、どこかの支店だったりするわけですから、それを本店の偉い人はわかってない。だから、余計なことはしないでくださいと。
田原:もう一つ。大蔵省までがなんで反対したんですか。大蔵省は、当然わかっているでしょう。
宮澤:これはやっぱり、今いったように、円高に対応するためにドルを買ったり、公共事業をやった行政の当事者ですから。自分たちのやったことの結果が、今度は遂に、物事がまったく反対に向かって走り出そうとしているという認識を、行政としてはできなかったわけですね。
田原:ちょうど今、同じことが起きていますね。つまり、不良債権の処理のために思いきった手術が必要だと。小泉さんはその手術をしようとしたのですが、金融庁は竹中平蔵さんが大臣になるまで手術をしようとしませんでしたね。これは、宮澤さんの総理のときと同じですか。
宮澤:まあ、役所というところは手術なんか嫌いですね。
田原:嫌い? じやあ、漢方薬で治す?
宮澤:ええ、温めて治そうとか冷やして治そうとか。手術ということは、事態をそこへ持ってきた人の責任問題になりますしね。それから、のるか反るかの仕事になりますから、官僚の通性には合いませんね。
田原:合わない、今もね。もう一つですけど、道路公団の問題(※1)が大騒ぎになっています。道路公団が粉飾決算をしていたと。これで世論は、道路公団の総裁は辞めるべきじゃないかというのが強いんですが、本人も辞めない、扇千景さん(当時の国土交通相)(※2)も辞めさせないといっている。私たち外野からすると、やっぱり辞めさせたほうがいいんじゃないかと思いますが、これはどう考えていらっしゃいますか。
宮澤:実情を知らないのでコメントできませんが、ただ一般的にいえることは、企業であれば損得というものがあって、バランスシートがあって、今期は損をしたから、来期はどうにかしなければならないということが普通の企業にはあります。ところが、役所や公団にはバランスシートがないわけですから、損とか得とかいうことはないわけですね。ですから、そういう社会では、今問題にされているようなことが起こりやすい。
田原:それならどうすればいいんですか。損得の勘定がまったくないような官僚が、日本を仕切っている。また損得の計算がない道路公団、国営産業があるのは。
宮澤:官僚についていう限りは、官僚というのは正義と善を実現しようとしている人たちといっていいんでしょう。それを自分たちの理想としている。その世界は必ずしも、損得と一緒ではない。ですから、官僚の世界の目標は、自分の役所が得をするとか儲けるとかいうことではない。そういうところが、役所のあり方と企業のあり方との基本的な違いではないですか。
それから公団ということになりますと、いわばハイブリッドなので、役所のいいところと企業のいいところをとって公団をつくったと思ったら、役所の悪いところと、企業の悪いところをとってできちゃったと。こういうことじゃないですか。
┃日本の安全は自力では守れない。小泉首相のイラク攻撃支持は必然だ。
田原:さて、もう時間もないので最後に一つ聞きたい。小泉さんはアメリカのイラク戦争を支持するといいました。そして、イラクを復興させるために自衛隊をイラクに送るといっている。これは国連の要請ということで行くのならわかるのですが、英米の占領軍に協力するために行くんだと。このへんは筋として納得しがたいものがあるんですが、宮澤さんはどう考えていますか。
宮澤:日本は自分の武力で自分の国の安全をまっとうすることはできない、だから日米安保体制というものを持っているわけであって、その条約のもとで日本を守っているのはアメリカであります。そういう状況下で、北朝鮮のような非常に近い国で核兵器が開発されている。この状況は日本にとって非常に脅威であって、それに対して日本は独力では対応できない。日米安保条約に頼らざるをえない。これはよくも悪くも事実です。
そういう事実がありますから、小泉首相の心情を察すれば、今度のイラク戦争でアメリカの立場を自分は応援するんだという小泉さんの決断は、割り切っていえば、日本国自身の安全というものはアメリカが握っているんだ、ということに基づく判断だと考えざるをえないかと思います。そこまではよろしい。
その次に、そのイラクに向かって自衛隊を出す、出さないという問題があるわけだが、それは世界各国がイラクの国づくりのために貢献する。日本は戦争をしてはならないわけですが、その制約のなかでも一役買うのが国際的な務めじゃないかというふうに、小泉首相はお考えになっているんだろうと、私は想像しています。
田原:小泉さんの考えはわかるんですが、やっぱりイラクに自衛隊を派遣するというのは、自衛権の延長としては無理だと思いますね。それからPKOの延長としても無理だと思います。どういうふうに理屈を立てるんですか。
宮澤:おそらく両方とも無理でしょうね。ですから考え方としては、イラクの国づくりのために世界のたくさんの国が、いろいろな貢献をしようとしている。われわれもイラクがよくなって立ち直ってくれるということについては、そうした願いを持っている。それをわれわれなりに、われわれに何かできるかという法律をつくって、その結果自衛隊を出そうと。こういうふうに説明されるんじゃないですか。
田原:なるほど。わかりました。じゃあ、質問に行きましょう。
※1 道路公団の問題
日本道路公団の藤井治芳総裁から左遷された幹部の片桐幸雄民営化推進委員会事務局次長が、『文藝春秋』03年8月号で、公団が債務超過を内容とする民間企業並みの財務諸表を作成していたと告発した。当時の行政改革担当大臣である石原伸晃氏は、財務諸表について「民営化のための基礎の基礎」と指摘し、「財務諸表の改ざん、隠ぺいが仮に行われたとすると重大な問題だ。職員の告発なのだから事実でないなら職員を処分しなければならない」と告発の重要性を強調した。
※2 扇千景
本名・林寛子。33年兵庫県生まれ。54年宝塚歌劇団に入り女優となる。77年参議院議員。自民党、新生党、新進党、自由党、保守党党首となる。同年建設大臣兼国土庁長官(のち運輸大臣、北海道開発庁長官も兼務)。01年国土交通大臣に就任。その後、保守新党を経て03年11月に自民党に復党。07年5月、次期参議院選挙へ出馬せず、政界引退を表明した。
コメント (1)
田原総一郎氏は、ジャーナリストを自負しているらしいが、それにしては権力者と少しばかり親しくなりすぎているのではないかと思う。
確かに様々な政治の裏事情や権力闘争の内幕を把握するには、権力者と気脈を通じ合う事は手っ取り早い手段であるが、それに慣れてしまうと、客観的な判断が出来なくなってしまうのではないかと思う。
例えば「自民党のあの人が実はこうなんだと言っていたからその通りなんだ」という言動が多い。恰も自分が親しくしているからそういう情報が取れるんだと自慢している様にも見える。
これもジャーナリストとしては一種の「立ち枯れ」状態であろうと思う。
投稿者: こみちやすお | 2007年7月 1日 03:09