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義援金の使い道
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義援金の使い道

 被災した地域の人が義援金でパチンコ屋に通い、そこで活動するボランティアが怒っているという。

 今日を暮すお金があっても、やることがない仕事がないから、こうしたことが続く。

 かつて北米のネイティブインディアンやイヌイットが、石油や天然ガスの為に先祖から譲り受けた土地を取り上げられ、保証料を受け取る代わりに居留区に移らされた挙句、やることがないから麻薬やアルコール中毒になっていく話を思い出した。

 福祉が手厚くなると、こうした影の部分が露出する。

 地元のハローワークを訪ねたが、相当な数の求人が出ている。しかし、自分にあった職を見つけようとすると、なかなかヒットしない。

 地方では新卒者の就職率が低く、まさに就職氷河期を実感する。ところが、ここでも求人がないわけではない。学生たちがよく知る大企業や有名企業の求人が限られているというだけだからだ。

 こうした学生の生活を見ていると大学四年間の内、まともに勉強するのは1年で、2年目にはサークル活動のためにアルバイトに精を出している。そして、3年には就職活動がはじまり、それからは学生時代の大半を就活に費やす子供らが少なくない。今のように氷河期が続くと聞けばなおさらだ。

 大学生たちが知り得る企業情報などたかが知れている。しかし、就活ビジネスが周到であるため、子供らがそのおかしさに気づくのはだいぶ後になってからだ。自分も経営者として責任を感じる。

 今、東北でトラベルヘルパーの育成を地元バス会社や介護関係者らと始めている。高齢で介護が必要なお年寄りは、これから都市部に集中して増え、その多くが日常以外の行き場を失うことになるからだ。

 原発による風評被害は、福島だけとどまらず東北全域が大きな影響を受けていることを知った。特に修学旅行が来る見込みがたたない。

 なぜか。関東から福島を通ると被曝するする、北海道から津軽海峡を渡ると被曝するという話が、まことしやかに先生の間で語られ、親の声に上がるそうだ。県の観光係は頭をかかえたまま、復興などほど遠いと顔を曇らせた。

 それでも内陸から被災した地域に向かう街道沿いの「道の駅」などは大盛況だ。

 たくさんのボランティアや復興活動を支える人たちのおかげで活気がある。中には一坪足らずの敷地で年に一億円も売り上げるだんご屋もあるのが驚きだ。

 岩手や宮城では少しずつだが漁も始まり、地元食材をもとに沿岸の民宿や観光施設も次々に再開しはじめている、観光はすそ野が広く大きな雇用を生む。もっと東北旅行に行こう。

 大きな災害に遭っても、多くの人がこの土地の離れようとしないのは、苦しいことばかりでなく、そこに楽しいこともあるからだと思う。

 人は記憶が確かで、ときに過去を振り返り思い悩むことがあるが、同時に未来を夢見る力もある。人は逞しく、そして智慧がある。だから、力を出せば一人一人が必ず復興すると思う。

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ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

『義捐金で、パチンコやへ通っている被災者がいると、ボランティアの人々が怒っている』
こういう記事は、大手マスコミは絶対に報じません。
こうした『被災者にも、不届きな人々がいる』ことに、私たちはどのように考えたらよいのでしょうか。

私の住む町にも、生活保護を受けながら、朝から酒を飲んで、パチンコをしたりしている人がいます。

『生活保護を受けてるいる人は、社会の弱者である、朝から酒を飲んでいて何が悪い、かかる弱者を生んでいる政治・社会が悪い』

こういう論理を、私たちはどのように考えたら良いのでしょうか。

教えて下さい。

震災ボランティアでも感じたことですが、ボランティアの依存体質をどこで区切るか。本当に悩ましい問題です。当初の実情を目の当たりにすれば、それこそいたたまれなくなる。ボランティア期間を終え変える自分の後ろめたさと言うべき感情を如何に抑えるかがあります。
其処に対しての唯一の救いは、自立していただきたい思いである。
義援金に対しても、当面の生活が確保できる段階で、自立を促す義援金の使い方を考察すべきと考えます。

「義捐金でパチンコ」、一部の被災者の話でしょう。目くじらを立てないで、その心の傷を感じてあげませんか?感謝されることを望むのなら、ボランティアなんかやらない方が良いでしょう。日本人は何時からこんなに忍耐力が無くなったのでしょう。自分達も反省しなければいけないですね。

篠塚 様

義捐金だけでなく、一般的にこの類の買収費も対象にしてよいのであろう。すでに報道されたことであるが、原発を誘致するために膨大なお金が住民に流れ、一部であろうが夜な夜なタクシーで歓楽街に乗り込んでいたような話も聞いています。

お金で住民の心を買うようなことが、買収する方だけでなく、買収される方も当然のように期待し、期待されているのです。一つの文化になっているのです。政治と金と言って、政治家とかの権力者には厳しいことを言っているが、己たちのことには全くと言っていいほど甘いマスコミ、国民の姿を見ていると、怒りを超えたおかしさ矛盾を感じるのです。

何かそこに金をせびることがあれば群がり集まるのは、人間の習性であり、暴力団だけを責めることができないでしょう。特に人の善意を食い物にするような現実的姿を目にしたボランティアなど初めての方には考えられない行為に対して激しい憤りを感じるのは当たり前のことではないでしょうか。

ボランティアなどやらなければいいと言う人もいますが、あの悲惨な姿を見れば本能的に何かしなければと心動かされたのであって、そのような人はボランティアをしなければよいようなことを言う人は、心の問題として捉えるならば、パチンコする人となんら異なることがありません。

このような現象が蔓延していると、個人にお金を配布するのではなく現物支給に切り替えるべきであって、食糧、医療費など生活に密着した費用の無料化などを徹底し、お金の配布はやめた方がよいような気がします。

今回復興復旧が進まないことを指摘する人がいますが、皆が皆国の支援を期待している状況にあっては、国の復興予算が決まらなければ動かないのであり、社会全体が国家に期待しており、国家の衰退は借金という形で重くのしかかり、身動きができないようになるのも近いような気がしています。

増税すれば解決すると考える徴収至上主義を唱える方々もいますが、国家に期待する人たちの群れと言う貧困者が増大するだけで、解決するはずはなく、机上の空論に陥り新たな国家支出が増えるだけです。

障害者に自立を促すことよりも、健常者の自立が求められているのです。国民一人一人が自立し、国家に寄りかかることができないようにする、厳しく言えば、努力しなければ報われることのない社会にしなければ、国家の正常化が進むとはとても思えないのです。

 義捐金でパチンコ、生活保護費で酒、パチンコ、会社の金でカジノ。空白な時間を、どのように主体的に過ごすかが、大人に課せられているのだとおもう。
 子供は、学校があるし、宿題もあるし、塾もあるし、親もいる。家族を失った人、もてない人、サラリーマンでない人、仕事のない人は、子供のように、たえず自分を外から規制するものがないなかで、自分で主体的に規制して、動かないといけない。宗教があれば別だが、現在の日本のような実質無宗教で、墓参り、地縁、血縁ぐらいにかろうじて支えられていたような社会で、そういう空白の場に放り出されると、人間は弱いと思う。特に、集落が破壊された、仮設住宅に入居する単身者は、主体的な行動力がなければ、空白の時間を、浪費や自己破壊的な飲酒などに、明け渡してしまうのではなかろうか。パチンコ屋、酒屋にとっては、義捐金や生活保護費を種に、大きな市場ができたということになる。
 TTP導入で、モサント・住友がやろうとしている遺伝子組み換え、強力農薬タイアップ商品というのも、かろうじて残る里山的な既存の生態系による持続的な生産性を破壊して、効率的な単一種による工場のような栽培に移行させるものである。市場に上らない自然は、競争力のある技術があれば淘汰されてしまう。これに対して、土俗的な自然信仰、汎神論は、「タブーを犯している」と排除するだろうが、モサントからすれば、「障壁」にしかみえないだろう。近視眼的で、途方もなく無責任であることが、リーマンショックですでに証明されているアメリカの主張する自由経済、消費社会は、既存の互恵的つながりを破壊することで、あらたな市場の創造を行なっているので、非常にやっかいである。東北の農村、漁村は、原発の問題を差し引いても格好の進出場にみえるだろう。
 既存の社会文化が破壊されたところ、ないところで、市場に接続できないものが、どう主体的に生きてゆくのか、そういう力を平均的な日本人がもっているのかが問われていると思う。あるいは、市場接続性のある高生産力のある生物から、かならずしも市場接続性のない、しかし、持続可能で多様性を残す日本の生態系を守れるのかということが、TPP問題では問われている。

篠塚です みなさん、ご意見ありがとうございます 何がよくて何がそうでないということは、時と場合によって変わってしまうことがあります 私もいつそういう立場になるかわかりません 私はパチンコが悪いわけでも、義捐金をそう使うことが悪いとも思いません ただ、できるだけ多くの人に知っていただきたいのは、そういう孤独が私たちの周りにあるということです なぜ、一日パチンコ店で過ごさざるを得ないのか、それを超える魅力的な過ごし方はないものか パチンコ店に行く人は自分の車を走らせていきます そうでない年寄りは、どこへ行くこともできず、仮設住宅などでは、どんどん健康を害して、歩くことさえできなくなってしまう人がずいぶん増えました そういいう事実にどう対処していくか、対応していくかを考えるのは、やはり県外のひと、冷静に毎日を過ごしていることができる自分たちなのではないかと我々は思います 何か良いアイディアのある方は、ぜひNPO法人日本トラベルヘルパー協会まで、お知恵をお貸しください

<パチンコをして何が悪い>
と、毒を吐きたくなります。義援金を出したから、ボランティアをやっているからといって、被災民の日常の行動に目を光らしで憤慨する姿勢が気に入りません。
何故、被災民がパチンコもやらない品行方正でなければならないのでしょう。義援金でパチンコをする、綺麗なお姉ちゃんやカッコイイお兄ちゃんのいる店で、一時の憂さを晴らしたとして責めてはいけないと私は思う。
第一、金に色はついていないのだから義援金が源資かも判りません。
離婚した友人が一時、喪失感を埋める為にパチンコに嵌まりました。パチンコ台を見ている瞬間は何も考えないで済むからと。家と家族と仕事を同時に失った喪失感とは比べものにならないでしょうが…。

篠塚恭一 | 2011年11月27日 15:44様
大麻、マリファナ等の薬物依存
お酒のアルコール依存
タバコのいコチン依存
そして、本題のパチンコ、競馬等のギャンブル依存
元を辿れば、それぞれストレス解消手段のひとつと考えられます。
それが、自己規制できないと依存体質になる。
そこには、自己の強さが求められる。
被災地では、普段生活している以上にストレスを味わう環境下にある。普段でも、自己を保つことが難しい現在で、これ以上のストレスを少しでも解消する手立てが必要を感じます。
元の生活に戻すことが急務と言えますが、これはどうしても長期にならざるを得ない。
金銭面での支援より、精神的支援を如何にするかが問われていると感じます。
宮城の亘理町で、菜の花プロジェクトが先日行なわれたと聞き及びます。田を耕すことは、今は農産物を生産できなくても、草で覆われた荒地化を防ぐと同時に、何かをする、その先に花が咲く春が来るとした希望があります。
このプロジェクトにしても、できれば地域住民で行なう、仮に地域住民なら、わずかばかりでも日当を支払う体制なども有効と思われます。
いずれにしても、地域住民の活力を如何に結集させるか。
義損金などの使い道も問われていると感じます。

ご意見ありがとうございます 私もギャンブルや風俗へ行くこと自体が悪いとは思っていません ただ、これまで仕事を持ち、そういうことへは縁遠かった浜のおばあちゃんたち、港で働いていた人たちが行き場を失い、孫を連れて毎日のように通っているというのが、被災した地域住民の現実として今あるということです 働き者の日本人に老後はなく、障がいを通じてできるだけ働きたいと考えている人が多く、ここが欧米人との大きな違いです ずっと働くことで自分を家族をこの国を支えてきた日本人は、仕事がないことに弱いのだと思います 

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Profile

篠塚恭一(しのづか・きょういち )

-----<経歴>-----

1961年:千葉市生れ。
1991年:(株)SPI設立[代表取締役]観光を中心としたホスピタリティ人材の育成・派遣に携わる。
1995年:超高齢者時代のサービス人材としてトラベルヘルパーの育成をはじめ、介護旅行の「あ・える倶楽部」として全国普及に取り組む。
2006年:内閣府認証NPO法人日本トラベルヘルパー(外出支援専門員)協会設立[理事長]。行動に不自由のある人への外出支援ノウハウを公開し、都市高齢者と地方の健康資源を結ぶ、超高齢社会のサービス事業創造に奮闘の日々。
現在は、温泉・食など地域資源の活用による認知症予防から市民後見人養成支援など福祉人材の多能工化と社会的起業家支援をおこなう。

BookMarks

あ・える倶楽部
http://www.aelclub.com/

-----<著書>-----


介護旅行にでかけませんか──トラベルヘルパーがおしえる旅の夢のかなえかた(講談社)

問診による経営診断のすすめ方(共著)

大人の脳活性訓練ガイド(入門編)監修

トラベルヘルパー養成講座・教本
 
介護旅行でいきましょう(時事通信・連載)
 
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