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« 被災地の心 ── 決め手は人のつながり
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牡鹿の恩人 »

未だ危機的状況下にあり

 震災から2か月、東北にも春は訪れ、子供たちの学校も始まった。報道では、着実に復旧から復興へと被災地も歩みを進めているかのように思える。

 ところが被災地を行き来しているボランティアの話を聞くと、まだまだ深刻な状況に置かれたままの人が少なくないことを知らされる。深刻な状況にあるのは、原発問題に揺れる福島ばかりではない。都市で知らされる情報は未だに一部の真実しか伝えられていないのだ。

 仙台の隣、石巻市の中心から15分ほど車で走ると風光明媚な牡鹿半島に入る。半島の先には、有名な金華山があり、地形は海沿いまで高地がセリ出していて、年寄りが歩いて移動できるようなところではない。

 こうした場所に残された被災者は、未だに自衛隊が持ってきてくれる菓子パンと水だけで飢えを凌いでいる。物資の輸送を手伝うのは、地元の若者が組織するボランティアグループ、もちろん彼らの中にも被災した人はいるし、災害ボランティアなど経験している人はいない。

 ゴールデンウィークには、受け入れ制限が出たほどの県外ボランティアが、この牡鹿地区にはたった一人のしか入っていない。石巻漁港周辺のような早くからメディアの入った地域では、全国からたくさんの救援物資が送られ、県外ボランティアも多く入り、復旧から復興への道を歩み始めていると伝えられる。

 しかし、同じ市内にありながら、牡鹿のような集落がこの半島内だけでも、たくさん残っている。

 ボランティアの受け入れ制限が出たのは、決して支援が足りたというのではなく、来てもらってもマッチングをはかるリーダーやボランティアコーディネーターがいないために現地が混乱してしまうからだ。

 気仙沼のはまなす館が被災した湖山福祉医療グループの湖山代表は、こうした状況は陸前高田以北の海岸沿いの小村には無数にあるだろうと言った。

 不自由な在宅避難生活が続く中、介護が必要な高齢者も集落にはたくさん残っており、何人かまとまった避難所は、もはや要介護高齢者施設と化しているという。

 今はまだ数字の把握ができていないが、これから数多くの高齢者が避難先で亡くなったという事実が明らかにされるだろうと教えてくれた。医療の専門家でさえ予測できないほど、今回の被害規模は甚大なのだろう。

 このような被災者たちを内陸や県外の宿泊施設に集団疎開、二次的避難をしてもらおうと国はセーフティネットをつくったが、思うように利用が進んでいない。いまだ不明の家族や家族同様に暮らす集落の仲間への気兼ねもあるが、もう一つの理由は、すでに年寄りたちはこのまま静かに死のうと決めているからだという。命を救おうという医者でさえ、本人にその意思がなければなすすべがないというのはショックだった。

 それでも、「知ってしまった者」たちは動いている。

 南三陸の被災者に続き、20日から3班に分かれて牡鹿半島の人たち100名が、短期的な避難として最上の温泉旅館で3日程休養することになった。最上町と県外ボランティアの連携によるものだ。

 これまでと違い、避難生活で足腰が弱った高齢者や介護を受けている人も積極的に引き受けようというのが、牡鹿プロジェクトの特徴だ。もちろん、我々トラベルヘルパーが協力するというのが前提だ。

 こうした中、我々の募金活動も災害NGOへの支援から、直接活動のための義援金に切り替えた。

 知った以上は行動することが大切だからである。

 我々の活動を支援してくれようと思う人は、NPO法人日本トラベルヘルパー協会へ直接募金してほしい。

 東北人の忍耐力を日本人の美談としてはならない。

 今私たちは、改めて事実を知る努力を尽くさなければならないと感じている。

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ようやく、五月時期が終ります。
この問題は、私が訪れた3月末から4月上旬でも感じていました。
大都市ほど復旧度合いが早く、末端にいけばいくほど遅くなる。ある程度仕方ないことではあるが、それに輪をかけたのが情報伝達の問題でもあるかと推察される。
広域な災害であるから、致し方ないとは言え、大手メディアで紹介された内容だけがいわば一人歩きする。
ネット、ツイッターなどの情報発信が大きな役割を果たしているのかも今回の教訓であろう。
阪神淡路では、ラジオなどの情報発信の重要性が再確認されたが、今や【相互の情報発信】の重要性を改めて再確認するべきであろうと思う。
ことに日本各地には、孤立集落が点在している。道路などのインフラが途絶えても、繋がる手段の通信インフラや緊急時の連絡情報伝達の体制つまりは、どこに連絡するかなどの連絡網の整備が必要であると感じています。
緊急時の避難先の場所だけでなく、緊急時の一括の連絡網を末端の小さな集落や町内会単位で整える必要性を感じています。
個別発信も重要ですが、混乱もします。集会所や緊急時の避難先にどこに連絡するのか、そうしたアドレス帳のようなものを常備しておく。極端な言い方をすれば、最小単位の集団(集落・町内会・町内班など)ごとの「行政メールアドレス」を設ける。こうすれば、相互の情報発信が可能でないかと思うのです。残念ながら、私の集落の集会所にはメールアドレスどころか連絡帳すらない気がします。

なるほど、普段の備えは情報も同じということですね
ありがとうございました

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Profile

篠塚恭一(しのづか・きょういち )

-----<経歴>-----

1961年:千葉市生れ。
1991年:(株)SPI設立[代表取締役]観光を中心としたホスピタリティ人材の育成・派遣に携わる。
1995年:超高齢者時代のサービス人材としてトラベルヘルパーの育成をはじめ、介護旅行の「あ・える倶楽部」として全国普及に取り組む。
2006年:内閣府認証NPO法人日本トラベルヘルパー(外出支援専門員)協会設立[理事長]。行動に不自由のある人への外出支援ノウハウを公開し、都市高齢者と地方の健康資源を結ぶ、超高齢社会のサービス事業創造に奮闘の日々。
現在は、温泉・食など地域資源の活用による認知症予防から市民後見人養成支援など福祉人材の多能工化と社会的起業家支援をおこなう。

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あ・える倶楽部
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