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2011年2月13日

政府がダメでも

 最近、さまざまな地域で介護旅行に取り組もうとする人が増えてきた。

 これまでに多かったのは何かで気づきを得た個人だったが、近ごろは行政の人もいれば、介護事業者や旅行会社、地域交通などの組織、NPOや民間事業者も少なくない。

 東伊豆町では、観光商工課の遠藤一司さんが奮闘している。

 その遠藤さんが、先日行われたNPOフォーラムで、町の取り組みとして事業化しようとしたきっかけを語ってくれた。

「・・・介護の現場では介護保険の給付費の増大を押さえるため、サービスの制限による低下が起き、本当はもっとしてあげたいと思っていることが違法ということになっている。そんな現場に限界を感じ、本当にしてあげたいことをしたいという人が離職している状況であるという。また、日々同じことの繰り返しで感謝されることも無く自分の存在価値に疑問を持ち、生き甲斐を見いだせなくなっている方が多いことも知らされた。そんな人たちが感動を共有し、感謝され、本当のヘルパーのやり甲斐を再び取り戻すことができるかもしれないと共感しているという。・・・
これは形になるなと思ったので、自分としては役場の中で上司に話をして進めていく許しを得、地元の観光協会や旅館組合の役員達にことあるごとに話をし、理解をしてもらえるよう進めていった・・・」

 また、千葉県鴨川市でも「安房地域の高齢者・障がい者対象 制度外サービス」として、介護付外出支援サービス を事業化しようと動き出した介護関係者がいる。

 自治体で介護福祉を担当している人と地元の訪問介護を担ってきた事業者が「"楽しい福祉"で"地域資源循環"」、「生きがい・社会参加支援」、「域内インフォーマル社会資源創出」という3つのキーワードで事業化を検討しているのだ。

 この春から年内は試用期間としての介護旅行を試みるが、来年には本格的に事業化したい考えだ。温暖な気候を活かした花の観光資源が多いほか、市内には鴨川シーワールドや棚田100選でも有名になった大山千枚田などがある。もちろん沖に黒潮の流れる房総は、海の幸にも恵まれているのは言うまでもない。

 また、国内有数の先端医療が集積されている亀田メディカルセンターとの連携で医療観光も考えられるのではないかと模索しているという。お客様中心主義、働く人の信頼と絆、チャレンジ精神など、亀田グループが持つ理念に共感してのことである。

 一方、2016年に発祥400年を迎える焼物のまち有田では、窯元が中心となって伝統と技術を守るために産地再生を掲げた「NPO有田リノベーション会議」を準備している。アートや伝統芸能を超高齢者社会で活性させようとする動きである。

 陶芸はシニア世代の「リタイア後にやりたいこと」の3番目、300万人が陶芸を体験したいと考えていているそうで、中でも「磁器」への願望は強いというから市場となる可能性は大きい。

 京都の三上博司氏は、自身のホームページに、「リハビリの中の作業療法において、陶芸は手指をよく使うことによって病気などで損なわれた脳の神経細胞の機能回復促進の効果と生活意欲の活性化手指や上肢の協調、巧緻動作回復促進効果や障害や集団活動の開発効果など、幼児においては精神や運動の発達の促進に効果があります。それと何よりな 焼上がりの楽しみなど!つくる楽しみ!つかう楽しみを陶芸で!指先をつかって、楽しくリハビリ!土で遊ぶリラクゼ-ションのひとときを!」 と語っている。

・・・「モノを作って売る」時代から「モノ作り体験を売る」時代へとシフトし、二次と三次を組み合わせた「五次産業化」こそが、有田を再生させると信じています。とにかく、外からいつも人々がやってくる街に変えたいのです・・・と、若い作陶家らが集まった地元は、ずっとチャレンジの姿勢でいる。

 中央政府は、相変わらず混迷の様子と今日も伝えられる。

 今の政府がほんとにダメなのかどうかは歴史をみないとわからないが、政治がどんなに混乱しようと国民の暮らしは続いていく。東の空から陽がそそぐように、すべての地域では今日も休むことなく誰もが少しでも幸福になりたいと願ってその土地ごとの今日が過ぎていく。

 そういうニュースにならない普通の暮らしがそれぞれの地域ごとに続いていけば、それだけでいいのではないかと思うようになった。なぜなら、地方では地域を良くしようと汗を流す、行動が始まっているからだ。

2011年2月11日

新しい公共について

 介護保険制度が始まって10年になる。

 この制度が始まる頃に盛んに使われたのが「介護の社会化」という言葉だった。

 「介護」という言葉さえ一般化されていなかった当時、高齢で身体が不自由になった老親を抱えた家族は看病という家事に追われていた。夫や自分の両親の介護から始まって、なかには自分の夫まで体が不自由になったという長い介護経験を持つ人もいて、嫁いでからの半生はずっとヘルパーだった嘆く声を聴いたこともある。

 さすがにここまでの例は極端かも知れないが、やがて100歳人口が5万人、要介護者500万人時代を迎える今、その家族ばかりでなく人口動態によって社会構造が大きく変わり始めているのは間違いない。

 昨年話題になった「消えた百歳問題」は、家族といえども如何にあてにならぬものか、また行政というものがどれほど頼りないものかを改めて露呈した。そんなニュースにはならなくとも、病院で延命治療を受けるお年寄りは年金の高い方が長生きさせてくれと家族が頼むというから笑えない。

 先日、連合のトップから社会事業大学の理事長となった鷲尾さんの講義を聴く機会があった。

 介護保険制度は介護が必要なお年寄りを家族や個人に委ねるだけでなく、社会全体でみようというもの、つまり介護の社会化とは「家族の外部化」であるという説明を受けた。なるほど、自分がやっているトラベルヘルパーという仕事も、初めは本人の手足と思ってやってきたが、だんだん家族代わりの役割を持つようになってきたことに戸惑うことも少なくない。

 新しい社会保障制度ができて、深刻な介護の苦労から救われた人は少なくないが、一方で介護となったために本人の意思にかかわらず、家族と離れて暮さなければならない人も増えたのも事実だ。

 私のような戦争を知らない世代は、戦後個人の自由主義が広がり、経済成長とともに核家族化、一人一台のテレビや電話が持てる便利になっていく時代が当たり前に思えた。しかし、最近では失ってきたものも少なくなかったという声を耳にする。

 地方から都市に出てきて離れ離れになった核家族が、高齢になってさらにバラバラにされてしまう。この核分裂は10年の時を経て介護市場という新たな巨大産業を生んだが、今もどこかで悲しい響きのあるエネルギーに感じる。

 自問してもまだ納得のいく答えは見つからないが、人口が減少に転じ、毎年小さな県がまるごと一つ無くなってしまうほどのスピードで少子高齢化が進む社会を迎えた今、環境、制度、教育といったさまざまなところで新しいインフラを築くための行動が必要になる。

 いまさら、引き返すことのできない道を進んでいるのだから、新しい公共とその負担の議論を日本人の生活習慣や心情、あるいは伝統文化を踏まえた視点で本質的な議論を政治家は語り政策に反映してほしいと思う。

Profile

篠塚恭一(しのづか・きょういち )

-----<経歴>-----

1961年:千葉市生れ。
1991年:(株)SPI設立[代表取締役]観光を中心としたホスピタリティ人材の育成・派遣に携わる。
1995年:超高齢者時代のサービス人材としてトラベルヘルパーの育成をはじめ、介護旅行の「あ・える倶楽部」として全国普及に取り組む。
2006年:内閣府認証NPO法人日本トラベルヘルパー(外出支援専門員)協会設立[理事長]。行動に不自由のある人への外出支援ノウハウを公開し、都市高齢者と地方の健康資源を結ぶ、超高齢社会のサービス事業創造に奮闘の日々。
現在は、温泉・食など地域資源の活用による認知症予防から市民後見人養成支援など福祉人材の多能工化と社会的起業家支援をおこなう。

BookMarks

あ・える倶楽部
http://www.aelclub.com/

-----<著書>-----


介護旅行にでかけませんか──トラベルヘルパーがおしえる旅の夢のかなえかた(講談社)

問診による経営診断のすすめ方(共著)

大人の脳活性訓練ガイド(入門編)監修

トラベルヘルパー養成講座・教本
 
介護旅行でいきましょう(時事通信・連載)
 
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