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2010年10月12日

屋根の無い博物館 ── 福祉のまちづくりを進める山形県最上町の挑戦

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 山形県最上郡最上町、県の北東に位置し宮城との県境に位置する小さな町である。

 福祉のまちづくりを進める町長が「介護旅行」を町民に理解してもらおうという考えから招かれたのだが、事業を企画発案したのは、なんとアメリカから来た青い目の町民だった。

 ここは町全体を「屋根の無い博物館」と見たて、来館(町)者には、「見る」「参加する」「体験する」など、町が企画した交流事業に参加できるように工夫している。この取り組みが町民にとっては、最上の宝とも言える伝統文化や地域資源の再発見、あるいはその保全・復元への理解を深める一方、都市に住む人たちとの交流に繋げていきたいという町の狙いがある。

 町長は最上のような農村が農産物を生産する場としてだけでなく、日本人の心のふるさと「里山」のある田園空間の中で、地域の伝統文化にふれることで住民も旅行者も楽しめるようなまちづくりを目指していると熱く語った。

 最上と言えば、戦国武将で越後の上杉・直江兼継と戦った最上義光を思い浮かべる。その家臣である小国日向守光基が治めたのがこの最上一帯で、屈強な山城跡が今でもたくさん残っている。土建業が盛んだった最上町、戦国時代の城址を見れば当時から土木水準の高さを知ることができる。関ヶ原合戦の頃は、伊達政宗の援助を受けた縁もあり、今でも宮城との交流は深いという。

 故田中角栄氏が最も可愛がった東北の町としても知られ、わずか1万数千人の小さな町に土建業者が70以上もあったというのには驚いた。一人親方の業者も多いからだ説明されたが、小さな町だけでそんな需要があるはずもなく、となりの宮城をはじめ県外の需要に応えてきたという。最上の土木業者は勤勉で腕のいい職人が多い評判で、宮城の建設業者からも厚い信頼をよせられている。

 コシヒカリなど米処としても有名な山形だが、最上には未だにマタギがいる。小さな集落が点在していて、同じ最上町でも気性の荒い人がとても多い村があるというから不思議だ。美味しい米作りに挑戦する農耕民族の末裔がいる傍らで、熊打ちを生業としている狩猟民族の血筋が未だにしっかり残っているのだ。

 最上では今でも腕っぷしの強い男が尊敬され、優秀な男たちほど力仕事を職業に選ぶという。そんな風土が地元土建業の誇りとなり周囲の信頼を、町はこれまでその恩恵を受け栄えてきたという。

 ところが、小泉政権の誕生とともに公共事業は激減し、土木事業がなくなった町は一気に経済が冷え込んだ。3社あった有力な建設業者は1社しか残れず、町では農業の6次産業化や医療と介護、あるいは健康保養施設の設置など福祉のまちづくりを進めることで雇用を賄っている。しかしながら、建設事業に代わるほどの産業がそう簡単に育つはずもなく、景気低迷も続いている今、医療・介護支出を減らす目的もあって、町民総出で健康と福祉のまちづくりを進めている。

 地元の名士と頼りにされる長老は、かつてしのぎを削ってきた町人同士も今は町全体のことを考え、仕事を分け合う時代に変わったという。国の政策から構造不況に陥った状態にあるのも事実だが、これまでのやり方そのものが持続可能ではなかったということも解っている。今はこれからの最上を背負う子供たちのことを考え、過去を捨て何を残すべきか決めていかなければならない時なのだろうか。

 それでも日々の食は、豊かな自然が天の恵みを与えてくれるので、食べるだけなら不自由がないというから里山のふところは深く素晴らしい。

 広大な土地を利用した町の立派な医療・介護の複合施設は町民の評判もよく経営も順調らしく、今どき医師不足や経営難で悩む全国の市町村からは羨望の眼差し、その手本を見ようと視察団がひっきりなしに来ると言う。

 加えて豊富な温泉、地産地消の食、素朴だが温かい人情がここにはある。

 これら全てを活かして要介護者の介護度が1度重くなることを防げれば、町は年間180万円の介護費用負担を軽減させることができると確信する町長の声は力強い。

 私は地元が医療・福祉系の大学と連携した高齢者研究の機関創設を提案した。高齢な人や障がいを持つ人の医療・介護施設があり、その調査研究を専門とする機関を有する地方自治体があれば、それを学びたいというニーズは国内ばかりでなく海外にもあると思う。それを町の新たな資源として売ればそれも社会に喜ばれる。町の施設に一人暮らしのお年寄りが安心して住まう姿を見て、明るい兆しを感じた。

 医療や介護サービスを提供する側からすれば、一つのところに集めて作業をする方が効率的に決まっている。しかし、高齢な人が住み慣れた我が家を離れ施設に入るのは、田舎に行くほど難しいと思う。なぜなら、年よりが別れるのは家や家族だけではない。畑や田んぼ、近所づきあい、それに先祖のお墓や鎮守さまなど、目に見えるもの見えないもの、たった一人の年よりの暮らしを見ても実に多くのものが、周りには存在しているからだ。
そこの折り合いをどうつけて新たな暮らしに移るのかがとても大事だと思う。

 現政権はやや都会的な感覚の政策が強いように思う。総理も東京の人だ。

 しかし、国会議員の多くは地方から選出されている。最上のような農村に暮らしてきた普通の年よりの思いをどうケアするのか、見えにくいこの国の将来像を今の政治には、はっきり示してくれたらもう少し有難いと思う。

Profile

篠塚恭一(しのづか・きょういち )

-----<経歴>-----

1961年:千葉市生れ。
1991年:(株)SPI設立[代表取締役]観光を中心としたホスピタリティ人材の育成・派遣に携わる。
1995年:超高齢者時代のサービス人材としてトラベルヘルパーの育成をはじめ、介護旅行の「あ・える倶楽部」として全国普及に取り組む。
2006年:内閣府認証NPO法人日本トラベルヘルパー(外出支援専門員)協会設立[理事長]。行動に不自由のある人への外出支援ノウハウを公開し、都市高齢者と地方の健康資源を結ぶ、超高齢社会のサービス事業創造に奮闘の日々。
現在は、温泉・食など地域資源の活用による認知症予防から市民後見人養成支援など福祉人材の多能工化と社会的起業家支援をおこなう。

BookMarks

あ・える倶楽部
http://www.aelclub.com/

-----<著書>-----


介護旅行にでかけませんか──トラベルヘルパーがおしえる旅の夢のかなえかた(講談社)

問診による経営診断のすすめ方(共著)

大人の脳活性訓練ガイド(入門編)監修

トラベルヘルパー養成講座・教本
 
介護旅行でいきましょう(時事通信・連載)
 
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