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3・11後、「福島刑務所」はどんな状況だったのか 元受刑者が告白

 7日に発売された月刊『創』で、この4月に福島刑務所を出所した人が「3・11後の福島刑務所」について詳しく語っています。放射能汚染について詳しい情報が伝えられなかったのは日本中同じでしたが、刑務所はもともとそういう説明がきちんとなされるところではないので、受刑者たちは非常に不安だったようです。震災直後、受刑者たちも身内がどうなったか安否を気にしたのですが、刑務所も被災したためか、テレビが見られたのは2日後。その後もほとんどきちんとした説明はなされず、ニュースで原発の爆発を知った受刑者たちは、不安におののいたようです。

 原発事故対応としては、福島刑務所では、昨年5月頃より、関東からの受刑者は関東の各刑務所に移送されていたようです。今年に入って刑務所敷地内で除染も行われたようですが、受刑者たちは放射能についての説明もほとんど受けず、不安を何度も訴えると警備隊員に連行されるという状況だったようです。むしろ中国人など外国人受刑者の方が、領事館からいろいろな文書が届くなど、丁寧な扱いを受けたとのことです。

 その他、福島刑務所のこの1年余の内部状況については、その記事をご覧いただきたいのですが、この福島刑務所の受刑者たちが問題になったのは、7月4日に産経新聞が一面トップで「東電、受刑者も原発賠償」という記事を報じたからでした。福島刑務所受刑者も申請すれば一般の被災者と同じく8万円が東電から支払われており、約1700人の全受刑者が請求すると1億3600万円になるという報道でした。

 これについて、そんなふうに一律支給でよいのか、という危惧の声が上がったのでした。

 ただ、その元受刑者の話によると、受刑者の間で東電からの賠償金については多くの人が知っていたけれど、実際には申請手続きをしようとしても、刑務所側が協力的ではなく、なかなか賠償金を受け取るのは簡単でないようになっていたようです。このへんは建前と現実が乖離しているという刑務所らしい話なのですが、いずれにせよ、3・11以後、福島刑務所はどうなっていたのか、という話題がネットなどで流れていながら、元受刑者が詳細を語った例はなかったようなので、今回の告白はなかなか興味深いといえます。

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Profile

篠田博之(しのだ・ひろゆき)

-----<経歴>-----

1951年茨城県生まれ。
一橋大卒。
1979年より月刊『創』編集者。
81年より編集長。 82年同誌休刊に伴い、創出版を設立して雑誌発行を続ける。
現在は編集長兼経営者。
日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長、東京経済大学大学院講師など兼務。
東京新聞、北海道新聞などにコラム「週刊誌を読む」連載。
メディア批評のほかに、犯罪、死刑問題などについても新聞・テレビでしばしば発言。
著書『生涯編集者』(創出版)、『ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)。共著は多数

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創出版
http://www.tsukuru.co.jp/

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-----<著書>-----


『生涯編集者──月刊「創」奮戦記』
2012年6月、創出版



『ドキュメント死刑囚』
2008年8月、筑摩書房

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