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毎月顔をあわせている永六輔さんについてのNHKの番組

 9月30日にNHK総合で放送された「永六輔・戦いの夏」、見逃した人はNHKホームページのオンデマンドのサイトからまだ見られるので、ぜひ見ていただきたいとお勧めします。私は、永さんとは、いま月刊『創』の矢崎泰久さんとの連載対談「ぢぢ放談」収録のために毎月お会いしているし、その前は朝日ニュースターの「痛快おんな組」で一緒だったので、もう5年くらい顔を合わせていることになります。

 NHKの番組でも話していましたが、永さんは、最近話題の「上を向いて歩こう」を始め、作詞家として知られた時期もあったけど、フォークソングが出てきた時期にその仕事を辞めたと言います。自分で作詞作曲をして自分で歌うフォークシンガーのありかたこそが表現者だと感じたというのです。永さんらしい話です。

 また、今回、自分の思い入れのイベントを紹介する企画だったのでテレビに出演したが、そもそも永さんはテレビ嫌い。戦後のテレビ文化を創った人がテレビ嫌いというのも面白いのですが、テレビに出ることが有名人と同義になった風潮に対する永さんなりの抵抗なのです。このへんのこだわりが、永さんの魅力なのです。そんなふうに自分の生き方にこだわる人って、永さんの世代まではたくさんいたのに、最近ほとんど見かけなくなってしまいました。そのあたりの永さんの生き方をよく表現していたのが、今回のNHKのドキュメンタリー番組でした。永さんを知る世代の人にはぜひ見てほしいと思います。

 この番組でも大きなテーマになっていましたが、実は永さんはこの3年ほど、深刻な病気に苦しんでいました。私が5年ほど前、一緒に仕事をするようになった頃は、例の「立て板に水」というべき永さん独特の喋りが聞けたのですが、その後、みるみるうちに元気がなくなり、一気にふけこみ、話してもろれつが回らなくなったのです。一時は周囲の人たちも、このまま永さんは亡くなってしまうのではないかと心配しました。大好きなラジオの仕事でも、「何を話しているのか聞き取れない」という批判の投書と、「永さん頑張れ」という激励の投書が相半ばし、局側も心配したのでした。

 でも、昨年あたりから、また永さんは元気になり、言葉も聞き取れるようになったし、今年は被災地にも、さらにモンゴルにまで出かけました。その元気が出るようになったあたりに、タクシーに乗っていて追突される事故があったために、「壊れたラジオと一緒で叩いたら直った」と本人も周囲もギャグにしています。ただ、毎月見ていた私に言わせれば、永さんが回復しだしたのは、パーキンソン病という自分の病名がわかったせいだと思います。それまでは、いろいろな症状が出始めたのに、原因がわからないという状況で、それが不安を呼び、精神的にも元気をなくさせることになっていたのだと思います。

 病気が認識できたことで、自分の状況が把握できたというのが大きかったのだと思います。病名がわかって治療に集中するようになってからは、精神的にかなり元気が出てきたように感じました。今は永さんは、病気と向き合い、病気をつきあいながら活動をしています。自分の死生観についても番組で話していました。やはり永さんほどの人が語ると、死生観も重みが違います。考えさせられる番組でした。

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ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

 パーキンソン病は、最初は「うつ」とか「老化」とか間違いやすいようです。外科や精神科などをはしごして、パーキンソン病と判明した友人がいます。
 不調が一向に改善されないときは、彼は「自殺する」とほのめかしていましたが、今は薬を飲み、最悪から脱したようですが、かつては山登りをしたアウトドア派のおもかげなしで部屋に閉じ篭っています。
 家族も社会も、この病気の理解が必要ですね。
 永さんは、良心的な言論人。応援してます。ラジオも聞いてます。

1年以上前、数年ぶりに土曜日のTBSのラジオ番組を聴いたんですが、もう永さんも年をとってしまったんだと、なぜか、時代が動いてしまったことがとても身近に感じられ、寂しくなりました。

あの背筋のしっかりとした話しっぷりの永さんは無く、あの盛沢山な切れのある話は消え、声は弱弱しく、ラジオ局の為すがままに動かされているようで、聴き続けることが出来ませんでした。

その後も気になっていたので、時々はダイアルを合わせていたのですが。

最近体調が良くなられたようで、さすがに以前のような背筋での声ではありませんが、あの一言ありげな声が聴こえてきて、私自身にも猶予が出たように感じられ、力づけられました(王ちゃんのホームランのようなもんです:古い話です)。

でも、とても気になることがあります。

その頃ラジオを聴いていると、もう、永さんは、以前のように人に倍する多様な情報を収集することが出来なくなっているのではと思えたのです。永さんのラジオ番組を独占的に行ってきた放送局が既にまともな報道機関の態を失っているいるのですが、どうも、その放送局に取り込まれてしまっているのでは思えたのです。

最近、番組を聴いていないので永さんのTPP発言の有無については確かめておりませんが。昨今のTPP問題に限らず、あの尺貫法で柔軟に戦った永さんこそ強力な論陣を持つべき現在なのに、何故か声が聞こえてこないのはとても勿体ないことです。

アーカイブ探せませんでした。すみません。

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篠田博之(しのだ・ひろゆき)

-----<経歴>-----

1951年茨城県生まれ。
一橋大卒。
1979年より月刊『創』編集者。
81年より編集長。 82年同誌休刊に伴い、創出版を設立して雑誌発行を続ける。
現在は編集長兼経営者。
日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長、東京経済大学大学院講師など兼務。
東京新聞、北海道新聞などにコラム「週刊誌を読む」連載。
メディア批評のほかに、犯罪、死刑問題などについても新聞・テレビでしばしば発言。
著書『生涯編集者』(創出版)、『ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)。共著は多数

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創出版
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