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《緊急シンポジウム》原発報道を考える ── メディアは真実を伝えているのか »

震災・原発報道とメディアについて上杉隆さんと話しました。

 上杉隆さんがキャスターを務める朝日ニュースターの「ニュースの深層」にゲスト出演し、震災・原発報道とメディアについて話しました。放送は初回が4月12日(火)夜8時からです。http://asahi-newstar.com/web/22_shinsou/?cat=18

 控室で上杉さんが先頃、TBSラジオ「キラキラ」を突然降板させられた話が出たのですが、まあこれについては機会を改めて書くことにして、番組で話した私の震災・原発報道についての感想を、ポイントのみ紹介しておきます。詳しくは来週の番組を見て下さい。

 ちなみに今回の原発報道については、朝日ニュースターは本当に健闘しています。というか、地上波がダメなので、この番組の独自性が光っていると言うべきか。こういう時こそ大切な「言論の多様性」の確保におおいに貢献しています。先般、ビートたけしさんが「原発については地上波とCSと全然違ったことを言っているので、何が正しいのかわからない」と言ってましたが、違った言論がきちんとメディアで伝えられることが大事なんですね。

 で、その番組でも話した、私がこのところの震災・原発報道について思う事柄なのですが、ポイントのみ簡単に紹介します。

(1)今回の震災を「国難」だという指摘が多く、それは間違っていないのですが、そういう状況下で報道機関はどんなスタンスをとるべきかが問われています。政府は国民がパニックになるのを回避するために「安全」「安心」「直ちに危険はない」と強調し、それが原発事故については次々と「事実による反撃」を受けているという、危機管理においてはほとんど破綻状態なのですが、問題は報道機関もそれに引きずられていること。昨日言ったことが今日になると間違っていたという現実を次々と見せられることは、市民の政治不信とともにメディア不信を増幅することになっており、報道機関が国家ないし政府との距離をきちんととれないというのは、致命的なことです。非常時といえど、メディアが我を忘れて政府と一体となって「安全」「安心」だけを広報する機関になってはいけないのです。

(2)原発問題については、20年ほど前、「朝まで生テレビ」でよく賛成・反対両派のディベートをやっており、こういう立場の人がこういう発言をしているのだと、見ている方はリテラシーを働かせて受け取ることができていたのですが、今回の報道ではそれができていません。この10〜20年ほど日本社会から批判勢力、カウンターパートが放逐されることで、いつのまにか「原発反対」の論者は、大手マスコミでは見かけなくなってしまいました。今回の事故報道では、学者が各局登場していますが、それぞれの人がどういう立場から発言しているのか明示されず、ただ「教授」とかいう肩書きだけで解説を行っています。市民にすれば問題は「事実は何なのか」ということなのですが、今の地上波の報道は、解説者のスタンスが明示できていないことも含めて、その市民の欲求に応えられる報道になっていないのです。これはもしかすると、この20年、日本から社会的な批判勢力がパージされていったことのツケが現われているということかもしれません。
 海外だと原発反対運度が盛り上がり、「フクシマ」は国際的キーワードになっているようなのですが、肝心の日本では浜岡原発など一部を除けば、そういうリアクションが目立たない。これ、よく考えると深刻なことかもしれません。つまり日本ではこの20年、大政翼賛化と画一化が進んだということなのですね。

(3)このところの「自粛」ムードの高まりは、昭和天皇死去の時とよく似ているのですが、これもよく考えると怖い現象です。節電に協力するといった合理的な自粛はよいのですが、演劇やらスポーツ大会を中止することが、被災者への配慮になるわけがないのに、自粛の連鎖が急速に拡大しています。8月の花火大会まで中止になっていくようなのですが、復興支援に逆行するようなこういう現象がなぜ起きてしまうのか。突出したことをやって「不謹慎」との非難を浴びると、まさに「非国民」扱いされかねないという、そういう風潮を皆が怖がっているわけです。昭和天皇の過剰自粛の時は、当の天皇家が「過剰自粛を避けよう」というアピールを行うという、ジョークのような展開になりましたが、今回もそれに近い状況です。

 上記3つの事柄について問題なのは、政府の危機管理が破たんしていくのが同時に、政府広報を垂れ流すだけのマスコミの不信、破綻にそのまま連動していっていることです。マスコミはそろそろ独自のスタンス、国家との距離のとり方を考えないと、メディア不信が一気に爆発することになりかねません。これ、すごく深刻な問題なんですが、日々の報道に追われている大手マスコミがどれだけそれを認識しているのか。

 4月7日、月刊「創」5・6月合併号が発売されました。特集は地震以前から進めていた「マンガ市場の変貌」についてですが、それ以外は「震災とメディア」について様々な論者が論及しています。例えばノンフィクション作家の吉岡忍さんとTBS「報道特集」のキャスター金平茂紀さんの対談など、相当読み応えある内容です。作家の柳美里さんが原発事故に対して家族ともども大阪に「疎開」した話など、『創』ならではの記事が満載です。ぜひご購読していただいて、震災・原発報道について一緒に考えて下さい。
お願いします。

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この一覧は、次のエントリーを参照しています: 震災・原発報道とメディアについて上杉隆さんと話しました。:

» 上杉隆さん関連おすすめWEB記事2つ(2011年4月7日付) 送信元 てんしな?日々
おすすめ記事1つ目・・・ 「週刊・上杉隆」第170回 「日本が「海洋汚染テロ国家」になる日――放射能汚染水の海洋投棄に向けられる世界の厳しい視線」 相変わ... [詳しくはこちら]

コメント (13)

■コメント投稿について編集部からのお願い

《THE JOURNAL》では、今後もこのコミュニティーを維持・発展させていくため、コメント投稿にルールを設けています。はじめて投稿される方は、投稿の前に下記のリンクの内容を必ずご確認ください。

http://www.the-journal.jp/contents/info/2009/07/post_31.html

ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

http://www.dailymotion.com/video/xi038q_yyyyyyyy_music

【ずっとウソだった】
この国を歩けば、原発が54基
教科書もCMも言ってたよ、安全です。
俺たちを騙して、言い訳は「想定外」
懐かしいあの空、くすぐったい黒い雨。
ずっとウソだったんだぜ
やっぱ、ばれてしまったな
ホント、ウソだったんだぜ
原子力は安全です。
ずっとウソだったんだぜ
ほうれん草食いてえな
ホント、ウソだったんだぜ
気づいてたろ、この事態。
風に舞う放射能はもう止められない
何人が被曝すれば気がついてくれるの?
この国の政府。
この街を離れて、うまい水見つけたかい?
教えてよ!
やっぱいいや…
もうどこも逃げ場はない。
ずっとクソだったんだぜ
東電も、北電も、中電も、九電も
もう夢ばかり見てないけど、
ずっと、クソだったんだぜ
それでも続ける気だ
ホント、クソだったんだぜ
何かがしたいこの気持ち
ずっと、ウソだったんだぜ
ホント、クソだったんだぜ


これを聴いて久々に感動しました。歌の力というのはこういうものだと実感しました。
大手メディアのジャーナリストを名乗っている連中に彼の爪の垢を飲ませてやりたいですね。

「大本営ニッポンの現在」

(半藤一利『昭和史』04年平凡社)より
「内閣情報局の指令のもと、ポツダム宣言について(昭和二十年七月)二十八日の朝刊で発表します。ただし、国民の戦意を低下させるような条項は削除し、政府の公式見解も発表せず、できるだけ小さく調子を下げて取り扱うようにしました。すると新聞社ではこれを独自に解釈し、逆に戦意昂揚をはかる強気の言葉を並べて報じたのです。読売報知は、「笑止、対日降伏条件」と題して「戦争完遂に邁進、帝国政府問題とせず」とうたいました。朝日新聞は「政府は黙殺」と見出しをかかげ、毎日新聞は「笑止!米英蒋共同宣言、自惚れを撃砕せん、聖戦を飽くまで完遂」という具合です。」

http://www.youtube.com/watch?v=O0CRuajD6C8&feature=related

戦中そのままの血統をつぐメディアの現実と、戦中そのままの血統をつぐ統治機構の現実が、詳細にレポートされています。
悲しくもおぞましい現実の一端を、僭越ながら、「The Journal」の皆さまには(まだでしたら)ぜひご覧いただきたく存じます。
現在進行中の事態は、日本の歴史そして世界の歴史に、「ヤマト民族の恥辱」として深く刻まれるにちがいありません。

あまりにもヒドイ話なのですが、しかしこのまま終了となるはずはありません。国民をいけにえに延命を図りつづける大スポンサーと、結託した大メディアのお一人お一人は、遠くない将来、厳しく断罪される覚悟はできているのでしょうか。

こうした事態の推移とそれを担ったプレーヤーたちは、あまりにも罪深いといえますが、長きにわたり断罪と報復の嵐が吹き荒れるすさみきった国家の姿が目に浮かびます。

おはようございます(いま4月8日5:25頃です)

僕がその立場だったらどうしているだろうと考えるようにしています。
そういう意味でいうと、政府はどうすればいいのでしょうか?
周りには原発村といわれる専門家たちが多いし、菅首相のブレーンという原発専門家もいるはず。
その意見調整だけでも大変だと想像します。
そのとき、どちらの意見を集約して官房長官会見をしなければならない。そして、官房長官が様々な懸念を言いながらも、なるべく穏当な発表になっていると推察しています。
そうではなく、極めて悲観的な見解を述べればいいのか?
悲観論と楽観論の両方を述べて選択してもらうのがいいのか?
いや、それは無責任だというのか?
本来は「ペシミスティックに計画し、オプティミスティックに行動する」というのが危機管理の基本だというが、この理論がいまの被災者の人たちに当てはまることなのか?
世界でも始めての経験なのだから、むずかしい選択だと思います。

でも、少なくても、その解釈は別にして採取された放射線量の数値にウソがあってはならない。
それは世界に対しての義務でもあるのだから。

新聞、テレビ(当然民放だけで無くNHKも含む)は毎日、毎日、政治謀略に加担、検察記者クラブでの検察捏造リーク情報の垂れ流し、いやというほどの国民洗脳のため、政治家小沢氏のバッシングシャワーを浴びせ、仕上げには世論調査ときたものだ。

それに引き替え、マスメディアの今の状態はどうだろう。福島第一原発人災は、もはや未必の故意の犯罪そのものであり、社会への影響力は近年、最大であろう。このような重大事件に、お得意の世論調査はどうなっているのだろう。新聞、テレビの広告収入源を絶たれてはと、世論調査など出来るわけがないではないかと聞こえてくる。だったら廃業してくれ。これじゃマスメディアの社会の存在意義はない。マスメディアの役割はすでに息絶えているので期待しても無理というものであろうか。

検察も区切りの段階で、東京電力会長、社長、取締役等の経営陣(天下り官僚と経産省との癒着にメスも不可欠)、経産省資源エネ庁長官、経産省原子力安全・保安院院長、ならびに原子力安全委員会委員長、原子力委員会委員長等々の関係者の任意同行、その結果の逮捕等、しかるべき検察行政、司法の対応が視野に入ってこなければ国民の怒りは到底治まることはない。

これまで、多くの善良な識者、国民から原発の炉心冷却機能喪失の重大事態発生時の対策の指摘が何度もされてきたにも関わらず、全て無視、放置してきた。その証拠資料に不足はない。

「大本営ニッポンの現在」

(半藤一利『昭和史』04年平凡社)より
「内閣情報局の指令のもと、ポツダム宣言について(昭和二十年七月)二十八日の朝刊で発表します。ただし、国民の戦意を低下させるような条項は削除し、政府の公式見解も発表せず、できるだけ小さく調子を下げて取り扱うようにしました。すると新聞社ではこれを独自に解釈し、逆に戦意昂揚をはかる強気の言葉を並べて報じたのです。読売報知は、「笑止、対日降伏条件」と題して「戦争完遂に邁進、帝国政府問題とせず」とうたいました。朝日新聞は「政府は黙殺」と見出しをかかげ、毎日新聞は「笑止!米英蒋共同宣言、自惚れを撃砕せん、聖戦を飽くまで完遂」という具合です。」

http://www.youtube.com/watch?v=O0CRuajD6C8&feature=related

戦中そのままの血統をつぐメディアの現実と、戦中そのままの血統をつぐ統治機構の現実が、詳細にレポートされています。悲しくもおぞましい現実の一端を、僭越ながら、「The Journal」の皆さまは(まだでしたら)ぜひご覧いただきたく思います。

現在進行中の事態は、日本の歴史そして世界の歴史に、「ヤマト民族の恥辱」として深く刻まれるにちがいありません。

あまりにもヒドイ話なのですが、しかしこのまま終了となるはずはありません。国民をいけにえに延命を図りつづける大スポンサーと、結託した大メディアのお一人お一人は、近い将来、厳しく断罪される覚悟はできているのでしょうか。

今回の事態を担ったプレーヤーたちは、あまりにも罪深いといえますが、報復の嵐が吹き荒れるすさみきった国家の姿が目に浮かびます。とても憂慮されます。

上杉隆氏の民主党の勉強会でのコメントと自らのこの世界からの離脱宣言には

ここまで腐れ切っている日本のジャーナリズムと記者クラブと称するまさにガラパゴス化したその傲慢さとジャーナリストとしての本分を忘れて、今の日本の惨状のさなかにあっても覚醒しようとしないその組織は救いがたいものであることを感じざるを得ないのである。

 全く残念である。

アホ菅を筆頭に幼稚化した面々の政府執行部、枝野、仙石、岡田、

白痴化した記者クラブを含む日本のマスゴミと仕事をしない中央官僚ども。

世界のジャーナリズムの精神を持って閉塞感の悶々と漂っていたこの日本に、果敢にその精神を持って情報のオープン化に挑戦していた上杉氏の姿には賛美に値するものがあったはずであり、

日本の心あるジャーナリストはこの挑戦の火を消してはならないし、政府に対して官僚に対してもその手を緩めることなくこれからも続けていくべきである。

 ザ・ジャーナルのコメンテーターの中には元記者クラブに属していた人間がいるが、己の意に反したコメントを認めないチンケナ人間もいるようだが
記者クラブ、マスメデアのOBとなるをやはりその正体が現れてくるものであろう。(余談であるが。)

もはや政府報道とそれをそのままに流すマスメデアには国民は

騙されないし、信用もしなくなってきており、

篠田氏のコメントの通り、多様な違った言論が、それももっと自由に国民に伝わるよう

さらなる一段のご奮闘をお願いするものである。


ウソがあってはならない ですか

平気でウソ ごまかしをしてきたのが政府 電力会社 原燃です、彼らはウソをつくというのが当然と考え、その上で我々庶民は自分で考え行動しなければなりません。

《発想を180度、転換して・・・・》

東電・原子力保安院の情報の出し方、これを疑って見る必要があるのではないですか?
東電は前政権の自民党に多額の献金してきたし、原子力保安院の現職員も大多数が自民党政権時代の人事に寄る陣容だと思います。
又、原子力安全委員会も同じような事だと推測されます。
こういう事を鑑みて、東電・原子力保安院が出す情報、まず、自民党に相談して上で、現政権の幹部に上げているのではないでしょうか?
自民党から「これは出して宜しい情報、これは絶対隠さなければいけない情報」と、東電・原子力保安院に指示を出しているのではないでしょうか?
そう考えないと、この4週間の東電・原子力保安院の情報の出し方が理解できないと思います。
又、自民党・みんなの党・公明党から、東電・原子力保安院に「絶対に、英語での記者会見をするな」と指示が出ていたりして・・・・・。
そう考えた方が理に叶っていると思います。

ようやくここにきて、4月9日の東京新聞で反原発の学者、小出先生の福島原発での最悪状況を危惧した記事が大きく出ています。
これぞ東京新聞は本来のジャーナリストである証拠の記事です。朝日、読売や大手TV局のマスコミが発表したくても発表できない政府御用のマスメディアになり下がった日本の悲劇がここにあります。
もしも小出先生が危惧しておられる福島原発が水蒸気爆発でも起こしたら、政府はどう対応するのでしょうか?それでも安全だ、当面は健康に影響はないと強弁をするのでしょうか?
日本国民はおとなしすぎる。官僚、マスコミ、政府の一体グルに真実の実態説明を強く求めるべきだ。

<篠田様>
こんにちは。朝日ニュースター観たさにケーブルテレビに加入しています。
朝日ニュースターも昔と異なり、物足りなさを感じています。
さて、日本において、大本営発表は政権が変わろうと一ミリも変わらない。
間違いを認めない。責任を明確にしない。役人支配は変わりなく存在しているからです。
撤退を転進と呼び、多数の若者を玉砕させた役人です。
今はメルトダウンを燃料棒の損傷と呼び被曝させる役人です。
アメリカはスリーマイル原発事故の際、女性と子供は政府の責任において強制避難させた。
日本はできるだけ退避して頂くのが望ましいと政府は責任を回避している。
つまりこの国は、何も変わっちゃいない。無責任国家。国民の命などに1グラムの価値も見出だしてはいない。さすが金日成が日本をモデルに国家統治システムを作っただけの事はある。日本と北朝鮮は類似国家だ。支配者に都合良く運営されている。
原発はエネルギー資源を持たない日本の苦し紛れだった。アメリカメジャーの支配を受けずに北海油田を開発しようとした田中角栄がアメリカの陰謀により特捜に捕まったからだ。好むと好まざるとに関わらず、原発しか産業発展は有り得なかった。脱原発は簡単ではない。
構想力がある政治家は、必ずアメリカと役人に潰される。今太閤ですら潰されたのだから…。
役人はあくまでも天皇の役人であって、国民への奉仕者ではない。天皇の任官制度は今もって健在だ。アメリカの日本統治は、上記日本の特性を利用している。
日本人は北方領土を手放してもロシアの天然ガスを入手する覚悟はあるのか?地球温暖化なんて、知ったこっちゃない。日本の最新技術なら火力発電から排出されるCO2は殆ど除去できる。熱は温水の地域への供給で、エコにできる。
地熱や海洋資源による新エネルギー開発には時間がかかる。ロシアからの天然ガスにでも頼る他はない。
何かを得るには何かを捨てなければならない。
問題は、大胆な政策を打ち出した政治家を国民は、アメリカや特捜から守れるか?その覚悟が問われるのだろう。
お上意識を捨て、独立した民として自らが考え、行動し、中央官庁に頼らない暮らしができるのか?その覚悟が問われるのだろう。
日本を立て直すのはハンパない覚悟が求められる。国民一人ひとりが胸に手を当てて、考えなければならない。
日本を難破船にしてはならない。
<マリアンヌ様>
本当にお久しぶりです。戻ってきてくれてウレシイ!

em5467-2こと恵美様へ

実はここにも来たかったのですけれど、皇太子ご一家バッシングが余りにも酷いので、偶然見つけた鍵付き地下サイトで活躍していました。
前回の篠田様のブログ記事で詳報は書き込んでいますら、宜しかったらどうぞ。
皇室の闇は、想像以上でした。永田町騒ぎどころではありません。
代替わりしたら、白日の下に曝されるでしょうね。

さて、高野尖報で申し上げたように、この原発を巡る情報操作、日本人のサイエンスリテラシーの無さを、東電・原子力保安院が上手く騙してきたことに寄るものだと思います。
しかも、60年近くの間、そうやってきたのです。
科学がお茶の間に入り込まないよう、用心に用心を重ねて、マスコミを上手く取り入れてきた結果が今に至るのだと思います。

全ては、前政権のやってきた「国民を密かに科学離れさせる政策」のなせる業だったのだと思います。

白川先生がノーベル化学賞受賞して以来、NHKは受賞者に対して経緯を示す為のノーベル賞授賞式のTVでの生中継をしなくなりましたし、これも、日本国民を科学に興味を持たせないよう、とする一つの工夫でしょう。

日本国民一人一人、特に大人が、科学ニュースに興味を持つ事からが、日本の再出発だと私は考えています。

東電ひとりスケープゴートに「大連立で救国内閣」???
原発戦犯の鉄面皮ぶりと風見鶏マスコミのヨイショぶりには呆れ果てる。
夏場は自動車業界が輪番制による節電検討とか。
翼賛報道の談合マスコミこそ輪番制に最適。
どこの紙面も、どのチャンネルも使いまわしかと思えるほどの同工異曲。
1紙1チャンネルで十分だ。

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Profile

篠田博之(しのだ・ひろゆき)

-----<経歴>-----

1951年茨城県生まれ。
一橋大卒。
1979年より月刊『創』編集者。
81年より編集長。 82年同誌休刊に伴い、創出版を設立して雑誌発行を続ける。
現在は編集長兼経営者。
日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長、東京経済大学大学院講師など兼務。
東京新聞、北海道新聞などにコラム「週刊誌を読む」連載。
メディア批評のほかに、犯罪、死刑問題などについても新聞・テレビでしばしば発言。
著書『生涯編集者』(創出版)、『ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)。共著は多数

BookMarks

創出版
http://www.tsukuru.co.jp/

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-----<著書>-----


『生涯編集者──月刊「創」奮戦記』
2012年6月、創出版



『ドキュメント死刑囚』
2008年8月、筑摩書房

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