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29日夜のTBS系番組での鳩山邦夫元法相の宮崎勤死刑執行についての放言

 今朝の朝刊で一部新聞もフォローしているが、12月29日夜のTBS系たけしの番組での鳩山邦夫元法相の死刑をめぐる発言には驚いた。番組自体は死刑制度の賛成反対両派3人ずつのディベートで、「テレビ討論では声のでかい者が勝つ」という定説通り、存置論の方が優勢に見えたのだが、それはともかく、驚いたのはVTR出演した鳩山元法相の放言だ。「本当なら30人~40人は執行したかった」などと言いたい放題だった。そのなかで「新事実」として明かしたのが、「宮崎勤死刑囚の執行は、凶悪事件なので自分の方から指示して検討させた」という発言だった。

 2008年6月の宮崎死刑囚への執行は、私も驚いた。死刑確定から2年余という速さでの執行だったからだ。当時100人前後いた死刑囚のうちで、なぜ順番が繰り上がって彼の執行がなされたのか謎だった。再審請求の準備が動き出していたから、その機先を制して急きょ執行したのではないかとも言われたのだが、何のことはない。当時の法相の思いつきで決まったというわけだ。特に凶悪だからというが、鳩山元法相が他の死刑事件も含めて資料を精査してそう判断したわけでなく、ただ報道で知っていたからという程度のことのようだ。この宮崎死刑囚の執行によって、早期化に向けての大きなアピールがなされたのだが、いわば法相のパフォーマンスだったわけだ。

 私は宮崎死刑囚と12年間つきあって、どちらかが死ぬまでつきあおうと決めてもいたので、その最期があんなに早く訪れたことに当時ショックを受けた(それについては当時出版したちくま新書『ドキュメント死刑囚』に書いた)。まだほとんど事件そのものが解明されておらず、宮崎死刑囚の心情を少しずつ聞きだしていた私には、「今執行することに何の意味があるのか」と当時憤りを覚えたのだが、その理由がこんなに軽いものだったとは。この鳩山という人には、他人に死を強いることに伴うべき苦渋も苦悩も感じられない。

 死刑に向き合おうとしていないように見えた宮崎死刑囚だが、確定後はさすがに幾分か身近に死を意識するようになったようで、私への手紙にも死刑について言及することが多くなった。そして自ら、多くの弁護士に再審請求を頼めないかと手紙を出していた。さらに、私は、執行後、宮崎死刑囚が遺書のようなものを残していたことを知ってさらに驚いた。面会していても全く表情を変えず、死の恐怖など感じないかのような印象の強い宮崎死刑囚だったが、死刑については本などを読んでいたから、執行の状況も、そして自分の順番がどのくらいかもある程度知っていたと思う。だから逆に、思いがけない早期執行に、宣告された瞬間、驚愕したはずだ。

 執行翌日に宮崎死刑囚の母親から電話をもらい、「長い間お世話になりました」と言われた。その時母親と交わした会話を、先日も『週刊新潮』記者から電話があって少し話したら、何やら違うニュアンスで記事にされたのだが(匿名の知人になっていたが)、宮崎死刑囚の関係者にとっては、この事件及び本人の存在はいまだに重たい影を残したままだ。鳩山元法相の軽い発言を聞いていて思うのは、法相という死刑執行を決定する立場にある者は、執行に立ち会うなり、死刑囚と向き合うなりしてもう少しその重さを感じてもらいたいということだ。そのうえで、「だが法にのっとって自分は執行命令を出す」というなら理解もできるが、昨夜の元法相の発言には改めて落胆した。

 それと話は違うが、TBSの番組がVTRの中で宮崎勤死刑囚が著書『夢のなか』に載せた自筆のネズミ人間のイラストを出典も明記せず、無断で使用していたのにも驚いた。私が担当編集者として著作権についても管理を任されていたから、たぶん了解を求められれば、「出典を明記すればいいですよ」と言ったと思うが、連絡もしてこなかった。ちょっとひどすぎると思う。

 ちなみに宮崎死刑囚はそのあたりについては細かい人物で、例えば佐木隆三さんも朝日新聞社から宮崎事件の傍聴記を出す時、イラストを転載させてほしいと言ってきたのだが、宮崎本人に確認したら「断る」と言ってきた。佐木さんが、宮崎死刑囚については詐病説をとっていたから、本人は反発していたのだろう。宮崎勤という人物は、何も考えない人間だと世間から思われているが、実はそうでもない。彼について論者が論評した記事なども、きちんと読んでいたのである。

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篠田 様

このようなご投稿に対し、どのように考えたらよいか、大変な難題です。

篠田様のように、どんな人間でも、犯罪を犯すのには、何か原因があるだろうということで,死刑因に接触し、その人の生い立ちなど分かる範囲のことは把握しようとするご努力は、素晴らしい事だと思います。

一方法律を護り犯罪的行為には冷徹な判断を降さなければならない法務大臣の立場は、自ずから180度違う。

篠田様は其のことは十分分かっていながら、やさしさというか、デリカシーが欠けていることを指摘されておられるのだと思います。

鳩山邦雄氏の肩を持つわけではありませんが、情愛的には深い方と見ています。またあらゆることの総合判断が欠ける方とも思いません。ただ、言葉の選択とか、配慮といった繊細な神経にかけているがゆえに,突飛もない表現になり、人の心を傷つけるのではないかと見ています。

篠田様のご指摘どおり、言葉に気をつければ、総理大臣の声が出てきて当たり前なのに、残念な気がします。

たけしの番組を関心を持って見ました。率直な感想を述べさせてください。

死刑廃止論側の人たちの冷静な語り口に違和感を覚えました。特に弁護士の方の話されていることの意味が全く理解できませんでした。

一方、死刑存続論の方々のほうはかなり感情的になっていましたが、それはむしろ当然のことでしょう。なぜなら、公正な裁判がなされていない現実があるからです。

「目には目、歯には歯」の聖書の言葉は報復のことではなく、公正さを表現しているのです。

人間って生まれながらに公正さを求めています。経済的な格差が不公正さゆえに大きくなっているとき、そこには憤りがあります。全く罪のない人が、突然殺されたならどう対応すべきでしょうか?命には命が釣り合っているので、当然死刑でしょう。これは至極当たり前のことです。

勿論、意図せずして、誤って殺してしまったとか、殺された側にその原因がある場合などに対しては、死刑ではない方法で扱うのが公正なことでしょう。

現実には、一人しか殺していないから無期というような不公正な裁きが慣例となっているようです。性的欲求を満たすため、近所の一人の女性を自分の部屋に連れ込み、言うことを聞かないから殺し、バラバラにしてトイレから流してしまったというような男を、更生の可能性があるから無期懲役に処する・・冗談じゃない、ふざけるな!と言いたい。加害者の人権を言う前に、こんな形で殺された女性の人権を考えろ!と言いたい。

幼児殺人の宮崎、この人に対して鳩山邦夫元法相が語った言葉は多くの人の気持ち、少なくとも私が抱いていた気持ちを代弁していました。大変勇気ある発言です。死刑判決後2年・・むしろ長過ぎます!

鳩山邦夫氏の言葉の用い方ですが、非難されるようなものではありません。非難されるべき状況が放置されているので、いわば、紙やすりなどで撫でまわす程度では歪んだ形状を修復できないので、まずナタをふるっただけなのです。


ただ、ひとつ、大切な点を亀井さんが指摘されていたことが気になりました。現実には冤罪が生じ得るのだ、やっていなくてもやったと言ってしまうことがあるのが、だから死刑制度はなくすべきだ、・・という点です。

人間が裁くので確かに絶対ないとはいえないでしょう。しかし、それは別問題だと思います。それは、推定無罪の原則を無視した、警察や検察、そして裁判官たちの、真の公正さを追求する心の欠如が最大の問題でしょう。

政治家は死刑廃止論を語る前に、まず司法の腐敗撲滅に熱心に取り組むべきでしょう。現実には、政敵を排除するために腐敗した司法を利用している輩が多すぎます。

勝手なことを述べさせていただきましたが、率直な印象です。失礼な表現がありましたらお詫びいたします。

私はこの番組を見てはいないのですが、と言うか爆笑問題さんや北野たけしさんたちの番組はどうも見る気がしませんので(笑)。
しかし、鳩山邦夫氏という方は本当に「口が軽い」または、その言葉に重みが感じられない、そして「軽率」という言葉がぴったり当てはまる人物だと思っています。「アルカイダ発言」にしても「坂本龍馬発言」しかりです。思慮が浅く、結果的に気が付けば誰もついて来ない事になっているのではないでしょうか。
ですので、
「投稿者: yamadataro | 2010年12月30日 19:26」さんが仰るように「言葉に気をつければ、総理大臣の声が出てきて当たり前」とはとても思えません。また、だからこそこの様なテレビ番組に呼ばれるのではないでしょうか。

それから死刑について少し、近年「死にたかった」とか「死刑になりたかった」という理由で、無差別殺人を犯す事件が起こっています。
まあ、その思いの中身は「死にたい」と言うより「社会」に対する増悪なのかもしれませんが。
これは単純に見ると、犯罪の抑止効果としての死刑制度が犯罪を産んでいると見えるのですが。
そして、「死刑にしてくれ」と言っている者をその通り死刑にする。何か割り切れません。
体の良い安楽死にしかなっていない様に思えて仕方がありません。
いったい「死刑」とは何なのでしょうか。
また、違う視点では「冤罪」という問題も有ります。今の日本の警察や検察のあり方では冤罪が有っても不思議では有りません。と言うよりも確実に冤罪が発生します。
そして、無実の人が「死刑」になる。この様な恐ろしいことが、言わば「確実」に日本では起こり得るのです。
少なくとも死刑制度のある日本では、取り調べの完全可視化は必須の条件だと言えると思います。

投稿者: 金子敏彦 | 2010年12月31日 09:39様の意見はすばらしいと思います。

以前、死刑廃止の先頭に立っていた弁護士さんが自分の奥様が殺されてから、考えが変わったと聞いた事があります。

しばしば死刑廃止問題でもすぐ外国と比較される方がいますが、ここは日本であると言う事を頭に入れて意見を述べて欲しいと思います。

また、一つの例を全体に置き換えて論ずるのも無理があると思います。犯人の人権を言う前に、殺された方やその家族の人権を先に考えてやらなければいけないのではないでしょうか?

「人を殺してはいけない」という人間社会での共通認識があるのに、なぜ国家による人殺しは容認できるのか。その矛盾の元を考えると、ハズレ者に対するムラのリンチ、という構図が思い浮かぶ。犯罪者を擁護するつもりはないが、容認側の程度は低いとしか思えない。

2回目の投稿になり申し訳ありません。
金子敏彦様のご意見
「加害者の人権を言う前に、こんな形で殺された女性の人権を考えろ!と言いたい。」
また、梅光様のご意見
「犯人の人権を言う前に、殺された方やその家族の人権を先に考えてやらなければいけないのではないでしょうか?」
ここだけを捉えて言うのも何ですが、法律や被告人の弁護士が強調しているのは、「加害者の人権」「犯人の人権」ではなく、「被告人の人権」だと思うのですが。
日本では逮捕され、裁判にかけられるだけでもうその時点で「加害者」「犯人」と決めつけられた様に報道されます。
また、現行犯逮捕と言われてもさらに本人が自白しても基本は推定無罪ですし、たとえ犯人だったとしても、その犯行の動機や犯行の具体的事実、それらが警察や検察の発表や「リーク」による報道の通りとは限りません。有罪・無罪、死刑・それ以外の刑、これらは裁判の中でこそ争われることです。
だからこそ「被告人の人権」を守らなければならないのです。

これは被害者、その家族の人権をないがしろにしているわけでは決してありません。
被害者、家族等の人権について、また、その被害者や家族を二次被害や被害を受けた事による精神的肉体的救済をどの様に進めていくかは、非常に大切なことであり、具体的な法律も必要であり、それらを守るシステムも必要だと思います。しかしそれらは遅々として進められてはいません、そこが問題だと思います。


しかし、それらは「被告人の人権」とは別の次元の問題です。
被告人を「加害者」「犯人」と決めつけ、報道されている犯行内容や動機を事実としてしまえばそこには「犯人の人権を言う前に被害者の人権」という思いが想起されそうですが、その報道は本当に真実なんでしょうか。
そういった報道による思いこみの世論が冤罪を創ってしまうのではないでしょうか。

人の命が係っている問題はじっくりと冷静に、慎重に議論すべきではないでしょうか。

ところで「死刑制度」の問題については、私は「死刑廃止論者」ではありませんが、刑法上「死刑」の次が「無期懲役」と言うことに疑問が有ります。やはりその間に「終身刑」が有るべきだと思います。

最近の死刑判決を見て感じることは、社会的感情の手当てとして死刑判決がなされているのではないかという疑問です。もし多くの国民が厳罰化が進んだのではないかと感じるとすれば、公正な裁判受ける権利の問題でもあるかもしれません。応報感情とは言っても、被害者家族が加害者の死刑執行の停止を申し立てた例でも、死刑が執行されています。判決においては「被害者家族の心情を鑑みれば」と言うものの、結審以降は葛藤する被害者の心情は無視されるのが現状です。
殺人罪には国家の暴力装置による死刑が相当とする意見には賛成できないところもあります。被害者の感情的回復というより、ポピュリズムに乗る形での死刑判決が現に見て取れように感じるからでもありますが、被害者の感情的回復をいかにして確保するかは個々の被害者によって異なと考えるからです。
仮に貴方の家族が殺されたらどうするか? と聞かれるでしょう。
もちろん私とて正気ではいれないだろうし、死刑どころか自らの手で犯人を殺してやりたいとも思うでしょう。
しかし、それでも死刑問題は感情的な次元とは別の次元で議論する必要があると思います。
現在、冤罪を生んできた司法の問題や捜査機関の構造的な問題が明らかとなった以上、まずはいったん確定死刑囚の執行を止め、すべての裁判について再検証すべきではないでしょうか。
裁判官といえ人間です、必謬性から逃れることはできません。一人たりとも無実の者が処刑される事があってはならないことだけは確かですから。

私のつたない文章も読んでくださりありがとうございます。

少し言葉が足りなかったかもしれません。

私は決して篠田様のような立派な活動を過小評価していません。私も宮崎勤の両親に同情しておりました。そういう方に接してこられた篠田様のご努力には敬意を表します。

また、私の用いた言葉の「加害者」とは、被告人の有罪が立証された後の被告人を指しています。

命はあまりにも尊いものです。だからこそ、裁きには感情などではなく、真の公正さが求められるのだと確信しています。

原則として、命には命なのです。

私の宗教信条から申し上げさせていただけるならば、真の公正な裁きは、所詮、いい加減な人間の裁量の余地のある国家の司法組織によるものではなく、命を創造された方である神の裁きによるものです。

でも、このことを述べただけで多くの異論、反論に出くわすことになり、宗教戦争に発展しかねません(笑)。

失礼いたしました。

では、終身刑を導入したとして、一生の食費、医療費生活費を国民が見るのでしょうか?

最近の判決において
「これは死刑でも仕方ないじゃないか・・・」
そう思うものばかりです。
生きたまま、バラバラにする。
ワイスキーを胃に流し込んで殺す看護師。

これらの犯人をこれから先何年どうやって生かしておくのでしょうか?
ほかの国は関係ない。それこそ、日本のほうの在り方をけんとうするべきです。
これは、宗教にもかかわってきます。

鳩山邦夫という人が愚かな人物なのは承知していましたが、それでもこの発言はさらに呆れてしまいました。法務大臣の判断で死刑執行が行われること自体は法治の範疇なのでしょうが、個人的感情をあからさまにしての判断であれば、それは人治になってしまうわけです。彼には法務大臣の資格はないし、立法府の代表者たる資格もないと断言できます。さらも鳩山氏のような人を平然と法務大臣にしてしまう政治家たちのいい加減さも当然責められるべきです。
死刑を存続か廃止かという問題は私個人では判断はできないところですが、世論調査で決まるというなら、沖縄のアメリカ軍は直ちに出ていかなくてはならないはずです。宗教論を持ち出すならそれで論理的な議論になるのか、結局はお互いの主観をぶつけるだけの不毛な議論になることは目に見えています。死刑廃止に傾く国際世論を見れば、とりあえず執行中止にするのが現実的判断だと思うのです。死刑を存続しているのは人口の多い大国や発展途上国がほとんどで、日本のような国際協調なしではやっていけない国が同じ態度を取るのは違和感を覚えます。人権という観点からは、最終的に日本は欧州諸国と一致していくしか生きる道はないのではないでしょうか。

いろいろな方のコメントありがとうございます。参考になります。最初に書いた文章でのTBSの著作権侵害の件ですが、番組は毎日放送制作だったようでプロデューサーから謝罪がありました。製作現場がばたばたしていて手続きを失念したという単純なミスなので私ももちろん了解しました。大学時代に篠田さんの講演を聞いたことがあり、今回会えてよかったと言っており、何となく意気投合しました。報告意しておきます。篠田

鳩山邦夫法務大臣は自分の職責をしっかりと果たされたと思います。幼い子供を何人も殺害した凶悪犯なんだから、いつ何時死刑が執行されたとしても、それは受け入れなければならない。死刑によって罪を償うのは当たり前。鳩山邦夫さんが何の良心の呵責もなしに死刑執行の書面に判を押したと思いますか?きっと鳩山さん自身も苦渋の選択だったと思う。それでもなお、死刑執行したのは宮崎がとんでもない残虐性を持った人間で罪を償わせる方法が死刑しかなかったからです。ほんとでしたら、死刑が確定した段階で直ちに執行されるべきなんです。だいたい拘置所にいて、冤罪でないことが明白な以上、突然の死刑は社会的に容認されてしかるべきことです。本当でしたら、遺族によって直ちに敵討ちされても仕方のないことなんです。

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Profile

篠田博之(しのだ・ひろゆき)

-----<経歴>-----

1951年茨城県生まれ。
一橋大卒。
1979年より月刊『創』編集者。
81年より編集長。 82年同誌休刊に伴い、創出版を設立して雑誌発行を続ける。
現在は編集長兼経営者。
日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長、東京経済大学大学院講師など兼務。
東京新聞、北海道新聞などにコラム「週刊誌を読む」連載。
メディア批評のほかに、犯罪、死刑問題などについても新聞・テレビでしばしば発言。
著書『生涯編集者』(創出版)、『ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)。共著は多数

BookMarks

創出版
http://www.tsukuru.co.jp/

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-----<著書>-----


『生涯編集者──月刊「創」奮戦記』
2012年6月、創出版



『ドキュメント死刑囚』
2008年8月、筑摩書房

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