« 2010年7月 | メイン | 2010年9月 »

2010年8月10日

秋葉原無差別殺傷・加藤智大被告の公判で語られた「動機」

 『創』の校了が明けた翌日から連続して秋葉原無差別殺傷事件・加藤智大被告の公判の傍聴に行った。6月頃には一時抽選なしで入れるくらいだったのだが、さすがに7月末から8月にかけての被告人質問は、傍聴希望者の倍率は3倍近くに跳ね上がった。朝10時開廷で夕方までみっちり審理するので、傍聴だけでも相当疲れた。被告人質問は計5回の公判にわたったのだが、私は後半の3回を傍聴した。

 なかなか興味深いやりとりだった。審理の内容についてはネットニュースの報道、例えば産経の法廷ライブ(http://sankei.jp.msn.com/court/12696/crt12696-t.htm)が詳しいので、そちらをご覧いただきたいのだが、被告人質問全体を通して問題になったのは、犯行動機をめぐって加藤被告と検察側が対立したことだった。

 加藤被告は逮捕後の供述では「復讐」という言葉を使い、公判では「アピール」と、自分の犯行の意味を表現したのだが、その「アピール」がいったい誰に向けられたものかをめぐって双方が対立したのだった。検察の解釈は、世間そしてネット社会への復讐、それに対して加藤被告は、対象をネット社会に限定しようとしたのだった。検察側は、逮捕直後の供述調書ではこうなっていると主張し、加藤被告はそれは検察の作文だと任意性を争った。しかし、一方で、この2年間考えた末に真相に思い至ったとも言っているから、事件から2年を経て、特に裁判での審理を通じて、加藤被告の考え方が少し変わったというのが実態に近い気がする。

 加藤被告の説明によると、自分にとって唯一本音で話し合える場だったネットの掲示板に、「荒らし」や「なりすまし」が現われ、やめさせようとしてもやめなかった。自分の残された唯一の「居場所」だった掲示板を荒らされたのに耐え難かった。彼らが自分をどんなに苦しめたのか、大事件を起こして思い知らせようと考えたというわけだ。

 検察側は、ネットの荒らしに報復するために無差別殺傷事件というのでは、幾らなんでも飛躍がありすぎて誰も納得できないと指摘し、加藤被告が現実世界で就職もできず、家族からも疎外され、追いつめられていった末に、ネットでの荒らし行為への反発が引き金となって犯行に至ったと説明。つまりネットの問題は「引き金」だったという説明だ。

 この対立は本質的で、つまりこの犯罪の「動機」において、ネットとリアル世界の疎外が加藤被告の中でどう位置づいていたかという問題だ。

 加藤被告がこの2年間で変わっていった要因は、一言で言えば、「宅間守になれなかった」ということだろう。この犯罪は宅間死刑囚の池田小事件とよく似ているのだが、宅間の場合は、最後までぶれることなく、自分の行為は社会への復讐だと、自己を正当化した。しかし、加藤被告は「申し訳ない」というお詫びに終始した。「復讐」という強い言葉を「アピール」という表現に言い換えたのも、その心情の表われだろう。

 派遣社員としての自分を「パーツとしか見ていなかった」関東自動車工業や、自分の人格を尊重してくれなかった母親への憎悪は、公判で今さら彼らを非難するのは怖れ多いとばかり、「事件との直接の因果関係はない」ということにされてしまったのだった。法廷で最後まで社会や親への憎悪を述べたてた宅間守死刑囚に比べれば、加藤被告はごくフツーの小市民だったのだ。精神鑑定でも宅間死刑囚のように「人格障害」という診断はくだされていない。

 ちなみに幼女殺害事件の宮崎勤死刑囚の場合は、親への憎悪どころか、親を認めず、法廷で偽物だと主張した。加藤被告も逮捕直後は、親は他人だと主張し、両親に詫びるつもりは毛頭ないと言っていたのだが、公判ではかなり複雑で曖昧な母親観を披露した。

 加藤被告は、公判の入出廷の都度、被害者遺族席へ向かって深々と頭を下げる。被害者遺族にすれば「白々しい」「何をいまさら」という気持ちだろうが、少なくとも加藤被告の心情を象徴する光景であることは間違いない。宅間死刑囚や宮崎死刑囚との違いはそこにあるといえる。

 ではなぜ人格が崩壊するまでには至っていなかった加藤被告が、あんな凄惨な大量殺戮に至ったのか。これがあの事件を解明するカギだが、彼が最後に「居場所」と思いこんだネット空間とリアルな世界が彼の中でどう結びついていたかというのがポイントだと思う。これについては今後も傍聴を続け、また改めて論評しよう。

【追記】
8月10日の昼の日本テレビ系「DON!」の中で午後1時頃から、宮崎勤事件の謎に迫るという特集を放送します。一度放送されて反響が大きかったので再度放送するとのことで、事件をなかなか興味深くまとめています。篠田も結構長めのコメントをしていますので、ぜひご覧下さい。

Profile

篠田博之(しのだ・ひろゆき)

-----<経歴>-----

1951年茨城県生まれ。
一橋大卒。
1979年より月刊『創』編集者。
81年より編集長。 82年同誌休刊に伴い、創出版を設立して雑誌発行を続ける。
現在は編集長兼経営者。
日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長、東京経済大学大学院講師など兼務。
東京新聞、北海道新聞などにコラム「週刊誌を読む」連載。
メディア批評のほかに、犯罪、死刑問題などについても新聞・テレビでしばしば発言。
著書『生涯編集者』(創出版)、『ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)。共著は多数

BookMarks

創出版
http://www.tsukuru.co.jp/

最新号
↓ ↓ ↓

詳細はコチラ

-----<著書>-----


『生涯編集者──月刊「創」奮戦記』
2012年6月、創出版



『ドキュメント死刑囚』
2008年8月、筑摩書房

→ブック・こもんず←



当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.