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« 映画『ザ・コーヴ』上映とシンポジウム」ネット中継のお知らせ
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映画「ザ・コーヴ」上映中止問題 専用ブログを立ち上げました。 »

6月9日夜、〈映画「ザ・コーヴ」上映とシンポ〉報告

 かなり疲れましたが、6月9日夜、〈映画「ザ・コーヴ」上映とシンポ〉、盛況のうちに無事終了しました。ちょうど上映中止騒動が報道された直後とあって、7日から問い合わせが殺到。あっという間に定員を超えてしまい、9日には参加希望の問い合わせにはほとんどお断りの返事をすることになりました。

 夕方6時、いよいよ開場。会場の座席は550ですが、前売券購入者400人と予約のあった報道関係者に入場してもらって、さて残った当日席の数はとみると、何と16席! その時点で会館前には当日券を求めて100人以上の長蛇の列でしたから一瞬めまいがする思いでした。いったいどうすんの?という感じでしたが、会館側にお願いし、客席には入れないがロビーでモニターを見てもらうだけならあと30人OK、と許可を得ました(でも混乱していて結果的に60人くらいがロビーに入ったようですが)。

 モニターといっても音声は聞き取りにくいし、気の毒でした。帰ってもらった人はもっと気の毒で、ぜひ次回上映会をやる時はその人たちを優先したいと思いましたが、準備不足でその人たちの連絡先を聞いておくこともできず。まことに申し訳ありませんでした。

 定員オーバーの来場者をどうするか、数十人も訪れたマスコミ取材にどう対応するかなど、それだけでも大変なのに、もうひとつ大変だったのは、当日、上映中止を叫ぶ人たちが抗議行動や集会妨害に出る可能性があったことでした。自販機を使用不可にしたり、会場スタッフを多数用意したり、警備態勢をとったのですが、これが結構大変でした。映画館の場合も、たぶんこういうことが大変で上映中止してしまうのでしょう。だって最悪の事態を想定していくと際限なく警備態勢をとらないといけないわけですから。今回の集会も、急きょ、サプライズゲストで「ザ・コーヴ」の主役・リックオバリーさんに登場してもらったのですが、楽屋への出入りの時など緊張しました。

 で、上映中止を叫ぶ右派の人たちですが、結局、やってきたのは3人でした(最初からそうとわかっていれば警備態勢もやりやすかったのですが)。うち2人は前売り券を買っていて入りましたが、1人は当日券希望で結局入れず。入場したうちの1人が上映中止を訴えるビラをまきました。言論戦でくる限りは抗議の自由も認めるのが筋ですから、話しあいをしたうえでビラまきは許容し、その代わり暴力的なことはやめてほしいと要請。ビラはかなりさばけたようで、途中で刷り増しのコピーをしに行ったりしていたので、おいおいと思いましたが(笑)。

 映画を上映した後、休憩をはさんで8時50分から第2部。パネラーである森達也、綿井健陽、坂野正人、鈴木邦男、野中章弘各氏が並びました。冒頭に配給会社のアン・プラグドの加藤社長から経過説明を受けた後、突如、ゲストとしてオバリーさんを呼ぶと会場はおーっという歓声。今見たばかりの映画の主役が突然舞台に登場するということだからかなりサプライズだったはずです。で、オバリーさんは、上映中止は残念だという説明の後、持っていたフリップのようなものを掲げました。それには憲法21条の「表現の自由」の条文が書かれていたんです。で、彼は、日本は憲法で表現の自由が保証されているはずだ、と発言。私自身は隣で聞いていて、外国の人に憲法を説諭されるというこの光景が、日本の表現をめぐる情けない状況を象徴しているようで、ちょっとショックでしたね。

 さて次に森さんから順に発言してもらいました。綿井さんは前日まで和歌山県太地町に行っていたので、現地の様子を報告してくれました。坂野さんは、日本版の上映に大量にモザイクがかかっていることについての疑問を提示。鈴木さんは、こんなふうに映画を上映中止に追い込むことこそ「反日」じゃないか、と主張しました。それぞれの発言内容については、文字で書くよりも、生の動画を見てもらった方がよいので、ぜひそちらをご覧ください。

■前半 http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/541
■後半 http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/542

 終了は9時35分頃。シンポの時間が短かったのが残念で、その割には司会がしゃべりすぎたという声が多かったので反省。撤収に入ってからも、舞台ではパネラーに個別のインタビューが行われ、去っていくお客にもテレビや新聞のインタビューが行われるなど、会場は異様な熱気。全員が退出したのは10時頃でした。

 その後、打ち上げ会場へ行くと、大勢の人が来てくれていて、まだ熱気が続いていたのですが、驚いたのは、会場に入っていた右派2人が来ていたこと。おいおいと思いましたが、まあ来てしまったから仕方なく、上映中止要求の右翼の人たちと一緒に打ち上げで酒を飲むという、まさに「ありえなーい」光景でした(笑)。

 配給会社の加藤社長がたまたま打ち上げに出席できなかったので良かったですが、来ていたらどうなったか。だってあれだけ激しく対立している両者がいくら酒の席といっても和気あいあいというわけにはいかなかったでしょう。

 鈴木邦男さんもまじえて右翼の人たちと議論というのは、これはこれで楽しかったのですが、ただ本当はそこで集会の総括や今後の予定を話しあおうと思っていたのに、それができず。トホホ。鈴木さんは、ぜひ今度、右翼との議論をやって『創』に載せよう!と盛り上がってました。

 翌日、朝日新聞や東京新聞がこのシンポを報道、ネット系でも取り上げられていました。
http://portside-yokohama.jp/headlines/thecovesympo.html

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100610-00000004-flix-movi

 特にNHKが朝7時のニュースで報道したのは反響絶大。11日にも東京新聞を始め、取り上げられるようです。シンポ当日の会場アンケートでも、中止騒動の現実を会場に来るまで詳しく知らなかったという人が結構いましたから、議論はまだ始まったばかりです。

 さて中止騒動の行方はというと、全国の映画館への電話攻勢はいまだにやまず。しかも6月12日に横浜のニューテアトルに街宣をかけるという予告がさきほどアップ。東京の2館はこの予告におびえて上映中止を決めたのですが、上映予定の映画館にとってはいよいよ緊迫。まさに正念場です。
http://www.shukenkaifuku.com/info/main.htm

 言論報道機関がどれだけ報道や論評を行い、世論が高まるかが恐らく流れを決めるのだと思います。この1週間が勝負どころです。

 『創』編集部としても、この緊迫した状況を受けて、この間寄せられた意見を紹介する場もかねて、専用ブログを立ち上げようかと検討中です。

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■コメント投稿について編集部からのお願い

《THE JOURNAL》では、今後もこのコミュニティーを維持・発展させていくため、コメント投稿にルールを設けています。はじめて投稿される方は、投稿の前に下記のリンクの内容を必ずご確認ください。

http://www.the-journal.jp/contents/info/2009/07/post_31.html

ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

【鈴木さんは、こんなふうに映画を上映中止に追い込む卑劣なことこそ「反日」じゃないか、と主張】にまったく同感!

ぜひとも、映画館は極右団体のこのような卑劣な行動に怯まず、負けずに、上映をすることをがんばってほしいものです。

一水会の鈴木邦男さんの主張は今回もよかったですね!さすが!という感じです。
これからも、自分は鈴木さんのことを強く応援していきます!
がんばれ、鈴木邦男!言論を闘わす闘士!

【上映中止要求の右翼の人たちと一緒に打ち上げで酒を飲むという、まさに「ありえなーい」光景でした(笑)。】
何なの!?驚きです!
篠田さんはこういうサプライズ、大好きでしょ?(笑)


自分は映画「ザ・コーヴ」には関心はないし、見たいとも思わないですが、映画館の上演自主規制みたいなのは絶対に反対!上映を堂々とやったらいい!何のこともない!
映画館、かんばれ!!

篠田博之及びTHE JOURNAL編集部様
あなた方が、「表現の自由の危機」と主張している事や、このページで記述した下記引用した文章について違和感があります。

<以下引用>
オバリーさんは、上映中止は残念だという説明の後、持っていたフリップのようなものを掲げました。それには憲法21条の「表現の自由」の条文が書かれていたんです。で、彼は、日本は憲法で表現の自由が保証されているはずだ、と発言。私自身は隣で聞いていて、外国の人に憲法を説諭されるというこの光景が、日本の表現をめぐる情けない状況を象徴しているようで、ちょっとショックでしたね。
<引用終わり>

まずは、皆さんご存じとは思いますが、条文を…
日本国憲法第21条第1項 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

そもそも歴史的にみて、集会、結社及び言論、出版などの表現の自由は、国家権力により不当に介入、抑制・抑圧されたことから、対国家権力からの自由として規定されています。

そして、今回の映画「コーブ」についての騒動は、上映したい側と上映させてたくない側との意見の対立によるもので、上映したい側は、シンポジウムの開催やアピールの採択などで、自分達の主張を充分に、自由に表現していると思います。
また、上映に反対する側は、集会を開き、その集会の場で、拡声器を用いて自分達の主張を表現している訳です。今回の騒動で、国家権力はどちらの側にも不当に介入、抑圧した事実はないようです。ましてや、主催者側の厳重な管理の下ではありますが、現実にはこの映画を上映した事実があります。何ら表現の自由が侵されているという、事象はおきていません。結局は、私人間の争いといえます。

よって、オバリー氏も表現の自由を前面に出していたようですが、前述の通り今回の件で「表現の自由」になんらの侵害も発生していません。彼は、ここ日本で、自己の出張を自由に行なっています。

つまり、今回の騒動において、問題となるのは「表現の自由」ではなく、それぞれの行為の違法性の問題ということになります。

相手方の名誉を毀損する内容が含まれていなければ、シンポジウムやアピールの採択、オリバー氏が各メディア上で上映を望むコメントを発する事に、違法性がないことは自明です。

一方、今回、私は「街宣活動」=「集会」として論じていますが、「集会」に違法性があるのであれば、その違法性を主張し、場合によっては、司法に救済を求めるという手段を講じるべきでしょう。そして、司法に救済を求める事が、一上映館では負担が大きいのであれば、配給元とともに救済を求めればよいことですし、あなた方は、上映館のサポーターとして行動すればよいことだと思います。

以上、「上映妨害」とそれに対するあなた方の活動についての私の理解です。

また上映妨害とは別の次元の問題として、この映画の内包する大地町住民に対する違法性の問題があります。
まず、前段で言っておきたいことは、ドキュメンタリー映画とは、事実・若しくは事実らしいでき事を写しているが、真実ではないという事です。1本の映画を作り込む過程で、時系列的な配置換えや長い出来事の内ごく一部分だけを映し出す等の編集が行なわれ、制作者の出張と合致するように、そして、作品として見応えのある物にすべく、都合のよいように加工されている蓋然性が非常に高いこことを念頭に置く必要があります。
そして、これまでの経過の中で、大地町の住民にたいして隠し撮りが行なわれ、その映像の解説で漁師の方を「ギャング」呼ばわりしているなどの問題点が指摘されています。

条文です。
刑法第二百三十条 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。
2 省略

第二百三十条の二  前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
2 省略
3 省略

第二百三十二条  この章の罪(名誉毀損・侮辱罪)は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
2省略

第二百三十条
この映画は、公然と事実(イルカ漁)を摘示し、人の名誉を毀損した(一時オーストラリアブルーム市が姉妹都市の一方的な解除通告を受けた事実等から名誉を毀損された事は明らかか?)者(映画の作成者)は、その事実の有無にかかわらず(摘示した事実の真偽を問わず)、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。

第二百三十条の二
この映画がはたして、公共の利害に関する事実に係り(長年行なわれてきたイルカ漁をこのような形で告発することが公共の利害か?)、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合(作成者のアカデミー賞の受賞目的・興行の成功では駄目)には、事実の真否を判断し(漁師の方がギャングで無いことは明らか)、真実であることの証明があったとき(立証責任は作成者)は、これを罰しない。

第二百三十二条
被害者保護の為の条文です。当事者ではないので、実際のところは分かりませんが、大地町の方々が、告訴して、これ以上自分達の平和な生活を脅かされたくないと考えているとしても無理はないと思います。

よって、公訴を提起されていないからといって、この映画に違法性がないとはいえません。むしろ、違法性がある可能性が高いかもしれません。
勿論、違法性云々は、本来司法の判断を仰ぐべき事であり、私の違法性の出張は私見にすぎません。

が、あなた方の、あたかも「正義は我にあり」的な出張は、実のところ、いろいろある出張の一つにすぎない自分の主張に「表現の自由」という錦の旗印を掲げているにすぎません。違法性が存在する可能性のある物を、あえて言論の自由市場に出して、議論する。このことを目的としている事に大変違和感を覚えます。

先の投稿に、誤字がありましたので、訂正いたします。
文章の最後から2段目
(誤)「私の違法性の出張は私見にすぎません。」
→(正)「私の違法性の主張は私見にすぎません。」
よろしくお願いいたします。

投稿者: 高橋 隆一 | 2010年6月14日 14:14 さん

おっしゃるとおり、憲法の定める自由は、第一義的には国家権力からの自由を意味します。

>つまり、今回の騒動において、問題となるのは「表現の自由」ではなく、それぞれの行為の違法性の問題ということになります。

しかし、憲法が私人間の問題でまったく効力を持たないのかというと、そうではなく、一般的には、法令の解釈・適用において憲法の趣旨を斟酌するというかたちで私人間の問題にも効力が及ぶと考えられています。

したがって、やはり「表現の自由」が問題となるのであって、「それぞれの行為の違法性」の有無・程度を判断する際に、憲法21条の趣旨を考慮すべきだということになります。

ところで、憲法上、表現の自由は特別の配慮を払うべきものとされており、事前抑制は原則として禁止されます(検閲は明文で絶対的に禁止されています)。
事前抑制が認められるのはよほどの場合、他者に対し回復困難な重大な損害を与えるような場合に限定されます。
その他の「不当な表現等」に対しては、反論を行い、言論に違法性があれば損害賠償請求・謝罪広告請求等で対応すればいい、すなわち事後的な抑制にとどめるべきだ、と考えられているのです。

この映画に関して言えば、漁関係者の顔がそのまま出ていたとすれば、事前抑制されても仕方がないという方向に傾きます。
しかし、関係者にモザイクがかけられているようなので、映画に「不当性」がある場合には、事後の対応で処理すべきだという方向に傾くでしょう。

>公然と事実(イルカ漁)を摘示し、人の名誉を毀損した(一時オーストラリアブルーム市が姉妹都市の一方的な解除通告を受けた事実等から名誉を毀損された事は明らかか?)

いくらなんでも、(イルカ漁)を公にすることが名誉毀損行為に該当することはあり得ません。
また、そもそも、名誉毀損罪は集団に対しては成立しません。


一方、抗議活動ですが、記事にある「東京の2館はこの予告におびえて上映中止を決めた」理由が暴力(あるいは暴力に対するおびえを生じさせるような言動)や騒動の発生をおそれてのことであれば、表現の自由の不当な侵害と評価されるでしょう。
具体的には、制作者の人格権、興行主の営業権の侵害等に該当します。
理由は、上述したとおり、表現の自由の事前抑制が問題になる局面では、抗議活動も謙抑的に行われるべきだからです。

>あなた方の、あたかも「正義は我にあり」的な出張は、実のところ、いろいろある出張の一つにすぎない自分の主張に「表現の自由」という錦の旗印を掲げているにすぎません。

これは違うでしょう。
上映派にも、この映画はくだらんと思う人は(たくさん)いるだろうし、地元の利益を侵害している可能性があると思っている人もいるかもしれない。
上映派は、くだらなかろうが、気分が悪かろうが、表現の事前抑制は許さない、という点で連帯しているんだと思います。

なかなかシンポジウムの録画が上がりませんがいつになるのでしょうか。

おそらく編集に時間をかけているのでしょうが、そのままありのままを流せばよいと思います。下手に編集をすると作為と思われる可能性があり、シンポジウムの主張に一抹の疑義をさしはさむことになります。

これは今回のコーブにおいてもっとも問題とされているところでございます。

上映反対派の活動記録が「ドキュメンタリー」として影響力をもっているのはそれがそのままただ流しているからです。言い換えると即時性と無作為性に優れているのです。左派も同じような動画をあげればよい。コーブはその点において致命的に劣っている。

今回篠田氏はシンポジウムを実況するという約束を果たすことができませんでした。残念ながらこのような行為はシンポジウムの実況に関する熱意というものを疑う一因になります。

私はこのシンポジウムがドキュメンタリーの定義にかかわる真摯な議論の場になることを期待していましたが、残念ながら上映賛成派の一方的なアピールの場と化してしまったことを残念に思います。そしてそのことを篠田氏ははじめから意図していた節さえ疑われる。ツィッター上でもメディア関係者から反対派の意見を聞きたかったとの声が挙がっていました。

シンポジウムを一方的な立場からの”コーブ”にせず、開かれた議論の場にしてほしかったのですが非常に残念です。篠田氏には真摯に反省を求めます。

篠田様
シンポジウムの動画を拝見しました。即日投稿されたようですね。私が拝見したのはこのブログ経由なのですが、素早い行動力に敬意を表します。

篠田様に対する支離滅裂な誹謗中傷がなされているようですが、篠田様及び創出版の皆様の活動は力強い心の支えとなっております。
応援しています!

投稿者: アリ | 2010年6月15日 01:41さん、真摯な態度の批評を頂きまして、ありがとうございます。

もともと、私の立場は、この問題においては第3者であり、被害があったであろう漁師の方達が、事前差し止めの請求などの法的手続きをとっている様子ありませんので、普通に上映されるのであれば、それはそれで、致し方のないことだと思っています。

そして、「表現の自由」が、国家権力により不当に侵害された場合、例えば今回の件で映画「ザ・コーブ」の上映が行政権の圧力により中止になった、というのであれば、「表現の自由」のそれこそ危機であり、国民総出で反対の意志を表明すべきと思います。

しかし、今回の件は、民間人が、違法とも評価できる行為で、上映館に圧力を加えているものであり、国家による救済を求める余地があります。
今回、上映中止を決めたシアターN渋谷の運営母体である日販さんには気の毒ですが、資本金30億円の大企業でもあります。コーポレートガバナンス的に上映を決めたこと、上映を中止したこと双方について、充分な検証がなされる事を期待します。
ちなみに、作成者の権利について言えば、作品は発表済であり、実際、上映もなされています。他の媒体を利用するなどの手段も残っています。作成者は、そもそも発表の場を一切奪われたという事象は起きていません。

私は「表現の自由」の危機とは評価しおりません。

さて、せっかく、批評して頂いたので、その部分も含め、少し返事をさせて頂きます。

① 法令の解釈・適用において憲法の趣旨を斟酌するというかたちで…

いわゆる間接摘要説または、間接効力説ですね。おっしゃるとおり、私的自治の原則を尊重し、法律行為については、民法90条などの私法の一般条項の解釈・摘要において憲法の趣旨を斟酌するのですが、このような事実行為については、どうなのでしょう?

もし現実に救済を求めるとすれば、その行為が刑法に触れるのであれば刑法が適用され、民事での追求も可能です。刑法にこそ触れていないが、違法性があり、その行為により損害が生じているのであれば民法第5章の不法行為についての各条項を適用して、救済を求めることになるとおもいます。その際、第21条の趣旨をどのように当てはめるのか、分かりません。逆に、このあたりのところは、もしご存じであれば教えて頂きたいと思います。

② 表現の自由・事前抑制・謙抑性

前回の投稿で「表現の自由」について、国家からの自由として申し上げました。そして、これらの言葉は、国家権力と対峙した場合に、本来の意義が発揮できる言葉であり、非常に大切に用いたい言葉だと思っています。
判例を引用してもよいのですが、長くなりすぎる上に、私の解説では、不正確でいけません。それで、代わりにといっては何ですが、憲法の本を是非一度お読みになることを、お勧めします。時間があれば、判例もお読みになってみて下さい。

法律に関して、私も素人ですが、意外と目から鱗です。検閲・事前抑制、いずれも行政権や司法権が主体となっています。判例を読む場合、その判決文や判決の要旨だけではなく、問題となった事件の要旨も是非合わせてお読みになって下さい。

それと、謙抑性についてですが、刑法において「国家による刑罰権の発動は、市民、特に被告人の基本的人権にとって重大な結果をもたらすものであるから、拡張的・恣意的に行なわれてはならず、謙抑的・抑制的・自制的であるべきである。」という意味で理解しています。用法的に貴殿とは違っています。

③ 映画「ザ・コーブ」の違法性

・関係者にモザイク これは、今回の上映ではモザイクがかけられているという事であって、海外での上映は勿論、今後発売されるであろうDVD等、他の媒体での発表の際にも考慮されるのか疑問です。

・イルカ漁の紹介するにおいて「この追い込み漁は、大地町において、数世紀にわたり継承されてきた伝統的漁法で、古来より地域の住民に食料を提供してきた、この地域にとって重要な文化の一つです。大地町の漁師の方達はこの伝統を大切に守ってこられました。その意味で、我々が主張するイルカの保護に反しますが、悪意のない、無辜のものです。しかし、この漁法を改めて貰うべく彼らを説得したと思います。」的な紹介ではないと思いますが、いかがですか?
 
・条文へ当てはめが、丁寧でなく誤解を生んだようです。申し訳ありません。集団に対して、名誉毀損が成立しないことは、存じ上げております。名誉毀損は、抽象的危険犯で実際に社会的評価が低下する必要ありませんが、個人の社会的評価を下げうるような具体的なものである必要があります。そこで、オーストラリアブルーム市の反応を見れば、この映画を観た人達が、漁師さん達に対しどのような感情をお持ちになったか、容易に推測できると思い、その点をを主張したつもりでした。

・ザ・コーブの違法性についての部分は、私自身の判断根拠を示したもので、他の人達に強制するつもりはありません。前回も述べたように終局的には司法判断を仰ぐべきものですが、個人的判断基準ということで、当てはめに荒さがあることは、お許し下さい。ただ、名誉毀損になるのか肖像権の侵害になるのか、いずれにしても、違法行為はあったと個人的には確信しています。


正直なところ、15日の朝までは、ここに投稿するつもりはありませんでした。
私の中でのこの問題への思いは、「大地町の人達、なんだか気の毒だなぁ。」ということだけでしたので…。
上映反対派で街宣行動をとっている人達については、評価していません。他の人達の権利に対して配慮が足りないからです。
篠田博之さんとTHE JOURNALさんが、この件でシンポジウムを開催することも、知っていましたし、表現の自由についての理解が、私と全く異なっていることも分かっていました。ただ、改めて指摘する必要も感じませんでした。

twitterで、THE JOURNALさんが、盛んにツイートするにいたって、「ちょっと、違うな。」と思った私は、THE JOURNALさんのフォローをやめてしまいました。

でも、その段階でも、ここに投稿するつもりはありませんでした。

投稿した直接のきっかけは前回引用した部分にあります。
ちょっと、言葉が悪くなるかもしれませんが、その時に私が思った事を正直に文字にしてみます。
オリバー氏が言った、上映中止は残念だという意思表示くらいはスルーできましたが、日本は憲法で表現の自由が保証されているはずだ、との発言を読み、思ってしまいました。

「おまえが言うか!盗人猛々しい。」と

そして、「外国の人に憲法を説諭されるというこの光景…」と篠田博之さんが、続けたことで、

「大地町の漁師さん達に対する思いはないのか?」と…

「ちょっと、違うな。」と思っていた「表現の自由」に対する認識の違い。根っこのところで、大いに違っていると感じたのです。この文章には、他の人の権利に対する、つまり、この場合、「表現の自由」以外の人権に対する配慮が微塵も感じられないのです。

他人の権利についての配慮の無さについて、私の中で、こんな公式が出来上がったと思って下さい。

目に余る街宣活動を行なう集団
 = ザ・コーブの作成者

ザ・コーブの作成者 ≒ 篠田博之氏

∴ 目に余る街宣活動を行なう集団
 ≒ 篠田博之氏

以上

投稿者: 高橋 隆一 | 2010年6月17日 11:43 さん


>私は「表現の自由」の危機とは評価しおりません。
おっしゃるように、国家権力によるものではないという点、他の公表手段があるという点で、そう考える余地があることは認めます。
このへんは、最終的には感覚の問題であり、私は、やはり表現の自由に対する放置できない侵害行為だと思っています。
ちなみに、民事でも刑事でも、どちらかが提訴(告訴・告発)した場合、表現の自由が侵害されたとみるかは、裁判所によって判断が分かれるような気がします。
ただ、いずれにせよ、表現の自由が裁判の争点になることは間違いありません。

>民法第5章の不法行為についての各条項を適用して、救済を求めることになるとおもいます。
おっしゃるとおりです。

>その際、第21条の趣旨をどのように当てはめるのか、分かりません。
財産権の侵害等に比して、不法行為の成否を検討するにあたっての、「権利侵害」、「違法性」の敷居が低くなるということなんでしょうね。
また、不法行為の効果である「行為の差止」が認められやすくなると思います。

>憲法の本を是非一度お読みになることを、お勧めします。時間があれば、判例もお読みになってみて下さい。
文献にあたられたようですね。
誠実かつ自制的な方だとお見受けいたします。
私は、その昔、いやになるほど読んだ時期があるので、さすがに今は読む気はありません。

>検閲・事前抑制、いずれも行政権や司法権が主体となっています。
これは、事前抑制かつ私人間効力の事案が裁判で争われることがあったとしても、憲法的論点に直接関わることが少ない(結局、違法か違法でないかの問題となるから)からだと思います。

>謙抑性についてですが、刑法において「国家による刑罰権の発動は、市民、特に被告人の基本的人権にとって重大な結果をもたらすものであるから、拡張的・恣意的に行なわれてはならず、謙抑的・抑制的・自制的であるべきである。」という意味で理解しています。用法的に貴殿とは違っています。
確かに、言われてみると、聞く立場としては「刑法の謙抑性」ないしその類の文脈でしか聞いたことがありません。
が、私は、「謙抑的」ということばを一般用語として使っています。おかしいかな?(あまり自信がない)

>関係者にモザイク これは、今回の上映ではモザイクがかけられているという事であって、海外での上映は勿論、今後発売されるであろうDVD等、他の媒体での発表の際にも考慮されるのか疑問です。
この点は、私も危惧しております。

>③映画「ザ・コーブ」の違法性
おおむね賛同いたします。


あなたと私の違いは、表現の自由をどの程度重視すべきか、の感覚の差から生じているように思います。
私は、くだらないものでも世に出せ、その後徹底的に反論して叩けばいい、場合によっては損害賠償もぶんどってやればいい、とにかく世に出すべきだ、という感覚を持っています。

投稿者: アリ | 2010年6月18日 01:35さん、返事、ありがとうございます。

>私は、その昔、いやになるほど読んだ時期があるので、さすがに今は読む気はありません。

法律をご専門になされているのでしょうか?大変失礼な事を申し上げました。私は、数年前より、一念発起。憲法・民法・商法・会社法・刑法・刑訴・民訴・登記法等々本を読みあさっています。ただ、いかんせん独学ですので知識が不正確な可能性があります。また、年齢的にもいってますので、覚えてもすぐ忘れる始末です。困ったものです。

>あなたと私の違いは、表現の自由をどの程度重視すべきか、の感覚の差から生じているように思います。

確かに、おしゃるとおりかもしれません。私の感覚からすると、発表による二次被害が心配だという事になるのですが、投稿の冒頭で表明したように、普通に上映される分には、反対しません。

再度になりますが、お礼を申し上げます。スタンスこそ異なりますが、貴殿のお話をお伺いできてよかったと思っています。それでは、失礼します。

高橋氏へ

問題の本質は法律論ではないと思う。そして表現の自由の問題ですらない。

今、とある大学の学生が「ドブス写真集」なるものを作ろうとして物議をかもしている。町で見知らぬ女性の顔を盗撮して勝手に動画にあげる。

この行為に対して篠田氏は発言しないし、コーブに関してあれだけ饒舌である人たちも黙っている。
なぜか?表現の自由は守らないでいいのか?

コーブはアカデミー賞を受賞したからよくてこれはだめなのか?それは唾棄すべき権威主義ではないのか?美人は挙げてもいいがドブスはだめなのか?イルカはよくて豚はだめなのか?その判断基準は誰が決めるのか?

結局、取材対象が問題なのである。表現の自由やなんや間矢といっているがそんなものはお互い上映賛成派も反対派も都合のいいところを抜き出して語っているだけだ。

高橋氏はこのドブス写真集は当然賛成なさるのでしょう?


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Profile

篠田博之(しのだ・ひろゆき)

-----<経歴>-----

1951年茨城県生まれ。
一橋大卒。
1979年より月刊『創』編集者。
81年より編集長。 82年同誌休刊に伴い、創出版を設立して雑誌発行を続ける。
現在は編集長兼経営者。
日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長、東京経済大学大学院講師など兼務。
東京新聞、北海道新聞などにコラム「週刊誌を読む」連載。
メディア批評のほかに、犯罪、死刑問題などについても新聞・テレビでしばしば発言。
著書『生涯編集者』(創出版)、『ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)。共著は多数

BookMarks

創出版
http://www.tsukuru.co.jp/

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-----<著書>-----


『生涯編集者──月刊「創」奮戦記』
2012年6月、創出版



『ドキュメント死刑囚』
2008年8月、筑摩書房

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