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映画「ザ・コーヴ」に気になる上映中止騒動が・・・
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映画「ザ・コーヴ」に気になる上映中止騒動が・・・

 現在進行形なのでなかなか書きにくいのだが、アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞した映画「ザ・コーヴ」が日本で予想通り物議をかもし、へたをすると上映中止といった事態もありえる事態になってきた。ちょうどあの映画「靖国」がたどった経緯と雰囲気がそっくりだ。

 3月下旬からマスコミ試写会や関係者による特別試写会が始まったこの映画だが、既に立教大学での自主上映が、弁護士からの抗議で中止になっている。映画でターゲットとなった和歌山県太地町の漁民たちが弁護士を通じて抗議を行っているのだが、これについては配給側との話しあいを経て、撮影された人たちの顔にモザイクをかけたり(肖像権の問題だ)、注釈のテロップを加えるなど修正を施して何とか上映だけは行いたいというのが製作側の意向だった。

 ところがこうした動きと別に、4月9日から右派団体が配給会社へ実力による抗議行動を開始し、予断を許さぬ展開になってきたのだ。団体はこの映画を「反日映画」として上映中止を要求、配給会社に「天誅」をと叫んでいる(当事者たちは街宣右翼と一緒にされることに反発して「右翼」と呼ばれることを否定しているようだ)。こうした抗議行動が映画館などにも行われることになると、映画「靖国」の時のように興行側が上映自粛に踏み切る怖れもある。

 製作側はもちろん日本社会に問題提起を行うために映画を作ったわけだから、日本での抗議や批判は覚悟のうえだろうが、映画を上映する映画館は興行としてそれを行うわけで、表現の自由のために闘うといっても限界はある。映画「靖国」の時は、ネットなどを通じて「反日映画」だとの非難と抗議が呼びかけられ、一部の右翼が映画館に抗議を行った段階で、映画館側がなだれを打って自粛に走り、一時は全館上映中止という事態にいたったのだった。

 私は「ザ・コーヴ」については、3月下旬に関係者が主催した自主上映を見たのだが、この映画が日本でどんな議論を引き起こすか興味を抱いた。ひとつはドキュメンタリー映画のあり方として議論の対象になり得るし、もうひとつはいわゆる捕鯨問題の観点からだ。日本の捕鯨のあり方を批判したこの映画を日本で上映するというのは、原爆批判の映画をアメリカで上映するようなもので、日本社会でどんな反応が起こるかは非常に興味深い。

 この映画がアカデミー賞を受賞した時には、「こんな日本叩きの映画になぜ権威ある賞が」という地元の困惑を伝える論調のマスコミが多かった。捕鯨問題やクロマグロをめぐる欧米と日本の対立をめぐっては、概ね日本国家の立場を踏まえてというのが大手マスコミの基本的スタンスだ。だから真っ向から日本の捕鯨(イルカ漁を含む)を批判したこの映画が物議をかもすのは明らかだった。

 ところが、議論どころかこのままだと上映そのものが潰れていくことになりかねない。
日本の捕鯨を批判した映画が日本で上映できなくなるというのは、捕鯨問題と別の「日本における表現の自由」の問題が問われることになる。

 先頃紹介したように、例えば異才・渡辺文樹監督の映画は、右翼団体から激しい抗議を受けながらも上映が敢行されるのだが、これは最初から商業映画館と別の自主上映というスタイルをとっているから可能になる。もともと原一男監督の「ゆきゆきて、神軍」の頃までは、タブーに挑戦するような映画は自主製作自主上映が基本だった。その後、ミニシアターが増え、ドキュメンタリー映画も商業映画館にかかるようになったのだが、一方で「靖国」上映中止事件のようなことも起こるようになったわけだ。

 その意味でこの「ザ・コーヴ」上映がどうなるかは、様々な意味で重要な問題だ。有意義な議論を作るためにも、まずメディア関係者などその機会を与えられている人たちはできるだけ試写会などに足を運んでほしい。一時は大きな議論になりながら、喉元過ぎると一気に忘れられてしまった映画「靖国」をめぐる事態から、我々が何を学習したかが問われているといえる。

 ちなみに映画「靖国」上映中止事件については、当時の議論をまとめた『映画「靖国」上映中止をめぐる大議論』が創出版より刊行されており、森達也、宮台真司、原一男など論客のドキュメンタリー映画論が展開されているので参考にしていただきたい。「靖国」騒動の時、指摘されたのは、今の日本社会を取りまく「自主規制」という規制の恐ろしさだ。

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ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

おそらく、あの極右市民団体なのでは?

最近、その過激さを増しているようですが。
警察は業務妨害でパクれないんですかね。

ちなみに、自分は映画「靖国」は2回見ました。

「表現の自由」は守られなければなりません。

篠田博之氏のアドバイスに従って, 至急注文した [映画 「靖国」 上映中止をめぐる大議論 (TSUKURU BOOKS) ] を読んでから, 意見があったら, コメントしたいが, 一般的な感想を記すと, まず上映を中止した立教大学の大学としての矜持も見識もないお粗末さに呆れ返った次第である。 「みのもんた」 氏と 「古舘伊知郎」 氏の出身大学であり, 「立花 隆」 氏が特任教授を務めた大学であるために, 必ずしも印象は良くはなかったが, 案の定, だらしのない一面が暴露された, と言っていい。 研究・教育機関としては, 最低の部類ではないだろうか。 

DVDを取り寄せて見ましたが、「自称左翼」としても、認めたくない映画でしたね。
未開の秘境にある入り江で何か怪しげな事が行われている。我々はそれを確かめるため潜入取材を敢行した。
ヤラセとは言いませんが、往年の川口探検隊シリーズを髣髴とさせるひどい潜入ルポ映画でした。つまりこの話は普通に取材すれば何の問題もない入り江の追込み漁を大げさな潜入ルポの形でセンセーショナルに伝えただけの映画でしかありません。その証拠に後半のハイライトである十数分はイルカの殺戮場面をこれでもかと見せた挙句、最後は真っ赤に染まった入り江を背景に一仕事終わった漁師さんたちが談笑する笑い声が響くシーンなのです。何を話しているのか分かりませんから、死んだイルカを見て笑っているとしか見えません。
この映画の主人公はルポを行う撮影隊であって、太地の追込み漁を行う漁師さんたちではありません。
特に気になったのは、日本人の扱い方でした。太地の漁師さんたちは大声で叫んで妨害する野蛮人、人として扱われていません。何人か英語を話す日本人も登場するのですが、必ず言いよどんだり、おかしな英語表現を使う場面が使われます。英語圏の人が見ると教養のない人という印象しかもたれないでしょうね。意見を伝えるなら英語のナレーションをかぶせるなり字幕スーパーを使うなり方法はあったはずです。見ていて不快でした。
日本公開時ですが、このあたりの下心満載の下衆な編集が字幕スーパーでは消えてしまいます。互いの文化がどこで衝突しているのか、研究者にとってはいい材料かもしれませんが、一般公開する価値は私も認めません。
右翼が反対しているから上映すべきだなどという単純な二律背反で論ずべき問題ではないように思います

<欧米の人は・・・>
なぜ、よその国の固有の文化にクレームをつけるのか?
人形文楽の糸は鯨の髭でてきていて、その国には、その国に長年培われた文化がある。
ヨーロッパの方々は可愛いバンビを殺して、しかも貴族の遊びで狩猟をして、ジビエ料理で楽しむのでしょ。
日本は四足は基本的には食べないで、海の幸を中心にした食文化を形成してきた訳で、とやかく言われる筋合いはない。
韓国は犬を食べるが、それは尊重すべき食文化。
当該の映画は不愉快この上なく、見たい奴は見ればいいが、私は唯券を貰っても絶対に見ない。
スクリーンにポップコーンを投げつけたくなるだろうから・・・。

捕鯨問題を原爆問題に例えるのはお門違いではないでしょうか?
原爆は、無差別大量破壊兵器であり、あきらかに行ってはいけないことです。
捕鯨問題は、考え方の違いであったり、文化の違いであったり、議論の余地があるものです。

日本人が如何に保守かがわかる、と云うより、表現の自由も建前で存在する。思想の規制、統制が知らぬ間に行われている。何も無ければ、建前は生きている。何か起これば本音が「出る。日米安保は、何も起きない状態ではアメリカは守って呉れていると信じている日本人、守ると言うのは建前でしかない。その誤解を信じて、日本はアメリカへの従属を、守られていると言う誤解によって、どれだけの利権を日本からアメリカは得ているのか誰も疑わない。普天間移設はそお延長線上にある。これからも、抑止力を信じて日本へ駐留させ、国民の税金をつぎ込んで行くのか、日本は日本独自で守って行く意識こそ独立への目覚めではないのか。その意味でも、国民に見せ、それぞれの判断と議論を深めて、日本人の意識を向上させる事を考えるべきだ。”見せない”と言うのは民主主義国家には有り得ない事だ。国民に多くの判断を委ねる力を与えれば、マスゴミのスタンスも変わるはずだ。

この件については篠田さんの意見に真っ向反対です!

右派団体とは「主権回復を目指す会」の事ですね。主催者は西村修平さんです。

YouTubeやニコニコ動画に街宣活動の動画が全てアップされているので、これについて意見をいいたい方は”見てもないのに憶測でケチをつけずに”見てから意見を言って下さい。

そして、時間があるならこの「主権回復を目指す会」の全ての動画を見てみて下さい。

いかにこの国のメディアが、かつて警官を殺傷したり火炎ビンなげたりといった極左活動を行っていた反日左翼テロリスト連中によって支配されており、嘘と捏造の反日報道にまみれているかがわかると思いますよ。

この街宣動画を見ればわかると思いますが、CNNのインタビュアーによる「貴方達は右翼ですか?」という、右翼=悪という、摩訶不思議なレッテルに対して、西村修平さんは極めて冷静にまっとうなお答えをされています。

「日本以外のほかの国では国を思うナショナリストが悪なのですか?」と。

篠田さん、靖国の騒動は貴方達サヨクの人達は嘘と捏造ばかり言ってますよね。

靖国の映画そのものがザ・コーブと同程度の嘘と捏造と偏向の内容ですし(嘘捏造偏向内容に出演者の方が真実暴露して怒っています)、なぜかこの映画は中国人が監督なのに日本の国から金が出ていて、その金を拠出するのを決定した委員が、ゆうめいな反日サヨクの方であると判明しています。

その方は、東条英樹を人間として始めてまともに描いた「プライド」に対して、サヨクマスコミやサヨク市民団体を使って猛烈な圧力を掛けて上映中止に追い込んだ張本人で
す。

自分達の反日映画「靖国」は反日中国人監督を起用して嘘偏向捏造で作っておきながら、「プライド」は東条英樹を人間的に描いているのでけしからん!日本は悪い国じゃなきゃ駄目なんだ!と、圧力かけて上映中止に追い込む。

すばらしいほどのダブルスタンダードですね。(皮肉の苦笑)

これらの反日サヨクの悪事と偏向ぶりが、全てネット上では暴露されていますよ。
(動画サイト上のチャンネル桜の動画で拝見出来ます。)

見てない映画の内容については論じられませんが、自称左翼様の仰る通りの内容の映画なら、尚更一般公開するべきかと思います。
日本での公開時の字幕翻訳や編集等で製作者側の意図(悪意?)が薄められたり、捻じ曲げられたりすることがあってはなりませんが、見る人に対して実際のイルカ漁がどうなのか、何故必要なのかを冷静に周知させる配慮は必要かと思います。
ドキュメンタリー映画として、これは真実だ、と煽って一般公開するなら問題ですが、反日だから上映すべきでない、酷い内容だから上映すべきではない、ではなく、何が問題なのか、何故このような映画が海外で評価されるのかを考えることが大事なのではないでしょうか?
結局ゾーニングの問題になるかと思いますが、単純に「イルカが可哀相」「日本の漁師残酷」と考えてしまう人に見て欲しくない映画ではありそうですが、やっぱりそれを抜きにして、表現の自由は守られるべきであり、偏向映画を作ることも、上映することも、その範疇に入ると思います。

大義の為に小議を捨てる発想が無い、ー合理的な思想を持たない日本人

『ザ・コーヴ』について、曰く、『日本古来の伝統である捕鯨を、まるで野蛮人の如く描くのはけしからん』、『西洋人は四つ足を殺して食べるではないか』、等々、こういう問題では右翼左翼入り乱れての喧噪となる。
 しかし、鯨食(鯨工芸等もあるでしょうが)は日本民族にとって、絶対守るべき不可侵なものだろうか。今もっと大切な、例えば対米従属路線からの脱却、国内的だがそれを象徴する普天間問題の解決、等々にあらゆる外交努力を集中するべき時に、鯨食文化で、アメリカのみならず大方の西欧世論に、つけいられるスキを与えるのは、得策だろうか。食料に関しては、鯨よりも総合的な食料問題に関する、したたかで柔軟な発想が必要ではないか。
 なにも鯨で日本人のプライドを維持しなくても良いのでは。大方の西欧世論に嫌悪感を抱かせるのなら、趣味的な鯨食を断念しても良いのでは。もっと守るべき大切なものはいっぱいある!
PS,捕鯨の利権と国内経済規模いかほどなのか、知識を持たない。

≪固有の文化≫という逃げ言葉

私の周囲の人たちで、いるか漁という「日本固有の文化」について知っていた人は皆無だった。なぜか日本人は、靖国にせよ、クジラ漁にせよこのいるか漁にせよ、外から注意喚起され反発という形で反応することが多い。黒船以来の日本の伝統なのだろうか。良くも悪くも、このドキュメンタリーが、海外で観客を動員し、話題になっているのは事実なのだから、「上映中止」は全くの愚策。原爆の実態から目をそらすアメリカ人と同様、只の逃げにすぎない。問題は、いるか漁という「いるかを湾に追い込み、入り江を血で真っ赤に染めて殴り殺す」行為が、今の日本人の生活に本当に必要かどうか、であり、そういう客観的な調査研究を経ずして、「固有の文化」という表現に逃げ込むのはやめたほうがいいと思う。

一体今、イルカやクジラを食す人は
何割居るのだろうか?
少数派でしょう?
数の大小ではないが、尊重すべき文化だと思う。
では何故こんな事態になったのか?
国としてきっちり、抗議をしてこなかったからだと思う。
食文化に限らず、国際社会において
日本は国としての存在意義の表現
(主張)をしてきたのだろうか?
主張はしても、それは存在意義ではなく
経済的利益の為の目先の主張だったように思う
又、そんな表現が出来ない国の背景には
上映中止を求める民意?空気?が
少なからず影響しているのではないだろうか?
上映した上で非難するのが大人の社会と言うものだろう
臭い物に蓋の発想は
そっくりそのまま
日本の存在に蓋となって帰ってくるし、
実際そうなってきているようにも思う。

大義の為に小議を捨てる発想が無い、ー合理的な思想を持たない日本人

『ザ・コーヴ』について、曰く、『日本古来の伝統である捕鯨を、まるで野蛮人の如く描くのはけしからん』、『西洋人は四つ足を殺して食べるではないか』、等々、こういう問題では右翼左翼入り乱れての喧噪となる。
 しかし、鯨食(鯨工芸等もあるでしょうが)は日本民族にとって、絶対守るべき不可侵なものだろうか。今もっと大切な、例えば対米従属路線からの脱却、国内的だがそれを象徴する普天間問題の解決、等々にあらゆる外交努力を集中するべき時に、鯨食文化で、アメリカのみならず大方の西欧世論に、つけいられるスキを与えるのは、得策だろうか。食料に関しては、鯨よりも総合的な食料問題に関する、したたかで柔軟な発想が必要ではないか。
 なにも鯨で日本人のプライドを維持しなくても良いのでは。大方の西欧世論に嫌悪感を抱かせるのなら、趣味的な鯨食を断念しても良いのでは。もっと守るべき大切なものはいっぱいある!
PS,捕鯨の利権と国内経済規模いかほどなのか、知識を持たない。

表現の自由があるように、我が国の国民には街宣活動を行ったり、ネットで署名を行って政治家に陳情したり、市民団体による圧力を掛ける自由もあります。

全て反日サヨクや在日韓国朝鮮人が散々やってきた行為です。

これらの反日連中の普段やっている、街宣デモや恫喝・恐喝・暴言・さらには実力行使の暴力等、絶対にテレビでは報道されない恐ろしい動画が、動画サイト上に沢山アップされています。

そして反日サヨクや在日が愛国者へ暴力を振るっているのに、なぜか目の前にいる警察が逮捕しない異常さも見れます。

もう隠しようがないんですよ、これら反日暴力集団の実態は。
反日連中が、街宣と恫喝によってマスコミや警察を従えてきた事も、もう一般国民の間に知られてしまったんですよ。

まともな一般の愛国者が、明らかな嘘と捏造による反日洗脳映画の上映中止を求めたり、その配給で金儲けをもくろむ会社に押しかけ糾弾するのは、日本国憲法で保障されている国民の権利ですよ!

反日映画の「靖国」、愛国映画の「プライド」、どちらも糾弾したり圧力掛ける事は主義主張関係なく国民の権利です。

最後は映画館が決める事で、貴方のように反日映画のみ取り上げるような方がどうこう語る資格はない。

語るのであれば、映画「プライド」が反日サヨク連中によって上映中止になった事も、公平に書くべきです。

それから、ユダヤ人の虐殺数や虐殺そのものに疑義を示す記事を書いたマルコポーロが、アメリカのユダヤ人団体からの圧力で廃刊になった事も書くべきですね。

日本の教科書の内容について、我が国の国民でもない特定アジア諸国(中国・韓国・北朝鮮)が、文句をいってきて内容を変えさせられている事は、立派な政治的圧力による言論封殺じゃないのですか?

戦前の日本は全て悪い!日本は何でも謝罪しないといけない!という反日サヨク的表現への愛国者からの圧力だけ取り上げるのは、篠田さんが自分で「私は偏向したサヨクです」と名乗っているようなものですよ。

http://www.youtube.com/user/shukenkaifuku2

動画はここのチャンネルで全部拝見できます。

しつこいようですが、「見てもないのに上から目線で意見をいう資格は無い」ですよ。

見てもない・詳しく知りもしないで条件反射で「反日映画に反対するのは右翼だ!日本を肯定的に表現するものは全て悪い事だ!日本は悪くなければならない!」とかいう、反日サヨク脳の活動家以外の人なら是非見てから語って下さい。

全部最後まで見てから言って下さい。

『靖国』なんかは最たるものだが、日本の宗教観的な論点がスッポリと抜けている気が致します。

日本では政治と宗教については話はするなという人が多いと思いますが、この点は重要であると思います。

とはいえ、私が語れるほどの者ではないのですが…

自称左翼様の仰るような内容であれば、これはイルカ保護に名を借りた人種差別(日本人差別)映画でしょう。

人種差別映画であれば、「表現の自由」とか「自主規制」などという問題以前の話になります。

どうなんでしょうか。

匿名 | 2010年4月14日 12:43さん
オタクの掲示したURL、YOU-TUBEのユーザーから不適切な動画にされていますよ。

篠田さん、私は「靖国」と「ザ・コーヴ」は幾分違うと思います。靖国は私はDVDで見ましたし、あちこちに貸しましたけれど、大方の人は、なんでこんなんで騒ぐの?と言う意見でした。中国人からみたら靖国はこんなもんなんだなと。むしろ、上映反対で騒いだ自民党議員と街宣車が滑稽でした。内容的にも冗漫んで、ドキュメンタリーとしてもさほど出来は良くなかったと思います。
しかし「ザ・コーヴ」は、アカデミー賞まで取っていて、多分に政治的要素が、靖国なんかより遥かに強いような気がします。アメリカの農産物、牛肉輸出貿易に多くクリンクしませんか?オーストラリアの捕鯨もそうです。スーパーに行けば国産牛は無くなってもアメリカオーストラリアは案外残っています。日本人は買わないのです。BSEの事件以来。ここの匿名ウヨちゃんは純粋だから(?)視点が違うと思うけれど、水面下ではもっとドロドロしているのではないでしょうか?漁師達が弁護士を通じて反対しているは、右翼とは何の関係もなく、むしろ彼らが職を失うことへの危機感からしたことだと思います。かつてのクジラのように。そしてアメリカはそういう政策を取る国です。かつて戦後、給食に、パンと牛乳を導入し日本の食文化を根底から崩しました。自分達はがん予防の為に委員会を立ち上げ日本型の食事の効能を調べておきながら日本人には肉を輸出して食べさせる、そういう国家です。
だから、極論すれば、自主規制で日本では上演されないという選択肢はあっていいと思います。興行主は妨害があって見てもらえなければ収入にならないわけですし、表現の自由でアメリカの農政に加担することはありません。見たい人はDVDで見ればいいし、気持ちのある人は、自主上映や、個々で鑑賞するでしょう。
事実イルカやクジラは今でも一部のなんと表現したら良いか、好事家の間では脈々と食されています。少量だが流通して生活の糧となっているのでしょう。このやり方は決して正攻法ではないと思いますが、わたしは、上映に納得できない。わたしは国内の水産業者を守りたいと思います。日本の食文化を盾に取って、アメリカの本心を隠したエゴを阻止することも時には必要です。

2008年03月22日 — クジラの捕獲を激しく非難する一方で、カンガルーの大量駆除をオーストラリア政府が承認した。ピーター・ギャレット環境相は「捕鯨に反対し続けます。バランスの取れた正しい科学的な計画や環境対策を実行すれば、われわれの環境を保つことができる」と述べている。

アメリカ・ニューヨークの石油会社の前で、抗議のゲリラライブを行ったピーター・ギャレット氏は「おれたちは、自然保護に関心が高い国から来た環境保護ゲリラだ!」と訴えた。
元人気ロック歌手で、現在オーストラリアの環境相を務めるピーター・ギャレット氏は、2007年12月、「日本の『捕鯨は科学的だ』という言い訳は、恥ずかしいことだ」と語っていた。
過激な言葉で日本を非難してきたギャレット環境相は、反捕鯨派の急先鋒(せんぽう)だが、ある問題で、「このままだと日本の捕鯨に対する影響力が崩れ去る」などと抗議を受けたという。
動物愛護団体の人は「あのカンガルーたちを見て。みんな、柵の中に閉じ込められて、注射を打たれて安楽死させられるの」と語った。
大量のカンガルーは、柵の中から不安げにカメラを見つめていた。
ギャレット環境相は、軍の施設で繁殖したカンガルーが貴重な植物を荒らし、生態系に影響を及ぼすとして、400頭を駆除する計画を承認した。
グリーン党の議員は「人道的に行えるただ1つの方法は、注射によって殺すことです」と語った。
しかし、軍のメディア担当者に聞くと、「(その土地は)処分されることが確認されました。売却されるということです」と語った。
「環境を守るため」と言いながら、土地を売却するのかと、動物愛護団体は、激しく反発していている。
動物愛護団体の人は「こんなに美しいカンガルーを殺すなんて、ひどすぎるよ」、「駆除が撤回されるまで、立ち退く気はないわ」などと、着ぐるみを着て、泊まり込みの抗議活動を行った。
「環境テロリスト」とも呼ばれる「シーシェパード」が、英雄扱いされるオーストラリア。
一方では、毎年360万頭ほどのカンガルーを駆除しているという。
日本人観光客に人気だというのが、カンガルーの革製品。
オーナーは「(カンガルー製品は)ホットケーキのように売れてるよ」と話した。
さらに、肉汁たっぷりのカンガルーステーキも売られ、レストランのオーナーは「栄養もあるし、脂肪も少ない。使い道を考えられないのは残念」と話した。
このカンガルー駆除計画に、オーストラリアの人は「悲しいことだと思う」、「駆除は必要なこと。カンガルーは多すぎる。害獣だよ」、「カンガルーはたくさんいるけど、クジラはあまりいない」などと語った。
一方、新聞は、「カンガルーの駆除に日本が激怒」などと報じている。
こうした「捕鯨は駄目で、カンガルーの駆除はいいのか」との声に対し、ギャレット環境相は「捕鯨に反対し続けます。バランスの取れた正しい科学的な計画や環境対策を実行すれば、われわれの環境を保つことができる」と述べている。

うさきちさんの仰るとおりです。
私はこの映画を見てこれは反捕鯨映画などではなく、人種差別映画以外の何物でもないと感じていました。
太地の漁師さん達は日本での上映阻止なんて小さなことを主張するのではなく、優秀な弁護士を雇って映画の制作者と賞を与えた米国アカデミーを相手に訴訟を起こすべきです。肖像権ひとつとっても優秀な弁護士なら勝算ありと判断するはずです。
その上で一般公開するのであれば、私は諸手を挙げて日本での一般公開に賛成します。

少なくとも, 立教大学の学生達には見せて, 討論の材料ぐらいにはして欲しかった。 決して悪い試みではない。 議論の場に, 上映中止を要求した弁護士を連れてきて, 理由を訊いてみる, とか, 篠田博之氏にも討論に参加してもらい, [今の日本社会を取りまく 「自主規制」 という規制の恐ろしさ] について,  話してもらう, とか, 有意義な遣り方は, 幾らでもあったはずだ。 いずれにしても, 見てみない事には, 始まらない。  

まず、私はこの映画の製作者の趣旨に何ら賛同しません。それだけはここでお断りしておきます。
ただ、リーフェンシュタールのナチ映画「意志の勝利」だって、この前リバイバル上映したわけでしょう。それと同じ感覚で、突き放しながら上映し、鑑賞するというのはありだと思うんです。むしろこうした騒ぎの積み重ねから、表現を巡る、変な「雰囲気」が既成事実として出来てしまう事が一番怖い。結論だけが一人歩きして、「表現の規制は当たり前」という、おかしな常識が定着してしまうのではないか、篠田さんが一番危惧されているのはその点ではないかと思います。

これはいろんな問題を含んでいる気がします。coveサイトで予告編みましたがなんだか嫌な感じでした。
盗撮(それなのにアカデミー賞...)、恣意的、人種差別、動物愛護、食文化、環境汚染(水銀)etc...
日本での上映は「盗撮」された側が抗議を行っている間は保留にした方がいいと思うのですが、、太地町側もこれに抗議するだけでなく何らかの形で事実誤認などを訂正出来る様なものを製作して、同時上映とかしてもいいかもしれないですね。そして洋画劇場とかでやってその後で討論会というのはどうでしょう?ありえないですかね。。
また、前にちょっと聞いた事あったのですが、アメリカではイルカは軍事利用されてるらしいけど、食べるのと戦争に利用するのとどっちが人道的なんだろうか。

食に関しては、私個人的には、食物連鎖上位のものや遠くでとれたものなどは基本的には選ばない様にということで牛やマグロなどは時々上質なものを食して基本は植物系中心がいいだろうと思ってますが、その地域や民族が伝統的に食べて来たものをいかにも悪事であるかのように捉えるのは思い上がりと思ったりします。ただ、野生生物は本当にきちんと管理していかなければ、絶滅してしまう恐れもありますが。。欧米は家畜ならいいみたい?でも、それが劣悪な環境で飼育されたり、飼料もかなり問題ある場合が多かったとしたらどうなんでしょうね、、動物愛護という点では、やはり欧米は強いですよね。。スペインの闘牛も禁止になったりしてるようですし。実際見た事ありますが、興奮した牛を仲間の牛が取り囲んでおとなしくなった頃にブスリとやっていてやり方が汚い。涙がとまらず怒ってすぐ出てしまったけどメインは違うのかもしれない。その肉は堅くておいしくないそうですが。。

なんだかまとまり悪くてすみません、、いいたい事がありすぎでした。。。

すみません、細かい事ですが、、
洋画劇場→地上波の ということです。

あとスペイン闘牛補足ですが、マタドールの家に生まれてそれに憧れて目指してる少年が、伝統が禁止になりつつあるのを嘆いてました。いろいろな思いがありますよね。。
イギリスのキツネ狩りも禁止になったようだし、世の中は変わりつつあるという事でしょうか。
でも、スポーツや見せ物と食文化は同じカテゴリーで語れないと思います。

上映されなければ批判もできない。
批判する人達も隠蔽するのではなく多くの人に見せて共感を得るべきだ。
この程度の映画にオスカーを与えた連中の権威をこき下ろしてこそ目的が達せられるのではないか。
どんどん上映すべきだろう。

ちなみに「主権回復を目指す会」と、「在日特権を許さない会」とは全く別の団体ですよ。

左派の団体だって、本当の普通の市民がやっている団体から、かつて爆弾テロや警察官殺害や内ゲバで同士を殺しまくった正真正銘の極左テロ組織までいるのと一緒です。

一般人に嫌悪感を与えるだけの街宣車にのって軍歌を鳴らし、どう見てもヤクザとしか思えない発言を行っている連中は、「街宣右翼」として、右派市民団体からは毛嫌いされています。

そして「街宣右翼」は実態がヤクザが多く、企業にゆすりたかりを行う目的の連中が多いので、右派市民団体とは根本的に違う存在です。

むしろ右派市民団体は金目的ではないのに対して、左派系市民団体は「自称市民団体」といいながら、実際にはバックの労働組合や共産党や宗教団体から金をもらって動員させられている事がほとんどです。

西村修平さんの「主権回復を目指す会」は、”サヨク連中がなぜか行わない”、太平洋戦争中に米軍が日本に対して行った無差別爆撃や原爆投下に対しても、アメリカ大使館の前にまでいって、猛烈な反米街宣活動行ってますよ。

その他、日本の捕鯨船に対するシーシェパードのテロ攻撃に対しても、船籍や母港となっている、オーストラリア・ニュージーランド・オランダに対して、猛烈な街宣活動を行い、大使館員を呼び出して抗議書を手渡ししています。

しかし、なぜ、サヨクの皆さんは、こういう事をしないんですか?

アメリカが日本に対して行った無差別爆撃も原爆も、自虐史観によって自業自得で戦前の日本が悪い!

シーシェパードの明らかなテロ攻撃も、とにかく理由は関係なく日本が全て悪く謝罪するべき!

・・・・・サヨクって本当に頭がどうかしているとしか思えませんね。日本が嫌いで嫌いで仕方ないのに、なぜか日本にいつまでも在住している気持ちの悪い連中。

くやしかったら、サヨクはアメリカ大使館の前にいって抗議してみなさいな。シーシェパードの件で関係国の大使館の前で抗議してみなさいな。

欧米人、白人?には
海洋生物に対する信仰のようなものがあるのでは?よくわからないが
なんかそんな感じ。

公開すべきです。それは文化の違いを認めろとか、愛国心などの問題ではなく、表現の自由の問題だからです。

自分が受け入れられない思想が背景にあるからといって、その表現の一般への公開まで否定するようでは、おそらく公開に反対する人たちも認めないであろう、北朝鮮のような独裁国家と、考え方としては全く同じになるからです。

一般に公開され、作品をちゃんと見た上で、批判したいなら批判すればいいだけの話です。

それ以前の門前払い的な扱いをするなら、日本には真の意味での表現の自由がない国、都合の悪い事実を隠蔽して恥じない国と海外からは思われてもしかたないでしょう。

それでもかまわないというなら、表現の自由を制限の訴えたらいいと思います。反対している人たちが言っていることは、上記のような内容に要約されるからです。

表現の自由?
ドキュメントに登場して非難を浴びている太地の人たちの権利はどうなるのでしょうか。
日本ではモザイクが入るようですが、この映画は既に2009年に欧米で公開されています。もちろんモザイクなどかかっていません。
公開になればはっきりするとは思いますが、こういう扱いをするのであれば、少なくとも取材対象への事前の了解は必要だったと思います。
この映画は捕鯨の是非、有機水銀の恐怖を扱った映画では決してありません。日本の村でこんな残虐なイルカ殺しが行われている。許せない。それだけです。話が通じない同士の戦いと言ってしまえばそれまでですが、国際資本のバックアップで構成された撮影隊が、湯水のように金を使い、零細な日本の一漁村を土足で蹂躙している。そういう映画です。
彼らがうまいのは、都会の日本人が見ると、彼らは都会から遠く離れて暮らす漁村の田舎者で、自分たちとは別の存在であるかのような錯覚を抱くように構成してあることです。有機水銀問題を絡め、都会の日本人はこの事件の被害者というロジックを持ち出すのです。
とにかく目的は凄惨なイルカの殺戮現場をいかに効果的に登場させるかですから、太地の人達は闇雲に吼える野蛮人でなければ困るのです。

自分が表現する手段を有する特権階級の人間であるという自覚も無く、人の尊厳の意味も分からないような輩に、表現の自由があるなどとは、私は金輪際思いません。それは捕鯨の是非以前の問題です。
村社会育ちの日本人は唯々諾々と周囲の意見に従うことになれてきました。この問題は、日本は特殊な文化を持つ国と勝手に思い込み、分ってもらう努力をしてこなかったこれまでのつけなのかもしれません。そう考えると損得勘定や些細な事でもめるなという理由で、捕鯨に関して一歩譲れという論調は私には納得いきません。そういう方たちは、代わりに何が得られると思っていらっしゃるのでしょうか。

太地のいるか漁のことを全く知らなかったので、誰が、いかなる意図で制作したものであれ、歓迎だ。なぜ日本の映画人はいるか漁のPR映画を作らないのか?なぜ原爆告発映画を作らないのか?アバターのキャメロンが二重被爆者の映画を取るそうではないか?なぜ日本人がとらないのか?要は、行動力の差だ。してやられてぶつくさ文句を言うだけの日本人。文句があるなら何らかの形にして国際社会に問えばいい。日本人で固まって文句をいうだけ。みじめこの上なし。

上映禁止にしたら、撮影された漁民の人権が守られるとか、日本固有の文化が守られる、尊厳が保たれるというのは、おそらく現実的でないだろう。

どんな映画であれ、犯罪がらみのものは別として、観てから批判するのが表現の自由というもので、表現を制限することから生まれる、人に対する尊厳や固有の文化などへの尊重などは有りえない。

仮にその映画が観るに耐えないものだとしても、その実態を知らずして、観念的かつ感情的に、二次的情報や人の意見を基に反応する行為を正当化するようでは、この映画を撮影した側に対抗することはできないだろう。

見た上で批判する。これしか民主的な社会での正当で有効な反撃や反論はできないことを常識とすべきだろう。

大体、ほとんどの日本人はイルカ漁のことなど知らない。それが映画で表現されたとおりのものか、そうではなく、漁業のじゃまになるから、他に手段がないから殺戮しているのか、判断できないものが大多数だ。

映画製作者は、他にイルカを追い払う手段があるはずという前提で表現しているのだろうが、漁民が日本人だから擁護しているのだとしたら、そんなものは正義ではなく、単なる民族主義でしかない。

問題をわざとすりかえたり、公開に反対する人達に対して表現の規制を行うウヨクとレッテルを貼ったり、こういうやり方って大昔からよく用いられる手法です。

問題をはっきりさせましょう。

・映画「ザ・コーブ」は明らかに無断盗撮を行っている
・無断で(非公人・非タレントの)一般市民の顔をはっきりと撮影して、それをいかにも地元のヤクザであるとの印象操作で垂れ流している
・嘘だとはっきりわかる事を事実として流す虚位内容のフィクション=作り話なのに、ノンフィクションのドキュメントとして名乗っている

もうこれだけ違法行為・虚位名乗りがあれば、日本人が作った映画であれば普通は映画館で上映できないレベルでしょう。

これでも表現の自由ですか? 盗撮・無断撮影・捏造・非ドキュメントで、表現の自由??

白人が日本の温泉街にやってきて、露天風呂を無断で盗撮して、一般客の顔をはっきりと撮影して、その人達を児童買春になってきた犯罪者だとか売春婦だとか一方的に説明し、温泉宿では脂ぎった変態オヤジと未成年少女達によるひどい売春行為や性奴隷状態が行われている!・・・こういう映画だとしても表現の自由なんですか?

「ザ・コーブ」ってやってる事は全く同じ、こういうレベルの映画なんですよ?

単純なことです。

クジラやイルカは絶滅危惧種だから、獲らないでくれという議論なら応じる余地はあります。

でも、例えば、クジラやイルカが大量に繁殖し、小魚やプランクトンが彼らにごっそり食べられることによって他の魚介類の生存が脅かされるような事態になってもなお、クジラやイルカは頭がいいから獲ってはいけないなんて馬鹿げた話には、付き合ってられないということです。

生態系を守るといった、科学的な見地での反捕鯨論議と、狂信的な反捕鯨論議とは、きっちり分けなければいけません。
日本は、前者の論議に対しては、データを示した上で捕鯨数を制限した上での捕鯨存続を主張しているわけで、非難される筋合いはありません。(ただし、このデータが捏造だったら非難されても文句は言えません。自分で自分の首を絞めるということになります。)
対して、後者の論議には全く聞く耳を持たないというのが日本の姿勢です。
この「ザ・コーブ」という映画は、後者的意図が見え見えで、カルト教団の洗脳映像と同類のものだということから、上映に対して、表現の自由を考慮した上でも反対運動が起こるのでしょう。

牛や鶏の屠殺現場だって、見る人によっては肉を見ただけで吐き気を催すほどのトラウマになるでしょう。牛の屠殺ともなれば、イルカ漁とは比較にならないほど大量の血が流れるはずです。
食と残酷は表裏一体のものであり、そこを乗り越えた上で、私達は犠牲になった動植物達に感謝しながら食生活を送っていくとのだ、という姿勢こそが大切に論じられるべきことではないでしょうか。(日本では、捕鯨を生業にしている少なくない地域で、鯨が神様として祀られています。「鯨は友達」ではなく、「鯨は神」なのです。この考え方の違いを、真剣に考証した反捕鯨派の人はいるでしょうか。)

そこを敢えて、イルカを殴り殺す場面や、血で染まった海を印象付けるというところに、科学的な論議から目を逸らせるのと同時に、食とは残酷なものという原則からかけ離れた「かわいそう」という感情に訴えようという、嫌らしい意図を感じます。写真週刊誌のノリで撮られた映画であって、真面目に捕鯨問題を取り扱おうとした人が撮った映画ではないということです。

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Profile

篠田博之(しのだ・ひろゆき)

-----<経歴>-----

1951年茨城県生まれ。
一橋大卒。
1979年より月刊『創』編集者。
81年より編集長。 82年同誌休刊に伴い、創出版を設立して雑誌発行を続ける。
現在は編集長兼経営者。
日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長、東京経済大学大学院講師など兼務。
東京新聞、北海道新聞などにコラム「週刊誌を読む」連載。
メディア批評のほかに、犯罪、死刑問題などについても新聞・テレビでしばしば発言。
著書『生涯編集者』(創出版)、『ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)。共著は多数

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http://www.tsukuru.co.jp/

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-----<著書>-----


『生涯編集者──月刊「創」奮戦記』
2012年6月、創出版



『ドキュメント死刑囚』
2008年8月、筑摩書房

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