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2010年3月31日

札幌でのNHK受信料裁判の判決は、すごい!

 資料が揃ってから書こうと思っていましたが、時間がどんどんたっていくので、とりあえず現段階で書いておきます。3月19日に札幌地裁で出されたNHK受信料裁判の判決は、その持つ意味を考えるとすごいことです。東京では扱いが小さいのですが、本当はもっときちんと新聞などが掘り下げて報じるべきものです。

 もう多くの人が忘れていると思いますが、NHKの不祥事に端を発した受信料不払いの動きが全国に拡大したのを受けて、NHKは2006年頃から全国各地で法的督促というのを行うようになりました。簡単に言うと、不払いを続けると裁判所に訴えるぞという脅しですね。大半の人はこの法的督促の文書を受け取った段階で、仕方ないと支払いに応じているのですが、なかにはこういうやり方は納得できないと、裁判に至ったケースもあるわけです。

 有名なのが東京での裁判で、2007年に大弁護団が結成され、今も高裁で審議が進んでいます。この裁判については、『創』では専用のサイトを立ち上げ、逐一報告してきました。
http://www.tsukuru.co.jp/nhk_blog/

 これを見て全国から同じように法的督促を受けた人の情報が集まり、サイトで紹介した以外でもたくさんの相談を受け、弁護団を紹介したりしてきたのです。確かこの札幌の裁判の当事者の方も、その過程で一度接触があったような気がします。

 この裁判については上記サイトで詳しく書いているように、東京地裁での判決は、被告側の敗訴、つまりNHK側の主張が認められたのでした。ところが、今回の札幌での裁判は、東京の被告と似た事例なのですが、NHKが敗訴したのです。このケースは契約に応じたのが、当人が不在中に対応した妻だったというもので、契約は成立していないと裁判所が認定したのですが、これでNHKが敗訴となると、他の裁判にも大きな影響を及ぼすことは必至です。たぶんNHKは驚天動地だったのではないでしょうか。

 東京地裁と札幌地裁の認定はどこでどう異なったのか、詳しく分析する必要があり、今東京の弁護団も資料を取り寄せているのですが、札幌の判決には、関係者も驚いたのではないでしょうか。この判決が前例となると、この間の他の地方での裁判の形成が逆転する可能性があるからです。

 で、この問題がなぜ大事かというと、これが単に不払いの個人の主張が通るかどうかということでなく、受信料制度ないし公共放送とは何なのかという根源的な問題につながっているからなのです。筆者(篠田)もこの裁判に関わる過程で多くのことを学んだのですが、そもそもNHKの受信料制度というのは、戦後の民主化の中で、放送を市民が支えることで権力から独立性を保つという理念でスタートしたものなのです。それが次第に形骸化し、払っている側もあまり意味がわからないまま払い続けてきたわけですが、このメディア激動の時代状況の中で、公共放送というあり方を「そもそも」論にまでさかのぼって議論することはすごく大事なことなのです。

 本当はNHK側がそういう議論を起こすべきなのですが、当面受信料確保を狙っているために難しい議論に立ち入って裁判を長引かせたくないからと、原告のNHK側はそういう議論を避け、手続き論だけで勝負してきました。つまり契約が成立しているか否かだけを争うという戦法です。で、東京の場合は、それでNHKの思惑通りの判決が出たのですが、今回の札幌の裁判は、そのNHKの戦法が破たんしてしまったわけです。これは東京での高裁での審議にも影響を及ぼしかねないものです。

 というわけで、こういう問題をきちんと取り上げられない大手マスコミのふがいなさを見るにつけ、『創』の出番だ!と思うのですが、『創』も最近は大変で(苦笑)思うようにはいきません。今回もその札幌での裁判の被告の人に連絡をとろうと思ったら、以前のメールがどこへ行ったかわからず、いまだに連絡がとれない始末(トホホ)。もしこの書き込みを見ていたら、連絡下さい!札幌の人。

 ちなみに東京でのNHK受信料裁判控訴審ですが、次回の期日は4月27日午後3時、東京高裁817号法廷です。

2010年3月23日

継続審議になった性表現規制の都条例をめぐって専用サイトを作りました

 性表現規制強化などを盛り込んだ東京都の青少年条例改定案は、18日・19日の両日、都議会総務委員会で審議され、今回は可決せず継続審議とすることで決着した。18日は夜11時近くまで及ぶ大議論で、傍聴人も40人と異例の多さだった。いやそもそも先着順となっていったため、委員会が始まる1時間前には傍聴券希望者の列が定員の20人を突破。傍聴席を40人まで増やしたのだが、それでもあっという間に埋まってしまったのだった。18日付の東京新聞が一面トップで「都規制案先送りへ」という記事を掲げ、その中で詳しく書いているが、この間、都議会各会派や議会局には規制反対の手紙やメールが殺到した。16日以降、メールが1日2000通以上に達したこともあったという。

 総務委員会での審議は、今回の改定案の中味や運用について論じられたもので、議事録公開までには時間がかかるので、簡単な傍聴記録を近々公開するつもりだ。かつて自民党一党支配が続いた時代には、市民がいくら反対してもそれと関係なしに政治が動いていったために政治的無関心が拡大していったのだが、今回は、市民の声が議会の流れを押しとどめた形だ。3月15日の漫画家らの記者会見での訴えと、都議会で行われた集会に400人近い人がつめかけたあの熱気が議会を動かしたといえよう。その後、出版各団体や日本図書館協会、日本ペンクラブなどの反対声明が相次いだことも大きかった。この国の民主主義がまだ死滅してはいないことを証明したといえよう。

 ただ、ここで全く楽観はできない。今回は採決されなかったといっても、早ければ6月に再び審議が行われるし、3月20日付の新聞が報じているように、大阪府の橋下知事が、大阪でも条例改定の検討に入ることを表明している。東京都では先延ばしになったといっても、規制推進派の動きは全国に拡大しつつある。今回、東京都での予想外の抵抗に危機感を持ったこともあってか、一時なりを潜めていた国レベルでの児童ポルノ法改定への動きも再び動き出した。今回は水際で押しとどめたけれど、そう遠くない時期に、もっと大きな波が押しよせてくるのは明らかだ。

 そのために、もっと大きな市民的議論をしておくべきだと思う。この間、個人レベルも含めて多くの人が声をあげたが、それらを連携させる、あるいは互いに議論するという作業が必要だ。

 1990年代初めの「有害」コミック騒動の時は、漫画家やマンガファンだけでなく、フェミニズムの立場から性表現規制をどう見るかという声もあがり、双方で激しい論争も行われた。この間、性表現論議の陰に隠れた印象があるが、今回の規制案には、ネット・ケータイ規制も大きなウエイトを占めている。法的規制に反対するには、これらについての市民的議論を深めることが必要になる。そもそも規制推進派の主張は、表現者や出版現場に任せておいては改善はされないので法規制が必要だということなのだから。

 そうした議論のために、この間明らかになった論点を整理するために、この間の書き込みなどをベースにして、『創』編集部では、この問題の専用サイトを立ち上げることにした。(http://tsukurukari.blog3.fc2.com/) サイト名は「青少年条例と児童ポルノ法改定による表現規制を考える」。各団体の声明や関係者の意見書なども閲覧できるようにした。ぜひアクセスしてみてほしい。

2010年3月18日

都条例改定に反対声明続々! 日本ペンクラブ、図書館協会など。

 本日18日、いよいよ東京都青少年条例改定についての委員会の審議が行われたが、この模様は追って報告するとして、様々な団体から上がった反対声明を紹介しておこう。まず日本ペンクラブの声明。本日夕方5時に発表したのだが、この起草などで一昨日から昨日、私も忙しかった。今回の規制強化はマンガが狙い撃ちされているのだが、この問題をマンガだけでなく表現に関わる作家やジャーナリストが全体として受け止めて反対していこうという意志を示すためには、日本ペンクラブが声明を出すことは大きな意味があった。ペンクラブでは私が副委員長を務める言論表現委員会と「子どもの本」委員会ですり合わせを行うところから始め、様々な人が意見交換しながら声明文を練っていった。大きな組織であるだけに、緊急でこういう作業を行うのは大変なのだが、執行部始め大勢の人が力を尽くしたおかげで何とか本日発表にこぎつけた。

●東京都青少年条例改定による表現規制強化に反対する

 現在、東京都議会で審議されている青少年健全育成条例の改定案に対し、出版界の主要な団体やコミック作家などが強い反対の意を表明している。表現に対する規制強化の意味を持つ今回の条例改定については、日本ペンクラブも危惧を表明せざるをえない。青少年条例による規制は、直接的には青少年への販売や閲覧を制限するものとされるが、それが表現全体に影響を及ぼすことは明らかである。

 そもそも性表現といった個々人によって受け止め方が異なる、デリケートな事柄については、国家や行政による法的規制や取り締まりを極力排し、表現者や出版社等の自律による自主的規制などによって対処するのが好ましいことは言うまでもない。

 今回の条例改定については、今日に至るまで、十分な市民的議論に供せられることもなく、表現に関わる規制強化という重大さに比して拙速に事が運ばれている印象は拭えない。また、「非実在青少年」といった恣意的な判断の余地がある造語によって、表現行為が規制されることが好ましくないことも言うまでもない。さらに、改定案の中に含まれるインターネットの規制についても、公権力がフィルタリング基準に関与することにつき、活発な議論を通した上での合理的なコンセンサスが得られているとは、到底言えない。

 表現に関する規制は、歴史的に見ても、恣意的な運用や拡大解釈の危険性が排除できず、表現の自由と、ひいては民主主義の根幹に関わる重大な弊害をもたらすおそれがある。なぜいま表現規制を強化しなければならないのか、納得のいく説明もないままの今回の条例改定について、日本ペンクラブは強く反対するとともに、同様な改定を予定している各地方自治体や政党に対し、開かれた場において冷静かつ慎重で十分な検討をすることを強く求める。

2010年3月18日
社団法人日本ペンクラブ 会長 阿刀田 高

 次に日本図書館協会が昨日発表した声明だ。
 http://www.jla.or.jp/kenkai/20100317.pdf

 さらに日本雑誌協会と別に小さな出版社が集まって作っている出版流通対策協議会も本日付で声明を出した。

 これだけ多くの団体が次々と声明を出していくのは久々で、今回の問題への危機意識がいかに大きく広がったかを示すものといえよう。

2010年3月17日

表現規制の青少年条例改定に出版業界団体が反対声明!

 本日、出版倫理協議会が『「東京都青少年条例改正案」に対する緊急反対声明』を出した。出版倫理協議会とは、日本雑誌協会、日本書籍出版協会、日本出版取次協会、日本書店商業組合連合会で構成される出版業界を全て網羅する団体だ。つまりオール出版界が反対を表明したことになる(声明文はこの文の末尾にアップ)。

 明日から都議会総務委員会で条例改定の審議が行われ、あさってには採決に至る。改定案の賛否は今のところ総務委員の中では7対8と拮抗しており、成立せずに継続審議になる可能性も出てきた。15日の漫画家の会見と集会が潮目を変えたのは明らかだ。ただ、賛否が拮抗しているからどっちに転ぶかわからないというのが実態だ。

 先週末から新聞・テレビが報道を始めたが、新聞によって扱いが極端に異なる。16日朝刊で1面と2面を使って大々的に報道したのは朝日新聞。東京新聞も社会面で大きく報道、さらに同紙は本日17日朝刊の特報面でも大きく取り上げている。毎日新聞は16日の報道はさほど大きくなかったが、会見には都庁クラブ以外の記者も来ていたから、恐らく明日明後日の紙面で扱うのだと思う。読売・産経がやはり扱いが小さい。というわけで、これは恐らく新聞社のこの問題に対するスタンスの違いを反映しているといえよう。意外だったのは、15日の会見を日本テレビの「ニュースゼロ」やテレビ東京などが結構大きく扱ったことだ。これらの映像はYouTubeにアップされている。

 この問題についてはネット社会で一気に関心が高まり、まとめサイトなどもできているが、一連の流れを網羅したサイトがないので、『創』編集部で明日にも作成して立ち上げようかと考えている(但し忙しいのでできるかどうか未定)。とりあえず今日は、出版倫理協議会の声明をアップしておきたい。

 また、15日に発表された京都精華大学などのマンガ学科を持っている大学の意見書なども昨日からそれぞれのホームページにアップされている。マンガの規制問題で大学がこういう動きをするというのも20年前の規制騒動と大きな違いだ。この20年間でマンガはコンテンツ産業として認知されたことの現われだろう。

●京都精華大学マンガ学部教授会の意見書
http://info.kyoto-seika.ac.jp/info/docs/press_100315_01.pdf

─── 以下は出版倫理協議会の声明 ───

「東京都青少年条例改正案」に対する緊急反対表明

平成22年3月17日 出版倫理協議会議長 鈴木富夫

 出版物が青少年に及ぼす影響力は大きく、その社会的責任が重大であることは言うまでもない。出版に携わる者として、青少年の健全な成長を願い、そのための努力が必要であることは、十分認識している。

 しかし、その責任は出版関係者が自主的に負うべきものであり、法的・行政的措置は表現の自由の立場からも慎重に討議され、最小限に留められるべきと考える。

 このような観点から昭和38年に設立された出版倫理協議会では、青少年に見せたくないコミックやグラフ誌に対しては、出版ゾーニングマークをつけたり小口シール止めを施し、書店、コンビニでの区分陳列や対面販売を徹底するなど自主規制に努めてきた。

 しかし、今回示されている条例改正案は、業界のこのような自主規制の努力をないがしろにするものと言わざるをえない。

 当協議会が特に問題と考える点を以下に列記する。

1.18歳未満と判断される架空の人物の性を描いたコミック等を規制しようとしていること。(コミックにおける登場人物は設定年齢よりも幼くみえたり、年齢不詳の場合も多く、当局の恣意的な判断によって、著作者や発行者への検閲や弾圧につながる怖れがある)

2.現行の児童ポルノ法において、「児童ポルノとは何か」の定義が曖昧とされているにも拘わらず、それを踏襲しようとしていること。(国会において定義の見直し論議を行っている)

3.児童ポルノの「単純所持」について規制しようとしているのは、権力の乱用につながりかねない。(国も論議中で未だ規定していない)

 以上の理由から、当協議会は論議不十分で周知されていないこの条例改正案に対し、反対の立場を表明するものである。

構成団体(社)日本雑誌協会(社)日本書籍出版協会

(社)日本出版取次協会 日本書店商業組合連合会

2010年3月16日

東京都青少年条例改定に漫画家らが反対表明。集会はものすごい熱気でした。

 行ってきましたよ。正午からの漫画家らの反対会見と2時からの集会。既に動画がアップされているので詳しい中身はそちらをご覧いただきたいと思います。会見で発言した漫画家は、里中満智子、ちばてつや、竹宮恵子、永井豪の各氏。それに呉智英、宮台真司、藤本由香里の各氏らも同席しました。このほか会見前に行われた民主党のヒアリングには雑協(日本雑誌協会)、書協(日本書籍出版協会)なども参加、意見書を提出しました。

 条例改定案は19日の総務委員会で実質上決着がつきそうなのですが、今のところ改定推進が自・公、反対が民主・共産・無所属という色分け。民主全議員が反対すれば改定反対派が過半数を制するとのことですが、問題は民主が一枚岩でないらしいこと。そのためにきょう漫画家や業界団体、学者らを呼んで話を聞くことにしたようです。
 
 驚いたのは会見の後2時から行われた集会でした。私・篠田は食堂で時間をつぶして2時少し前に会場へ行ったのですが、何と!ものすごい人の群れで、会場に入れない人たちが大行列。会場となった会議室は100人弱の席があったのですが、座れない人が200人はいました。集会が始まってからも立ち見は増える一方で、最終的に座れた人を含めて400人くらいになったのではないでしょうか。会議室の開きっぱなしにしたドアの外にも人だかりができていました。主催者の予想をはるかに超える人が集まったわけで、里中さんや竹宮さんらもこの熱気には感激していました。

 ちょうど1990年代前半、コミック規制の動きが全国に広がって漫画家らが危機感を持って立ちあがったあの時に似た雰囲気。私もその当時は運動の渦中にいましたが、きょうの集会にはその時一緒に運動をやったメンバーも集結していました。これだけの人が集まったというのは、改定反対派議員には大きな後押しになったはずです。上記したように民主の動向が決定的な意味を持っているとすると、きょうの集会で潮目が変わった可能性があります。

 私もこれまで個人情報保護法やら共謀罪やらで最終局面に議会に足を運んだことはしばしばありましたが、きょうのあの熱気は十分流れを変える力を持ちえるものと思います。竹宮さんらの京都精華大や、会場に関係者が来ていた東京工芸大など、マンガ学科を持っている大学も意見書を出しているし、今後、業界団体でもこうした動きに加わる可能性は高いといえます。

 会見にはもちろん、各テレビ局や新聞社がほとんど参加し、テレビカメラも回っていましたが、明日朝の新聞・テレビはそう大きな報道にはならないでしょう。ただ、会見には都庁クラブ以外の社会部や文化部の記者も来ており、今後議会での議論を見ながらストレートニュースでない解説記事が出てくる可能性は高いといえます。そして、それ以上に、以前のコミック騒動の時と違うのは、ネットという媒体が大きな力を持っていること。もともとこの問題については、ネット社会に規制強化反対の声が大きいし、ネットの媒体力が大きな力を発揮する可能性があります。現に会見や集会の様子はネットにすぐにアップされました。これまでは、いくら集会が盛り上がっても新聞・テレビが報道しないと、それは存在しないことになってしまったのですが、きょうのように漫画家が直接顔を出しての発言といった素材ができると、それがネットで力を発揮する可能性は大です。

 今すべきことは、様々な動きを連動させていくことなのですが、20年前のコミック騒動の時に私が石ノ森さんや里中さんらと連絡をとりながら、事務局を務めた時代と比べると、ネットという大きな武器が存在するのは決定的な要因。条例改定を阻止することは十分可能です。

 ちなみに今回の条例改定には、マンガなどの性表現規制の問題と、もうひとつネット規制が大きな柱として含まれています。この点でも重大な問題なのです。

 最後に書協・雑協の本日付の意見書をアップしておきます。また写真は、会見に臨んだ里中満智子さん(手前)ら。ちばてつやさんと竹宮恵子さん、それに集会で発言する永井豪さんです。

■意見書のダウンロード(PDF)

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2010年3月15日

JANJANも休刊。独立系メディアの危機も深刻です

 3月9日付朝日新聞がインターネット新聞JANJAN休刊について大きく報道していました。既成の大手メディアに対抗して登場した媒体がこんなふうに潰れていくのは残念です。新聞・テレビの大手資本がメディアを独占していた時代が、インターネットの普及によって崩れつつあるなかで、現状では「情報は無料」というネット社会特有の壁もあり、独立系の小資本の媒体も生き残っていくのは簡単ではないようです。

 紙媒体の世界ではそれはさらに顕著で、今や一定の影響力を確保している独立系雑誌は数えるほどになってしまいました。広河隆一さんの『DAYS JAPAN』も先頃、休刊の危機に瀕しながら読者拡大運動を展開、昨日、定期購読者が9000人に達したとして存続が発表されました。

 70~80年代には『話の特集』『噂の真相』を始め、独立系雑誌が群雄割拠し、言論の多様性が確保されていたのですが、昨今の出版不況で、大手資本に属さない雑誌の存続は大変厳しくなってしまいました。もちろん大手出版社の雑誌だって次々と休刊しているわけですが。

 そんななかで『創』も今後どうするか改めて考えねばならない時期に直面し、とりあえず一度立ち止まって考えようということで今月号は4・5月合併号としました。そして困難な状況に直面していることを率直に読者に知らせるための説明を掲載したのですが、これが思わぬ反響を呼び、読者や執筆者から激励の声が毎日たくさん寄せられています。ジャーナリズム系の雑誌がこの1~2年次々と休刊に至っていることへの危機感も背景にあるのだと思います。

 『創』今月号に掲載した説明も、内情を率直に書いた異例なもので、従来は恐らくこんなことを明らかにする例はなかったと思います。今回敢えてそうしたのは、『現代』の休刊に際して、「執筆者に何の相談もなくいきなり休刊というのはどうなのか」「もう少し広い議論に供したら何か別の道がありえたのではないか」という声があがったからです。考えてみればメディアというのは作り手だけで成り立っているものではなく、読者や書き手があってこその存在だから、そういう声があがるのは当然でもあるのです。

 ということで、ここに『創』に掲載した「読者の皆さまへ」と、読者から届いた声を2~3紹介したいと思います。執筆者や同業者からの激励のメールもいろいろあるのですが、これは私信なので公開は控えておきます。「読者の皆さまへ」は公の文書というより個人的心情を書いたものなのですが、ちょうどこれを書いて『創』を校了した直後に2月26日の「小沢VS検察」シンポジウムがあったわけです。

 大手メディアが取り上げないような少数意見や異論を世に問うという役割を果たしてきた独立系媒体が存続しがたくなっている今の状況は、本当に残念に思います。

 『創』は5月6日発売(通常は7日発売ですが休日なので繰り上げ)の6月号は予定通り出すことにしていますが、刊行形態その他についてはいろいろなケースを検討しています。『週刊金曜日』や『DAYS JAPAN』のように直販を中心とした雑誌ではなかったのですが、事前予約の直販の比率をあげるというのも安定させるためのひとつの方策です。
よしそれならひとつ応援してやろうか、という方がいましたら、創出版のホームページから購読申込をお願いします。

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【読者から寄せられた声の一部】
●篠田編集長の巻末のメッセージを拝読いたしました。
 私はまだここ1・2年ばかりの間に愛読をしている年数の浅い読者ではありますが、貴誌のスタンス、示されている問題やテーマに非常に刺激を受け、勉強になっています。
 次々と雑誌が休刊、廃刊になる中、『創』も厳しい経営状況ということはうすうす感じてはいましたが、編集長個人が私財を投げ打っていたことを知り、ますます『創』への愛着が増してきました。季刊にして、価格を上げても送料を読者負担にしても構いません。どうか続けていく道を探って頂けるようお願いします。(埼玉県 41歳)

●北海道新聞の「週刊誌を読む」(平成22年、2月3日夕刊)で知りました。ついでに、週刊朝日も買い、検察のやり方に怒りを感じました。どの大手新聞社も、検察の味方しかしないのでしょうか。今後、新聞に書いてある、裏のこと、本当のことを書くべきだと思います。歴史的にみて、今の、大手新聞には期待できません。本当の民意は選挙です。それを踏みにじる検察。大手新聞の書けないこと。正義を貫いてください。(『創』を知ったことで、少し救われました。)(北海道 60歳)

●定価が1200円になっても読みつづけたい雑誌です。宜しくお願い致します。(東京都 58歳)

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【読者の皆さまへ】(4・5月合併号に掲載したもの)篠田博之
 今月号を合併号にしたのは、現有勢力でこの春、森達也さん始め本誌連載の幾つかを単行本にしようという計画があるからでもあるが、実はもう少し大きな意味がある。もう30年近く続けてきた『創』を今後どうするのか、一度立ち止まって考えてみようと思ったからだ。雑誌編集は、当月号の編集をしながら次号の企画を考えるという作業の連続で、立ち止まって考える余裕があまりない。だから一度休んで考える時間をとろうと思った。

 ご多分に漏れず、弊社もこの2年ほど経営が厳しくなっている。本誌の読者数はあまり変わらないが、もともとこの雑誌は赤字で、それを『マスコミ就職読本』という効率のよい出版物で支えてきた。ところが、就職ビジネスがネットにシフトし、しかもネットは「情報はただ」という世界だから、この2~3年収益が悪化した。例えば『マス読』関連で開催しているセミナーなども、有料開催が難しくなってきた。情報は無料で、収益は企業から広告をとってというビジネスモデルをネットが一般化してしまったのだ。

 もともと就職ビジネスの世界ではそういう広告モデルが一般的だったのだが、それでは企業に対する批評はできない、というアンチテーゼから出発したのが『マス読』だった。掲載している企業が知られたくない青田買いもコネ入社の実態もきちんと載せるという姿勢で、創刊当初はいつも掲載企業とケンカになった。いわば就職マーケットにジャーナリズムの手法を持ち込んだのが『マス読』だった。この本が「マスコミ志望者」のバイブルと呼ばれるほどになったのは、その姿勢が支持されたからだ。しかし、ネットへのシフトが事情を大きく変えてしまった。

 以前発行していた会社から『創』を買い取って創出版を設立し、刊行を始めたのは1982年だが、『マス読』は『創』の赤字を補うために翌83年に創刊した。この2つは弊社の両輪だったのだが、『マス読』の収益率が落ちたことで、会社の資金がひっ迫するようになった。そこへリーマンショック以来の広告費の落ち込みが重なった。

 もともと私はもう10年近く前から、創出版からは報酬を得ていない。長年協力関係にある筆者に十分なお礼もできないのに、自分がそこから報酬を得るわけにはいかないという、これは経営者としてのモラルだと考えてきた。幸い、東京新聞の連載を始め、自分の会社以外でも仕事をして収入を得ており、生活費にはそれをあててきたのだが、最近はそこからも創出版に補填をせねばならなくなった。この30年間で、私は会社に数千万のお金をつぎこんだと思うのだが、この1年ほどは年に1000万円余をつぎこんだ。

 その資金は、相次いで亡くなった両親の残したお金だった。私の両親は貧乏をしながら子どもを大学に行かせたのだが、私は学生運動を行い、親をさんざん心配させた。そのことがずっと痛みとして自分の中にわだかまってきたのに、その親が亡くなった時のお金を
自分の会社につぎこむというのは、かなりの精神的痛みを伴うことだった。

 一方、出版不況は深刻化し、『論座』や『現代』など総合誌が次々と休刊していった。それらの休刊を見ていて、逆に私は『創』は今はつぶせないなと思った。それぞれ会社の事情があっての措置ではあるだろうが、大手の会社であれば総合誌1誌を苦しい中でも続けていくことくらい、本当に覚悟があればできたはずだ。もともと金儲けだけでやっていた雑誌なら儲からなければつぶすのは当然だが、それらの雑誌はそうではなかったはずだ。言論に対する覚悟のようなものがあるならば、もう少し違ったやり方をすべきではないかと思えた。

 82年に創出版を興して『創』の発行を続けようと思ったのは、それまで私も勤めていた前の会社が、商法改正で広告収入が減るから休刊することを決めたからだ。編集長だった私はそれに激しく反発した。

 そして、会社の措置に納得できないから休刊させるなら別会社を作ってそこから発行する、と申し出て、当時の編集者3人で興したのが創出版だった。私は当時まだ20代だった。十分な資金もなしにスタートしたから、しばらくは無給だった。人も雇えないから、書店に本を運ぶのも、返本を紙やすりで加工して梱包し再出荷するといった作業も全て自分たちでこなした。

 ただ自分の作った本を自分で磨いて自分で書店に運ぶという体験は、出版という仕事の原点を体感するのにはおおいに役立った。そういう心意気を知って、手伝いたいと集まってくれる人たちもいた。無給でもいいから働かせてくれと言ってきた者もいた。

 鈴木邦男さんなど、本誌の執筆陣の多くは、もう20年もの長いつきあいだ。長年発行を続ける間にはいろいろなことがあった。昭和天皇の死去の時には皇室タブーの特集で右翼団体の攻撃を受け、マンションの立ち退きを通告されたこともあった。しかし、当時は私も若かったから、たとえ編集部の事務所がなくなろうと発行を続けるつもりだった。

 そうまでして続けてきた雑誌だが、最近いろいろ思うところが多いのは、ひとつには私自身がもう50代半ばを超え、体力的に無理ができなくなったこと、そしてもうひとつは底なしの出版不況で、先の展望が見通せなくなってきたからだ。つきあいのあった雑誌が次々とつぶれ、書店に総合誌のコーナー自体がなくなっていくのも大きな変化だった。

 これだけ雑誌がなくなっていくのを見ていれば『創』も大変であろうことはわかるから、この1~2年、本誌連載執筆陣を始めいろいろな人から激励の言葉をいただいた。また読者からも励ましの手紙をいただくことも多い。本当にありがたいことだと思う。

 そして、これからどうするか。いろいろな選択肢を考えようと思っている。例えば刊行形態を隔月にするという案だ。『諸君』などこの間、休刊した雑誌も一応、こういう方法を考えたらしい。あるいは『マス読』に替わる収益の道を考え、本誌をこのまま続けるという方法。そしてもちろん休刊という道もある。

 経営的には苦しいことばかりだったが、多くの人脈に支えられて雑誌を続けてきてよかったと思うことは数知れない。例えば宮崎勤死刑囚のような人物を12年間もウオッチしてその発言を活字にしてこれたのも『創』ならではの仕事だ。最近では、獄中連載を続けた三井環さんが出所後すぐお礼の電話をくれた時も、ああ続けてきてよかったと思った。
これからどうすべきか。多くの人の意見を聞いて、考えたいと思う。

2010年3月12日

性表現規制めぐる東京都条例改定の動きが山場に! 15日に漫画家らが記者会見

 「THE JOURNAL」ではちょっと異色のテーマかもしれないけれど、性表現規制をめぐる東京都条例改定の攻防戦が最終局面を迎えているのでお知らせしたい。このままだと19日の東京都議会の総務委員会で条例改定の採決が行われる可能性が高く、15日の月曜日からいろいろな動きが一気に噴出しそうだ。

 私は1990年代の「有害」コミック規制騒動の時に、故・石ノ森章太郎さんや里中満智子さんらと「コミック表現の自由を守る会」を立ち上げ、その事務局長を務めた関係で、このテーマには関わりが深い。ということで、今回も新聞のコメント取材が入ったりしている。

 とりあえず15日(月)の動きをお伝えすると、午前中に都議会民主党が雑協(日本雑誌協会)などにヒアリング、正午から都庁記者クラブで漫画家らが会見(竹宮恵子、里中満智子、ささやななえ、呉智英、藤本由香里、他)。午後2時から会見に出席した人たちを中心に都議会議事堂2階第二会議室で集会も予定されている(4時まで)。またマンガを発行している大手出版社なども声明を出すらしいし、雑協も何らかの見解を発表するようだ。会見等についての詳細は(http://yama-ben.cocolog-nifty.com/ooinikataru/)を参照。会見開催を申し入れた山口貴士弁護士は、なるべく多くのメディアに訴えたいという意向だ。

 今回の条例改定のポイントは、ネットのフィルタリング規制と、児童ポルノ法改定を先取りする形での性表現規制強化で、後者は今後、国会レベルで法改正論議につながっていきそうだ。昨年来、児ポ法改定論議と東京都の条例改定の動きはセットになって進んできたのだが、問題はこんなふうに現実に条例改定がなされるという段階に至っても社会的議論がほとんど尽くされていないことだ。都議会をめぐる攻防はもう1カ月以上続いているのだが、そんな問題が起きていることすら知らない人がほとんどだろう。

 私の基本的立場は90年代のコミック騒動の時から変わっていないのだが、表現しかも性に関する表現というデリケートで、人によって受け止め方の分かれる問題を、法的規制で権力によって取り締まるというのは弊害が大きい、というものだ。社会的議論を経たうえで、ある種のルールを作っていく必要はあると思うが、例えば90年代の論議を経て出版流通でのゾーニング(すみ分け)はかなり進んだ。当時は「書店ではドラえもんの隣にポルノが置かれている」と非難されたものだが、いまやさすがに「ドラえもん」と大人向け性表現マンガは別の棚に分けられている。差別表現や性表現については、法的規制でなく、「思想の自由」市場における市民的ルールによって解決がはかられるべきものだ。

 ま、この議論も細かくやっていくと簡単ではないし、「児童ポルノ」の問題というのはまた別の側面もあるので、本当はかなりきちんと議論しないといけないのだが、今はそういう議論の場そのものがないのが現実だ。今回の条例改定の動きについても、新聞・テレビはほとんど報道していないため、議論の前提になる事実そのものが知られていない。こういう中で次々と表現規制がなされていくのは怖いことだ。

 ということで、来週、都議会の動きに要注目!だ。なお90年代の「有害」コミック騒動については創出版から『「有害」コミック問題を考える』『誌外戦』という2つの本が出版されており、まだ在庫もある。今日にまで至る問題の基本は既にこの90年代の議論にほとんど集約されている。参考文献としてご覧いただきたい。

Profile

篠田博之(しのだ・ひろゆき)

-----<経歴>-----

1951年茨城県生まれ。
一橋大卒。
1979年より月刊『創』編集者。
81年より編集長。 82年同誌休刊に伴い、創出版を設立して雑誌発行を続ける。
現在は編集長兼経営者。
日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長、東京経済大学大学院講師など兼務。
東京新聞、北海道新聞などにコラム「週刊誌を読む」連載。
メディア批評のほかに、犯罪、死刑問題などについても新聞・テレビでしばしば発言。
著書『生涯編集者』(創出版)、『ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)。共著は多数

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創出版
http://www.tsukuru.co.jp/

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-----<著書>-----


『生涯編集者──月刊「創」奮戦記』
2012年6月、創出版



『ドキュメント死刑囚』
2008年8月、筑摩書房

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