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封印された市橋容疑者の両親会見

091205shinoda.jpg
↑ フライデー12月4日号

先週は『創』の校了で忙しくてトピをあげ損ねたため、少し遅くなったが書いておこう。

写真は『フライデー』12月4日号だが、市橋達也容疑者の両親が11月10日夜に行った会見の写真がご覧のように顔一面モザイクだ。

普段、容疑者の関係者の写真を無断で隠し撮りすることもある同誌が、ここまでやること自体、異様な感じさえ受ける。

実は、この市橋容疑者逮捕の夜の両親の会見映像、当日テレビで一斉に流されたので覚えている人も多いと思うが、同じ映像が今は使えない。

通信社の配信サービスからもこの写真は排除されている。

なぜかといえば、容易に想像できると思うが、この会見の直後から両親のもとにバッシングの嵐が吹き荒れ、母親が「恐ろしくて外にも出られなくなった。正直、これから生きていけるかどうかわからない」(夕刊紙へのコメント)

という状態になってしまったようなのだ。

実際、両親は翌日の11日にも会見を行ったのだが、顔は映さないだけでなく、音声さえ変えるという状況だった。

『フライデー』も前週の11月27日号には両親の会見の写真をモザイクなしで掲載していた。

そして記事で「逮捕後の『親バカ』」「この親にしてこの息子あり」などと罵倒していた。

恐らく10日に会見に応じた時にも、両親は覚悟をもって臨んだはずだ。顔を出して、言うべきことははっきり言う。

そういう意思が感じられた会見だった。それが1日で一変したというのは、世間から加えられた風圧がいかに大きかったかということだ。

その両親の会見についての賛否の声を特集したのは『女性セブン』12月3日号だ。見出しは「あなたはどう思う? 市橋容疑者 医師両親会見への疑問」。

賛否はっきり意見が分かれた中で、賛意を表明したのは香山リカさんだ。

「医師という職業からも、親の立場からも、説明責任を果たさなければという気持ちが強かったのでは。カメラの前で加害者側が話すことは相当の覚悟と決意を必要とします。あえて会見したことは評価すべきです」

しかし「会見への疑問」という見出しからもわかる通り、この記事でも大半のコメントは反対意見だ。例えば、神戸連続殺傷事件の被害者家族のひとりはこうコメントしている。「謝ってはおられるんですが、なにか息子を突き放していて、本当に"申し訳ない"という思いが届いてこない」

教育評論家の尾木直樹さんもこうだ。

「視聴者は加害者の親に"つらいだろうな"という姿を期待しています。今回の会見は、見ているほうがつらくなる感じはなかった。これだけ世間を騒がせて国際問題にまでなっているのに、そこにある種の"軽さ"を感じました」「市橋容疑者の両親は理路整然としていたけれど、感情が見えなかった。いっていることは正しいのだろうけれど、官僚的、事務的な印象で心を打たなかった。多くの人はそこに違和感を感じたのでしょう。子育てや教育では、泣き崩れてしまうような、親のまっすぐな姿勢も必要なんです」

11日の両親の会見が顔を映さずに行われたこともネットでは新たな議論になっているようだ。

会見内容に賛否があること自体は悪いことではない。しかし、当事者が「恐ろしくて外にも出られなくなった」とまでおびえる事態には考え込まざるを得ない。

思い出すのはイラク人質事件の時の人質家族へのバッシングだ。

市橋容疑者の両親のコメントが「事務的な印象」を受けたのは、たぶん彼らが基本的に息子と自分たちは別の人格だというスタンスで語っていたからだろう。

でも日本社会はいまだにそれを許さないということなのだろう。容疑者憎しのあまり、親に対しても罵倒する。親が涙ながらに土下座して謝らないと許さない。

そういう空気が日本社会では支配的だということなのだろうか。

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ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

普通の日本人、という匿名の人。
そんな投稿して恥ずかしくないのか。

罪のない人が石を投げろ。

教育評論家もいい加減にしろ。

もう記憶されている方は少ないかも知れないですが、今から24年前の昔、悪徳詐欺集団「豊田商事」の永野会長に天誅を加えると称し、二人の男がマスコミの取り囲む中マンションの会長宅に乱入して刺殺する、という社会に大きな衝撃を与える事件が有りました。
この男達は有罪判決が確定し、服役しています。

もし現行の法規を全く無視し、江戸時代期までの、罪は親族に及ぶとの思想に立脚して両親に制裁を加えるべきだと考えるのであれば、他人に制裁を依頼するのではなく、そう考える方自身の手で上記両名同様個人の責任の下制裁を実行するのが筋だと考えます。
異論も多いかとは思いますが、私自身は成人した子供は両親とは別個の人格と見るべきであり、従って一成人の犯した罪はその個人に止まるものであって、共犯関係でも無い限り親族に波及すべき性質のものではないと考えます。
日本人社会では、汚職、収賄、着服等経済事犯については罪は個人に止める傾向が強いようですが、殺人、傷害等粗暴犯については親族も同罪と捉える傾向がどうしても強いように感じます。

記憶は定かではないのですが、同様な議論はたしか連合赤軍を巡る一連の事件の中でも行われた事があった様に思います。
すなわち、成人した若者達の引き起こした一連の事件について、ある父親は、成人した別個の人格である子供の引き起こした事件について私に直接の責任、乃至関係は無いと考えている、との考えを表明したものです。

上の「普通の日本人」なる人物は日本人の恥さらしだな。だが,単なる恥さらしで終わってくれればいいが,上の「普通の日本人」なる人物が自分のことを平気で「普通の日本人」と言えるほど,ほんとうにそれが日本人の「普通」なんだとしたら,そのくらい「日本人」は腐っているということを証明してくれているわけだ。上の「普通の日本人」なる人物は,それほどまでに日本人をおとしめたい「反日日本人」だったということになるな。でもオレはまだ日本人の「普通」を信頼しているから実名で投稿するぜ!

犯罪者としての市橋被告はそれに見合った罪で裁かれなくてはならないですが、両親には法的な罪はないです。彼を育てた過程での道義的な責任を求めればあるのかもしれませんが殺人との因果関係を導くよしもありません。

近代社会において個の責任が明確に求められていますが、裏を返せばあくまでも市橋被告個人の責任であって、両親の個は別に尊重されるべきです。こうしたことがなされない日本社会の未熟なありようには失望するばかりです。

このことは両親の記者会見を開いたことに対してもいえることで敢えて市橋被告の行為に関連付けての会見は無意味で各々の個の責任を曖昧にして結局は家族一族郎党の罪としての村社会に帰るだけではないかと思います。

不確実な社会においては何が起こるかも知れません、両親も市橋被告個人の責任として突き放し己がそこまで降りてゆく必要はないと思います。マイナスの宝くじに当たったようなもので、どのような育て方をしてもおきるときにはおきます。

20歳を過ぎた犯罪者の両親に、その子供の犯した犯罪に対する責任はないでしょう。

なぜ、マスコミは、うるさく付きまとって謝罪や反省の言葉を取りたがるのだろう?

成人は、各自別々の人格であり、責任は全て本人が取るべきである。

もちろん、金持ちで、子供の育て方を間違えたと反省し、被害者やその家族に謝罪、弁済するのは、自由であるが、他人が強制することではないだろう。

ドイツや米国は、この考え方が社会に、だいぶ浸透していると聞くが、どうなのだろう?

あのバカ息子の親父は記者会見するんでしょうかねぇ?

広告と
扇動と
利益誘導と
不正隠匿と

ねこだまし。

これをやめたらメディアは成立しないわけです。

大事なのは、受け止め方です。その受け止め方に的確に訴求するのがプロとして当然のあり方です。正義の問題などではない。問題は、情報の受け手が、メディアを救済しなければならない、という現実を認識すべき事です。

それより、市橋君。警察の取り調べ状況ログを取っているそうじゃないですか。獄中記でも書いて出版されれば、またぞろ大騒ぎですね。「市橋君は見た!警察の『殺人犯捏造』の実態!!」なんてね。メディアの現状を個人が上手く活用し得る「社会騒乱事業」とでもいうような市場が醸成されていますね。

「未必の故意」による「マッチポンプ」で、今後もメディアは安泰です。

と、見た。

上の「普通の日本人」さんは釣りでしょう(笑)。

この記者会見は当日にテレビで見てましたが
会見中に逃走資金を渡してたのでは?との質問が出て
両親は当然「それは無い」と答えたのに対し
どこぞの記者が「誓って言えますか」とか返してたのは笑いました。
オマエら何様だ!たかがマスゴミの分際で

私は死刑廃止論者ではない寧ろ、犯罪(特に殺人)に対しては、時効も無くし厳しく罰すべきであると考えている。
しかし、この度の市橋事件報道は常軌を逸していたと思う、殺人事件で異常な逃走劇・国際問題…なるほどマスコミ好みの事件かもしれないが、外国人1名を殺害した容疑であり、凶悪事件とは言え初犯の被告の移送劇で、TBSカメラマンが現行犯逮捕されるくらいの報道パニック(お祭り騒ぎに見えた)を引き起こしたマスコミにジャーナリズム精神なんて感じようがなかった。

たまたま私も両親へのインタビューを見たが、親に反省を求め追い詰めていくような質問で視聴者が納得する回答を引き出そうとするばかりで犯罪者の周辺者への配慮など全く感じられなかった。
少なくとも私には、逮捕報道のパニック状況に浮かれたマスコミが、テレビの向こうに居る大衆の面前に市橋被告の両親を引きずり出し裁いてしまったように映った。マスコミは、小泉劇場ならぬマスコミ劇場で人民裁判を演じてしまったのではなかろうか?

この報道にも小沢一郎へのバッシング報道にも同種の臭いを感じる。マスコミが振りかざしている正義って何なんだろう?彼らは方向を見失っているんじゃないだろうか?
なんだかこの国の正義が壊れていくようでいやな出来事だった。

顔出しの記者会見は正直驚きました。何でこんな事をするのかと言うか、マスコミはさせたのか。止めさせるべきだったのに、視聴率と面白半分でしかない。私にはその神経は理解できませんが、昨今は、犯罪被害者の家族でさえ、知られると変な脅迫や嫌がらせで2重3重の被害に遭うとか、そんな事解りきっているマスコミが平気でやって、翌日からやっぱりモザイクをかけていることにはあきれました。
もちろん法的責任、道義的責任は市橋容疑者にありますが、彼は相当両親がらコンプレックスを植え付けられてしまったとは感じますね。
両親とも医者で、そういう家庭はもちろん全部ではないですが、医者にあらずば人にあらず、そういう無言の雰囲気と威圧の環境で育てられ、医者にならなければ愛されない、認められないと常にプレシャーがあったのは事実でしょう。そういう心の内面を親と子で見つめてみることは充分してよい事と思います。

 もう、半日以上「普通の日本人」なる人物による最初の書き込みが放置されていますが、編集部の削除基準がよくわかりません。

他のテーマで削除された方が編集部に苦情を書き込んだりされていますが、このコメント以上に下劣なものだったのか、もしくは都合の悪いものだったのでしょうか?

何が本当に下劣であるのかを知らしめるために先頭のコメントを残しているんでしょうか?本当に下劣すぎて開いた口がふさがらないのですが、しかし確かにこんな異様な愚劣さは削除した方がいいですよね。

成人した子の犯罪の責任が親にない、親に対するバッシングは異常だということに異論はありません。

さらに、市橋容疑者は容疑者であり、犯人ではありません。(少なくとも今の時点では)
容疑者に対するバッシングも異常であると思います。

まず、「普通の日本人」のコメントは頂けません。せっかくの知的サイトに泥がぬられた感じ。
容疑者以外の者が申し訳ないと謝らねばならないのであれば、家族、町、県、国へと大きく拡大してゆきますよね。私達日本人全員が土下座して英国に謝罪しましょうか。

皆さんは覚えていらっしゃるでしょうか。今年の春に大ベストセラーになった「最後のパレード」東京ディズニーランドであった本当の話という本を。
私は、その本の著者です。

市橋容疑者の両親は襲撃を受けましたが、襲撃の発端は「最後のパレード」事件にあります。大ベストセラー本は、マスコミの「盗用」という誤報によりスイッチが入ったネット上に潜む匿名テロリストたちが、書店を攻撃し、店頭から書籍を撤去させられました。さらに、匿名テロリストたちは関係者を攻撃し、全国の書店から書籍を回収させることに成功しました。

匿名テロリストたちは勝利したのです。勝利の雄叫びをあげたのです。私の家には「ざまあみろ」という電話もかかってきました。

松本サリン事件で報道被害に遭われた河野さんのご家族は、「情報もまた一つの商品なのであり、大衆は情報消費者として、報道を常に厳しく吟味する姿勢をもたなければならない」と話されています。まさに正論であると考えます。

以下に、私のブログ記事を紹介致します。市橋容疑者のご両親の気持ちへの理解が深まるのではないかと考えます。

今年のベストセラー本と「最後のパレード」
http://gpscompany.blogdehp.ne.jp/article/13588513.html

市橋容疑者の両親への「匿名テロ」を糾弾する
http://gpscompany.blogdehp.ne.jp/article/13580200.html

「最後のパレード」事件の真相に関する公式声明
http://gpscompany.blogdehp.ne.jp/article/13542496.html

「普通の日本人」さん、あなたのコメントいくらなんでもひどすぎます。
市橋容疑者のご両親はもうすでに社会的制裁を十分これまでに受けているはずですよ。
メディアの対応は本当に許せませんね。容疑者の家族になるとなぜあそこまで執拗に追いかけられバッシングを受けなければならないのでしょうか?ご両親の会見が事務的だとか謝罪の気持ちが伝わらないとかいろいろ言われていますが、私にはご両親の辛い気持ち
また、きちんと彼が犯した罪を償って欲しいという思いが伝わってきましたよ。
私が、彼の親なら怖くてとても
カメラの前の会見になんて出れないと思います。それだけ、ご両親の覚悟が伝わってきますよ。
彼の犯した罪は許せませんが、それを徹底的に追いかけまわすマスコミもまた軽蔑します。想像力ってものがないのでしょうか?そんな人たちが報道するあらゆる記事に、踊らされることがないように、私たち国民は冷静に見極めていかなければならないと思います。

「20歳を過ぎた犯罪者の両親に、その子供の犯した犯罪に対する責任はないでしょう」という青山様のご意見に違和感を覚えます。
聞くところによれば、市橋容疑者は大学卒業後も定職につかずニート生活を送っていたようですが、その生活資金の出所は当然、親からの仕送りだったはずです。
すでに社会に巣立つべきはずの青年にいつまでも資金提供していたというのは普通の家庭ではありえないことです。
彼に世の中とリアルに向き合わせることをしなかったという意味では責任を感じてしかるべきだと思います。
ただそれを低俗なバッシングやいやがらせで狩り立てようとするマスコミや一般人は、自省することを知らない愚劣な集団でしかない。
両親は記者会見に応じる以前に、なぜ彼がこうなってしまったかを深く省みるべきだろう。
いや、私たち一人ひとりが、そのなぜを問い直していくべきなのだと思う。

不思議な騒ぎですね。
死体遺棄(現段階では)事件で逃げて整形までした元大学生、被害者とその家族がイギリス人で慟哭のあまりインタビューでこの青年のことを非難断罪してちょっとした国際問題になっているが、詳しいことはわかっていないのに既視感のように、この青年は世間やメディアで重罪確定極刑のように取りざたされています。
裁判員裁判が始まったというのにこの有様では開かれた司法も糞もないでしょう。
逃げたことはそういう理由があったからだという決め付けは推定無罪原則の予断を捨てて審議する、まずはつまびらかにして判断する裁判より、一般人市民の感情に理解を求めようと予断偏重の半解罪状認定に傾きがちになりますます面倒くさい議論より、悪いんだから刑に処せという風潮を助長するだけだと思います。
顔にモザイクを入れたから、親にも責任があるからというのは理由付けであり、市橋容疑者は現段階では容疑者であり推定無罪なのであって被告でもない。
騒いで社会的制裁を受けさせるのがマスコミの通過儀礼であるとはいえ、司法改革の一助にもならないむしろ冤罪に手を貸しかねない予断を世論に喚起させる意味で困ったものです。

>toshibon 様
>「20歳を過ぎた犯罪者の両親に、その子供の犯した犯罪に対する責任はないでしょう」という青山様のご意見に違和感を覚えます。

確かに私の文章はつたなくて、舌足らずでした。
私が言いたかったことは、鶏が先か卵が先かになってしまいますが、大人になったら精神的にも財政的にも独立し(親離れ)、親も子供を独立させるようにせよ(子離れ)です。

日本社会が、集団主義・家族主義からもっと離れ、個人個人の権利や義務を重視する社会になってほしいと言いたかったのです。

そして、日頃から日本社会はそうなるべき風論調の大手マスコミが一旦事件が起こると直接の犯人でもない人間を責め立て、こと細かくプライバシーを侵害し、その人たちの生活を破壊してしまう。この風潮がたまらなく嫌なのです。

もちろん、20歳といっても職業人と学生では異なりますね。

かつて、赤軍や連合赤軍メンバーの親(田舎の純朴な農民)が、村八分になったり、雨戸を閉めきりにして外出もできなかったと聞き、その陰湿さにぞっとした経験があるもので。

あくまでも社会やその構成員が成人個々人の個性と人格を尊重し、義務と責任も共有できたら・・・を前提にした「親には責任がない」の意見です。

被害者が白人中産階級のイギリス人女性でなく、フィリピンの貧困家庭に育った出稼ぎダンサーだったら、これほどマスコミは騒いだだろうか?

市橋は、死体遺棄で逮捕されただけである。自らが殺したことは状況証拠からみて確かだと思うが、殺人が故意によるものか、何らかのトラブルの果ての偶発的なものかは、現時点では誰にも判断できないはずだ。

被害者と市橋の関係がどうだったか、どんな付き合いがあり、事件当日何が二人の間に起こったのか、それらのことがわからない以上、彼が極悪非道の殺人鬼だと断定することに真実は無いと思う。

ましてや、両親を脅迫するような連中は、自らが極悪非道と非難する市橋と同様かそれ以下の感性と人格の持ち主と断じても、あながち間違いとは言えないように思う。

 編集部様は気の向いた記事にしか目を通さないのでしょうか?せめて最近の記事の、まだ書き込みが続いている10回前程度のものには、一日に一度でも目を通されてはいかがでしょうか。

「普通の日本人」の書き込みがいまだ削除されずのこっていることに対する説明だけでもされてはいかがでしょう?これって、市橋容疑者の両親に対する脅迫とも取れると思うんですが。

 連投ですいません。普通の”日本人”は最初のコメントで「俺がもし住所を知っていたら、家に火をつけて集団リンチをする」と脅迫しているのと同じですよね。こいつが本当にそんなことをするとは思いませんが、このような書き込みが TheJournalに堂々と残っていることに腹立たしさを覚えます。

今の時代、誰が被害者になったり、加害者の身内になったりするか分かりません。被害者の御両親も辛いでしょうが、加害者の御両親もそれ以上に辛いのではないでしょうか?

犯罪のない世が早く来ないでしょうか?

ご指摘のコメントは削除いたしました。最初に確認したときには削除しようかと考えましたが、その後にすぐに反論があったため、コメントの流れがわからなくなるかなと思い、そのままにしていました。コメントについては、削除すれば削除したで「何で削除するんだ」との批判もありますので、実は編集部の仕事では最も判断が難しく、スタッフでも意見が別れるところなのですが、たしかにご指摘の投稿は犯罪行為を煽っているようなものでしたので、削除しました。編集部としましても、こういったご指摘はとても勉強になります。今後とも本サイトのコミュニティー発展のためのご協力を何卒よろしくお願いいたします。

いろいろお気遣いありがとうございます。確かに最初の投稿には凍りつきましたが、でも「あれは釣りだ」と書いていた人がいたのを見て、あそうなのかと単純に納得してました(本当はどうなんでしょう)。ネットの言論にもある種の責任が伴うようなシステムが必要なんですが、それは今回のこのサイトの議論のように、ある種の市民的バランスが働いていくことが必要なわけで、私もいろいろ参考になりました。

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Profile

篠田博之(しのだ・ひろゆき)

-----<経歴>-----

1951年茨城県生まれ。
一橋大卒。
1979年より月刊『創』編集者。
81年より編集長。 82年同誌休刊に伴い、創出版を設立して雑誌発行を続ける。
現在は編集長兼経営者。
日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長、東京経済大学大学院講師など兼務。
東京新聞、北海道新聞などにコラム「週刊誌を読む」連載。
メディア批評のほかに、犯罪、死刑問題などについても新聞・テレビでしばしば発言。
著書『生涯編集者』(創出版)、『ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)。共著は多数

BookMarks

創出版
http://www.tsukuru.co.jp/

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-----<著書>-----


『生涯編集者──月刊「創」奮戦記』
2012年6月、創出版



『ドキュメント死刑囚』
2008年8月、筑摩書房

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