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映画「天皇伝説」渡辺文樹監督再び逮捕。公安の狙いは一体何か

 天皇即位20年式典やオバマ大統領訪日などが続いた先週は、東京でも街角に警官が立つなど特別警戒体制が敷かれた。昔なら「過剰警備では?」などとマスコミに書かれたこうした光景も、今は皆が慣れてしまったのか、ほとんど論議の対象にもならない。

 でも水面下では公安警察は、やはりいろいろな動きをしていたらしい。

 10月27日、映画「天皇伝説」で知られる渡辺文樹監督が突然逮捕された、との知らせが夫人から届いた。渡辺監督と「天皇伝説」をめぐっては昨年、各地で右翼との激突が繰り返され、監督自身、公安にマークされて半年間に二度も逮捕された。その騒動の最中、『創』主催で渡辺監督と鈴木邦男さんとの公開討論会を行ったところ、そこに右翼が押し掛け、あわや流血という事態になったことも、『創』本誌やブログでお伝えしてきた。
http://www.tsukuru.co.jp/tsukuru_blog/2008/11/1030-1.html

 その渡辺監督は、夫人の出産があってしばらく福島の地元へ引きこもっていたのだが、久々に届いた知らせが、何と本人の逮捕だった。

 容疑は、昨年、映画「天皇伝説」のポスターを金沢市内で許可なく電柱などに貼ったというもので「いしかわ景観条例」違反というものだった。しかし、その電柱にポスターを貼ったというのはもう1年も前の話だ。これまでも渡辺監督逮捕の容疑はほとんど微罪による別件で、本当の狙いは本人の身柄拘束や家宅捜索による情報取得にあった。

 で、今回言われているのが、前述した天皇式典とオバマ来日をめぐる治安対策だ。公安がマークしていた人物たちを、この際、拘束するなどしてガサ入れを行い、行動を把握しようとしたのではないか、というのだ。実際、渡辺監督の場合も、住所録などを押収しようとしたらしいが、何度も逮捕されている監督からすればそんなものを周囲に置いておくはずもなく、警察はポスターなどを押収していったという。

 昨年5月の逮捕の時は勾留延長で3カ月近く拘束されたのだが、今回は幸い29日に任意の捜査に切り替えられ勾留を解かれた。

 知らない人もいるかと思うので書いておくが、渡辺監督は別に党派と関わりのあるような思想的な人ではなく、アナーキーな表現者だ。こういう無頼派タイプの表現者というのは昔は大勢いたというか、表現者なら反権威反権力は当たり前、という時代もあったのだが、最近の風潮は全く違う。天皇即位20年式典も、ミュージシャンがサングラスをはずし、かしこまって奉祝の歌を披露するという、「何だかなあ」という光景がテレビで映された。

 ここに掲載する写真は、渡辺監督が逮捕された10月27日、家宅捜索を行っている警察官を、夫人が隠し撮りしたものだ。こういう事件もいまや大手マスコミでは報道もされない。いやそれどころかむしろ、勾留された石川県では、地元紙が警察の意にそった報道を行っていたと、監督は憤慨している。

 逮捕などにめげることなく、釈放された監督は今、次の新作上映の準備にかかっているという。

091118shinoda2.jpg

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ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

思想取締り警察として動く日本の公安や警察は、まるで中国の公安みたいですね。ナショナリストと警察が足並みをそろえて国民の思想監視を行うようになると、戦前のような言論弾圧国家・統制国家が始まります。

思想取締りの理由が“天皇崇拝”では、国家神道というカルト宗教を崇拝する者達による宗教弾圧といっても良いかもしれません。

ここ数年、警察や公安、自衛隊などに蔓延している国家神道崇拝は、前政権時代の負の遺産ともいえますが、現国家公安委員長の中井氏も、その言動から国家神道の信者であるように見受けられます。

国民支配のイデオロギーとしての危険性から戦後厳しく封印されたはずの国家神道が蘇ろうとしているようです。国家神道が一体どのようなものであったのか、日本人のどのような悲劇を及ぼしたのか、忘れてしまわないように議論する必要があると思います。

公安警察は、「事業仕分け」の対象に成らないのは、何故でしょうねえ・・・。

以下のURL参照;
http://hiroseto.exblog.jp/11550041/

過去、山県有朋の「治安警察法」から始まり、大逆事件で発足した、「特別高等警察」が、治安維持法で戦争遂行の片棒を担ぎ、敗戦後は戦犯や、公職追放から逃れて、反共産主義の取り締まり、そして「今回」。

「政権交代」しても変わらぬ「現実」・・・。

この「組織」の「力」は上記の当事者が居なくなった今、何が「彼等」を動かしているのでしょうか・・・。

「現与党」でも、「一枚噛んでいる」人間は誰なのでしょうか・・・。

二重投稿、失礼致します。
PACOさんの、中井氏の発言について、以下のURLを思い出しました。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2009100702000053.html

「取調べ録画・録音」を認める引き換えに「おとり捜査」を認めると言う、「意味不明」ぶり・・・。

オーウェルの「1984年」のオブライエンが主人公を「嵌めた」手法と同様な事が、「現在の日本の公安警察」ならやりかねない事なので、背筋が寒くなります。

篠山さんのヌード撮影の事情聴取といい、なにか権力を誇示しようとしてるのかのような動きが気持ち悪いです。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/090926/crm0909262109014-n1.htm


こうゆうのもあったんですね。
例によってKKKは疑問を呈することはなく警察情報を垂れ流し。かつての特高警察がそのまま生きていたとは知りませんでした。もちろん猥褻とか破廉恥とか主観としかいえないもので当局に攻撃されたら個人はひとたまりもないです。

渡辺監督と鈴木邦男さんの勇気には感嘆させられます。

月刊『創』で、渡辺監督「天皇伝説」が上演されると知り、実は、見に行ったんです。物々しい警察警護や公安の人たちに囲まれての上演でした。

誤解のないように言っておきますが、私は反天皇主義ではなく、無党派な人間です。
渡辺監督のあの権力に屈しない姿勢に興味があって見に行きました。映画の内容のことはともかく、渡辺さんは、ずこい人です。尊敬できます。私は応援しています。

アナーキーで、無頼派タイプの表現者。タブーに果敢に挑戦する表現者を弾圧する公安は、何なのだといいたい。

最近、わけのわからない保守市民団体が過激な行動をしているようですが、公安は彼らにどのような姿勢で臨んでいるのか、知りたいところです。右翼に甘いという警察の態度に変わりがないのか、注目しておきたいと思います。
そのような偏った態度では、警察は国家神道の信仰者の集団なのだと国民から見なされてしまいますよ。

渡辺監督の映画は「天皇伝説」を含め何本か見ましたが、その社会批判のするどさには本当に驚きます。
 映画は金儲けが重視される娯楽と一般的には受け取られているけれど、渡辺氏の映画は明確に「作品」でそこでは社会批判の比重が大きい、そうした視点での作品批評が新聞などメディアに見られない、完全に無視されているのが残念です。
 何にせよこれは映画「靖国」への自民党の右派の妨害以上のとんでもない表現の自由への弾圧です。新聞を含めた日本社会全体がそれに気づいて警察を批判してほしいものです。

ゆくゆくは、国家の表舞台に出る天皇の制度というものは廃止されることがこの国にとってはよいような気がしますね。

皇統は、それはそれで継続されることは歴史的にも文化的にも意味はあると思いますので、無形文化財的な国家の保護のものとに継続させて行くのが望ましいように考えます。

こうしたことを考えますと、私は改憲論書にならざる得なくなります。憲法の九条でははく、一条の改憲が必要ではと、個人的には戦後の民主主義においての天皇の特別な地位は、矛盾し相応しくないのではと思います。

先のNHKの電話調査では90%近くの人々が天皇の地位を好ましく思っているとの発表がありました。電話ということと、設問方法や、本音が言いにくいことを差し引くとこの数字よりは低くはなると思いますが、それでも多くの人々が支持をしており、それはそれで尊重され、象徴天皇の継続も維持されることは現在において当然だと思われます。

他方、10%近くの少数の人々が国家における存続に疑問を持っている事も確かで、こうしたことの思いの表現に関しては尊重されるべきでは考えます。こうした中の一人として渡辺文樹さんもおられるのではと(作品を見ていないので)推測されます。こうした人達に対して、あらかさまに公権の発動や高圧的な口封じが白昼堂々となされるところに民主主義の崩壊の危機を感じます。

shigeru ishidaさま
天皇制を廃止すればタガが外れることになります。実は今の象徴天皇はある種の勢力の暴走を防ぐための切り札でもあるのです。勘違いしちゃいけません。

コメント欄を借りて、最初のトピに補足訂正をします。その後、渡辺監督に確認したところ、金沢市での上映は今年6月にも行っており、今回の逮捕容疑は主にそちらの方のポスター貼りだったとのことでした。

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Profile

篠田博之(しのだ・ひろゆき)

-----<経歴>-----

1951年茨城県生まれ。
一橋大卒。
1979年より月刊『創』編集者。
81年より編集長。 82年同誌休刊に伴い、創出版を設立して雑誌発行を続ける。
現在は編集長兼経営者。
日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長、東京経済大学大学院講師など兼務。
東京新聞、北海道新聞などにコラム「週刊誌を読む」連載。
メディア批評のほかに、犯罪、死刑問題などについても新聞・テレビでしばしば発言。
著書『生涯編集者』(創出版)、『ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)。共著は多数

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『生涯編集者──月刊「創」奮戦記』
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『ドキュメント死刑囚』
2008年8月、筑摩書房

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