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2009年11月18日

映画「天皇伝説」渡辺文樹監督再び逮捕。公安の狙いは一体何か

 天皇即位20年式典やオバマ大統領訪日などが続いた先週は、東京でも街角に警官が立つなど特別警戒体制が敷かれた。昔なら「過剰警備では?」などとマスコミに書かれたこうした光景も、今は皆が慣れてしまったのか、ほとんど論議の対象にもならない。

 でも水面下では公安警察は、やはりいろいろな動きをしていたらしい。

 10月27日、映画「天皇伝説」で知られる渡辺文樹監督が突然逮捕された、との知らせが夫人から届いた。渡辺監督と「天皇伝説」をめぐっては昨年、各地で右翼との激突が繰り返され、監督自身、公安にマークされて半年間に二度も逮捕された。その騒動の最中、『創』主催で渡辺監督と鈴木邦男さんとの公開討論会を行ったところ、そこに右翼が押し掛け、あわや流血という事態になったことも、『創』本誌やブログでお伝えしてきた。
http://www.tsukuru.co.jp/tsukuru_blog/2008/11/1030-1.html

 その渡辺監督は、夫人の出産があってしばらく福島の地元へ引きこもっていたのだが、久々に届いた知らせが、何と本人の逮捕だった。

 容疑は、昨年、映画「天皇伝説」のポスターを金沢市内で許可なく電柱などに貼ったというもので「いしかわ景観条例」違反というものだった。しかし、その電柱にポスターを貼ったというのはもう1年も前の話だ。これまでも渡辺監督逮捕の容疑はほとんど微罪による別件で、本当の狙いは本人の身柄拘束や家宅捜索による情報取得にあった。

 で、今回言われているのが、前述した天皇式典とオバマ来日をめぐる治安対策だ。公安がマークしていた人物たちを、この際、拘束するなどしてガサ入れを行い、行動を把握しようとしたのではないか、というのだ。実際、渡辺監督の場合も、住所録などを押収しようとしたらしいが、何度も逮捕されている監督からすればそんなものを周囲に置いておくはずもなく、警察はポスターなどを押収していったという。

 昨年5月の逮捕の時は勾留延長で3カ月近く拘束されたのだが、今回は幸い29日に任意の捜査に切り替えられ勾留を解かれた。

 知らない人もいるかと思うので書いておくが、渡辺監督は別に党派と関わりのあるような思想的な人ではなく、アナーキーな表現者だ。こういう無頼派タイプの表現者というのは昔は大勢いたというか、表現者なら反権威反権力は当たり前、という時代もあったのだが、最近の風潮は全く違う。天皇即位20年式典も、ミュージシャンがサングラスをはずし、かしこまって奉祝の歌を披露するという、「何だかなあ」という光景がテレビで映された。

 ここに掲載する写真は、渡辺監督が逮捕された10月27日、家宅捜索を行っている警察官を、夫人が隠し撮りしたものだ。こういう事件もいまや大手マスコミでは報道もされない。いやそれどころかむしろ、勾留された石川県では、地元紙が警察の意にそった報道を行っていたと、監督は憤慨している。

 逮捕などにめげることなく、釈放された監督は今、次の新作上映の準備にかかっているという。

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2009年11月12日

「婚カツ」詐欺事件をめぐる新聞と週刊誌の報道

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 「新聞・TVが報じない~」というのは週刊誌のキャッチフレーズだ。速報性ではかなわないから内容で差別化を図らないといけない。その意味では、今話題の「婚カツ詐欺」事件は、新聞・テレビと週刊誌の違いを際立たせた事例だ。

 新聞・テレビは容疑者女性を匿名で報道しているが、週刊誌は実名・顔写真を大々的に掲げている。もともとこの事件は読売新聞の10月27日付朝刊一面記事で火がついた。9月25日に結婚詐欺容疑で逮捕されていた34歳女性に、新たに殺人の疑いが浮上したという報道だった。

 殺人容疑が浮上したことで事件は大きくクローズアップされることになったのだが、逮捕されたのは詐欺容疑だからという判断で、新聞は匿名報道となった。それに対して週刊誌は実名はもちろん、女性の写真をグラビアで大々的に取り上げた。

 新聞と週刊誌の基準の違いを象徴的に示したのは『週刊文春』11月12日号の広告だ。その号が発売された11月5日に新聞に掲載された同誌の広告を見て驚いた人も多かったのではないだろうか。特集の見出しが「○○○○34歳の『正体』」とあり、この○○4文字が白抜きになっていたのだ。

 これまでも週刊誌の見出しで新聞の基準からそのまま掲載できない場合は、見出しの一部が黒や白に塗りつぶされてきたのだが、今回はトップ記事で大きな見出しだったためにやたら異様で目立った。それを予測して見出しにわざと実名を入れたのではないか、とうがった見方をしてしまうほどだ。

 新聞における出版広告は、原稿を作るのは出版社だが、掲載にあたっては新聞の基準が適用される。その結果、異様な広告が掲載されることになるのだ。

 週刊誌のなかでも興味深いのは新聞系週刊誌の対応が分かれたことだ。現在のところ『サンデー毎日』と『アエラ』は匿名だが『週刊朝日』は実名。ところが『サンデー毎日』11月22日号では同誌元編集長の牧太郎氏がコラムで「実名にすべきではないのか?」と問題提起し、こう書いている。

 「日本人が今、最も関心を寄せている女性であり、その顔写真は誰でも見たい。そんなに読者のニーズがハッキリしているのに......テレビ、新聞は及び腰だ」。

 匿名報道を「及び腰」と評する牧さんの見方への賛否はおくとして、この一文は匿名報道を続ける『サンデー毎日』をも批判したもので、元編集長と現編集長の対立が誌面に反映されたものといえる。

 この事件に関心が集まっているのは、まず背景にあるのが「婚カツ」という流行のテーマであるためだろう。詐欺を働いたのは女性側で、男の側が次々と騙されたというのも新しい。そして何といっても世俗的な関心を呼んだのは、この女性が、スリムな美人顔ではなかったことだ。

 『週刊文春』11月12日のコラムで作家の林真理子さんが「最近この事件ぐらい私の心に突き刺さったものはない」と書いている。あの女性にどうして男たちが次々と騙されたのか「驚きを通り越して怒りがわく」という。

 前述したように週刊誌が大々的に女性の顔をグラビアに掲げているのは、この世俗的関心を受けたものだ。『週刊新潮』11月12日号の見出しは何と「誰も『美人結婚詐欺師』と書けなかった『毒婦』のグロテスク人生」だった。容疑者女性の容姿がこんなふうに話題のネタにされることも恐らく今後、議論の対象となるだろう。

 『サンデー毎日』11月22日号によると、婚カツに励む独身男性は、地味な女性であろうと家庭的で料理が得意という「癒し」系に弱いのだそうだ。記事の中に紹介されている作家の佐木隆三さんのコメントの中見出しが「不美人でも、34歳が尽くしてくれたら私も...」というこれまた身も蓋もないあけすけなものだった。

 『アエラ』11月16日号の「婚活」特集によると、「婚カツ」ブームを受けてネットの結婚紹介サイトは活況を呈しているとTVドラマのタイトルにもなった「婚カツ」ブームは、いわばメディアが作り上げたものだ。そのブームに今回の事件は冷水を浴びせたわけだが、ブームの火付け役ともいうべき『アエラ』は事件を受けてさらに大きな「婚活」特集を組んでいる。

 この事件、いろいろな意味を含めて、メディアのありようをも照射していると思う。

2009年11月 8日

のりピー騒動終幕で残された日本の薬物対策のお粗末

 以下は朝日新聞の「私の視点」にと思って書いた原稿だが、同じ趣旨の投稿が先にあったので、という理由で掲載されなかった。なんだかなあ、と思ったが、朝日と並んで影響力の高い「THE JOURNAL」(ほめすぎ?)に公表することにした。今回の薬物騒動がこのまま終焉していくのは、本当にマスメディアの社会に問題を提起する力が落ちていることを示すもので、残念としか言いようがない。

*   *   *   *

 8月から続いたのりピー騒動もようやく終幕を迎えようとしている。週刊誌は久々に部数を回復し、情報番組も高視聴率を上げて、陰では「のりピー特需」と呼ばれながら、その恩恵に浴したメディアが酒井法子被告を道徳的に断罪するという奇妙な騒動だった。騒動にうんざりという声も増えているからのりピー劇場の終幕自体はよいのだが、残念なのは、これが芸能スキャンダルに終始し、薬物汚染への社会的取り組みを促すような議論に発展しなかったことだ。メディアの責任はむしろその点でこそ問われるべきだと思う。

 私はもう10年ほど前から、女優・三田佳子さんの二男の薬物問題に関わり、この数年間は田代まさしさんに関わってきた。田代さんの裁判では証人として出廷もした。その過程で、薬物依存の問題について日本社会の対応がいかに遅れているか痛感した。
アメリカにはドラッグコートというシステムがあり、薬物依存者に対しては処罰だけでなく治療と連動させるという考え方が一般的であることを知ったのは、三田さんの二男の裁判の過程だった。アメリカでは80年代に薬物汚染に厳罰化で臨んだのだが、功を奏さず、治療の要素を取り入れる方向へと転換したと言われる。

 日本でも深刻化する薬物汚染に厳罰化を唱える声が高まっているが、それは刑務所の過剰収容に拍車をかけるだけだろう。薬物犯は再犯率が高いことで知られるが、実際、私の知っている経験者たちは口を揃えて、今の刑務所は薬物犯の矯正には役立っていないと言う。薬物依存は言わば病気なのだから、処罰だけでなく、アルコール依存がそうであるように治療が必要なのだ。薬物犯は初犯の場合、ほとんど執行猶予がつくのだが、本当ならその猶予期間に専門家の治療を受けるとかケアがなされればよいのだが、実際はそうならずに本人の自覚に任されたまま、多くの場合は再犯に至ってしまう。どうしてそれができないかというと、司法と医療や福祉との本格的な連動といったシステムが薬物対策には必要なのだが、日本ではほとんどそれができていないからだ。

 薬物依存が社会的病気だと考えれば、司法だけでそれを根絶するのが困難なことがわかるはずだ。民主党の国家戦略室周辺で薬物汚染対策をテーマに据えるべきという意見があるやに聞いているが、まさにこれは社会システムの変更を伴うような総合的な取り組みをしないと解決に至らない問題だと思う。

 今年の春の新型インフルエンザ騒動の時、既に日本で感染が広がっているのに、それを知らないまま「水際作戦」なるものを呼号して日本政府は失笑を買ったが、薬物汚染についての今の「ダメ。絶対」キャンペーンは全く同じ。汚染が拡大していることへの認識が政府や行政に弱いことを示している。認識が薄い点ではマスコミも同じだろう。

 8月以来、あれだけ多くの人が関心を寄せたのりピー騒動は、本当はそういう議論を展開させるきっかけになり得る好機だったのではないだろうか。それができなかったのは、政治とマスコミの力不足を示すものだ。

 三田佳子さんの二男も、田代まさしさんも、刑期を終えて社会に戻ったが、本当に大変なのはその後だ。裁判で刑罰が決まるとマスコミは一件落着かのように報道するが、薬物依存との闘いはそこからが始まりだ。

 日本社会に急速に薬物が蔓延しつつあるこの時期、真剣な取り組みが必要であることは論をまたない。そのためにも、のりピー騒動をこのままで終わらせてはならないと思うのだが。

2009年11月 4日

光市母子事件「実名本」出版差し止め問題の争点

 10月7日の発売2日前に光市母子事件被告の弁護人らが出版差し止めの仮処分を広島地裁に申し立て、新聞・テレビが大きく報道したこの騒動。この間の経緯を整理し、何が争点なのかまとめておこう。

 ちなみにこの本、『○○君を殺して何になる』(○○は実名)という書名なのだが、少年法によっていまだに匿名報道がなされている被告の実名をタイトルに入れた異例のケースだ。つまり新聞・テレビがこの事件を報じる際に、肝心の書名が表記できないというわけだ。

 ただ、『週刊新潮』などは被告がこんなふうに少年法によって保護されている状況に異を唱え、これまでも被告を実名で報じてきた。少年法は違反しても罰則がないため、事実上それは黙認されてきたのだが、今回は書名に実名が使われていることもあり、改めて大きな議論になった。

 最初に書いておきたいが、今回この本を上梓した著者の増田美智子さんは、上述の『週刊新潮』のようなスタンスでなく、これまで流布されていた被告のイメージが実像と異なるため、実像を世間に知らしめたいという意図で、実名と顔写真掲載に踏み切ったという主張だ。書名からもわかるように、被告の死刑判決に反対する立場から実名報道を行ったものだ。

 増田さんは本の中で光市事件に興味を持ったきっかけが『創』の綿井健陽さんのルポだったことを書いているし、本を出版したインシデンツ代表の寺澤有さんは親しい知人。一方の安田好弘弁護士らの弁護団とも『創』は関わりを持っているから、対立している双方が知り合いだ。

 出版差し止めの仮処分はまもなく何らかの結論が出るだろうが、既に本は発売され、騒動によって予想外に売れて増刷を重ねているから、仮処分の意味はあまりなく、被告側は既に本訴に踏み切っている。

 最大の争点はもちろん少年法と実名報道の問題だ。でも現実は少しややこしい。

 実は騒ぎが起こる直前の4日に著者と弁護士が話しあいを行っているのだが、この時点での争点は手続き問題。実名を出すことに「了解を得ていた」という著者側とそれを否定する弁護士側、事前に原稿を見せる約束だったという弁護側と「そんな約束はしていない」という著者側、という対立だ。この応酬の背後には、ノンフィクションにおける書き手の取材対象との距離のとり方、という結構難しいテーマをはらんでいるのだが、この話しあいが結局つかなかったわけだ。

 そして3番目の争点が、この本の中で書かれている光市弁護団批判をめぐってだ。弁護団の「原則取材拒否」という方針や、差し戻し審での弁護方針に対しての批判なのだが、著者側と弁護団の関係は既に出版前からこじれていたわけだ。

 奇妙なことに、出版差し止めが大きく報道されたせいで、本は予想を超えて売れている。本の内容というよりも、実名報道をめぐる騒動で売れるというのは、著者にとっても喜んでいいのか微妙だろう。本の内容に関していえば、確かに被告が知人に宛てたあの問題の手紙についての、これまで知られていなかった話もあるし、私もこの本で初めて知った事実もあり、その点は興味深く読めた。ただ佐野眞一さんや藤井誠二さんらが批判的なコメントを出しているのは、恐らくノンフィクションとしての作品性に関わる部分なのだろう。

 書店の対応も割れている。発売直後に弁護側が大手書店に、この本が少年法違反だという文書を発したこともあり、紀伊国屋などは当初販売しないという方針をとった。ネット書店も書名と書影を掲載したところとしないところにはっきりと別れている。

 私個人としては書名に実名を掲げた点など同意しかねる点はあるし、被取材者との関係の作り方もやや異論ありなのだが、上述したように興味深い内容も多かった。これから法廷で論戦も始まるから、この際、徹底的に論議を尽くすべきだと思う。ちなみに7日発売の『創』12月号ではこの問題についての特集を組んでおり、著者の増田さんや寺澤さんを始め、何人かの論者の見解を掲載している。また安田弁護士の対マスコミのスタンスについては、今出ている『創』11月号に、死刑問題をめぐる青木理さんとの対談が掲載されており、その中で自ら語っている。

Profile

篠田博之(しのだ・ひろゆき)

-----<経歴>-----

1951年茨城県生まれ。
一橋大卒。
1979年より月刊『創』編集者。
81年より編集長。 82年同誌休刊に伴い、創出版を設立して雑誌発行を続ける。
現在は編集長兼経営者。
日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長、東京経済大学大学院講師など兼務。
東京新聞、北海道新聞などにコラム「週刊誌を読む」連載。
メディア批評のほかに、犯罪、死刑問題などについても新聞・テレビでしばしば発言。
著書『生涯編集者』(創出版)、『ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)。共著は多数

BookMarks

創出版
http://www.tsukuru.co.jp/

最新号
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詳細はコチラ

-----<著書>-----


『生涯編集者──月刊「創」奮戦記』
2012年6月、創出版



『ドキュメント死刑囚』
2008年8月、筑摩書房

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