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2009年5月29日

週刊誌を読む:いまだに謎の北野誠降板

 いまだに真相がよくわからないのが、辛口トークで人気のタレント北野誠の降板劇だ。既に全レギュラー番組を降板し、謹慎中の北野を直撃した『フライデー』に対して、本人は「あなたたちがお仕事だというのは分かりますけど」と取材を丁重に断ったという(同誌5月22日号)

 発端は北野がパーソナリティを務めてきた関西ローカルのラジオ番組「誠のサイキック青年団」が、3月8日の放送で打ち切りとなったことだった。さらにテレビ番組「やじうまプラス」「噂の!東京マガジン」「探偵!ナイトスクープ」など全て降板。4月13日には無期限謹慎処分が所属事務所の松竹芸能から発表された。

 週刊誌は「無期限謹慎は芸能界大御所を激怒させたから」(週刊文春)「全レギュラー降板を招いた『問題の一言』」(週刊新潮)などと一斉に報道。引き金となったのが、松竹芸能に対する業界団体・日本音楽事業者協会(音事協)からの抗議で、その背後には音事協と関わりの深い某芸能プロ社長の意向があったのではないかと報じた。

 その後4月28日に北野本人が会見し、イベントなどでの発言が不適切だとして処分を受けたと、涙ながらに語った。事務所社長は、3月にリスナーから北野の発言について音事協などに告発があり、調査の結果、処分を決めたと語った。

 前出『フライデー』によると、このリスナーはもともと北野の番組の熱心な視聴者だったが、ある時から批判的になり、何年か前から北野が毒舌をふるうたびに音事協に「ご注進」していたという。

 『週刊朝日』5月1日号によると、北野は放送では芸能界のゴシップをイニシャルで語り、リスナー向けのイベントでは実名を挙げていたのだが、告発したリスナーはイベントにもしっかり足を運んでいたのだという。

 裏のとれないアブナイ話を毒舌トークで話すというのが北野の芸風だったのだが、それを笑って聞き流すというわけにいかなくなったのが今回の事件だ。

 週刊誌の報道によると、その毒舌の中に芸能界で権勢をふるう某芸能プロ社長への悪口も含まれていたためではないかというのだが、真相は不明だ。

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※『週刊誌を読む』は「創」編集長・篠田が毎週、東京新聞に連載(北海道新聞・中国新聞も転載)しているコラムです。

【バックナンバー】 http://www.tsukuru.co.jp/shukanshi_blog/

2009年5月21日

週刊誌を読む:鴻池氏辞任に追い込む「不倫旅行」新潮スクープ

 虚報事件で叩かれっぱなしだった『週刊新潮』が、政治家の女性スキャンダルという週刊誌らしいスクープを放った。5月21日号の「愛人同伴『ゴルフ&温泉』の小旅行でGWを謳歌した『鴻池官房副長官』涙目懺悔録」だ。表向きは「健康上の理由」だが、鴻池官房副長官辞任の原因がこのスキャンダルであることは明らかだ。

 鴻池氏はこの一月にも同誌に、二週にわたって同じ女性との不倫スキャンダルを報じられた。その時は苦しい言い訳で乗り切ったのだが、懲りもせず密会を重ねて再びターゲットにされたわけだ。しかも今回は新型インフルエンザ騒動の最中に、国家の危機管理にあたるべき人物が、熱海に不倫旅行をしていたというのだから、責任は免れないだろう。

 前回に続いて『週刊新潮』は隠し撮りした密会現場写真を掲載しているのだが、二人が訪れたホテルにあらかじめ張り込みをしているから、確実な情報を事前に把握していたわけだ。二人とも家庭を持ったダブル不倫だし、一度騒がれながらも関係を続けていたわけだから、恐らくどちらかの身内か関係者が危機感を感じて情報提供したのではないかと思う。

 それは記事を読んだ私の推測だが、鴻池氏自身も『週刊新潮』の取材に応じる代わりに情報源を教えろと記者に迫ったというから、身近な人から情報が漏れたのではないかと疑ったのだろう。結果的に週刊誌に連続して密会現場を押さえられたわけだから、この人には危機管理能力がなかったということだ。

 記事を読むと『週刊新潮』が周到にチームを組んで二人を追尾したことがわかる。虚報事件の名誉挽回と奮闘した様子がうかがえるスクープだ。

 ところで同誌の同じ号には、元タレントの田代まさしさんが先頃、私の創出版から著書『審判』を出版した記念イベントの潜入記も掲載されている。私も田代さんも取材に応じたのだが、掲載されたのは予想通りの冷笑記事だった。見出し「震える手『田代まさし』が口を糊する『失笑イラスト』」。

 薬物依存での服役を終えて悪戦苦闘中の人間を笑い者にするという報道には疑問を禁じえない。

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※『週刊誌を読む』は「創」編集長・篠田が毎週、東京新聞に連載(北海道新聞・中国新聞も転載)しているコラムです。

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2009年5月15日

田代まさしさんと薬物依存について

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審判:田代まさし著 創出版 1470円

 私は死刑囚とのつきあいも多いけれど、一方で芸能人の薬物依存にも、三田佳子さんの息子、田代まさしさんのケースなど深く関わってきた。田代さんは昨年6月、3年半の服役を終えて出所したのだけれど、彼が逮捕当時『創』で連載を執筆していた関係で、私は裁判にも情状証人として出廷するなど、4年前の覚せい剤事件にはかなり関わった。その田代さんが、薬物依存から家庭崩壊、刑務所での生活や出所後の状況などをまとめた著書『審判』をこのほど、創出版から出した。

 最近、大学生の大麻汚染が問題になっているが、実は薬物汚染というのは、一般に思われている以上に日本社会を蝕んでいる。留置場や拘置所では、石を投げると薬物依存者にあたると言われるほどだ。日本の薬物依存対策は、欧米に比べるとひどく遅れていて、逮捕した者を刑務所に送って痛い目にあわせるという原始的な考え方だ。依存症なのだから治療という側面がないと解決にならないのだが、その機能が日本では全くない。だから出所しても原因が除去されていないのだからまた薬物に走ることになる。

 そもそも家族に薬物使用している者がいることがわかったという場合、いったいどこに相談すべきかといった情報が全くない。警察に通報すれば逮捕されるし、医者に相談するといっても何科に行くべきかわからない。大体、薬物依存に走る者の家庭自体が壊れているケースも多く、誰もケアする人がいないまま、結局は刑務所へ放り込まれることになる。刑務所でも更生教育などはほぼ皆無で、何年かして出所した人は、以前よりも一層精神的に追い詰められた状態に放り出されるわけだから、また薬物に手を出すことになる。犯罪者というのは、服役させて痛い目にあわせるだけでなく、出所して社会に復帰した後、どういう状況に置かれるかというのが大切なのだけれど、そこへの認識が日本社会にはほとんどない。というか、そもそも死刑囚でない限りいつかは犯罪者は社会に戻ってくるのだという認識が、社会にもマスコミにもほとんどないのが実情だ。

 犯罪報道にしても、刑事ドラマにしても、容疑者逮捕で完結。判決が出ればジ・エンド。本当はその後が大事なのだが、そこへの想像力が全く働いていない。そういう犯罪に対する社会システムの遅れを象徴しているのが、薬物依存のケースだ。再犯率が極めて高いのだ。田代さんの場合は、服役中に離婚をつきつけられ、戻る家庭もない。幸運にも実の妹が2人いて、そのおかげで何とかなっているのだが、そうでなければ出所したその日から住む家もない状況に放り出されていた(実際にはそういうケースのための施設もあるが、それも一時的なものだ)。ほとんどの服役経験者は前科を隠して社会復帰を図るのだが、田代さんのように実名報道された人は前科を隠しようがないから、家も借りられない。就職先などあるはずもない。
刑務所見学をした人なら知っているだろうが、今日本の刑務所はどこも収容オーバーで、しかも外国人、老齢者、障害者といった、社会から疎外された人たちの集合所になっているのが実態だ。この現実をどうするか、社会全体が考えないと犯罪は減っていかない。犯罪を犯したやつは刑務所にぶちこんで痛い目にあわせろ、凶悪なやつは処刑して抹殺しろ、というのでは解決にならないことは冷静に考えてみればわかることだ。

 「刑務所は地獄だった。しかし出所後の現実もまた地獄だった」というのが田代さんの述懐だ。

 1日も早く自由の身になりたい、とそれだけを考えて服役したのだが、いざ出所してみるとそこは自由な社会でも何でもなかった、というわけだ。

 でも、今回、本を出版して書店などに営業をしていて「ええっ」と驚いたのは、書店でも前科者への偏見というか、ためらいが予想外にあることだ。犯罪者の本はあまり置きたくないという書店が1軒や2軒ではないのである。表現や出版に関わる世界はそういう世間の常識とは別かと思っていたら意外とそうでもない。こういう社会的感情というのは理屈ではないのである。

 話は変わるが、今週発売の『週刊新潮』が、田代さんの出版記念イベントを潜入取材して、記事を書いている。田代さんの手が震えていたからまだ薬物依存が直っていないのだ、という記事なのだが、こういう偏見を煽るだけの報道を、いったいどういう見識でやっているのか、編集者に聞いてみたいものだ。

 あ、ことわっておきますが、私は薬物依存や犯罪を許容しているわけではないですから、誤解なきように。逆に、犯罪をなくすためには、社会的偏見を煽るだけの報道はマイナスだと言っているのです。

2009年5月14日

週刊誌を読む:刑事裁判、真相解明どこに 和歌山カレー事件判決

 最高裁で死刑判決が出た和歌山カレー事件の林眞須美さんに五月初めに面会した。彼女とはもう足かけ十一年のつきあいになるが、死刑確定の重圧は、やはり大きくのしかかっているようだ。朝、刑場に連れ出されることを知らされ、「えっこんなに早いの?」と口にする。そんな夢をしょっちゅう見てうなされるという。

 四月半ばに面会した折、上下トレーナーや靴下、ハンカチなど真紅で揃えたものを頼まれて差し入れた。無罪を勝ち取るという意思表示のために、四月二十一日の判決日は全身を真紅に飾って迎えるというのだ。しかしその願いも虚しく、判決は上告棄却だった。

  『週刊現代』5月16・23日号でジャーナリストの魚住昭さんがこう書いている。「動機は不明。犯行を直接裏付ける証拠も自白もないのに死刑だなんて滅茶苦茶な話である。『たとえ十人の真犯人を逃すとも、一人の無辜を罰するなかれ』という司法の理念を思い出すべきだろう」

 『週刊朝日』5月8日号で田原総一朗さんもこう書いていた。「刑事裁判の大きな目的は事件の真相解明であり、その意味では今回の最高裁判決は中途半端と言わざるを得ない。動機不明のままでは、とても真相を解明し得たとは言えない」

 動機不明というのは、和歌山カレー事件とは何だったのか、殺人事件だったのかそうでなかったのかという事件の根本がわからないということだ。田原さんは「刑事裁判の大きな目的は事件の真相解明」だと書いているが、宮崎勤死刑囚始め何人かの死刑囚と関わってきた私の率直な感想を言えば、今の裁判所はもう真相解明という課題に応えられなくなっているような気がしてならない。事件は解明できないが、前例にならって処罰は行う。その傾向は、裁判員制度の導入でもっとひどくなると思う。

 先の『週刊現代』の記事で魚住さんは、和歌山カレー事件最高裁判決についての報道を分析し、採点している。毎日・読売・東京新聞が七十点、朝日新聞が四十五点、産経新聞が四十点、そして日経新聞が二十点だ。

 裁判員制度の導入で報道のあり方もまた大きく問われることになる。


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※『週刊誌を読む』は「創」編集長・篠田が毎週、東京新聞に連載(北海道新聞・中国新聞も転載)しているコラムです。

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2009年5月13日

和歌山カレー事件死刑判決について思うこと

 さる5月1日、和歌山カレー事件の林眞須美さんに面会した。死刑判決が出たのが4月21日だが、30日に不服申し立てを行ったので、確定はもう少し先、恐らく5月10日前後になるはずだ。刑が確定すると原則として接見禁止になるため、それまでの間に知人の面会をできるだけ受け入れるということで、5月1日も3人一緒に面会した。

 判決当日は、この裁判に対する自分の闘いの意思表示のために真紅の衣服を着たいという本人の依頼で、私は4月14日に、真紅の上下トレーナー、靴下、ハンカチなどを差し入れた。判決を彼女は大阪拘置所の独居房で、全身「真紅」をまとって迎えた。ただしその決意も虚しく、最高裁の判決は上告棄却。事実上の死刑判決だった。

 4月16日に面会した時は「絶対無罪を勝ち取る」と断言していた彼女だが、死刑判決はやはり重圧となったようで、5月1日の面会の時には、「刑場に連れ出される夢を見て毎日のようにうなされる」と語っていた。「朝、執行だと言われて、えーこんなに早いの、とびっくりして眼をさます」のだそうだ。

 死刑執行は法務大臣が執行命令書に判をついてから5日以内に行われるが、本人に告知するのは当日朝だ。死刑確定者は現在、全国で約100人おり、以前は確定しても4?5年は大丈夫とされていた。しかし、最近は1?2年で執行されるケースもあり、実際のところいつ執行されても不思議はない。刑事訴訟法では半年以内とされながら、それが形骸化していたのだが、厳罰化と死刑急増の流れの中で、なるべく執行を早めようという法務省の意志が働いているからだ。確定死刑囚とは、自分の執行がいつになっても不思議でない、その恐怖に毎日脅えてすごす存在なのだ。

 私が12年間つきあった宮崎勤死刑囚のように(恐らく統合失調症で)自分の置かれた立場もよく理解できなかったような人でも、死刑確定後はやはり死について気にすることが増えていた(詳細は拙著『ドキュメント死刑囚』参照)。ましてや林眞須美さんは、アグレッシブなところもあると同時にナーバスな面もある女性だ。死刑確定前から、死刑の恐怖を吐露することがあったが、実際に確定してからは恐怖にさいなまれる生活のようだ。

 さて、私は和歌山カレー事件については1998年の事件当時から現地で取材を行い、林家も何度も訪れていたし、林夫妻とも当時からの知り合いだ。だからこの事件については、思うところが多い。

 直接的証拠が何もないのまま状況証拠だけで眞須美さんが犯人だとして死刑判決が出されたという意味で、この事件ないし裁判については議論すべきことがたくさんある。最大の問題は、動機が全く明らかになっていないことだ。動機というのは、事件の骨格をなす事柄で、つまり和歌山カレー事件とはどういう事件なのか、そもそもそれは殺人事件だったのかそうでないのかという、根本のところが全く解明されていないのだ。事件が解明されないまま、処罰だけがなされた。しかも死刑判決という、今後新たな証拠が見つかっても取り返しのつかない刑罰が科されてしまったわけだ。

 多くの人は、林眞須美さんが犯人なのは自明のことのように思っているが、これは裁判が始まる前に大量になされた報道によるものだ。実際には、彼女が夫を毒殺しようとしていたという逮捕前の報道が裁判でひっくり返されたり、高校生の目撃者なる報道が実はガセだったことなど、事件当時の報道のかなりの部分が裁判で否定されてもいるのだが、そういう経緯はほとんどフォローされていない。現状の事件報道は、容疑者逮捕の時点で終幕を迎えてしまい、そこで物語が完結したことになってしまう。逮捕時の報道は多くの人に修復しがたい印象を植え付けるのである。

 検察側が当初描いた事件の構図はかなり裁判でほころびが出たし、死刑判決を支える論理構造は、世間の人が思っているほど磐石でなく、むしろかなり脆弱だと言ってよい。本当は、それにも関わらず死刑判決が出されたことの意味をきちんと議論しないといけないのだが、現実にはその仔細な検証などマスコミでもほとんどなされていない。

 こんなやり方で、それこそ鳩山前法相が言ったように「ベルトコンベアのように」死刑判決と執行がなされていっていいのか、と思う。

 本当はここで、この和歌山カレー事件の判決にどんな問題があり、裁判の争点がどうだったのかを説明しなくてはいけないのだが、長くなるので、詳細は別の機会に譲ろう。神保哲生さんのブログ「マル激トーク」にアクセスすると、4月24日に収録された安田好弘弁護士の話が公開されている。私自身もこの間、月刊『創』誌面では何度も書いてきたし、まとまった論考としては『冤罪File』という雑誌の1号前に50枚の長文のレポートも書いた。関心ある方はご覧になってほしい。

 事件発生直後の、ようやく原因がヒ素と特定された1998年8月初めに、裁判の鍵を握るIという男が捜査側に抱え込まれているなど、この事件の捜査手法と検察側の立てたストーリーには、後で考えると多くの問題が含まれているのだが、これらもほとんど議論されていない。

Profile

篠田博之(しのだ・ひろゆき)

-----<経歴>-----

1951年茨城県生まれ。
一橋大卒。
1979年より月刊『創』編集者。
81年より編集長。 82年同誌休刊に伴い、創出版を設立して雑誌発行を続ける。
現在は編集長兼経営者。
日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長、東京経済大学大学院講師など兼務。
東京新聞、北海道新聞などにコラム「週刊誌を読む」連載。
メディア批評のほかに、犯罪、死刑問題などについても新聞・テレビでしばしば発言。
著書『生涯編集者』(創出版)、『ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)。共著は多数

BookMarks

創出版
http://www.tsukuru.co.jp/

最新号
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詳細はコチラ

-----<著書>-----


『生涯編集者──月刊「創」奮戦記』
2012年6月、創出版



『ドキュメント死刑囚』
2008年8月、筑摩書房

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