Calendar

2010年12月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

Recent Trackbacks

« 2008年8月 | メイン | 2011年1月 »

2010年12月29日

クルーグマンの有限な世界/What a finite world.

年の瀬になり、今年一年を回顧し、来年の予測をする記事があちこちで見かけます。

エネルギーという視点から振り返ると、今年はこれまで以上にオイルピークを認める人が出てきた年と総括することができるでしょう。しんがりはポール・クルーグマンです。クルーグマンは2008年にノーベル経済学賞を受賞した経済学者ですが、12月27日付けのニューヨークタイムズでピークに言及しています。


2007-2008年と同じように、今日の商品価格の上昇は米国の需要増がもたらすものではなく、中国をはじめとする新興経済国からの需要増である。 かつて貧しかった国でたくさんの人が車に乗るようになったり、肉を食べるようになり、グローバルな中産階級を形成しつつある。それが世界の石油と食糧供給に圧力をかけている。
問題は、供給が需要に追いつかないことだ。在来型の石油生産量はこの4年間頭打ち状態にある。ある意味で、少なくとも、 オイルピークがやってきた。もちろん、カナダのタールサンドのような代替エネルギーからの石油生産が増えることは間違いない。しかし、これらの代替エネルギー源はカネの面でも環境負荷という点でもかなり高くつく。
また、この一年間、大農業地帯のなかには酷暑や干ばつなど極端な天候に襲われた場所が少なくなく、それが食品価格の高騰に大きな役割を果たした。これらの異常気象が気候変動のもたらすものだとを信じるに足る理由はいくらでもある。

商品価格の最近の上昇はどんな影響をもたらすのだろうか。
すでに述べたように、人間は有限な世界に暮らしている。商品価格の上昇は、有限な資源の制約がどんどん現実化することを示す兆候である。だからといって、それが経済成長に終止符を打つとは限らず、マッド・マックス的な社会崩壊に落ちていくこともないだろう。人間は自分たちの生き方を徐々に変えていかなければならず、資源は高いものであるという現実に沿うように経済や暮らし方を変えていくことが必要になる。

クルーグマンはピークと気候変動がもたらす相乗効果について言及しておらず、影響や対策についても疑問なところがあります。しかし、まあ、とりあえず、ノーベル賞をとるような経済学者もピークを認めるところまできた、無視できなくなったということは2010年が大きな転換期であるということを象徴しているような気がします。

2010年12月25日

ピークと英国/The poms are getting serious.

英国のエネルギー担当相、クリス・フーンは12月16日に放送されたラジオのインタビューでオイルピークに言及し、それが国の舵取り、政策立案に影響を与えるとしています。


「アブラがいつ頂上を越し、生産が減りだすのか、しっかりとはわからない。しかし、国としては、こういうような市場に首根っこをつかまれるようではまずい(...we don't know when exactly the oil is going to start peaking and production is going to start running down, but...we don't as a nation want to be putting ourselves in hock...to these sorts of markets...)」

BBCのラジオ4、トゥデイという番組の中での発言です。
(引用した発言は2分15秒目くらい)

現職の大臣や首相がオイルピークに言及することはまれです。現職の首相ではニュージーランドのヘレン・クラーク首相が2006年4月に言及しているくらいでしょうか。英国ではブレア政権の環境大臣を務めたマイケル・ミーチャーがピークについて発言していますが、現職ではありませんでした。

今年の3月、時のブラウン内閣のエネルギー担当相がピークに関するサミットを開き、ピークの論客、クリス・スケボウスキーやトランジション運動の創始者、ロブホプキンスを招いて意見を聞きました。おっかなびっくり、問題を聞くということで、それがすぐ政策に反影されることはありませんでした。だから、現職閣僚ではたぶんはじめてではないでしょうか。

ピークの時期については、あの保守的なIEAですら、フツーのアブラのピークは2006年だったと過去形で語っているのですから、もっと踏み込んでもよかったかもしれません。しかし、少しずつではあれ、政策担当者の意識が変わっていることは事実です。

英国でここまでピークに関する意識が高まっているのは偶然ではありません。英国はわずか10年ほど前には、イランやクゥエートと肩を並べるアブラ輸出国でした。それが虎の子の北海油田がピークを前のばしして、絞れるところまで絞ってしまったためか、いったんピークに達したあとは恐ろしい勢いで減耗しています。1980年以来25年ぶりにアブラの輸入国になったのはつい5年前のことです。(ブレアと石油参照)

英国では産業界においてピークを死活問題としてとらえ、ピーク・オイル・タスクフォースが結成され,真剣な取り組みも始まっています。これにはバス会社のステージコーチやリチャード・ブランソン率いる航空会社のバージンなど運輸輸送会社だけでなく、ソーラーセンチェリー(英国一の太陽エネルギー企業)などのエネルギー企業が参加しています。

早くからこの問題に関心があり、労働党内閣の再生可能エネルギー諮問委員も務めた(2002年〜06年)ジェレミー・レゲット(日本でも『ピークオイル・パニック』が邦訳出版されている)あたりが中心になっているのでしょう。

いわば、英国はピーク以後の時代にすでに突入している、ピークは際物でも「説」でも傍流でもない。左翼やユダヤの陰謀でもない。それに関して産業界でも取り組みが始まっている、政治の場でもそれなりの興味を引いてきた。今回のエネルギー担当相の発言もそうした理解が世間一般に広がっていること、切羽詰まってきたことが反映されただけなのかもしれません。

日本はどうなのでしょう。まだ、そこまで切羽詰まっていないのかな。それとも自分たちは大丈夫だと思い込んでいるのでしょうか。代替がきっと見つかるだろう、なぜだかわからにけど、そういう期待があるのかな。企業にも政府にも、国民の間にもそういう気持ちがあるのかな。どういう理由にせよ、オイルピークが国会で取り上げられたと聞いたことがありません。企業人でピークを理解している人もあまりいません(数少ない例外はアシスト社のビル・トッテンくらいかな)。

金儲けにあくせくするのもいいけど、真剣に未来のシナリオを考えたほうがいいんじゃないかなあ、という気もします。

2010年12月21日

TPPについて私が知っている二、三の事項/Deux ou trois choses que je sais d'elle.

日本ではTPPに関する議論があれこれ続いています。これについて、ふたつほど。


ひとつは歴史的な認識。このごろはTPPですが、これまでにも「貿易自由化」の流れがあったわけで特に目新しいことではない。この自由化を世界的にやろうとした交渉はすでに2003年にメキシコのカンクンで決裂しています。これをホルムグレンは『未来のシナリオ』のなかで「グローバル化の果実を維持しようとする大企業の最後の絶望的なあがき」だったと言っています。「最後の絶望的な」というのは、もちろん、人類の手にできる化石資源エネルギーの量がどんどん減っていく時代だということで、国際的な信用に基づく交易体制も変わっていくだろうし、資源ナショナリズムも当然出てくるだろうからです。資源獲得を巡る「国境紛争」があちこちで起きているのも偶然ではありません。

TPPにしてもそういう変化の時代の文脈で読む必要があります。これからも世界貿易体制がずっと続いていくのかどうなのか。そういうことを検討せずに、当然これからも世界貿易体制がつづくものだと考えて議論を進めてしまうと、変化の時代には通用しないかもしれません。

ふたつ目はもっと細かいことになりますが、果たして自由貿易はそれほど得なのかということです。

オーストラリアには生産性委員会という独立研究機関が政府のなかにあり、これが12月13日、自由貿易協定について報告書を発表しています。ケーススタディとして自由貿易を考える際に参考になるでしょう。

オーストラリアは83年にニュージーランドとの間で自由貿易協定を締結して以来、90年代、ハワード政権の時にシンガポール、タイ、アメリカと協定を結び、ラッド政権ではこれにチリとASEANが加わり、現在は6つの国、地域とのあいだに自由貿易協定を結んでいます。日本だけでなく、中国、マレーシア、インドネシア、湾岸協力会議(GCC)、太平洋諸島フォーラムとのFTAを現在、交渉中です。

生産委員会の報告書はその6つの自由貿易協定に関して、これが果たしてオーストラリアのためになっているのか、一年かけた研究に基づくものです。400ページもある報告書、最初の要約を読んだだけですが、それによれば、自由貿易は二国間のものであれ、ASEANとのあいだの地域協定であれ、コストばかり高くついて、いわれたような利益をもたらしていない。自由貿易協定を結んだからといって、必ずしも貿易拡大や経済成長につながるわけではない。「メンバー国間の貿易が拡大し、域外よりも急速に拡大したという証拠はない」としています。新しく自由貿易に合意する前に、貿易活性化、投資の保護、基準の相互認証などのようにコストが安くて、もっと効果のあがる策を検討するべきだと勧告しています。

自由貿易協定の恐ろしいところは、モノやサービスに関する直接的なカネのやり取りだけにとどまらないことです。13日付けの日経には「毒素条項」という毒々しい見出しでこの種の自由貿易協定につきものの条項について記事がありました。TPP大賛成の新聞にしては珍しい記事です。オンラインでは全文を読むことができませんが、できれば、ぜひ、読んででください。「毒素条項」がどんなものであるのかは、このログに簡単にまとめられています。

この「毒素条項」のなかで、生産性委員会も言及しているのはInvestor State Dispute Settlement(ISDS)、国対投資家の紛争解決、です。ISDSは別名「NAFTA(北米自由貿易協定)の11章」とよばれ、投資家がパートナー国の政策により不利益を被った場合、提訴することができ、その投資家が勝訴すれば、パートナー国は損害賠償をしなければならないという条項です。

NAFTA加盟国のカナダの事例が、2005年のものですが、PSI加盟組合日本協議会のサイトで報告されています。これによれば、カナダではNAFTA発足以来10年の間に10件の訴訟があったそうですが、すべてはアメリカ企業が「カナダの一般市民を保護する法律、たとえば、環境保護条例、有毒廃棄物輸出禁止法、カナダの水を保護する法律などが差別的であると主張」し、政府を訴えたものだそうです。

オーストラリアがこれまで結んだ自由貿易協定にはアメリカのものも含め、ISDSは含まれていませんでした。しかし、TPPでは持ち出される可能性があります。生産性委員会の報告書も、ほかはともかく、これだけはだめだと勧告してます。主権国家が国民のために政策を導入すれば、訴えられ、国民の血税がぶんどられてしまう。まさに主権に関わるような条項ですから当然です。

日本における議論では、TPPはアメリカが一人勝ちするだけだというような意見も見られます。

しかし、自由貿易はアメリカにとっても国益にそわないという報告もあります。

アメリカと自由貿易協定を結んだ17の国との貿易について、パブリックシティズンが今年の9月に出した報告書は、オーストラリアの生産性委員会と同じように、自由貿易がアメリカの利益になっていない、協定を結んでいない国との貿易の方が伸びている、など否定的な内容です。また、ISDSによる主権侵害に関しても、パブリックシティズンは警鐘を鳴らしています。

つまるところ、自由貿易はアメリカであれ、オーストラリアであれ、どこの国の経済にとっても利益を出さないばかりでなく、どこの国の主権も侵害されかねないものかもしれません。

日本ではTPPの議論が農業がああだこうだということに偏りがちです。

もちろん農業についての議論も大切ですが、まず、果たして世界貿易はこれからも続けていけるものなのかどうか。そして、広く自由貿易というものの功罪について議論することが必要なのではないでしょうか。

2010年12月20日

狂牛の次は狂大豆?/It's a very, very, mad world.

狂っていくのは牛だけではなく、大豆もおかしくなっているようです。

年間約6千万トン、世界全体の大豆の1/4を生産するブラジルで大豆が狂牛病ならぬ狂大豆病にかかっていることを農業情報研究所が伝えています。


写真はWake-up Callより転載

この病気にかかった大豆は生育が止まってしまい、上の方の葉っぱが少なくなり、茎は太く変形してしまう。葉の色は濃く、枯れず青いままで、実が入らないまま、枯れてしまうそうだ。原因は狂牛病同様、今のところ不明で、対策もない。幸いなことに、大豆さび病に比べれば感染性は弱く、病気にかかった大豆が直接触れない限り、他の株への感染の恐れはないそうです。

今年、8月頃からの報道を総合すると、狂大豆病は同国の大豆の3割を生産する内陸中西部のマット・グロッソ州で発見された。この病気はこれまでにも熱帯の産地で時々見られることはあったが、現在は温帯の畑にも広がっているそうで、4割から6割の収量減になるかもしれないと見られている。

原因については真菌や細菌ではなく寄生生物によるものだという報道もあるが、グリフォセート除草剤が関係しているのではないかという関係者が多い。グリフォセート除草剤はラウンドアップなど遺伝子組み換え作物の除草に使われる。アメリカ農務省の世界農業情報ネットワークによれば、ブラジルにおける大豆の作付け面積は2400万ヘクタール。植えられる大豆の8割近くが遺伝子組み換え種である。また、遺伝子組み変え大豆は不耕起栽培され、雑草は除草剤まかせになる。大豆に障害を起こすペストや病原菌もそのまま土のなかに残り、繁殖する可能性がある。グリフォセート除草剤や遺伝子組み換え植物を何年も研究した学者によれば、狂大豆病は驚くことではなく、これまでにグリフォセート除草剤使用が原因と見られる新種の病気の数はすでに40を越すそうで、その数は増加中だ。

(グリフォセート除草剤の原料であるリン酸がピークを迎えたことについては「リン酸ピーク」を参照)

牛や大豆が狂ってしまうのは症状に過ぎない。本当にいかれているのは人間社会のようだ。

2010年12月19日

トンデモな時代の幕開け/Welcome to the brave new world.

人間の必要はよく衣食住と言われます。どれも大切なものですが、食べることは毎日毎日のことで、それをやめてしまえば、何日かで生死に関わる問題になります。食べ物を生産したり獲得することは生存にかかわる基本的な権利なのです。


その食料は現在、どんな形で生産されているのでしょうか。農業に関わる人口は日本など先進国では1割以下になっています。つまり、たいていの人が自分の生死に関わる作業を誰かにゆだねているわけです。
スーパーの棚を見れば、軒並みアメリカ産、オーストラリア産、ニュージーランド産、チリ産、ノルウェー産などの鮮魚や肉、野菜が並んでいます。加工食品の原料を見ていけば、それこそ、世界中からの産品が詰め込まれています。これらの食品を生産したり、加工したり流通する作業はどんどん企業がやるようになっています。頭がくらくらしてきます。まあ、これがフツーだと考えれば、TPPもFTAも仕方がない、当然の流れだってことになるのでしょう。でも、これは本当にフツーなのでしょうか。かなりトンデモなのではないでしょうか?
映画「フード・インク」は、こういうトンデモな現在の他人まかせ、企業まかせの食のあやうさを描く作品です。企業は金儲けのためならば、何でもやる。放っておいたら大変なことになる。
この映画の共同制作者でもあり、作家のエリック・シュローサーは今年7月24日付けのニューヨークタイムス紙の意見欄
「アメリカでは毎日20万人の人が汚染された食品のおかげで食中毒にかかっている。毎年、食中毒で病院に運ばれる人は32万5千人にも上る。そして、2003年以来、イランやアフガニスタンで殺されたアメリカ兵とほぼ同じ数の人間が毎年食中毒で命を落としている」
と書いています。

じゃあ、どうしたらいいのか。

11月29日、アメリカでは食の安全管理を強化する目的で食品安全近代化法案(S.510)という法案を上院本会議に上程するための討論終結決議(Cloture vote)の投票が行われ、74対25で可決しました。
アメリカの立法の過程はそれほど詳しくないので、間違っているかもしれませんが、調べた限りでは、このあと60日以内に上院本会議で、さまざまな修正が加えられ最終的な投票になるようです。今回の投票結果から見て可決されるのは間違いないでしょう。
そのあとは、すでに下院ではs.510の下院バージョンである食品安全強化法(H.R. 2749)が2009年の7月に283対142の圧倒的多数で可決されているので、両院の法案がすりあわせられたあと、大統領の署名を受けて発効ということになります。
この法律の根幹は役人が食の安全に目を光らせるということです。監督官庁である食品医薬品局(FDA)が食品の安全を決め、違法なものはびしびし取り締まる。前述のシュローサーの記事も、汚染食品が出回るのはは企業に問題があるからで、それを監督する官庁の権限が強めればいいとS.510の早期法制化を呼びかけています。

しかし、それで果たして問題は解決するのでしょうか。企業や政府に人間の生存をゆだねるという構造そのものが問題なのではないでしょうか。それをないがしろにして、他人に自分の生死をゆだねてしまって、本当にいいのでしょうか。S.510が突きつける問題の核心はそこにあります。

5年前にNAISという動物管理制度について「狂牛病時代」という記事を書きました。今度の S.510とまったく同じレトリックであることがわかります。NAISは、狂牛病やら鶏フルを予防し、拡大を防ぐためにすべての家畜にマイクロチップを埋め込み、生まれた時から屠殺されるまでその居場所を把握し、移動をチェックするというものです。「安全管理がしっかりしない」裏庭や小規模農家を排除しようとするものです。食品安全法も似たようなもので、サルモネラ菌やら大腸菌やらがついた危険な食品を流通させないように、「安全管理がしっかりしない」連中を排除しようということでしょう。シュローサーには、残念ながら、そこのところが見えないようです。

S.510にはとりあえず、年間のグロスの売上が50万ドル(約5千万円)以下の小規模企業、また275マイル以内で消費されるものは適用しないという修正がなされており、法律ができても、今すぐに家庭菜園が違法になったり、お裾分けができないということはなくなりました。しかし、いったん法律という枠組みができてしまえば、あとはどんどん厳しくしていくことは簡単なことです。事務手続きを煩雑にしたり、免許制にしたり、登録料を上げたり、そんな方法はどんな間抜けな人間でも簡単に想像がつきます。種にしても、市場に出回るのがF1ばかりになれば、法律で禁止しなくたって、自家採種なんかできなくなっちゃいます。固定種を売ってる小さな種屋ですか?そんなの合併吸収したり、潰しちゃえばいい。

自分の家庭菜園がとりあえず引っかからないからといって安心してたら大変なことになります。
近刊の『未来のシナリオ』のなかで著者のホルムグレンは気候変動が発症し、石油文明が分水嶺を超え、エネルギー下降時代に入ると、政府は対症療法的な政策をなりふり構わず導入していく。ファシズムの到来さえあり得ると言っています。アメリカの動きはまさに、その兆候なのかもしれません。

自分の食べ物を作ることさえが過激な政治的な意味を持つ、トンデモな時代に人類は足を踏み入れています。

2010年12月16日

新たな高み/(What will you do) After the News?

世界の液体燃料生産が新たな頂上に到達しました。
国際エネルギー機関(IEA)が10日に発表した数字によれば、今年11月、世界全体では日産8810万バレルのアブラが生産されました。これは、2008年7月の記録を更新し、人類史上でかつてない規模の液体エネルギーが生産されたことになります。

2008年7月には原油価格が1バレル150ドル近くまで上がり、それが世界の金融危機の引き金になりました。原油の値段はその後、一時40ドル近くにまで下落しましたが、各国政府が税金を投入し、景気回復にともない、アブラの需要も増えて来ています。やはり10日には、ここ2年で最高の値をつけました。

rick101216.png
↑ スチュワード・スタニフォードのEarly warningより。

この数字で注意しなければならないことは、この数字は原油(プラスコンデンセート)のみの数字ではないことです。アブラというと世間一般では原油をイメージしますが、この数字にはそういう「在来型」の原油だけではなく、カナダのタールサンド、ベネズエラのオリノコ超重質原油など「非在来原油」も含まれます。それだけではありません。液化石炭、液化ガス、エタノールなどの人造石油も入っています。

「非在来」や沖合深海油田、人造石油に共通するのはEroei(エネルギー収支)がきわめて低いということです。Eroeiについてはあまり理解されていませんが、簡単にいえば、エネルギー投資とエネルギー収穫の割合です。どんなエネルギーを獲得するためにもエネルギーを使わなければなりません。この効率が悪いと、社会が獲得できるエネルギーもかなり下がってしまいます。1930年代あたりの油田では、1のエネルギーを投入して100のエネルギーを獲得することができました。それが1対30になり、最近の油田は1対15くらいだそうです。かなり落ちてきたとはいえ、人造石油などに比べればかなりましです。

rick101216_2.jpg
↑ D.ホルムグレンの近刊、『未来のシナリオ』より転載。

つまり、味噌も糞も一緒にして液体燃料をすべて含めた数字で見ると人類はこれまでにない量のエネルギーを獲得したということです。しかし、エネルギー収支という質のことまで考えると、実際に使える正味のエネルギーはそれほど増えていないのかもしれません。

2010年12月15日

チェルノブイリへようこそ/Greetings from Chernobyl

CNNバニティフェアなどによれば、ウクライナがチェルノブイリ原発を正式に観光地として開放することに決めたそうです。

chernobyl.gif
(バニティフェアより転載)

バロガ非常事態相によれば、これまで立ち入り禁止になっていた、原発周辺の半径30キロ以内が12月21日から開放されるそうです。これまでも夏の間は管理当局公認のガイドによる短時間の観光は可能だったようですが、もっと大々的に客を誘致することを考えているようです。
第4号炉の炉心が溶解し、ヨーロッパだけでなく地球全体に放射能を振りまく史上最悪の原発事故以来、来年4月で25年になります。科学者によれば、再爆発の危険はないようですが、「原発には推定180トンといわれる放射性物質が閉じ込められており、それがどんな状態であるのか未だにはっきりしない」とのこと。
先週日曜にバロガといっしょに一般公開前のチェルノブイリを視察した国連開発プログラムのチーフ、ヘレン・クラーク(元ニュージーランド首相)は「個人的には、こういうことがあったと伝えることは大事であり、悲しいことには違いないが、それを伝えることが大切で、経済的な利益にもなる」と今回の提案を歓迎しています。

ちなみにお値段の方は、カナダの旅行会社によれば、100キロ離れたキエフから日帰り旅行で150ドルくらいとのこと。日本の原発推進派の人はぜひツアーを組み見学にいかれたらいいのではないでしょうか。もう、待ちきれないという人にはエレナという近所のウクライナ人がカワサキの大型バイクで出かけた報告がありますので、ぜひご覧ください。廃墟好きには堪えられない光景が並んでいます。また、緊縮財政のおり、日本政府もウクライナに倣い東海村だとかもんじゅや柏崎などの事故現場を大胆に観光地にしたらいかがでしょう。

『未来のシナリオ』出版のお知らせ/Future Scenarios

パーマカルチャー創始者のデビッド・ホルムグレンの「未来のシナリオ」が12月下旬に農文協より出版されます。

fs_cover_obi.jpgホルムグレンは西オーストラリア州の出身で、タスマニアでの学生時代にビル・モリソンと共にパーマカルチャーを生み出しました。現在は,ビクトリア州中部 の自宅で自給的生活を送る一方,パーマカルチャーの講義やデザイン・コンサルタント業で、世界中で活躍しています。

この書でホルムグレンは、現在人類は双子の難問を抱えているという時代認識を示します。それは気候変動とオイルピークです。気候変動についてはそれなりの 理解がある一方、オイルピークについてはその本質が理解されているとはいえません。本書はピーク問題の主要な論点をまとめ,これからの時代がエネルギー下 降の時代であると説きます。日本のようなエネルギー輸入国にとりさらに深刻なのは,輸出国が高騰する原油価格で潤い,自国の需要が増加するため,輸出でき る量が減るという「石油輸出の崩壊」があります。本書はエネルギー下降の速度と気候変動の発症の度合いをふたつの変数とし、その複合作用を4つのシナリオ にまとめ、それぞれの特徴を検討します。今人類の呼吸する時代がどんな時代であるのか解明する本書をぜひ,ご一読ください。

発売日:12月下旬
価格:本体1200円(税込1260円)
出版:農文協

また、ホルムグレンの二〇〇二年の著作「パーマカルチャー」の邦訳がコモンズより来年早々出版される予定です。30年にわたるパーマカルチャーの実践、教 育活動から抽出された12の原理はこうした時代を賢く生きるための大切な道具になるでしょう。

ーーーーー
海外での原著(Future Scenarios)の書評から抜粋

●ジョン・ポール・フリントフ (タイムズ・オンライン)
文明はいかに、そしていつ崩壊するか
簡単に言えばパーマカルチャーとは、自分自身に制御不可能なシステムから自らを切り離し、何らかの形で持続可能な形で自給を達成しようとすることをめざす ものである。今、人類が直面する問題に哲学的で実用的な枠組みをあたえるものである。パーマカルチャーをすでに実感する自分のように人間にとり、ホルムグ レンの言説はとても説得力がある。しかし、この本は予想以上だった。本を読み終わってから数日になるが、いまだに頭蓋骨がガタガタしたままだ。

●マイク・リン(イン・ジーズ・タイムス)
未来を再考する
この本の大事な点は、これからもこれまでのようになるだろうという思い込みを捨てなければならないと力説するところにある。

フランク・カミンスキー(エネルギー・ブレティン)
鋭い分析力を持ち、チャートや統計分析の使用に長けるホルムグレンは、シナリオのすべての側面を徹底的に解析する。ホルムグレンはそれぞれのシナリオの社 会的、生態学的、農業、経済的な影響に深く切り込み、最後のまとめと議論の章ではそれらをすべて見事にまとめあげる。


ジョアンナ・シュローダー(ドメスティック・フュエル)
エネルギーに関する本は問題を解説し、解決法にいくつか言及するだけで、特定の行動のもたらす影響を長期的に掘り下げるものはほとんどない。その点でこの 本 はきわめてユニークだ。オイルピークと気候変動を憂慮し、自分たちのとる行動が将来にもたらす影響について議論するつもりなら、この本を読書リストに加え なくてはならない。

マイク・グレンビル(トランジション・ネットワーク・ニュース)
気候変動とオイルピークに直面し、これまでとは異なる将来のシナリオを構築しなければならない時、いろいろなオプションを冷静に、深く検討するデビッド・ ホ ルムグレンの「フューチャー・シナリオ」は価値ある一冊だ。

●(ミーン・モア
世界がとりうるオプションをバランスをとりながら明晰に考慮する「フューチャー・シナリオ」は、今年出版された本の中で、最も重要な本の一冊と見なされる ことだろう。

2010年12月14日

石炭ピーク(は思ったより近い?)/Peak Coal may be around the corner.

中国が金融引き締めに転換というニュースが世界を駆け巡っています。たとえば、12月4日付けのasahi.com。アメリカでは失業率が悪化し、ヨーロッパでは主権国家の債務危機が収まらず、日本の好況も「エコなんとか」補助金(税金)というバイアグラが頼りなので、世界経済の回復は中国やインドなどにかかっています。

エコといえば、こういうニュース報道に接すると巷で大はしゃぎするわりに、生態系についてまったくわかっていないなあと感じないわけにはいきません。すべての生態系は基礎となるエネルギーの制約を受けるもので、人類の経済、政治や文化も同様にエネルギー源の制約を受けるということです。人間の生活や経済を律する「見えざる手」は市場ではなくエネルギーなのです。
そういう純粋にエコな視点から見れば、12月4日のニュースはすでに予想可能なことです。中国の経済成長のエネルギー基盤は石炭です。1800億トンといわれる埋蔵量の石炭を掘り出し、燃やすことで中国経済は発展してきました。1950年には年間1億トンほどの生産、消費でしたが、世界の工場となり、世界経済のエンジンルームになったこのごろでは年間30億トンの石炭が消費されています。中国の発電の8割は石炭でまかなわれています。世界的に見れば石炭消費の5割は中国です。中国(そして世界)の経済は(中国の)石炭にかかっています。

■中国の石炭生産と消費

グラフはtheoildrumより転載

■中国が世界の石炭消費に占める割合

グラフはtheoildrumより転載

ウォールストリートジャーナル紙は11月16日付けで中国国家エネルギー局(National Energy Administration)の張国宝(Zhang Guobao)局長の発言を引用し、中国政府は次の5カ年計画(2011年から2015年)で石炭の国内生産に36から38億トンの上限を設けることを検討していると報道しました。引用元の新華社通信の記事は見つかりませんでしたが、上限を設ける理由について、WSJは国内の炭坑では年10%で上昇する石炭需要を賄うことが難しくなっているからだとしています。毎年10%近い成長を続けてきた中国経済ですが、これからは国内の石炭だけでどうやらまかないきれない、減速せざるを得ない、そういう苦しい台所事情が今回の金融引き締めの裏にあるのです。

BPの世界エネルギー統計によれば、中国の石炭生産は2009年には30、5億トンでした。これが年率10%ずつ伸び続ければ2011年には前述の36億トンに達してしまいそうです。
しかし、年率10%といえば,7年で倍増することになります。つまり、このままいけば2017年頃には現在世界全体で燃やすのと同じ60億トンの石炭を中国一国で消費することになります。そんな成長率を維持できるわけがない、それが今度の金融引き締め発表の裏にあるのではないでしょうか。ドイツのエネルギーウォッチグループの研究(2006年)では中国の石炭はすでに分水嶺を超えたと見ています。

■中国の石炭(2006年エネルギーウォッチグループの研究)とその後の生産

しかし、ここ数年の生産はその予想をはるかに上回る勢いで拡大しています。エネルギーウォッチグループの計算よりも埋蔵量が大きい可能性があります。また、石炭だけでなく、ピーク以前にピークの時期を予測する、また、埋蔵量を予測することが如何に難しいことであるのかと言うことも同時にこのことからわかります。
しかし、ここ数年の生産だけを見て、中国の石炭埋蔵量が格段に多いだろうと結論することもできません。それは英国の北海油田の減耗を見てもわかるように、進歩した技術や桁違いの投資をすれば、ピークの時期を先送りすることは可能になります。しかし、その代償はピーク以降の急激な減耗です。
北海油田の2002年から2008年にかけての減耗率は年率6.7%です(それに相当する時期の米本土48州の減耗率は3.9%)。中国が同じように石炭を絞れるだけ絞っているならば、ピーク以後、生産は急にがくんと落ち込むことでしょう。中国を当てにする世界経済への影響は深刻です。
ピークに達していないにしても中国で石炭が不足すれば国内経済、そして世界経済は減速を余儀なくされます。中国は不足分を輸入で補い、経済成長を維持することも考えられます。2007年までは輸出国だった中国も今では石炭の輸入国です。人民日報によれば、2009年には国際市場で取引される石炭の1/5にあたる1億2千6百万トンを中国は輸入しています。今年は1月から5月までで、すでに7千万トン近い石炭が輸されています。オーストラリアなどの石炭輸出国にとっては朗報かもしれませんが、石炭の価格上昇は避けられません。そして、オイルピークに続き、石炭価格も上昇すれば、商品価格の上昇に跳ね返ることは間違いありません。数年前にリチャード・ハインバーグが言ったように、オイルピークは「すべてのピーク」を引き起こします。

ハインバーグはデビッド・フリッドリーとの共著で「ネイチャー」誌の11月18日号に「廉価な石炭時代の終わり」という記事を発表しています。全文は購読者でないと読むことができませんが、その要約はふたりが関わるポストカーボン研究所のサイトで読むことができます。
オイルピークをかじったことのある人なら、この記事のタイトルは1998年にサイエンティフィック・アメリカン誌に掲載され、以後のオイルピーク論争に火を付けることになったキャンベルとラエレールの論文「廉価な石油時代の終わり」を意識していることに気付くでしょう。
石炭はとてつもなく膨大な埋蔵量があり、気候変動がどうだとかこうだとか、炭素隔離の導入があろうがなかろうが、オイルピークの影響で石油が安く手に入らなくなれば、当然そちらにシフトしていくだろうと思われています。石炭火力発電の拡大が可能であり、石炭液化が真剣に論議されるのも、石炭がたくさんあると思われているからです。しかし、それが本当にそんなにたくさんあるのだろうか。廉価な石炭はそれほど残っていないのではないか。著者は問いかけます。
石油と同じで石炭の埋蔵量についても、その質や獲得の難易を計算に入れなければなりません。埋蔵量の数字も、やはり石油同様、疑ってかかるべきなのかもしれません。しかも埋蔵量が巨大であっても、それがそのまま生産量の増加につながるわけではない。例えば、アメリカには2400億トンの埋蔵があり、現在は年間10億トンの使用だから少なくとも200年以上は持つだろう。なんて考えがちです。石油の場合もそうですが、人間というのはより良い品質のものをできるだけ近いところから採掘するものです。石油についてならば、自噴する油田、しかもマーケットに近いところから手をつけるもので、わざわざ最初からオリノコ川沿いの石炭のいとことも呼ばれる低質な油や、海面下何千メートルの海底油田になんか手をつけたりはしません。石炭も同様で、最初に掘り出すのは安くて質がいいものです。たとえこれだけの埋蔵が現実にあったとしても、そのなかには掘り出すに値しないものや、掘り出せないものもあることでしょう。
通常原油がIEAが認めるように2006年に達したとすれば、ほかのエネルギー源にしわ寄せがいくのは十分に理解できることで、とりあえずは天然ガスと石炭の需要が急増するだろうと予測されています。しかし、このふたつも有限な資源であり、それぞれの生産ピークはそれほど遠いことではないのかもしれません。

ハッピー・オイルピーク・デイ(2)/Happy Oil Peak Day (2)

オイル・ピークについて最初に書いたブログのタイトルは"ハッピー・オイル・ピーク・デイ"。ちょうど今から5年くらい前のことだ。この5年の間に、ピークに対する理解は社会の中で深まってきたのだろうか。少しは備えができたのだろうか。

rick101214_2.png
(World Energy Outlook,2010より転載)

国際エネルギー機関(IEA)は2010年11月はじめに発表した「世界エネルギー展望」という年次報告で、はじめてオイルピークそのものにページを割いている。日本語版のエクゼクティブ・サマリーでは8ページ目で「ピークは朗報か悲報か」という見出しの下で取り上げている。ピークへの言及が去年まではまったくなかったのだから、ぽろっとしたさりげなさにびっくりする。もっとも、公式な報告書ではないにしろ、IEAはピークを小出しにしてきたので、この機関の発言を追ってきた人にはそんなに驚くことではないかもしれない。たとえば、OPECの主要国以外についてピークを過ぎたと主任エコノミストのファティ・ビロールが発言し たのはすでに 2007年のことだ。

それでもちょっとびっくりするのは、同報告書が「(在来型)原油生産量は、多少の変動はあるが(中略)2006年に記録した過去最高の7000万バレルには決して届かない」と、ピークを過去形で語っていることだ。もちろん、ピークはあとになって検証してみないとわからないから、IEAのような機関がいまごろになり、ピークは4年前でしたと言ったとしても、それはそれでふさわしいのかもしれない。

問題はそれを報じるメディアの無能さである。朝日新聞は「廉価な石油の時代終わった」(11月17日付け)という見出しで、田中伸男IEA事務局長 の談話を載せている。15日に東京での会見に基づくものだ。田中は「チープオイルの時代は終わった」と「展望」を踏まえた見解を繰り返している。しかし、この記事の筆者には田中の発言の意味するところ、すなわちオイルピークの意味がわからないようだ。新聞社にも事の重大さは理解できていない。理解できていれば、この記事は1面トップの扱いになるはずだ。商業メディアに期待することはないが、それでも、社会の基本となることくらい、しっかり報道してほしい。

奇しくも「廉価な石油時代の終わり」は98年にサイエンティフィック・アメリカン誌に掲載されたコリン・キャンベルとジーン・ラエレールの論文(英語)のタイトルでもある。現在の世界的なピーク議論の口火を切ることになった歴史的な論文である。「格安な石油時代」が終わるという警告を「石油枯渇」と読み間違え、むきになって反論した人もたくさんいる。例えば、2005 年、そろそろ絶頂にさしかかろうかという時だから、その勢いがわかるが、エコノミスト誌にはこんな記事(日本語)が載った( 訳者の気合いの入ったコメントも忘れずにお読みください)。今となっては笑い話な内容だが、メディアの人間、そして社会の舵取りに関わる人間はいまだにこんな理解なのではないだろうか。

上のグラフをもう一度眺めてほしい。一番下の濃い青色の部分が2006年にピークに達した(在来型)石油である。これから予想される需要を賄うと期待されるのは(非在来型)石油であり、天然ガスであり、未だ発見されていない油田からの上がりなのだ。(非在来型)石油の生産が伸び悩んでいるのはなぜなのだろう。天然ガスのピークは頭に入れておかなくていいのだろうか。油田発見は1964年が最高だった。40年以上も前 の話だ。技術も進歩し、金もつぎ込んでいるはずなのに、新しい巨大油田がぼこぼこ見つからないのはなぜなのだろう。これからの発見に過大な期待をしていいものなのだろうか。

「朗報なのか悲報なのか」といえば、IEAの論調は「ピークは過ぎたけど、どうってことなかったでしょ?」というものだ。ちょいと待ってくれ、2008年7月に始まった不況はどうなんだろう。2007年の食糧価格高騰、食糧危機はどうなんだろう。IEAにも、メディアにもピークの本質はわかっていないようだ。

5年前の記事ではピークの時期に関する研究者の予想を載せた。ピークを過ぎてからしか検証できないので、それを予言することは難しい。しかし、ほとんどの識者の予想が正しかったことになる。アリ・サムサム・バクティアリとマット・シモンズのふたりは、自分たちの予想がIEAにより「正式に」正しかったことを認められることなく、鬼籍に入ってしまった。実際、2005年から2010年まで原油生産は頭打ちだ。これからまだ生産が伸びないなんて言わないが、現代人が盲目的にあて込むような勢いで増えることはないだろう。「これまで通り」が続くことを当て込んでいると「大波乱へ乱降下」してしまうかもしれない。

Profile

リック・タナカ(Rick Tanaka)

-----<経歴>-----

信州松本出身。
1980年、シドニーに漂着。
大学中退後、ラジオやテレビ、ウエッブ、雑誌、ニューズレターなどで執筆、制作、コンテンツ制作、翻訳/通訳、音楽マネージメントなどで活動。
1997年、それまで15年暮らしたシドニーから標高千メートルの高原の町カトゥーンバに引っ越し、執筆・メディア活動と並行しながら、消費を抑え生産する楽農生活に突入する。
2007年、大陸の東南に浮かぶ島にある人口300人の村に移住、オイル・ピークと環境ゲテモノ化時代に備える暮らし、近隣社会の構築を模索中。

BookMarks

-----<訳書>-----


『未来のシナリオ』
2010年12月、農文協

-----<著書>-----


『人工社会』
2006年3月、幻冬舎


『楽農パラダイス』
2003年、東京書籍


『おもしろ大陸オーストラリア』
2000年、光文社知恵の森文庫

-----<共著>-----


『Okinawa Dreams Ok』
1997年、Die Gestalten Verlag


『Higher than Heaven:Japan, war and everything』
1995年、Private Guy International

-----<訳書>-----


『沖縄ポップカルチャー』
2000年7月、東京書籍

『首相暗殺』
ロバート・カッツ著、集英社

→ブック・こもんず←

当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.