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2008年6月19日

サウジの増産?/another hot air?

サウジアラビアで来週、産油国と消費国の国際会議が開かれます。それを前に,潘基文国連事務総長直々の要請もあり,サウジアラビアは原油生産を7 月から日産970万バレルに引き上げることを発表しました。

投機筋は量が増えるというニュースに反応し,原油価格は一時下がっています。メディアも原油市場の安定につながるのではないか,と大きく報道しています。

しかし、それが需要と供給の逼迫状態というファンダメンタルを解決するかどうか、すなわち恒常的な原油高を解消するかどうかと言えば,かなり疑わしいと言わざるを得ません。

サウジの増産量は5月の水準から55万バレル、これが実現すれば確かにここ30年最高の生産になります。しかし、これは現在世界で消費される量の1%にも満たない微々たる量にすぎず、これだけで逼迫状態を解消するとは思えません。

もう一つ、メディアは見落としていますが,たとえ,これだけの増産があったとしても、それがそのまま国際市場に出回るとは限らないということです。

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これは2005年から07年にかけ,「BP2008年世界エネルギー統計」をもとにネット・オイル・エクスポートが消費が増加した国、そして減少した国のトップ10をグラフにしたものです。

一番増加したのは中国で,減少したのは日本。経済の空洞化をそのまま象徴するようですが,二番目に国内消費が増加したのはサウジアラビアです。

原油価格の高騰で懐が潤い,国内消費が加熱していることがこのグラフから見て取れます。一日あたりの生産が970万バレルに達するのは「1981年8月以来(米エネルギー情報局)」ということですが、当時と同じだけの量が国際市場にでてくるのかどうか。きわめて疑問です。

サウジの増量に関しては量も問題ですが,質の問題もあります。
ロイター・インディアはシンガポール発で,16日,サウジのアブラはこれ以上いらないという声がアジアの精製所からあがっていることを伝えています。これ以上の精製キャパがないという量的な問題もありますが,サウジが増産するというアブラの質の問題があるようです。記事の中ではちょっと混乱していますが,どうやら精製に手間とカネののかかる重質の原油が増えているようです。

どうやら今回の「サウジ増産」のニュース,量も微々たるものなら,しかもそれすら現実にガソリンとして市場に出るのかどうかすら怪しい。ということで、原油の高騰,ガソリン高騰はまだまだ恒常的に続きそうです。

2008年6月17日

日本の食糧事情/the end of cheap food.

世界各地で食品の高騰が続き,暴動や死傷事件に発展しています。国内農業を犠牲にしてもグローバル化を推進しようともくろむ人たちの当てにするチープブードは、もうどこにもないことがますますはっきりしてきました。

問題が世界的なものでもあるにも関わらず,国内には「日本人は米を食べれば食料危機は解決する」なんてちんぷんかんなことを言う人もいます。確かに戦後日本人の食生活は変わり,米あまりの状態が続いてきたことは事実です。そして食のローカル化という観点からも、輸入される食糧に頼らず,国内の気候に適した作物を主体とした食生活に切り替えることに超したことはありません。

しかし,現在,米が余っているからと言っても国内に国民を養えるだけの米が作れるとは限りません。現在世界を襲う食料危機の元凶はオイル・ピークにあります。安いアブラに頼ってきた社会,産業社会は根本からその存在を揺すぶられているのです。食糧は安いアブラがあったからで、それが手に入らなくなるとき、当然高騰します。

近代的な食糧生産はトラクターなどの農機、輸送だけでなく、水田から水路にいたる「農地改良」、「農道」の整備、農薬、除草剤など,いたるところに大量のアブラが投入されています。現代日本の米作りは篠原信が指摘するように石油を食料に変えてきただけで,アブラが抜けていく時代,生産レベルを維持することは到底できません。 篠原は「1キロカロリーのお米を作るのに石油を2.6キロカロリー使う」と試算し、石油に頼らなければ日本の食糧生産能力は3000万人を養うのがやっとだと結論しています。

もちろんピーク以降も、これまで使ったのと同量のアブラが残っており,すぐに石油抜きになるわけではありません。したがって,今すぐに「食料危機」になるということではありません。しかし、現在の食糧供給体系は驚くほど脆弱であることは記憶しておいたほうがいいでしょう。在庫をを極端に削り、安いアブラをふんだんに利用する配達網に頼る「カンバン方式」を食糧供給にも導入したおかげで、経済効率は上がり、食糧価格は下がったかもしれませんが,現在の食糧供給体系はちょっとのことで簡単に崩壊しかねません。

日本よりも食糧自給率が高い英国でも、ブレア政権の田園庁長官をつとめたキャメロン卿が「無秩序まで9食」しか離れていないと警告しました。つまり,ガソリン供給が途絶えるなどして食糧供給体系が止まってしまえば,わずか3日で法も秩序も保てなくなるということです。さてはて,日本は3日持つでしょうか。

無秩序状態に陥るのを避けるにはどうしたらいいのでしょうか。

個人では3日くらい店に行かなくても食べていけるように備蓄を心がけることです。そして9食を10食、11食とのばしていく。食糧の備蓄は乾物だけでなく,菜園や果樹などの生産基盤も含まれます。手近な場所でみずから食糧を生産していくことです。少しずつでもこれを増やしていけば心理的にもかなり楽になります。他人や他の場所,他の国に食糧をなるべく頼らないように、一人ひとりが自覚し,自らの食の生産に関わり、自給率を底上げしていくことで、無秩序に陥る危険はどんどん少なくなります。そして,共同菜園や食糧の交換などを通し,隣近所に強い絆を普段から作っておけば,万一食糧危機になっても無法状態にはならないでしょう。また、生産を手伝うなどして、プロの百姓とも絆を作っていく。ピーク以降のエネルギー下降時代に、アブラをじゃぶじゃぶと水田に注ぎ込むような食料生産はできなくなるので,それに備えた人間関係を作っていくことです。

さらに政府には,チープブードを海外から求め、国内農業を切り捨てるような食のグローバル化戦略を今すぐ取りやめることを要求する。農水省には南氷洋の「調査」捕鯨などに税金を無駄に使うのをやめ、国民が食のローカル化に取り組むのを助けるためカネや資源を投入するよう要求する。何しろ,国民の食がかかっているんですから。グローバル化した食糧供給の見直し、食のローカル化はすべての国民が今すぐ取り組まなければならない焦眉の課題です。

2008年6月13日

アブラは高いか?/Oil expensive?

ガソリン高騰がどこの国でも話題になっていますが,さてはて,これは本当にそんなに高いのでしょうか。

「熱量的にみれば、1リットルのガソリンは肉体労働3週間分に相当する。現在の価格はまだまだ安いんじゃないか。20ドル,200ドルでも安いんじゃないだろうか」

エネルギー・ブレティンの編集者,アダム・フェンダーソンはオーストラリアのオンライン雑誌,クライキーとのインタビューでそう語っています。

原油価格/ガソリンの価格が上昇するたびにいろいろな「理由」が挙げられます。どこそこの政治不安,地政学的な緊張,ハリケーンなどの自然災害,テロによる施設の破壊、聞き分けのない労働者のスト、石油会社が暴利を貪っているからだ。など。最近よく耳にするのは投機マネーの流入です。

これらはどれも正しいのでしょうが,それだけが理由ではありません。

opecメンバーであるリビアのショクリ・ガネム国営石油会社代表は最近のインタビューで「投機マネーの流入はたしかに重要な役割を果たしているが,それが唯一の理由ではない。ドル安,地政学,製油の遅滞,需要の増加,そしてオイルピークが間近に迫っているからだ」と発言しています。

この現実を端的に示すのは油田発見のグラフです。

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オイルドラムより)

重要な点は,これまでにもこういうことは幾度もあったが,さしたる影響は及ぼさなかった。それなのに,最近はちょっと何かあるたびに,価格に敏感に反映せざるを得ない。過敏にならざるを得ない最大の理由は需要と供給の逼迫です。安全弁の役割を果たしてきた余剰能力を持つ生産地がなくなり、「非常事態」があるたびに市場は敏感に反応します。言い換えれば、投機マネー対策をしてもそれは一時しのぎにしかならず,アブラの価格が下がっても長続きはしない。世界はアブラの減耗時代といういつまでも続く非常事態に入ったわけで,そういうファンダメンタルを理解して、これからの暮らし方を模索しなければなりません。

アブラ減耗時代という長期的な非常事態に備えるためには20年以上の年月が必要になる。2005年にアメリカのエネルギー省の要請でまとめられた「Peaking of World Oil Production: Impacts, Mitigation and Risk Management(世界的な石油生産ピークについて: その衝撃、緩和、そしてリスク管理について)」という報告書はそう結論しています。MISI社とSAIC社のベズデック、ウェンドリング、ハーシュの3人がまとめた報告書(通称、ハーシュ報告書)は「世界はオイル・ピークを迎えつつある」と2年以上前に警告しています。

そのハーシュは5月20日(まだ原油価格が127ドル程度で安かった時代!),CNBCとのインタビューで,現在のガソリン高騰なんかまだまだ序の口(「古き良き時代として思い出されるだろう」),数年以内には3倍から4倍にあがる,いくら極北や深海を探索し、採掘に投資しても間に合わないと述べています。

まだまだ安いアブラが手に入るうちに,長期非常事態への抜本的な対策に取り組まなくてはなりません。

2008年6月 9日

地域社会の再ローカル化/Relocalise now.

原油価格高騰や食料価格の高騰など、エネルギー下降時代が本格的に幕を開けたようです。それにつれ、これまでほおかむりを決め込んできた主流メディアでもオイル・ピークを取り上げることが多くなってきました。

現在世界中では一日約8千5百万バレルのアブラが消費されていますが、早くからピークに警鐘を鳴らしてきたアイルランドの地質学者、コリン・キャンベルによれば、この量は220億人の奴隷が朝から晩まで,24時間,ぶっ通しで働く量に匹敵するそうです。ものすごい量ですが,これからスピードをぐんぐんと増していくピーク以降の下り坂では,これらの奴隷の数ががどんどん減っていくことになります。クルマでどこかへ出かけるときや、地球の裏側から届けられた食料を口にするときは、何人もの奴隷の顔を思い描くよう心がけています。

アブラというヤク漬けの生活からアブラを抜いていく作業は、時に大きな苦痛を伴います。一気にがくんと飛び降りようとすれば,肉体的にも精神的にも怪我をしかねません。奴隷を幾人ずつでも,自ら進んで解放していくのか,それとも、もう奴隷は使えないってお上が「奴隷解放宣言」するのを待つのか。はっきりしていることは,これだけの奴隷を肩代わりすべはない、代替えを探そうとすれば,そのしわ寄せが玉突き連鎖で押し寄せるということです。

うちではゆっくり急ぎながら,奴隷を一人ずつ解放する作業に取り組んでいます。

食料生産でもそうですが、自分や家庭でできることには限りがあります。今年の夏は気候に恵まれ,なんとか8割ぐらい、自分の口にする食物を自宅でまかなえましたが,すべてをまかなうなんて,考えただけでくらくらしてきます。運輸/交通でも10キロくらいの範囲なら徒歩や自転車を利用できますが、それ以上になるとバスや鉄道など公共交通の助けが必要になります。他人をまず、当てにするのではなく,自分の生活からアブラを抜いていく。一人一人、個々の家庭が奴隷解放に創造的に取り組んでいく。それが基本ですが、自宅を要塞化するのではなく、近隣社会や国全体の脱アブラ化を働きかけていくことも大事です。

とはいうものの、人口わずか300人の村で何ができるのか。

10ヶ月ほど前に引っ越してきてみると,村にはエネルギー問題に関心を持つ人の集まりがありました。一国のエネルギー/気候変動担当大臣を村の公民館に呼んで話をさせてしまうような団体です。右も左もわからないのに,到着早々その活動に混ぜてもらい,専門家を招いた講演会や映画の上映など啓蒙活動をする一方,安いアブラに頼るグローバル化でつながりの薄れた地域社会を再活性化する作業に参加しています。

マーケットの開催に協力したり,食品の共同購入グループを始めたり,したりして、現在は糞もみそも一緒くたにゴミ捨て場に送られている村のゴミ/資源回収問題にもピーク/環境ゲテモノ化の観点から積極的に取り組んでいます。
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先週は国のあちこち、11カ所で「世界環境の日」のイベントが開催されましたが,わが村でも公民館でエネルギーエキスポを開催しました。
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オタゴ・デイリー・タイムズより。
いくつかの新聞で事前に宣伝されたせいか、80キロ離れた人口15万の都市などからもたくさんの人が訪れ、小さな村のイベントとしては画期的とも思える800人近い参加者で一日中にぎわいました。
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ソーラー発電、雨水タンク,風力発電、ソーラー温水など、企業が最新の商品を並べる横で,昔ながらの足踏みミシンやら手動のサイダー・プレスなど温故知新技術が展示されました。ピーク以降の時代/環境ゲテモノ化時代のこのごろ、脚力を利用する自転車は輸送/交通手段の花形ですが、当日も3、4人の銀輪有志が遠路はるばる30キロ離れた人口1万2千の町からやってきて、3輪や廃物利用のリカンベント、電動アシストなどの試乗が人気を集めました。自分もいくつか乗ってみましたが、今利用している自転車がお釈迦になったら、ぜひリカンベントを手に入れたいなあ。

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以前,ここでも振れましたが、現在電力などに動力を依存する器具を一つ一つ、人力(や動物力)で作動するものに変えていく,壊れてもすぐに自宅や近所で修理ができるものに変えていく,そういう適切技術に切り替えていくことが急務で、うちからは脚力利用の粉挽き機と太陽を利用した果物乾燥機を出展しました。

粉挽き機はエクササイズ・バイクに市販のミルをつけたもので,小麦などを挽くことができます。それまで腕力では2斤分の小麦粉を得るために1時間ほど汗だくになっていましたが、脚力利用だと20分ほど。ほとんど汗もかきません。小麦粉は挽きたての方が味も栄養価も高いようです。

パンはどこかで誰かが育てた小麦をどこかの誰かが粉に挽き,どこかの誰かが焼いたものを店で買う、それが当たり前だと思った頃から比べると,はるかに自分の食に関わるようになりましたが,来シーズンは小麦を育ててみたいなあ。泥を練ってオーヴンも作りたい。どんどん,楽しみが広がっていきます。

このエクスポ以外にも村の小学校の庭にリンゴの植樹をしたり,金曜の夜には近所の産品を原料とした晩餐会も開かれ60人ほどが集まりました。

まだまだ途についたばかりで、しかもみんながみんなというわけでは決してありませんが,うちの村ではピーク以降の時代をしっかりと認識し,対応を始めています。地域の絆がぐんぐんと強まっています。これからの時代に備え,あなたの町や村,市の再ローカル化はすすんでいますか?

(寄る年波なのか、ひどい腰痛に悩まされていましたが,ぼちぼち戦列復帰のつもりです。ぼちぼち。)

Profile

リック・タナカ(Rick Tanaka)

-----<経歴>-----

信州松本出身。
1980年、シドニーに漂着。
大学中退後、ラジオやテレビ、ウエッブ、雑誌、ニューズレターなどで執筆、制作、コンテンツ制作、翻訳/通訳、音楽マネージメントなどで活動。
1997年、それまで15年暮らしたシドニーから標高千メートルの高原の町カトゥーンバに引っ越し、執筆・メディア活動と並行しながら、消費を抑え生産する楽農生活に突入する。
2007年、大陸の東南に浮かぶ島にある人口300人の村に移住、オイル・ピークと環境ゲテモノ化時代に備える暮らし、近隣社会の構築を模索中。

BookMarks

-----<訳書>-----


『未来のシナリオ』
2010年12月、農文協

-----<著書>-----


『人工社会』
2006年3月、幻冬舎


『楽農パラダイス』
2003年、東京書籍


『おもしろ大陸オーストラリア』
2000年、光文社知恵の森文庫

-----<共著>-----


『Okinawa Dreams Ok』
1997年、Die Gestalten Verlag


『Higher than Heaven:Japan, war and everything』
1995年、Private Guy International

-----<訳書>-----


『沖縄ポップカルチャー』
2000年7月、東京書籍

『首相暗殺』
ロバート・カッツ著、集英社

→ブック・こもんず←

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