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2006年10月31日

沖縄ロハス/a slow life.

3冊まとめて感想の2冊目は、「沖縄ロハス(ウチナーロハス)」。
知事選たけなわ,パトリオットミサイルが配備されたことを「県民は喜んでもらいたい」と防衛庁長官が発言してはばからない沖縄に関する本です。こんな政府をいつまで我慢しなけりゃならないんでしょうね。本当に。ふざけんじゃねえ。あたしゃ、我慢しませんよ。

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といっても,「沖縄ロハス(ウチナーロハス)」の本の視点はそういう政治的なところではなく,もっと地に足がついたものです。あたしはオイルピーク時代という観点から,とても楽しく読みました。ピークの到来はわかったものの,それじゃ,どうしたらいいのか,という次元で参考になる一冊です。

内容は盛りだくさんです。

●沖縄野菜
●パーマカルチャー
●沖縄農業
●かりゆしウェア
●沖縄マングローブ
●泡瀬干潟
●ウチナースローフード
●循環型社会の礎

自分は沖縄に行ったことは片手で数えられるほどしかありません。いつもいつも、夜な夜な泡盛と三線に撃沈され,何がどうやら,むにゃむにゃで、あんまり覚えておらず、決して「専門家」じゃありませんが、それなりに、よだれの付いたメモをたどりながら,いくつか沖縄に関するラジオ番組を作ったり,エーゴでオキナワに関する本も書いたりしてきました。そんな素人の視点から「沖縄でパーマ」について,この本で書いています。

さて、沖縄といえば、泡盛もそうですが,おいしい食べ物をいつも思い出します。
スバにゴーヤ、いもに島豆腐,チャンプルーにンブシー、ヤギに豚にイカにグルクンなどなど。書いているだけでよだれが出そうになります。

でも、筆者のひとりで沖縄・奄美スローフード協会を発足させた田崎聡のによれば、「2002年の日本の食料自給率は先進7カ国の中でもっとも低く,その中でも特に主食の米や穀物の自給率は,沖縄県で2.2%と極端に低くなっている。野菜類は32.5%とはなっているが全国に比べても一番低い数字である」ということです。

うーん,そうか,沖縄で口にするものって、たいていはどこか,よそからもってきたものだったんだ。アブラが減耗していくこれからの時代,島の食料事情は大変そうです。

でも「しかし,私たちはもう一度,スーパーもコンビニもまったくなかった時の沖縄の食生活を思い出して,あえて休日,ゆっくり子供と畑に行って野菜の収穫をしたり、郷土料理を作って楽しむと言ったことを実践していかなければ,長寿=沖縄のコンセプトを維持していくことは不可能であろう」と考え,行動する田崎のような人間がいることは貴重です。

この本は沖縄という場所でどんな食物が育てられるのか,どんな食べ方ができるのか,衣食住はどうなのか、ゴミはどうすればいいのか,そういう生活の根源的な部分に光を当てた本です。アブラ時代の到来前,自給していた時代を照射したりしながら,現状をあぶり出し,これから,何ができるのかを問いかけます。

考えてみりゃ,アブラがじゃぶじゃぶと使えるようになる前,それぞれの人間の生存は,衣食住の生産から「ゴミ」の処理まで,それぞれが暮らすバイオリージョン(これは「江戸時代の国」にほとんど一致するようです)でやってたわけで、それは沖縄に限ったことじゃありません。自分の出身地の信州や、この本を編集した天空企画の智内の出身地である伊予でも、江戸でも下野でも、それぞれの地域で手に入る自然資源を融通し,慎ましくやってきたわけです。

ピーク以降の暮らし方は近代国家の単位ではなかなか編み出せないと思います。だって,近代の「国」そのものがアブラに浮かんでいるんだから。東京から沖縄までって、台湾や韓国から沖縄までより遠いんだから。そういった物理的距離を圧殺できたのは、安いアブラのおかげなんですから。

もちろん、丸ごと昔に戻るということはあり得ませんが、安いアブラがじゃぶじゃぶ手に入る時代が終わるにつれ,昔の知恵は思い起こされなければなりません。「日本」という国の中で一律な食品や一律なやり方が通用するようになったのは、産業化、近代化以後のことであり、その前にはそれぞれの地域で,身の丈にあった「自給可能な時代」があったわけです。

ピーク以降の時代の処方箋はそれぞれの地域,場所によって違います。気候,風土が違うからトーゼンです。グローバリゼーションの対局として再ローカル化が言われていますが,各地について一冊,早急にこういう本が書かれることが対策のひとつでしょう。たとえば、「信濃の自給」とか、「江戸の自足」,「伊予の生存」とか、これをきっかけに、それぞれの地域で近代化(安いアブラ)以前の暮らし方を地域ごとに見直す生活を見直す本ができるといいですね。

地域の特産品が生まれたのは何も観光客目当てだったからじゃありません。その地域ごと、気候や風土にあわせ,育ちやすいものを育て、それを保存し,食べるというように、地産地消の文化の中から自然に生まれてきたものです。まだ,記憶の残るうちに、各地の衣食住の文化を眺めることは,ピーク以降の時代の暮らし方の参考になることは間違いありません。

この本は,それを自覚させてくれます。そういう観点から,オキナワにキョーミのない人にもこの本はとてもおすすめです。

(ただひとつ、難癖を付けると,帯の売り文句「自然とともに生きる。リアルなロハスは沖縄にある」ってのは気になります。というのも,パーマカルチャーだとかロハスだ,スローあーだこーだと口にする人たちがケータイに縛られ,新幹線やヒコーキを疑問をもたずに利用して,せかせかとしているのを目にしているからです。スローなんとかとかロハスとか,環境を本気で気にするなら,まずヒコーキをやめろ。沖縄へも本土から行くなら,えっちらおっちら船で行ってこそスローでしょ。んな苦言を呈してみたくなります。もちろん,誰でも,いますぐ取りかかれるわけじゃないけど,できるところから,ギアをひとつずつ落としていかないとね。)ほい。

2006年10月29日

濃縮ウラン弾?/the sick wind blows.

イスラエル軍がレバノン戦でアメリカ製のバンカーバスターや燐弾を使用したことは自ら認めているが,中東専門家のロバート・フィスクはインディペンデント紙(28日付け)で,ウランを使用した新型爆弾を使った疑いがあることを報じている。

フィスクによれば,イスラエル軍が使用したのは,いわゆる「劣化」ウラン弾ではなく、より放射能の強い「濃縮」ウランを何らかの形で使用した新型兵器ではないかと見られている。

欧州議会の設置した「欧州放射線リスク委員会(ECRR)」のクリス・バズビー博士の報告書は、レバノン南部のKhiamとAt-Tiriにイスラエルの爆撃でできた2カ所のクレーターから採取した土壌サンプルから、ウラン同位体の集積が確認されたとしている。同位体比は108で「濃縮」ウランの存在を示しているそうだ。

バズビー博士らは「濃縮ウラン」弾の可能性として,小さな核分裂装置を伴う実験兵器,もしくは劣化ウランの代わりに濃縮ウランを使用したバンカーバスターではないかと報告している。

イスラエルのハアレツ紙(28日付け)は外務省スポークスマンの言葉を引用し,「イスラエルは国際法に合致する合法的な兵器,弾薬を使用している」と言っているが、これはフィスクが指摘する通り、まったく答えになっていない。以前にも取り上げたが、DIMEなど、国際法に制約される前の新型爆弾であれば,やりたい放題やっても「合法」だからだ。ガザで使用されたDIME同様、どこでこの新型爆弾が開発され,イスラエル軍はどんな経路でそれを手に入れたのか,気になるところだ。レバノンも、誰かがどこかで開発した新型兵器の実験に使われたのかもしれない。

ガザでもレバノンでも、イスラエル軍は国境の向こうであれば、非武装の民間人であろうが、実験のターゲットにすることをまったく厭わないが,Khiamは国境の向こうと言っても、わずか2マイル(3.2キロ)ほどだ。放射能を帯びたほこりや塵は、風向き次第で,簡単に自国領へも到達する。「濃縮ウラン」兵器の使用が事実とすれば,イスラエル軍は自国民の健康すら気にかけていないことになる。「ならず者国家」の国民は国境のこっちにいても、ちっとも安心することはできない。

2006年10月27日

ピークオイル・パニック/Half gone.

こもんずの地主、高野さんが提唱した「3冊まとめて」って書こう書こうと思いつつ3冊たまらず,やっと3冊たまったぞと思ったらあのコラム,どこかに行っちゃったようですねえ。
あらあら。

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なので,一冊ずつ紹介していきます。まずは作品社から出版の翻訳もの、「ピークオイル・パニック」から。原本はジェレミー・レゲットの「ハーフ・ゴン/Half Gone(半分終了)」です。翻訳のクレジットは益岡 賢,楠田 泰子,植田 那美,リック・タナカとなっていますが,自分の関わりは本当にちょびっとで、益岡さんの手を煩わせるばかりでしたので,はい、翻訳についていいとか悪いとか,そういうことは,益岡さんに言ってください。まあ、冗談抜きにして,はい,益岡さん、いい仕事してますねえ。

もう何年も前から,オイル・ピークと地球温暖化が気になって仕方がありません。これらが人間社会を直撃する2つの危急の課題だとか、なるべく客観さを気取り、あんまり扇情的にならないようにしているけど,本当は膝ががくがく震えて,時には言葉にすることもできず、絶望の淵でどうしようもないほど落ち込んでしまうこともあります。

そういう直接の怖さもありますが,もうひとつ、何で,みんな,ヘーキな面してるんだろうってレベルでの怖さもあります。自分のような未熟者がこれほど苛まれてるってのに,一緒に仕事したり、尊敬するジャーナリストやライターや報道者たちは気にならないのだろうか。なぜ声を上げないのだろう、って不思議で仕方がありません。そのレベルの怖さも相当なものです。

まあ、温暖化などのもたらす気候変動に関しては米国とオーストラリアを除き,世界中で合意ができつつありますが,ピークに関しては、いまだに認識が薄いようです。だから、地球環境を心配する人の中で,ピークを理解する人が少ないのはある程度,うーん,わかる気がしますが,ピークを語る人たちの中で地球の物理的な枠を理解している人が少ないことには、首をひねってしまいます。

今年7月にイタリアで開かれたASPO(ピークオイル研究学会)の第5回国際大会の講演者の中でも、気候変動との兼ね合いでピークを論じたのは本書の著者レゲットだけだったそうです。環境から見れば,かなりトンデモな解決方法を口にする「専門家」もいたようです。たとえば、米国政府エネルギー省の要請で通称「ハーシュ報告書」をまとめたロバート・ハーシュ。

彼は、タールサンドを掘り出せるだけ掘り出し、石炭という石炭を液化しろ、淡々とそう語ったそうです。んなことすれば,自動車を走らせる液体燃料は獲得できるかもしれませんが,地球環境がめちゃくちゃになるなんてことは、まったく頭になかったようです。超深海油田,超ヘビーなタールサンドや重質アブラとか、そんな高エネルギーな消費社会を続けていたら,地球が持たないだろうということには気づかないわけです。

そうかと思えば,世界中に原発を3000基建てれば問題解決!って、日本政府やオーストラリアのハワード政権が喜びそうな,名前を出すのもはばかるようなピーク「専門家」もいたそうです。原発で電気自動車を走らせれば,オイルピークもすっかりへっちゃらってわけです。

「げ」の字については、最近,オーストラリアでもハワード首相が入れ込んでいます。ジェームス・ラブロックやティム・フラナリーといったそれなりに影響力のある「環境専門家」たちの言説を引き,「げ」の字の推進をぶち上げています。ウランもアブラ同様,使いっきりの資源で,現状の数の原発を賄うだけでも20年以内にピークに達するだろうと言われているのに,そんなことを意に介さず、です。

おまけに、「げ」の字は温暖化には脆弱で,この夏、フランスやスペイン,ドイツなどでは猛暑でいくつもの原発が操業停止に追い込まれています。温暖化は原発なんか,簡単に停めちゃいます。な〜んの役にも立ちゃしません。

「げ」の字について、第5回大会でレゲットはみずからのプレゼンのあと、例の原発を3000基建てれば、すべての問題は解決すると前日発言した人から,ピーク以降の時代に原発の果たす役割について質問されたそうです。

レゲットは、「英国政府のエネルギー政策諮問委員会のメンバーという立場上,言葉を選ばなけれならないが」と前置きしてから、こう答えたそうです。

これからの時代に「原発に果たせる役割があるなどと考える人間は、まったく気がふれている(utterly insane)」。

まったく気がふれている。も一度,繰り返しましょうか?
まったく気がふれている。

「げ」の字推進者に対してこれ以上適切な回答はないでしょうね。

ピークをしっかりと認識する人たちでさえこのていたらく。ピークと温暖化、この2つのでかい問題がしっかり絡み合っていることを理解する人がそれだけ少ないってことかもしれないし,その恐ろしさが身にしみていないってことでしょうね。だから、この2つを人類が直面する「最大の大量破壊兵器」とするレゲットの著作は貴重です。

そして、「最大の大量破壊兵器」に直面する人類の前に立ちふさがる勢力は強力です。

ピークへの対策を阻むのは「京都」への合意の過程を阻み,骨抜きにしようとしたのと同じ勢力です。本書でも明らかにされるように,ひとつは石炭や石油企業(いわゆる炭素ロビー)と自動車業界です。それらが「京都」への過程でどれほど汚い手を使ったのか,本書でも数章がそれに割かれています。もっと怖いのは,ピーク問題でも同じメンツが暗躍していることです。それを思うと絶望的になってしまいます。

オイルピークがそれほどの問題なら,なぜ,各国政府は手をこまねいているのでしょうか。
本書には「二〇〇四年の夏には、もういい加減、(英国)政府だって、早期減耗問題に気がついているだろうと思ったものだ。私は英国政府の再生可能エネルギー諮問委員会に関わっていたから、政府の高官に会う機会も多く、そういう機会には、ピークオイルがいつ頃だと思うか、必ず尋ねることにしていた。問題じゃない、貿易産業省のトップに近い人間はそう言った。何も知らない、大蔵省の役人はそう答えた」と書かれています。政府の役人はそれほど無知なのでしょうか。それとも、無知を装っているだけなのでしょうか。

最近見たピーク関連ビデオ,Oil, smoke and mirrorsでは、ブレア政権の元環境大臣,マイケル・ミーチャが「もちろん、政府関係者はみんな知っている。各国政府のみんながピークをわかっている。ピークに関する政府間交渉が行われないのは,ひとえにアメリカ政府がそれを拒んでいるからだ。アメリカがそういう国際交渉を通じて,公正な取り分を決めるやり方ではなく,自分一人、軍事力でそれを確保することを決めたからだ」と発言しています。なるほど、温暖化対策の国際的な枠組みの受け入れを拒否したアメリカのことゆえ、あり得ることです。だから、ピーク問題に関する国際的な「議定書」だとか,枠組み作りは結局,残念ながら、時間の無駄になるのかもしれません。

個人的には、本書でレゲット自身の提案する解決方法について,うーんという部分もあります。例えば,レゲットはサハラ砂漠にソーラーパネルを並べれば電力は賄えると書いています。それは「げ」の字なんかよりずっといいことは間違いありません。でも、それだけの電力がもともと必要なのでしょうか。

レゲット自身,ピークが根本的にはエネルギー供給の問題であり,それをクリーンで持続可能なエネルギー源で賄えれば大丈夫,と考えているような節があります。それは不思議なことではなく,ピーク論者の中でも,自分の知る限り,ピークの怖さがメシの問題であると理解する人間は数えるほどしかいません。オイルピークが食糧問題だと認識するのは,自分の知る限り,「ピーク議定書」を提唱するリチャード・ハインバーグ、パーマカルチャーの創始者のデビッド・ホルムグレン、アイルランドのキンセールで「エネルギー下降計画」を策定したロブ・ホプキンス、それにメルボルンでピーク問題の主要メディアである「エネルギー・ブレティン」を編集するアダム・フェンダーソンぐらいです。

それらは差し引いても,レゲットの本はピークって何だろうという人にはぜひ、読んでほしい本です。

同書に関するページ。

同僚のビーさん,p-navi info
同僚のsgwさん、「ん」
同僚の益岡さんのページ
そして、sgwさんと同じ伊予の松山に暮らす「森のおそまつ」さんのレビューを含むアマゾンのページ

2006年10月25日

歴史的な瞬間/world oil production in Oktoober.

2006年10月の世界アブラ生産事情をtheoildrumのKhebabがまとめています。

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この労作をみるとEIAやIEAの報告や見通し,そして、これまでにもここで紹介したピーク論者の予想が一目で俯瞰できます。ここで何度も取り上げている元国営イラン石油会社副社長でありイラン史講師(テヘラン大学)のアリ・サムサム・バクティアリの予想がかなり現実に近いですね。

今年はアブラ価格がこれまでの最高値をつけたにもかかわらず,2004年以来の頭打ち状態が続いています。生産は2005年12月を上回ることがありません。私たちはオイルピークという歴史的な瞬間を生きているのかもしれません。

まだ,それを実感できずに,右肩あがりな将来を思い描く人は、このグラフを凝視してください。

いちばんいいこと/down my spine.

ずっと死のうと考えている。
でも,それは自分のスタイルに合わない。
だから,実は厭きた振りをするだけさ。

大げさなイントロに続いて,そんな一説で始まる十代の切なさを歌う曲(”Shivers”, the Boys next door)に共鳴していた時期がある。いまはすっかり、こぎれいになった町の汚い一角に暮らしていた頃だ。近所の連中の間でも人気があったから,喫茶店にあるジュークボックスからは,何時間かに一回,その曲が聞こえてきたものだ。売れない作家や,映画監督にミュージシャン,詩人に俳優や絵描き,ジャンキーやなんかと一緒に,何杯もコーヒーを飲みながら、一日中、自分も厭きた振りをしていた。

しばらく聴いてなかったあの曲が耳に鳴り響き始めたのは数日前,晩飯を食べながら,ラジオを聞いている時だった。

「環境にいいこと,何をやっているか教えてください」とラジオのクイズ番組の司会者が聞いている人に呼びかけていた。クイズ参加者はそれぞれ、風呂やシャワーの排水を庭に撒いているとか、庭で野菜を作っているとか、古紙をゴミにせず,リサイクルに出すようにしているとか,そういうことを得意そうにしゃべっていた。みんな,それなりに意識が高まり,自発的にいろいろやり始めている。それはそれでいいことに違いない。でも、誰も,人間の存在そのものを疑うものはいなかった。

夕飯の前に読んだニューサイエンティスト誌の記事がいけなかったのかもしれない。その記事は人間こそが環境破壊の元凶であるというわかりきったことを伝えていた。

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人間がいなくなりゃ,地球環境にはどれほどいいことか。タイムズ紙でも似たような図(ビッグ・ギャブのpeak energy経由)を見た。人間さえいなくなれば,絶滅に瀕する植物や動物は復活するチャンスを与えられる。1日から2日で光公害も終わり,3ヶ月もすれば大気も回復する。50年すれば,魚のストックも回復する。などなど。いいことだらけだ。

わかりきったことには違いないが、そういわれてみりゃ,人間にできる一番環境にいいことは,テメーの首を絞めることなのかもしれない。一人いなくなるだけでも,地球への負荷はずっと減る。だから、メシ食うな。息をするな。糞をたれるな。クルマに乗るな。電気を使うな。ケータイを捨てろ。ヒコーキをやめろ。その方がずっといい。人間の存在そのものが地球にはメーワクなんだ。

だから、それから、ずっと、死のうと考えている(でも,それは自分のスタイルに合わない。だから,実は厭きた振りをするだけさ)。

2006年10月22日

追悼行動/cantus in memory of.

10月7日に自宅のアパートで射殺されたジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤの追悼集会が世界各地で開かれ、いろいろな人がいろいろなやり方で追悼の意を表しています。東京での追悼集会の模様はチェチェンニュースを参照ください。

17日タリン発のロイター電は、エストニア生まれの作曲家,アーヴォ・ペルトが2006〜2007年のコンサートシーズンに演奏される自分の曲をすべてポリトコフスカヤに捧げることを伝えています。

「このような悲劇的な損失に悲嘆にくれながら、自分でも追悼の行動をとりたい。自分の曲が演奏される際,それはどこであれ,すべて、アンナ・ポリトコフスカヤの燦然と輝く思い出に捧げたい」とペルトは声明を発表しています。自分の曲がコンサートで演奏される際には,聴衆に自分の意志を伝えるよう,上演するすべての音楽家に求めているそうです。

「ポリトコフスカヤはロシアで犯されているぞっとするような犯罪を暴き、知らせるために、自分の才能やエネルギーをつぎ込み,しまいには生命までつぎ込んだ」。

さて、ポリトコフスカヤ追悼行動,自分には何ができるだろうか。
悲嘆にくれてばかりもいられない。

2006年10月17日

いい加減にしろ!/Dense Inert Metal Explosive.

イスラエル軍はパレスチナの民間人相手に、ありとあらゆる新型高性能兵器や爆弾をぶっ放している。ほとんど石ぐらいしか抵抗する武器を持たない相手に,最新鋭の武器を投入しやりたい放題だ。そして「国際社会」ときたら、見て見ぬ振りを決め込んでいるからたちが悪い。「国際社会」の中でも最悪なのは米国で、消極的にほおかむりを決め込むだけでなく,カネだけでなく新型爆弾を提供するなど残虐行為に積極的に加担しているようだ。

こんな蛮行を許しながら,北朝鮮にあれこれ言っても、まったく筋が通らない。

今年6月、7月、イスラエル軍の攻撃を受けたパレスチナ人のあいだで、手足をのこぎりで切断されるような被害が続出したことをP-navi infoは7月21日付けの「筋肉が裂かれ、内臓が破壊される新兵器」で伝え,「新兵器使用の可能性?」といち早く疑問を投げかけていた。昨日のエントリーによれば,やはり、それはおぞましい新兵器だったようだ。

P-navi infoによれば、それは米軍が開発中のDIMEという恐ろしい殺人兵器であることをイタリア国営放送RAIが突き止めたそうだ。この放送局は昨年12月にも、米軍がファルージャで燐弾を使っていたことをいちはやく世界に報道している。

P-navi infoによれば、DIMEはDense Inert Metal Explosive(高密度不活性金属爆薬)の略称でタングステンの粉末と爆薬が人体内部で強力な爆発を起こし、高熱によって骨などの物質を切断する恐ろしい爆弾だ。

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(写真はパレスチナ人の負傷者。Rai24Newsより)

このおぞましい新兵器がなぜ、どのような経路で開発中の米軍の手からイスラエル軍の手に渡ったのか。そしてパレスチナの民間人相手に使われているのを、なぜアメリカ政府は黙認しているのか。日本政府やオーストラリア政府は北朝鮮の「核」やミサイルには敏感に大騒ぎするくせに,なぜ,イスラエルの蛮行を許しているのだろうか。

DIMEの残虐さは、まだ開発中であるためなのか俎上に上がることすらなく野放しになっているが、実験相手は自分と同じ非武装の民間人だ。あなたと同じ民間人が、国境のあっち側にいるというだけで理不尽な殺人兵器の攻撃にさらされている。

一体,文明社会とやらは、いつからこんなことをヘーキで許すようになったんだい?
一体いつまでこんなことに目をつぶるつもりだい?

2006年10月15日

3点/three things.

昔つきあってた男は、アパートの上の階に暮らす女への思い込みを歌ったラブソングを始める前、長い人差し指を聴衆に突き立て,「言いたいことが三つある!」と乱暴そうに言い放ったものだ。

ジェフリー ・J.ブラウンの「オイルピークに関する世界最短の記事」ってのが「3点!」って始まってたから、ついつい、そんな昔のことを思い出してしまった。あの歌い手はいまでも,あの曲を演奏しているのだろうか。やっているとしたら、「俺はぺけぺけ。あんた、愛してるよ。俺のオンナの話を聞かせてやる!」って、いまでも、相変わらず,あの台詞を口にしているのだろうか。

なんてね。ま,それはともかく。

ウエステキサスというハンドルネームでも知られる石油アナリスト,ジェフリー ・J.ブラウンのピーク記事の全訳。

自分では昨年12月がピークではなかったのかと考えていますが,いつがピークだってことに個人的にはあまり,精力を使わないようにしています。だって、しばらくあとになってみないとわからないものだし,それよりも,それに備えることの方が重要だから。
でもまあ,興味はあるわな。

ーーー
(1) ハバートの線形化法に基づけば、数学上,世界の原油生産(コンデンセートを含む)は全米(48州)や北海油田がピークに達し減耗し始めた時と同じ位置にある。
(2)2006年7月、EIAのデータに基づけば、全世界の石油生産は05年12月に比べ1億4200万バレル減少している。日産換算すると67万5千バレル減。この期間,原油価格は史上最高値(名目上)をつけた。
(3) 日産百万バレル以上をあげる4つの油田のうち、3つはすでに減耗を始めており、残りのひとつについてもほとんど間違いなく減耗にはいっている。

この三つを考慮するとき,通常原油(コンデンセートを含む)の生産減がすべて偶然の結果であり、永遠の減耗にはいったことを指し示すものではない可能性はどのくらいになるだろう。
ーーー
可能性は、はい、あんまりないです。

2006年10月13日

減量/downsize me.

いま,減量に取り組んでいる。
といっても自分の体のことじゃない。そっちの方は,ここ30年,増量しようと懸命に食べているのに,相変わらず背も伸びず,重くもならず,あらあら,相変わらずのていたらく。


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懸命に減らし始めたのは身の回りの品々。ここ何年か,取り組んできた消費量全体の減量作業の一貫。今時,いろいろ、もの抱えてるのは格好わるいぞ。モノ主義の生き方に本気で対抗するなら,あんまり,モノを抱えずに暮らさないといけないかなあ。そんなのりの実践で,ここ何年か,モノをあまり買わなくなり、インフローのほうはある程度止めてしまいました。んでも,長年溜め込んだモノがあります。ストック,ですね。

いつか,読むんじゃないかと20年間,積まれたままの本。いつか,必要になるんじゃないか,と思いながら30年近く,一度も使ってない道具もあります。いつか,着るんじゃないかと思いながら一度も袖を通してない上っ張りもある。こういうモノの処分をぼちぼちとはじめました。

理由?

そろりそろりといまいる場所から移動するつもりだからです。
んで,これまで抱えてきた数々のモノ。愛着はあるけど,もう,持っていかれない。
気の早い遺産分けみたいなもの,かしら。

今日も溜め込んだビール瓶を友人に進呈しました。うちには7ダースくらい,ビールの空き瓶があるけど,自家醸造で利用するのは結局3ダースくらい。残りは出番もなく,ほこりをかぶっていた。だから、瓶も活躍できるようになって幸せだろうね。いまじゃオーストラリア、ビール瓶は全部ツイストトップになったけど,その前のスタイルだから。とっても歴史的に貴重なビール瓶だぜ。それも3ダース。違いのわかる人に,まとめて心置きなくご進呈。

一緒にやってきた別な友人にはコーヒー談義の末に,遊んでた電動エスプレッソマシンを進呈。メインの器械のバックアップで,何かあったときには便利だったけど,いまどき、そんな脂肪をタップンタップリと抱えていることはできない。もう,そういうかっこうわるいことやってられない。

本やCDにレコードもたくさん処分するつもり。家具からポスター,いろいろな道具まで,落ち着き先を探してやってます。

んで、えーっと。このブログを近辺で読んでいる人がいるのかどうか,わかりませんが,もし,シドニー近辺の人で,日本語の本を引き取りたい,興味のある人は連絡をくださいませ。

文庫本や歴史物,鉄道に,環境,オーストラリア。それに前某メディア・シドニー特派員から引き継いだロシア/ソ連関係の本など、多数あります。一括して引き取ってくれるところがあるとありがたいなあ。図書館とか学校とか。個人でもいいし。

服も削らないとなあ。いまどき、30年前とまったくサイズが変わらず,そのころの服が着られる人なんてのも珍しい。んじゃないかしらとは思うものの,一年に一回しか着ないような服を抱えていくことは、もうできない。んだよね。

たぶん人生最後になる移動をするために,ただいま必死で,減量中。

2006年10月11日

ポリトコフスカヤ緊急追悼集会

ジャーナリストのアンナ・ポリトコフスカヤがモスクワでテロに遭い,殺された件についてはお隣の金平さんをはじめ,たくさんの人が言及されています。明日,東京で緊急追悼集会が開かれるそうで,その集会の知らせを下記に転送します。お近くの方はぜひご参加ください。

ここより転載


 10月7日、チェチェン戦争を追っていたジャーナリストのアンナ・ポリトコフスカヤ
女史が、モスクワで何者かに暗殺されました。彼女は99年以来、毎月のようにチェチェ

ンに通い、軍事侵攻によって虐げられた人々についての地道な報道をかさねており、その
報道は、プーチン政権への厳しい批判となっていました。日本でも「チェチェン やめら
れない戦争」などの訳書によって知られている彼女を悼む声は、強くなるばかりです。


 ジャーナリズムや平和、人権の運動でチェチェンに関わってきた私たちは、彼女の突然
の死を悼み、この暗殺に抗議するための緊急追悼集会を企画しました。同じ試みが、世界
各地で同時発生的に生まれています。この事件によって、世界中の平和を求める人々と、

社会の問題を告発しようとするジャーナリズムは、大きな挑戦を受けているのではないで
しょうか。

 集会では、長年チェチェンを現地取材し、ポリトコフスカヤ女史にも取材している林克
明さんと、ソビエト連邦崩壊後のジャーナリズムに対する弾圧をウォッチしてきた稲垣收
さんの報告を伺います。また、当日は女史への追悼文を発表するとともに、遺族にあてた
お見舞金を受け付けます。会場では、さきにあげたポリトコフスカヤの著作を販売いたし
ます。

 ぜひ、ご参加くださいますよう、お願いいたします。

 そして、この案内をご覧になった方々にお願いがあります。今回は緊急集会ということ
もあり、明日12日までの短期間に、インターネットを通じてしか告知できません。この暗
殺事件がつきつけているものは、地域の垣根を越えて大きなものだと思います。どうか、

ひとりでも多くのご友人に、この案内を転送してください。よろしくお願いします。(主

催者一同)

【概要】

集会名: 追悼集会「アンナ・ポリトコフスカヤの暗殺とロシア・チェチェン戦争」
日時 : 10月12日(木)19時00分〜21時00分(開場18時30分)
会場 : 文京区民センター 2A (210名収容可)
地図 :
http://www.city.bunkyo.lg.jp/sosiki_busyo_academy_shisetsu_gakusyubunka_kumincenter.html
交通 : 交通:地下鉄丸ノ内線・南北線「後楽園」駅徒歩5分/地下鉄三田線「春日」

     駅A2出口真上・大江戸線春日徒歩1分

参加費: 300円 (可能な方はお見舞金への協力をお願いします)
共催 : チェチェン連絡会議 市民平和基金 チェチェンニュース編集室
     チェチェンの子どもを支援する会 ハッサン・バイエフを呼ぶ会
 社団法人アムネスティ・インターナショナル日本
 日本ビジュアル・ジャーナリスト協会
後援 : DAYS JAPAN 週刊金曜日

【内容】

報告:
 林克明(ノンフィクションライター)「ポリトコフスカヤという人・事件の経過報告」

 稲垣收(フリージャーナリスト・翻訳家)「ポスト・ソビエト時代の報道弾圧の歴史」


司会:青山正(市民平和基金代表)

共催各団体からのメッセージ・アピール
追悼文または共同声明の読み上げ

転載終わり

2006年10月 6日

来週火曜が転換点?/tipping point on tuesday?

ティッピング・ポイントという言葉があります。あるアイディアが口コミ的な広がりから、伝染病のように社会全体に爆発的に広がる瞬間のことです。

前ワシントン・ポストの経済ライター、マルコム・グラッドウェルが著作『ティッピング・ポイント』のなかで、個々の商品や企業、いろいろな種類のキャンペーン、社会革命にいたるまで、さまざまな社会的事象について、「大化けの瞬間」について考察しています。

温暖化問題への取り組みについて、来週火曜(アメリカ時間)がティッピング・ポイントになるのではないか,そんな観測が流れています。

世界最大の汚染国でありながらアメリカ政府は「京都」批准を拒み、企業の対応もヨーロッパや日本の企業に比べるとかなり遅れています。そのアメリカ企業の取り組みがようやく、変わり始めるのではないかということです。

この日,世界有数の化学メーカーであるデュポン社と保険会社のアリアンツ社が環境への取り組みに関し,それぞれ声明を発表する予定です。

詳細は出てきていませんが,デュポン社は最高経営責任者、チャッド・ホリディが自ら,持続可能な経営まで含め,かなり大掛かりなプログラムを発表するだろうと予想されています(ウエッブキャストはこちら)。これまで,お世辞にも環境に気を配ってきたとは言えない同社ですが、そんな企業まで真剣にならざるを得ない。そこまで事態は深刻化しているということでしょう。果たして,何が飛び出すのでしょうか。

2つ目のアリアンツ社の声明はWWFと協同で行ってきた温暖化のリスクについての報告です。保険業は気候変動に大きく脅かされる業界で,温暖化がひどくなり、自然災害が増加し,破壊力を増していけば,損失支払いはどんどん増加していきます。企業の利益どころか存続さえ脅かされます。ヨーロッパの企業に比べ,かなり怠慢な対応だった米保険業界もようやく,その危機に取り組まざるを得なくなったということでしょう。

将来から眺めた時、ああ,あの時に流れが変わった,そのくらいのポイントに来週の火曜がなるのでしょうか。楽観的にすぎるかもしれませんが,地球人の一人として,大きな転換点になることを祈ります。

拳をかざせ/fist full of.

オリンピックやスポーツに一喜一憂することは、もう、ほとんどありませんが,忘れられないシーンがいくつかあります。

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<1968年、メキシコシティー。挿入写真は生前のノーマン。写真はヘラルド紙より。>

東京から4年後,1968年にメキシコで開かれたオリンピック大会でアメリカの黒人選手が表彰台でアメリカ国旗に拳をかざす姿もそのひとつ。覚えている人も多いかと思います。政治とスポーツは別物だという戯れ言を聞くたびにこの写真を思い出してしまいます。

かなり,しっかり脳裏に焼き付いた写真が数日前の新聞に載っていたのは、この3人のうちの一人が先日,心臓発作で死亡したからでした。

アメリカ国歌の流れるお立ち台で黒い手袋,右の拳をあげるのは金メダリストのトミー・スミス,銅メダリストのジョン・カーロスは左の拳をあげています。スミスとカーロスはこの抗議行動のため、メキシコ大会から放り出され,オリンピックからも追放されました。オリンピックは国威発揚の機会であり、それに歯向かう個人は追放する、そんな仕組みをよく示す出来事でした。

その一方,国旗掲揚をまっすぐ見据えるのは,銀メダリストのオーストラリア人、ピーター・ノーマンです。白人であり,オーストラリア人であるノーマンは場違いなようにも見えます。

ずっと、抗議行動には関係ない,むしろ、あっけにとられていたのではないか,と思っていたのですが,実はそうではなかったようです。

昨年のインタビューによれば,ノーマンは自分の腕こそあげなかったものの,二人の行動に同情的で,むしろ積極的に手を貸したのだそうです。ひとつしかない黒い手袋を分け合うように提案したのも実はノーマンだそうで、そうか,二人のアメリカ人選手は右と左,別な拳を突き上げているのは、そういう理由だったのですね。また、この写真では小さくてわかり難いのですが,お立ち台のノーマンはこのとき,アメリカの人権運動のバッジを胸につけていたそうです。

ノーマンのメキシコシティーでのタイム,20.06秒は38年間破られることがなく未だにオーストラリア記録です。それも,ものすごい名誉なことでしょうが,ノーマンにとってはスミスとカーロスの抗議に居合わせたことが生涯の誇りだったようです。

Profile

リック・タナカ(Rick Tanaka)

-----<経歴>-----

信州松本出身。
1980年、シドニーに漂着。
大学中退後、ラジオやテレビ、ウエッブ、雑誌、ニューズレターなどで執筆、制作、コンテンツ制作、翻訳/通訳、音楽マネージメントなどで活動。
1997年、それまで15年暮らしたシドニーから標高千メートルの高原の町カトゥーンバに引っ越し、執筆・メディア活動と並行しながら、消費を抑え生産する楽農生活に突入する。
2007年、大陸の東南に浮かぶ島にある人口300人の村に移住、オイル・ピークと環境ゲテモノ化時代に備える暮らし、近隣社会の構築を模索中。

BookMarks

-----<訳書>-----


『未来のシナリオ』
2010年12月、農文協

-----<著書>-----


『人工社会』
2006年3月、幻冬舎


『楽農パラダイス』
2003年、東京書籍


『おもしろ大陸オーストラリア』
2000年、光文社知恵の森文庫

-----<共著>-----


『Okinawa Dreams Ok』
1997年、Die Gestalten Verlag


『Higher than Heaven:Japan, war and everything』
1995年、Private Guy International

-----<訳書>-----


『沖縄ポップカルチャー』
2000年7月、東京書籍

『首相暗殺』
ロバート・カッツ著、集英社

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