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2006年4月25日

クラーク首相、ピークを認める/We're probably not too far short of peak production, if we're not already there - Helen Clark.

clark060425.jpg
(18日、ピークについて記者会見するクラーク首相。http://www.scoop.co.nz/stories/HL0604/S00206.htm
より)

石油価格が高騰すると、どこの国でもマスコミは経済学者や「アナリスト」を引っぱりだし、またぞろ、お決まりの理由をあれやこれや垂れ流します。やれ、ナイジェリアの情勢不安であり、イランの「大量破壊兵器」であり(あれ、イラクだったっけ?)、そうでもなければ、ハリケーンです。

政治家も役所も、IEAなどの楽観的な予測にしがみつき、価格の高騰が一時的なものであるかのように言い繕い、国民の不安を鎮静しようとします。これまた、いつも通りのこと。

なんて思いながら、憧れの国、ニュー・ジーランドのニュースをチェックしていると。

なんと、クラーク首相、やってくれましたね。ガソリン価格の高騰の理由は「すでに生産ピークに達するか、それとも、かなり近いところにいるからだ」とはっきり発言しています。一国の首相がピークを口にするのは世界でも初めてのことではないかしら。クラーク首相の発言は歴史的です。

問題の発言があったのは18日の記者会見。この会見で、クラーク首相は、アメリカやヨーロッパが支援を凍結するなか、ニュー・ジーランド政府はパレスチナ自治政府への援助をこれまで通り続けることを発言し、確固たる姿勢を見せました。そちらのほうは、かなり大きく報道されましたが、同じ会見でのピークを認める発言は、メディアが鈍感なのか、それとも報道したくない理由があるのか、まともに報道されていません。

「すでに生産ピークに達するか、それとも、かなり近いところにいる」とクラーク首相が認めた影響は広範です。ピークを知りながら、何も策を講じなければ責任問題、職務怠慢に問われます。そして、緩和策をとることは経済の失速をともなう危険があります。

たとえば、現在建設中の道路はどうするのか。すぐに不要になる道路建設ではなく、これからの時代に必要になるものへ予算を振り向けるのが賢明ですが、いったん予算がついて動き出しているプロジェクトを見直すのは容易ではありません。しかし、クラーク首相が「ピーク問題」を正確に把握しているとすれば、ニュー・ジーランドではこれから、公共政策の大掛かりな見直し、転換が行われるでしょう。

経済ヘの影響も深刻です。経済「成長」にはエネルギーの消費が不可欠だからです。手に入るエネルギーの量が減退していく時代、右肩下がりの時代に、これまでのような経済「成長」はありえません。しかし、クラーク首相は「成長」の神話に慣れきった国民を納得させることができるのか。「これまでのような暮しはもうできない」なんてことは、たとえ真実であっても、耳障りのいいことではありません。

各国政府が「ピーク」を認めたがらないのは、このような理由があるからです。各国政府はクラーク首相の勇気ある発言に倣い、手遅れになる前に、ピーク以降の社会構築に踏み出すべきです。

2006年4月21日

サン・フランシスコの快挙/Onya, San Franciscans!

マスコミではほとんど黙殺されているようですが、サン・フランシスコは全米ではじめて、オイル・ピークの脅威を認め、対策に取り組むことを宣言した都市になりました。「Peak Oil Plan of Response and Preparation(オイルピーク対策と備え)」は、11日の市議会において、10人の議員、満場一致で採択されたそうです。

ピーク以後のインパクトにどこの都市が耐えられるのか、Sustainlane.comが最近、全米の50大都市について比較をしています。都市の住民のうち、通勤にクルマに頼るする人の割合、公共交通の有無、食料のローカル自給度などを評価し、ランク付けしたものです。ピークの影響が広範にわたることは常々指摘してきたとおりで、ただ単にガソリンの値段が上がるだけにはとどまりませんが、ひとつの指標にはなります。サン・フランシスコは、ニューヨーク、ボストンに次いで、三番目です。

例えば、一位になったニューヨークでは53パーセントが通勤に公共交通を使い、10%近くは徒歩や自転車で通勤しています。これに比べ、最下位はオクラホマ・シティ。ここでは85パーセントがクルマで通勤するそうです。総じてモータリゼーション以後、60年代、70年代に開発されたサバーブが大きな位置を占める都会はピークの影響をもろに受けやすい、とこの記事は結んでいます。

サン・フランシスコ市議会がピーク対策宣言を全会一致で可決するところまで漕ぎ着けたのは、San Francisco Oil AwarenessPost Carbon San FranciscoSF Informaticsなど、オイル・ピーク市民団体が、市民の啓蒙活動から宣言の下書きまで、これまで2年以上にもわたり、市議会の議員たちに働きかけてきた結果です。

議員たちの意志決定には、大統領の発言や連邦議会でピーク問題がしばしば討論されるようになったこともあります。以前、触れましたが、米エネルギー省の要請で行われたハーシュ報告書の警告を受けとめた結果である、市議会議員たちはそう口にしています。

xtralargeposter.gif

サンフランシスコ市民の関心を喚起したのは一枚のポスターでした。市民団体の一つ、SF InformaticsがGlobal Public Mediaと共同で作り上げた「the Oil Age(石油時代)」というポスターです。ピークについて、知らない人に説明するのは時間もかかることですが、これを見れば一目瞭然。1859年に幕をあける石油時代が2050年まで描かれています。私たちが今、どこにいるのか、それを分かりやすく説明しています。

すでに、このポスター、ロスコー・バートレット議員の手で、連邦議会の全員に配られているそうです。日本やオーストラリアの政治家にも、一枚ずつ、自分の事務所に貼ってほしいものです。

とてもよくできたポスターなので、うちでも何枚か購入し、近所で使おうと思っています。世界中のほとんどの自治体同様、わが町も、未だに、ピークを見ようとしない人たちがかじ取りをしています。途についたばかりであり、具体的な「エネルギー下降計画」はこれから編出していかなければなりませんが、とにもかくにも足を踏み出すことを決めたサン・フランシスコの住民に拍手喝采!

●サンフランシスコ市議会の決議の全文は下記よりダウンロードできる。
www.sfbayoil.org/sfoa/media/SFOA_Peak_Oil_Resolution.pdf

2006年4月20日

下降の快感その1/the path of descent.

オイル・ピークとそれに続く石油減耗時代が言われ、それじゃあどうしたらいいのか。おろおろとしているばかりではしかたがありません。オイル・ピークを真正面から受け止め、それに対する行動を自分の足下から起こしている人がたくさんいます。昨日のニュースによれば、サン・フランシスコは全米ではじめて、オイルピークに取り組むことを宣言する都市となりました。

それもを含め、自治体の取り組みの例をいくつか、これから紹介していこうと思いますが、まずは、アイルランドのキンセールという町。今、個人的に訪ねてみたい町のナンバーワンの町です。コーク州/県の中心都市のコーク市から南へ車で約40分ほどのところにある港町で、洒落たレストランやB&Bを中心とする観光の町は「グルメ・キャピタル・オブ・アイルランド」などとも呼ばれるそうです。

ここは昨年暮れに、世界ではじめて、「エネルギー下降行動計画」を政策として取り入れた自治体になりました。しかも、「下降計画」はいわゆる「プロ」のコンサルタントや専門家が作ったものではなく、コミュニティのなかからボトムアップで作られたものです。考えてみれば、ピーク以後の暮し方のプロや専門家なんているわけがないのですが、この計画も町の学校を中心にオイル・ピークを正面から受け止めた住人たちが作り上げたものです。サン・フランシスコでも原動力は市民です。

それぞれの人間が下降への道筋を意識的に探ることは、市民社会の存続にも関わります。ピーク以降の時代の暮し、社会のあり方を先手、先手で考え、実現させていかないと、インフラの崩壊、食料供給網の崩壊などを通して急激に秩序が乱れることもあり、それをきっかけに軍政だとか、少数の人間による専制型社会になることも十分予想されます。現在からを住人ひとりひとりが参加して、下降への道筋を作り始めなければ、民主的な市民社会が崩壊する危険もあります。ピークの影響は広範にわたり、民主制や市民社会がぶっ飛ばされてしまうこともありえます。

そして、ピークの影響を緩和する策を現実化するのには時間がかかります。かつては複雑に入り組み、近隣社会を支えていたローカル経済体制は、(アブラに頼る)グローバリゼーションの結果、ほとんどの場所で解体されてしまいました。壊すのは簡単でしたが、再生するのはなかなか大変です。だから、取りかかるのが早ければ早いほど、まだ、オイル資源がまだ残るうちに手をつければ、それだけピークのインパクトを緩和することができます。

なお、ピーク以降の時代に予想されることのひとつは、均質的なグローバリゼーションの崩壊です。安いオイルのおかげでこれまで隠されていた「距離」や「地元の環境の制約」が再び、姿を表します。そういう時代への対策も、どこか別な場所でうまく機能したものが別の場所でそのまま使えるとは限りません。それぞれの町で探られている方法の裏にある原理を読み取り、自分の現場、現地で応用してください。

文中に出てくるドキュメンタリー映画、『End of Suburbia(都市郊外型暮しの終焉)』はピーク問題を取り上げるもので、うちでも購入し、何度か近所で上映会を開いています。商業的に配給されてはいないものの、DVDを購入した人たちが友人、知人を集めて一緒に観る。または地域社会のグループが上映会をやるという形で想像以上の人が観ているようです。ピークを理解し、その問題を理解するのにとても分かりやすいので、是非、日本版の制作が望まれます。興味のある方は、連絡を下さい。

文中に出てくるように、ホプキンスは町のFECでパーマカルチャーを教えていました。Further Education Collageというのは公立の技術学校/職業訓練所のようなものでしょうか。キンセールの町の「エネルギー下降行動計画」の原案を作り、練り上げ、地域社会を巻き込んでいく過程にもホプキンスの生徒が大きく関わりました。パーマカルチャーは危機意識を内包しているってこと、特にエネルギー危機を想定した考え方であるということは以前にも触れましたが、こういうふうに、社会変革のきっかけとなる可能性も秘めています。そいういう意識が根底にあることを理解すれば、創刊20年を迎えたイギリスの「パーマカルチャー・アクティビスト誌」が最近、オイル・ピーク特集号を組んだのも当然のことです。

各地での取り組みの参考のために、その特集号から、キンセールの町のエネルギー下降計画策定に加わったロブ・ホプキンスの記事を二度に分けて紹介します。

ーーーー
原文:http://transitionculture.org/?p=266#more-266

旅人よ、道なんてものは最初からあるものじゃない。道は旅する者が作り出すものだ。(スペインのことわざ)

●ピーク到達

世界の石油生産がピークに達しつつある、またはすでに達したという認識が広まりつつあります。環境問題には16年、パーマカルチャーに関わって13年間にもなるというのに、どうしていままで気がつかなかったんだろうかと自問しています(読者のなかには、気付いていた人もいることでしょう!)。その影響は意味深長です。

リサイクルに長距離の輸送をしなければならないとしたら、「もっとリサイクルを!」なんて言っててもだめです。私たちはゴミの問題を根底から考え直さなければなりません。

最近出たティム・ラングとジュールズ・プリティによる素晴らしい報告書「英国における一週間の買い物かごの本当のコスト:農産コストとフードマイレッジ」によれば、消費地から20マイル以上はなれたところで生産された食物は持続可能とは呼べないとしています。

私たちは、ほとんど何もないところから、食物のローカル経済を作り上げなければなりません。歴史的には、人口の7割程度がなんらかのかたちで食物の生産に関るのが普通でしたが、最近は6%(アイルランドの数字)だけです。そしてほとんどの人は、食物生産の知識を失ってしてしまいました。

エコな建築だと言っったって、「エコ建材」をドイツやデンマークからの輸入に頼っていたら、なりたちません。それどころか、身近に差し迫るエネルギー低減時代に備え、エネルギー効率のよい住居作りについて再考する必要があります。再ローカル化ヘの取り組みが急務であり、食物、暖房、住居、水など、人間の暮しのニーズを地元で賄うこと、それらの供給を通して地域経済の立て直すことに取り組まなければなりません。かつて多様で複雑だった地域経済は、この5、60年のあいだにすっかり解体されてしまいました。壊すのは簡単でしたが、作り直すのは信じられないほど困難です。

いくつもの賞を受賞したドキュメンタリー映画『End of Suburbia(都市郊外型暮しの終焉)』は、オイル・ピーク問題について全体を俯瞰し、非常に考えさせられる作品です。

ピークがほとんど想像も及ばないスケールであり、その対策がまったくとられていないこと、もしくはまったく不十分であることを映画は伝えています。私たちの生活はあらゆる側面で、大きく油に依存しています。それが徐々に(急速に、という人もいる)ではあれ、確実に姿を消していく時、私たちは地域社会、そして自分達の暮し方を再設計しなければなりません。工芸、地元の薬、そして食物を育てる術など、私たちの先祖の生活を支えた技術をもういちど、学び直さなければなりません。これは、大きなチャレンジです。これは、もっとも大きなチャレンジです。

●問題の認知

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私がこういう認識に至ったのは、コリン・キャンベル博士に出会ってからです。キャンベル博士は、私が最近まで暮らしていたコーク西部のバリデホブに暮らしており、石油ピーク研究協会(ASPO)を設立し、運営していました。彼は30年以上、石油業界で働き、引退してからASPOを通じ、油がどれだけどこに残っているのか、どれだけ採掘可能なのかなど、正確な知識を得るために専念してきました。人類がオイルピークに達しつつある、そういうメッセージを世界中の政府関係者、投資銀行家、エネルギーの専門家などに告げ、世界の注目をピークに引き付けたのは彼の疲れをしらぬ活動でした。すべてが変わってしまうので、それぞれの活動を再評価する必要がある。彼の人生とオイル・ピークに関する意見は近著の『Oil Crisis(オイル危機)』に詳しく描かれています。

私は2001年から去年の6月まで、キンセールのFECで実践持続可能術Practical Sustainabilityコース(私の知る限り、世界で初の2年間のフルタイムのパーマカルチャー・コース)を教えていましたが、そこへ一昨年の9月、コリン・キャンベルを招きました。パーマカルチャーを一年間学んだ2年生に話をするために来てもらったのです。学生たちは、コリンの講演の前日、『End of Suburbia(都市郊外型暮しの終焉)』を見ました。コリンは学生たちに石油地質学を初歩から解きあかし、石油がどんなふうにどこで形成されるのか、そして、現在どこにどのくらい残っているのか、話しました。彼のプレゼンテーションは石油業界での経験で培った深い知識に基づくもので、非のうちどころのない説得力のあるものでした。それは、学生だけでなく、私にとっても目から鱗が落ちる講演でした。しかし、翌週同僚からは「あなたのところの学生、先週の後半、みんな顔色が悪かったけど、何かあったんですか」って、尋ねられてしまいました。

●最初の一歩

「エネルギー下降行動計画」は、これが契機でした。

「エネルギー下降」という言葉はもともと生態学者のハワード・T・オーダムが『Prosperous Way Down(繁栄した降り方)』という本で使ったもので、その後、デビッド・ホルムグレンが『Permaculture, pathways and principles beyond sustainability(パーマカルチャー:持続性の彼方への道筋とその原理)』という非常に大切な著作で使いました。これは、ピーク以降、入手可能なエネルギーが低下していく時代のことを指しています。下降を行き当たりばったり、混沌とした展開に任せるのではなく、計画的に行う必要性をホルムグレンは説きました。計画的な下降が重要なことはリチャード・ハインバーグも近著の『Powerdown:options and actions for a post-carbon future(出力低下:脱炭
素時代の未来への選択と行動)』で強調しています。彼は低炭素社会への取っ掛かりとして、戦時中の総動員に匹敵する規模で、オイル・ピークに対する国際的な対応の必要性を呼び掛けます。

同じ頃、もうひとつ、私を触発したのは、アイルランドの北部の過疎に悩む小さな町で、とてもダイナミックに地域社会の開発に取り組む女性の講演を聞きに行ったことでした。農業は瀕死の状態にあり、彼女らのグループは持続可能性に焦点をあわせた方向で、新たな町起こしを考えました。招いた持続可能性の「専門家」はエコツーリズムの開発を説き、それが農業に代わる持続可能な方策であると言ったのだそうです。私は、これを聞いてぞっとしました。ひとつの産業から別な産業にコミュニティを移行するっていう発想、「エコ」って名札がついているってだけで、それがあたかも良いという発想にぞっとしました。しかも、それらのアイデアが地域社会から沸き上がったものではなく、「専門家」が持ってきたものなのです。村人にパーマカルチャー・デザイン・コースを受講してもらい、アイデアが地域社会のなかから沸き上がるようにしたほうがずっとたくさんのことが達成できる、私はそう思いました。

この主題について、私は学生たちと手に入る本を読みあさり、この問題に取り組んでいる自治体の例がないということに気がつきました。世界中で、エネルギー消費の頂きから下り道を設計し始めたところは、あるだろうか?キューバの例はしばしば引用されますが、それは偶然の産物であり、それまで国を支えたロシアから油の供給が止められ、ローカル化に追い込まれたことを忘れてはなりません。さらに、最近キューバを訪れた友人によれば、たくさんの人々が熱心に取り組んでいるわけではないという感想でした。

第二次世界大戦以前と戦時中の英国での経験からも、おもしろい比較ができます。それは国家規模でのパワーダウンでしたが、食物の1割がそれぞれの家の庭や共同菜園で生産されました。いろいろなことが大きく変わりはしましたが、その経験から、いろいろ重要な教訓を学ぶことができます。

実例を見つけることができなかった私たちは、オイル・ピークが町の生活に実際どのような意味を持ち、来るべき低エネルギー社会はどうあるべきか、自治体が取り組む例を作り出すことにしました。下りへの道筋がどこにも見つからないので、私たちは一からそれを作り出さなければなりませんでした。

(続く)

2006年4月19日

紅葉/here comes autumn.

例年より一週間遅れで夏時間が終わったと思ったら急に寒くなりました。今朝は標高千メートルの高原に南極おろしの冷たい風がぴゅーぴゅーと吹いて、気温は5度。ぶるっ。吐く息が白く見えます。まだ、一日中は焚いてませんが、日が暮れると、ストーブのまわりで過ごす時間がだんだん長くなります。

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玄関の正面にあるもみじの木もすっかり色付いてきました。うちの庭には食用の木ばかりだと思われているようですが、鑑賞植物もたくさんあります。ユーカリやアカシアなどオーストラリアの植物は季節感があまりないので、サクラやもみじなどで季節の変化を愛でようという魂胆。春は花見、秋は紅葉、自宅にいながら楽しもうというわけです。今は本当、毎日毎日、紅葉狩り。してます。

秋の始まりはフットボールの季節でもあります。今年もリーグ戦が始まりました。ひいきのコリンウッドは2ラウンド目にして今季初白星。公式戦で勝つのはなんと9ヶ月ぶり。勝負は時の運、これから6ヶ月のシーズン、いつかは手にする初勝利ですが、早い方がやはり嬉しいです。去年、一昨年と主力選手の怪我や故障で、最下
位近辺の成績でしたが、今年は主力選手が復帰し、我がチーム、そこそこやれるんじゃないかと期待してます。まあ、シーズン開幕から数週間だけは、どこのチームのファンも楽観的でいられるものです。

秋になると最初に気になるのは我がフットボール・チームの調子ですが、それと同じくらい気になるのは薪の手配です。これから半年近く必要になる暖房燃料の確保です。亜熱帯のシドニーあたりならともかく、標高1000メートルの高原の冬は寒くて長いので、切実な問題です。

何年か前に、このあたりに都市ガスが設置された時、近所の家はほとんどガスに切り替えました。うちでも、いろいろ考えましたが、結局、これまでのように冬の暖房は薪ストーブに頼ることに決めました。ガスのほうが環境に良いという意見もありますが、所詮、石油同様、近々ピークに達する使いっきりの資源です。いまは中国に輸出するくらいふんだんな資源ですが、じわじわと生産が減り、値段も上昇することは間違いありません。

しかもガスは中央集中的なエネルギー源です。どこか遠くで収穫したものが、何千キロも配管されてくる供給体制はぜい弱で、他人任せなシステムです。長大なシステムのどこかで何が起こるかわかりません。もちろん、いずれ、復旧されるかもしれませんが、復旧されないかも知れません。復旧されるまでの間、寒さに凍えなければならないかも知れません。このシステムは、何か起きても、自分ではどうすることもできません。

いろいろ、そんなことを考え、他人を信用しないわけじゃないし、心配性なわけでもない。でも、結局、薪に頼ることに決めました。木は本来の意味で、再生可能な資源であること。適切な燃やし方をすれば二酸化炭素の排出もすくない。しかも、うちの周囲にはブッシュがあり、風で折れた木の枝はあちこちにあり、これが夏になるとブッシュファイヤーの燃料になります。秋から冬にかけ、これらの枝を燃料用に集めることで、夏の災害を予防することにもなります。

現在は、春から初夏にかけ、消防団を大動員し、燃やしてしまうことで、ブッシュファイヤーを未然に予防する対策がとられています。しかし、大量のエネルギーを投入し、エネルギー源になりうる資源を、季節外れに無為に消費する。こういうやり方は、石油減耗の時代にはとても成り立たないでしょう。ブッシュファイヤー予防には乾いた夏がくる前に、枯れ木があまりない状態にしておくことです。ならば、枯れ木を秋から冬の間、暖房用の燃料として利用することが一石二鳥ではないか。

もちろん、ブッシュから拾ってくるものだけでは足りません。ひと冬、我が家だけで2トンから3トンの薪が必要になります。足りないぶんは、近所にあるゴミ捨て場などから外へ出かけるつど拾ってきて補います。燃料用として燃やせるようにするためには半年は最低乾かした方がいいので、定期的に補充するようにしなければなりません。

そんなやり方でここ、3年ほど、冬の薪は賄ってきました。それまでは毎年、冬の薪代にひとシーズン8万円から10万円近く使っていましたが、今は、拾ってきた木を切り刻むためのチェインソーの燃料代くらいですむようになりました。

こうやって冬の支度をするために普段から薪を集めておくのは手間がかかり、労働集約的なことは間違いありません。ガスにつなげば、金さえ払えば、温い生活が簡単に手に入ります。でも、エネルギー下降の時代にはこれまでのように安いエネルギー源に頼ることはできません。多くの部分を人力で補っていかなければならないことでしょう。いまから練習しておけば、何かの役にたつかも知れません。

もみじの葉が落ちる頃、高原には初霜が降り、長い冬を迎えます。

2006年4月18日

石油文明のたそがれ/Twilight in the Desert【本の紹介】

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『Twilight in the Desert』

昨年6月にアメリカで出版され、ピークに関心のある人たちの間では遡上に上ったマット・シモンズの本をようやっと、近所の図書館で借りて読み終えた。

アメリカのビジネスマンの間でベストセラーになっていることは知っていたが、ここまで浸透しているとは知らなかった。基礎データを調べようと、アマゾンをみると460位で60本ものレビューが投稿されている。これが実際に、どのくらいの数字になるのか分からないが、それなりにアメリカにおけるピーク問題への関心の高さを証明していることは確かです。

基礎データ
【タイトル】Twilight in the Desert
【サブタイトル】The Coming Saudi Oil Shock and the World Economy
【著者】Matthew R. Simmons
【発行】Wiley (June 10, 2005)
【ページ数】448
【判型】Hardcover (9.4 x 6.1 x 1.4 in)
【定価】US$24.95
【ISBN】047173876X
【言葉】英語
【感想】

サウジ・アラビアの重要性は今さら指摘するまでもない。ブッシュ米大統領の「石油中毒」という言葉を待つまでもなく、我々の便利で近代的な生活は砂漠の王国から輸出される石油にすっかり依存している。

世界の石油中毒者があてにするのは「2600億バレル」以上といわれるサウジの確認埋蔵量だが、エネルギー投資銀行家のシモンズは、この数字の信ぴょう性を疑う。サウジのアブラ事情はベールの向こうに隠されている。アラムコが79年に国有化されてから四半世紀以上、それぞれの油田ごとのデータは公表されていない。世界は「2600億バレル」というサウジ政府とサウジ・アラムコの発表する数字を鵜呑みにし、頼り切っている。

この「2600億バレル=世界の1/4」という確認埋蔵量はどのようにして生み出されたものなのか。

確認埋蔵量と言っても、油田の推定総量のうち、9割がた回収できそうな量を計算したものだ。これらの埋蔵量の数字は、もともと想像によるところが大きく、しかも時々の経済事情により、上がったり下がったりする。サウジの確認埋蔵量はアラムコ(エクソン、モービル、テキサコ、シェブロンの所有)が国有化される前の1970年代末には、1000億バレルと推定されていた。国有化以後の82年になると、600億バレルが「推定埋蔵量」から「確認埋蔵量」に格上げされ1600億バレル。そして、88年、新規の油田が発見されたわけでもなく、特に技術革新があったわけではないのに、ぽんと1000億バレルが「確認埋蔵量」としてさらに上乗せされた。それが「2600億バレル」の成り立ちだ。

業界は、この「埋蔵量成長」をサウジの底力の証左と見るようだが、この「成長」は検証されていない。「確認埋蔵量」はサウジが申告する数字に過ぎないものなのに、国際社会ではこの数字が一人歩きし、盲信され、過信されていると筆者は訴える。

シモンズは「2600億バレル」のベールをひとつひとつ剥がしていく。彼が利用したのは、サウジのSPE( Society of Petroleum Engineers石油技術者協会)の発行する技術レポートだ。シモンズは膨大な数のレポートを丹念に解析、それぞれの油田の状態を描き出し、できのいい推理小説のように、公表された数字の裏に潜む真実をあぶり出していく。

サウジの生産の9割近くを占めるのは5、6の巨大油田である。しかも、これらの油田は生産開始以来40年から60年を経た老朽油田であり、ガスや水を絶えまなく注入し、圧力を保ち、様々なハイテク技術を駆使し、なんとか、やっと生産をあげている状態である。回収される液体のなかに含まれる水の率、含水率も上昇している。しかも、長年にわたり無理に生産をあげてきたおかげで、生産落ち込みの危険も増している。そして、サウジの油田だけが、世界各地の油田と異なり、ピークに到達しないことはあり得ない。油田はピークに達すると、急激に減耗する。年に7、8?の減耗ならば、10年以内に生産量は現在の半分に落ちることになる。

巨大油田がピークに達する前に、それにとって代わる油田が発見されればいいが、ハイテク技術を駆使し、何年も全国を探査しているというのに、UAE(アラブ首長国連邦)との国境にシャイバーが1967年に発見されたのを最後に、大油田は発見されていない。老巧化した巨大油田がピークに達し、減耗をはじめた時、その穴をうめる油田はサウジにはない。

サウジでは日産生産量は50 万バレル以上の油田は、これまで28発見されてきたが、シャイバーが最後だ。この、シャイバーにしても、現状日産生産量は 50万バレルとされ、サウジ・アラムコの予想通り、2009 年までに20 万バレルの増産が可能になったとしても、現在サウジの生産の半分、日産500 万バレルを生産する世界最大のガワール油田とは比較にならない。ガワールがピークに達し、減耗を始めればとてもそんな量では追い付かない、とシモンズは指摘する。

サウジ政府は生産能力を日産1,500 万バレルにまで引き上げ、それを中長期にわたり維持する用意があると言って、シモンズらピーク論者の懸念を一蹴する。しかし、それらの言葉は本書を読んでしまったあとでは、とても信じられなくなる。そして、もし、シモンズの説が正しいとすれば、その影響は計りしれない。砂漠の王国が黄昏を迎える時、私たちのオイル漬けの生活も黄昏を迎える。

2006年4月14日

誰でもテロリストになれる時代/an easy way to become a terror suspect.

ひでー世の中になったことは実感してるし、簡単に怪しまれて、テロリストの疑いをかけられることなんてあり得ることだ。わかっていても、実例を突き付けられると、しばし唖然としてしまうことがあります。

英国で20年も30年も前に流行った曲を聞いていただけでテロリスト扱いされた事件が4月5日付けのデイリー・メイル紙に載っています。

事件が起きたのは英国ティースサイドの町。タクシーの運転手から危険人物を乗せたという通報を受けたこの町の警察は、ロンドンへ向かう飛行機を止め、乗客のひとりをテロ容疑者として逮捕、抱え降ろし、取り調べをしたのだそうです。

この乗客、ハラージュ・マンさん、空港へ向かうタクシーのなかで何をしでかしたのかというと、車内にあったシステムに自分のMP3プレイヤーをつなぎ、いろいろ、曲をかけたのだそうです。

『プロコル・ハルムの「青い影」をかけたら、運転手、好きそうだったんで、それじゃあロックの古典がいいかなって、ツェッペリンの「移民の歌」をかけた。それから、ロンドンへ行くところだったからクラッシュの「ロンドン・コーリング」、そして最後にビートルズの「ノーウェアマン」でしめくくったんだ』

まあ、趣味のことなので、他人のことはいろいろ言えたものじゃありませんが、当たり障りのない選曲のような気がしますが、これを聞いた運転手、こいつ怪しいやつだって、空港についてからケーサツにたれ込んだんだそうです。あらあら。

どれも知った曲で、全然、怪しくない。「移民の歌」とか「ロンドン・コーリング」あたりは音源がどこかにあるんじゃないかしら。運ちゃんを警戒させたのもこの2曲なのだそうです。

ロバート・プラントの「あああ?ああ」って叫び声で始まる「移民の歌」は、ゼップには珍しく2分ちょっとの長さ。いまは亡きジョン・ボーナムの祭り太鼓のようなドラムスが特徴の曲で、リリースされた頃、レコードにあわせて歌った曲だから、歌詞も知っています。個人的にはこの曲の入るアルバムより、2枚目のほうがずっと好きでしたけど。

んで、「移民の歌」はこんなふうに始まります。
"The hammer of the gods will drive our ships to new lands, to fight the horde, singing and crying: Valhalla, I am coming!"
神の鉄槌が、我々の舟を新たな大地へと導く。群れと闘い、歌い躍る。万歳!出発進行

「ロンドン・コーリング」はクラッシュが、ただのパンクバンドから脱皮する途上にあることを示した曲だったように記憶しています。歌いやすい曲で、20年以上前に行われたシドニー公演でも、いまは亡きジョー・ストラマーに観客が声をあわせ合唱したものです。

"London calling to the faraway towns, now war is declared and battle come down."
ロンドンから遠くの町々へ連絡。戦争が宣言され、戦闘が始まる

まあ、どちらも、それなりの曲ではありますが、とりたてて破壊的だとも、テロリスト的(どういう意味じゃ?)だとも思われません。同じクラッシュのロンドンものなら「ロンドン・コーリング」じゃなくて「ロンドンズ・バーニング」でしょうし。もっと「過激」でアブナイ曲もたくさん知ってます。モノホンのテロリストが作戦に出かける途上だったとしても、こんなんで気合いを入れるのかしら。

これらの曲をかけた客をテロリストじゃないかって疑いの目で見た運転手もどうかと思いますが、通報を受けたケーサツも、それを真に受けて、飛行機の離陸を止め、乗客を降ろすようなことじゃないって判断ができない。セーフがあれこれ、がなりたてても、テロ対策ってのはこの程度のものなのだ。なんとも情けなくなってしまいます。なんともはや、底の浅い世界になってしまったもので、思想というか、ほとんど趣味のレベルで被疑者にされてしまう。

自分はMP-3も使わないし、タクシーにのって空港に出かけることもほとんどありませんが、自宅で、例えば、パレスチナ人のラップを集めたアルバム、「フリー・ザ・P」なんか、大音量でかけていたら、まあ、近所の人は慣れているんでそういうことはないと思いますが、通りすがりの人とかが怪んでケーサツにたれ込む。んなことがありそうな時代。鉄パイプ爆弾も腹腹時計も火炎瓶も角材も竹ざおも黒ヘルも危険思想のひとかけらもなくても、誰でも簡単にテロ容疑者になれてしまう。なんともお手軽で、便利な時代になったものです。

2006年4月13日

オイル・ピークと米軍、その2/Oil's well?

世界一の石油消費者である米軍がオイル・ピークに備えた研究を行っていたことが明らかになった。結論は「便利なエネルギー源が安くて、ふんだんに使える時代は早急に幕を降ろそうとしている」。

国防省がオイルピークに関する研究を行っていたことを3月に、米連邦議会で明らかにしたのは共和党のロスコー・バートレット議員。この研究は軍の技術開発研究所(Army Engineers' Research and Development Center)の手で昨年9月にまとめられたもので、「エネルギー見通しと米軍施設への影響」と呼ばれる報告書はオイル・ピークの到来が近いことを警告し、省エネや再生可能なエネルギーへの転換などの対策に軍がいますぐ取り組むことを提唱している。

pdfはArmy Engineers' Research and Development Centerのサイトからダウンロードできる。

レポートの特徴のひとつは、オイルピークの見通しについて、政府機関である地質調査庁(USGS)などの楽観的な予測を退け、ピーク・オイル調査学会(ASPO)などの民間機関の予想を採用していること。また、再生可能なエネルギー源について、それぞれ短所、長所を検討しているが、原子力については「今のような使い捨てな使い方をしていれば、20年もしないうちに安価なウランを使い切ってしまうだろう」と否定的で、それよりも太陽光や風力の可能性のほうを評価している。

それらをはじめとして、この報告書は世界最大級の石油消費者、環境破壊者である軍にしては考えられないほど、「グリーン」だということができる。

いくつか、要点を箇条書きする。
●便利なエネルギー源が安くて、ふんだんに使えた時代は早急に幕を降ろそうとしている。
●2003-2005年にかけての石油価格の倍増は異常なことではなく、これからずっと起こりうることだ。
●我々の生活水準を維持するため、エネルギー消費はかかせず、軍務の達成にも不可欠だ。しかし、現状の使い方をこれからも維持し続けていくことはできない。
●現在、アブラに代わりうる代替エネルギーはない。
●別なエネルギー源へ移行するための技術とインフラの開発にいまから取り組むべきである。...将来のエネルギー需要に対応するための最善のオプションは効率化と再生可能なエネルギーだ。

国防省のような大組織がひとつの報告書のおかげで、変質することはないだろう。しかし、燃料効率などおかまいなしにアブラをばんばん燃やして、世界各地に武力を展開するというこれまでの安全保障の考え方はアブラ減耗の時代に成り立たないことは、誰の目にも明らかなようだ。当然、軍のあり方や役割も変わらなければならない。

しかし、米軍の再編を協議する日本側、オーストラリア側の役人ははたして、それだけの歴史的な認識をしているのかどうか。米軍がピークを理解し、研究しているということを分かっているのかどうか、気にかかる。

ピーク以降の社会について、国際的な議定書が作られ、限られた資源の平等で賢い使い方が促進されるだろうと予想する人もいる反面、アブラ減耗の時代が混乱に陥るという悲観的な見方をする人も多く、残った資源を巡る武力衝突を描く人もいる。

米軍に限らず、どこの国でも軍隊は管理のノウハウと手段を持っており、突然のオイル・ショックがもたらすかもしれない事態にすばやく対処できる数すくない組織であることは事実。ピークのおかげで、もし、市民社会経済や行政が機能不全に陥れば、社会秩序を保てる唯一の組織になるかもしれない。

オイル・ピークは市民社会をそんな形でも脅かす可能性があり、石油減耗時代における軍隊の役割を再定義することも、市民社会が早急に準備しておかなければならないことのひとつだ。

2006年4月10日

隠された人々/The New York Times Covers Up.

先月行われたイスラエルの選挙については盛んに報道されていますが、既成メディアがなかなか取り上げない問題がたくさんあります。そのうちのひとつは「イスラエル・アラブ」とイスラエルから呼ばれるパレスチナ系のイスラエル人です。イスラエルの人口の2割がパレスチナ人であること、それらの人が「民主国家」を装うイスラエル政府の手で二等市民として取り扱われていることなど、あまり、知られていません。

これらの人々の存在が報道されないという事実、その意味を米三大紙の最近の記事からパトリック・オコナーが読み説く記事の翻訳を「ナブルス通信」最新号から以下に転載します。(なお、御覧のように、最新号にはビーさんによる自著の紹介も載っています。なんとも照れくさいので転載からは割愛します。右側のリンクからP-naviでごらんください。ビーさん、美味しいものをたらふく食べて、休暇を楽しんできてくださいね。)

ここから転載

○○○ナブルス通信 2006.4.9号○○○
「イスラエルのなかのパレスチナ人を隠す米紙」
http://www.onweb.to/palestine/
Information on Palestine
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◇contents◇ 

◇パレスチナ系イスラエル人への差別を隠蔽、ニューヨーク・タイムズ紙 パトリック・オコナー

◇Information リック・タナカ新刊!『人工社会』

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◇パレスチナ系イスラエル人への差別を隠蔽、NYタイムズ紙


イスラエル社会のなかで「ユダヤ人のためだけの国家」を阻害しているのが、48年以降、イスラエルに居座り続けたパレスチナ人です。人口の2割を占めるパレスチナ人をイスラエルから閉め出そうという主張の政党が先の選挙で躍進するなど、不穏な動きが高まっています。

しかし、絶対に忘れてならないのはこの「イスラエル・アラブ」とも呼ばれる人々が、イスラエルに降って湧いたのではなく、ずっとそこに生き続けてきた人々だということです。

米国のメディアがこのイスラエルのなかの「異質な人々」をどう扱っているかレポートした文章を届けます。[ナブルス通信]

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「パレスチナ系イスラエル人への差別を隠蔽、ニューヨーク・タイムズ紙」

パトリック・オコナー/ Patrick O'Connor

The New York Times Covers Up Discrimination Against Palestinian Citizens of Israel

初出:www.dissidentvoice.org

2006年3月29日

昨日行われたイスラエル選挙の大きな展開のひとつは、アヴィグドール・リーベルマン率いるイスラエル・ベイテヌ党が第4勢力へ急上昇したことだ*1。

イスラエル・ベイテヌ党は、イスラエル国内のパレスチナ人の町をパレスチナ自治政府の管轄に移すことを提唱している。それは、何十万人ものパレスチナ系イスラエル人から国籍をはく奪することだ。この政策の人気は、先週発表された世論調査の結果とも符合する。それによれば、ユダヤ系イスラエル人の68パーセントがパレスチナ系イスラエル人と同じアパートに住むことを拒否し、40パーセントがパレスチナ系市民の移住を国が促進するべきだと答えている[1]。しかし、主流メディアのイスラエルのとりあげ方が片寄っている米国では、これほどの露骨な差別にも、市民はたぶん驚きはしないだろう。

イスラエルが表向きにはリベラルな民主主義を装いながら、パレスチナ人を抑制するという広範な戦略をとっているなかで、人口の20%を数えるほどの二級市民の取扱い、つまりパレスチナ系市民の存在そのものについて曖昧にしておくことは、[偽装の]重要な構成要素となっている。

ニューヨーク・タイムズを先頭に、米国主流メディアはこの戦略に加担している。米国メディアはパレスチナ人によるテロの報道に集中し、イスラエルの語る物語を強調し、その一方で、イスラエルの占領、パレスチナ人の土地の収奪の核心、イスラエルによる国家テロ、パレスチナ系イスラエル人や占領地、そして国外に離散したパレスチナ人に向けられる組織的な差別などの経験が報道されることはほとんどない。

3月、ニューヨーク・タイムズ、ロサンゼルス・タイムズとワシントン・ポストという米国でもっとも信頼され幅広く読まれる三つの新聞
に、「イスラエル・アラブ」とイスラエルの選挙に関する三つの記事が載った。

これは米国のメディアがいかに、イスラエルの物語に加担しているのか、それを示すひとつの例だった。

イスラエルは長年の「分断統治」策のひとつの道具として、パレスチナ系イスラエル人という表現ではなく、「イスラエル・アラブ」という呼び方を使っている。これにはイスラエル国内に暮らすパレスチナ人が、占領地に暮らすパレスチナ人との間に血縁があり、歴史や文化のつながりのあることを隠す意図も含まれている。三つの記事はどれも「イスラエル・アラブ」という言葉について疑問を差し挟むこともなく、相当な非ユダヤ人を内部に抱えるユダヤ人国家が民主的でありうるのか、住民に平等な権利を約束できるのかどうか、問うこともしない。三つの記事は差別を取り上げているというのに、多数のパレスチナ系市民から市民権をはく奪するイスラエル・ベイテヌ党の政策についてはまったく触れていない。

このようにパレスチナ系イスラエル人が無視されることは、私が最近やった調査の結果とも符合している。それは、最近五年間、米国の五大新聞に掲載されたパレスチナ人とイスラエル人の手による論説を研究したもので[2]、五つの新聞に、ユダヤ系イスラエル人の手による論説は201、掲載されていたが、イスラエル在住、パレスチナ系イスラエル人によるものはたったひとつしか存在しなかった。

しかし、ニューヨーク・タイムズは一般に米国で最も影響力のある新聞であると目されてはいるが、パレスチナ系市民へのイスラエルが発する差別的な作り話を鵜呑みにする点では、ワシントン・ポストやLAタイムズより、ずっとひどい。

これも私の論説ページ研究調査の結果と符号する。2000-05年にかけ、それぞれの新聞に載ったイスラエル人による論説とパレスチナ人による論説の差は、ニューヨーク・タイムズが3.4倍、LAタイムズは2.3倍、そして、ワシントン・ポストは1.4倍だった。

3月21日付けのニューヨーク・タイムズ紙に掲載された「イスラエル・アラブ:政治家はあまり沈黙していない少数派に言い寄る」という記事で、ディーナ・クラフトは「パレスチナ人」と「イスラエル・アラブ」を、まったく別なもののように扱い続けた。パレスチナ系イスラエル人と占領地に暮らすパレスチナ人との間に家族のつながりがあり、アイデンティティや歴史、文化を共有することは少しも触れられていない。クラフトの記事によれば、パレスチナ系イスラエル人は、占領地に暮らすパレスチナ人住民とはまったく別なものであり、「680万人のイスラエル人口のほぼ20パーセントは、アラブ系(西岸、東エルサレムやガザ地区のパレスチナ人とは異なるグループ)」なのだ[3]。

対照的に、3月25日付けのLAタイムズの記事「イスラエル・アラブは投票にほとんど価値を見い出さない」[4]において、リポーターのローラ・キングは

「イスラエル・アラブは西岸やガザのパレスチナ人同胞との連帯を強めるべきか、それとも、イスラエル国内で自身のアイデンティティを
強化するべきか、大きなジレンマを抱えている」

というように、パレスチナ人を「同胞」と呼んだ。

ワシントン・ポストのスコット・ウィルソンは3月5日付けの記事、「イスラエル・アラブはハマス勝利に教訓を見い出す」[5]で貴重な情
報を提供している。

「1948年の独立戦争時、自分の村に居残ることを決めたアラブ人は、ユダヤ国家の人口600万人のおよそ20パーセントを占めている。イスラエルの治安当局は、1949年の休戦ラインから北のガリラヤ地域にまで連なる町に集中するこれらの人々をパレスチナの第五列ではないか、と疑いの目で見た」。

NYタイムズのクラフトは「イスラエル・アラブ」を「パレスチナ人」から完璧に切り離そうとするが、記事が「バーカ・アル・ガルビーヤ」発になっていることを勘定にいれると、それは厚顔無恥というものだ。バーカ・アル・ガルビーヤはグリーン・ライン[イスラエルとパレスチナのボーダー]のすぐ西側、イスラエル内のパレスチナ人の町で、占領下のパレスチナ人が組織的に分断されるさまを劇的に示す町のひとつだ。この町はグリーンラインを越えた東側、西岸地区のパレスチナ人の町、バーカ・アル・シャルキーヤとつながっている。バーカ・アル・ガルビーヤとアル・シャルキーヤは、アラビア語でそれぞれ、「西」と「東」を意味しており、これらの町はグリーンラインに隔てられてはいるが、バーカというひとつの町であり、それが高さ25フィートのコンクリートの壁で切り裂かれ、家族や友人が隔てられているのだ。同じ家の出身でもバーカ・アル・ガルビーヤに住んでいればイスラエル市民の「イスラエル・アラブ」と呼ばれ、バーカ・アル・シャルキーヤに暮らしていればイスラエルの軍事占領下にある「パレスチナ人」にされるのだ。

イスラエルで行われるパレスチナ人差別の表し方を見ると、他の2つの新聞とは対照的に、ニューヨーク・タイムズはあいまいだ。 LAタイムズの記事でローラ・キングはこう書いている。

「ユダヤ人のマジョリティに比べ、イスラエル・アラブの失業と貧困は深刻である。イスラエル・アラブは、たいてい、軍務につくことがない*2。若いイスラエル人は兵役を通して、雇用機会を広げるもので、地方への税金の配分も、アラブ人の市町村ヘはユダヤの自治体に比べると、かなり少ない*3。そして、先週の世論調査によれば、イスラエル・ユダヤ人の大多数がアラブ系市民を国家の安全に対する脅威だと考えている」。

スコット・ウィルソンによるワシントン・ポストの記事もこれらの点を繰り返し、さらに土地所有における差別にも触れている。ウィルソンは、1956年(イスラエルのパレスチナ人は1948?66年の間、軍事支配下に置かれていた)に49人のパレスチナ系市民がイスラエル警察と軍隊の手で殺害されたこと、2000年には13人のパレスチナ系市民が同じように殺されたことにも言及する。

これらの差別をワシントン・ポストとLAタイムズの記事は見るから客観的な調子で事実として報道しているが、ニューヨーク・タイムズの記事では、ひとりのパレスチナ系イスラエル人の意見が出ているに過ぎない。『市民の平等促進協会(Association for the Advancement of Civic Equality)の共同代表、アリ・ハイデルは、「経済、教育や雇用に関し、人々は継続的で計画的な差別の下で暮らしている」と発言しています。』

アメリカの読者の大部分は、対立する意見を「両側」から聞くことに慣れているので、NYタイムズのクラフトの「客観的な」書き方に同意しがちだが、クラフトは「中東の兄弟たちと比べ、イスラエル・アラブはどこよりも高い教育、医療、生活水準を享受しています。それなのに、彼らは、自分達よりも恵まれることの多いユダヤ系イスラエル人と比較するのです」とまで言っている。

クラフトの意見は、パレスチナ系イスラエル人の権利について、驚くほど差別的な理解が許容されていることの反映だ。つまり、同じ「民主主義」国家に暮らしていても、民族や宗教の違う人々の権利は、まず、民族的、宗教的に似通った国外の人々と比較されるものであり、同じ国に暮らす特権的な大多数とくらべることなどは付け足しなのだ。NYタイムズ紙は、民族や宗教の違いによる人権の差別を、もうひとつの自称民主国家でも支持するのだろうか?

3つの記事は、イスラエルがアラブ/イスラームによるテロに苛まれる自由で民主的な国である、そういう虚構の作り話を維持することに米国主流メディアが共同で加担していることを例証している。

その作り話を維持するためには、1947?48年にイスラエルが70万人以上のパレスチナ人を家から追い払い、作られたのが現在のイスラエルであるという歴史の事実をすっかり覆わなくてはならない。現在、イスラエルに残るパレスチナ人は、占領地や国外に離散したパレスチナ人と同根であり、同じ文化を共有するとことを否定しなければならない。

その課程で、イスラエルがパレスチナ系イスラエル人を含む全てのパレスチナ人に対し、パレスチナ人がイスラム教徒やキリスト教徒であり、ユダヤ教徒ではないという理由だけで行う組織的な差別が取り繕われ、いったい、ユダヤ人国家が非ユダヤ系市民に対し、平等で民主的な権利を与えうるのかという問題の核心は避けられてしまう。

ワシントン・ポスト、ロサンゼルス・タイムズの記事では、ていねいに読めば、これまでのイスラエルの作り話がどこかおかしいと気付くだろう。米国を記録する代表紙のニューヨーク・タイムズは、イスラエルのパレスチナ系市民に対する差別に満ちた考え方をそのまま飲み込み、叩き売るする方を選んだ。

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*パトリック・オコナーは国際連帯運動(ISM)、パレスチナ・メディア・ウォッチの活動家

(パトリック・オコナーについては 「非暴力であろうと、占領への反対は許さない」 強制送還への道 にパレスチナとの関わりが書かれている。文章は 米国メディアと壁:トマス・フリードマンと「シックスティ・ミニッツ」 で。

翻訳:リック・タナカ

原文:
http://www.dissidentvoice.org/Mar06/OConnor29.htm

http://electronicintifada.net/v2/article4600.shtml

(段落はやや改変してあります)

[原註]:

[1] Eli Ashkenazi and Jack Khoury, "Poll: 68% of Jews would refuse tolive in same building as an Arab,"(世論調査:ユダヤ
人の68%は、アラブ人と同じ建物に住むことを拒否)2006年3月22日付けハアレツ紙。

(+以下のリンクは原文を辿ってみてください)

[2] Patrick O'Connor, "Israeli and Palestinian voices on the US op-edpages A Palestine Media Watch Report,"(米国紙の論説ページにおけるイスラエル人とパレスチナ人の声。メディア・ウォッチ・レポート)、2006年2月28日 。

[3] "Politicians Court a Not-So-Silent Minority: Israeli Arabs,"(イスラエル・アラブ:政治家はあまり沈黙しない少数派に言い寄る)、2006年3月21日付けニュー・ヨーク・タイムズ。

[4] Laura King, "Israeli Arabs Feel Little Stake in Vote,"(イスラエル・アラブは投票にほとんど価値を見い出さない)、2006年3
月25日付けロサンゼルス・タイムズ。

[5] Scott Wilson, "Israeli Arabs Reflect on Hamas Win,"(イスラエル・アラブはハマス勝利に教訓を見い出す)、2006年3月5日付けワシントン・ポスト。

[編集者註]:

[*1]ノノ 「イスラエル総選挙を終えて--消えた政治的争点」(パレスチナ情報センター、早尾貴紀)に詳しい[前回の通信内容]

[*2]ノノドルーズやベドウィンは、別のカテゴリーとして兵役を課されている。参考: 「こんな国とはオサラバだ!」

[*3]ノノ一般にイスラエルでの地方行政区の予算は、入植地3:ユダヤ人地域2:アラブ系(パレスチナ人)地域1という配分になっていると言われている。アラブの町や村は行政サービスがまともに行われず、上下水道、ゴミ回収システムなどが置き去りにされている。

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◇リック・タナカさんの新刊 

『人工社会』エコビレッジを訪ね歩いて

[割愛]

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>◇この文章は以下にアップ

http://0000000000.net/p-navi/info/news/200604090348.htm

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>◇P-navi info http://0000000000.net/p-navi/info/

[ボチボチ更新中。編集者ビーのblog。速報、インフォ、コラム]

P-navi infoは今日から1週間ほどお休みします。

(ナブルスで子どもたちが40時間も囚われているとか。これ、少しだけでも書いておきたいです。)

・荒らされるベツレヘム 侵攻がまた
http://0000000000.net/p-navi/info/news/200604070207.htm

・映画『ガーダ パレスチナの詩』先行公開&監督トーク
http://0000000000.net/p-navi/info/info/200604060412.htm

・「何かをしそうなら、殺してしまえ」ベツレヘムで処刑
http://0000000000.net/p-navi/info/news/200604040456.htm

・隔離壁建設による洪水でひとりが溺死 ビリーン村
http://0000000000.net/p-navi/info/news/200604030056.htm

などなど

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メールでの転送は歓迎です。(編集責任:ナブルス通信 )
http://www.onweb.to/palestine/

Profile

リック・タナカ(Rick Tanaka)

-----<経歴>-----

信州松本出身。
1980年、シドニーに漂着。
大学中退後、ラジオやテレビ、ウエッブ、雑誌、ニューズレターなどで執筆、制作、コンテンツ制作、翻訳/通訳、音楽マネージメントなどで活動。
1997年、それまで15年暮らしたシドニーから標高千メートルの高原の町カトゥーンバに引っ越し、執筆・メディア活動と並行しながら、消費を抑え生産する楽農生活に突入する。
2007年、大陸の東南に浮かぶ島にある人口300人の村に移住、オイル・ピークと環境ゲテモノ化時代に備える暮らし、近隣社会の構築を模索中。

BookMarks

-----<訳書>-----


『未来のシナリオ』
2010年12月、農文協

-----<著書>-----


『人工社会』
2006年3月、幻冬舎


『楽農パラダイス』
2003年、東京書籍


『おもしろ大陸オーストラリア』
2000年、光文社知恵の森文庫

-----<共著>-----


『Okinawa Dreams Ok』
1997年、Die Gestalten Verlag


『Higher than Heaven:Japan, war and everything』
1995年、Private Guy International

-----<訳書>-----


『沖縄ポップカルチャー』
2000年7月、東京書籍

『首相暗殺』
ロバート・カッツ著、集英社

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