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2006年2月27日

人類が直面する最大の脅威/the greatest threat facing humanity today?


昨日の朝、起きがけにラジオを聞いていたら、来週から放送されるはずだったテレビ広告に横やりがはいったということを報道していた。

オーストラリアには地上波テレビ業界で作るコマーシャルズ・アドバイスという団体がある。商業広告がテレビで放送される前に、行き過ぎがないように監査するのが目的だ。その団体から放送に相応しくない、字句を変えるようにといちゃもんをつけられたのは、南オーストラリア州にあるソーラーショップが流そうとしたコマーシャル。

どんなお店かなと、ホームページを覗いてみると、ソーラーパネルから風力発電、ソーラー温水器など、いわゆる代替エネルギーを手広く扱う店のようだ。

予定されていたコマーシャルでいちゃもんがついたのは、報道によれば、南オーストラリア州立博物館館長のティム・フラナリーが語る「気候変動は、今日の人類が直面する最大の脅威です」という一節だ。フラナリーは国外でもよく知られる学者で、温暖化に警鐘を鳴らす著作がいくつもある科学者だ。

ソーラー・ショップの社長の手許に届いたコマーシャルズ・アドバイスからのメールは、この検閲が政治的なものであることを臭わせる。

「放送サービス法の解釈によれば、このコマーシャルは政治的な言質を含んでおらず、政治的な放送にともなう認可やその旨を伝えることが必要だとは見なしません。しかし、コマーシャル冒頭で発せられる、「気候変動は、今日の人類が直面する最大の脅威です」というコメント、これは問題があります。広告の正確さを確保するために、この部分を見直していただけませんでしょうか。気候変動問題を説明するために別な言い回しを考えていただけませんか」

ソーラー・ショップの社長は、「オレたち、キョートをすでに実行しているもんね」というコマーシャルの別な部分が政府の逆鱗に触れたんじゃないかと考えている。これはもちろん、京都議定書を拒否するハワード政府を当て擦るからだ。

実際、連邦政府からの直接的な政治的圧力が働いたのか、もしくは民間団体であるコマーシャルズ・アドバイスが政治的な配慮をして自己規制したのか、それはいまのところ判らない。もともと、オーストラリアの放送業界は数少ない保守的な人間に牛耳られているから、後者の可能性も高い。

こうしてマスコミや政府権力は隠そうとするが、気候変動は目の前にある。はたして、それが、人類が直面する最大の脅威なのかどうか。それぞれ、明日の朝、起きたら、窓をあけて判断してほしい。

なお、この問題を報道するラジオ番組のスクリプトはABCのサイトで読める。

2006年2月25日

化石燃料の創造的な使用?/creative use of fossil fuel?

こもんずの地主、高野さんに誉められたと思ったらこの有り様で、3週間以上も何も上げらてません。もともと、自分のところからアップできないという環境を無理矢理に隣へねじ込んで解決してたのに加え、うちにいない。コンピューターへのアクセスが週のうち4、5日はない。伝えたいこと、伝えたいニュースはたくさんあって、たくさん、それなりに書き出したもののもありますがまとめるまでには至っていません。それはおいおい。

うちにいない大きな理由はここから160キロほどの町にある大学に入って、エコロジカルな農業ってのを学び始めたことです。これがまあ、これまでの生活パターンを大きく変えないといけなくて、それなりに大変。

週のあいだはとりあえず、学校から90キロ、クルマで1時間ちょこっとのところにある農場に寝泊まりすることに決めた。ここに寝泊まりして、クルマで学校に通う。いろいろ考えた末、とりあえず、そういうことにしました。6、7年前に買った農場には去年建てた掘建て小屋がひとつあるだけ。雨や風は凌げますが、所詮、トタン一枚のアウトポスト。冬は寒いし、夏は熱い。ほとんど、公園の野宿者と変わらない。電気も水ももちろん下水もない。食べ物や水はクルマで持ち込み、調理は薪やガスを使う。もちろん、電話線もなし。コンピューターもインターネットもなし。なので、明け方、鳥の声に目覚め、日の入りとともに眠る生活。しかも、ケータイは持たないことにしているので週のあいだは、基本的に世界から隔絶され連絡不能。いつまで続くかわかりませんが、これもひとつの脱石油時代の暮し方の練習かなってな気分でいます。

日中は30度半ばを超す熱さですが、日が落ちるとどんどん寒くなり、今週は明け方、4時ころ、寒さで目が醒めました。学校から帰ってからは暗くなるまで本を読み、あたりをぶらぶら、観察し、2ヶ月前、大雨洪水で破れた柵から侵入している隣のうちの羊を追っかけ、今が旬のブラックベリーを収穫したり。農場のまん中の川もほとんど水がありません。年間の六分の一くらいが1月のはじめの2週間のあいだに降った時の洪水が嘘のよう。その雨のせいか、農場中あちこちに繁殖するブラックベリーは大粒で、物凄く甘い。口に含んだ時の至福だけのために棘と格闘することも厭わなくなります。バケツに収穫しながら思うのは、なぜ、この木は「雑草」として嫌われているのかってこと。これだけ繁殖力が旺盛で、放っておいてもちゃんとこんなに実がなる。しかも、とげとげのおかげでそれに囲まれた果樹も鳥に実を食べられていないようだ。柵やフェンスにも応用できるんじゃないだろうか。棘で覆われる茂みの中は何か、動物が暮らしているようだ。ということはその動物の糞が肥料になっているんじゃないか。ブラックベリーは駆除すべき雑草という固定観念があり、実際、うちのまわりではなるべく茂らないようにしています。しかし、そういう固定観念だけで植物を見ていてはだめだ、ブラックベリーをむしゃむしゃと頬張りながら思います。

で、寝床のほうはそんな感じで石油減耗も(ほとんど)まったく恐くない体制ですが、交通手段はとてつもなく時代に逆行して、クルマ。以前、紹介したケネス・ディフェイスはオイル・ピークの時期を割り出してますが、彼の予想は3週間ほどずれていたようで、最新の報告によれば、ピークは12月16日だった。ということです。この頃、原油価格は60ドル/バレルを割っていますが、意識的な価格操作が行われているのではないか、高騰することが待ち構えているのではないか、そんなことを思わせる要素が多すぎます。

それなのに、それなのに。
通学するのにクルマじゃないとまったくお手上げ。どうしようもない。農場からは90キロ、自転車でとても通える距離じゃないし、公共交通はこのあたり、まったく使い物にならない。そういう意味では目眩がくらくらするほど、石油に頼るオーストラリア社会を象徴するような場所なのです。

個人的にはクルマを所有するのは20年以上ぶりのことで、あれやこれやとまどうことばかり。あの頃はバンドのツアー、取材だなんだかんだとクルマを乗り回したもの。クルマを所有することの一切合切、ガソリンスタンドに出かけて給油すること、整備に出すこと、運転だけじゃなくそういうことのすべてが面倒臭く、厭わしくなり、運転するのもしんどくなり、しかも、クルマなんて前近代的でダサイって思い始めてからはずっと同乗者を決め込んできた。クルマという手段をできるだけ避けるように心掛けてきたから、再び、ハンドルを握るはめになるとは夢にも思ってもいなかった。

それなのに、それなのに。
大学の寮やシェアハウスというクルマ抜きのオプションも当然検討した。でも、ひきかえにするものがどうにも大きすぎる。などなど、あれこれいろいろ悩んだ末、最後にはクルマを使うのは遊ぶためじゃない。それを使って「脱石油時代のくらしかた」を学ぶためだ。パーマカルチャーの始祖のひとり、デビッド・ホルムグレンがいうところの「化石燃料の創造的な使い方」のひとつだろう。そう自分を納得させています。

しかし、四輪と決めてからもいろいろ悩んでしまう。金がないし、出頭の時期は迫ってくる。あちこち物色して、結局、84年製のカローラを購入した。白のセダン。色も形もあんまり気乗りしない。しかも、鎌田慧の「自動車絶望工場」も読んでるし、最近のフィリピンのこともあるからトヨタは避けたいなって思ってたのに。でも、趣味も、腹の一物も、気になり出すととてもおさまりがつかない。セコハンだし、コンピュータが使われてないし、燃費もそれなりで、予算以内におさまるものなら、色や形やメーカーにはこだわり切れない。

そんなこんなで、今週は一週間に1000キロ、ガソリンを100リットルも消費してしまった。しかも、ほとんど一日中座りっぱなし、コンピュータのスクリーンとウィンドスクリーンを見つめるだけだったので、下腹がぼてっとして、どうにも落ち着かない。こんなこと、何週間もやったらどんな変化が出るんだろうか。

それもこれも含め、1学期の終わる頃に、本当にそれだけのエネルギーを投入し、体にむち打ってまで学ぶ価値があることなのかどうか。もう一度考えてみようと思います。(というか、本当は、もうクルマをすぐにでも売りに出してオレンジの町にシェアハウスを見つける方向で再検討にはいってます。)

Profile

リック・タナカ(Rick Tanaka)

-----<経歴>-----

信州松本出身。
1980年、シドニーに漂着。
大学中退後、ラジオやテレビ、ウエッブ、雑誌、ニューズレターなどで執筆、制作、コンテンツ制作、翻訳/通訳、音楽マネージメントなどで活動。
1997年、それまで15年暮らしたシドニーから標高千メートルの高原の町カトゥーンバに引っ越し、執筆・メディア活動と並行しながら、消費を抑え生産する楽農生活に突入する。
2007年、大陸の東南に浮かぶ島にある人口300人の村に移住、オイル・ピークと環境ゲテモノ化時代に備える暮らし、近隣社会の構築を模索中。

BookMarks

-----<訳書>-----


『未来のシナリオ』
2010年12月、農文協

-----<著書>-----


『人工社会』
2006年3月、幻冬舎


『楽農パラダイス』
2003年、東京書籍


『おもしろ大陸オーストラリア』
2000年、光文社知恵の森文庫

-----<共著>-----


『Okinawa Dreams Ok』
1997年、Die Gestalten Verlag


『Higher than Heaven:Japan, war and everything』
1995年、Private Guy International

-----<訳書>-----


『沖縄ポップカルチャー』
2000年7月、東京書籍

『首相暗殺』
ロバート・カッツ著、集英社

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