Calendar

2006年1月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

Recent Comments

« 緑の党、オイル・ピークを政策に/Greens take on Oil Peak
メイン
1年の計/Tabula rasa »

エネルギー下降時代の文化/culture of descent

オイル・ピークがくるぞってだけで、頭を抱えて途方に暮れるのもいいけど。「危機は好機」って、インサイダーの新年号にも書いてあった。パーマカルチャー流に言えば、問題の解決方法は問題の中にあるってことになる。

オイル・ピークに警鐘を鳴らす論客の中には、これが世界の終わりだ、という色調の言説をする人もいる。そこまでいかなくともオイル・ピーク以後の暮らし方について、ピークの専門家は悲観的な想像をしがちだ。それもあってか、ピークを意識した人のなかには自宅を要塞化して、食料や燃料をため込んでいる人もいるそうだ。都市じゃ不安だってんで、田舎へ土地を求めていく人もいる。

でも、考えてみりゃ、オイル・ピークがくるぞ、きたぞって説明する人のほとんどは地質学者とか石油会社で働いていたとか、そういう石油のほうの専門家であって(でなけりゃ、あんまり、説得力もないだろうけど)、ピーク以降の暮らし方の専門家じゃないんだよね。そういう人たちにピーク以後の社会について尋ねる方が間違っているのかもしれない。魚屋に行って、じゃがいもの美味しいのありますかって尋ねるようなもので、専門が違うんだ。

ピーク以降の社会認識で、識者のあいだで共通しているのは、右肩上がりの時代に有効だった考え方、価値観、文化、道具はこれからの時代に使い物にならないということ。オイル・ピークというエネルギー生産の頂上へ上り詰めるまでは有効だった産業文化(インダストリアル・カルチャー)も、山頂に到達し、これから下山しようとする時には役にたたなくなる。下山の時代には下山のための道具、知恵、文化でなくてはやっていけない、産業文化に替わるものでなければ使えないってことは容易に理解できるだろう。

インダストリアル・カルチャーに替わって、下山時代に主流となる文化のひとつはパーマカルチャーだ、というのは創始者のひとり、デビッド・ホルムグレンだ。脱石油時代の生活について、系統的にしっかりした発言をしたり、世界のあちこちで行われている取り組みの中心にはパーマカルチャーに影響を受けた人間が多い。それらの取り組みについては追ってメモしていくつもりだが、なぜ、パーマな連中が世界中でオイル・ピークに素早く反応しているのか、といえば、そもそもパーマカルチャーが近代的な文明の終焉、化石燃料に依存する社会の終焉、石油減耗時代に対応する意識だからだ。


D&SinJapan.jpg
(2004年の日本講演ツアー中に越後門出和紙の名人、小林康生を訪ねた時のスナップ。左からデビッドのかみさん、スー・デネット、デビッド・ホルムグレン、風来坊、小林さん。http://www.holmgren.com.au/より。)

ホルムグレンは近著の中で、ピークに到達した人類のいる場所をこんなふうに表現している。

「人類はエネルギー生産の頂点に上り詰めた。見晴しはいいけれど、危険もいっぱいな山頂とから、安全な場所へ下っていくのは賢明で魅力的なことだ。

ここまで上ってくるのは並み大抵のことではなく、幾多の犠牲をともなった。一歩一歩上っていく度に新しい視界や可能性が開け、わくわくしたものだ。

いくつか偽の頂点はあったが、現在、目の前に広がる360度のパノラマを前に、最高地に辿り着いたことは間違いはない。霧の向こうに、まだ高い頂きがあるという人もいるが、天候は悪化し始めている。...

山頂で景色を楽しみ、戯れる時間は残されていない。日がまだ高く、天気がいいうちに、眺めの良さを利用し、降りる道筋を見極めるべきだ」
(Permaculture: principles and pathways beyond sustainability)

下降の道筋を照らすのがパーマカルチャーである、ホルムグレンはそう言っている。

パーマカルチャーというのは70年代に、ホルムグレンがビル・モリソンとタスマニアで考案したもので、一般には有機農法のひとつだとか、「持続可能な生き方」などと紹介されている。パーマカルチャーは、世間的には「パーマネント・アグリカルチャー」を短縮した造語として知られていて、日本語だと「永続的な耕作」だとか「永続的な農業」なんて説明されることもある。

確かに1978年に出版された『パーマカルチャー・ワン』という本を見ると、その副題は「パーマネント・アグリカルチャー・フォー・ヒューマン・セトルメンツ(人間の生活のための永続的な農業)」とある。本の中でもパーマカルチャーは「人間の利用のために動物、そして多年生および自家更新する植物を組みあわせたシステムであり、常に進化するシステム」だと説明されている。

日本語に翻訳されている唯一の本『パーマカルチャー入門』(農文協)に収録されるモリソンの定義は、「人間にとっての恒久的持続可能な環境をつくり出すためのデザイン体系」だ。

まあ、オープンソースであり、色々な解釈が可能なので、これらはどれもそれなりにあたっているが、本質を激しく突いているとは言えないような気がする。パーマカルチャーの大きな特徴は時代認識であり、それがハードなコアだからだ。パーマカルチャーの世界観からすれば、明日は今日と違うのだ。変動を見越した時代認識をもともと持っていない有機農法やバイオダイナミックス、自然農法などとの違いはそこにある。パーマカルチャーは最初から大きな社会変化を前提としたものであり、そういう時代認識、将来のとらえ方において、単なる農法や庭いじりのすすめなどと異っているのだ。

パーマカルチャーは減耗時代を積極的に賢く暮らす方法と読み替えてもいいかも知れません。だから、都市のアパート暮しでもパーマカルチャーは実践することができるのです。ホルムグレンがパーマカルチャーは石油減耗時代の文化(=永続的な文化、パーマネント・カルチャー)だと自信を持って言い切るのは、オイル・ピークの到来をすでに読み込んでいるからであり、世界各地でパーマな連中がピーク以降の社会のあり方について、草の根で取り組んでいるのもそういう本質的なところに理由があるようです。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.the-journal.jp/mt/mt-tb.cgi/1579

この一覧は、次のエントリーを参照しています: エネルギー下降時代の文化/culture of descent:

» [Australia]Sydny Cochlear Implant Center訪問。夜はハーバーブリッジを歩き深夜まで赤ワイン堪能。 送信元 坂東慶太のブログ
Sydny Cochlear Implant Center(SCIC)訪問 早朝集合し、2時間弱歩いて到着したのはSydny Cochlear Impl... [詳しくはこちら]

Profile

リック・タナカ(Rick Tanaka)

-----<経歴>-----

信州松本出身。
1980年、シドニーに漂着。
大学中退後、ラジオやテレビ、ウエッブ、雑誌、ニューズレターなどで執筆、制作、コンテンツ制作、翻訳/通訳、音楽マネージメントなどで活動。
1997年、それまで15年暮らしたシドニーから標高千メートルの高原の町カトゥーンバに引っ越し、執筆・メディア活動と並行しながら、消費を抑え生産する楽農生活に突入する。
2007年、大陸の東南に浮かぶ島にある人口300人の村に移住、オイル・ピークと環境ゲテモノ化時代に備える暮らし、近隣社会の構築を模索中。

BookMarks

-----<訳書>-----


『未来のシナリオ』
2010年12月、農文協

-----<著書>-----


『人工社会』
2006年3月、幻冬舎


『楽農パラダイス』
2003年、東京書籍


『おもしろ大陸オーストラリア』
2000年、光文社知恵の森文庫

-----<共著>-----


『Okinawa Dreams Ok』
1997年、Die Gestalten Verlag


『Higher than Heaven:Japan, war and everything』
1995年、Private Guy International

-----<訳書>-----


『沖縄ポップカルチャー』
2000年7月、東京書籍

『首相暗殺』
ロバート・カッツ著、集英社

→ブック・こもんず←

当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.