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      <title>辺真一の「コリア・レポート」</title>
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         <title>金賢姫への日本政府の厚遇に異議あり</title>
         <description> 　大韓航空機を爆破した実行犯、金賢姫が２０日来日した。なんと、日本政府は彼女のためチャーター便を用意し、避暑地、軽井沢の別荘にもてなし、２２日には帝国ホテルに宿泊させた。軽井沢から都心まではヘリコプターに乗り、遊覧飛行したそうだ。本人が「富士山を見たい」というので希望を叶えてあげたようだ。

 　都心のホテルでなく、郊外の軽井沢を滞在先にしたのは、警備上の問題かと思いきや、拉致被害者、田口八重子さんの家族に手料理を振るうためのキッチンが必要で、それで鳩山前総理の別荘を借りたようだ。日本の前総理が、元テロリストに別荘を貸すとは、他国ではまず考えられないことだ。

　金賢姫は、恩赦されたとはいえ、１１５人を大量殺害した元テロリストである。日本政府挙げての異例の厚遇は、どう考えても解せない。

 　彼女の来日を歓迎する拉致被害者の家族の中には「金元工作員には罪はない。彼女もまた犠牲者である」との声も聞かれるが、こうした理屈がまかりとおるなら、「９．１１」のテロリストも、自爆犯も、また現在イラクやアフガンなど世界中で囚われているテロリストも、金元工作員同様に体制や組織の命を受けた哀れな「犠牲者」に過ぎないということになる。

　昨年３月、田口さんの息子さんらと面会した際に当時の官房長官が「日本国民が皆、テレビを見て泣いたと思う」とコメントし、一躍「悲劇のヒロイン」として扱っていたが、実に軽率な発言だ。遺族や支援者から成る韓国の「ＫＡＬ機８５８事件真相究明市民対策委員会」は「遺族の心を傷付けた。容認できない」と批判の声を上げていた。

　韓国の遺族との面会は拒みながら、日本の拉致被害者の家族とは積極的に面会すること自体に立腹している韓国の遺族らは「金賢姫はあたかも慈善を振りまく人道主義的人間であるかのごとく、政権から弾圧を受けている被害者のごとく振る舞い、国民を欺瞞している」と激怒していた。

　父親、夫、息子らの遺体がいまだ一体も発見されず、「行方不明｣扱いにされ、保険金も手にできず苦しんでいるのにその張本人であるテロリストを人道主義者として、加害者を被害者のように扱う日本の対応に不満の声が上がるのは当然だろう。韓国では今度の来日の謝礼として数千万円を支払ったと報道されているが、金額の額にかかわらず礼金を払ったとするなら、これまた前代未聞である。

　大韓航空機爆破事件と言うと、翌年の１９８８年に英北部スコットランドで同じような事件が起きたことを思い出さずにいられない。乗客乗員２５９人の乗った米パンナム機が爆破された事件のことだ。この爆破テロ事件では、乗客乗員だけでなく墜落現場のスコットランドの住民１１人も死亡している。

　実行犯の元リビア情報機関の工作員はスコットランドに引き渡され、終身刑の判決を受け、昨年まで服役していた。昨年、金賢姫と同じように恩赦で釈放されたが、米国人や英国人を中心とする犠牲者の遺族は、恩赦及びリビアへの送還に強く反発していた。

　米国もクリントン国務長官が恩赦に反対し、オバマ大統領もラジオ番組でこの工作員の釈放を「誤りだ」と批判していた。リビア政府に対しても身柄が移送された場合、「歓待するのではなく、自宅軟禁措置にすべきだ」と警告していた。恩赦されたとはいえ、元テロリストを自由にさせてはならないということのようだ。

　日本の法律（出入国管理、難民認定法）では、懲役・禁固１年以上の刑が確定した外国人の入国を認めていない。金賢姫も入管難民法上、当然入国拒否の対象となるが、「特別な事情がある」として特別に入国を許可した。過去にも麻薬所持で入国を禁止されていた歌手やタレントに特例として認めたケースがあるようだが、それでも元殺人犯に認めた前例はないはずだ。

　確かに過去に特例で元死刑囚の金大中元大統領が来日したことがあった。しかし、金元大統領の場合、冤罪で、時の軍事政権下での政治犯であった。冤罪でもない、刑事犯の金賢姫とはわけが違う。

　聞くところによると、滞在中、警察当局も、日本人を装うため偽造旅券を使い、爆破を実行した彼女を容疑者として事情聴取しない方針のようだ。これも法治国家としては解せない話だ。

　金賢姫は事件を日本の犯行に仕立てるため｢蜂谷真由美｣という名の偽造バスポートを所持し、かつ韓国での取調べでも「日本人である」と白を切っていた。仮に、彼女がバーレン空港で捕まらなかったら、爆破事件は日本人の犯行に仕立てられるとことだった。それほどの恐るべき事件なのにその犯人を事情聴取をしないとは、あまりにも寛大すぎる。

　このことについても、外国のケースをあてはめると、日本の対応がいかに甘すぎるかがわかる。

　中米のパナマの元指導者で、１９８０年代に政治的実権を掌握していたノリエガ元将軍のケースだ。

　ノリエガ元将軍はコロンビアの麻薬組織による米国への麻薬密輸に手を貸したとして１９８９年に米国のパナマ侵攻で捕えられ、１９９２年に禁固４０年の有罪判決受け、アメリカ・フロリダ州にある刑務所に服役していた。

　服役態度が良好だったことから２００７年に仮釈放されたものの当時麻薬組織から得た２３０万ユーロ（２億５千万円）を妻の資産などに偽造してパリの金融機関の口座に入金したとして、マネーロンダリングの罪で起訴していたフランスが身柄の引き渡しを要求していた。

　結局、米政府はフランスの要求に応じ、昨年４月にパリに移送。クリントン米国務長官が引き渡し命令に署名したからだ。

　フランスは彼を取り調べ、フランスの法の下でマネーロンダリング（資金洗浄）の罪で７月７日に禁固７年の有罪判決を宣告し、今年７６歳と高齢のノリエガを収監している。フランスは法を厳格に遵守、適応したわけだ。

　北朝鮮に敵前逃亡し、重罪の身であった元駐韓米軍兵士、ジェンキンスさんを拉致被害者の曽我ひとみさんの夫であるとの理由だけで、一国の総理が「アイ・ギャランティ」（私が保障する）と言って「免罪」にさせたことを考えると、金賢姫の大罪も日本では拉致問題に比べると、たいした問題でなのかもしれない。

　今回の日本の対応を、テロと戦っている国々、国際社会はどう受け止めるのだろうか。
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         <pubDate>Thu, 22 Jul 2010 19:42:14 +0900</pubDate>
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         <title>安保理の裁定は引き分け、ドロー</title>
         <description><![CDATA[　哨戒艦沈没事件に関する国連安保理の議長声明についての南北の反応が実に面白い。南北双方とも歓迎を表明していたからだ。どちらも満足、歓迎とは意外だった。

　韓国外交部は安保理が北朝鮮の攻撃によって沈没したとの韓国の調査結果に触れ「北朝鮮を事実上非難した」として、評価している。

　一方、北朝鮮も議長声明が無関係であるとの北朝鮮の主張を明記し、かつ沈没の原因を「北朝鮮による攻撃」と定めなかったことを評価している。申善虎国連大使にいたっては「素晴らしい外交的勝利である」と高らかに宣言していた。

　今回の国連での南北外交戦は、ボクシングに例えれば、差し詰め引き分け、ドローというところだろう。

　事前の予想では、韓国の圧勝が予想されていたわけだからドローに持ち込んだ北朝鮮が喜ぶのはわからなくもないが、韓国はおそらく内心がっかりしていることだろう。

　今朝の朝日新聞の見出しに「安保理、議長声明を採択」「韓国艦沈没　北朝鮮強く反発」との見出しが載っていたので、安保理の議長声明を北朝鮮がいつものように拒絶し、口汚く非難したのかと思ったら、とんでもなかった。

　<a href="http://blogs.yahoo.co.jp/krp19820301/archive/2010/7/9" target="_blank" >昨日のブログ</a>で「今回の議長声明が先のＧ８の共同宣言を下敷きにしているならば、冤罪を主張する北朝鮮は当然反発するだろう」と書いたが、反発しなかったということは、北朝鮮は今回の議長声明をＧ８宣言と同じとはみなしてていないのだろう。

　議長声明は①哨戒艦が攻撃によって沈没した②韓国の調査では北朝鮮の攻撃である③従って安保理は４６人の人命損失を招いた攻撃を非難する④韓国はよく自制した⑤今後、韓国への攻撃や敵対行為を阻止しなければならないとの文脈になっているので韓国が「北朝鮮の仕業であることが受け入れられた」とそれなりに評価するのは当然である。

　だが、これが、北朝鮮側からみると、安保理は①「北朝鮮が攻撃した」とは言ってない②北朝鮮の魚雷によって沈没したとも明記してない③無関係であるとの北朝鮮の主張も言及している④北朝鮮が主張する問題解決のための南北直接対話の重要性を支持しているとして、大いに歓迎している。

　「ちょっとでも言いがかりを付ければ、武力で対抗する」と威嚇していた北朝鮮外務省は早速、声明を発表し「議長声明が朝鮮半島の懸案問題を適切なルートを通じ直接対話と交渉を再開し、平和的に解決するよう奨励したことに留意する」とＧ８宣言の時とは打って変わって柔軟な対応を見せた。

　客観的に見て、今回の議長声明も、Ｇ８宣言とさほど変わらないようにみえるのだが、申大使が「外交勝利宣言」まで出したのにはそれなりの訳があるようだ。

　韓国がこの事件を国連安保理に提訴したのは、李明博大統領が「北朝鮮は国連憲章に違反し、停戦協定を破った。国連安保理に回付し、国際社会と共に北朝鮮の責任を問う。韓国と国際社会に謝罪させ、責任者を直ちに処罰させる」との決意表明に基づく。

　韓国は李大統領を先頭に総力を挙げて経済制裁をさらに強化するための制裁決議か、拘束力のある非難決議を目指したが、結局、決議採択には失敗した。サッカーに例えると、反則を犯した北朝鮮に対戦相手の韓国はレッドカードを求めたのに、主審の国連はレッドカードを出さなかったわけだ。

　やむを得ず、韓国は要求を取り下げ、議長声明で妥協したが、議長声明でも「北朝鮮のファール」が認定されなかったことで結局、イエローカードも出せないままに終わってしまったことになる。

　これでは、北朝鮮に謝罪も、責任者の処罰も求めることができない。それどころか、Ｇ８の宣言にはなかった「無関係である」との北朝鮮の主張まで盛り込まれてしまったことは韓国にとって大きな誤算である。

　議長声明は今回の事件が国連憲章及び休戦協定の違反であるとも断定しなかった。これまた、韓国にとっては痛手である。

　韓国は北朝鮮に対して、謝罪のほか、被害者への賠償も要求しているが、国連安保理が「加害者」を特定できなかった以上、国際法上、北朝鮮に賠償も請求できない。

　ニューヨーク・タイムズ紙は今回の議長声明について「どちらも満足させることのできない結論が出た」と報じていたが、やはりドローなんだろう。

　ドローで終わっても、両者とも満足ならば、それはそれで望ましいことだ。ボクシングなら、お互い「よくやった」と健闘を称え、抱き合うものだが、そういうわけにはいかないだろう。

　決着が着くまでやろうということなら、近々「再戦」ということになる。不穏な事が起こらなければ良いのだが。困ったものだ。]]></description>
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         <pubDate>Sat, 10 Jul 2010 13:43:59 +0900</pubDate>
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         <title>菅政権のアジア外交</title>
         <description> 菅直人新総理は所信表明で鳩山前政権同様にアジア外交の重要性を強調していた。言葉の強弱の違いはあっても「日米同盟を基軸に、中国や韓国などアジア諸国との関係を強化する」との外交方針は、中韓との関係がギクシャクした小泉政権以後、安倍―福田―麻生と３代続いた自民党政権時代と大差はない。当然のことだ。</description>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">東アジア共同体</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 22 Jun 2010 13:35:29 +0900</pubDate>
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         <title>金総書記の余命は本当に後３年か!?</title>
         <description>　金正日総書記が脳卒中で倒れたのが、一昨年８月。倒れてから初めて金総書記の映像が公開されたのは、最高人民会議が開催された昨年４月９日。６８６人の代議員が見守る中、金総書記は舞台の袖から登壇したが、一瞬ふらつくなど左足がぎこちなかった。また、やつれ、無表情で、生気も感じられなかった。 </description>
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         <pubDate>Thu, 01 Apr 2010 16:57:14 +0900</pubDate>
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         <title>今朝の｢朝日」の北京特派員記事に待った！</title>
         <description>   朝日新聞の一面トップにまたまた面白い記事が出ていた。中国が北朝鮮に改革開放、世襲反対、核放棄の３点を要求していたとの記事だ。書いた記者は、例の峯村健司北京特派員だ。昨年誤報の疑いを指摘された「金ジョンウン極秘訪中」を記事にした人物だ。

　記事を読むと、思わず噴出してしまった。辻褄あわせに四苦八苦している様子が見て取れたからだ。　峯村特派員は北朝鮮関係者の話として「（昨年）５月上旬、ジョンウン氏を後継者に指名したことを説明するため金総書記が義弟、張成沢・国防委員を中国に派遣した」と書いている。

　これはおかしい。確か、昨年の６月３日付では「総書記　後継に三男（ジョンウン）　北朝鮮、中国に伝達」との見出しの記事で「労働党幹部が今年（０９年）初め、北京を非公式訪問した際に中国の共産党幹部と面会して口頭で伝えた」と書いていたはずだ。

　労働党幹部が誰なのか峯村特派員は今日まで明らかにしていないが、この記事が事実ならば、対応したこの中国の共産党幹部はおそらく王家瑞共産党対外連絡部長であろう。ということは、今朝の記事がこれまた事実ならば、金総書記は後継者の決定を伝えるためなんと二度も特使を中国に派遣し、それも同じ相手に伝えたことになる。

　また今朝の記事では、核実験後の５月末にも張成沢・国防委員は事情説明のため再度訪中していることになっている。この時に対面したのもまた、王家瑞対外連絡部長で、王部長は張国防委員に見出しの「改革開放　世襲反対　核放棄」の３点を要求したとされている。

　これも変な話だ。北朝鮮が核実験を強行したのは５月２５日である。「５月末」ということなら、その後に行ったのだろう。ところが、北朝鮮の朝鮮中央通信（５月２８日）によると、張氏は金総書記の地方視察（南興青年化学連合企業所）に同行していた。さらに三日後の同通信（５月３１日）によると、功勲国家合唱団のカルマ劇場開館公演観覧にも同席していた。

　地方視察も観劇もおそらく報道の前日か、二日前にあったとみるべきだ。北朝鮮から中国へは火曜（２６日）と土曜（３０日）に飛行便が出ている。２６日に行った可能性も全くゼロではないが、物理的に日帰りはとても無理だ。まして北朝鮮の立場を説明、説得するという重大な任務を帯びているわけだからとても日帰りと言うわけにはいかない。どう考えても、５月末の張氏の訪中は不自然だ。

　不自然な点はほかにもある。王家瑞対外連絡部長が５月末に訪朝したとされる張成沢氏に中国の「世襲反対」の立場を表明しながら、最高指導者である胡錦濤主席がそのおよそ二週間後に後継者の金ジョウンウンと接見したというのも不自然で、解せない。中国が本当に世襲に反対しているならばお墨付きを与えかねない会談は避けるはずだ。

  また、中国が世襲に反対ならば、王家瑞部長が４月２３日に訪朝し、金総書記と会談した際に時下に伝えればよいもの、当時そのような報道はかいもくなかった。むしろ、王部長のため開かれた宴会では和気藹々、酒を飲み交わしたと聞いている。世襲に反対している人物を歓待するだろうか？

  今朝の記事では、中国は載外相の訪朝の際に「中国から北朝鮮への石油パイプラインを止めて圧力をかけた結果、『６者協議を含む多国間協議を行う用意がある』との言葉を引き出した」と書いているが、前出の王対外連絡部長の訪朝の際にすでに金総書記は「我々は朝鮮半島の非核化に努める。中国側と協調して６者協議のプロセスを推進する」と６者協議復帰への意欲を語っていた。

　極め付きは　「北朝鮮側は、張氏を中心とした軍訪問団にジョンウン氏を同行させ、６月１０日に訪中した」と書いていることだ。「朝日」の記事がいずれも事実ならば、張国防委員はなんと１ヶ月の間に３度も中国に足を運んだことになる。

  朝日が「スクープ」として自画自賛した昨年６月１６日付けの「金ジョウンウン極秘訪中」記事では、①ジュンウン氏は金正日総書紀の名代として訪中した②胡主席ら中国首脳らと相次いで会談した③肩書きは朝鮮労働党の要職である組織指導部部長である④中国に対してエネルギーや食糧の緊急援助を要請したようだ」と書いていた。今朝の記事が事実ならば、ジョンウン氏は金総書紀の名代ではなく、代表団の一員として、ワン・オブ・ゼムとして訪朝したことになる。全く、矛盾したことを書いている。

　さらに昨年の６月１９日付の関連記事では「長男の正男氏が１０日前後にマカオから空路北京入りし、正雲氏の訪中に同行し、胡錦濤主席との会談に同席した」と書かれてあった。昨年の一連の「金ジョンウン極秘訪中」記事のどこにも張国防委員の名前も軍訪問団の記述もなかった。今朝の記事が事実ならば、峯村特派員の情報源である「労働党幹部と関係が深い北京の中朝関係筋」「両国を往来する金総書紀に近い関係筋」は全く信用の置けない、いいかげんな「筋」ということになる。
　
　今朝の朝日の記事は昨年ファイナンシャル・タイムズ（６月２９日付）がジョンウン訪中に軍関係者（国防委員会の趙明禄第1副委員長）が同行したと書き、またＮＨＫも昨年１２月に特使として訪朝したのは義弟の張成沢国防委員で、ジョンウン氏は叔父に同行し、胡主席に紹介された、と伝えていたことを意識したのか、ちょうど足して二で割ったような記事となっている。いいかげん極まりない。

　「００７のような作り話」と中国政府からも揶揄されている過去の記事の信憑性を検証もせず、また読者への説明責任を果たさないままこういう記事を一面に載せる今の朝日新聞の感覚を疑わざるを得ない。
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         <pubDate>Tue, 23 Feb 2010 15:50:43 +0900</pubDate>
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         <title>ボールはどっちにある？６か国協議の行方</title>
         <description>
　ボズワース北朝鮮担当特別代表の訪朝（１２月８－１０日）から１ヶ月半が過ぎたが、未だに６か国協議再開のめどが立っていない。 

　米朝両国は、ボズワース帰国後、「解決すべきことが残っている」（ローリー米国務次官補）、「残る相違がある」（北朝鮮外務省報道官）ことを認めていたが、予想したとおり、その相違とは、６か国協議復帰への北朝鮮の前提条件にあることが明白となった。また、その前提条件が、１月１１日の北朝鮮外務省の声明によって、平和協定会談と国連の制裁解除であることもわかった。 

　北朝鮮はこの二つの条件をすでにボズワース訪朝時に米国に示していたが、ボズワース氏は当時、「６か国協議関係国と協議しなければならない」と返答していたが、韓国政府は北朝鮮の「先平和協定、後非核化論議」主張に対し、非核化論議優先の原則を示し、拒否の姿勢を公式に明示した。 

　日本政府も岡田克也外相がクリントン米国務長官との日米外相会談（１２日）で、北朝鮮の提案について「平和協定の交渉を６カ国協議と違う場でするとすれば、遅延工作の口実にされかねない。気をつけなければいけない」と反対の意向を表明した。日韓両国は韓国の柳明桓外交通商相が来日（１６日）した際の外相会談で制裁解除についても「認められない」との点で一致した。制裁解除については「非核化の進展が条件である」と釘を刺した。 

　米国もまた、ホワイトハウスのギブズ報道官が１１日、６カ国協議再開前には協定交渉に応じない立場を表明し、制裁解除についても「数ヶ月前から６か国協議復帰だけで報酬は与えないことを明白にしてきた」と、断固拒否する考えを明らかにした。 

　鍵を握る中国も、姜瑜副報道局長が１２日、「現状では６カ国協議の早期再開を望む」と述べ、日米韓３か国と同様に６カ国協議再開を重視する立場を明らかにした。 

　中国は、北朝鮮の提案内容が２００５年の６か国共同声明に含まれているとの立場から、北朝鮮に６カ国協議に復帰してから同協議の枠内で提案するよう促したが、北朝鮮は１１日の声明を撤回するどころか、１週間後の１８日に外務省スポークスマンを通じて反論し、再度前提条件の受け入れを迫った。 

　北朝鮮の反論は主に３点に集約される。 

　①６か国共同声明には、非核化と関係正常化、エネルギー補償、平和体制樹立の問題が「調和」のもとで実現されなければならないと明示されている。非核化が進捗してこそ、平和体制樹立の問題を議論できるとの合意事項はない。 

　②米国側の事情を考慮して、６か国協議で平和協定締結の論議に先立って非核化の論議を６年以上も優先させた。非核化は前進したが、平和協定締結の論議は開始すらせず、結果的に非核化プロセスは逆転してしまった。平和体制の論議に先立って非核化を進める方式は、失敗に終わった。信頼なくして非核化を推し進めるというのは、基礎なしに家を建てるのと同じである。 

　③制裁の帽子を被ったまま６か国協議に臨むなら、その会談は共同声明に明示されている平等な会談ではなく、「被告」と「判事」の会談になってしまう。これは、われわれの自尊心が絶対に許さない。 

　現状のままでの６か国協議への復帰は、１０月に訪朝した温家宝首相に対して金正日総書記が示した「米朝関係が敵対関係から平和的関係へと移行することを条件とする」原則に反し、事実上の外交的な屈服を意味することから、北朝鮮としては無条件復帰は国家の体面上、許されないこととみなしている。 

　北朝鮮以外の５か国は６カ国協議が再開され、北朝鮮が可視的な非核化措置を取れば、国連安全保障理事会の決議に従い、安保理で制裁の緩和・解除の検討が可能との考えを伝え、また平和協定に関する議論も６カ国協議が再開され非核化プロセスに進展があれば、関係当事国が別途の適切なフォーラムを通じ平和体制の交渉を行えると説得しているが、北朝鮮に応じる気配はない。 

　このように「６か国協議復帰と非核化の進捗｣を優先とする５か国と「制裁解除と平和協定の論議」を最優先とする北朝鮮との溝は一見深いようにみえるが、決して埋められないものでもない。 

　●平和協定問題の落し所

　北朝鮮の平和協定会談要求については、韓国の柳外交通商部長官は「非核化協議を後回しにする意図がある」と警戒しているが、平和協定が締結されるまでは、非核化を一歩も進めないとの出口論を北朝鮮が展開するならば、妥協は難しいが、北朝鮮の主張は「各当事国が平和協定締結のための交渉に臨み、対座するだけでも信頼の出発点はつくられるであろう」と、６か国協議で、非核化議論と平行して平和協定を論議する場を設けてもらいたいとの入り口論に留めているので、まだ妥協の余地は残されているようだ。 

　また、また会談の形式についても、「６者会談の枠内で行うこともできる」と譲歩しており、かつてのように米朝間に拘っていない。従って、この問題は、非核化協議と並行する形で平和協定に関する関係国の議論を開始することで最終的に折り合いがつく可能性は十分に考えられる。 

　問題は制裁解除だ。平和協定の問題よりも難しい。 

　北朝鮮は「制裁の帽子を被ったまま６か国会談に臨むなら、その会談は『被告』と『判事』の会談になってしまう。これは、われわれの自尊心が絶対に許さない」と「先制裁解除」を求めている。 

　北朝鮮の要求に対してキャンベル米次官補（東アジア・太平洋担当）は１９日の会見で、「現時点で制裁を解除したり、国連安全保障理事会決議１８７４(制裁決議)を再検討するのは望ましくない」と述べ、北朝鮮との間で協議復帰と引き換えに制裁を解除する考えがないことを明らかにした。 

　また、ボズワース特別代表は「国連安全保障理事会決議１８７４はそうした要求に対する答えを盛り込んでいる。北朝鮮が６カ国協議に復帰し、非核化に向けた進展があれば、安保理は制裁内容を変更するための妥当性を検討することになるだろう」と述べ、北朝鮮に対してまずは６か国協議に出て、非核化を履行するよう促した。 

　日米韓とも制裁解除の要求については「国連安全保障理事会の決議で定められているように、非核化の進展があってこそ、安保理で（制裁解除を）検討することができる」（柳外交通商部長官）との立場である。 

　対北朝鮮制裁は国連が採択、発動したわけだから、制裁解除は国連安保理の同意なくしては不可能だ。 

　国連は制裁解除の条件として①これ以上の核実験や弾道ミサイル技術を使用した発射を実施しない②弾道ミサイル計画に関するすべての活動を停止し、この文脈で、ミサイル発射モラトリアム（猶予）に関する既存の約束を再度確認する③安保理の諸決議、特に１７１８の義務に直ちに全面に従う④NPT脱退宣言を撤回する⑤すべての核兵器と既存の核計画を完全で検証可能かつ後戻りできない形で放棄し、関連する活動を停止する⑥IAEA加盟国の義務とIAEA保障措置協定の条件に従って、行動することを北朝鮮に求めている。 

　ところが、北朝鮮は①から⑥まで何一つ順守、履行していない。逆に国連決議に反してミサイルや兵器をコンゴやミャンマー、イランなど国連が制裁を科している国々に輸出しているのが実情である。このような状態での制裁解除は容易ではない。最近も北朝鮮の兵器を積んだグルジア国籍輸送機がタイで「摘発」され、兵器が押収されたばかりだ。この事件一つとっても、制裁は本来強化されることはあっても、解除される状況にはない。 

　どう考えても、６か国協議復帰前の制裁解除の可能性は極めて低い。とは言え、北朝鮮が被告人として出るわけにはいかないと「自尊心」にこだわっている以上、また、「制裁という差別と不信の障壁が除去されれば、６者会談そのものも直ちに開かれるだろう」と６か国協議への即復帰を表明している以上、６か国協議再開に向けて何らかの歩みよりも必要なのも事実である。 

　●制裁に関するクリントン長官の発言の変化　
　
　興味深いのは、制裁解除に関するクリントン米国務長官の発言である。クリントン長官は昨年６月１３日に国連安保理で制裁決議が採択されたことについて「我々は北朝鮮がテーブルに出ただけで補償は与えない」（７月２２日）と言明していた。また、「検証可能で後戻りできない形での完全な非核化に向けた措置をとらない限り制裁は緩めない」（１０月２１日）と強調していた。 

　しかし、今回の条件付きの６か国協議復帰提案については「北朝鮮が６か国協議に復帰すれば適切な制裁の緩和を検討する案が生まれるかもしれない」（７月１２日）と微妙な言い回しをしていた。即解除はできないが、復帰すれば緩和には応じても良いと受け止められる発言だ。制裁緩和の範囲にもよるが、北朝鮮が条件のハードルを下げれば、この問題もクリアすることができる。 

　北朝鮮の提案を含め６か国協議再開の方策を協議するためキャンベル次官補は２月初旬、日韓中を相次いで訪問することにしているが、２１日に米上院で開かれた聴聞会に出席し、北朝鮮の提案に関して「６か国協議復帰が優先」と答えた上で「６か国協議の中で米朝会談を含むすべてのことを議論する準備ができている」と語っていた。 

　オバマ政権になって６カ国協議は一度も開催されておらず、核安全保障サミットを４月に、核拡散防止条約（NPT）再検討会議を５月に控え、米国としても北朝鮮核問題をこのまま放置できないのが実情である。 

　加えて、北朝鮮は昨年４月２５日に使用済み核燃料棒の再処理を開始し、６月１３日にはプルトニウムの兵器化とウラン濃縮作業に着手し、９月３日には「抽出したプルトニウムの武器化とウラン濃縮試験が最終段階に入った」と宣言した。そして２ヶ月後の１１月３日には抽出したプルトニウムの兵器化で「注目に値する成果があった」と発表している。制裁を加えても、北朝鮮の核開発を止められないどころか、逆に拍車をかけているのが現状である。 

　北朝鮮は１９日の外務省スポークスマンの声明の中で「我々は６か国協議に反対せず、それを遅延させる何の理由もない」と述べる一方で、「各当事国が我々の現実的な提案を受け入れるよう説得するための努力する」と言っている。 

　聞き方次第では、時間がかかっても米国など関係諸国が要求を受け入れるまで待つという意味にも受け取れ、逆の意味で核開発の時間稼ぎに使われる恐れもある。 

　韓国の柳外交通商部長官は２２日定例会見で、6カ国協議について、「旧正月連休（２月１３～１５日）を前後し再開されるものと期待する。そうした方向で関係国が意見調整を続けている」と述べていたが、ネット上にあるボールを米朝のどちらが先に拾いに行くのか、２月を待ちたい。
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         <pubDate>Mon, 25 Jan 2010 09:25:26 +0900</pubDate>
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         <title>北朝鮮女子サッカー選手団の入国賛否をめぐって</title>
         <description> 　 昨晩遅く、TBSラジオ番組の「アクセス」に出演した。北朝鮮女子サッカー選手の日本入国問題を急遽取り上げることになったからだ。スタジオ入りを求められていたが、風邪気味だったので、自宅からの電話出演となった。

　日本政府は昨日(5日）、東京で来月５日から開催される東アジア女子サッカー選手権大会への北朝鮮選手団の入国を認めた。苦慮の末の決断だったらしい。

　前政権の麻生政権がすでに許可していたことと、スポーツであることが許可の理由だ。聞き方次第では、「自民党政権が事前に許可を出していたので仕方がなかった」というふうにも聞こえなくもない。仮に、麻生自民党政権が許可していなかったら、鳩山民主党政権は不許可にしたのだろうか。また、これが、スポーツ行事でなく、文化イベントだったら、果たしてどう対応したのだろうか、興味があった。民主党政権になって何がどう変わるのか、判断材料となるからだ。

　勝手な推測だが、鳩山総理ならば、麻生政権が仮に不許可の方針を出していたならば、それを撤回し、同じように許可を出していただろう。その理由は、３年前の民主党幹事長の時の発言にある。京都で２００６年８月に開かれた世界宗教者平和会議世界大会に北朝鮮代表団の入国が安倍政権下で拒まれた際、「平和を考える会だからこそ来られることに意味があった。入国を拒まれるのは極めて残念だった」と語っていたからだ。交流と親善の場でもあるスポーツ大会への参加を拒むことは鳩山さんの信条である「友愛精神」にも相反するからだ。


　番組のナビゲーターから電話口で「日本政府の決定をどう思われますか？」と聞かれたので、「極めて妥当な対応」と答えた。その理由をいくつか挙げた。

　一つは、スポーツに政治を持ち込むべきではないとの持論による。今どき、政治的な理由で、自国で開かれる国際スポーツ大会への参加を拒む国はない。仮に拒否すれば、国際的非難を浴び、日本のイメージの失墜につながるだけだ。北朝鮮の反発や東アジアサッカー連盟の対応次第では、大会返上も強いられるかもしれない。日本で国際競技を開催する資格、そのものを問われることになりかねない。仮に、これが日本、北朝鮮、中国、韓国４か国による東アジア女子サッカー選手権大会ではなく、五輪あるいは、サッカーＷ杯の開催ならば、どうだろうか？「制裁中」という理由で北朝鮮選手団の入国を拒否できるだろうか?　IOCやFIFAから理解と支持を得られるのだろうか？おそらくやれないし、できないだろうし、理解も得られないだろう。

　次に、今大会の主催は東アジアサッカー連盟だが、同連盟はアジアサッカー連盟の一部であり、アジアサッカー連盟は国際サッカー連盟（FIFA）の傘下にある。FIFAはその憲章で「宗教や政治などによる国家、個人、グループへの差別を禁じる」ことやホストであるその国のサッカー連盟に対して「政府など再三者による影響を受けない独立した運営」を定めている。

　この憲章に従えば、ホスト役の日本サッカー協会は政府の「介入」を排除しなければならない。仮に、予選を勝ち上がって、本大会への出場を決めた北朝鮮の女子選手団の入国が政府によって妨害されれば、憲章違反となり、日本サッカー協会がFIFAの制裁対象となる。日本サッカー協会は２０１８年及び２０２２年のワールドカップの日本誘致に乗り出しているが、開催地は今年１２月のFIFAの理事会で決まる。一歩誤れば、日本の招致活動にも悪影響を及ぼしかねない。

 　日本人は「北朝鮮」となると「坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い」とばかり、条件反射的に感情的になり、時にはエキセントリックになりがちだが、冷静に考えて欲しい。予選を勝ち抜いてきた北朝鮮女子チームは何も好き好んでアウエーの、それも「反北」の真っ只中にある日本に来て、本戦をやりたがっているわけではない。東アジアサッカー連盟の理事会で日本開催が決定したためにその決定に指示に従い、ホスト役の日本サッカー協会から招請されたので、日本に来ようとしているわけだ。にもかかわらず、入国を認めないとなると、それは抗議するのは当然ではないだろうか。日本が同じ立場に立たされたら、日本人も黙ってはいないだろう。

 　三つ目に、入国を拒んだからと言って、拉致問題の解決に繋がるわけではない。逆に北朝鮮の反発を招き、解決の道がさらに遠のくだけだ。「核問題解決のための６か国協議開催に障害になりかねない」として、米国、中国、ロシア、そして韓国などからも賛同は得られないだろう。

　四つ目に、日本独自の制裁で日本政府は北朝鮮との人的交流を規制しているが、現在の国連の制裁対象には人的往来、交流までは含まれていない。米国や韓国をはじめ国際社会は北朝鮮に対して経済制裁を科しながらも、李根外務省対米局長の訪米や金基南党書記などの訪韓を受け入れるなど人的往来は継続している。昨年後半から米朝及び南北の関係が改善の方向に向かっているのは人的交流の賜物である。

　最後に、「ピンポン外交」という言葉があるようにこれを機に日朝をとりまく環境が好転すれば、日朝協議再開につながることもあり得る。凍結したままとなっている一昨年８月の日朝合意が復活し、北朝鮮による拉致被害者安否調査への道も開かれるかもわからない。政治的に対立している時こそ、人的、文化的交流を重ね、意思の疎通を図り、信頼を醸成することが大事だ。拉致問題の解決は最終的には対話と交渉しかない。対話と交渉とは簡単な話が、相手と会って、話し合うことである。人的交流を拒絶しながら、その一方で北朝鮮に対話と交渉を促すのはあまりにも矛盾していると言わざるを得ない。

　幸い、番組視聴者のアンケートでは、６５％が今回の政府の決定を支持していた。このまま何事もなく、無事開催してもらいたいものだが、どっこいこ事はそう簡単ではない。

　北朝鮮の選手団には当然体育省の役員も同行してくるはずだ。２００６年９月に横浜で開かれたシンクロナイズドスウィミングワールドカップでは北朝鮮選手団１３人のうち３人が「政府関係者の可能性がある」との理由でビザを発給しなかったことから、北朝鮮が反発し、最終的に不参加となった経緯がある。

　また、その一ヶ月前に大阪で開かれた東アジア卓球選手権大会では「選手の身辺安全問題」を理由に北朝鮮が土壇場で参加を断念したケースもあった。

　仮に、日本政府が全員の入国を認めない場合、あるいは入国しても、一部反対派の抗議活動次第では身の危険を感じた北朝鮮選手団が「身辺の安全問題」を理由に途中帰国してしまうケースも考えられる。不祥事があれば、大変なことだ。

　アルカイダーによるテロの恐怖が囁かれているイエメンで岡田ジャパンは今日、イエメンを相手に戦う。日本選手団の心理的負担、重圧は半端ではないと思う。日本とイエメンの治安状況及び警備体制は天と地の差はあるが、国の違いはあっても、選手の立場に立てば、精神状態は同じかもしれない。

　日本政府も、日本サッカー協会も入国を認めた以上、日本の国際的威信をかけて安全な大会開催に努めてもらいたい。
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         <pubDate>Wed, 06 Jan 2010 11:26:02 +0900</pubDate>
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         <title>今年の朝鮮半島は、2000年の再現となるか</title>
         <description>
　今年２０１０年は、２０１０年代の元年でもある。時代や歴史を１０年単位で捉えると、何よりも最初の年が肝心だ。

　今年は残念ながら初夢を見なかった。実は、１０年前の２０００年には金正日総書記が金大中大統領との首脳会談を受け入れた初夢を見ていた。それが、何と半年後に正真正銘、正夢となったから驚いた。

　当時見た初夢についてコリア・レポートの２０００年１月号（NO.393）の表紙（編集メモ）で次のように記していた。

　「年末から年初にかけて北朝鮮を訪問しました。平壌では金正日総書記、それに対日担当の金容淳書記に会いました。金総書記には金大中大統領から預かった親書を手渡しました。金大統領の親書には南北経済共同体を提唱した真意が書かれていました。驚いたことに金総書記は『金日成主席の遺訓を守る』と述べ、南北経済共同体の設置にも首脳会談の開催にも同意しました。帰国直前に金容淳書記と会い、日朝間の懸案となっている『日本人拉致問題』の解決も求めました。これまた驚いたことに承諾し、直ちに引き合わせてくれました。万事うまくいき、日本に連れて帰ろうとすると、機上でハイジャックにあいました。あの『よど号』の連中らが同乗していたのです。そして今度は『ソウルに行け』と脅すのです。それで目が覚めました」

　日本人拉致問題はそれから２年後に金総書記は認め、一部の被害者を日本に帰したが、南北首脳会談はこの年に電撃的に実現している。

　振り返ると、２０００年の年は、朝鮮半島ではいろいろと大きな出来事が起きたが、どれもこれも「吉報」ばかりだった。

　核とミサイルで対決していた米朝間では１０月に金正日総書記の側近であるNo.２の趙明録国防委第一副委員長とオルブライト国務長官の間でクロス訪問が実現し、関係改善に向けての米朝共同声明が発表されている。

　南北間では６月に史上初の首脳会談が実現したのを皮切りに、１９８５年以来１５年ぶりに朝鮮戦争で生き別れていた南北離散家族の再会が実現し、そして９月のシドニー五輪では五輪史上初の南北同時行進が実現している。首脳会談の結果、金大中大統領がノーベル平和賞を受賞したのもこの年だ。韓国人としては初のノーベル賞受賞であった。

　外交面では金正日総書記が１７年ぶりに中国を訪問し、また７月にはプーチン大統領が旧ソ連時代も含めてロシア最高指導者として初めて訪朝している。北朝鮮が英国やイタリア、スペインなど西欧諸国と関係を正常化したのもこの年からだ。

　日朝間でも大きな前進があった。日朝国交正常化交渉が７年半ぶりに開催され、７月には日朝史上初の外相会談も実現している。２年以上も途絶えていた日本人妻の里帰りも再開した。

　ちなみにその１０年前の１９９０年の年をみると、これまた特筆すべき出来事ばかりだった。

　米韓間で駐韓米軍削減合意（２月）、北朝鮮が朝鮮戦争で行方不明となった米軍兵士の遺骨返還（５月）、南北民間交流の実現（５月）、金日成主席の訪中（９月）、ソ韓国交樹立（９月）、金丸訪朝（９月）、北朝鮮に抑留されていた「第十八富士山」乗組員の帰還（１０月）、中韓貿易事務所の相互開設（１０月）、南北首相会談実現（１０月）、盧泰愚大統領の訪ソ（１２月）等等。

　朝鮮半島の和平、緊張緩和の鍵を握っているのは過去も、現在も北朝鮮であることに変わりはない。良くも悪くも、北朝鮮の動向次第で決まると言っても過言でない。そして、その年の北朝鮮の方向性を暗示しているのが、毎年元旦に発表される労働党機関紙・労働新聞など３紙新年共同社説である。

　今年の社説は、米国、韓国では大いに歓迎されている。対決姿勢が消え、対話を前面に打ち出しているからだ。また、軍事色が消え、経済重視を鮮明にしているからだ。

　米国が好感を持っているのは「対話と交渉を通じて朝鮮半島の強固な平和体制を整え、非核化を実現しようとするわれわれの立場は一貫している」と平和協定締結を条件に非核化の意思を表明していることにある。また、韓国も、北朝鮮が李明博政権に対して昨年とは打って変わり「南北関係改善の道を開いていかなければならない」と融和的になっていることを評価している。このため一部では南北首脳会談への期待も高まっている。

　日本への言及はなかったが、朝鮮半島を取り巻く状況、環境が好転すれば、過去の例をみるまでもなく、必然的に日朝関係にも好影響を与えることになる。米朝関係、６か国協議及び拉致問題の進展次第では、日朝首脳会談もあり得るかもしれない。

　今年は、是非２０００年の再現を期待したい。
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         <pubDate>Mon, 04 Jan 2010 11:30:11 +0900</pubDate>
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         <title>「ジョンウン報道」で朝鮮半島の一年が始まった!１月８日もまた</title>
         <description>
  今年も今日を入れて残り三日となった。今年一年振り返ると、朝鮮半島ではいろいろな出来事があった。

　朝鮮半島１０大ニュースとは別途に特筆すべきは、金正日総書記の三男、ジョンウン氏が一躍後継者として急浮上し、その関連記事が増大したことだ。すべては、「金正日総書記が後継者を三男の正雲（ジョンウン）に決めた」との１月１６日の韓国連合ニュースの報道から始まった。

　後継者は長男のジョンナム（正男）か次男の正哲（ジョンチョル）のどちらかとみられていただけにビックリ仰天し、当時「『世紀のスクープ』となるのか、それとも『誤報』か、近々解答が出るだろう」と書いたが、どうやら「世紀のスクープ」となったようだ。

　その後、日韓のマスコミが「ジョンウン報道」を競い、その結果、１０代の頃、スイスに次兄とともに留学していた事実が明るみに出た。毎日新聞は当時の１５～１６才の頃の写真をスクープしていた。

　ジョンウン氏は今は、２６歳となっている。この１０年間、全く表に出てこないため素顔がわからない。依然としてミステリーのままだ。

　洪水のように氾濫する情報や報道の中には虚報や推測記事も数多くあった。そのため偽の写真が誤って流れたこともあった。しかし、写真以外は、確認の取りようがないことから、そのまま検証されず、今日にいたっている。未確認情報の代表的なものは、朝日新聞が６月１６日に一面トップで伝えた「『後継』ジョンウン氏が訪中　北朝鮮の金正日総書記の名代、中国の胡主席らと会談」記事だろう。

　「朝日」はこの記事を「世界的スクープ」と自画自賛している。今朝の「朝日」の一面に掲載された「権力監視　変わらぬ使命」の見出しの囲み記事でも筆者である船橋洋一主筆は「特筆すべき」とPRしていた。

　「朝日」以外に「金ジョンウン訪中」を伝えたのは英紙ファイナンシャル・タイムズと日本のNHKだけだ。

　ファイナンシャル・タイムズはおよそ二週間後の６月２９日付に「趙明録国防委員会第一副委員長が同行した」と報道し、またNHKは半年経った１２月になって「金総書記の特使として訪朝したのは、義弟の張成沢国防委員で、ジョンウン氏が同行した」（４日）と伝えていた。

　北朝鮮の情報収集に奔走している米韓情報当局もワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズなど米国のメディアも、北朝鮮ものを得意とする朝鮮日報や中央日報など韓国のメディアも、さらに「ジョンウン後継」をいち早くスクープした連合ニュースも今もって「金ジョンウン訪中」を確認していない。

　中国当局にいたっては「まるで００７の小説を読んでいるようだ。今度はどんな続編を書くというのか」（秦剛外務省報道官）と呆れる始末だ。武大偉外務次官も加藤紘一元自民党幹事長に「ジョンウン氏が中国に来たことは一度もない」と全面否定していた。

　「中国から『作り話』と言われた以上、朝日としても黙っていられないだろう。『一大スクープ』が『一大誤報』と言われたに等しいからだ。朝日の信用にかけて、また読者のためにも白黒を付けるべきではないだろうか」と言い続けてきたが、「朝日」はファイナンシャル・タイムズとNHKの報道を転載しただけで、残念ながら独自に裏を取る試みは全く見られなかった。

　「朝日」の記事とそれを追認したファイナンシャル・タイムズの記事とNHKの報道を比較検証すると、共通点は、ジョンウン氏が「６月に訪中した」との一点だけで、それ以外は三者三様食い違っている。

　そこで、長年の「朝日」の購読者としてこの記事が「世界的スクープ」であることを確信できるよう「朝日」に以上の５点を是非解明してもらいたいと思っている。
　
　①「（義弟の）張成沢国防委員が金総書記の特使として訪中し、ジョンウン氏が随行した」とのNHKの報道は間違いなのか？

　②「ジョンウン訪中に（長男の）正男が同行した」（６月１９日付）のは事実なのか？ならば、「趙明録国防第一副委員長が（ジョンウン氏に）同行した」とのファイナンシャル・タイムズの記事は間違いなのか？

　③ファイナンシャル・タイムズは「ジョンウン氏が胡錦濤国家主席と会ったかどうかは明らかではない」としたうえで、関係者の話として「習近平国家副主席や江沢民前主席とは会談した」と報じていたが、習副主席や江前主席と会ったのかどうか、確認してみたのか？

　④「朝日」は訪中したジョンウン氏と会談した胡主席が「大陸弾道間ミサイル発射などの中止を求め、平和的手段による解決を促した」と書いていたが、北朝鮮はジョンウン氏が帰国して間もない７月２日と４日、合計１１発のミサイルを発射している。テポドン・ミサイルではないにしろ、国連決議を無視し、ノドンを含むスカッド・ミサイルの発射実験を行ったことをどう理解すればよいのか？ 「朝日」が報じた「胡錦濤・金ジョンウン会談」が事実ならば、胡主席は４０歳も年下の若造にコケにされたことになるのでは？

　⑤「（訪中した当時）労働党組織指導部部長の肩書きだった」というのは本当か?　これが事実ならば、「国防委員会指導員」(韓国のファイナンシャル・ニュース、４月２６日付)も、「組織指導部相当担当第一副部長」（東亜日報、５月２０付）も、「人民軍総政治局秘書」（京郷新聞、６月８日付け）も「労働党組織担当副局長であることが確認された」（中央日報　１０月６日付）ことも全部デタラメということになる。

　おそらく、来年も後継者問題、即ち「ジョンウン報道」が中心となるだろう。というのも、来週の１月８日が彼の２７歳の誕生日である。もしかすると、党や軍内部で祝賀行事やイベントが隠密裏に行われるかもしれない。

　それよりも前に労働新聞、民主朝鮮、青年同盟機関紙による恒例の新年共同社説で後継問題が触れられるかもしれない。元旦早々から「ジョンウン」が注目されそうだ。
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         <link>http://www.the-journal.jp/contents/pyon/2009/12/post_189.html</link>
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         <pubDate>Tue, 29 Dec 2009 19:38:36 +0900</pubDate>
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         <title>ボズワース訪朝で何が話し合われたのか</title>
         <description><![CDATA[　&nbsp;<br />　オバマ大統領の特使としてボズワース特別代表が訪朝してから１０日が過ぎた。ボズワース訪朝で米朝間で何が話し合われ、どのような暗黙の合意があったのか、おぼろげに見えてきた。 <br /><br />　当事者のボズワース特別代表は北朝鮮側との会談について「率直に話し合い、非常に有益だった」と語り、また、上司のクリントン長官も「予備協議としては、非常に建設的だった」と評価した。一方の北朝鮮側も「率直で実務的に話し合い、互いの立場への理解が深まった」（外務省報道官）と、ボズワース氏と口を合わせた。 <br /><br />　「率直に、かつ建設的に話し合った」結果、米朝両国は「６か国協議再開の必要性と２００５年の６か国協議の共同声明の履行の重要性について共通の理解に達した」（ボズワース氏）ようだ。それでも、６か国協議の即再開の合意には到らなかった。その理由について、クローリー国務次官補は「解決すべきことが残っている」として、これを解決するため「６か国協議関係国と協議しなければならない」と語った。北朝鮮の外務省報道官も「残る相違がある」と認めた上で、「これを埋めるため、今後も引き続き努力する」と、これまた米国とほぼ同じ答えだった。米朝のやりとりを吟味すると、ボズワース氏は６か国協議再開までには「戦略的忍耐が必要である」と語っていたが、忍耐を要するほど６か国協議再開までにはそれほど時間を要さないかもしれない。 <br /><br />　では、解決すべきこと、残る相違とは一体何か？ずばり、北朝鮮が提示した６か国協議再開への前提条件に尽きる。その条件とは、金正日総書記が１０月に訪朝した温家宝首相に対して言及した次の言葉の中に集約される。 <br /><br />　「米朝関係が敵対関係から平和的関係へと移行することを条件に６カ国協議を含む多国間協議を行いたい」 <br />]]></description>
         <link>http://www.the-journal.jp/contents/pyon/2009/12/post_188.html</link>
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         <pubDate>Tue, 22 Dec 2009 09:17:01 +0900</pubDate>
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      <item>
         <title>ボズワース訪朝と米朝交渉の展望</title>
         <description><![CDATA[　米国のスチーブン・ボズワース特別代表（北朝鮮政策担当）が８日から訪朝する。オバマ政権発足以来、米朝で公式会談が開かれるのは初めてのことである。当初は１泊２日の予定と言われていた。それが一日延長され、２泊３日の平壌滞在となる。平壌滞在が北朝鮮の政治宣伝に利用されないため用件が済み次第、即座に帰国すると伝えられていたが、なぜ、一日延長したのか、国務省の説明はない。 <br /><br />　訪朝の目的については２００５年９月の６か国協議「共同声明」で北朝鮮が合意した不可逆的な非核化の確約を取り付け、６か国協議に復帰させることにあると言われている。今回のボズワース訪問による米朝対話はあくまで６か国協議の枠内で行なわれると、米政府は内外に説明している。 <br /><br />　当の訪問者であるボズワース特別代表自身も１２月３日、「どこまでも6カ国協議が基本的な論議の枠組みだ」とし、訪朝目的は６か国協議の再開にあると強調している。「６か国協議なく広範囲な米朝対話を行うことはない」とまで言い切っている。 <br /><br />　しかし、６か国協議は核問題解決の手段であって、目的ではない。ヒラリー国務長官は長官就任前の人事聴聞会の席で「「北朝鮮の核拡散を阻止するため至急に行動するし、そのため６者会談と２者直接外交を推進する」と述べていた。これが、今も変わらぬオバマ政権の基本的な方針である。 <br /><br />　ソン・キム６か国協議首席代表以下国務省及び国防省、さらにはホワイトハウスの関係者まで引き連れて、２泊３日も平壌に滞在するわけだから、６か国協議への復帰説得だけが目的だとは考えにくい。まして、会談の相手に金正日総書記の外交ブレーンである姜錫柱第一次官を指名している。このようにみると、ボズワース氏の目的は６か国協議再開の同意を取り付けるのではなく、６か国協議での議題を含め米朝全般に関する話し合いにあるとみられる。６か国協議そのものは、ボズワース氏の訪朝を待たず、再開で事実上、合意をみているのではないだろうか。 <br /><br />　今回のボズワース特別代表の訪朝は、形式上は北朝鮮の招請によるものだが、最終的にはオバマ大統領の政治決断によるものである。そのことは、訪問先の韓国での米韓首脳会談（１１月１９日）後に自らが発表したことからでも明らかだ。 <br /><br />　決断の背景には訪朝したクリントン元大統領を通じて伝達された金総書記の「伝言」があったものと推察される。クリントン元大統領が伝えたオバマ大統領のメッセージ同様に金総書記の伝言の中身も全く明らかにされていない。 <br /><br />　このようにみると、ボズワース氏の訪朝は米朝首脳によるメッセージの交換によって実現したと言えなくもない。となると、今回のボズワース氏の訪朝は、必然的にオバマ大統領の特使としての性格を帯びてくる。特使ならば、オバマ大統領の口頭か、文書によるメッセージを持参している可能性も高い。 ]]></description>
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         <pubDate>Mon, 07 Dec 2009 21:19:33 +0900</pubDate>
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         <title>米朝交渉は年内再開、日朝は年越し</title>
         <description>　ボズワース北朝鮮政策担当特別代表が１２月８日に平壌を訪問する。これにより６か国首席代表会議を最後に１年間、中断していた米朝公式対話が復活することになる。

　オバマ政権初の米朝直接交渉は、訪米した李根外務省米国局長と米国のソン・キム６か国首席代表との接触の結果である。６か国協議が断絶中でも米朝間にニューヨークチャネルが作動していたから実現できたともいえる。</description>
         <link>http://www.the-journal.jp/contents/pyon/2009/11/post_186.html</link>
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         <pubDate>Sun, 29 Nov 2009 23:44:57 +0900</pubDate>
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         <title>オバマ大統領の「アジア演説」を読む</title>
         <description>　昨日(１６日）は、講演のため長野県の佐久平へ。信濃毎日新聞主催の講演会で「北朝鮮情勢のこれからを読む」をテーマに、核問題や米朝・中朝関係、そして拉致問題について語った。

　核問題も、拉致問題も日米の民主党政権下で解決できなければ、半永久的に難しくなるとの理由を説明し、どんなことしてでも両政権の任期中に解決しなければならないと力説した。

　北朝鮮が「経済大国」を「強盛大国」の一環として看板に掲げているならば、目標の２０１２年までの残り３年の間に核問題も、拉致問題も解決して外交的孤立と経済苦境から抜け出さなければならない。核問題の相手であるオバマ政権にとっても２０１２年は任期最後の年となる。米朝とも、決着を付ける構えである。

　そのことは、オバマ大統領が１４日に日本で行ったアジア外交演説から垣間見ることが出来る。</description>
         <link>http://www.the-journal.jp/contents/pyon/2009/11/post_185.html</link>
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         <pubDate>Tue, 17 Nov 2009 12:53:33 +0900</pubDate>
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         <title>またまた驚いた「朝日」の一面トップ記事</title>
         <description>　今朝（１１月２日）の朝日新聞の「拉致機関　金総書記が指揮」の一面トップ記事には驚いた。内容そのものに驚いたわけではない。「朝日」の記事の内容は専門家の間では常識だ。誰もがすでに知っていることだ。おそらく拉致被害者家族の会や「救う会」では「なにを今になって」という思いだろう。

　直接であっても、間接的であっても、金総書記の命令、指示なくして、部下が勝手なことはできない、それが北朝鮮の体制である。すべてのことが「天皇陛下の命令」や名で行われた戦前の軍国時代の日本の統治スタイルを継承したのが、他ならぬ北朝鮮である。日本人拉致は当時情報機関を掌握していた金総書記に直接的な責任があることは自明である。</description>
         <link>http://www.the-journal.jp/contents/pyon/2009/11/post_184.html</link>
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         <pubDate>Mon, 02 Nov 2009 11:24:25 +0900</pubDate>
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         <title>温家宝訪朝で、６か国協議は？</title>
         <description> 中国の温家宝首相が１０月4日、北朝鮮を公式訪問した。温首相の訪朝は２００３年の就任後初めてで、中国の首相としては１９９１年の李鵬首相以来１８年ぶりである。中朝間は２００５年１０月の胡錦濤主席の訪朝、翌年２００６年１月の金正日総書記の訪中以後、３年以上もトップ会談が開かれていない。その意味では中国のＮｏ２の訪朝の意味は極めて大きい。

 北朝鮮が温首相の訪中をいかに重視しているからは、金総書記自らが空港で直接出迎えたことに表れている。この１０年間、金総書記が自ら空港まで出向いた外国要人はたったの６人しかいない。２０００年の韓国の金大中大統領（６月）とロシアのプーチン大統領（７月）、２００１年の中国の江沢民主席（９月）と２００５年の胡錦濤主席（１０月）、２００７年の韓国の盧武鉉大統領（１０月）とベトナムの最高実力者であるノン・ドク・マイン共産党書記長（１０月）だけである。元首以外を直接空港で出迎えるのは初めてで、異例もいえる。
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         <link>http://www.the-journal.jp/contents/pyon/2009/10/post_183.html</link>
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         <pubDate>Mon, 05 Oct 2009 12:06:03 +0900</pubDate>
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