Calendar

2010年10月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

Recent Trackbacks

« 2010年9月 | メイン | 2010年11月 »

2010年10月 2日

北朝鮮報道に関する「メディアと誤報」の問題

 金正日総書記の後継者、ジョンウン氏の漢字表記が「正恩」であることが判明した。「正恩」と表記していたのでとりあえず安堵した。

 ジョンウンの「ウン」の表記について毎日新聞など一部メディアは「銀」を使っていたが、これには最初から疑問に思っていた。

 「銀」は女の子に付ける名前で、男の子にはめったに付けないからだ。そのことは漢字を使用していた頃の北朝鮮の人名録をみればわかる。

 もう一つの理由は、父親の「金日成」の名前から「日」と、母親の名前(金正淑)から「正」を取って「金正日」にしたのと同じように「正恩」の名前も、もしかしたら「金正日」の「正」と先代の金日成(キム・イルソン)主席が「恩恵ある太陽」と形容されていたことからその「恩恵ある太陽」の頭文字を取ったのではないかとみていたからだ。

 正確な名前が判明したのは、朝鮮総連系通信社の問い合わせに北朝鮮からやっと返事が届いたからだ。回答まで3~4日もかかったのは、名付け親の金総書記に直接聞いてみないとわからなかったからではないだろうか。母親の高英姫さんが亡くなった今、漢字表記は、父親の金総書記以外誰にもわからないからだ。

 金総書記からの担当の党宣伝局書記への返事が遅れたのも、金正恩氏への大将称号の授与を含めた軍の昇進人事に関する報道も、正恩氏の党軍事委員会副委員長就任に関する軍事委員会の人事発表も深夜にずれ込んだのも、すべては金総書記の許可を取れなかったことに尽きる。党代表者会が遅れようが、党人事の発表がずれ込もうが、今は、金総書記の健康が最優先されているのではないだろうか。

 ところで、「その後の取材で北朝鮮関係者の多くが漢字表記は『正銀が適切』と証言した」として昨年末から「正銀」を使っていた毎日新聞は昨日、「北朝鮮当局が公表していなかったため、ハングル音や北朝鮮関係者の証言などから『正銀』と表記していました。公式報道を受け、今後は『正恩』と表記します」とさりげなく「訂正文」を出していたが、鬼の首を取ったかのように「ジョンウンは正銀である」と自信満々報道してきたことへの読者へのお詫びが一言もない。

 「その後の取材」がいかにいいかげんだったか、取材した関係者が実にデタラメだったのか、反省があってしかるべきではないだろうか。

 北朝鮮報道に関する「毎日」の落ち度はこれだけでは済まされない。

 今年4月20日付の1面トップで「金正日総書記に寄り添い製鉄所視察 正銀氏 初の近影」と全くの別人を「正恩」であると写真入で大々的に報道したことも深く反省しなければならない。

 韓国からも直ぐに虚報であることが指摘されたにもかかわらず、今の正恩氏の顔を誰もわからないことをいいことに往生際悪く、4月21日夕方の段階でも坂東賢治外信部長は「記事は十分な取材に基づいており、内容は事実と確信しています」との談話を発表していた。「十分な取材」とはチャンチャラおかしい。

 この件についてはその日(4月20日付)のうちにブログで証拠写真を示して以下のように書いたことを思い出した。

 「『毎日』は朝鮮中央通信や労働新聞などが『3月初めにジョンウン氏の写真を報じていた』としてその写真が掲載された労働新聞のコピーを載せ、『金正日総書記に寄り添い、製鉄所視察』との見出しを掲げ、大々的に伝えていたが、これは完全に虚報である」

 「『毎日』は金総書記が3月初旬に金策製鉄所の工場を見て回っていた際の随行者の一人(上記写真の左側)をジョンウン氏であると決め付けていたが、全くの別人で、金策製鉄所の関係者であることがわかった。韓国政府も、韓国のマスコミも『ジョンウンではない』とし、『毎日』の記事を『誤報』と断じていた」

 「となると、『今日の労働新聞をしっかり見るように』3月5日、平壌のある衣類関連企業で、こんな指示が出された。職員の一人が上司に『何が載っているのか』と尋ねると、上司は『金大将(正銀氏の愛称)のお姿がたくさん掲載されている』と答えたという。指導部に近い関係者によると、この指示は朝鮮労働党の各機関を通して、幅広く伝えられ、『3月5日の新聞を探し求める人が相次いだ』とのことだが、この「北朝鮮指導部に近い関係者」や「韓国情報機関の関係者」の話に基づくこの記事は作り話ということになる』

 一昨日、本物の正恩氏の写真(上記写真の右側が北朝鮮から公開されたことで、毎日がスクープ扱いした人物が全くの別人であることがはっきりしたにもかかわらず、この件について「毎日」はまだ読者に謝罪していない。

 「毎日」は古くは一昨年の2008年9月25日付で「次男、正哲(ジョンチョル)氏(27)が同国の最重要ポストの一つである朝鮮労働党組織指導部副部長に抜てきされていたことが08年9月23日分かった。北朝鮮政権に近い複数の関係者が毎日新聞に明らかにした。正哲氏は金総書記と同じ『中央党本庁舎』に執務室を持ち、頻繁に金総書記の指示を受けているという。金総書記が組織指導部での政治活動を通して党組織を掌握し、故金日成国家主席の後継者となった経緯に加え、後継候補の兄弟2人に党要職が与えられなかったことから、金総書記の後継者として正哲氏が最有力となった」と報じていた。これもデタラメだったということだ。

 北朝鮮に関する誤報は何も「毎日」に限ったことではない。「朝日新聞」も同様だ。

 昨年6月16日付けで「金ジョンウンの極秘訪中」を一面トップで大々的に報じておきながら、正恩氏が後継者として登場したことに関する9月29日付の「正恩」の人物像に関する2~3面通し記事では「世紀のスクープ」として自画自賛していたはずの昨年の極秘訪中に関しては一言も触れてなかった。実におかしな話だ。

 内部的に誤報、いや誤報であることを認めたのだろうか?ならば、購読料を払って新聞を読んでいる読者に率直に謝罪しなければならない。誤報はどこも犯す。要は過ちを率直に認め、正すことが肝要だ。でないと、嘘を書いて、金を取るのは体の良い詐欺と変わらない。

 天下の公器である新聞媒体は政治家に「政治と金」に関する説明責任を果たすよう主張しているが、新聞社もまた「メディアと誤報」に関して説明責任を果たすべきではないだろうか。「政治と金」同様にうやむやにすることは断じて許されるべきではない。

 一昨日(30日)マスコミ倫理懇談会全国協議会の第54回全国大会が開かれ、「拉致問題とマスコミ」がテーマの一つに挙げられたとのことだが、併せて北朝鮮報道に関する「メディアと誤報」もテーマの一つに加えてもらいたかったものだ。

Profile

辺 真一(ぴょん・じんいる)

-----<経歴>-----

1947年東京生まれ。
明治学院大学(英文科)卒業後、新聞記者(10年)を経て、フリージャーナリストへ。
1980年 北朝鮮取材訪問。
1982年 朝鮮半島問題専門誌「コリア・レポート」創刊。現編集長。
1985年 「神戸ユニバシアード」で南北共同応援団結成。統一応援旗を製作。
1986年 テレビ、ラジオで評論活動を開始。
1991年 南北国連同時加盟記念祝賀宴を東京で開催。北朝鮮への名古屋からの民間直行便開設に助力。
1992年 韓国取材開始。(以後今日まで二十数回に及ぶ)
1998年 ラジオ短波「アジアニュース」パーソナリティー。
1999年 参議院朝鮮問題調査会の参考人。
2003年 海上保安庁政策アドバイザー。
2003年 沖縄大学客員教授。
現在、コリア・レポート編集長、日本ペンクラブ会員。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
「辺真一のコリア・レポート」

-----<著作>-----


『「金正日」の真実』
小学館、2003年1月


『金正日「延命工作」全情報』
小学館、2002年11月


『強者としての在日』
ザ・マサダ、2000年11月


『「北朝鮮」知識人からの内部告発』
三笠書房、2000年1月


『北朝鮮亡命730日ドキュメント』
小学館、1999年6月


『北朝鮮100の新常識』
ザ・マサダ、1999年5月

『ビジネスマンのための韓国人と上手につきあう法』
ジャパン・ミックス、1997年12月

『朝鮮半島Xデー』
DHC、1994年8月

『表裏の朝鮮半島』
天山出版、1992年4月

-----<共著>-----


『読売 VS 朝日 社説対決 北朝鮮問題』
中央公論新社、2002年12月

『韓国経済ハンドブック』
全日出版、2002年3月

『一触即発の38度線』
飛鳥新社、1988年7月

-----<訳書>-----


『北朝鮮が核を発射する日』
PHP研究所、2004年12月

『凍れる河を超えて(上)』
講談社、2000年6月

『凍れる河を超えて(下)』
講談社、2000年6月

『私が韓国をキライになった48の理由』
ザ・マサダ、1998年9月

『潜航指令』
ザ・マサダ、1998年7月

『生きたい!』
ザ・マサダ、1997年7月


当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.