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安保理の裁定は引き分け、ドロー

 哨戒艦沈没事件に関する国連安保理の議長声明についての南北の反応が実に面白い。南北双方とも歓迎を表明していたからだ。どちらも満足、歓迎とは意外だった。

 韓国外交部は安保理が北朝鮮の攻撃によって沈没したとの韓国の調査結果に触れ「北朝鮮を事実上非難した」として、評価している。

 一方、北朝鮮も議長声明が無関係であるとの北朝鮮の主張を明記し、かつ沈没の原因を「北朝鮮による攻撃」と定めなかったことを評価している。申善虎国連大使にいたっては「素晴らしい外交的勝利である」と高らかに宣言していた。

 今回の国連での南北外交戦は、ボクシングに例えれば、差し詰め引き分け、ドローというところだろう。

 事前の予想では、韓国の圧勝が予想されていたわけだからドローに持ち込んだ北朝鮮が喜ぶのはわからなくもないが、韓国はおそらく内心がっかりしていることだろう。

 今朝の朝日新聞の見出しに「安保理、議長声明を採択」「韓国艦沈没 北朝鮮強く反発」との見出しが載っていたので、安保理の議長声明を北朝鮮がいつものように拒絶し、口汚く非難したのかと思ったら、とんでもなかった。

 昨日のブログで「今回の議長声明が先のG8の共同宣言を下敷きにしているならば、冤罪を主張する北朝鮮は当然反発するだろう」と書いたが、反発しなかったということは、北朝鮮は今回の議長声明をG8宣言と同じとはみなしてていないのだろう。

 議長声明は①哨戒艦が攻撃によって沈没した②韓国の調査では北朝鮮の攻撃である③従って安保理は46人の人命損失を招いた攻撃を非難する④韓国はよく自制した⑤今後、韓国への攻撃や敵対行為を阻止しなければならないとの文脈になっているので韓国が「北朝鮮の仕業であることが受け入れられた」とそれなりに評価するのは当然である。

 だが、これが、北朝鮮側からみると、安保理は①「北朝鮮が攻撃した」とは言ってない②北朝鮮の魚雷によって沈没したとも明記してない③無関係であるとの北朝鮮の主張も言及している④北朝鮮が主張する問題解決のための南北直接対話の重要性を支持しているとして、大いに歓迎している。

 「ちょっとでも言いがかりを付ければ、武力で対抗する」と威嚇していた北朝鮮外務省は早速、声明を発表し「議長声明が朝鮮半島の懸案問題を適切なルートを通じ直接対話と交渉を再開し、平和的に解決するよう奨励したことに留意する」とG8宣言の時とは打って変わって柔軟な対応を見せた。

 客観的に見て、今回の議長声明も、G8宣言とさほど変わらないようにみえるのだが、申大使が「外交勝利宣言」まで出したのにはそれなりの訳があるようだ。

 韓国がこの事件を国連安保理に提訴したのは、李明博大統領が「北朝鮮は国連憲章に違反し、停戦協定を破った。国連安保理に回付し、国際社会と共に北朝鮮の責任を問う。韓国と国際社会に謝罪させ、責任者を直ちに処罰させる」との決意表明に基づく。

 韓国は李大統領を先頭に総力を挙げて経済制裁をさらに強化するための制裁決議か、拘束力のある非難決議を目指したが、結局、決議採択には失敗した。サッカーに例えると、反則を犯した北朝鮮に対戦相手の韓国はレッドカードを求めたのに、主審の国連はレッドカードを出さなかったわけだ。

 やむを得ず、韓国は要求を取り下げ、議長声明で妥協したが、議長声明でも「北朝鮮のファール」が認定されなかったことで結局、イエローカードも出せないままに終わってしまったことになる。

 これでは、北朝鮮に謝罪も、責任者の処罰も求めることができない。それどころか、G8の宣言にはなかった「無関係である」との北朝鮮の主張まで盛り込まれてしまったことは韓国にとって大きな誤算である。

 議長声明は今回の事件が国連憲章及び休戦協定の違反であるとも断定しなかった。これまた、韓国にとっては痛手である。

 韓国は北朝鮮に対して、謝罪のほか、被害者への賠償も要求しているが、国連安保理が「加害者」を特定できなかった以上、国際法上、北朝鮮に賠償も請求できない。

 ニューヨーク・タイムズ紙は今回の議長声明について「どちらも満足させることのできない結論が出た」と報じていたが、やはりドローなんだろう。

 ドローで終わっても、両者とも満足ならば、それはそれで望ましいことだ。ボクシングなら、お互い「よくやった」と健闘を称え、抱き合うものだが、そういうわけにはいかないだろう。

 決着が着くまでやろうということなら、近々「再戦」ということになる。不穏な事が起こらなければ良いのだが。困ったものだ。

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辺さん
こんにちは。この事件、日本の安全にもかかわる重太事件なのにもかかわらず日本での取り扱いは小さいですね。
北朝鮮の犯罪行為は明らかなのにやはり韓国も中国と同様、北朝鮮の今の体制が不安定になることを避けたいというのが本音なのでしょう。北の現体制が崩壊すれば難民問題や核の流出、南北統一となれば背負わなければいけない膨大なコストと韓国にとっては深刻です。それを逆手にとっている北朝鮮はしたたかですね。私は拉致問題が何の目に見えた進展もなく時間が経過していくことにいたたまれない気持ちです。国民の関心も一時ほどではありません。今のようにメディアが政局ばかり取り扱って政治が翻弄されかねない状況では政府は落ち着いてこの問題に取り組むこともできません。日本の安全保障の問題はは沖縄の普天間問題だけではない、この拉致問題の解決は政府の大きな責任だと思います。

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Profile

辺 真一(ぴょん・じんいる)

-----<経歴>-----

1947年東京生まれ。
明治学院大学(英文科)卒業後、新聞記者(10年)を経て、フリージャーナリストへ。
1980年 北朝鮮取材訪問。
1982年 朝鮮半島問題専門誌「コリア・レポート」創刊。現編集長。
1985年 「神戸ユニバシアード」で南北共同応援団結成。統一応援旗を製作。
1986年 テレビ、ラジオで評論活動を開始。
1991年 南北国連同時加盟記念祝賀宴を東京で開催。北朝鮮への名古屋からの民間直行便開設に助力。
1992年 韓国取材開始。(以後今日まで二十数回に及ぶ)
1998年 ラジオ短波「アジアニュース」パーソナリティー。
1999年 参議院朝鮮問題調査会の参考人。
2003年 海上保安庁政策アドバイザー。
2003年 沖縄大学客員教授。
現在、コリア・レポート編集長、日本ペンクラブ会員。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
「辺真一のコリア・レポート」

-----<著作>-----


『「金正日」の真実』
小学館、2003年1月


『金正日「延命工作」全情報』
小学館、2002年11月


『強者としての在日』
ザ・マサダ、2000年11月


『「北朝鮮」知識人からの内部告発』
三笠書房、2000年1月


『北朝鮮亡命730日ドキュメント』
小学館、1999年6月


『北朝鮮100の新常識』
ザ・マサダ、1999年5月

『ビジネスマンのための韓国人と上手につきあう法』
ジャパン・ミックス、1997年12月

『朝鮮半島Xデー』
DHC、1994年8月

『表裏の朝鮮半島』
天山出版、1992年4月

-----<共著>-----


『読売 VS 朝日 社説対決 北朝鮮問題』
中央公論新社、2002年12月

『韓国経済ハンドブック』
全日出版、2002年3月

『一触即発の38度線』
飛鳥新社、1988年7月

-----<訳書>-----


『北朝鮮が核を発射する日』
PHP研究所、2004年12月

『凍れる河を超えて(上)』
講談社、2000年6月

『凍れる河を超えて(下)』
講談社、2000年6月

『私が韓国をキライになった48の理由』
ザ・マサダ、1998年9月

『潜航指令』
ザ・マサダ、1998年7月

『生きたい!』
ザ・マサダ、1997年7月


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