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金総書記の余命は本当に後3年か!?
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金総書記の余命は本当に後3年か!?

 金正日総書記が脳卒中で倒れたのが、一昨年8月。倒れてから初めて金総書記の映像が公開されたのは、最高人民会議が開催された昨年4月9日。686人の代議員が見守る中、金総書記は舞台の袖から登壇したが、一瞬ふらつくなど左足がぎこちなかった。また、やつれ、無表情で、生気も感じられなかった。

 さらに3ヵ月後の7月8日の金日成主席死去1周年追悼式では一段と激痩せし、一回りも小さくなっていた。ひな壇に並んでいた同じ歳の精悍な金英逸(キム・ヨンイル)首相と比べてみると、そのコントラストは一目瞭然だった。隣席の15歳年上の金英南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長のほうがかくしゃくとしていた。金総書紀の表情は膵臓がんにより72歳で死去した「ミッチー」こと渡邉美智雄元副総理の「末期の頃」の表情にダブってさえ見えた。

 こうした外見の様子から、重病説、短命説まで囁かれたが、8月に入ると俄然元気を取り戻し、海外の賓客と相次ぎ会談するなど一転健在ぶりを誇示した。8月4日には北朝鮮に拘束されていた米国人女性記者らの解放のため平壌入りしたクリントン元大統領と3時間にわたって会談。16日には現代グループの玄貞恩(ヒョン・ジョンウン)会長と面談した。

 クリントン元大統領に同行したペンシルベニア医科大学のロジャー・バンド教授は、米政府の依頼に基づき、金総書記の歯、顔色、頭髪、頭皮、発音、手足の動作、体重などについて詳細に観察。その結果、「金総書記の健康状態は非常に良好だ」との診断を下し、オバマ大統領に報告している。

 食事を共にしながら4時間会談した玄会長は、金総書記について「初めて会った時に比べると体重がかなり落ちたようだったが、声には張りがあった。記憶力はまだまだ良さそうで、健康状態は良さそうだった」と韓国政府当局者に語っている。

 金総書記がクリントン元大統領に会う前に長期休養を取った形跡はない。8月4日までの約1ヶ月間の行動を調べると、7月13日、17日、28日、30日と地方視察も含め現地指導を行っていた。また、現代グループの玄会長とは会う3日前まで金総書記は軍部隊の視察や松濤園青年野外劇場などを視察していた。

 その後も、10月には温家宝中国首相、11月には梁光烈中国国防相らと相次いで会談し、健康、健在ぶりをアピールしていた。映像を見る限り、ほぼ以前に戻った感があった。驚いたことに、昨年1年間の公開活動は159回と過去最高だった2005年の131回を大きく上回っていた。

 ところが、今年になって、健康不安説が再燃している。発端は、「産経新聞」の1月28付の記事で、「複数の政府筋」の話として「金総書記は定期的に人工透析を受けている」と報じた。

 同紙は、「人工透析は腎臓機能障害のためで、糖尿病との合併症の可能性が高い」とし、日本政府筋の話として「外国の賓客らに会うのは透析を受けた後で、会談中は大変健康そうにみえると聞いている」と伝えていた。このことに関連して、国家情報院の元世勲(ウォン・セフン)院長は2月23日、金総書記が「顔のしみ取りなどを行い、健康に見せようとしている」と国会情報委員会で報告していた。

 続いて韓国の「連合ニュース」(3月2日付)が金総書記の写真を分析した結果、手の色が「2009年4月以降、著しく黒ずんで見える半面、爪の色は健康な人に比べると不透明に白くなっていることが分かった」とし、複数の北朝鮮筋の話として「金総書記は脳卒中からある程度回復したものの、糖尿病などによる慢性の腎不全のために2009年5月から人工透析を始めた」と伝えていた。

 昨年に「キム・ジョンウン後継決定」をスクープした「連合ニュース」は「人工透析をしても正常な腎臓機能の10分の1の機能しか果たせない上、金総書記が高齢という点を考慮すると、金総書記の体内に尿毒素と不必要な水分がたまり続けている状態が、好転するどころか悪化している可能性が大きい」とまで断じた。

 さらに、韓国情報機関の国家情報院の傘下にある国家安保戦略研究所の南成旭(ナム・ソンウック)所長が3月24日、金総書記が慢性腎不全で「2週間に1回人工透析を受けている」と述べたほか、キャンベル米国務次官補(東アジア・太平洋担当)までもが2月に韓国を訪問した際、非公開の懇談会で、金書記の健康状態について「すべての医学的情報を総合すると(余命は)3年程度と考える」と述べていたことが、韓国紙「朝鮮日報」(3月17日付)の報道で判明した。

 糖尿病などによる慢性の腎不全により人工透析を受けているのか、真偽は定かではないが、気になるのは、激痩せぶりである。前出の南成旭所長によると、「金総書記は脳卒中から回復後、発症前86キロだった体重は現在、70~73キロ程度まで落ちた」とのことだ。

 激痩せが肥満防止のための計画的なダイエットによるものか、あるいは疾病による後遺症なのか、判断が分かれるところだ。そのことと関連して一つ注目すべきは、禁煙を止め、再び喫煙しだしたことだ。

 金総書記の喫煙は、昨年4月14日、平壌の中心を流れる大同江の辺で金日成主席生誕97周年を祝う花火大会があり、金英南最高人民会議常任委員長ら幹部と観覧席に勢揃いした際に金総書記のテーブルの前だけに灰皿が置かれていたことから噂になっていた。

 決定的になったのは、昨年9月にロシアの文化使節団を率いて北朝鮮を訪問し、金総書記と面会した音楽家でもある団長のパーベル・オフシャンニコフ氏が「米国のたばこ(マルボロ)を吸っていた」と証言したからだ。

 かつてはヘビースモーカーだった金総書記は2001年に訪中した際に中国の幹部に「健康に悪いので禁煙した」と語っていた。当時、北朝鮮のメディアは「喫煙は心臓を打ち抜く銃と同じだ」との金総書記の言葉を紹介し、国民に禁煙を奨励するほどだった。

 たばこを復活したことについては「太り過ぎないため」の説と、激務による「ストレス軽減のため」の説が交錯しているが、これも判断が分かれるところだ。喫煙以上に気になるのは、これも自制していた酒を飲み始めたことだ。

 「酒量は度量」が口癖の酒豪の金総書記は2000年に訪韓した韓国の林東源国家情報院長に対して「以前はウィスキーやコニャックを随分飲んでいたが、最近は医者の忠告を聞いて、ワインを少し飲んでいるだけ」と語っていた。ところが、昨年1月21日、旧知の王家瑞中国共産党対外連絡部長が訪朝した際に相当に度数の高い北朝鮮産の酒を長時間にわたって飲んでいた。病に倒れてまだ半年も経っていないのに深酒をしていたのである。

 飲酒と喫煙については、金総書記と会食した現代グループの玄会長も「ワインを飲み、タバコを吸っていた」と証言していた。完治し、健康に自信があるからなのか、それとも開き直りによるものか、喫煙復活と同様にこれもまた謎だ

 前出の国家情報院の元世勲院長によると、金総書記は最近、心細くなったのか、家族に大きく依存するようになっているという。

 金総書記の最近の公開活動に最も多く随行しているのは、他ならぬ実妹の金慶喜(キム・ギョンヒ)党軽工業部長である。

 韓国統一部によると、1月初めから3月5日までの金総書記の公開活動は合計34回で、このうち昨年6月6日に農場視察に同行し、約6年ぶりに公開行事に姿を現した金慶喜部長は21回と最多。次に多いのが、金慶喜部長の夫である、義弟の張成沢(チャン・ソンテク)国防委員兼党行政部長で13回。金総書記が一番頼りにしているのが身内の妹夫婦であることは、金総書記が抱える健康不安と何らかの関係があるのではないかとみられている。

 このことと直接関係はないが、金総書記が昨年9月、建国記念日(9日)の記念行事に出席した際に党及び軍幹部らを前に語った次の言葉も真に意味深長だ。

 「米帝ら我々を圧殺しようとする勢力と熾烈な対決戦に必ず勝利し、次の世代により良い社会主義強盛大国を渡すことが首領様(金日成主席)の思想であり、私の信念である。私は今日死んでも、明日死んでも首領様の戦士として私の責任を最後まで果たすつもりだ」

 まるで自分の死を予感するかのような悲壮感が漂った言葉である。穿った見方かもしれないが、本人のみが自らの健康状態、余命を知っているからこそ、三男(ジョンウン)を後継者に定めることができたからこそ、そこまで言えたのかもしれない。

 昨年は、もう一つ、意外なことがあった。7歳の時に死別した母親(金正淑=キム・ジョンスク)の出生地(会寧市)を昨年2月に生まれて初めて訪れ、母親の銅像に献花し、3ヵ月後の5月には咸鏡北道にある母親の革命戦跡地を訪れていたことだ。2001年にロシア訪問の帰途、立ち寄る機会があったにもかかわらず多忙を理由に素通りしたのに昨年は突然赴き、母親を偲んでいた。何か思うところがあったのだろうか。

 今年の金総書記の公開活動をみると、1月は19回と、金正日体制が発足した1998年9月以降、月間で最多を記録したが、2月は12回と急減。そして3月は29日現在、7回と大幅に減っている。7回のうち3回は体に負担の少ない公演観覧であった。

 今年は現地視察が大幅に減った代わりに、公演観覧が増えたことから健康に不安を感じているのではないかとの見方も韓国では出ているが、3月は13日から25日までの間公開活動を休んでいたことから、囁かれている4月訪中に備えて静養を取っていた可能性も多分にある。

 金総書記がどの程度の健康状態にあるのか、訪中し、外部の目にさらされれば、はっきりするだろう。健康不安説を打ち消すことができるのか、それとも増幅されるのか、金総書記の訪中が注目される。

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29日(?)の劉洪才大使との会見後写真では、若干肉付きが戻ったように見えますが。体調がよければ訪中するのではないでしょうか。胡錦濤氏も金総書記訪中について都合のよい日としていて体調を気遣いしているともとれる発言をしてますね。
経済援助、六カ国協議に向けた協調、そして後継問題、両国の友好などについて、訪中は体調がよい内に必ず実行せねばならない大仕事なんでしょう。

金総書記の余命が3年
このようなことはどっちでも良いが。こんなものは写真で観察しようが会見した人間の観察であろうが本当のことはわからないし、突然のことも考えられる。
死亡時期の予測も大切だがそれよりも
1年以内に死亡の場合
1年から3年以内に死亡の場合
北朝鮮の国内情勢はどのようになるのか。
外国及びわが国の対応はどのようになるのか 
 を洞察するのがジャーナリストではないのか。
 辺さんの記事は周辺状況の解説ばかりで自分ならどうすると言ったことが殆んどない。

今はピンピンしている外国の元首に対して重病や、危篤状態でもないのに死亡を前提とした記事を書くのは倫理上も、道義上も非礼では。金正日と同じ年の胡錦濤や年上の李明博大統領だとしたら大変なことになるだろう。金正日だから構わないという発想は乱暴だ。仮に逆の立場だったら、憤慨するだろう。最低限の節度は保たなくては。まずは肝心なことは今の健康状態がどうなのかにある。推測記事は後からでも遅くはない。何も慌てることはない。

キム総書記の健康が、寿命がどうのこうのというのは、意味がないです。人には必ず寿命があります。また、辺さんの引用した情報源は殆どが韓国当局、情報部筋からですが、これらはもともといい加減な憶測とか、反北朝鮮系のバイアスがかかったものです。こんなのを引用して、朝鮮半島を論ずるのはいかがなものでしょうか。
キム総書記はみなご存知のように大病を患って、激やせするのは当然なことで、こんなのは驚くに値しません。
先代の金日成主席も病気が原因で亡くなられてるし、ましてや北朝鮮の命運がかかることですから、自身の病気、後継者の問題など、長い時間をかけて、じっくりと考慮してることは誰でも判ります。
北朝鮮は世界最強の米国と真正面から戦ってるわけです。誰が後継者になろうとも、北朝鮮は変質したり、崩壊するようなことにはなりません。
高句麗の時代に、唐とか隋から押し寄せる100万の大軍をあの小さな高句麗が勇敢に防いできたのです。その高句麗の末裔がまさに今の北朝鮮なんです。そのDNAを受け継ぐ北朝鮮は誰が後継しても今の韓国のようにアメリカに国を売るようなことはしないのです。
北朝鮮を論ずるには、まず、北朝鮮を良く研究することが必要です。

小西さん、「辺さんの引用した情報源は殆どが韓国当局、情報部筋からですが、これらはもともといい加減な憶測とか、反北朝鮮系のバイアスがかかったものです。こんなのを引用して、朝鮮半島を論ずるのはいかがなものでしょうか」と書いていますが、この記事のどの箇所が「殆どが韓国当局、情報部筋から」なのか、指摘してください。どの部分が「いいかげんな憶測」なのかも、教えてください。また、「こんなの引用して」とのことだが、韓国の連合ニュースや朝鮮日報の記事、あるいは韓国統一部や国家情報院の傘下にある国家安保戦略研究所の所長の発言を指すならば、労働新聞や朝鮮中央通信、あるいは対南組織の祖国平和統一委員会の関係者の談話も「反韓国系のバイアスがかかっている」ということになり引用できなくなります。「北朝鮮を論じるには、北朝鮮を良く研究することが必要」と忠告されていましたが、私の経歴をよくお調べの上で言ってください。少なくとも貴方よりは、「良く研究している」つもりですが。

辺さん4月2日1709
 「余命3年」のと言うタイトルからして、金総書記の健康状況を説明したいとしているのはわかる。
 しかしながら死亡を前提とした記事を書くのは・・・・と金総書記以外の名前を出して反論されていますが。
 健康状況に問題ががあったからこそ、このテーマを出されたのでしょう。
 今だからこそ仮に金総書記の身に何か異変があったらどうなるかの洞察が必要になるのであって、それは金総書記が近い将来の間にどのように後継問題国内問題等に対処するかによって変化してくるのではないでしょうか
 では、仮に亡くなられるまでは何も言わず、なくなられた後に色々論評するのがジャーナリストなのでしょうか
 何かあった場合に備えた洞察力が試されるのではないか。
 顔色やら痩せられたなど、今更ここで長々と説明されることではないのでは。
 金総書記が権力を掌握している今の時期こそ、対北朝鮮との関係正常化に向けた日本の行動が求められるのではないか。
 このような日本のとるべき行動についてを専門家として意見発表するのが説明責任ではないのか

匿名さん、日本のメディアが米韓の情報に基づき「余命3年」との記事を掲載していたからそれについて分析記事を書いたまでのこと。この記事は、それ以上でも、以下でもない。「ポスト金正日」の論評はいつでもできること。慌てることはない。いずれ、その時が来るとは思うが。それに「亡くなれた後に論評する」のも評論家、ジャーナリストの仕事ですよ。勘違いされないように。

キム総書記の健康問題が何かと話題になってるようだが、発信源の殆どが韓国発で、それを信じ込むのがアメリカのようです。
韓国の情報機関から発信したキム総書記が月2回の人工透析を行ってるというのは、医学的にあり得ないことです。
韓国の金大中元大統領の主治医で人工透析の専門家のソンエ病院長チャンソギル博士の話によると、『2週間に一回行う人工透析は無い、必ず週3回以上行わねばならない。透析とは、やるならやるしやらなければ一切行わない。つまり2週に1回行う透析なんか無い』ということです。週3回の透析は国が違っても医療水準が違ってもみんな同じだと言ってます。

爪の色の問題についても、それは良くなっていくそうです。長くなるから書きません。

アメリカは間違った情報を基にキム総書記の余命3年と思い込み、北朝鮮が主張する米朝平和協定締結を無視して、先核放棄、6カ国協議に出てこいと、崩壊するまで待ちの戦術に出てるのです。
先代の金日成主席が亡くなった時も米国は、あと3年で北は崩壊すると公言してたが、その後17年以上も体制を維持しています。
北朝鮮は米国の核先制攻撃に対応できる強力な防衛力と核反撃能力を完備して、今年からは民生分野への大々的な投資に変わったようです。北朝鮮崩壊は起こらないでしょう。かえってより強固な国になっていくように見えますが。

歴史は繰り返すというが、今の状況はまさにそのようだ。
1994年金日成の死亡,1995~96年北朝鮮最悪の食糧難,そして金泳三政権の対北朝鮮強圧政策が続いた。 そして当時ほとんどのマスコミは'北朝鮮崩壊説'を唱えた。 '3日'でなければ'3ヶ月',そうでなければ'3年'後には北朝鮮が崩壊するといういわゆる'3-3-3仮説'が皆をひきつけた。
出処がどこなのか不明だったし,問題視されなかった。 そしてこのような情報らは逆に韓国政府の対北朝鮮政策を正当化し,結果的に南北関係を最悪の状態に追い詰める一助となった。
1996年咸鏡北道のみすぼらしい住宅周辺をうろつく孤児、 1990年代中盤韓国内報道機関を埋め尽くしたこのようなイメージは北朝鮮崩壊論を流布させ、キム・ヨンサム政権の対北朝鮮強硬政策と呼応した。
イ・ミョンバク'実用政府'の登場と共に南北関係はますます悪化の一路を歩いた。 そしてついに金剛山観光が最悪の危機に陥ることになったし,これから開城工業団地などに余波が広がるかも知れない状況にある。
'金正日健康異常説','貨幣改革の失敗','北朝鮮急変事態'などあらゆる説が媒体を賑わしてる。
ドナルド・グレッグ前CIA韓国支部長(前駐韓米国大使)は米国の情報歴史で初めから最後まで失敗した事例が北朝鮮だったと話したことがある。それは米国に情報がなかったり解釈能力が不足したためなのか? 北朝鮮に対する冷戦的認識,米国政府の政策指向に合わせて取捨選択されて解釈された北朝鮮だけが目にちらついたためでないか?

最近北朝鮮関連ニュースを見て,韓国政府の対北朝鮮政策とニュースの関連性を疑わざるをえない。 しかも天安艦沈没事故で全国が沸きかえった中で大統領府報道官が直接出て実名で'金正日訪中の可能性'を言及するのは尋常でない。

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Profile

辺 真一(ぴょん・じんいる)

-----<経歴>-----

1947年東京生まれ。
明治学院大学(英文科)卒業後、新聞記者(10年)を経て、フリージャーナリストへ。
1980年 北朝鮮取材訪問。
1982年 朝鮮半島問題専門誌「コリア・レポート」創刊。現編集長。
1985年 「神戸ユニバシアード」で南北共同応援団結成。統一応援旗を製作。
1986年 テレビ、ラジオで評論活動を開始。
1991年 南北国連同時加盟記念祝賀宴を東京で開催。北朝鮮への名古屋からの民間直行便開設に助力。
1992年 韓国取材開始。(以後今日まで二十数回に及ぶ)
1998年 ラジオ短波「アジアニュース」パーソナリティー。
1999年 参議院朝鮮問題調査会の参考人。
2003年 海上保安庁政策アドバイザー。
2003年 沖縄大学客員教授。
現在、コリア・レポート編集長、日本ペンクラブ会員。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
「辺真一のコリア・レポート」

-----<著作>-----


『「金正日」の真実』
小学館、2003年1月


『金正日「延命工作」全情報』
小学館、2002年11月


『強者としての在日』
ザ・マサダ、2000年11月


『「北朝鮮」知識人からの内部告発』
三笠書房、2000年1月


『北朝鮮亡命730日ドキュメント』
小学館、1999年6月


『北朝鮮100の新常識』
ザ・マサダ、1999年5月

『ビジネスマンのための韓国人と上手につきあう法』
ジャパン・ミックス、1997年12月

『朝鮮半島Xデー』
DHC、1994年8月

『表裏の朝鮮半島』
天山出版、1992年4月

-----<共著>-----


『読売 VS 朝日 社説対決 北朝鮮問題』
中央公論新社、2002年12月

『韓国経済ハンドブック』
全日出版、2002年3月

『一触即発の38度線』
飛鳥新社、1988年7月

-----<訳書>-----


『北朝鮮が核を発射する日』
PHP研究所、2004年12月

『凍れる河を超えて(上)』
講談社、2000年6月

『凍れる河を超えて(下)』
講談社、2000年6月

『私が韓国をキライになった48の理由』
ザ・マサダ、1998年9月

『潜航指令』
ザ・マサダ、1998年7月

『生きたい!』
ザ・マサダ、1997年7月


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