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2010年2月23日

今朝の「朝日」の北京特派員記事に待った!

朝日新聞の一面トップにまたまた面白い記事が出ていた。中国が北朝鮮に改革開放、世襲反対、核放棄の3点を要求していたとの記事だ。書いた記者は、例の峯村健司北京特派員だ。昨年誤報の疑いを指摘された「金ジョンウン極秘訪中」を記事にした人物だ。

 記事を読むと、思わず噴出してしまった。辻褄あわせに四苦八苦している様子が見て取れたからだ。 峯村特派員は北朝鮮関係者の話として「(昨年)5月上旬、ジョンウン氏を後継者に指名したことを説明するため金総書記が義弟、張成沢・国防委員を中国に派遣した」と書いている。

 これはおかしい。確か、昨年の6月3日付では「総書記 後継に三男(ジョンウン) 北朝鮮、中国に伝達」との見出しの記事で「労働党幹部が今年(09年)初め、北京を非公式訪問した際に中国の共産党幹部と面会して口頭で伝えた」と書いていたはずだ。

 労働党幹部が誰なのか峯村特派員は今日まで明らかにしていないが、この記事が事実ならば、対応したこの中国の共産党幹部はおそらく王家瑞共産党対外連絡部長であろう。ということは、今朝の記事がこれまた事実ならば、金総書記は後継者の決定を伝えるためなんと二度も特使を中国に派遣し、それも同じ相手に伝えたことになる。

 また今朝の記事では、核実験後の5月末にも張成沢・国防委員は事情説明のため再度訪中していることになっている。この時に対面したのもまた、王家瑞対外連絡部長で、王部長は張国防委員に見出しの「改革開放 世襲反対 核放棄」の3点を要求したとされている。

 これも変な話だ。北朝鮮が核実験を強行したのは5月25日である。「5月末」ということなら、その後に行ったのだろう。ところが、北朝鮮の朝鮮中央通信(5月28日)によると、張氏は金総書記の地方視察(南興青年化学連合企業所)に同行していた。さらに三日後の同通信(5月31日)によると、功勲国家合唱団のカルマ劇場開館公演観覧にも同席していた。

 地方視察も観劇もおそらく報道の前日か、二日前にあったとみるべきだ。北朝鮮から中国へは火曜(26日)と土曜(30日)に飛行便が出ている。26日に行った可能性も全くゼロではないが、物理的に日帰りはとても無理だ。まして北朝鮮の立場を説明、説得するという重大な任務を帯びているわけだからとても日帰りと言うわけにはいかない。どう考えても、5月末の張氏の訪中は不自然だ。

 不自然な点はほかにもある。王家瑞対外連絡部長が5月末に訪朝したとされる張成沢氏に中国の「世襲反対」の立場を表明しながら、最高指導者である胡錦濤主席がそのおよそ二週間後に後継者の金ジョウンウンと接見したというのも不自然で、解せない。中国が本当に世襲に反対しているならばお墨付きを与えかねない会談は避けるはずだ。

また、中国が世襲に反対ならば、王家瑞部長が4月23日に訪朝し、金総書記と会談した際に時下に伝えればよいもの、当時そのような報道はかいもくなかった。むしろ、王部長のため開かれた宴会では和気藹々、酒を飲み交わしたと聞いている。世襲に反対している人物を歓待するだろうか?

今朝の記事では、中国は載外相の訪朝の際に「中国から北朝鮮への石油パイプラインを止めて圧力をかけた結果、『6者協議を含む多国間協議を行う用意がある』との言葉を引き出した」と書いているが、前出の王対外連絡部長の訪朝の際にすでに金総書記は「我々は朝鮮半島の非核化に努める。中国側と協調して6者協議のプロセスを推進する」と6者協議復帰への意欲を語っていた。

 極め付きは 「北朝鮮側は、張氏を中心とした軍訪問団にジョンウン氏を同行させ、6月10日に訪中した」と書いていることだ。「朝日」の記事がいずれも事実ならば、張国防委員はなんと1ヶ月の間に3度も中国に足を運んだことになる。

朝日が「スクープ」として自画自賛した昨年6月16日付けの「金ジョウンウン極秘訪中」記事では、①ジュンウン氏は金正日総書紀の名代として訪中した②胡主席ら中国首脳らと相次いで会談した③肩書きは朝鮮労働党の要職である組織指導部部長である④中国に対してエネルギーや食糧の緊急援助を要請したようだ」と書いていた。今朝の記事が事実ならば、ジョンウン氏は金総書紀の名代ではなく、代表団の一員として、ワン・オブ・ゼムとして訪朝したことになる。全く、矛盾したことを書いている。

 さらに昨年の6月19日付の関連記事では「長男の正男氏が10日前後にマカオから空路北京入りし、正雲氏の訪中に同行し、胡錦濤主席との会談に同席した」と書かれてあった。昨年の一連の「金ジョンウン極秘訪中」記事のどこにも張国防委員の名前も軍訪問団の記述もなかった。今朝の記事が事実ならば、峯村特派員の情報源である「労働党幹部と関係が深い北京の中朝関係筋」「両国を往来する金総書紀に近い関係筋」は全く信用の置けない、いいかげんな「筋」ということになる。
 
 今朝の朝日の記事は昨年ファイナンシャル・タイムズ(6月29日付)がジョンウン訪中に軍関係者(国防委員会の趙明禄第1副委員長)が同行したと書き、またNHKも昨年12月に特使として訪朝したのは義弟の張成沢国防委員で、ジョンウン氏は叔父に同行し、胡主席に紹介された、と伝えていたことを意識したのか、ちょうど足して二で割ったような記事となっている。いいかげん極まりない。

 「007のような作り話」と中国政府からも揶揄されている過去の記事の信憑性を検証もせず、また読者への説明責任を果たさないままこういう記事を一面に載せる今の朝日新聞の感覚を疑わざるを得ない。

Profile

辺 真一(ぴょん・じんいる)

-----<経歴>-----

1947年東京生まれ。
明治学院大学(英文科)卒業後、新聞記者(10年)を経て、フリージャーナリストへ。
1980年 北朝鮮取材訪問。
1982年 朝鮮半島問題専門誌「コリア・レポート」創刊。現編集長。
1985年 「神戸ユニバシアード」で南北共同応援団結成。統一応援旗を製作。
1986年 テレビ、ラジオで評論活動を開始。
1991年 南北国連同時加盟記念祝賀宴を東京で開催。北朝鮮への名古屋からの民間直行便開設に助力。
1992年 韓国取材開始。(以後今日まで二十数回に及ぶ)
1998年 ラジオ短波「アジアニュース」パーソナリティー。
1999年 参議院朝鮮問題調査会の参考人。
2003年 海上保安庁政策アドバイザー。
2003年 沖縄大学客員教授。
現在、コリア・レポート編集長、日本ペンクラブ会員。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
「辺真一のコリア・レポート」

-----<著作>-----


『「金正日」の真実』
小学館、2003年1月


『金正日「延命工作」全情報』
小学館、2002年11月


『強者としての在日』
ザ・マサダ、2000年11月


『「北朝鮮」知識人からの内部告発』
三笠書房、2000年1月


『北朝鮮亡命730日ドキュメント』
小学館、1999年6月


『北朝鮮100の新常識』
ザ・マサダ、1999年5月

『ビジネスマンのための韓国人と上手につきあう法』
ジャパン・ミックス、1997年12月

『朝鮮半島Xデー』
DHC、1994年8月

『表裏の朝鮮半島』
天山出版、1992年4月

-----<共著>-----


『読売 VS 朝日 社説対決 北朝鮮問題』
中央公論新社、2002年12月

『韓国経済ハンドブック』
全日出版、2002年3月

『一触即発の38度線』
飛鳥新社、1988年7月

-----<訳書>-----


『北朝鮮が核を発射する日』
PHP研究所、2004年12月

『凍れる河を超えて(上)』
講談社、2000年6月

『凍れる河を超えて(下)』
講談社、2000年6月

『私が韓国をキライになった48の理由』
ザ・マサダ、1998年9月

『潜航指令』
ザ・マサダ、1998年7月

『生きたい!』
ザ・マサダ、1997年7月


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