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今年の朝鮮半島は、2000年の再現となるか »

「ジョンウン報道」で朝鮮半島の一年が始まった!1月8日もまた


今年も今日を入れて残り三日となった。今年一年振り返ると、朝鮮半島ではいろいろな出来事があった。

 朝鮮半島10大ニュースとは別途に特筆すべきは、金正日総書記の三男、ジョンウン氏が一躍後継者として急浮上し、その関連記事が増大したことだ。すべては、「金正日総書記が後継者を三男の正雲(ジョンウン)に決めた」との1月16日の韓国連合ニュースの報道から始まった。

 後継者は長男のジョンナム(正男)か次男の正哲(ジョンチョル)のどちらかとみられていただけにビックリ仰天し、当時「『世紀のスクープ』となるのか、それとも『誤報』か、近々解答が出るだろう」と書いたが、どうやら「世紀のスクープ」となったようだ。

 その後、日韓のマスコミが「ジョンウン報道」を競い、その結果、10代の頃、スイスに次兄とともに留学していた事実が明るみに出た。毎日新聞は当時の15~16才の頃の写真をスクープしていた。

 ジョンウン氏は今は、26歳となっている。この10年間、全く表に出てこないため素顔がわからない。依然としてミステリーのままだ。

 洪水のように氾濫する情報や報道の中には虚報や推測記事も数多くあった。そのため偽の写真が誤って流れたこともあった。しかし、写真以外は、確認の取りようがないことから、そのまま検証されず、今日にいたっている。未確認情報の代表的なものは、朝日新聞が6月16日に一面トップで伝えた「『後継』ジョンウン氏が訪中 北朝鮮の金正日総書記の名代、中国の胡主席らと会談」記事だろう。

 「朝日」はこの記事を「世界的スクープ」と自画自賛している。今朝の「朝日」の一面に掲載された「権力監視 変わらぬ使命」の見出しの囲み記事でも筆者である船橋洋一主筆は「特筆すべき」とPRしていた。

 「朝日」以外に「金ジョンウン訪中」を伝えたのは英紙ファイナンシャル・タイムズと日本のNHKだけだ。

 ファイナンシャル・タイムズはおよそ二週間後の6月29日付に「趙明録国防委員会第一副委員長が同行した」と報道し、またNHKは半年経った12月になって「金総書記の特使として訪朝したのは、義弟の張成沢国防委員で、ジョンウン氏が同行した」(4日)と伝えていた。

 北朝鮮の情報収集に奔走している米韓情報当局もワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズなど米国のメディアも、北朝鮮ものを得意とする朝鮮日報や中央日報など韓国のメディアも、さらに「ジョンウン後継」をいち早くスクープした連合ニュースも今もって「金ジョンウン訪中」を確認していない。

 中国当局にいたっては「まるで007の小説を読んでいるようだ。今度はどんな続編を書くというのか」(秦剛外務省報道官)と呆れる始末だ。武大偉外務次官も加藤紘一元自民党幹事長に「ジョンウン氏が中国に来たことは一度もない」と全面否定していた。

 「中国から『作り話』と言われた以上、朝日としても黙っていられないだろう。『一大スクープ』が『一大誤報』と言われたに等しいからだ。朝日の信用にかけて、また読者のためにも白黒を付けるべきではないだろうか」と言い続けてきたが、「朝日」はファイナンシャル・タイムズとNHKの報道を転載しただけで、残念ながら独自に裏を取る試みは全く見られなかった。

 「朝日」の記事とそれを追認したファイナンシャル・タイムズの記事とNHKの報道を比較検証すると、共通点は、ジョンウン氏が「6月に訪中した」との一点だけで、それ以外は三者三様食い違っている。

 そこで、長年の「朝日」の購読者としてこの記事が「世界的スクープ」であることを確信できるよう「朝日」に以上の5点を是非解明してもらいたいと思っている。
 
 ①「(義弟の)張成沢国防委員が金総書記の特使として訪中し、ジョンウン氏が随行した」とのNHKの報道は間違いなのか?

 ②「ジョンウン訪中に(長男の)正男が同行した」(6月19日付)のは事実なのか?ならば、「趙明録国防第一副委員長が(ジョンウン氏に)同行した」とのファイナンシャル・タイムズの記事は間違いなのか?

 ③ファイナンシャル・タイムズは「ジョンウン氏が胡錦濤国家主席と会ったかどうかは明らかではない」としたうえで、関係者の話として「習近平国家副主席や江沢民前主席とは会談した」と報じていたが、習副主席や江前主席と会ったのかどうか、確認してみたのか?

 ④「朝日」は訪中したジョンウン氏と会談した胡主席が「大陸弾道間ミサイル発射などの中止を求め、平和的手段による解決を促した」と書いていたが、北朝鮮はジョンウン氏が帰国して間もない7月2日と4日、合計11発のミサイルを発射している。テポドン・ミサイルではないにしろ、国連決議を無視し、ノドンを含むスカッド・ミサイルの発射実験を行ったことをどう理解すればよいのか? 「朝日」が報じた「胡錦濤・金ジョンウン会談」が事実ならば、胡主席は40歳も年下の若造にコケにされたことになるのでは?

 ⑤「(訪中した当時)労働党組織指導部部長の肩書きだった」というのは本当か? これが事実ならば、「国防委員会指導員」(韓国のファイナンシャル・ニュース、4月26日付)も、「組織指導部相当担当第一副部長」(東亜日報、5月20付)も、「人民軍総政治局秘書」(京郷新聞、6月8日付け)も「労働党組織担当副局長であることが確認された」(中央日報 10月6日付)ことも全部デタラメということになる。

 おそらく、来年も後継者問題、即ち「ジョンウン報道」が中心となるだろう。というのも、来週の1月8日が彼の27歳の誕生日である。もしかすると、党や軍内部で祝賀行事やイベントが隠密裏に行われるかもしれない。

 それよりも前に労働新聞、民主朝鮮、青年同盟機関紙による恒例の新年共同社説で後継問題が触れられるかもしれない。元旦早々から「ジョンウン」が注目されそうだ。

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私は、今の外交政策の一面で残念に思っていることがあります。
これまで、一時期北朝鮮に対し、外交の道が見えた時期があった。
それが、今日全くと言っていいのでないかと思っています。
現に、北朝鮮は、日本・韓国をみていない。
飛び越えて、アメリカさえ外交できればいいとしか思っていないように見受けられる。
更に最悪なのは、拉致問題もアメリカに頼るという始末。

今回の普天間問題で、アメリカにNOと言うことで、拉致問題に関して、日本独自の外交ができないかと思っています。
アメリカの国益にとっては、拉致問題は日本を懐柔させる手段としてしか見えないはずです。
本来は、日本独自に拉致問題を解決する手段を模索すべきです。
それ以外は、他の国と歩調を合わせても、独自性が無い外交では、相手になめられるばかりだと思っています。

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Profile

辺 真一(ぴょん・じんいる)

-----<経歴>-----

1947年東京生まれ。
明治学院大学(英文科)卒業後、新聞記者(10年)を経て、フリージャーナリストへ。
1980年 北朝鮮取材訪問。
1982年 朝鮮半島問題専門誌「コリア・レポート」創刊。現編集長。
1985年 「神戸ユニバシアード」で南北共同応援団結成。統一応援旗を製作。
1986年 テレビ、ラジオで評論活動を開始。
1991年 南北国連同時加盟記念祝賀宴を東京で開催。北朝鮮への名古屋からの民間直行便開設に助力。
1992年 韓国取材開始。(以後今日まで二十数回に及ぶ)
1998年 ラジオ短波「アジアニュース」パーソナリティー。
1999年 参議院朝鮮問題調査会の参考人。
2003年 海上保安庁政策アドバイザー。
2003年 沖縄大学客員教授。
現在、コリア・レポート編集長、日本ペンクラブ会員。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
「辺真一のコリア・レポート」

-----<著作>-----


『「金正日」の真実』
小学館、2003年1月


『金正日「延命工作」全情報』
小学館、2002年11月


『強者としての在日』
ザ・マサダ、2000年11月


『「北朝鮮」知識人からの内部告発』
三笠書房、2000年1月


『北朝鮮亡命730日ドキュメント』
小学館、1999年6月


『北朝鮮100の新常識』
ザ・マサダ、1999年5月

『ビジネスマンのための韓国人と上手につきあう法』
ジャパン・ミックス、1997年12月

『朝鮮半島Xデー』
DHC、1994年8月

『表裏の朝鮮半島』
天山出版、1992年4月

-----<共著>-----


『読売 VS 朝日 社説対決 北朝鮮問題』
中央公論新社、2002年12月

『韓国経済ハンドブック』
全日出版、2002年3月

『一触即発の38度線』
飛鳥新社、1988年7月

-----<訳書>-----


『北朝鮮が核を発射する日』
PHP研究所、2004年12月

『凍れる河を超えて(上)』
講談社、2000年6月

『凍れる河を超えて(下)』
講談社、2000年6月

『私が韓国をキライになった48の理由』
ザ・マサダ、1998年9月

『潜航指令』
ザ・マサダ、1998年7月

『生きたい!』
ザ・マサダ、1997年7月


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