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« 米朝交渉は年内再開、日朝は年越し
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ボズワース訪朝で何が話し合われたのか »

ボズワース訪朝と米朝交渉の展望

 米国のスチーブン・ボズワース特別代表(北朝鮮政策担当)が8日から訪朝する。オバマ政権発足以来、米朝で公式会談が開かれるのは初めてのことである。当初は1泊2日の予定と言われていた。それが一日延長され、2泊3日の平壌滞在となる。平壌滞在が北朝鮮の政治宣伝に利用されないため用件が済み次第、即座に帰国すると伝えられていたが、なぜ、一日延長したのか、国務省の説明はない。

 訪朝の目的については2005年9月の6か国協議「共同声明」で北朝鮮が合意した不可逆的な非核化の確約を取り付け、6か国協議に復帰させることにあると言われている。今回のボズワース訪問による米朝対話はあくまで6か国協議の枠内で行なわれると、米政府は内外に説明している。

 当の訪問者であるボズワース特別代表自身も12月3日、「どこまでも6カ国協議が基本的な論議の枠組みだ」とし、訪朝目的は6か国協議の再開にあると強調している。「6か国協議なく広範囲な米朝対話を行うことはない」とまで言い切っている。

 しかし、6か国協議は核問題解決の手段であって、目的ではない。ヒラリー国務長官は長官就任前の人事聴聞会の席で「「北朝鮮の核拡散を阻止するため至急に行動するし、そのため6者会談と2者直接外交を推進する」と述べていた。これが、今も変わらぬオバマ政権の基本的な方針である。

 ソン・キム6か国協議首席代表以下国務省及び国防省、さらにはホワイトハウスの関係者まで引き連れて、2泊3日も平壌に滞在するわけだから、6か国協議への復帰説得だけが目的だとは考えにくい。まして、会談の相手に金正日総書記の外交ブレーンである姜錫柱第一次官を指名している。このようにみると、ボズワース氏の目的は6か国協議再開の同意を取り付けるのではなく、6か国協議での議題を含め米朝全般に関する話し合いにあるとみられる。6か国協議そのものは、ボズワース氏の訪朝を待たず、再開で事実上、合意をみているのではないだろうか。

 今回のボズワース特別代表の訪朝は、形式上は北朝鮮の招請によるものだが、最終的にはオバマ大統領の政治決断によるものである。そのことは、訪問先の韓国での米韓首脳会談(11月19日)後に自らが発表したことからでも明らかだ。

 決断の背景には訪朝したクリントン元大統領を通じて伝達された金総書記の「伝言」があったものと推察される。クリントン元大統領が伝えたオバマ大統領のメッセージ同様に金総書記の伝言の中身も全く明らかにされていない。

 このようにみると、ボズワース氏の訪朝は米朝首脳によるメッセージの交換によって実現したと言えなくもない。となると、今回のボズワース氏の訪朝は、必然的にオバマ大統領の特使としての性格を帯びてくる。特使ならば、オバマ大統領の口頭か、文書によるメッセージを持参している可能性も高い。

 

 過去のケースをみると、1999年5月にウイリアム・ペリー政策調整官が大統領特使として訪朝しているが、その際に金正日総書記宛のクリントン大統領の親書を持参し、金永南最高人民会議常任委員長を通じて伝達している。翌年の2000年10月には米国の閣僚としては初めてメルリン・オルブライト国務長官が訪朝し、平壌滞在中に金総書記と二度にわたって会談している。その結果、オルブライト訪朝直後の10月12日にワシントンで①北朝鮮が長距離ミサイルを発射しない②両国が過去の敵対関係から脱し、新たな関係を樹立する③自主権の相互尊重と内政不干渉の原則を確認することが盛り込まれた米朝共同コミュニケが発表されている。前例からして、今回も発表はなくても、何らかの非公式の合意を見るかもしれない。

 ブッシュ前政権下でも、2002年10月にジェームス・ケリー国務次官補が、2007年6月にはクリストファー・ヒル国務次官補が訪朝しているが、二人ともブッシュ大統領の親書は携えてはなかった。当然、金総書記との面会も実現していない。

 特別代表であるボズワース氏は、元国防長官のペリー氏やオルブライト国務長官に比べれば格下だが、この二人の国務次官補よりは格上の存在である。それだけに金総書記との面会が実現するかどうかは微妙だ。米政府の要人で後にも先にも金総書記との会談が実現したのは、オルブライト国務長官と、今年8月に訪朝し、オバマ大統領の「口頭メッセージ」を伝えたクリントン元大統領の二人だけである。元国防長官のペリー氏ですら会えずに、帰国している。

 しかし、上述したようにボズワース特別代表がクリントン大統領の特使として訪朝するならば、仮に金総書記が相手でなくても、側近の姜錫柱第一次官との間で核問題を中心とした米朝間の懸案全般について突っ込んだ話し合いが行なわれるだろう。米朝双方ともおよそ1年ぶりに再開される今回の交渉を突破口に米国の懸案である核とミサイル問題と、北朝鮮の課題である休戦協定と国交正常化について真剣に議論する意思があるからだ。

 クリントン国務長官はボズワース訪朝に関連し、先月19日「北朝鮮が検証可能な方式で非核化を進めれば米朝関係正常化と停戦協定に代わる平和協定の締結、経済支援などを検討できる」との考えを示していた。「米国の立場から、北朝鮮が数年にわたり提起し続けてきた問題、すなわち関係正常化、停戦協定に代わる平和協定、経済支援などを検討することになり、これらすべてに対する論議の扉が開かれている」と、北朝鮮にシグナルを送っていた。

 米朝の交渉過程で北朝鮮が核放棄を確約すれば、クリントン長官の訪朝や米朝首脳会談までのタイムスケジュールまで話し合われることもあり得る。オバマ大統領も、クリントン長官も金総書記と会談の用意があることを表明していたからである。

 オバマ大統領は予備選挙期間中の一昨年7月、「大統領になれば、首脳間の対話にも積極的に、かつ無条件応じる」と述べ、核問題の早期解決のために金総書記と会談する用意があることを明らかにしていた。ヒラリー長官も今年1月、議会の批准聴聞会の席で「平壌などを訪問して、北朝鮮の外相と会談する用意があるか」との質問に「大統領と同じで米国の国益になるならば私が選択する時期と場所でいかなる外国指導者とも会う用意がある」と語っていた。

 米国は「6か国協議復帰への見返りはない、条件は呑まない」「休戦協定と国交正常化の問題は6か国協議の中の米朝セクションで話し合うべき問題である」と強気の立場にあるが、北朝鮮もまた、金総書記が10月に訪朝した中国の温家宝首相を通じて明らかにしたように「米朝協議での進展なくして、6か国協議には無条件復帰しない」と強固である。また「敵対関係の解消なくして、一方的な核放棄はない」というのが、一貫した要求である。

 米朝協議が今回で終了せず、2回、3回と続いたとしても、「核のない地球」を目指すことを宣言し、その目標達成のために来年5月に米国で開催予定の核不拡散体制の再検討会議を控えているオバマ政権としては、最終的には6か国協議の再開と北朝鮮の核放棄、朝鮮半島の非核化の確約を取り付けるため一定の譲歩をせざるを得ないのではないだろうか。

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正直、辺さんの記事には「ここでだから読める」というような目新しさがありません。それ以上に、TVなどでの辺さんのコメントも、現状の報道機関発表内容をなぞっているだけで、あまり読む価値を感じらせません。

この人宛のコメント少ないのはその辺の原因もあるのでは?

今回の交渉で劇的に変わることは有り得ませんが、叩き台にはなるだろうから交渉は続けていくことになるでしょう。
昨日、年末になると出版される恒例の日本の論点という本がおかれていたので読みましたが、日朝協議の今後を蓮池透さんが書かれておりました。
蓮池さんのご主張は本にもなっており、蓮池さんご自身も家族会から離れられ思想的バイアスのから自由になっていがみあうだけの日朝協議を相互理解の場に組み替えるべきだとこの本でも主張されておりました。
辺さんのご主張は通り一辺倒だという批判もありますが、既存メディアでは米国の思惑と北朝鮮の思惑は必ずしも一致しないので紛糾が予想されるとの観測(そう願いたいという)報道が必ずつくわけですが、優先順位からすればボズワースがヒルより位置付けが高く重要度が高いという報道も出てこないなかでは分り易く、重宝です。
私は辺さんの記事を頼りにして、拙いコメントを寄稿している身なので期待しております。

私は辺さんの記事を最も信頼しています。

初めて拝見しました。
最初に気になったことを一つ。
プロフィールに新聞記者を書いてましたけど、朝鮮新報は新聞なんですか、朝鮮総連の機関紙なんでしょ。
さて本題ですが、いくつか読ませていただきましたけど、いずれも何を仰りたいのかよくわかりません。
分析にもなっていないと思うけど何故だか褒めている人ばかりですね。

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Profile

辺 真一(ぴょん・じんいる)

-----<経歴>-----

1947年東京生まれ。
明治学院大学(英文科)卒業後、新聞記者(10年)を経て、フリージャーナリストへ。
1980年 北朝鮮取材訪問。
1982年 朝鮮半島問題専門誌「コリア・レポート」創刊。現編集長。
1985年 「神戸ユニバシアード」で南北共同応援団結成。統一応援旗を製作。
1986年 テレビ、ラジオで評論活動を開始。
1991年 南北国連同時加盟記念祝賀宴を東京で開催。北朝鮮への名古屋からの民間直行便開設に助力。
1992年 韓国取材開始。(以後今日まで二十数回に及ぶ)
1998年 ラジオ短波「アジアニュース」パーソナリティー。
1999年 参議院朝鮮問題調査会の参考人。
2003年 海上保安庁政策アドバイザー。
2003年 沖縄大学客員教授。
現在、コリア・レポート編集長、日本ペンクラブ会員。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
「辺真一のコリア・レポート」

-----<著作>-----


『「金正日」の真実』
小学館、2003年1月


『金正日「延命工作」全情報』
小学館、2002年11月


『強者としての在日』
ザ・マサダ、2000年11月


『「北朝鮮」知識人からの内部告発』
三笠書房、2000年1月


『北朝鮮亡命730日ドキュメント』
小学館、1999年6月


『北朝鮮100の新常識』
ザ・マサダ、1999年5月

『ビジネスマンのための韓国人と上手につきあう法』
ジャパン・ミックス、1997年12月

『朝鮮半島Xデー』
DHC、1994年8月

『表裏の朝鮮半島』
天山出版、1992年4月

-----<共著>-----


『読売 VS 朝日 社説対決 北朝鮮問題』
中央公論新社、2002年12月

『韓国経済ハンドブック』
全日出版、2002年3月

『一触即発の38度線』
飛鳥新社、1988年7月

-----<訳書>-----


『北朝鮮が核を発射する日』
PHP研究所、2004年12月

『凍れる河を超えて(上)』
講談社、2000年6月

『凍れる河を超えて(下)』
講談社、2000年6月

『私が韓国をキライになった48の理由』
ザ・マサダ、1998年9月

『潜航指令』
ザ・マサダ、1998年7月

『生きたい!』
ザ・マサダ、1997年7月


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