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2009年11月29日

米朝交渉は年内再開、日朝は年越し

 ボズワース北朝鮮政策担当特別代表が12月8日に平壌を訪問する。これにより6か国首席代表会議を最後に1年間、中断していた米朝公式対話が復活することになる。

 オバマ政権初の米朝直接交渉は、訪米した李根外務省米国局長と米国のソン・キム6か国首席代表との接触の結果である。6か国協議が断絶中でも米朝間にニューヨークチャネルが作動していたから実現できたともいえる。

 日本の鳩山民主党政権は発足から2か月以上経過したが、日朝は拉致被害者の安否の再調査と制裁の一部解除で合意した昨年8月の日朝合意を履行するための交渉に入れないままでいる。

 衆議院選挙後、北朝鮮のナンバー2、金永南最高人民会議常任委員長は訪朝した共同通信社代表団との会見で、次期民主党政権に対し、日朝平壌宣言を尊重し「実りある関係」をつくることを呼びかけた。そのうえで「関係改善の展望はあくまで日本当局の態度にかかっている」と述べ、次期政権の対応を注視する考えを示した。

 これに対して鳩山首相は「実りある関係を築き上げたいということであれば、当然、北朝鮮政府の対応にかかっている」と、逆に北朝鮮が先に前向きな対応を取るよう促した。ボールは北朝鮮側にあるというのが、鳩山総理の認識だ。

 実務担当の宋日昊・朝日国交正常化交渉担当大使も共同通信と会見で「もし新政権発足後、接触を提起してくるなら、実務的に判断することになる」と、間接的な表現ながら日本に呼びかけを行ったが、岡田外相もまた「1年前、日朝間で拉致問題の再調査に合意したが、進んでいない」ことを認めながらも「当面は北朝鮮から何らかの働きかけがあるのかを見極めたい」と動く気配を全く見せなかった。

 岡田外相は9月17日の初閣議後の記者会見で「オバマ政権が誕生して、そういう意味では時間の利益は、こちら側にある。従って、焦ることなくじっくりと対応していけばいい。もちろん、拉致の問題等もあるので、ゆっくり構える訳にはいかないが、焦って我々からいろいろな提案をする必要はないと思う」と、日本から仕掛ける考えのないことを明らかにしていた。

 それでも、鳩山政権がこの2ヶ月間、何もしてこなかったわけではない。北朝鮮を動かすためそれなりのシグナルは発信してきた。鳩山総理が国連での演説で「日本は日朝平壌宣言に基づき、国交正常化を目指す。拉致問題で北朝鮮が再調査などで誠意を示せば、日本も前向きに対応する」と呼びかけていた。英語によるスピーチでは「ノースコリア(北朝鮮)」と呼ばず、正式名の朝鮮民主主義人民共和国のイニシアルである「DPRK」を使うなど、北朝鮮に配慮もみせた。しかし、北朝鮮も静観したままで、日本に働きかけようとしない。一にも、二にも米朝交渉を最優先しているからである。

 鳩山首相は所信表明演説で「考え得るあらゆる方策を使う」と意気込みを示していた。また、その後首相官邸で拉致被害者家族と面会した際には「北朝鮮側の意思を動かさなければいけない。そのためには、いろんなやり方がある。そのやり方をこれから真剣に考えていきたい」と誓っていたが、まだ有効な方策が見つかってないのが現状だ。

 膠着状態打開のため鳩山政権が野中広務元自民党幹事長の特使派遣説や鳩山総理自身の電撃的訪朝を検討していると一部週刊誌などで取り上げられていたが、いずれも単なる観測、憶測記事に過ぎず、現状はそのような環境にない。

 一方、山崎拓元自民党副総裁は中国から帰国後の26日、北朝鮮が小沢一郎幹事長の訪朝を求め、小沢幹事長は自ら赴かず、腹心を訪朝させ、親書を持参させる考えのようだとの観測を述べていたが、腹心の訪朝で北朝鮮が軟化するとは思えない。少なくとも、クリントン元大統領クラスでなければ、金正日総書記の心を動かすことはできないだろう。そのような腹心が果たしているだろうか?

 結局のところ、日本政府の対応は12月8日から始まる米朝交渉の成り行きに左右されることになるだろう。仮に米朝交渉が進展し、6か国協議再開のメドが立てば、それに合わせて日朝交渉を進めていく考えのようだ。可能ならば、遅くとも北朝鮮への制裁期限が来る来年4月までに北朝鮮と再交渉を行い、制裁の一部解除を見返りに北朝鮮に再調査を履行させたいところだ。

 日朝双方とも「相手の出方を待つ」と静観していることからこの分だと日朝対話は年越しとなりそうだ。

2009年11月17日

オバマ大統領の「アジア演説」を読む

 昨日(16日)は、講演のため長野県の佐久平へ。信濃毎日新聞主催の講演会で「北朝鮮情勢のこれからを読む」をテーマに、核問題や米朝・中朝関係、そして拉致問題について語った。

 核問題も、拉致問題も日米の民主党政権下で解決できなければ、半永久的に難しくなるとの理由を説明し、どんなことしてでも両政権の任期中に解決しなければならないと力説した。

 北朝鮮が「経済大国」を「強盛大国」の一環として看板に掲げているならば、目標の2012年までの残り3年の間に核問題も、拉致問題も解決して外交的孤立と経済苦境から抜け出さなければならない。核問題の相手であるオバマ政権にとっても2012年は任期最後の年となる。米朝とも、決着を付ける構えである。

 そのことは、オバマ大統領が14日に日本で行ったアジア外交演説から垣間見ることが出来る。

オバマ大統領は北朝鮮に対して「米国は北朝鮮に(孤立とは)違う将来を提示する用意がある」「北朝鮮には国際社会に統合していく未来もありえる」「貧困のままでなく、貿易や投資や観光が北朝鮮国民へのより良い機会を与えるという経済的機会のある未来を持てる」「不安定さを増すのではなく、安全と尊敬の未来も持てる」と呼びかけた。

 もちろん、米国から提示された未来は「6者協議へ復帰し、これまでの合意を守り、NPTへの復帰と朝鮮半島の完全かつ検証可能な非核化を行うことだ」との前提条件付だ。果して、北朝鮮はこのオバマ演説をどう受け止めているのだろうか、知りたいところだ。

 演説には「何十年にわたって、北朝鮮は、核兵器開発の追及も含む、対決と挑発の道を歩んだ」とか「北朝鮮が国際的な義務の履行を拒否することは、同国の安全を低下させるだけで、より安全にはならない」とか「自国民をぞっとするような抑圧の下に置いている」とか、北朝鮮を刺激する部分もあることはあったが、総じて、ソフトな内容となっている。少なくとも、北朝鮮を「悪の枢軸」と、また金正日総書記を「ならず者」と呼んだブッシュ前大統領のそれとは大違いである。

 これまでならば、売り言葉に買い言葉で、北朝鮮はこの種の発言には必ず反論、反発する。しかし、17日現在、北朝鮮の外務省も、メディアも沈黙を保ったままだ。

 ボズワース特別代表の訪朝を早期に実現させるため反論を控えているのか、それとも今日(17日)から訪問する韓国での発言を聞いたうえで、まとめて論評するのか、韓国でのオバマ大統領の言動と北朝鮮の反応が俄然注目される。

 オバマ大統領の演説でもう一つ気になったことがあった。日本人拉致問題について触れた部分で「(北朝鮮は)日本人の家族に対し、拉致された人たちの行方を完全に明らかにしなければ、近隣諸国との完全な関係正常化もない」と発言したことだ。

 日本のメディアも、関係者もオバマ大統領が拉致問題を触れたことを高く評価していたが、発言を吟味すると、それほど高い評価には値しないのではないだろうか。というのも、オバマ大統領は「日本人の家族に対し、拉致された人たちの行方を完全に明らかにしなければならない」と抽象的な発言にとどめ、「拉致被害者を日本に帰国させなければならない」と、日本が主張する生存を前提とした発言にまで踏み込んでいないことだ。

 換言するならば「どうなっているのか、安否を明らかにすべきである」あるいは「生存しているのか、亡くなっているのか、(家族に)説明する必要がある」としか、オバマ大統領は言っていないのである。

 繰り返すまでもないが、政府が認定した安否不明の残り12人の拉致被害者については「全員生存している」というのが日本政府の立場だ。従って、拉致問題の解決とは、北朝鮮が生存者を全員帰国させることが前提となる。ところが、オバマ大統領は、日本の立場を十分に知りつつもそこまでは踏み込んでいないのである。なぜだろうか?

 思えば、日本では評判が悪かったヒル米国務次官補も2年前、下院外交委員会の公聴会での証言で「拉致問題の解決は、愛する者を失った家族にとって幸せでないケースもあるだろうが、家族は何があったのか説明を受ける権利がある」と意味慎な発言をしていた。また、クリントン政権当時、国務省北朝鮮担当官だったケニス・キノネス氏もほぼ同じ頃、韓国メディアとのインタビューで「私は北朝鮮が日本に解放する拉致被害者がこれ以上いるとは思わない」と語っていた。

 ヒル次官補の前任者としてブッシュ政権発足時に北朝鮮問題を担当したケリー元次官補にいたっては「「北朝鮮の核の脅威に最もさらされているのは韓国でもなく、中国でもなく、日本だという現実も直視する必要がある。非核化の実現には日本の貢献が欠かせないだけに、拉致問題で日本の政治家が厳しい決断を迫られる時期が来るかもしれない」とさえ、言い切っていた。

 安否不明者の問題について日本の外務省は、これまでに米国に一体どのように説明してきたのだろうか?「生存している」と、確信を持って説明してきたのだろうか?生存していることを十分に説明し、納得させているならば、今回のような発言にはならなかったはずだ。

 もう一つ、気になるのは、拉致問題を解決しなければ「近隣諸国との完全な関係正常化もない」との発言の中の「近隣諸国」は日本や韓国を指しているのであって、米国ではないことだ。オバマ大統領から改めて言われるまでもなく、「拉致問題が解決しなければ、国交正常化しない」ことは日本政府の基本である。鳩山民主党政権でも、この基本方針には変わりがない。岡田克也外相がクリントン長官との会談(9月21日)で「拉致・核・ミサイルの問題全体がきちっとしないと国交正常化はない」と言明したばかりだ。

 従って、仮にオバマ大統領が「米国との完全な関係正常化もない」と言ったならば、日本にとっては心強い。強力な「援護射撃」となる。関係者が異口同音に言うように「北朝鮮への強いメッセージ」にも、大いなる圧力にもなる。

 結局のところ、オバマ大統領の拉致問題に関する発言は、当たり障りのないものに終始したとしか評価しようがない。米国への過剰な期待は、禁物だ。

2009年11月 2日

またまた驚いた「朝日」の一面トップ記事

 今朝(11月2日)の朝日新聞の「拉致機関 金総書記が指揮」の一面トップ記事には驚いた。内容そのものに驚いたわけではない。「朝日」の記事の内容は専門家の間では常識だ。誰もがすでに知っていることだ。おそらく拉致被害者家族の会や「救う会」では「なにを今になって」という思いだろう。

 直接であっても、間接的であっても、金総書記の命令、指示なくして、部下が勝手なことはできない、それが北朝鮮の体制である。すべてのことが「天皇陛下の命令」や名で行われた戦前の軍国時代の日本の統治スタイルを継承したのが、他ならぬ北朝鮮である。日本人拉致は当時情報機関を掌握していた金総書記に直接的な責任があることは自明である。

 「朝日」は記事の中で「自身の関与を否定するこうした主張の根拠が揺らげば、拉致・核・ミサイル問題を包括的に解決して日朝国交正常化を目指す方針を掲げる鳩山内閣の取り組みは困難なものになりかねない」と書いているが、鳩山政権の方針は、小泉ー安倍ー福田ー麻生と4代続いた自民党政権の方針を踏襲したまでのことだ。7年前に金総書記に拉致を認めさせた小泉総理は「金総書記の関与」についてはおそらく百も承知のうえで、「平壌宣言」を交わしたのだろう。戦勝国が天皇に戦争責任を問わず、ポツダム宣言を交わしたことと同じことだ。

 韓国政府も、1986年の「ラングーン事件」や1987年の「大韓航空機爆破事件」が誰の指示、命令によるのかを知りながらも、あえて責任を問わず、南北首脳会談を提唱し、様々な合意や共同宣言なるもの引き出している。それが外交というものだ。「朝日」がそれを知らないはずはない。

 むしろこの時期の「朝日」の記事こそが、逆に拉致問題の解決を困難にしかねない。米国と足並みを合わせ、これから北朝鮮との交渉の道を探ろうとしている矢先のことだからである。「朝日」の記事への北朝鮮の反発次第では、再開の兆しのある日朝交渉が再び閉ざされるかもしれない。千秋一日の思いで交渉再開を待ちわびる横田さんら拉致被害者の家族の心情を察すると、「朝日」の記事は、あまりにもタイミングが悪すぎる。

 それにしてもなぜ今、一面トップに掲載したのだろうか?

 肯定的に解釈すれば、前日に金大中拉致事件を指揮したとされる李厚洛元KCIA(韓国中央情報部)部長の死去ニュースに触発されたのかもしれない。

 東京を舞台に1973年に引き起こされた「金大中拉致」は朴正熙大統領の指示によるものとみられていた。しかし、李元部長は、誰に命令され、「金大中拉致」を実行したのか、事件の真相について最後まで語ることはなかった。

 拉致された当事者の金大中元大統領も、そして拉致した李部長も死去した今、日本の主権を侵害された事件の真相はうやむやのまま幕を閉じてしまった。「金大中拉致事件」の教訓から、日本人拉致を誰が指揮したのか、最高責任者が誰なのか、徹底的に追及すべきであるとの報道姿勢から記事にしたということならば評価できる。それでも一面トップに載せるに値するだろうか。

 政府が金総書記に逮捕状を請求したとか、国際司法裁判所に提訴することを決定したというならば、話は別だ。また、金総書記の指示を裏付ける文書を入手したというならば、それもわかる。訪日が噂されている黄長燁(ファン・ジャンヨプ)元労働党書記の証言ならば、あるいは脱北した関係者の新たな証言ならばそれは理解できる。しかし、記事はそうはなってない。

 記事を読むと「日本政府の関係当局の調べで明らかになった」と書かれてある。福田政権の時に金総書記の命令を実行した情報機関の幹部二人に「逮捕状を請求することも検討していた」と書いているところをみると、情報の出所は、自民党政権時代の関係者だろう。鳩山政権の足を引っ張る意図が見え隠れしている。それに「朝日」が軽々に乗ったとは思えないが、「朝日」が鳩山内閣のあら探しに躍起になっているだけに気になるところだ。

 「誤報」の疑いが指摘されているにもかかわらず今もって読者に責任説明を果たさずうやむやにしている問題の「金正雲 極秘訪中」記事に続く、今回の一面トップ記事の真意を、編集局長に直接聞いてみたいものだ。

 昨日の日曜は、島根県の出雲で講演があった。あいにくの雨と新型インフルエンザの影響で珍しく会場には空席が目立った。講演の最後に鳩山政権下での日朝交渉の展望について語ったが、関心が高かった。それもそのはずで、島根県には益田ひろみさんという「特定失踪者」が一人いる。1973年に失踪したままだ。当時20歳のひろみさんを84歳の老母が、また同窓生らが今も懸命に探している。

 多くの人々が一日も早く日朝交渉が再開され、北朝鮮が一昨年8月に約束した被害者の安否の再調査が行われるのを願っている。

 責任の所在は明らかにしなければならない。しかし、何はともあれ、その前に生存者を救出することが先決ではないだろうか。

Profile

辺 真一(ぴょん・じんいる)

-----<経歴>-----

1947年東京生まれ。
明治学院大学(英文科)卒業後、新聞記者(10年)を経て、フリージャーナリストへ。
1980年 北朝鮮取材訪問。
1982年 朝鮮半島問題専門誌「コリア・レポート」創刊。現編集長。
1985年 「神戸ユニバシアード」で南北共同応援団結成。統一応援旗を製作。
1986年 テレビ、ラジオで評論活動を開始。
1991年 南北国連同時加盟記念祝賀宴を東京で開催。北朝鮮への名古屋からの民間直行便開設に助力。
1992年 韓国取材開始。(以後今日まで二十数回に及ぶ)
1998年 ラジオ短波「アジアニュース」パーソナリティー。
1999年 参議院朝鮮問題調査会の参考人。
2003年 海上保安庁政策アドバイザー。
2003年 沖縄大学客員教授。
現在、コリア・レポート編集長、日本ペンクラブ会員。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
「辺真一のコリア・レポート」

-----<著作>-----


『「金正日」の真実』
小学館、2003年1月


『金正日「延命工作」全情報』
小学館、2002年11月


『強者としての在日』
ザ・マサダ、2000年11月


『「北朝鮮」知識人からの内部告発』
三笠書房、2000年1月


『北朝鮮亡命730日ドキュメント』
小学館、1999年6月


『北朝鮮100の新常識』
ザ・マサダ、1999年5月

『ビジネスマンのための韓国人と上手につきあう法』
ジャパン・ミックス、1997年12月

『朝鮮半島Xデー』
DHC、1994年8月

『表裏の朝鮮半島』
天山出版、1992年4月

-----<共著>-----


『読売 VS 朝日 社説対決 北朝鮮問題』
中央公論新社、2002年12月

『韓国経済ハンドブック』
全日出版、2002年3月

『一触即発の38度線』
飛鳥新社、1988年7月

-----<訳書>-----


『北朝鮮が核を発射する日』
PHP研究所、2004年12月

『凍れる河を超えて(上)』
講談社、2000年6月

『凍れる河を超えて(下)』
講談社、2000年6月

『私が韓国をキライになった48の理由』
ザ・マサダ、1998年9月

『潜航指令』
ザ・マサダ、1998年7月

『生きたい!』
ザ・マサダ、1997年7月


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