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2009年9月20日

金正日の言う「多国間」とは「6か国」!?

金正日総書記が訪朝した中国の戴秉国国務委員との会談(9月18日)で核問題を「2国間および多国間の対話を通じ解決したい」と発言したことを受けて多くの日本のメディアは金総書記が「6か国協議への復帰を示唆した」と伝えていたが、早合点のような気がしてならない。多国間イコール必ずしも「6か国」とは限らないからだ。

周知のように中国は6か国協議の議長国である。戴国務委員の訪朝結果、金総書記が6か国協議復帰に同意したなら、新華社通信はなにも「多国間」という文言を使わず、ずばり「6者」とか「6か国」という表現を使い、外交成果を誇れば済むことだ。

もちろん、「二度と6か国協議には出ない」(北朝鮮外務省)とか「6か国協議は永遠に終わった」(金永南最高人民会議常任委員長)と言ってきた北朝鮮の立場や面子を考えて、配慮してあえて「多国間」という表現を用いた可能性も考えられる。戴国務委員は過去に2003年7月、2005年4月、2006年10月と3度訪朝し、その都度駄々こねる北朝鮮を説得して、6か国協議のテーブルに着かせた実績もあるだけに、今回も復帰への確約を取り付けたと言えなくもない。

しかし、その一方で、中国への配慮から金総書記の外交辞令、リップサービスの可能性も否定できない。金総書記が言及した「多国間」が3か国あるいは4か国協議を指す場合もある。6か国協議に替わる新たな多国間協議を念頭に入れての発言かもしれない。

 仮に本当に金総書記が6か国協議への復帰を示唆したならば、無条件ではないはずだ。必ず前提条件がある。それが、何か定かではない。単に米朝直接交渉だけなのか、それとも国連の制裁解除なのか、あるいは中国政府の経済援助なのか、それとも6か国協議ボイコットの原因となった人工衛星打ち上げの保証なのか、はっきりしない。

 実は、核実験の直後、中国の北朝鮮担当者の求めに応じ、北朝鮮の今後の出方について意見を求められたことがあった。その際、以下のような見通しを述べたことを記憶している。
 
 「当面は、オバマ政権を相手にチキンレースを仕掛けるが、北朝鮮の究極的な狙いは、米朝による外交決着にある。そのため米国に2国間協議を働きかけるだろう。仮に米国が直接協議に応じれば、米国への配慮から、韓国とも関係修復に乗り出し、南北対話を復活させるだろう。また、日本に対しても衆議院選挙後に交渉を打診するだろう。南北と日朝対話を同時進行させ、米国との交渉進展をはかるのでは。2国間による2+2+2の会談が北朝鮮の第一の狙い。2国間会談が進展すれば、第二段階として休戦協定を平和協定に変えるため米朝に中国と韓国を加えた4者会談か、北朝鮮の非核化と安全保障を担保するため米朝に中ロを交えた核保有国による4者会談を提唱するかもしれない。いずれにしても、6か国協議の再開は、2者や4者会談が進展してからの話となる。現状での6か国協議復帰は北朝鮮にとって外交敗北となるので、無条件、即戻ることはないと思う」

 中国にとって6か国協議の早期再開が望ましいが、平和協定締結当事国による4者会談であれ、核保有国による4者会談であれ、中国は米国と共にどちらにもコミットしているので、核問題の進展のためならば4者協議でも異論はないはずだ。前者ならば、日本とロシア、後者ならば、日本と韓国に資格がないことからオミットされる。米国が応じる可能性が極めて低いが、北朝鮮の非核化を実現させるためのオプションとしてゼロではない。

 中国も最終的には6者会談のための前段階として北朝鮮が求める2者あるいは4者会談を許容するのではないだろうか。国境を接している社会主義同志関係にある中国と北朝鮮との関係は何と言っても別格だからである。それだけに米朝協議促進のため中国による側面支援もあるかもしれない。

戴国務委員は今回、胡錦濤主席の特使として訪朝し、朝鮮半島の非核化の方策について金総書紀と話し合った。戴特使を通じて親書を伝達した胡主席は23日から始まる国連総会に出席し、オバマ大統領と会談の予定である。

金総書記が中国の協力を要請しているならば、胡主席がオバマ大統領に直接米朝会談を働きかけるだろう。金総書記との首脳会談に応じるよう説得することも十分考えられる。2004年5月に金総書記は再会した小泉純一郎総理に米朝橋渡しを依頼し、小泉総理は失敗に終わったが、ブッシュ大統領に金総書記との会談を働きかけたことがあったからだ。

米朝首脳会談の可能性については18日にジョンホプキンス大国際関係大学院で国務省の朝鮮半島担当官、国防情報局(DIA)や議会関係者、それに朝鮮半島専門家ら20数人が集い、開いた非公開会議でも取り沙汰されていた。イラクやアフガンの情勢次第だが、早ければ、来春の開催も考えられるとのことだ。

中国の外交もしたたかだ。経済制裁でも必ずしも国際社会とは足並みを揃えていない。そのことは今回、戴国務委員が日本では贅沢品として北朝鮮への輸出を禁じているワインを金総書記にプレゼントしていたことからも明らかだ。土産に頂戴したことがあるが、中国産のワインもなかなかのものだった。

 これでは日本がいくら経済制裁を律儀に履行しても、意味がなくなる。日本も米国や中国にしてやられないようもっとしたたかな外交が必要なのかも。

2009年9月10日

相変わらずの日本の新聞の「北朝鮮論調」

 民主党政権に北朝鮮が対話攻勢をかけてくるのではとの記事が産経新聞(5日付)と毎日新聞(6日付)、そして朝日新聞(8日付)にそれぞれ掲載されていた。

 「北朝鮮が朝鮮総連を通じて民主党を攻略するよう指示を出した」との「産経」の記事は良くも悪くもいかにも「産経」らしい。

 北朝鮮=朝鮮総連=民主党というトライアングルの図式を浮かび上がらせることで国民の反北感情に訴え、「産経」が論陣を張ってきた圧力重視の政策を変更しないよう巧みに民主党を牽制しているところが実にうまい。北朝鮮が狂牛病牛肉の輸入問題で高まった反米感情を巧妙に利用し「李明博政権は親米政権」「李明博政権の背後には米国がいる」と煽り立て、李政権を孤立させようとした手法と酷似しているので、さすが北朝鮮に精通している「産経」ならではと感心した。

 「毎日」(「外務省 北朝鮮の対話攻勢を警戒 新政権に難題」)と「朝日」(「対北朝鮮 民主定まらず 対話派と圧力が混在」)」の記事の内容は、ものの見事に似通っていて、面白くもなかった。これならば、1紙を読めば十分だ。

 ここ数年際立っていることだが、大手紙の北朝鮮関連記事、論調は「国策報道」というか、「大本営発表」に終始し、政府の方針や政策に異を唱え、提言することはまずない。「政府の対北政策を支持しているから当然」と言われれば、それまでだが、これでは「戦前報道」と何一つ変わりがない。

 北朝鮮にも新聞は3紙ある。北朝鮮を代表する御馴染みの党機関紙の「労働新聞」のほか、政府機関紙の「民主朝鮮」もあれば、社会主義青年同盟の機関紙もある。3紙の日本論調は内容も文言もほぼ同じでで、コピーそのものだ。毎年元旦には3紙は共同の社説を載せているが、日本の大手紙もこと北朝鮮問題では共同社説にしてみてはどうだろうか。

 まず、「毎日」の記事だが、冒頭に「日本で政権交代が実現するのを受け、外務省は『北朝鮮が近く拉致問題の再調査開始を申し入れてくる』との見方を強めている。米国や韓国に対する8月来の『対話攻勢』を、対北強硬路線の麻生政権が退く日本にも仕掛けてくる、と見ているためだ。しかし、北朝鮮は合意済みの『一部制裁解除』以上の見返りを求める可能性もある。安易な譲歩は批判を招きかねず、新政権は発足直後から厳しい判断を迫られる」と書かれてあった。

 「北朝鮮が対話を求めてくる可能性」については全く異論のないところ。問題は「一部制裁解除以上」の見返りを北朝鮮が要求した場合は、「安易な譲歩は批判を招きかねない」との指摘だ。「一部制裁解除以上の見返り」とはどうやら食糧支援らしい。

 北朝鮮が公式にも非公式にも、また第三者を通じて日本側に食糧支援を打診、要請したとの情報はない。「求めてくる可能性」を想定した上での話のようだが、求めてくれば、拒否すれば済むだけの話だ。理由は簡単だ。食糧支援は昨年の日朝合意事項には含まれていないからだ。

 そんな架空の話よりも、要は、昨年8月の日朝合意で決まった再調査の開始に北朝鮮が応じると言ってきた場合、約束した一部制裁(①人的往来の規制解除②チャーター便の規制解除③人道支援物資輸送目的の北朝鮮船舶の入港の容認)の解除に日本が応じるのか、それが問題だ。仮に「厳しい判断を迫られる」とすれば、この一点に尽きる。

 「毎日」は「外務省幹部は『政権交代を機に、対話攻勢を日本にも広げる』と予測する。北朝鮮にとり、日本の制裁が緩めば国際社会の包囲網を崩したことになるからだ」と書いている。そうだとすれば、食糧支援をしなくても、既存の日朝合意を履行するだけで日本が「国際社会の包囲網を崩した」ということになってしまう。そもそも、北朝鮮との間で安否不明の拉致被害者の再調査を条件に制裁の一部解除に同意したのは外務省である。その外務省の幹部が、国際社会の包囲網が崩れるのを恐れ、日朝合意を履行に移せないならば、最初から合意など交わさなければ良いことだ。

 「毎日」は「日本が譲歩しても、北朝鮮が効果的な再調査をする確証はない。成果がなければ、批判は日本政府に向く」と指摘しているが、これは、そのとおりだ。しかし、そうした懸念やリスクは今に始まったことではない。北朝鮮による再調査への疑念は合意を交わした時点から国会でも審議されてきたことだ。自民党政権は万が一のリスクやデメリットを覚悟の上で、合意を交わし、再調査を早くやるよう催促してきたのではないだろうか。

 

 「朝日」の記事も腑に落ちない。
「北朝鮮はクリントン元大統領の訪朝を受け入れなど、米韓に対話攻勢をかけるが、核問題に関する姿勢に変化はない。このため日米韓は北朝鮮の制裁を着実に実行するという基本方針を変えていない。政権交代で日本だけが方針を変えれば、対北朝鮮包囲網の足並みを乱すことにもなりかねない」と書いているが、政権交代を機に、民主党政権が北朝鮮との間で仕切り直しの協議を行い、昨年8月の政府間合意に基づき制裁の一部を解除することの問題を指摘しているならば、米国や韓国、国際社会の同意や許可なくして、日本は拉致問題を進展させるための合意を履行できなくなってしまう。6か国協議などの国際協力で拉致問題を解決するとしているのに、逆に足かせをはめられることになり、矛盾している。


 麻生政権も、被害者家族の会も、北朝鮮に対して安否不明の拉致被害者の再調査に応じるよう迫ってきたのは周知の事実である。麻生総理は3月に「本当に再調査すれば、我々としてはそのとおり実行する」と述べ、制裁の緩和を示唆していた。しかし、「朝日」や「毎日」が指摘するように日本が約束した制裁解除が北朝鮮包囲網の足並みを乱すことになるならば、北朝鮮に対する国連の制裁が解除されない限り、日本は北朝鮮との交渉も合意もできなくなる。こんな有様ではいつまで立っても拉致問題の進展など望める筈もない。

 「朝日」も「毎日」も日朝合意が3年前の国連制裁決議(1718号)が継続中に交わされていた事実を忘れるべきではない。仮に昨年北朝鮮が速やかに再調査を実施していれば、日本は制裁を解除し、国際社会の包囲網をとっくに破っていたことになる。

 百歩譲って、日本が約束した人的往来の規制解除とチャーター便の規制解除、そして人道支援物資輸送目的の北朝鮮船舶の入港の容認が国際社会の包囲網を破ることになるならば、昨年12月以来閉鎖されていた開城の南北経済協力協議事務所の再稼動に、昨年5月以降断絶していた南北間軍通信網の正常化に、昨年12月以来閉ざされていた南北陸路通行と京義線の陸路通行の正常化に、そして日本海側の金剛山地区への通行の正常化に同意した韓国政府の一連の措置も「対北朝鮮包囲網の足並みを乱す」ことにはなるのではないだろうか。

 韓国はこれら一連の緩和措置は今年6月の国連安保理の制裁決議(1874)に違反していないとの解釈だ。同様に日本が日朝合意で同意した往来の解除も国連の制裁決議には何ら抵触していない。国連の制裁決議は人的往来や人道支援までは禁じていないからだ。仮に北朝鮮包囲網の足並み乱すことへの危惧があるならば、韓国同様に米国を説得し、同意を取り付ければ済む話だ。

 安保理の制裁決議1874号は国連加盟国に制裁の履行だけを求めているのではない。第31項目には「状況の平和的、外交的、政治的解決への関与を表明し、安保理理事国とその他の国連加盟国が、対話を通じた平和的、包括的解決を促進し、緊張を高めかねない行動を自制するための努力を歓迎する」とある。日朝対話・交渉の復活及び合意の履行は安保理決議にも基づくものでもある。

 「朝日」は「外務省では、北朝鮮が新政権発足後、日本に対して拉致問題などで新たな提案をし、揺さぶってくるのではとの警戒感がある。『釣り球にひっかからないようにしないといけない』(幹部)などと、慎重な対応をすべきだとの声も上がっている」と記事を結んでいたが、「交渉にはきっかけが必要だ。今、北朝鮮側にも動きが出ている。動きのあるときは交渉のチャンスだと思う」と、政権交代で膠着状態にある日朝協議の打開に期待寄せている横田滋さんら拉致被害者家族の切実な声とのギャップに正直違和感を覚えざるを得ない。

 揚げ足を取ったり、水を差したり、叩いたり、不信を煽るのが新聞の使命ではないはず。国民の関心事である拉致問題の早期に解決と外交懸案である日朝関係正常化に向けてもっと建設的な役割を果たすことができないものだろうか。

2009年9月 5日

民主党政権で北朝鮮外交は変わるか

 北京で楊潔簾外相及び6か国協議の議長である武大偉外務次官と会談した米国のスチーブン・ボズワース北朝鮮担当特別代表は4日にソウルに立ち寄り、韓国側と意見調整を行なったうえで、民主党政権発足前の6日に来日し、鳩山由紀夫代表ら民主党執行部と意見交換する。

 ボズワース特別代表の日韓中歴訪についてキャンベル国務次官補は「現在、米国は韓国と日本、中国など当事国との間で北朝鮮の核問題の進展のための案を提示する初期の段階にあり、特に日本の場合、新政府が北朝鮮の核問題と6者会談に関する立場を整理できるよう時間を与えるべきである」と語っていた。この時期のボズワース特別代表の訪日は、オバマ政権が検討している6か国協議前の米朝対話及び核放棄見返りへの包括的提案への民主党の考えを見極め、意見調整することにある。

 ボズワース氏に入れ替わって7日からは武大偉外務次官が4日間の日程で来日する。狙いはボズワース氏と同じだ。先月(8月)中旬に訪朝し、6か国協議の北朝鮮側の首席代表、金桂寛(キム・ゲグァン)外務次官と会談した武外務次官の鳩山次期政権への提言が注目されるが、中国はすでに、崔天凱駐日大使が鳩山由紀夫代表と党本部で6月3日に会談した際「対話を通じて交渉していかなくてはならない。強硬に出ればいいという問題ではない」と述べ、自民党政権がこれまでとってきた圧力・制裁路線から対話路線にシフトするよう要請していた。

 米中両国が足並みを揃えて新政権の北朝鮮問題への対応に着目していることは、裏を返せば、自民党政権の従来の北朝鮮政策とは異なった新たな政策、アプローチを秘かに期待しているほかならない。このことを暗示したのが、「DMZ(非武装地帯)平和フォーラム」国際シンポジウム出席のため訪韓した米下院アジア太平洋外交委員会環境小委員会のファレルオマベ委員長の9月2日の記者会見での発言だ。

 同委員長は「朝鮮半島問題のため国際社会は6者会談をしているが、南北朝鮮と米中の4か国に狭めて交渉を導く必要がある。米中は交渉の中心となる韓国と北朝鮮に最も影響を持つ国だからである。日本は拉致問題など朝鮮半島問題と直接関連のないイシュを主張しているので、むしろ交渉テーブルがより複雑になる傾向がある」と、日本がこれ以上拉致問題に拘るならば6か国協議から4か国協議への転換の必要性を説いていた。

 仮に米中両国が政権交代を機に日本に核問題の解決を最優先するよう求めてきた場合、あるいは、核問題解決のために日本を除外した4か国協議を求めてきた場合、民主党は新たな選択を強いられることになる。これまでのように「拉致最優先政策」を固持するのか、それとも、拉致問題を切り離し、日朝直接協議の場で解決を目指すのか、重大な岐路に立たされることになる。

 拉致問題を含む日朝懸案を解決するには民主党が新たに単独で北朝鮮との間に太いパイプを構築しなければならない。朝鮮半島問題研究会議員連盟の川上義博事務局長の個人的なルートを通じて北朝鮮との間には接点はあるが、拉致問題解決のための信頼関係を構築するまでにはいたっていない。

 次期幹事長の小沢一郎代表代行は日中関係がぎくしゃくしていた06年、民放の番組で、「信頼関係があれば話し合いができる。話し合いが続けられれば、相互理解が深まり、妥協点が見つかる。妥協点が見つかれば、両国どちらにも受け入れられるウィウィンの結果が得られる」と、信頼関係構築の必要性を説いたことがあった。信頼関係を深めるためには必然的に9年間閉ざされていた交流を再開させなければならない。

 民主党と北朝鮮の関係を辿ると、結党から2年後の1998年2月に初めて海江田万里党国際交流委員長を団長に小規模の代表団を派遣している。受け入れ先は、朝日親善協会だったが、対日担当の金容淳(キム・ヨンスン)書記との会談は実現せず、宋浩景(ソン・ギョンホ)党国際部長が応対した。

 翌年の2000年12月には伊藤英成衆議院議員を団長に6人から成る代表団が訪朝したが、カウンターパートナーはまたもや宋部長で、アジア太平洋平和委員会委員長を兼ねていた金容淳書記とは会えずじまいだった。北朝鮮が政権与党である自民党との差別化をはかったことで、野党外交の限界を露呈させることとなった。

 この時の会談で、民主党からは市民グループが計画しているスポーツ、文化事業を通じた相互交流などの提案が、また朝鮮労働党からは民主党との交流を深める提案があったが、2002年9月の小泉・金正日会談で北朝鮮が日本人拉致を認めたことで、反北世論が一気に高まり、その結果、一度も交流が行なわれないまま、労働党との関係は断絶してしまった。1999年に党内に設置された北朝鮮との交流、国交正常化を目指した「朝鮮問題小委員会」も自然消滅してしまった。代わって、拉致問題の調査会が設置され、委員長には伊藤英成議員が就任するなど北朝鮮政策は180度転換した。

 民主党結党後、歴代執行部(代表・幹事長)は今日まで誰一人訪朝していない。北朝鮮との交流には関心はなく、党の活動方針に韓国と中国との交流は盛り込まれても、北朝鮮に関する言及はない。「拉致問題の解決なくして、国交正常化はない」との歴代の自民党政権の方針を基本的に支持しているためだ。

 民主党は国会の場で拉致やミサイル問題、朝銀問題等を激しく追及するなど、北朝鮮に対するスタンスは自民党よりもむしろ強硬だ。脱北者らを日本に招き、国会で証言をさせたのも民主党である。また「北朝鮮人権侵害救済法案」の成立を選挙公約に盛り込み、北朝鮮へのカネとモノの流出を防ぐため「改正外為法」や「特定船舶入港禁止特別措置法」の成立、発動をどの党よりも率先して提唱し、実現させてきた。今回の衆議院選挙のマニフェストでも核問題では「国連安保理決議に基づき貨物検査を実施し、北朝鮮に対する追加制裁を含む断固たる措置を取る」と、自民党の従来の政策を踏襲している。

 民主党は、政権党となった今、当然のこと、拉致や核問題などで政府を追及する側から解決する側に身を置くことになる。

 衆議院選の大敗後、河村建夫官房長官は拉致被害者家族会に対して「結果として(麻生政権下で)解決ができなかったことは申し訳ない」と謝罪していたが、拉致問題の解決は今後、鳩山政権の手に委ねられ、民主党が全面的に責任を負うことになる。

 民主党は選挙のマニフェストで拉致問題について「我が国への主権侵害でもあり重大な人権侵害であるので、国家の責任のもと解決に向けて全力を尽くす」と決意表明はしている。が、肝心の解決のための方策は示されていない。

 北朝鮮問題をめぐっては民主党内には中井洽党拉致問題対策本部長ら拉致議連グループと石井一顧問らの「朝鮮半島問題研究会議連」が混在している。前者は全面制裁など圧力の重視を、後者は対話の重要性を強調している。双方は同床異夢というか、水と油の関係にある。

 社民党との安全保障政策の違いよりもより深刻な対立を内部に抱える民主党政権が自民党政権下で解決できなかった拉致問題を進展させることができるかは、鳩山次期総理の政治手腕にかかっていると言っても過言ではない。

Profile

辺 真一(ぴょん・じんいる)

-----<経歴>-----

1947年東京生まれ。
明治学院大学(英文科)卒業後、新聞記者(10年)を経て、フリージャーナリストへ。
1980年 北朝鮮取材訪問。
1982年 朝鮮半島問題専門誌「コリア・レポート」創刊。現編集長。
1985年 「神戸ユニバシアード」で南北共同応援団結成。統一応援旗を製作。
1986年 テレビ、ラジオで評論活動を開始。
1991年 南北国連同時加盟記念祝賀宴を東京で開催。北朝鮮への名古屋からの民間直行便開設に助力。
1992年 韓国取材開始。(以後今日まで二十数回に及ぶ)
1998年 ラジオ短波「アジアニュース」パーソナリティー。
1999年 参議院朝鮮問題調査会の参考人。
2003年 海上保安庁政策アドバイザー。
2003年 沖縄大学客員教授。
現在、コリア・レポート編集長、日本ペンクラブ会員。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
「辺真一のコリア・レポート」

-----<著作>-----


『「金正日」の真実』
小学館、2003年1月


『金正日「延命工作」全情報』
小学館、2002年11月


『強者としての在日』
ザ・マサダ、2000年11月


『「北朝鮮」知識人からの内部告発』
三笠書房、2000年1月


『北朝鮮亡命730日ドキュメント』
小学館、1999年6月


『北朝鮮100の新常識』
ザ・マサダ、1999年5月

『ビジネスマンのための韓国人と上手につきあう法』
ジャパン・ミックス、1997年12月

『朝鮮半島Xデー』
DHC、1994年8月

『表裏の朝鮮半島』
天山出版、1992年4月

-----<共著>-----


『読売 VS 朝日 社説対決 北朝鮮問題』
中央公論新社、2002年12月

『韓国経済ハンドブック』
全日出版、2002年3月

『一触即発の38度線』
飛鳥新社、1988年7月

-----<訳書>-----


『北朝鮮が核を発射する日』
PHP研究所、2004年12月

『凍れる河を超えて(上)』
講談社、2000年6月

『凍れる河を超えて(下)』
講談社、2000年6月

『私が韓国をキライになった48の理由』
ザ・マサダ、1998年9月

『潜航指令』
ザ・マサダ、1998年7月

『生きたい!』
ザ・マサダ、1997年7月


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