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2009年6月30日

北朝鮮は日本の早期警戒管制機を撃墜できるか

 北朝鮮空軍司令部は6月27日に報道文を発表し、日本の偵察機が北朝鮮に対して空中偵察を行なっていると非難しました。

 偵察行為を行なっていると問題にされた日本の偵察機は航空自衛隊の早期警戒管制機「E-767」で、北朝鮮の発表では、6月24日、25日と二日間にわたって「元山(ウォンサン)東側海上上空から舞水端里(ムスタンリ)側上空まで長期間往復飛行し、北朝鮮の海岸と周辺地域への空中監視と電波探知を行なった」とのことです。

 その上で北朝鮮は「偵察行為」を「許しがたい軍事挑発である」とし「われわれの領空を0.001ミリでも侵犯すれば、容赦なく撃ち落す」と警告を発していました。

 「偵察行為を行なった」とされる南東部に位置する江原道の元山には旗対嶺(キッテリョン)ミサイル基地があり、5月25日には地対艦ミサイル2発が発射されています。また北東部の咸鏡北道の舞水端里基地からも4月5日にテポドンⅡが、また5月29日には地対空ミサイルが発射されています。いずれの基地も日本海(東海)を挟んで日本に面しているので、日本としては無関心ではいられません。

 特に北朝鮮は元山海域一帯を6月25日から7月10日まで航行禁止地域に設定し、軍事射撃訓練を予告してており、また舞水端里基地でもテポドンⅡか、その改良型の長距離ミサイルの再発射の動きが取り沙汰されているだけに安全保障上、日本が警戒するのは当然のことです。

 しかし、北朝鮮は日本国内で「敵基地攻撃能力保有」「核及びミサイル基地への先制攻撃」の議論が起きている最中に空中偵察行為が繰り広げられていることに神経を尖らし、「看過できない」として「迎撃する」と脅しています。

 単なる威嚇や、牽制ならば憂慮する必要はないのですが、北朝鮮が本当に迎撃するつもりなのか、意思があったとしても撃ち落せる能力があるのか、それが問題です。

 まず、迎撃の条件として「われわれの領空を0.001ミリでも侵犯すれば」と言っていますので、北朝鮮の領空を侵犯しない限り、軍事的アクションはないと思われますが、気になるのは、北朝鮮の領空の範囲が定かではないことです。

 一般的に海外線から12カイリまでのエリアが領空とみられています。しかし、北朝鮮は日本との中間線までを防空領域に指定しています。また、領空の範囲は大気圏に限られ、高度100km以上の上空を高速飛行する物体には戦闘機を発進させてはならないというのが国際法ですが、北朝鮮が「E-767」を偵察機とみなし、警告を発した以上、このまま手をこまねいているとは考えにくいです。実際に、北朝鮮には過去に偵察機を撃墜した前歴があります。

 米国の電子偵察機EC―121を1969年4月15日に撃墜しています。撃墜されたのは神奈川県厚木基地を飛び立った米軍機で、事件が起きる前の三ヶ月間に述べ190回も偵察活動をしていました。前年の米情報収集艦プエブロ号の拿捕に続く迎撃に米国は痛手を被りましたが、一方の北朝鮮は金日成主席誕生日に米軍機を撃墜したことで気勢が上がりました。

 また、1981年8月にも米偵察機「SR-71」が北朝鮮のミサイル攻撃を受ける事件が起きています。しかしこの時は、北朝鮮は「SR-71が領空を侵犯した」と非難したもののミサイルによる攻撃は否定していました。それでも米国は「攻撃を受けた」と北朝鮮を激しく非難しました。北朝鮮は命中しなかったので、失敗を隠すため発射そのものを否認したようです。

 当日沖縄の嘉手内基地から発進した「SR-71」は高度2万4千m、巡航速度マッハ3以上の性能を持つ当時米国が誇る世界最新鋭の偵察機でした。これに対して北朝鮮が当時保有していた対空ミサイルはソ連製のSA-2で、最高射撃高度は1万8千m。従って、2万4千mの高空を超音速で飛ぶ「SR-71」を狙うのは不可能に近いとみられていましたが、同機がSA-2の射程範囲ぎりぎりのところを低空で飛んでいたため狙われたのではないかとみられていました。

 北朝鮮は最大速度は800km/h以上,上昇限度が1万~1万2千mの「E-767」ならば迎撃は可能とみているのかもしれません。実際に先月29日に舞水端里基地から発射された地対空ミサイルは射程距離250kmの旧ソ連製SA-5改良型とみられ、韓国では米国のRC-135やWC-135偵察機を狙っているのではとの見方もありました。

 中国国際戦略学会の厳江楓副会長は自民党の加藤紘一元幹事長との会談(6月26日)で「国防委員会の呉克烈副委員長は人望があり、軍を統括している。呉氏の下で不協和音が生じることはあり得ない」と明言したそうですが、呉克烈副委員長は元空軍司令官でもあり、現在は党作戦部長を兼ねています。その彼が軍を統括しているというのは不気味です。ちなみに軍No1の趙明録国防委員会第一副委員長も空軍出身です。

 米国や国連による制裁強化への対抗手段として北朝鮮が日米韓を戦争瀬戸際まで追い込む戦法ならば①ICBMの発射、②西海での武力衝突、③日本の偵察機への迎撃などが検討されていても不思議ではありません。用心しなければ誤って軍事境界線を越えたばかりに北朝鮮に撃墜され、不時着した15年前の米軍ヘリの二の舞にならないとも限りません。

2009年6月12日

北朝鮮は3度目の核実験をできるのか

 国連で北朝鮮に対する新たな制裁決議が採択されれば、北朝鮮は大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射するのではと、警戒している最中、米CNNテレビは昨日、米政府筋の話として、北朝鮮が新たな核実験を準備している可能性を示す兆候があると報じていました。

 フォックスニュースも、北朝鮮が国連安保理の決議案採択に対抗して3度目の核実験を強行するとの情報を米情報当局が把握し、オバマ大統領に報告したと、伝えていました。

 フォックスニュースは、CIAが北朝鮮は対抗措置として4つの行動に出る可能性があるとして、その4つの行動を、①核燃料棒再処理によるプルトニウム生産②ウラン濃縮への動き③西側軍事基地からの大陸間弾道ミサイル追加発射、そして④3度目の核実験を上げていました。

 フォックスニュースは「世界で最も情報が取りにくい北朝鮮についてCIAがどのようにして情報を把握したのかについては触れていなかった」と報じていましたが、どのようにもなにも、CIAでなくても、誰でも簡単に予想、把握できることです。

 北朝鮮の対抗措置がICBMなのか、3度目の核実験なのか、どちらが先になるのかだが、順当ならば、ICBMでしょう。ICBMを発射すれば、国連安保理が再び召集され、今度は軍事的手段を含む臨検など強硬な制裁が科せられます。北朝鮮がまたそれに対抗して、核実験に踏み切るでしょう。

 この米国からの報道に接して、北朝鮮が5月25日に核実験を強行したばかりなのに、1ヶ月もしない間に可能なのか?プルトニウムの浪費ではないか?2度実験が行なわれた豊渓里の地下実験場は使えるのか?などの疑問が沸くのは当然です。しかし、よく考えてみますと、インドも、パキスタンも続けて核実験を行なっていました。

 インドは1998年5月11日に3回、13日に2回の計5回行なっていました。実験には驚いたことに水素爆弾も含まれていました。

 実験場所は初めて実験を行なった1974年と同じくラジャスタン州の砂漠にあるポカラン試験場で、実験は全て地下で行われました。ちなみに爆発の最大規模は地震計により最大12キロトンと推定されていました。

 パキスタンもインドに対抗して1998年5月28日、30日と核実験を行なっています。28日は西部バルチスタン州のチャガイ山地にある核実験場で計5回、30日は場所を替えて、バルチスタン州のチャガイ丘陵付近で実施されています。

 「パキスタンの核開発の父」と称されるカーン博士は28日の5回の核実験について「原始的な装置ではなく、コンパクトで強力な兵器だ」と強調していました。しかし、実験による地震波は1回しか観測されていなかったそうです。

 一日に本当に核実験を連続して5回もやったとは信じがたいとして、一部では計5回の実験をしたインドに対抗して数字を合わせたとの見方も出ていました。

 米情報機関は「実験は2回で、規模も5キロトンから10キロトン」との見方を取っていましたが、探知が困難な小型の核爆弾だったとの可能性も指摘されていました。

 米政府は回数も含めて核実験を分析中としたものの、結局最終的な報告書を出さないまま今日に至っています。その後、パキスタン国防省は、短距離ミサイル搭載用の核弾頭開発のための核爆発実験が実施されたことを明らかにしていました。

 北朝鮮の5月25日の核実験についても同様で、米国はまだ正式な見解を発表していません。米国同様に日韓も出せないでいます。

 北朝鮮の核実験については本当に核実験だったのか、放射能が探知されないのはなぜか?核実験なら失敗したのか、成功したのか?仮に成功したなら、規模はどの程度なのか?小型化の実験の可能性はないのか?弾道ミサイルに搭載は可能なのか?様々な疑問がそのまま残されています。

 疑問が晴れないまま、北朝鮮は今まさにICBM、そして3度目の核実験をやろうとしています。

2009年6月 2日

北朝鮮にICBMはあるのか?

 北朝鮮は4月29日に国連が制裁決議をすれば、自衛的措置として、大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射すると予告していましたが、どうやら本気のようです。

 米韓メディアは、それぞれ情報当局の話として、平壌近郊のサヌン洞兵器工場で製作された長距離弾道ミサイルが列車で一昨日、平壌から2百km、寧辺(ヨンビョン)核基地から70km離れた北西部の平安北道東倉里(トンチャンリ)のミサイル発射基地に運搬されたと伝えていました。

 これが事実ならば、発射台の組み立て、ミサイルの装着、燃料注入まで2週間程度もあれば十分なことから国連が制裁次第では、米韓首脳会談が開かれる17日前後に発射されるかもしれません。北朝鮮が13-14日の間、平壌の北西部約45kmの西海(黄海)の一部海域を航行禁止にしたこともその関連と見られています。17日まで無理なら、遅くとも朝鮮戦争勃発日の25日までには発射される可能性が大です。ちなみに舞水端(ムスタン)基地からは3年前のテポドンは発射台に上がってから17日後に、先の4月5日のテポドン2は12日後に発射されています。

 運搬されたミサイルは、形状などから、テポドン2か、その改良型と推定されています。4月5日に発射されたテポドン2号は、最終的に射程距離が3千2百~8百km程度にとどまり、失敗に終わったと言われています。距離が伸びなかったことからICBMはまだ完成していないとの見方が有力でした。

 北朝鮮が4月に発射実験するまではテポドン2は射程距離が6千kmと見られていました。しかし、実際に5千5百kmにも満たなかったということは現段階では中距離ミサイルということになります。米ロ戦略兵器削減協定(START-1)に基づけば、ICBMは射程距離5千5百km以上のミサイルを指すからです。従って、仮に今回も同型のミサイルを使用するなら、射程距離を倍近く伸ばさなければ、ICBMとは認められません。

 ペンタゴンはテポドン2について「失敗したので買い手はない」とまで言い切っていました。失敗の原因については不明ですが、二段目と三段目のブースターが切り離せず、一緒に太平洋に落下したとか、切り離しには成功したが、三段目が点火せず、稼動しなかったと報道されています。だとすれば、失敗の原因を究明し、点検、修正しなければなりません。それを二ヶ月もしない間に終えるのは物理的に不可能です。実際、4月5日のテポドン2も、発射から僅か40秒で落下してしまった2006年7月の最初の発射実験から3年を経て発射しています。

 こうしたことから一部では発射されるICBMは、テポドン2の改良型とも言われています。改良型はまだ一度も確認されておらず、発射実験もされていないのに韓国の情報機関が射程距離は4千~6千5百kmと推定するのも何か変な話です。

 北朝鮮がテポドン・ミサイルの発射実験を行なったのは後にも先にも1998年8月、2006年7月、そして今年4月の3度しかありません。

 三陸沖に着弾した1998年8月のテポドン1号の射程距離について当時米国防総省は「三段式で、推定射程距離は約5千km」との公式見解を発表していました。ラムズフェルド国防長官(当時)も「ICBMに匹敵する」とコメントしていました。しかし、日本では飛距離は1620kmで、失敗したというのが定説になっています。2006年7月のテポドン2号も発射から40秒後に空中爆発し、失敗。そして今年4月もやはり失敗に終わったと報道されております。

 テポドンもまだ完成もしていないのに、一気にICBMとは俄かに信じがたいですが、北朝鮮が堂々と公言したところをみると、それなりのものを保有していると見るべきでしょう。それも、日本海に面した咸鏡北道の舞水端基地から後方に4百kmも離れた平安北道の東倉里基地から発射するわけですから、飛距離には相当自信があるのかもしれません。

 北朝鮮には1993年に能登半島に向けて実験したノドンミサイル(射程1千~1千2百km)とテポドンのほか、旧ソ連の潜水艦発射型弾道ミサイル「SSN-6」の技術を利用し、2002年に開発した新型の中距離ミサイルがあります。1992年から98年の間に「SSN-6」を確保し、性能を改善させ、地上発射型に改造したとみられています。

 「SSN-6」の射程距離は3千~4千kmなのでグアムが射程圏内に入りますが、それでも、ICBMとは呼べません。しかし、この新型ミサイルをさらに改良したものが存在するのかは定かではありません。

 これとは別途に北朝鮮には「ロシアの技術を用いて米本土全域に打撃を与えることのできる射程距離約1万5千kmの長距離弾道ミサイルを開発中にある」と、2003年9月に米政府高官の話として伝わっていましたが、あくまで推測のレベルです。

 また、「月刊現代」が2003年6月号で韓国に亡命した元朝鮮人民軍最高幹部の証言を載せていましたが、この最高幹部は「旧ソ連製の4発の核ミサイルが両江道三池淵(サムジウォン)の地下ミサイル施設に格納されている。この核ミサイルの射程距離は9千kmで、米本土を照準に定めている」と証言していましたが、今回のICBMは平壌近郊の兵器工場で製作され、直接発射基地に運搬されています。

 ICBMの存在についてはこの他に米議会で証言した脱北者の李福九氏が著書の中で「北朝鮮が製作する新型ミサイルは全長72メートルで、ロシアの大型ICBM『SS18』をはるかに上回るものである」と言っていましたが、「射程距離4万kmで、ロシアのICBMよりも上回る」と途方もないことを口にしたことから信憑性が問われていました。

 それでも、北朝鮮は1996年の段階で射程距離6千km以上のICBM開発に成功し、実践配備したとの情報があります。その根拠の一つは、労働新聞が1996年12月(金正日最高司令官就任5周年)に「金正日同志の下で軍事的奇跡が起きた」との記事を載せたことです。

 二つ目は、1996年12月30日の宴席で玄哲海人民軍副総参謀長が「核ロケットが23発できました。これらロケットはインド洋まで飛びます」と報告していたことです。

 最後に、1994年4月25日の人民軍創設67周年の際の労働新聞の社説で「敵が逃げる場はこの地球上にはない」と豪語していたことです。

 本当にICBMなのか、弾頭搭載は可能なのか、Xデーはいつなのか、発射は果たして成功するのか、世界の耳目が北朝鮮に向けられている。

Profile

辺 真一(ぴょん・じんいる)

-----<経歴>-----

1947年東京生まれ。
明治学院大学(英文科)卒業後、新聞記者(10年)を経て、フリージャーナリストへ。
1980年 北朝鮮取材訪問。
1982年 朝鮮半島問題専門誌「コリア・レポート」創刊。現編集長。
1985年 「神戸ユニバシアード」で南北共同応援団結成。統一応援旗を製作。
1986年 テレビ、ラジオで評論活動を開始。
1991年 南北国連同時加盟記念祝賀宴を東京で開催。北朝鮮への名古屋からの民間直行便開設に助力。
1992年 韓国取材開始。(以後今日まで二十数回に及ぶ)
1998年 ラジオ短波「アジアニュース」パーソナリティー。
1999年 参議院朝鮮問題調査会の参考人。
2003年 海上保安庁政策アドバイザー。
2003年 沖縄大学客員教授。
現在、コリア・レポート編集長、日本ペンクラブ会員。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
「辺真一のコリア・レポート」

-----<著作>-----


『「金正日」の真実』
小学館、2003年1月


『金正日「延命工作」全情報』
小学館、2002年11月


『強者としての在日』
ザ・マサダ、2000年11月


『「北朝鮮」知識人からの内部告発』
三笠書房、2000年1月


『北朝鮮亡命730日ドキュメント』
小学館、1999年6月


『北朝鮮100の新常識』
ザ・マサダ、1999年5月

『ビジネスマンのための韓国人と上手につきあう法』
ジャパン・ミックス、1997年12月

『朝鮮半島Xデー』
DHC、1994年8月

『表裏の朝鮮半島』
天山出版、1992年4月

-----<共著>-----


『読売 VS 朝日 社説対決 北朝鮮問題』
中央公論新社、2002年12月

『韓国経済ハンドブック』
全日出版、2002年3月

『一触即発の38度線』
飛鳥新社、1988年7月

-----<訳書>-----


『北朝鮮が核を発射する日』
PHP研究所、2004年12月

『凍れる河を超えて(上)』
講談社、2000年6月

『凍れる河を超えて(下)』
講談社、2000年6月

『私が韓国をキライになった48の理由』
ザ・マサダ、1998年9月

『潜航指令』
ザ・マサダ、1998年7月

『生きたい!』
ザ・マサダ、1997年7月


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