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2009年5月28日

北朝鮮核実験の全容

 1.核実験予告

 北朝鮮はミサイル発射を非難する国連安保理議長声明に反発し、4月14日の外務省声明で「自衛的核抑止力を強化する」と宣言。さらに、国連制裁委員会が北朝鮮の三つの企業を制裁企業対象に指定するや、29日に外務省スポークスマンを通じて「対抗措置」として「核実験と大陸間弾道ミサイル発射実験を含む自衛的措置を講じる」と発表した。

 韓国の朝鮮日報紙は5月7日付で韓国政府筋の話として北朝鮮が3年前に核実験を行った咸鏡北道吉州郡・豊渓里の核実験場で「2度目の核実験を準備している兆候がある」と報じていた。

 2.核実験の場所

 咸鏡北道吉州郡豊渓里。気象庁によると、震源の場所は北緯41.2度、東経129.2度と、3年前の核実験時とほぼ同じ。震源の深さはごく浅い。

 豊渓里は北部には海抜2205メートル、1,874メートルの山々があり、南部の最も低いところでも海抜は600メートルである。

 3.核実験の時刻

 気象庁によると、地震発生時刻は午前9時54分40秒頃。

 気象庁によると、体に感じない微弱な揺れは、日本全国で9時56分から57分台にかけて、30秒から1分程度続いたという。

 朝鮮中央通信は実験から2時間後の11時50分、「2度目の地下核実験を実施し、成功した」と伝えたが、発射場所及び時刻については触れなかった。

 4.マグニチュード

 日本の気象庁は      5.3(4.9)

 米地質調査団は      4.7(4.2)

 韓国気象庁         4.5(3.8)

 核実験全面禁止条約機関 4.5(4.1)

 マグニチュードは0.2大きくなるとエネルギーが2倍になる。核実験時の「4.9」から0.4増加したことは、放出されたエネルギーが4倍大きかったことを示すという。

 一方、米地質調査所(USGS)は、今回は0.5大きく、強力爆薬のTNTに換算して数キロトンと推定。

 また、核実験全面禁止条約機関(CTBTO、本部ウィーン)は世界39カ所の地震波観測網から収集したデータに基づき、規模を示すマグニチュード(M)は4.5で、前回のM4.1よりも0.4大きかった。 

 マグニチュードが0.2上がるごとにエネルギー量は2倍になるため、0.4上昇を観測したCTBTOは今回の爆発エネルギーを約4倍と推定した。

 5.爆破規模

 観測した地点によってマグニチュードの数値が異なる。こうした数値から推測される爆発の威力についても、「長崎並み」とする見方が出ている一方で、「小規模だった」との見方もある。

 今回の爆発規模はトリニトロトルエン(TNT)火薬換算で4キロトン前後とみる向きもある。(前回は1キロトン未満)

 一方、韓国やロシアは、爆発規模は最大で長崎型原爆(20キロトン)並みとの見方を示した。

 ロシア国防省報道官は、核実験の爆発規模について、「10~20キロトンの威力」と指摘した。ロシア軍は前回実験の際、爆発規模を「5~15キロトン」と発表していた。

 韓国は李相喜国防相が国会国防委員会で「(爆発の威力は)1キロトンから最大20キロトンだったとみられる」と述べていた。

 韓国の柳明恒外相も26日の外交通産統一委員会で爆破規模について「(長崎や広島のそれよりも)3~4倍も大きかったようだ」と語った。

 米政策研究機関「全米科学者連盟(FAS)」の核専門家、ハンス・クリステンセン氏は「観測された地震の規模から考えて、爆発規模は(TNT火薬換算で)4キロ・トン程度だった」との見解。

 一方、米国立ロスアラモス研究所のシグフリード・ヘッカー元所長の分析として、北朝鮮の核実験の爆発規模は2~4キロ・トンと推定した。

 6.米国と中国に事前通告

 北朝鮮から中国には実験29分前(9時25分)に通告があった。ちなみに前回は15分前に通告していた。

 米国にも24分前(9時30分)に通告していた。前回は米国への事前通告はなかった。

 北朝鮮は「国連安保理が議長声明について謝罪しなければ核実験などの措置を取る」と通告したようだ。

 7.日韓への事前通告

 韓国には北朝鮮から事前通告はなかった。北朝鮮から通告を受けた米国は分析に手間取り、韓国への通告は核実験直後となった。

 韓国地質資源研究院が北朝鮮の核実験直後に地震波を感知し、これを分析後、午前10時20分に情報当局に知らせ、韓国が米国にこの事実を伝えた。米国はその際に、北朝鮮から事前通告があったことを伝えた。

 米政府から日本政府に連絡があったのも、核実験による地震波が観測された25日午前9時55分の直後だった。

 日本政府は公式には「米国との関係」を理由に連絡の有無を明らかにしていない。麻生総理は鳩山民主党代表との党首討論で「いつの時点でというのは、双方(日米)、この種の話はしない約束になっている」と答えていた。

 しかし、韓国の情報機関、国家情報院の元世勲院長は26日、国家情報委員会で「北朝鮮は25日の日に、核実験の20~30分前に米国と中国に通告したが、米国が情報分析している間に核実験を行ったため時間的余裕がなかった。どの国の情報機関も事前にキャッチできなかったので、米韓共助上、問題はない」と答弁していた。

 8.核開発の指揮系列

 核開発の最高指導者金正日国防委員長で、国防委員長の指示のもとで労働党軍需工業部の全炳浩部長が総責任者。全部長の下で朱圭昌第一副部長が陣頭指揮をとっている。開発資金と人材は労働党131指導局が担当。

 現場で核開発を主導しているのは徐相国・金日成大学物理学部講座長と李明学・寧辺にある物理大学学長の二人と目されている。二人とも旧ソ連留学組である。

 核開発に動員されている専門人材は5千人~6千人に達するが、直接開発研究に携わっている研究者は3千人と推定されている。そのうち旧ソ連留学組が250~300人含まれているとみられている。

 9.核実験の費用

 米国が初めて核開発に乗り出した「マンハッタン計画」に投じた費用は当時の金額で20億ドル(現在の価値で500億ドル)。

 北朝鮮が第2次核実験に投入した分野はプルトニウム核物質製造に必要な原子炉、再処理施設建設費用などである。

 北朝鮮は平安北道寧辺(ヨンビョン)の5千キロワット実験用原子炉建設に6,250万~1億2、500万ドル、再処理施設建設に1億2,500万ドルつぎ込んだとみられている。

 また、原子炉と再処理工場を稼動し、プルトニウムを生産するのに2,400万ドル、起爆装置開発、高爆実験、付属製品の購入などに1億ドル費やされたもようだ。

 その結果、小規模のプルトニウム型核兵器1発を製造するのに3億ドル程度費やされると見積もられている。

 10.費用の調達

 先の最高人民会議で採択された国家予算は北朝鮮のウォンで4,862億ウォン。ドルで換算すると、約37億ドル(北朝鮮の公式レートは1ドル130ウォン)国防予算は国家予算全体の15.8%の約6億ドル。国防費の相当額が、核やミサイル開発に使われていた計算になる。

 しかし、北朝鮮には第二経済が存在し、核兵器関連の費用は労働党軍需工業部が調達している。偽札や麻薬による収入や金剛山観光収入や開城工団の売上げの一部が使われているとの疑惑がある。

2009年5月19日

防衛省の「ミサイル報告書」を検証する

 防衛省は5月15日、「北朝鮮ミサイル」に関する調査分析結果を発表しました。そこで、米国及び韓国の発表、及び発射当事国の北朝鮮との違いを幾つか列挙してみることにします。

 1.何時に発射されたのか?

 防衛省は発射時刻については「4月5日11時30分頃に発射した」と判断しています。北朝鮮はそれよりも10分早い「11時20分頃に発射され、11時29分2秒は軌道に正確に進入させた」と発表しています。韓国は日本とほぼ同じで「11時30分15秒」とみています。

 日韓と北朝鮮の発表では10分~10分15秒のギャップが生じています。時差が生じたのは、北朝鮮の発射基準が異なるからかもしれません。あるいは衛星やレーダーの探知による誤差かもしれません。北朝鮮が「11時20分に発射」という予定原稿を発表してしまった可能性も考えられます。一部には「米国や日本を混乱させるための意図的に誤報を流した」との見方も出ています。

 

 2.北朝鮮が4月5日に発射したものは何か?

 防衛省は「北朝鮮の弾道ミサイル計画に関する活動である」ことを鑑み、「北朝鮮によるミサイル発射」と呼称しました。日本政府は当初は中立的な用語である「飛翔体」と呼んでいましたが、河村官房長官は10日の記者会見から「ミサイル」に改めました。北朝鮮はあくまで「人工衛星」と主張しています。韓国はミサイルでも、人工衛星でもない「長距離ロケット」という表現を使っていますが、米国は当初は「人工衛星運搬体」と「長距離ミサイル」との見方で揺れていましたが、最終的にはオバマ大統領が「テポドン2号ミサイル」と表現しました。中国とロシアの両国は公式見解を出していません。結局、国連安保理は4月14日の議長声明で飛翔体については特定せず単に「4月5日の発射」と表現していました。

 3.「人工衛星」らしきものを打ち上げようとしたのか?

 防衛省は①物体が軌道を周回していることは確認されていない②地球周回軌道に乗せる速度(秒速7.9km)に達していることは確認されていない③人工衛星の打ち上げと考えられる軌跡は確認されていない等の三つの特徴から北朝鮮が発表したような「運搬ロケットで人工衛星を軌道に正確に進入させることに成功した」とは考えられないと結論付けました。

 米国の北米航空宇宙防衛司令部(NAACD)と米軍北部司令部(USNC)も「いかなる物体も軌道に進入しなかった」との公式見解を出しています。

 韓国は李相煕国防部長官が4月5日の国会答弁では「1~3段目は全部海上に墜落したものと思われるが、3段階目の落下地点は確認できていない。いかなる物体も軌道に進入しなかった」と答弁していましたが、14日の答弁では「北朝鮮のロケットは衛星の軌跡に沿って発射された。しかし、搭載体は軌道に進入するのに失敗した」との見解を明らかにしていました。

 また、米国の航空専門誌「スペース・フライト・ナウ」は4月11日のインターネット版でレーダー追跡と米国防空司令部の支援プログラムである警報衛星資料を参考に「三段目は大気圏に墜落直前に一時的に宇宙に進入した」とし、結論として「宇宙軌道に進入するのに失敗した」と分析していました。

 「人工衛星」の打ち上げに成功したと主張する北朝鮮は、人工衛星の重量について労働新聞が4月10日付けで「衛星は100㎏以下の超小型衛星、100㎏から1トンの小型衛星、1トン以上の大型衛星に区分される」と書いていましたが、成功したとする「光明星2号」がどれに属するのかは一切明記していませんでした。

 

 4.飛翔高度は?

 防衛省は「わが国の上空約370~400kmを東北地方から太平洋に通過した」と発表していますが、韓国は「太平洋上空では高度485kmまで上がった」とみています。それでも高度485kmでも北朝鮮が発表した最低高度490kmには5kmも短いです。北朝鮮は「光明星2号は最も近い距離(高度)490km、最も遠い距離1,426kmの多元軌道を回っている」と発表していました。どうやら地球に最も近い490kmまで接近したが、進入速度(7.9km)に達しなかったため軌道に上がらず失敗したようです。

 今回の1段目の推進体の平均速度は1.19kmに過ぎず、1998年の「テポドン1号」の2.66kmにも及ばなかったと韓国では推定しています。

 

 5.第二段階と第三段階目のブースター(推進装置)は切り離されたのか?

 防衛省は「二段目以降の部分」は発射基地から3千キロメートル飛来し、太平洋上に落下したと推定されるとしただけで、外見上3段式にみえる3段目に推進装置が付いていたのか、切り離されたのかについては断定を避けていました。米国と韓国は2段と3段は分離されたとみております。

 韓国の李国防長官は「確実に分離されたが、着弾地点は確認できていない」と語っていました。また「スペース・フライト・ナウ」は「二段目推進体は正常に作動し、宇宙に向かったが、分離発射されなければならない三段階目が稼動しなかった。固体推進燃料が適切に分離されなかった」と指摘していました。

 一方の北朝鮮は切り離したブースターの落下時間については一言も言及しませんでした。1998年8月の「テポドン」の時は、1段目は1分15秒後に東海公海上に、二段目は4分26秒後に太平洋(三陸沖)に落下したと発表していたのに不思議です。

 

 6.何キロ飛んだのか?

 防衛省は「二段目以降の部分が3千km以上飛翔したと推定される」と発表していますが、前出の「スペース・フライト・ナウ」によると、さらに800km長い3、846km飛んだようです。98年の「テポドン1号」の時は1,600kmの飛距離でしたので、二倍どころか、2.4倍も飛距離が伸びています。韓国では与党ハンナラ党議員が4月7日の国会で「北朝鮮のロケット推進体がハワイから1千5百マイル近くにバラバラに墜落し、米国が捜索中」と主張していました。

 北朝鮮は発射から3時間58分後の公式発表となりましたが、3段目の推進体の軌跡を追跡できなかったため日米のマスコミ報道を通じて確かめようとしたのではないだろうかと言われています。

 

 7.飛翔時間は?

 防衛省は二段目以降の部分については「11時46分頃」に太平洋上に落下したと推定されると報告し、北朝鮮の「ミサイル」が16分間飛翔していたことを明らかにしましたが、北朝鮮は発射から「9分2秒後には軌道に上がった」と発表しています。前回の「光明星1号」は発射から4分53秒で衛星を軌道に乗せたのに今度の「光明星2号」は前回の倍近い9分2秒もかかっています。

2009年5月 6日

「ミサイル発射」から1ヶ月、これからの展開は?

 あの4月5日の「ミサイル発射」から1ヶ月が経過しました。

 北朝鮮が国際社会による再三にわたる勧告、警告を無視し、「ミサイル発射」を強行したことに国連安保理は議長の名で北朝鮮を非難する声明を出し、有名無実化していた3年前の国連制裁決議(1718号)を復活させ、複数の北朝鮮企業に制裁を科しました。懲らしめたうえで休会中の6か国協議を再開させ、懸案の核問題を進展させるのが米国の狙いでした。しかし、国連安保理の懲罰に北朝鮮が激しく反発、抵抗したことで、情勢は逆行し、核をめぐる交渉は冷却状態に置かれました。

 安保理議長声明採択直後の6か国協議からの脱退及び核開発再開宣言(4月14日)と国際原子力機関(IAEA)監視団及び米国職員の国外追放(4月17日)、そして使用済み燃料棒の再処理開始宣言(4月25日)に続いて、4月29日には安保理に対して「直ちに謝罪しなければ核実験と大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射実験を行う」と威嚇しました。

 北朝鮮は日米が主導した国連安保理議長声明と北朝鮮企業に対する制裁措置を「不法で非道な挑発行為である」と決め付け、「その責任は米国にある」(労働新聞)と糾弾しました。また、大統領就任以来直接的な批判を控えていたオバマ政権に対して「ブッシュ政権と変わりがない」(外務省スポークスマン)と非難し始めました。また、日本に対しても「6者会談破綻の主犯」(民主朝鮮紙)との烙印を押し、今後6者会談に代替する多国間会談が開かれた場合でも「日本は排除する」と対日嫌悪感を露にしました。

 北朝鮮の猛反発に「6か国協協議再開は不可欠である」との立場を取っていたクリントン国務長官はここにきて「6か国協議再開の可能性は少ない」との悲観的な見方を示しました。4月に訪朝し、金永南最高人民会議常任委員長や朴宜春外相らに6か国協議への復帰を働きかけたロシアのラブロフ外相も「6か国協議に向けて)突破口が見えない」と落胆していました。中国も同様で胡錦濤国家主席は6か国協議再開に向け協力を要請した麻生太郎首相に「当面開催は困難」と半ばさじを投げていました。米中ロ両国とも現状では完全にお手上げ状態のようです。

 米国も日本も、また韓国も北朝鮮に影響力のあるロシア及び中国が説得に乗り出せば北朝鮮が6か国協議のテーブルに戻るものと期待していたようですが、中ロ両国とも今回の件では北朝鮮から「米国の追随勢力」(朴宜春外相)とみなされていたため調停者あるいは仲介役としての役割を果たせなかったようです。

 北朝鮮の朴外相は4月27日にキューバで開催された非同盟諸国閣僚会議での演説で「米国とその追随勢力が6者会談の共同声明の相互尊重と平等の精神を否定した」「前代未聞の強権行為に6者会談参加国が直接又は間接的に加担した」と批判していましたが、ここで言う「追随勢力」及び「間接的に加担した」国が中国とロシアであることは言うまでもありません。

 北朝鮮の相次ぐ恫喝にクリントン長官は「脅しには屈しない。北朝鮮は孤立を深めるだけだ」と突き放していますが、一方の北朝鮮も「国連安保理の圧力、制裁には屈しない」(外務省声明)と、これまた一歩も引かない構えのようです。

 オバマ政権は今のところ冷静な対応を見せていますが、しかし、いつまでも無関心を装うこともできません。というのも、ホワイトハウスのケリー・サイモア大量破壊兵器政策調整官も警戒しているように北朝鮮が2度目の核実験をやる可能性が高いからです。スチーブン・ボスワース北朝鮮政策特別代表と新任のソン・キム6か国協議首席の二人を5月7日から中国、韓国、日本に派遣するのも核実験を阻止し、北朝鮮を交渉のテーブルに着かせるための対策を講じることが急がれているが故です。

 ボスワース特別代表の極東訪問との関連で一部には3か国歴訪後に平壌を電撃訪問するのではとの観測が流れています。その可能性はないとは言えませんが、オバマ政権に特使派遣の考えがあったとしても、問題は受け入れ側の北朝鮮にその気があるかです。

 特別代表に就任した直後の3月にもボスワース氏は日中韓3か国を歴訪した折に訪朝を申請していましたが、北朝鮮はビザを発給しませんでした。北朝鮮が米朝直接交渉を待望しているならば、受け入れてしかるべきなのに、そうはしませんでした。

 北朝鮮が当時入国を拒んだ理由については①ボスワース氏では地位が低すぎる②オバマ大統領の親書を持参していなかった③何の見返りもなく人工衛星打ち上げの中止を求めようとしたことなどが上げられていました。真の理由は不明ですが、結局のところ、北朝鮮は話し合いを求めたボスワース氏の受け入れを拒否し、「ミサイル発射」を強行しました。結果として、米朝対話よりも、「ミサイル発射」を優先させました。

 ボスワース氏が今回も訪朝を計画しているならば、前回の失敗の教訓から北朝鮮が受け入れざるを得ない「土産」を用意しているかもしれません。訪朝が実現するかどうかは、その「土産」の中身次第ですが、北朝鮮が計画している核実験と大陸間弾道ミサイル発射の中止条件として新たに「国連安保理の即時謝罪」を突きつけたことからボスワース氏の訪朝へのハードルは一段と高くなっています。

 常識に考えて、国連安保理が自らの権威喪失に繋がるような謝罪を受け入れるはずはありません。北朝鮮も安保理ができないことを承知の上で無理難題を突きつけています。見方を変えれば、国連安保理への謝罪要求は核実験やミサイル発射を継続させるためのアリバイ工作のようにも感じられます。国連安保理の拒否を口実に核実験を強行する腹なのかもしれません。

 安保理の謝罪がなければ、「軽水炉発電所建設を決定し、その最初の工程として核燃料を自ら生産、保障するための技術開発を遅滞なく始めるだろう」と濃縮ウランによる核開発も示唆していましたが、これも今から着手するのではなく、すでに秘かに開発していたことを公然とやると宣言したとみることもできます。結論として、安保理議長声明はプルトニウム核開発の時と全く同じパターンで北朝鮮が隠していたことをこれからは隠さずに堂々とやれる名分を与えたことになります。

 北朝鮮の一連の言動からして、北朝鮮は核もミサイルも、濃縮ウランもやれることは全部手を付け、核とミサイル保有国としての地位を不動にした上で、米国との直接協議にあたる考えのようです。多国間協議については核保有国としての立場を強固にした上で6か国協議を破綻させ、日本と韓国を排除した形の多国間協議、即ち核保有国である米中ロ朝による4か国協議を提唱する構えのようです。

 今後の展開が北朝鮮の思惑とおりに進むのか、それともオバマ政権が直接交渉に乗り出すのか、あるいは、国連議長声明に従い、圧力と制裁を強化し、ブッシュ政権の初期と同じように封じ込め政策を取るのか、ボスワース氏の動向が注目されます。

Profile

辺 真一(ぴょん・じんいる)

-----<経歴>-----

1947年東京生まれ。
明治学院大学(英文科)卒業後、新聞記者(10年)を経て、フリージャーナリストへ。
1980年 北朝鮮取材訪問。
1982年 朝鮮半島問題専門誌「コリア・レポート」創刊。現編集長。
1985年 「神戸ユニバシアード」で南北共同応援団結成。統一応援旗を製作。
1986年 テレビ、ラジオで評論活動を開始。
1991年 南北国連同時加盟記念祝賀宴を東京で開催。北朝鮮への名古屋からの民間直行便開設に助力。
1992年 韓国取材開始。(以後今日まで二十数回に及ぶ)
1998年 ラジオ短波「アジアニュース」パーソナリティー。
1999年 参議院朝鮮問題調査会の参考人。
2003年 海上保安庁政策アドバイザー。
2003年 沖縄大学客員教授。
現在、コリア・レポート編集長、日本ペンクラブ会員。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
「辺真一のコリア・レポート」

-----<著作>-----


『「金正日」の真実』
小学館、2003年1月


『金正日「延命工作」全情報』
小学館、2002年11月


『強者としての在日』
ザ・マサダ、2000年11月


『「北朝鮮」知識人からの内部告発』
三笠書房、2000年1月


『北朝鮮亡命730日ドキュメント』
小学館、1999年6月


『北朝鮮100の新常識』
ザ・マサダ、1999年5月

『ビジネスマンのための韓国人と上手につきあう法』
ジャパン・ミックス、1997年12月

『朝鮮半島Xデー』
DHC、1994年8月

『表裏の朝鮮半島』
天山出版、1992年4月

-----<共著>-----


『読売 VS 朝日 社説対決 北朝鮮問題』
中央公論新社、2002年12月

『韓国経済ハンドブック』
全日出版、2002年3月

『一触即発の38度線』
飛鳥新社、1988年7月

-----<訳書>-----


『北朝鮮が核を発射する日』
PHP研究所、2004年12月

『凍れる河を超えて(上)』
講談社、2000年6月

『凍れる河を超えて(下)』
講談社、2000年6月

『私が韓国をキライになった48の理由』
ザ・マサダ、1998年9月

『潜航指令』
ザ・マサダ、1998年7月

『生きたい!』
ザ・マサダ、1997年7月


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