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2009年2月13日

将軍様の誕生日に北朝鮮はどう動くか

 昨年8月中旬以来、健康不安説が取り沙汰されていた金正日総書記だが、1月23日の旧知の王家瑞中国共産党対外連絡部長との会見では脳卒中の後遺症による左手足の麻痺や言語障害も見られずほぼ以前の状態に戻ったようだ。

 健在振りを誇示した格好の金総書記は、中国要人との会談では①朝鮮半島の緊張を望んでいない②中国と協議・協調して6か国協議を進展させ、朝鮮半島の非核化に努める③関連する当事者と平和的に共存することを望んでいると語ったと伝えられていた。

>>続きは「THE JOURNAL × Infoseekニュース」で

2009年2月 4日

テポドン・ミサイル発射はあるのか

 北朝鮮が平安北道鉄山郡東倉里(トンチャンリ)の基地、あるいは咸鏡北道花台郡舞水端里(ムスタンリ)の基地から長距離弾道ミサイル、テポドン2号を発射しようとする動きをしていることからテポドン・ミサイルに日米韓の関心が集まっています。

 韓国政府当局が先ごろ衛星を通じ平安北道のある軍需工場で円筒型の物体とみられる部品を載せた列車が移動しているのを捕捉。列車に搭載された物体がカバーで覆われているため確認はできていないが、この物体が長いことからテポドン2号の可能性が高いと指摘されています。

 今後発射実験を行なうかどうかは、発射台に載せ、燃料を注入するかどうかにかかっていますが、すべての作業が終わるまでは少なくとも1,2ヶ月は要すると言われています。

 北朝鮮のテポドン・ミサイル開発及び性能は秘密のベールに覆われていますが、北朝鮮のミサイル開発の現況を整理してみました。

1.1998年のテポドン・ミサイル発射実験

 1998年8月31日午後12時7分頃、咸鏡北道花台郡舞水端基地から発射された弾道ミサイルが日本列島を飛び越え、三陸沖の太平洋上に着弾した。北朝鮮による弾道ミサイルの試射は93年5月、ノドン・ミサイルを日本海に向けて発射して以来のことだった。

1)北朝鮮は発射から4日後に「人工衛星」(光明星)と主張

① 発射から1段目は1分15秒後に日本海の公海上に落下した。
② 2段目は4分26秒後に三陸沖の公海上に落下した。
③ 発射から4分53秒後に衛星を軌道に乗せた。
④ 衛星からモールス通信が27メガヘルツで地球上に電送された。
⑤ 発射から4日後に発表したことについて打ち上げ成功を確認し、測定資料を収集した後、慎重に公表した。
⑥ 飛行コースを初めから津額海峡に設定していた
⑦ 予定の起動から外れた場合安全地帯に誘導し、自爆させる措置が組み込まれていた。

▲衛星打ち上げの目的について
① 多段式運搬ロケットによる衛星を軌道に正確に乗せる技術を取得するためである。
② 多段式運搬ロケットの構造を理解し、操縦技術を高めるためである。
③ 宇宙空間の環境を研究し、その環境下で電子装置などが正確に作動するかどうかを検証するためである。
④ 衛星観測システムを完成することで、宇宙の平和利用に貢献するためである。

2)日本は「ミサイル」と主張

① どの国も衛星を確認していない。
② 信号も確認されていない
③ 軌道に乗る必要な速度に達していなかった。


3)米国防総省は「人工衛星打ち上げ失敗説」

 「北朝鮮が打ち上げたのは人工衛星だが、軌道に乗せることに失敗した」との見解を発表している。
 ※米国防総省は98年9月15日、テポドン1号について「3段式で、射程距離は約5千kmと推定される」と発表。当時、米CIAも4千~6千kmは出たと推定していた。そうしたことからラムズフェルド元国防長官は早くもこの時点で「これはICBMに匹敵する」とコメントしていた。

 ※ICBMの発射に成功すれば、理論的にミサイル防御(MD)システムの核心でもある米国の精密打撃能力を支援する米国の軍事衛星を破壊することが可能となる。

 ブルキングス研究所のマイケル・オーヘンラン専任研究員は「理論的に北朝鮮がミサイルに核兵器を装着し、宇宙空間で核兵器を爆破させれば、衛星は破壊される」と米下院軍事委員会で証言していた。

 ※北朝鮮は1984年以来4回弾道ミサイル発射実験を行ってきた。


2.2006年3月の短距離ミサイル発射実験

北朝鮮は2006年3月8日、咸鏡南道端川から短距離ミサイル発射実験を行なった

①日本の報道
「地対艦ミサイルの可能性が高い」(防衛庁筋、読売9日付)
「短距離の地対地ミサイルを発射した」(政府筋、毎日9日付)
「地対空ミサイル2発が発射された」(北朝鮮に詳しい複数の情報筋、共同3月9日発)

②ファロン米太平洋軍司令官
「北朝鮮は最近、最大3発の短距離ミサイルの実験を行った」(下院軍事委員会公聴会出席後の3月9日の記者会見で)

③ベル在韓米軍司令官
「固形燃料ミサイルで、これまで生産してきた形式に比べると、はるかに高性能である」
※固形燃料ならばミサイルの移動が容易で、命中度は上がる。
「北朝鮮は1300kmのノドンを約200発、スカッドを600発以上配備し、沖縄やグアム、アラスカの米軍施設に達する新たな弾道ミサイルの配備を準備している」
「大陸間弾道ミサイル、テポドン3号の開発を継続している」(06年3月7日上院軍事委員会での書面証言)
※北朝鮮から西海岸のサンフランシスコまで直線距離で8千8百km

3.2006年7月のミサイル発射について
 
 韓国政府は2006年7月の北朝鮮のミサイル発射に関連する情報と政府の対応に関する資料を国会外交通商委員会に提出した。それによると、ミサイル発射の経緯は以下のとおり。

▲ミサイル発射の経過
①北朝鮮は7月5日午前3時32分から7基のミサイルを東海(日本海)上に発射した。
-午前3時32分頃、江原道安寧郡旗対嶺(キッテリョン)所在の発射場から1発目が発射され、続いて4時4分、5時、7時12分、7時31分、8時17分、及び午後5時22分に計7発のスカッドミサイル及びノドン・ミサイルが発射された。午前5時の3発目はテポドン2号で、咸鏡北道花台郡の舞水端里(ムスタンリ)から発射された。

②スカッド及びノドン級ミサイルの正確な着弾地点は確認されなかったが、テポドン・ミサイルは失敗したものと判断された。
-スカッド及びノドン級ミサイルは約500~800km程度飛行したが、テポドン・ミサイルは発射から40秒後に爆破し、東海上に墜落した。

③発射されたその他のミサイルの具体的な種類と成功したかどうかについては詳細は明らかにされなかった。

▲ミサイル実験は核搭載模擬実験?
 北朝鮮の核実験後、日本国内では「ミサイルにはまだ核を搭載できない」と、北朝鮮の核搭載能力には懐疑的な見方が支配的だが、米国内では「ノドン・ミサイルに核弾頭を装着できる能力を持っている」との主張が専門家の間で出ている。

 科学・国際安保研究所のデイビット・オブライト所長はロイタ-通信とのインタビュ-(06年11月2日)で「我々は北朝鮮が核弾頭をノドン・ミサイルに装着できると評価している」と語り、先の核実験についても「北朝鮮が試みたのはノドン・ミサイルに搭載できるよう核爆弾の直径を縮小することにある。彼らは粗雑な核爆弾でそうしたことができる」と語った。

※金桂寛次官は「核能力を証明した国がこれを運搬する手段を持ってないのは愚かなことだ。我々がただ地下で爆発させているだけに見えるか。それだけで大きな意味があるだろうか」と核弾頭搭載可能性を示唆する発言をオルブライト所長にしていた。

 また、軍事専門シンクタンクである「グロ-バル・セキュリティ-」のジョン・バイク所長も「北朝鮮が中距離弾道ミサイルに核兵器を装着できる能力を持っていることをなぜ疑うのか理解できない。北朝鮮はすでに数年前にそうした能力を手にした」と述べた。  さらに、IBMリサ-チセンタ-のリチャ-ド・コ-エン研究員やプリンストン大のフラン・フィ-デル教授も「北朝鮮はノドン・ミサイルや短距離ミサイルにも搭載できるよう核弾頭の小型化を推進してきた」との見方を明らかにした。

 米情報当局は第1次核危機(1990年~1994年)の頃、北朝鮮はミサイルに搭載する核兵器の開発を行っているものの、技術的困難を克服できていないと判断していたが、米DIAのロ-ウェル・ジャコビ-情報局長は米上院軍事委員会(2005年3月29日)での証言で「米国防省情報局は北朝鮮が核弾頭ミサイル搭載能力を保有しているとみなしている」と語っていた。  オルブライト所長もバイク所長も06年7月5日のミサイル発射実験について「模型の核弾頭をノドン・ミサイルに装着し、発射実験を行った可能性がある」との「新たな見方」を披露していた。

 「北朝鮮は核兵器小型化の一つの目安とされる1、000kgの小型化に成功した」と語る米国の核不拡散政策教育センタ-のヘンリ-・ソルコフスキ-所長によると、ノドンの搭載可能弾頭重量は1、558kg、射程は1、350kmで、東京や大阪が射程圏内に入る。

4.北朝鮮ミサイル開発の現状

▲ミサイル開発段階

1981年 エジプトからソ連製のスカッドBを入手
1986年 スカッドB改良型生産開始(射程距離380km)
 ※ソ連製より距離にして100km長い。「イ・イ戦争」でイランに売却。威力を発揮。
1989年 スカッドCの開発(射程距離500km)を終える
1991年 スカッドCの改良型「ノドン・ミサイル」開発(射程1千~1千2百km)
1993年 能登半島に向けて「ノドン・ミサイル」を試射。目標物と着弾地点の誤差は500m.(一般的には命中誤差は2km~4km)
 ※500m内の着弾で、直径2km以内の生物を消滅することができる。
1998年 8月31日、午後12時7分に咸鏡北道舞水端基地から「テポドン・ミサイル」を試射。日本の三陸沖の太平洋上に着弾
2002年 12月に舞水端ミサイル発射台でのテポドン・ミサイル燃焼実験を行い、高さ30メートルの発射台が爆発する事故が起きた。しかし、2003年3月には修復され、2004年5月にはエンジン燃焼実験が再開された。
2006年 7月5日 7基のミサイルを深夜から早朝にかけて東海(日本海)上に発射した。
2008年 5~6月 ロケットエンジンの性能実権
2008年 9月 エンジン燃焼実験。エンジンの振動を測定し誘導システムを調整するなどミサイルの照準精度を高めるのが目的

▲ミサイルの形態
スカッドB 全長11.25m  搭載重量500kg 射程距離600km
ノドン   全長15.5m  搭載重量700kg 射程距離1千~1千2百km
テポドン1 全長26.5m   直径1.33m, 重量27トン 射程距離1千5百~2千km ※テポドン1号は弾頭740kg
テポドン2 全長32.0m   直径2.40m  重量60トン、射程距離6千km
※射程が6千キロならば、アラスカに到達可能。
※テポドンは北朝鮮が開発した準ICBMで中国のDF3(東風3型)ロケットとノドン1号を連結したものとみられ、仮に弾頭1トンを搭載した場合、射程距離は4千kmと推定されている。
※テポドン1号、2号の命中精度はわかっていないが、大気圏外からの衛星による誘導がない限り米本土をピンポイントで狙うことは不可能であるとみられている。

▲ミサイル発射基地
①咸鏡南道咸州郡労働里の基地(ノドン・ミサイル発射基地)
②咸鏡北道花台郡舞水端里の基地(能登半島から500kmから離れている)
 ※北朝鮮では「農業試験所」と呼ばれている(金吉仙・元北朝鮮第2自然科学出版記者)同基地(基地面積は9平方キロメートル)は96年までの間、補完、補強が行われ、ミサイル組み立て施設からミサイル誘導統制施設、発射台、ミサイル軌道追跡施設などが追加完備された。
③平安北道鉄山郡東倉里の基地
 ※東倉里ミサイル基地は7~8年前から建設し、昨年末に完工。弾道ミサイルやロケットを支えることができる高さ10階のタワーが建てられ、人工衛星の打ち上げも可能。
④平安南道陽徳郡と咸鏡南道虚川郡の地下に2003年に開発された新型中距離弾道ミサイル(IRBM)の基地がある。グアムを射程圏内に定めている。※この新型ミサイルは2003年9月9日の建国記念日に合わせて、平壌郊外の飛行場に姿を現した旧ソ連製の潜水艦発射弾道ミサイル「SSN6」の改良型とみられている。
⑤黄海北道平山には巡航ミサイル基地。
 ※ミサイル基地はこの他に両江道金亨稷郡、慈江道中江郡、咸鏡南道新浦市、咸鏡南道端川などにもある。
 ※両江道三池淵郡砲胎里には4発の核ミサイルが地下ミサイル施設に格納されているとの情報もある。

Profile

辺 真一(ぴょん・じんいる)

-----<経歴>-----

1947年東京生まれ。
明治学院大学(英文科)卒業後、新聞記者(10年)を経て、フリージャーナリストへ。
1980年 北朝鮮取材訪問。
1982年 朝鮮半島問題専門誌「コリア・レポート」創刊。現編集長。
1985年 「神戸ユニバシアード」で南北共同応援団結成。統一応援旗を製作。
1986年 テレビ、ラジオで評論活動を開始。
1991年 南北国連同時加盟記念祝賀宴を東京で開催。北朝鮮への名古屋からの民間直行便開設に助力。
1992年 韓国取材開始。(以後今日まで二十数回に及ぶ)
1998年 ラジオ短波「アジアニュース」パーソナリティー。
1999年 参議院朝鮮問題調査会の参考人。
2003年 海上保安庁政策アドバイザー。
2003年 沖縄大学客員教授。
現在、コリア・レポート編集長、日本ペンクラブ会員。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
「辺真一のコリア・レポート」

-----<著作>-----


『「金正日」の真実』
小学館、2003年1月


『金正日「延命工作」全情報』
小学館、2002年11月


『強者としての在日』
ザ・マサダ、2000年11月


『「北朝鮮」知識人からの内部告発』
三笠書房、2000年1月


『北朝鮮亡命730日ドキュメント』
小学館、1999年6月


『北朝鮮100の新常識』
ザ・マサダ、1999年5月

『ビジネスマンのための韓国人と上手につきあう法』
ジャパン・ミックス、1997年12月

『朝鮮半島Xデー』
DHC、1994年8月

『表裏の朝鮮半島』
天山出版、1992年4月

-----<共著>-----


『読売 VS 朝日 社説対決 北朝鮮問題』
中央公論新社、2002年12月

『韓国経済ハンドブック』
全日出版、2002年3月

『一触即発の38度線』
飛鳥新社、1988年7月

-----<訳書>-----


『北朝鮮が核を発射する日』
PHP研究所、2004年12月

『凍れる河を超えて(上)』
講談社、2000年6月

『凍れる河を超えて(下)』
講談社、2000年6月

『私が韓国をキライになった48の理由』
ザ・マサダ、1998年9月

『潜航指令』
ザ・マサダ、1998年7月

『生きたい!』
ザ・マサダ、1997年7月


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