Calendar

2008年8月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

« 2008年7月 | メイン | 2008年9月 »

2008年8月26日

一連の新聞報道と「再調査」をめぐる日本の見解不一致

 拉致被害者の再調査と制裁の一部解除で合意した日朝北京協議(8月11-12日)から2週間経過しましたが、毎日新聞(8月23日付)は北朝鮮が約束した再調査について「月内にも開始される見通しが強まった」と伝えています。ところが、町村信孝官房長官は2日後の25日の記者会見で再調査開始時期について「今のところ、(北朝鮮からは)連絡はない」とコメントしていました。

 「月内開始説」の理由については「毎日」は「米国のテロ支援国指定解除を実現させるため」と米国絡みを挙げていますが、9月9日の建国60周年に渡航を規制されていた朝鮮総連の幹部を招くためには北朝鮮としても今月中には再調査委員会を立ち上げ、日本側に通告する必要があります。従って、おそらく近々北朝鮮から連絡があるものと推察されます。

 今回の再調査は「生存者発見」を前提としているというのが拉致被害者家族会への日本政府の説明でした。日朝協議終了後、斎木昭隆外務省アジア太平洋州局長は「生きている方たちを探し出して帰国につなげていくための調査だ。それについては先方も一致した認識だ」と言っていました。外務省の公式サイトにも「北朝鮮が行う調査は、拉致問題の解決に向けた具体的行動をとるため、すなわち生存者を発見し帰国させるための、拉致被害者に関する全面的な調査となる」と明記されています。

 ところが、東京新聞(8月24日付)によると、日朝協議の場で過去に行った「8人死亡、4人未入国」の再調査内容を白紙に戻すよう求めたのに対し北朝鮮側はこれを拒否したとのことです。同紙は、それにもかわらず日本側は「首相官邸の意向で合意を優先させた」と、日朝関係筋の言葉を引用して伝えていました。これが事実ならば、政府は嘘をついていたことになります。

 北朝鮮サイドの情報では、斎木局長の強い要請に宋日昊大使は「生存していれば、必ず見つけ出して、帰国させるが、調査してみなければ生きているのか、死んでいるのかわからないのに調査する前から『生存者を発見する』と約束することはできない」と日本の「前提条件」に反発、拒絶したそうです。従って、北朝鮮が約束したのは「もう一度全面的な調査を行ない、生存者がいれば必ず探し出す」ということのようです。

 「東京」の報道について町村官房長官は「そういう報道は承知していない」と断ったうえで「生存者を見つけて、帰国をさせると。あるいは、万が一、生存していない方があるならばそれはどういう状態なのかを調査する。これが再調査の目的であることははっきりしている」と答えていました。「万が一、生存していない方があるならば」と言ったところをみると、日朝で合意した「検証」は死亡者を対象としていることが明らかです。これを一つとっても、二度にわたって「死亡」と通告された8人の被害者が「生存者」として発見される保障がどこにもないことがわかります。

 日本の制裁解除の時期についても政府内で見解の不一致がみられることも気になります。

 外務省は日朝合意について「北朝鮮側が今後、再調査を開始することと同時に日本側も人的往来の規制解除及び航空チャーター便の規制解除を実施する用意がある旨表明した」とサイトに載せています。斎木局長も「調査委員会が立ち上がったことで先方は調査を開始したと位置づけるから、そういう認識で日本側としても行動をとることになる」と再調査開始と同時の制裁解除を示唆していました。

 しかし、拉致問題担当相の中山恭子さんは8月24日、富山で「北朝鮮が調査を開始して、即(日本が)制裁解除するということにはならない。調査の中身がはっきりしない限り、通報を受け入れて制裁を解除することはあってはならない」と述べていました。中山大臣の発言は明らかに外務省の公式見解とは食い違っています。

 その中山大臣ですが、読売新聞(8月21日)によると、拉致問題の解決に向け、中国政府に協力を要請するため近々訪中するようです。北朝鮮が拉致被害者の再調査に関し具体的な成果を出すよう、中国政府に北朝鮮への働きかけを求めるのが目的のようですが、実現すれば、昨年5月に続く訪中となります。しかし、7月のサミットで福田総理が自ら中国の胡錦涛主席に協力を要請したばかりです。中山大臣が今直ぐに中国にまで行って、働きかけなければならない緊急性はありません。

 実は、中山大臣は「読売」の報道の前日(20日)に福田総理から夫の中山成淋元文科相と揃って公邸に招かれ、食事を共にしています。その際福田総理から拉致の進捗状況次第では平壌に行くよう要請されています。ところが、奇遇にもこの日(8月20日)、自民党の山崎拓前副総裁が北京の北朝鮮大使館を訪れ、北朝鮮高官と会い、核問題や日本人拉致被害者の再調査について意見交換しています。

 山崎氏の動きが個人プレーなのか、それとも福田総理の意向を受けたものかは定かではありませんが、政府間協議が進展し、曲がりなりにも再調査で日朝合意を見た今、議員外交の緊急性もないだけに山崎氏の行動も奇異に感じられて仕方ありません。

 中山大臣の訪中の動きが、煙たい存在の山崎議員を牽制することにあるのか、それとも文字通り中国政府に協力を要請するためなのか、あるいは来るべき訪朝準備のためのものなのか、不可解なことばかりです。

2008年8月19日

中山拉致担当大臣は訪朝して、「拉致」を解決できるか

 拉致被害者の家族会と支援組織の「救う会」は、日本政府が6月の北京での日朝協議で再調査を条件に経済制裁の一部解除を表明した際に「今後は政府と一定の距離を取る」との運動方針を決定したうえで「制裁が解除されれば、反対運動を行う」と決議しました。そして、7月30日からは「全被害者の帰国なしに制裁解除をするな」との運動を展開しました。再調査を条件とした制裁解除反対の理由は「北朝鮮は拉致被害者の所在を全て把握しているはずで、再調査の必要はない」(横田早紀江さん)というものから「何度も騙されてきたので、再調査は信用できない」(飯塚繁雄代表)ことに尽きます。

 北朝鮮に再調査を促すためには「行動対行動」の原則上、制裁の一部解除は止むを得ないと政府の立場に一定の理解を示した関係者ですら「制裁解除は、再調査の結果(進展)を見るまでは一部であっても先に解除してはならない」との立場でした。民主党拉致問題対策本部(中井洽本部長)にいたっては、制裁の一部解除を決めたことについて「拉致被害者の家族を見捨てるものだ。拉致事件の調査で具体的な進展がないかぎり、制裁解除を行うべきではない」と批判していました。

 しかし、政府は、8月11日に瀋陽で行われた日朝実務者協議の結果、再調査の開始(調査委員会の設置)と同時に3枚の制裁カードのうち、人的往来とチャーター便の乗り入れの規制解除を北朝鮮に約束しました。残り一枚の人道支援に限定した船舶の入港は持ち越しとなりましたが、これもいずれ日航機「よど号」乗っ取り犯らの帰国が実現すれば解禁となるようです。

 「家族会」や「救う会」は意に反する「瀋陽合意」に「調査結果がまだ出ていないのに制裁解除で合意するのはおかしい。これでまた日本側のカードが一つ少なくなった」(飯塚代表)と反発していましたが、8月14日に内閣府で斎木昭隆外務省アジア大洋州局長から再調査に関する説明を受け、態度が変わりました。説明後の会見で飯塚代表は「動き出したと感じるが、間違った方向に行かないようにしてほしい」と「全面反対」から「条件付き容認」に変わりました。

 「断固反対」から後退した理由の一つは、家族会の中に「「拉致問題を解決するには日本政府に交渉してもらうしかない。具体的な方法が決まったのは良かった。きちんと実行されれば大きな成果が出るのでは」(横田滋さん)「上の(立場の人の)言葉だと言っていたので期待できると思う」(松本京子さんの兄、孟さん)と期待を寄せる声があることです。

 それともう一つは、「再調査」について「これまで何度も裏切られ続けてきた経緯がある。再調査というものが、これまでのような作り話であったり、死亡を確認するための調査であったりしたら、経済制裁の一部解除に決して乗ってはいけない。北朝鮮が拉致した人々を捜し出し、帰国させる動きがはっきりするまで、制裁解除があってはならない」と制裁解除に慎重だった中山恭子拉致問題担当大臣が「北朝鮮が拉致被害者を帰国させるという決断のもとに再調査を行えば、制裁の一部解除はあり得る」と、態度を豹変させたことにあるようです。

 斎木局長による説明会には中山大臣も同席し「(再調査の中で)北朝鮮が拉致被害者の帰国を決断できるような状況へもっていける動きを作り出したい」と「家族会」を説得したようですが、絶大な信頼を寄せている中山大臣から「説得」されれば、断固反対を貫くわけにはいきません。逆に言えば、「家族会」に信頼されている分、中山大臣や斎木局長の責任は重いと言えます。

 両人とも「家族会」や国民に対して、今回の再調査が「生存者を発見し、帰国させるためのものである」ことを強調しております。一部には斎木局長が日朝協議の場で宋日昊対日担当交渉大使からある種の約束、担保を取り付けたのではとも言われています。

 周知のように北朝鮮に問い合わせている拉致被害者は、政府認定の12人(8人死亡、4人未入国と北朝鮮は発表)と、すでにリストを提示している特定失踪者の36人、合わせて48人です。拉致被害者を「人質」と捉えている中山大臣は4年前の豊橋での講演では「指導員の監視が厳しい国で、水泳で溺れたり、交通事故死はありえない。そうだったら指導員は管理ミスで極刑です。だから生存を疑いません」と述べ、また徳島での講演では「(北朝鮮の再調査結果について)作り話だ。生存者は何人もいる」と、断言していました。

 3年前の盛岡での講演では「拉致された日本人は非常に厳しい監視のもとに置かれていて、その責任が重いのであれば相当数の人々が生存しているに違いない。だから日本政府は北朝鮮に対して調査してではなくて、生存しているのだから帰してくださいという言い方をしている」と述べ、再調査ではなく、即時解放を求めていました。

 昨年9月に行なわれた外国人特派員協会での講演では「物的証拠はないが、いろいろな北朝鮮側の発言や、対応ぶりなどを見て、相当数の人が今もなお生存しているはずである」との認識を示したうえで「一人残らず救出する」との決意を表明していました。

 換言するならば、この4年間「生存者は相当数いる」といい続けてきた中山大臣は横田めぐみさんをはじめ「海水浴中に心臓麻痺で死亡した」と発表された市川修一さんも「交通事故で亡くなった」と言われた松木薫さんや田口八恵子も、さらには「招待所で寝就中にガス中毒死した」とされた有本恵子さん、石岡亨さんらを含め「死亡した」と発表された8人を「救出」しなければ、有本さんの両親ら拉致被害者家族は納得しないでしょう。

 中山大臣の発言を信じて、国民は政府による北朝鮮に対する制裁を支持してきたし、拉致被害者家族らも今日まで耐え、かつ政府決定を一応受け入れたわけですから、担当大臣として秋には結果を出さなければならないでしょう。福田総理は再調査の進展次第によっては中山大臣の訪朝も検討しているようですが、拉致問題の解決は福田総理ではなく、どうやら中山大臣の双肩にかかっていると言っても過言ではありません。

2008年8月14日

日朝協議に「秘密合意」はないのか

 中国・瀋陽での日朝協議は、拉致問題に関する再調査での日本の要求がほぼ受け入れられ、合意に達しました。

 外務省の発表では、今回実施される再調査は、①生存者を発見し、帰国させるための、拉致被害者に関する全面調査となる②調査対象は、政府認定の12人の拉致被害者と「その他に提起された行方不明者」を含むすべての拉致被害者とする③調査は、権限が与えられた調査委員会によって迅速に行なわれ、可能な限り秋には終了する④調査の進捗過程を随時日本側に通報し、協議を行い、生存者が発見される場合には知らせる⑤日本側が関係者との面談、関係資料の共有、関係場所への訪問などを行い、調査結果を直接確認できるの5項目から成っています。

 砕いて言うならば、①これまでの「8人死亡、4人未入国」という調査結果を白紙に戻して、再調査を行ない、必ず拉致被害者を探し出す②発見された「特定失踪者」やその他の行方不明者はいずれも拉致被害者である③調査委員会は人民保安省(日本の警察)よりも権威ある機関(党の機関か国家安全保衛部など)が行い、2~3ヶ月で終え、核合意の第2段階終了時の10月30日までに間に合わせる④生存者は、最終調査結果として発表するのではなく、見つかればその都度日本側に知らせる⑤調査の結果、死亡ということならば、日本側に検証、確認させるというふうに解釈できます。

 北朝鮮が再調査の前提(生存者の発見)と方式を受け入れたことへの見返りとして日本は制裁の一部解除を前倒しして、再調査の開始(調査委員会の立ち上げ)と同時に3枚ある制裁カードのうちの二枚(人的往来の規制とチャーター便の乗り入れ規制の解除)を切ることにしました。

 日本政府は当初、再調査開始時に人的往来の規制だけを解除し、チャーター便は再調査で進展があった場合に許可し、日本の納得する形で再調査が終了した暁に人道支援物資輸送に限定した船舶の入港規制を解除する方針でした。3段階解除方式から2段階に変えただけで北朝鮮が上記のような再調査の実施に同意したわけですから御の字です。高村外相が「前進」と評価し、拉致被害者家族会の前代表の横田滋さんも前倒しの制裁解除には異議を唱えたものの「具体的な方法が決まったのは良かった」と感想を述べたのもある意味では当然だと思います。

 前回の協議で合意していた「よど号」関係者の引き渡しと船舶の入港については、「今後改めて協議することになった」と棚上げにされましたが、今回の協議が深夜まで長引いた理由の一つは、この船舶入港問題での対立があったのでしょう。

 日本の制裁の中で北朝鮮が規制解除を求めた最優先事項は、船舶入港です。食糧、医薬品などモノ不足に喘ぐ北朝鮮には日本からの人道支援は急務です。しかし、拉致問題に比べると、「99対1」(高村外相)程度の比重しかない「よど号」問題で日本が早期引き渡しを急いでいないことや、北朝鮮船舶入港には拉致被害者家族会や世論の反発があることから再調査開始と同時に解除というわけにはいかなかったようです。しかし、北朝鮮が折れたところをみると、再調査後の適切な時期(よど号犯の引き渡し時)に解除ということで合意をみたのでしょう。

 拉致問題に限った「取引」をみる限り、北朝鮮にとってはメリットの乏しい、人的往来とチャーター便の規制解除だけで日本の求める条件を呑んだことになります。これまでの強かな交渉術からはとても理解できません。そこで、拉致問題での制裁解除以外の見返りがあったものと推測されます。

 日朝協議に関しては日本では拉致問題に関する議論しかクローズアップされていませんが、周知のように日朝協議の一貫した議題は、「拉致問題」と「過去の清算問題」の2本です。「拉致問題」では日本が、「過去の清算問題」では北朝鮮が善処、解決を求めています。「拉致問題」で合意があったということは当然「過去の清算問題」でも何らかの合意があったとしても不思議ではありません。

 日本の外務省の発表では、「過去の清算問題」では日本から「不幸な過去を清算して国交を正常化するとの立場が説明された」こと、これに対して北朝鮮側から「朝鮮総連の弾圧や我が国による北朝鮮に対する措置への批判があった」と一言触れていただけです。二日間にわたって拉致と同じぐらい時間を割いて論議されているはずですので、もう少し詳しい説明があってしかるべきですが、「触らぬ神に祟り無し」で、口をつぐんでいます。

 北朝鮮の発表を検証すると、日本の外務省の発表にはない以下のことが確認されていました。①今回の会談では日朝間の全般的な問題が話し合われ、その結果、平壌宣言に則り不幸な過去を清算し、懸案事項を解決するための精力的な合意を通じて具体的な行動を実施する②双方はそれぞれの関心事項に関する関係改善の見地から協議し、誠実に努力する③日本側は日朝関係改善雰囲気造成の措置を取る-――の3点です。

 日本が拉致問題で「前向きな対応」を求めたならば、同様に北朝鮮も「過去の清算問題」で日本に「前向きの対応」を促したはずですし、北朝鮮が再調査という「具体的な行動」で応えたならば、日本も「過去の清算問題」で「具体的な行動」を取らざるを得ないのが高村外相が言うところの「行動対行動」の原則です。また、日本が検証を要求すれば、北朝鮮も当然、過去の清算問題での合意事項の検証を求めることでしょう。

 日本は過去の清算は経済協力という形で償い、その経済協力は国交正常化後に行なうというのが基本方針ですが、北朝鮮は過去の清算は経済協力とは別個の問題なので、国交正常化前でも行なうべきという立場から、日朝協議では人道支援を要求し、また在日朝鮮人の問題を取り上げています。具体的には食糧・医療支援の再開、在朝被爆者への援護問題、在日朝鮮人の問題として朝鮮総連の本部競売問題などでの善処を求めております。

 「過去の清算問題」での北朝鮮の要求に日本がどう応じたのか、北朝鮮が「合意に反したり、合意内容とは違った方向に向かうならば、交渉は決裂し、必要な措置を取る」(宋日昊国交正常化交渉担当大使)と「警告」しているだけに、日朝協議に「伏せられた合意」があるのか知りたいところです。

2008年8月11日

どうなる?日朝「瀋陽協議」の行方

 今日(11日)から中国・瀋陽で日朝公式協議が2ヶ月ぶりに再開されます。6月の北京での協議では、注目の拉致問題で北朝鮮は「拉致問題は解決済み」との従来の立場を変更し、拉致問題解決に向けた具体的行動を取るための再調査の実施を約束しました。その再調査も、交渉人の斎木昭隆外務省アジア太平洋州局長によると、「生存者を発見し、帰国させるための調査」となります。北朝鮮はまた、日航機「よど号」ハイジャック犯らの引き渡しにも協力の用意があることを表明しました。

 一方の日本は「北朝鮮が拉致被害者の帰国を含め、拉致問題の最終的な解決に向け、早期に具体的な結果が得られることが重要である」(斎木局長)との日本側の主張に同意し、再調査に応じたこと、また「よど号」容疑者らの引き渡し協議に応じる意向を表明したことにより北朝鮮に対する制裁の一部解除を約束しました。具体的には1)人的往来の規制解除、2)航空チャーター便の規制解除、3)民間の人道支援物資に限っての北朝鮮船舶の入港解禁を約束しました。

 従って、今度の瀋陽協議は、北京協議での双方の約束事項を履行するための詰めの協議となります。高村正彦外相の言葉を借りるならば、「行動対行動」に移すための実務協議となります。

 報道によると、日本政府は瀋陽協議に先立ち、拉致被害者家族会が「再調査の結果が有効なものになるまで、一部であろうと制裁を解除してはならない」(飯塚繁雄代表)と、猛反発している制裁解除について拉致被害者の再調査などに対応して段階的に緩和・解除する方針を決めたようです。まず、北朝鮮が再調査に着手した段階で、人的往来の規制を解除する。続いて調査が進展すれば航空チャーター便を容認する。最後に日本の納得する形で再調査が終了し、併せて「よど号」犯の引き渡しが完了すれば人道支援に限った北朝鮮船舶の入港を認めるとの3段階方式です。

 そして、再調査の方法については、一時検討された日朝共同調査は①日本が主導権を握れない②北朝鮮では自由な捜査はできない③へたをすると、北朝鮮の捜査結果を正当化させるアリバイつくりに利用されかねない等の理由から見送られ、その代わりに北朝鮮の再調査を日本が検証する方法を検討しています。具体的には、日本政府関係者が北朝鮮に入り、1)調査状況を聴取できるようにする、2)途中経過の報告を求める、3)関係者からの聞き取りができるようにすることを申し入れるようです。

 どうやら拉致問題も核問題と同様に検証方法が焦点となりそうです。北朝鮮は核申告の検証には原則的に同意していることから、拉致問題でも拒む理由はないと思います。唯一問題があるとすれば、聞き取り対象の関係者として辛光洙(シン・グァンス)容疑者ら拉致実行犯や拉致を指令・実行した特殊機関の責任者や拉致被害者を隔離していた招待所の関係者らへの聞き取り(事情聴取)を求めた場合でしょう。

 検証問題よりも、難題は、北朝鮮が日本の段階的制裁緩和・解除を北朝鮮が受け入れるかどうかです。第一段階では再調査の開始と人的往来の規制解除がセットになっていますが、在日朝鮮人の渡航や日本人の北朝鮮観光や訪問はこれまでも規制されていませんでしたし、往来規制が解除されたからといって、北朝鮮から日本に来る人はほとんどいません。せいぜい北朝鮮の国会議員の資格を持った朝鮮総連の議長や副議長ら数人の北朝鮮渡航が可能になるぐらいです。来月9日の建国60周年の記念行事やその前後に開催される予定の最高人民会議に出席させたいならば、9月9日までには再調査を開始しなければなりません。

 しかし、よく考えてみると、人的往来の規制解除は、日本にとっても必要だったのではないでしょうか。再調査の検証のため、あるいは「よど号」犯らを引き取るには日本政府は関係者を北朝鮮に渡航させなくてはなりません。この規制は国家公務員を対象にしているので現状のままでは往来ができません。穿った見方かもしれませんが、日本人の渡航が自由にできるよう規制を解除したともいえなくもありません。

 第二段階の再調査の進展と航空チャーター便容認の交換条件ですが、航空チャーター便は主に在日朝鮮人や日本の友好団体が訪朝するために利用するもので、北朝鮮の人が日本に観光に訪れるためのものではありません。これに対して「再調査の進展」は「生存者の発見」が前提となっています。ということは、北朝鮮当局は朝鮮総連及び在日朝鮮人の祖国訪問の便宜を図るために「生存者の発見」を発表することになります。

 「生存者の発見」という再調査の進展は、歓迎されるものの「生存者はいない」と言い続けてきただけに日本国民に「やはり嘘をついていた」「二度と信用できない」「拉致被害者、生存者はもっといる筈だ」「こんな国とは国交する必要はない」との不信と嫌悪感を助長させるリスクを負うことになります。「生存者」が政府認定の拉致被害者でなく、訳ありで北朝鮮に入国した人に限定されたとしても、同じことです。

 そして、第三段階の「日本が納得する形で再調査が終了し、「よど号」犯を引き渡せば、人道物資に限った船舶の入港を認めるという「トレード案」も北朝鮮にとっては割りが合わないと考えるかもしれません。というのも、第三段階はまさに拉致問題の実質的解決を意味するからです。全ての船舶の入港禁止や輸入禁止解除を含む制裁の全面解除を新たに加えたとしても北朝鮮が応じるかどうか甚だ疑問です。過去の清算や経済協力、国交正常化の見返りなくして、人道支援に限った船舶の入港だけの見返りで、日本が納得する形で拉致問題の再調査を終わらせるとはとても考えられません。

 仮に、北朝鮮が再調査に応じ、日本が求めるような解決につながるような結果を出すとすれば、北朝鮮が要求する見返りは、制裁の一部解除ではなく、過去の清算だと思われます。

 前回の北京協議では拉致問題だけでなく、不幸な過去の清算問題についても話し合われています。1)国交正常化後の経済協力、2)文化財の返還、3)在日朝鮮人の地位の問題が取り上げられています。北朝鮮は不幸な過去の清算にはこれらの問題の解決が必要であると要求したそうです。北朝鮮の要求に対して日本は従来の立場(「一括解決・経済協力方式」等)を丁寧に説明したそうですが、北朝鮮は過去の清算が担保しない限り、日本の求める形の「再調査」には乗って来ないのではないでしょうか。

 核問題をめぐる米朝交渉を例に取るまでもなく、日本が再調査で検証を求めるならば、北朝鮮も同様に過去の清算問題で日本の対応の検証を要求してくることが考えられます。例えば、北朝鮮在住の被爆者への援護やその他の問題でそれ相応の要求を突きつけてくるかもしれません。

 中山恭子拉致問題担当相は日朝実務者協議を前に「北朝鮮が拉致被害者の帰国の道筋を示さなければ、制裁解除はありえない」との認識を示す一方で「よど号」乗っ取り犯らの引き渡しが実現しても、「拉致と絡めて何らかの制裁を解除することはあってはならない」との「原則」を強調しました。日本の原則、要求が貫徹されるのかどうか、数日後には結果がわかるでしょう。

2008年8月 7日

北京五輪での南北の金メダル予想

 北京五輪が8月8日から開幕する。韓国からは389人、北朝鮮からは134人から成る選手団が北京に派遣される。南北の金メダル獲得種目及び選手を予想する。
 
韓国:金メダル10個、総合10位が目標

 韓国の五輪出場は1948年のロンドン大会から。金メダルを初めて獲得したのは1976年のカナダ・モントリオール。レスリングで1個(総合で19位)を獲得した。1980年のモスクワ大会はボイコットし、84年のロサンゼルス大会で金メダル6個(総合10位)を獲得して量産体制に入る。1988年の地元ソウル大会では倍の12個(4位)を獲得。92年のバルセロナでも12個(7位)。96年のアトランタからは7個(10位)、2000年のシドニー8個(12位)、そして前回2004年のアテネで9個(9位)と、10個を割っていた。 今回の北京大会では選手団389人(選手267人、役員112人)が出場する。選手267人の内訳は男子160人、女子107人である。金メダルの獲得目標は10個以上。総合10位内を目指す。金メダル有望種目はアーチェリー、テコンド、柔道、バドミントン、重量挙げ、水泳、レスリング、体操、射撃の9種目である。

 ●アーチェリー(2~3個)

 前回のアテネでも金3個、銀1個を獲得したことから今回も最低でも2個は確実視されている。男子では世界選手権覇者のイム・ドンヒョン選手(22歳)が、女子ではアテネ五輪個人と団体の優勝者パク・ソンヒョン選手(25歳)と過去W杯2回優勝のユン・オッキ選手(23歳)の金メダル獲得が有力視されている。

 ●テコンド(2個)

 正式種目となった2000年のシドニーでは金3、銀1個。前回のアテネでも金2、銀2個と、2回連続して4つのメダルを獲得した。韓国の国技だけに今回も金メダル2個は間違いないとみられている金メダル候補は男子では68キロ級のソン・テジン(20歳)、80級以上のチャ・ドンミン(22歳)の二人。女子では57級のイム・スジョン(22歳)と67級のファン・ギョンソン(22歳)の二人。ファン選手は2006年アジア大会金メダリストで、05年、07年の世界選手権大会での金メダリストでもある。

 ●柔道(1個)

 シドニーを除いて1984年のロサンゼルス大会から五輪では金を獲得している種目である。アテネでも金、銀、銅それぞれ1個メダルを獲得するほどのメダル獲得種目である。 北京では2人の男子選手に期待が集まっている。60キロ級に出場するチェ・ミンホ選手(28歳)と73キロ級のワン・ギチュン(20歳)選手。アテネ銅メダリストのチェ選手は韓国で「小さな巨人」と称されている。日本からは60キロ級には平岡拓晃選手が、73キロ級には世界選手権銀メダリストの金丸雄介選手が出場する

 ●バドミントン(1個)

 1992年のバルセロナで五輪種目に採用されて以来2000年のシドニーで金メダル獲得に失敗した以外は、4つの大会で延べ金5個、銀6個、銅3個を獲得してきた、韓国得意の種目である。前回のアテネでも金1、銀2、銅1個を獲得している。今回も男子ダブルス、女子ダブルス、男女混合ダブルスで金メダルを狙っているが、前回のアテネで金メダルを獲得した男女混合ダブルスでイ・ヨンテ、イ・ヒョジョン組での獲得が有力視されている。個人では男子エースのイ・ヒョンイル選手(28歳)に期待が集まっている。

 ●重量挙げ(1個)

 アテネでは金が取れず、銀2個に終わったが、今回は、昨年の世界重量挙げ選手権女子75キロ級で優勝したチャン・ミラン選手(25歳)に金メダルの期待がかかっている。

 ●水泳(1個)

 前回のアテネではメダルゼロだった水泳では男子400メートル自由形で今年最高記録を出したパク・テファン選手(19歳)が水泳陣の中では金メダルに最も近い選手として注目されている。

 ●レスリング(1個)   

 アテネ金メダリストのチョン・ジヒョン(25歳)がグレコローマン60キロ級で連覇を狙う。日本からは60キロ級には06年のアジア大会優勝者の笹本睦選手が出場する。

 ●体操(1個)  

 体操では男子の平行棒に期待がかかっている。アテネ銀メダリストのキム・デウン(24歳)と銅メダリストのヤン・テヨン(28歳)の両選手が金メダルに挑戦する。キム選手は第40回機械体操選手権大会平行棒金メダリストでもある。

 ●射撃(1個)

 1992年のバルセロナでは女子の10mエアライフルと男子の50mピストルで金メダルを獲得した韓国だが、以後の大会では金メダルに縁がなかった。今回は、男子のチン・ジョンホ選手(29歳)がエアライフル10mと50mピストルで16年ぶりに金メダルを狙う。

 北朝鮮:12年ぶりの金メダルを目指す

 北朝鮮選手団は総勢134人(選手63人、役員71人)。前回のアテネでは9種目に36人の選手を派遣したが、今回は12種目に約倍の63人が出場する。北朝鮮が五輪に初めて出場したのは1972年のミュンヘン大会。選手団は88人(選手60人、役員28人)。射撃でリ・ホジュン選手が世界記録で金メダルを獲得。また、ボクシングのライトフライ級で銀を獲得。初参加で3つの銅を含めて5個のメダルを獲得し、総合で22位の成績を記録した。

 1976年のカナダのモントリオール(90人。8種目に60人の選手)ではボクシングバンタム級でク・ヨンジョ選手が米国の選手をKOで破って金メダルを獲得している。モントリオール大会では総合で前回よりも順位を一つ挙げ、21位。しかし、1980年のモスクワ(101人、8種目に57人の選手)では金メダルはゼロで、銀3つ、銅2つに終わり、総合でも26位と順位を下げた。その後、1984年のロサンゼルス五輪と1988年のソウル五輪はボイコットして、不出場。

 12年ぶりの1992年のバルセロナ大会では98人(11種目に65人の選手)を派遣。ボクシングのフライ級、レスリングの48キロ級と52キロ級で金メダルを獲得。また体操のあんまでも金メダル。金4つ、銀5つを獲得し、総合で日本を抜き、過去最高の16位の成績を収めた。1996年のアトランタ(70人、選手46人)ではケー・スニ選手が48キロ級で田村亮子選手を破り金メダル。またレスリング48キロ級でキム・イル選手が連覇して、金メダル金2個、銀1個、銅2個の成績を上げたが、総合順位は33位と大幅に下げた。2000年のシドニー(61人、10種目に32人の選手)では最高が女子重量挙げ58キロ級での銀1個。52キロ級に出場したケー・スニ選手は銅メダルに終わった。レスリングのグレコローマンの54キロ級とボクシングの48キロ級で銅が二つ。総合順位は60位と過去最低だった。

 前回のアテネ(69人、9種目に36人の選手)でも北朝鮮は銀4、銅1個に終わり、またもや金メダルを逃した。57キロ級に階級を上げて出場したケー・スニ選手は決勝で敗れ、銀メダル。また、金メダルが確実視されていたシドニー五輪女子重量挙げ58キロ級の銀メダリストのリ・ソンフィ選手と卓球のキン・ヒャンミ選手、ボクシング57キロ級のキム・ソングッ選手の3人とも銀に終わった。総合順位は前回よりも3つあがり、57位。今回の北京五輪では選手63人を派遣し、12年ぶりの金メダルの獲得を目指す。金メダル有望種目は柔道、重量挙げ、ボクシング、射撃の4種目。

 ●柔道(1個)

 男子3人、女子4人が出場するが、女子57級のケー・スニ選手に期待が集まっている。シドニー(銅)、アテネ(銀)で金を逃したものの01年、03年、95年、07年と世界選手権大会では4回連続で金メダルを獲得するなど金メダル最有力候補である。日本からは佐藤愛子選手が出場する。男子ではアジア柔道選手権大会73キロ級で優勝したキム・チョルス選手も期待されている。

 ●重量挙げ(1個)

 男子4人、女子3人の7人が出場するが、男子のチャ・クムチョル選手(21歳)は2007年世界選手権大会で56級スナッチ(128キロ)、ジャーク(155キロ)とトータルで283キロを挙げ、総合1位に輝き、優勝している。

 ●ボクシング(1個)

 ボクシングからは唯一キム・ソングク選手だけが出場。アテネ五輪フェーザー級で銀メダルを獲得。昨年シカゴで行われた世界ボクシング選手権大会でも銅メダルを獲得した有力な金メダル候補である。この階級には日本からは清水聡選手が出場する。

 ●射撃(1個)

 男女合わせて6人の選手が出場するが、アテネの50mピストルの銅メダリストのキム・ジョンス選手が期待されている。

 ●レスリング(1個)

 出場する3人の選手の中ではグレコローマンのチャ・グァンス選手が今年のアジアレスリング選手権大会で銀メダルを取っている。

 このほか、▲女子サッカー(18人)▲体操(女子2人)▲卓球(男子3人、女子2人)▲アーチェリー(2人)▲マラソン(男子3人、女子3人)▲ダイビング(男子1人、女子3人)▲シンクロ(2人)に出場するが、注目の世界ランキング6位の女子サッカーは昨年W杯優勝のドイツと準優勝2位のブラジルと同組に入ったことで予選通過は厳しいとみられている。

2008年8月 4日

中山恭子拉致担当相起用の狙いは何か

 福田康夫総理は1日の内閣改造で、官房長官が兼務していた拉致問題担当相を独立させ、参議院議員の中山恭子首相補佐官(拉致問題担当)を任命しました。

 拉致問題担当相が新設され、中山恭子氏が首相補佐官よりも権限のある閣僚に起用されたことで拉致被害者家族会では「補佐官と大臣では情報量や発言力が全然違う。非常にうれしい」(飯塚繁雄会長)「北朝鮮に強いメッセージを伝えることができる」(増元照明事務局長)と熱烈歓迎し、拉致担当大臣としての中山氏に大いに期待を寄せています。

 今回の内閣改造は、安倍政権の色を払拭させ、自前の政権をつくることが主な目的でした。だからこそ、官房長官と外相、厚生労働相と総務相以外は総入れ替えしたわけです。ところが、安倍政権のシンボル的存在であった中山さんは残留させただけでなく大臣に昇格させました。それも、自民党参議院側からの要請ではなく、福田総理の一本釣りによるものです。これを拉致問題解決に向けた意欲の表れとみるべきか、それとも、支持率アップのための単なる「客寄せパンダ」なのか、あるいは自分の手による解決を断念したことへの「保険」とみるべきか、評価は分かれるところです。

 福田政権になって北朝鮮外交は安倍前政権の圧力から対話重視にウェイトが置かれています。対話による事態打開を目指すならば安倍政権の圧力政策の旗手でもあった中山さんを更迭して、対話重視派の山崎拓自民党副総裁の派閥に属する平沢勝栄議員か、福田総理に近い衛藤征士郎議員のいずれかを起用するという奇策もあったはずです。

 平沢議員は拉致議員連盟の前事務局長や衆議院拉致問題特別委員会委員長の座にありましたし、また、福田政権誕生の功労者でもある衛藤議員も今春結成された自民党朝鮮問題小委員会委員長に就いており、キャリアにおいても両人とも拉致担当大臣としての資格は十分でした。しかし、福田総理は最初から中山さんしか頭になかったように思われます。

 平沢議員の場合は、2004年に派閥領主の山崎副総裁の訪中に同行し、北朝鮮側と極秘接触したことで「家族会」や「救う会」、「拉致議連」から反発を買ったことや、衛藤議員の場合も、自民党朝鮮問題小委員会が拉致問題よりも日朝国交正常化を優先させていると「家族会」から懐疑的にみられていることがネックにはなっていますが、それが理由ではないように思われます。

 福田総理が中山大臣を抜擢した理由は、「家族会」向けの対策以外には考えられません。核問題をめぐる6か国協議と米朝関係の進展及び北朝鮮との交渉次第では「家族会」の意にそぐわない方向に向かうことも、また妥協をせざるを得ない局面も訪れるかもしれません。その際に「家族会」の反発を抑え、説得できる唯一の人物が他ならぬ中山さんであることを福田総理は見抜いています。また北朝鮮への特使派遣が必要な場合は、中山さんを派遣することも視野に入れているようです。そのような役割までを想定して担当大臣に据えたのではないかと推察されます。

 周知のように「家族会」や「救う会」は福田政権の拉致問題への対応に不信感を募らせていました。特に6月の日朝協議で再調査との引き換えに北朝鮮に制裁の一部解除を約束したことに猛反発しています。ところが、拉致問題担当相の新設と中山氏の就任では一転して評価しています。「家族会」の中山さんへの信頼が、逆に言うと、「家族会」への中山さんの影響力がいかに大きいかを物語っています。

 現在、中山大臣は日朝協議で合意した再調査について「北朝鮮には何度もだまされており、『再調査』は信用できない。拉致被害者を帰国させる動きがない限り、(一部でも)制裁の解除はすべきではない」と主張しています。また、6か国協議でのエネルギー支援についても「拉致問題で進展のある行動が見えてこない以上、支援すべきではない」と一貫して反対の立場を取っています。

 しかし外務省の立場は、「北朝鮮の再調査が不誠実な内容だった場合は、制裁を復活させる場合もある」(高村外相)というもので、基本的には高村外相が留任の会見で明らかにしたように「行動対行動」に沿って、再調査の開始とほぼ同時に制裁の一部を解除する方向にあります。また、エネルギー支援についても10月30日までに北朝鮮の核無能力化の完了と核計画申告が検証されれば日本としては決断せざるを得ない状況に置かれます。

 「再調査」をめぐるこれまでの高村外相と中山担当相の発言は厳密に言えば、閣内不一致の印象を与えますが、北朝鮮政策の考案、樹立、及び交渉はこれからも官邸と外務省が主導して行なうことになります。中山大臣が政策立案や外交交渉にどこまで関与できるか定かではありませんが、どちらにしても、「家族会」対策が主な役割といえます。ある意味では、中山大臣起用は福田総理にとって膠着状態にある拉致問題を動かすうえで予想される反発を抑えるための「防波堤」にもなるし、その一方で、仮に任期中の拉致問題解決を内心断念しているとするならば、「予防線」にもなります。

 今回の内閣改造で早ければ年末から来年の1月までに総選挙があるとみられています。

 それまでの間に日朝交渉を進展させ、国民の最大関心事である横田めぐみさんや有本恵子さんら政府認定の拉致被害者の生存が確認され、帰国が実現すれば選挙に有利に働きますが、日航機ハイジャック犯の引き渡しや一部で噂されているように自らの意思で北朝鮮に渡ったとされる人の帰国だけではとても選挙には勝てません。実際、日朝協議で合意した再調査と制裁の一部解除の交換には国民の7割以上が反対しています。そのような理由から仮に福田総理が当初の意気込みとは異なり、拉致問題解決の意欲が失せているならば、中山さんを拉致問題担当大臣に据えることで責任を取らせることもできます。今後進展がなくても、中山さんが担当大臣でいる限りに「家族会」からの批判を交わすこともできます。言わば中山大臣は福田政権にとっては風除けのための「盾」と言えなくもありません。

 日朝協議後の官邸で制裁の一部を解除するかどうかを決定する際に外されたことに怒った中山さんが首相補佐官を辞めるのではと一時囁かれたこともありました。しかし、結局、中山さんは少子化問題担当も兼ねた大臣ポストに釣られた格好となりました。

 中山大臣は初閣議後の記者会見で今回の自身の入閣について「福田康夫首相が(拉致)被害者を一刻も早く帰国させたいというメッセージだ。被害者や家族は、政権がしっかり拉致問題に取り組むという姿勢を表したと受け止めている」と強調していましたが、家族会前代表の横田滋さんは「中山さんが少子化対策など複数の分野を担当するようで、拉致問題に取り組む時間が増えるか減るかが分からない。福田首相が拉致問題を重視しているのかどうかも分からない」と組閣の印象を語っています。

 拉致問題で参議院から首相補佐官、そして大臣にまで上り詰めた中山さんの真価が今まさに問われようとしています。

2008年8月 1日

「二人三脚」の米朝の目の先は8月11日ではなく、10月30日!

 北朝鮮のテロ支援国家指定解除まで残り10日となりました。完全にカウント・ダウンに入りました。

 ブッシュ政権が6月26日に指定解除を米議会に通告してから45日間、議会には賛否を審議する猶予が与えられていましたが、下院では下院外交委員会傘下のテロ・非拡散・貿易小委員会委員長で民主党所属のシャーマン議員が7月3日に共和党の議員と共同で提出した決議案(検証可能な核申告書提出以前のテロ支援国指定解除に反対する法案)が、民主党のペロシー下院議長が同じ民主党のハワード・バーモン下院外交委員会委員長に対して「議題にして審議しないよう」指示したことで事実上霧散してしまいました。

 上院では昨日(7月31日)から上院軍事委員会主催の「北朝鮮聴聞会」が開かれ、6カ国協議の米首席代表のヒル国務次官補が出席し、核施設の不能化作業の進展状況と核計画申告書の検証問題について報告しました。この公聴会を最後に議会は4日から休会に入りますので議会によるテロ支援国指定解除阻止はもはや不可能です。逆に米議会は、北朝鮮の使用済み燃料棒の除去費用として新たに5千万ドルの予算追加を承認するなどブッシュ政権の対北朝鮮核交渉を後押ししています。

 しかし、ブッシュ政権の国家安全保障会議(NSC)のワイルダー・アジア上級部長は7月30日、北朝鮮が核計画申告内容を検証する作業に早期に協力しなければ指定解除を延期すると警告していました。ワイルダー部長は、北朝鮮が米国の要求に同意しなければ、11日の時点で「解除は起きない」と明言しました。

 現在、6カ国協議の米政府特使に就任したソン・キム前国務省朝鮮部長が北京に入り、昨日から議長国の中国及び北朝鮮の担当者との協議に入っています。北朝鮮の相手は李根外務省米州局長で、検証手続きについて話し合っています。マコーマック国務省報道官は30日の記者会見で、キム特使の訪中について「(検証作業を)前進させるためのものである」とコメントしていました。協議は3日までの予定ですが、前出のワイルダー上級部長の発言は米朝実務協議を前に北朝鮮を牽制したことに狙いがあることは十分に察しがつきます。

 ヒル国務次官補を補佐していたソン・キム国務省朝鮮部長が7月28日付で同省に新設された6カ国協議担当特使に昇格したこと、またキム氏が検証計画の確立、核放棄への「第3段階措置」の進め方の実務責任者である点を考慮すると、今回の北京交渉が決裂し、指定解除が見送りとなる公算は高くないように思われます。仮に妥協が成立せず、8月11日の指定解除発効が多少遅れたとしてもさほど大きな問題ではありません。11日以降はいつでも効力を発することができるからです。

 ブッシュ政権はこの期に及んで北朝鮮との核交渉をご破算にはできません。テロ支援国指定解除を遅らせれば、その分核問題の解決も遅れることはこれまでの米朝交渉で嫌というほど学んでいるはずです。ブッシュ大統領にとっては時間が残されていないだけに多少無理をしてでも、譲歩をしてでも、前進させなければならない事情があります。少なくとも大統領選挙前の10月30日までに北朝鮮の核無能力化と検証を終わらせる必要性があります。

 ソン・キム特使が手ぶらで帰るのか、それとも「土産」を持って帰るのか、交渉パートナーの李根外務省米州局長の鞄の中身もまた注目されるところですが,検証対象及び方法についても、最終的には妥協が成立するものと推測されます。

 「二人三脚」の米朝の目の先は8月11日ではなく、10月30日に向けられています。

Profile

辺 真一(ぴょん・じんいる)

-----<経歴>-----

1947年東京生まれ。
明治学院大学(英文科)卒業後、新聞記者(10年)を経て、フリージャーナリストへ。
1980年 北朝鮮取材訪問。
1982年 朝鮮半島問題専門誌「コリア・レポート」創刊。現編集長。
1985年 「神戸ユニバシアード」で南北共同応援団結成。統一応援旗を製作。
1986年 テレビ、ラジオで評論活動を開始。
1991年 南北国連同時加盟記念祝賀宴を東京で開催。北朝鮮への名古屋からの民間直行便開設に助力。
1992年 韓国取材開始。(以後今日まで二十数回に及ぶ)
1998年 ラジオ短波「アジアニュース」パーソナリティー。
1999年 参議院朝鮮問題調査会の参考人。
2003年 海上保安庁政策アドバイザー。
2003年 沖縄大学客員教授。
現在、コリア・レポート編集長、日本ペンクラブ会員。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
「辺真一のコリア・レポート」

-----<著作>-----


『「金正日」の真実』
小学館、2003年1月


『金正日「延命工作」全情報』
小学館、2002年11月


『強者としての在日』
ザ・マサダ、2000年11月


『「北朝鮮」知識人からの内部告発』
三笠書房、2000年1月


『北朝鮮亡命730日ドキュメント』
小学館、1999年6月


『北朝鮮100の新常識』
ザ・マサダ、1999年5月

『ビジネスマンのための韓国人と上手につきあう法』
ジャパン・ミックス、1997年12月

『朝鮮半島Xデー』
DHC、1994年8月

『表裏の朝鮮半島』
天山出版、1992年4月

-----<共著>-----


『読売 VS 朝日 社説対決 北朝鮮問題』
中央公論新社、2002年12月

『韓国経済ハンドブック』
全日出版、2002年3月

『一触即発の38度線』
飛鳥新社、1988年7月

-----<訳書>-----


『北朝鮮が核を発射する日』
PHP研究所、2004年12月

『凍れる河を超えて(上)』
講談社、2000年6月

『凍れる河を超えて(下)』
講談社、2000年6月

『私が韓国をキライになった48の理由』
ザ・マサダ、1998年9月

『潜航指令』
ザ・マサダ、1998年7月

『生きたい!』
ザ・マサダ、1997年7月


当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.