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2008年7月25日

8月11日はテロ支援国指定解除と制裁解除の日?

 日本政府が期待していたシンガポールでの日朝外相会談は不発に終わりました。北朝鮮は非公式、公式に関わらず日本との会談を一切拒みました。それでも、朴宜春外相は6か国外相会談の場で隣席の高村正彦外相から「諸懸案を解決して日朝関係を進めよう」と声を掛けたところ「そうしよう」と答えたようです。

 また、朴外相はASEAN地域フォーラム(ARF)閣僚会議で高村外相が「拉致問題を含めた日朝関係の進展が必要だ」と訴えたのに対して「日朝では話し合いが行われている。協議が再開されたのは良いことだ」と発言したそうです。6月の日朝公式協議及び合意を少なくとも肯定的に捉えています。

 それにもかかわらず、北朝鮮は再調査の方法を話し合うための日朝協議に応じようとはしません。また、応じない理由についても一切明らかにせず、沈黙を守ったままです。従来ならば「金剛山観光客射殺事件」で態度を硬化させている韓国を孤立、揺さぶるためにも日本に秋波を送ってくるのですが、今回に限っては今のところ慎重です。

 しかし、よく考えてみると、拉致問題だけでなく、核問題でも、北朝鮮は米国が6月に提出した核申告検証手続きの草案に対して回答を保留したままです。検証作業を早期に開始するための非核化作業部会の日程についても回答しません。常識に考えて、現状のままだと議会通告から45日目の8月11日に発効するはずのテロ支援国家指定解除は見送りとなります。現にライス米国務長官はシンガポールで「45日経過時に必ずしも解除を決める必要はない」と述べ、北朝鮮が検証計画に合意しない場合、テロ支援国指定の解除を遅らせる可能性を示唆していました。

 ところが、核の検証問題では、米国と北朝鮮が来週中にも核開発計画申告内容の検証計画書作りに向け実務協議を開始する見通しとなりました。米朝間で基本合意すれば、非核化作業部会が自動的に再開されるのがこれまでのパターンです。韓国情報では、来週末か来月初めには中国・瀋陽で非核化作業部会が開かれ、この米朝協議の結果を基に検証計画書協議を終結させる方針のようです。どうやら議長国の中国としては、北京五輪が始まる8月8日までには検証問題を片付けておく考えのようです。

 対米外交の当面の課題がテロ支援国指定の解除にあることから北朝鮮としても指定削除期限の8月11日までには検証計画に同意する必要があります。北朝鮮にとって幸いなのは、8月11日というタイムリミットは検証結果ではなく、検証計画書の作成にあることです。実際に8月11日までの検証はもはや物理的に不可能です。先の6か国首席代表会議では第2段階(核施設の無能力化と核計画申告の検証)を10月30日までに終わらせることで合意しています。ということは、検証は8月11日でなく、10月30日に延びたことになります。

 核問題と同じ脈絡から拉致問題を捉えると、拉致問題での北朝鮮の対応も透けて見えてきます。再調査のための方法について日本との協議を8月11日までの間にやれば問題はないという考えのようです。ということは、米朝協議及び非核化作業部会に平行して日朝協議が開かれる公算は大です。「北朝鮮は6月に約束した再調査を実施していない」との高村外相のクレームに対して「北朝鮮にしっかり伝えておく」と答えたライス長官の顔を立てる必要もあるからです。

 しかし、「再調査で進展がない限りテロ支援国指定を解除しないように」との日本の要求は8月11日までの再調査結果はもはや不可能だけに通らないでしょう。現状では再調査の開始も核申告の検証開始同様に8月11日前後となりそうです。そして、再調査の結果もこれまた10月末まで待たされることになりそうです。

 先の6か国外相会談で高村外相は北朝鮮に対して「約束対約束」から「行動対行動」に移そうと呼びかけていました。その一方で国内では「北朝鮮が再調査し、それが生存者を見つけて(日本に)帰すことに向けた真摯な調査だということになれば、その段階で解除する」と「制裁解除は再調査の進展しだい」との条件をつけていました。

 しかし、金融制裁を科した米国との駆け引きを例にとるまでもなく、北朝鮮が制裁の解除なくして一方的に再調査に入るとは考えらません。ということは、日本政府は拉致被害者家族会の反対を押し切ってでも、日朝間で再調査の方法で合意し、北朝鮮が再調査に入れば制裁の一部を解除するのではないでしょうか。仮に米国と足並みを揃えるならばテロ支援国指定解除の日が日本の制裁解除の日になるかもしれません。

2008年7月22日

「金剛山射殺事件」の謎

 北朝鮮の観光名勝地、金剛山で起きた韓国人女性観光客射殺事件は発生(7月11日)から10日過ぎても、真相は藪の中です。北朝鮮が韓国側の調査団派遣や南北合同調査による真相究明を拒んでいることが原因です。事件発生から現在まで解明された疑問と今なお、未解明の問題には以下のようなものがあります。

 ▲解明された疑問

 ①被害者のパク・ワンジャさんが午前4時半ごろ1人で散歩に出た謎

 当日は日の出の時間が早朝5時~5時10分頃でした。おそらく日の出を見るために海辺に散歩に出たのではないかと推測されます。

 ②立ち入り禁止地域の北朝鮮側軍事保護施設地域に入った謎

 観光統制区域と軍事保護施設区域を仕切っている緑色の鉄製フェンスに「立ち入り禁止」の看板がなかったこと、被害者が韓国の観光会社から事前レクチャーを受けていなかったこと、さらには早朝時間帯に監視員が不在であったことから、知らないまま、あるいは好奇心から日の出がよく見られる穴場を求め入った可能性が考えられます。

 ③3メートルの高さの鉄製フェンスを50代中年の女性が越えるのは無理との謎

 フェンスは海岸まで張られてはおらず、海岸から30メートル手前の所で途切れていました。フェンスの横は高さ約1メートルぐらいの上りの砂丘になっており、被害者がここを上がって、立ち入り禁止地域に入ってしまったようです。

 ④宿舎を出て、射殺されるまでの3.3kmを50代の女性が20分で歩行できるかとの謎。

 当初、ホテルに備え付けられていた監視カメラで確認されたところ被害者のホテル出発時刻は午前4時30分でした。ホテルからフェンスまでの距離は1.1kmです。北朝鮮側の当初の説明ですと、「女性はフェンスから1.2kmまで入ってきたので、制止を命じたが、1kmほど逃亡したため発砲した」そうです。その結果「4時50分頃、フェンスから200メートル手前で銃撃した」とのことです。

 「20分の短い時間で足を取られやすい砂浜を3.3キロも進んだことになる。移動速度は時速9.9キロということだ。健康な若者が平地で非常に速いペースでジョギングを行ったとしても時速8キロから9キロだから、北朝鮮の言い分は話にならない」(朝鮮日報)というのが、韓国側の見方でした。

 しかし、その後、韓国側がホテル内監視カメラの映像を確認した結果、カメラの時間設定ミスにより時計が13分進んでいたことがわかりました。被害者が宿泊先のホテルを出た時刻は、当初伝えられた時刻よりも13分早い午前4時18分と確認されました。20分でなく、33分ならば、移動可能な距離です。

 加えて、北朝鮮側は「朝鮮人民軍の調査報告」として北朝鮮側警備兵が被害者を最初に目撃した地点をフェンスから1.2kmではなく、800メートル、倒れた地点もフェンスから300メートルと修正しました。北朝鮮の発表とおりならば、被害者は33分で約2.4kmを歩いた計算になります。

 ▲未解明の問題

 ①警告発砲をしたのか?

 北朝鮮は当初「1発警告発射した後、2発発射した」と説明していましたが、2度目の説明(朝鮮人民軍の調査報告)では「動けば撃つ」と3度にわたり制止したが、パクさんが逃げたため「空砲弾1発、照準射撃3発を撃った」と修正しました。しかし、事件当時、現場付近にいた複数の韓国観光客は「銃声は2発しか聞こえなかった」と証言しています。

 被害者の胸と尻に2発命中しているので、こればかりは辻褄を合わしようがなかったものと思われます。

 ②発砲した時間は何時か?

 北朝鮮は当初は発砲時間を4時50分としていましたが、その後、4時55~5時頃と訂正しました。

 しかし、現場近くにいた観光客は「2発の銃声を聞いたのは、5時15分~20分の間」と証言しています。

 また、この証言を裏付けるものとして、他の観光客が撮った写真があります。午前5時3分と日付が印字された1枚目の写真には事件の目撃者である学生の姿が写っていました。2枚目の写真は5時13分に撮られ、そして3枚目は5時16分に撮ったもので「3枚目の撮影直後に銃声2発が10秒間隔で聞こえた」と証言しています。

 これは5時15分から20分ごろの間に2発の銃声を聞いたという他の観光客との証言ともほぼ一致します。「4時55~5時頃に撃たれた」とする北朝鮮側の主張とは明らかに食い違っています。

 ③至近距離から撃ったのか?

 警備兵らが所持している小銃は射程距離300~400メートルです。2発撃って、2発命中したことから、射撃の腕前がよいのか、それとも至近距離で撃ったから命中したのか、不明です。韓国側の遺体の検死結果でも射程距離はわかりませんでした。

 その後、北朝鮮は「3発撃った」と訂正しました。ということは1発外したことになります。「100発100中」であると宣伝してきた北朝鮮としては珍しいです。至近距離で撃ったのではないことの立証、あるいはアリバイつくりとして「異例の発表」をしたのかもしれません。

 ④被害者が観光客であることがわからなかったのか?

 北朝鮮は「この接近者が誰か把握できない状況にあった」と説明しているが、当日の日の出時間は5時~5時10分頃でした。視界は十分でした。

 また、先の銃撃直前に撮影された3枚目の写真を見ると、海水浴場一帯は明るく、北朝鮮軍の警備兵も被害者の姿を十分に見分けることができたはずです。

 ⑤韓国への通告がなぜ4時間も遅れたのか?

 北朝鮮は「女性は観光客と確認できる身分証を持っていなかった」ことから観光客だとわかるまで「確認に時間がかかったため」と説明していますが、身なりを見れば一目で韓国人であることは確認できたはずです。要は「観光客」でなく、「スパイ」と疑ったためなのか、あるいは誤って観光客を撃ってしまったことの事態収拾、事後処理のために時間を要したのか、どちらかだと思われます。

 ⑥北朝鮮はフェンスに取り付けてある監視カメラのビデオを提出しないのか?

 フェンスには韓国の観光窓口である現代峨山がフェンス上に設置した監視カメラが作動しています。映像をチェックすれば、被害者のフェンス通過時間を含めて真相の一端が解明されます。ところが、北朝鮮は「監視カメラは作動してなかった」として、現代峨山の提出要求を拒んでいます。

 ⑦17歳の女性兵士が本当に発見して、最初に撃ったのか?

 最新情報では被害者が北朝鮮の歩哨所2か所を通ったところで、2番目の歩哨所にいた17歳の女性兵士が被害者に気づき、制止を命じるため1発空砲弾を撃ったところ、他の歩哨所にいた軍人らが驚いて逃げる被害者に3発の実弾を撃ったと言われています。

 経験未熟な女性兵士が柔軟に対応できず、軍規にあまりにも忠実に従った結果、このような事件が起きたということを言わんとする情報のようです。しかし、韓国では「前線に17歳の女性を、それも新米兵士を配備するか」との疑問が出ています。

 脱北した元北朝鮮警備兵らの証言では前線に配備されている女性兵士は看護婦や通信員らに限られており、歩哨には立っていないとのことです。こうした疑問から韓国では「17歳女性兵士の発砲説」は偶発性を装うための作り事と懐疑的です。

 韓国側は被害者が観光統制区域から外れ、北朝鮮の軍事保護区域に誤って入ってしまった落ち度があったにせよ、無抵抗の女性を射殺することはないと北朝鮮警備兵の過剰反応を批判しています。

 被害者が警備兵の制止を聞かず、逃走したとしても視界的に韓国人観光客であり、武装していない普通の女性であることが目視できたはずで、従って発砲せずに身柄を拘束するとか、あるいは軍事保護施設から追い出すような措置を取って然るべきというのが韓国側の立場です。

 韓国のメディアの中には、今回の射殺事件は、偶発的に起きたのではなく、韓国人観光客であることを承知の上で、李明博政権との対決を煽る上で北朝鮮軍が命令して故意に撃った可能性が否定できないとの見方も出ています。

 こうした疑念を払拭するためにも北朝鮮は韓国と協力し、事件の真相究明に努めるべきですが、現在の冷却化した南北関係からして北朝鮮が南北当局による合同調査に応じる可能性はなさそうです。

2008年7月18日

シンガポールでの日朝外相会談に注目

 ブッシュ政権による米議会への対北朝鮮テロ支援国指定解除通告から発効(8月11日)まで「45日間」あった猶予期間が残り3週間近くとなりました。

 この間、核問題では6か国首席代表会議で懸案の核検証で一定の合意をみたことで、テロ支援国指定解除に向けての障害が取り除かれつつあります。米議会では16日から上下外交委員会で核申告及び検証に関する非公開の聴聞会が開かれ、6か国協議の首席代表であるヒル次官補が報告を行なっています。共和及び民主党の一部議員らが、申告が不十分だとして、テロ支援国指定解除に反対する動きがありますが、議会の大勢は、解除を容認する方向にあります。

 日本の意向に関係なく、米中を軸に6か国外相会談も非公式ながら23日にシンガポールで開催されるようです。外相会談は本来、非核化の第2段階が完了し、核放棄に向けての第3段階への移行を前提に開かれる予定でした。それが非公式とはいえ、前倒しになったことは核合意を進めたいとするブッシュ政権の焦りといえなくもありません。

 この期間、核問題での進展状況に比べて、拉致問題では全く動きがありませんでした。町村信孝官房長官が6月29日に民放に出演して、拉致被害者の再調査について「どういう形で調査するのか、その結果をどう検証するのか。その方法を日本政府も決めつつある。近々、日朝間で調査、検証の具体化を図っていく」と述べてから3週間が経過しました。しかし、再調査のための日朝協議は一向に開かれません。一週間前の7月11日には6か国協議の首席代表会合の場で斎木昭隆外務相アジア・太平洋州局長が金桂寛次官に催促しましたが、金次官からはこの件では回答がありませんでした。

 再調査は北朝鮮側も朝鮮中央通信を通じて「朝鮮民主主義人民共和国は、拉致問題の再調査を実施する」と内外に公言した案件です。また、テロ支援国指定解除のための米国への約束事項でもあります。それが、何の理由も、一言の説明もなく、遅延させているのは理解に苦しみます。

 日朝は6月11日の日朝公式協議で北朝鮮が再調査とよど号問題の解決に協力する見返りとして、日本が人的往来の規制解除、チャーター便の規制解除、民間による人道的支援物資輸送を限定とする北朝鮮国籍船舶の入港許可など一部制裁解除することで合意しました。問題は、約束事項をいつから、どちらが先に実行するのか、そのための協議をいつ始めるのか、詰めていませんでした。

 しかし、6か国協議での「核合意」を基に「行動には行動」で原則合意していることから、おそらく同時に履行することになっていたものと思われます。そのことは、経済制裁の早期解除に反対する超党派の「拉致議連」(平沼赳夫会長)の会合の場で斎木氏が「互いに動くことが大事」と述べたことでも推測できます。また、町村信孝官房長官も16日の衆院拉致問題特別委員会で「(拉致問題に関する)再調査の具体的結果が出るまで何もしないとは言っていない。調査の進展を見極めながら、必要に応じて(解除の手続きを)取ることはある」と述べ、再調査が始まった時点でも一部解除に踏み切る可能性を示していました。

 ところが、政府の意向に反し、与野党では再調査で具体的な進展がない限り、制裁を解除をすべきではないとの声が台頭しました。自民党の伊吹文明幹事長は政府が対北朝鮮経済制裁の一部解除方針を決めたことについて「(再調査の)内容に納得しなければ制裁解除はできない」と釘を刺しています。民主党も拉致問題対策本部(中井洽本部長)が「拉致事件の調査で具体的な進展がないかぎり、制裁解除を行うべきではない」と注文を付けました。

 政府の中でも、中山恭子補佐官が「北朝鮮が拉致した人々を捜し出し、帰国させる動きがはっきりするまで、制裁解除があってはならない」「北朝鮮には何度もだまされており、(約束された)『再調査』は信用できない。拉致被害者を帰国させる動きがない限り、(一部でも)制裁の解除はしない」と、同時履行には断固反対の立場です。

 世論も同様で「再調査の結果を見た上で緩和するかどうかを決めるべきだ」(45%)で「緩和すべきではない」(40%)を合わせて85%が経済制裁に慎重な結果が出た読売新聞(7月15日付)の世論調査を待つまでもなく、大勢は「制裁を解除すべきではない」と、政府の方針に反対しています。

 それでも高村正彦外相は「北朝鮮が再調査し、それが生存者を見つけて(日本に)帰すことに向けた真摯な調査だということになれば、その段階で解除する」と述べ、中身の伴う再調査であることを条件に制裁を解除を解除する意向を表明しました。

 制裁の解除があくまでも「同時履行」が条件ならば北朝鮮が再調査の協議に出てこない理由はどこにもないはずです。「金剛山観光客射殺事件」で韓国との関係が決定的に悪化したことで北朝鮮は日本に秋波を送ってくる可能性も考えられます。シンガポールで日朝外相会談が開かれるかが一つのポイントになりそうです。

2008年7月15日

反米は百万人、反日デモは数十人の現実

 日本政府は14日、中学校社会科の新学習指導要領解説書の中に竹島(韓国名・独島)を「領土問題」として明記しました。この日本政府の発表に李明博大統領は直ちに「深い失望と遺憾」を表明し、政府に「断固として厳重な対応」を取るよう指示しました。その第一弾が、権哲賢駐日大使の事実上の召還のようです。李大統領自身が「深い失望と遺憾」を表明したのにはそれなりの訳があります。

 李大統領は対日外交を重視していました。そのことは、大統領就任(2月25日)後の最初の首脳会談の相手に福田康夫総理を選んだことにも現れています。国民から低迷する経済の再建を託された李大統領とすれば、日本の経済協力を得るためにも対日関係の修復が最優先課題でした。それが故に4月に初来日した際にも「日本にもう謝罪を要求しない。これからは日本の政治家の言葉にいちいち敏感に反応することもない」と、過去や歴史認識に関する日本の言動を言わば黙認するような趣旨の発言をしていました。

 さらに在日韓国人の歓迎式典では一歩踏み込んで「過去を忘れられないが、過去だけにこだわって今を、そして未来を生きられるのか。私は未来に向かい日本と手をつなぐ」と語り、今後日本とは未来志向の関係を築いていくと公言しました。李大統領なりに日本との関係にはそれなり自信と確信があったようです。ところが、1か月後の5月中旬、日本が中学校社会科の新学習指導要領の解説書に竹島を明記するとの方針が伝わるや心中穏やかでなくなりました。

 洞爺湖でのサミット出席のため訪日した李大統領は福田康夫総理に対して竹島の領有権明記問題で「日本にとっては3年前に決定した事項であっても認めるわけにはいかない」と強い懸念を表明し、再考を促しました。帰国後の先週(7月11日)党役員らとの会合で「どうなるかわからないが、日本はやならい可能性もある」と福田総理の決断に期待をかけていました。それが、意に反する結果となったわけですから「深い失望と遺憾」の表明は当然かもしれません。

 李大統領は、野党の民主党から「李明博政権の屈辱外交、無能外交が招いた結果である」と非難されたことに「私が『過去にこだわらない』と言ったのは、日本自らが歴史を鑑み、加害者として被害者への謝罪することを願ったからだ」と釈明に追われています。与党のハンナラ党までも日本を強く批判している以上、李大統領としてもこれ以上対日融和政策は取りにくいでしょう。それでなくとも、李大統領の日本で言動を指して「大統領は独島(竹島)を放棄した」との言われなき批判に見舞われているだけになおさらです。むしろ米国産牛肉輸入問題や金剛山観光客射殺事件への対応をめぐって窮地に立たされている状況下にあって指導力の回復のための機会と捉えるかもしれません。

 その証左として、青瓦台は日本の決定の前日(13日)、「日本の独島領有権明記は絶対に容認しない」と仮にこの問題で一時的に日韓関係が悪化したとしても強硬な対応を取る方針を明らかにしました。強硬方針として、独島の実効支配の強化や自粛している独島海域周辺の水産資源調査の再開など独島周辺生態系調査の強化を検討しています。しかし、これは日本を牽制するための、世論を宥めるための一時的なポーズ、パフォーマンスのような気がしてなりません。

 李大統領が、未来志向の関係を提唱したものの途中で「今度こそ、日本の悪い癖を直させなくてはならない」と切れた金泳三大統領や政権後半に「今度こそ、決着を付ける」と豹変した盧武鉉大統領の二の舞になるかは今後の世論の動向にかかっていますが、日本にとって幸いなことは、韓国の国民が米国産牛肉輸入反対の時と違って今のところ極めて冷静なことです。

 米国産牛肉輸入問題では1ヶ月以上にわたって連日デモが行なわれました。ソウルの広場に100万人が集結し、蝋燭デモが行なわれたこともありました。それに比べて、この領土問題では市民の抗議は、たった数十人程度に留まっています。関心がないのか、関心があっても抗議運動をするほどのものとみていないのか、それとも政府の対応を注視しているのか、過熱する政治家やマスコミの反応とはあまりにもギャップがあり過ぎます。李大統領としてはこの領土問題も金剛山観光客射殺事件同様ほとぼりが冷めるのをただひたすら待つだけでしょう。

2008年7月13日

「金剛山射殺事件」をどうみるか

 北朝鮮の金剛山で韓国人女性が北朝鮮兵士に射殺された事件は改めて北朝鮮に「異常なし」との印象を与えました。「異常なし」という意味は、韓国人は北朝鮮に対して精神的に武装解除してるが、北朝鮮は韓国に対して依然として警戒心を解いていないという意味です。

 韓国側は女性が観光統制区域から外れ、北朝鮮の軍事保護区域に誤って入ってしまった落ち度があったにせよ、「射殺することはない」と北朝鮮警備兵の過剰反応を批判しています。

 過剰反応の根拠としては、北朝鮮の発表通り、被害者が警備兵の制止を聞かず、逃走したとしても視界的に韓国人観光客であることが明白であった、それも武装していない普通の女性であることが目視できたはずで、従って発砲せずに身柄を拘束するとか、あるいは軍事保護施設から追い出すような措置を取って然るべきであったというものです。

 また、北朝鮮の発表では、警備兵は、警告射撃を空に向かって一発発射したうえで、女性を撃ったと言っていますが、被害者の遺体からは背後から背中と足を撃たれたことが検視の結果、確認されています。ということは、威嚇射撃を含め3発撃ったことになります。しかし、その時間帯に現場近くにいた他の韓国人旅行者は「銃声は2発しか聞こえなかった」と韓国のマスコミに証言しています。これが事実ならば、警告射撃をしたという北朝鮮の発表は嘘で、明らかに「非道な行為」というのが韓国側の主張です。まして、2発とも命中していることから、至近距離から撃った可能性も取り沙汰されています。

 韓国のメディアはまた、女性がホテルを出て銃撃されるまで約30分の間に軍事保護区域までの距離を含めて4.8キロも移動したのかどうかも含めて北朝鮮の発表そのものを疑問視しています。女性が、統制区域のフェンスを越えて、北朝鮮の軍事警戒区域に1.2kmも奥深く入ったのは俄かに信じ難いというものです。

 事態を重く見た韓国政府は北朝鮮に真相究明を求める一方で、韓国調査団の早期受け入れを要求していますが、北朝鮮は昨日、金剛山事業を担当する「名勝地総合開発指導局」の名によってこの要求を一蹴しました。北朝鮮は女性の死亡を「遺憾」としつつ、「責任はすべて韓国側にある」と、逆に韓国側の対応を非難しています。いつものパターンの南北の応酬です。

 北朝鮮の対応をみる限り、韓国調査団の受け入れも、南北合同調査団による真相究明も実現不可能でしょう。北朝鮮の軍事地域内での韓国側が調査をやれるような軍事的信頼関係がないからです。従って、現在、金剛山観光事業の韓国側窓口の現代峨山の社長一行が入って、北朝鮮側から事情説明を受けていますが、これでおそらく終わりでしょう。真相は明らかにされることはありません。北朝鮮側からの謝罪も一切期待できません。結局は、いつものように押し問答に疲れ、結局、最後は韓国側が折れて、そのまま終息に向かうことになるでしょう。その理由は簡単です。

 北朝鮮側の立場からすれば、軍事警戒区域に入った者は、観光客でなく、怪しい人物、すなわち、スパイとの前提で警備、警戒しています。まして、制止命令に従わず、逃走すればその疑いを強めるのは当然のことです。

 観光客、女性というのも北朝鮮側にはいい訳にはならないはずです。観光客を装って入ってきたという認識ですし、大韓航空機爆破事件の実行犯、金賢姫の例をみるまでもなく女性だからスパイではないということにはなりません。逃走すれば、撃てという軍規、マニュアルが北朝鮮側にはあるのでしょう。

 万に一つ、逃がしてしまえば、それこそ一大事で、警備兵らは全員、首が飛ぶことになるでしょう。追跡して捕まえればというが、仮にスパイならば手榴弾を身に隠しているか、あるいは自爆もありえます。北朝鮮の女スパイがそうだから、北朝鮮の兵士らがそのように考えても不思議ではありません。

 赤信号を無視して横断歩道を渡る通行人を車が跳ねた場合、車は前方不注意で処罰されますが、それは平和な国家での話であって、38度線で今も銃口を向け合っている南北の軍の常識では撃つ側に落ち度はないというのが残念ながら冷酷な現実です。

2008年7月10日

すべては米朝首席代表会合で決まる

 北朝鮮の核問題を討議するための6か国協議首席代表会合が今日(10日)から北京で開かれます。昨年9月以来、約10か月ぶりの会合です。今回の首席代表会合では前回の第2セッションでの合意事項の履行状況が検証され、次の第3段階に向けてのロードマップについて話し合いが行なわれる見通しです。

 第2セッションでは北朝鮮の核無能力化(寧辺にある5千kw原子炉、再処理工場、核燃料棒製造施設の無能力化)及び核計画の「完全かつ正確な申告」と他の5か国による重油90万トンに相当する規模の経済、エネルギー支援及び人道支援、それに米国によるテロ支援国指定解除が「交換条件」となっていました。

 核施設の無能力化は核燃料棒の原子炉からの取出しが遅れているもののその他の施設の無能力化は80%近くまで進行しています。また核計画の申告については核兵器の数や貯蔵施設、核実験場などが含まれておらず、「完全かつ正確な申告」とは言えませんが、米国が今回の申告からの除外に同意し、加えて問題の濃縮ウラン開発についても別紙での「釈明」を了承していたことから、申告も不十分ながら形の上では一応履行されたことになります。

 一方、5か国によるエネルギー支援は北朝鮮の主張によると「40%しか履行されていない」ようですが、それでも米国はエネルギー支援とは別途に50万トンの食糧支援を約束し、すでにその一部は北朝鮮国内に配給されています。また、最大の見返りであるテロ支援国家指定解除も日本の反対を押し切って踏み切りました。すでに北朝鮮を対敵通商法の適用から除外しています。

 従って、今回の首席代表会合では北朝鮮が申告した核開発計画の検証作業(検証対象物と方法と検証の主体とその評価)を中心に未使用核燃料棒の第三国への搬出など施設の解体、破棄に向けての最終ゴールについても話し合われる公算は大です。

 最も注目されている検証問題では対象物の範囲の設定も難しいですが、米国が求める5か国+IAEA(国際原子力機構)による検証を北朝鮮が認めるかどうか不明です。核保有国の米中露の3か国に限定し、日本と韓国を排除する可能性も想定されます。

 そして、最大の関心事である申告の中身についてですが、保有しているプルトニウムの量が最大の焦点、争点となりそうです。というのも、北朝鮮が申告したとされる36~38.5キロと米国が推定している35~60キロとは相当なギャップがあるからです。中でも、米国が看過できないのは、06年の核実験に使ったプルトニウムが一般的に言われていた6キロではなく、2キロと申告していることです。量を隠蔽するための虚偽なのか、あるいは核爆弾を小型化する能力を備えていることの証左なのか、徹底した検証が必要とされています。さらに濃縮ウランの核計画とシリアへの核拡散に関する検証をどうするかという懸案も残っています。

 核施設の解体やプルトニウムや核爆弾の放棄など第三段階(最終段階)についても話し合われる場合は、核廃棄に向けてのロードマップを作れるかどうかがポイントとなりそうです。また、前回の会合では「適切な時期に、閣僚会合(外相会談)を北京において開催する」ことで合意していることもあって6か国外相会合の開催時期や議題についても話し合われるものとみられます。

 問題は、ブッシュ政権が求めるタイムスケジュール通りに金正日政権が動くかどうかです。北朝鮮外務省は7月4日、報道官の談話で「(米国による)テロ支援国家指定解除が手続き上、まだ発効しておらず、敵性国貿易法(敵国通商法)の適用終了措置も内容的に完全ではない」として、次のステップへの速やかな移行に慎重な姿勢を崩していません。テロ指定国指定が自動解除される8月11日までは積極的に動かない可能性も想定されます。

 そのことは「6カ国協議参加国は10・3合意(第2段階措置)に従って義務履行を完結すれば次の段階の論議に入ることができる」と5か国によるエネルギー支援の遅延を問題にし、米国を牽制していることからも窺い知れます。「(6か国)合意には手を挙げて賛成しながら履行参加を拒否している参加国もあるが、現在まで黙認されている」と日本を間接的に批判しているところをみると、日本の「非協力」を幸いに検証作業を遅らせその責任を日本に負わす戦術に出るかもしれません。日米間に楔を打ち込み、他の4か国から日本を孤立させる作戦です。

 客観的に見て北朝鮮とすれば、核放棄を急ぐ必要性はありません。残り半年しか任期のないブッシュ大統領と異なり、任期切れの心配のない金正日総書記には余裕があります。従ってブッシュ政権が北朝鮮の要求を呑まない限り、核放棄は次期政権との交渉カードとして温存しておく構えです。

 北朝鮮の要求とは、米国が経済的担保としての軽水炉の提供と、北朝鮮を攻撃しないとの軍事的保障措置としての平和協定の締結、そして敵対関係を解消するとの政治的担保としての国交正常化の3点セットです。米国が3点セットを与えない限り、核を放棄しないと言うのが北朝鮮の原理原則です。「ボールは米国のコートにある」というのが北朝鮮の認識です。

 ブッシュ政権が外交成果欲しさに自分の任期中に3点セットを与える意思があるのかどうかも含めて今後の行方は6か国協議を前に8日から北京で連続して行なわれたヒル国務次官補と金桂寛外務次官による米朝首席代表会合で決まっているかもしれません。

2008年7月 4日

再調査の4つの難問

 米国の協力を得てテロ支援国指定解除と交換に拉致問題を進展させようとした安倍政権からの日本政府の戦術は核問題の解決を最優先するブッシュ政権のお家事情によって狂わされています。米国に加えて、他の6か国メンバーからの協力もほぼ絶望的です。

 中国の武大衛外務次官は7月2日、訪中した自民党の二階敏博総務会長が拉致問題で協力を要請したところ、「(日本の立場を)理解している」と応えたと、朝日新聞が「中国外務次官 拉致問題に理解」との見出しを掲げて、報じていましたが、同じ日、国連安保理事会では拉致問題の早期解決を促す声明案が中国の反対で採決されませんでした。

 中国は、日本の要請を受けて「日本人拉致問題の早期解決を北朝鮮に強く促す」ことを盛り込んだ米国の修正案に猛烈に反対したそうです。確か、昨年の温家宝総理も、今年の胡錦涛主席も訪日した際には拉致問題について「理解し、協力する」と約束していた筈ですが、所詮リップサービスに過ぎなかったことは、今回の中国の非協力を見れば、一目瞭然です。

 ブッシュ大統領もサミット直前に日本のメディアとのインタビューで「拉致は決して忘れない」「置き去りにしない」と、今後も6か国協議の場で日本側に協力していくと弁明していました。日本側にとっての協力とは、拉致問題で進展がない場合のテロ支援国指定解除の中止を指しますが、任期中の核問題解決に心血を注いでいるブッシュ大統領の発言を精査する限り、核申告が不十分ならば、解除の凍結も考えられますが、他国の問題(拉致問題)で再考するとはとても考えられません。

 肝心の北朝鮮の核申告についてですが、「北朝鮮は少なくとも6者協議で核計画を申告するという決断を下した」「確かなのは、北朝鮮がプルトニウム製造に使われた冷却塔を破壊したことだ」「北朝鮮の指導者(金正日総書記)は国際的孤立に疲れ、国民が良い生活をしやすくなるように動こうとしているのかもしれない」と、金正日政権の一連の対応を肯定的に捉え、「願わくば、次期大統領が就任するまでに(さらなる)進展があって欲しい。次のステージでは、全員が納得できるように検証体勢を整えるだろう」と、今後の展開に期待を寄せています。冷却塔の爆破を参観するため6月末に訪朝したソン・キム米国務省韓国部長が「最後の段階である非核化は、ブッシュ政権内で完遂することが可能である」と報告していただけに北朝鮮の協力次第では核問題をめぐる米朝関係はさらに進展することが予想されます。

 6か国協議の他のメンバーであるロシアもまた韓国も同様で、現在の流れを歓迎、支持しています。それが証拠にロシアは国連安保理では中国に同調し、声明案に拉致問題を含むことには反対していました。韓国もまた、同様です。

 今の李明博政権には、北朝鮮に毅然たる姿勢を取っていた政権発足時の勢いはなく、途絶えた南北パイプをなんとか復活させようと躍起になっています。日本の拉致問題に協力する余裕はありませんし、また得策とも考えていません。逆に日本がエネルギー支援を行なってないことについて「いつまでも出さないで会議に参加するのはどうかと思う」と日本を非難する始末です。

 米国など関係諸国は拉致問題では完全に日本に下駄を預けた格好になっています。結局のところ横田めぐみさんの父親である横田滋さんが外国人特派員協会で強調していたように日本が独自に交渉して解決するほか術はありません。幸い、先の日朝協議では再調査で合意していますが、再調査にあたっての難問が4点あります。

 一つは、いつまで実施するか、再調査のタイムリミットの問題です。

 高村正彦外相は「早い方がいい。表のものになるか裏のものになるかは別として、早く調査してもらわなければいけない」と述べているようにテロ支援国指定の解除が発効する8月11日までを期限に設定しています。ところが、8月11日まで再調査に入れという意味か、結果を出せという意味かいま一つ定かではありません。再調査の結果発表が8月11日以後だと、結果を待たずして、テロ支援国指定は自動解除されることになります。

 次に、日本の一部制裁の解除のタイミングです。北朝鮮の再調査開始と同時にやるのか、調査結果をみてからやるのかこれまた曖昧なままです。経済制裁の一部緩和について「拉致した人を探し出し、帰国させる動きがはっきりするまで解除してはいけない」との中山恭子首相補佐官の発言に代弁されるように被害者帰国に向けた動きが具体化しない限り解除すべきでないというのが大勢となっています。しかし、仮に核問題と同様に「約束には約束」「行動には行動」ということで先の日朝協議で合意しているならば、再調査開始と同時に制裁の一部を解除しなくてはなりません。核問題をめぐる米朝交渉が示しているように日本が約束を履行しなければ、北朝鮮も再調査の開始を遅らせることになるでしょう。

 三つ目は、再調査が北朝鮮単独になるのか、日本の捜査当局との合同捜査になるのか、日本の方針が固まっていないことです。

 町村信考官房長官は6月29日、再調査に関し「調査方法や結果の検証方法について政府の方針を決めつつあり、日朝間で近々、具体化を図っていく」と述べていましたが、自民党の伊吹文明幹事長によれば、日朝公式協議では「日本の警察関係者が関与して一緒に行う」ことで合意したそうです。しかし、高村外相は日朝合同調査について「国内に日本が関与するのがいいのかという意見がある。主権のないところで(日本も)『関与した』と取られるのは嫌だという意見だ」と述べ、政府内に反対論があることを示唆していました。

 北朝鮮の一方的な再調査は信じられないし、さりとて、日本の捜査当局が加わっての再調査ということになれば、その結果に共同責任を負わなくてはならないとのジレンマーがあります。

 日本の捜査当局が加わらない場合は、日本が唯一できることは北朝鮮の再調査結果の検証です。町村長官は「「検証だけはしっかりできるような体制は作りたい」と語っています。しかし、再調査結果を検証するということは拉致被害者の安否に関して最終的に責任を持つ、即ち白黒の判定を下すことを意味します。政府認定の残り12人の拉致被害者については「全員生存」という前提に立っている以上、仮に一人であっても「死亡」と認定し、被害者家族に通告するようなことが果たして日本政府にできるでしょうか。これが日本政府にとって一番頭の痛い難問となるでしょう。

Profile

辺 真一(ぴょん・じんいる)

-----<経歴>-----

1947年東京生まれ。
明治学院大学(英文科)卒業後、新聞記者(10年)を経て、フリージャーナリストへ。
1980年 北朝鮮取材訪問。
1982年 朝鮮半島問題専門誌「コリア・レポート」創刊。現編集長。
1985年 「神戸ユニバシアード」で南北共同応援団結成。統一応援旗を製作。
1986年 テレビ、ラジオで評論活動を開始。
1991年 南北国連同時加盟記念祝賀宴を東京で開催。北朝鮮への名古屋からの民間直行便開設に助力。
1992年 韓国取材開始。(以後今日まで二十数回に及ぶ)
1998年 ラジオ短波「アジアニュース」パーソナリティー。
1999年 参議院朝鮮問題調査会の参考人。
2003年 海上保安庁政策アドバイザー。
2003年 沖縄大学客員教授。
現在、コリア・レポート編集長、日本ペンクラブ会員。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
「辺真一のコリア・レポート」

-----<著作>-----


『「金正日」の真実』
小学館、2003年1月


『金正日「延命工作」全情報』
小学館、2002年11月


『強者としての在日』
ザ・マサダ、2000年11月


『「北朝鮮」知識人からの内部告発』
三笠書房、2000年1月


『北朝鮮亡命730日ドキュメント』
小学館、1999年6月


『北朝鮮100の新常識』
ザ・マサダ、1999年5月

『ビジネスマンのための韓国人と上手につきあう法』
ジャパン・ミックス、1997年12月

『朝鮮半島Xデー』
DHC、1994年8月

『表裏の朝鮮半島』
天山出版、1992年4月

-----<共著>-----


『読売 VS 朝日 社説対決 北朝鮮問題』
中央公論新社、2002年12月

『韓国経済ハンドブック』
全日出版、2002年3月

『一触即発の38度線』
飛鳥新社、1988年7月

-----<訳書>-----


『北朝鮮が核を発射する日』
PHP研究所、2004年12月

『凍れる河を超えて(上)』
講談社、2000年6月

『凍れる河を超えて(下)』
講談社、2000年6月

『私が韓国をキライになった48の理由』
ザ・マサダ、1998年9月

『潜航指令』
ザ・マサダ、1998年7月

『生きたい!』
ザ・マサダ、1997年7月


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