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2008年4月28日

「北の核」で米議会にねじれ現象

 ブッシュ政権が議会に北朝鮮のシリアへの核拡散に関する情報を開示し、北朝鮮とシリアの核協力を「間違いない」と断定したうえで「この問題を6か国協議の中で解決する」との方針を打ち出したことに共和党と民主党内では対照的な反応を示しています。

 ブッシュ政権を支える立場にある共和党の一部議員らは核申告をめぐるシンガポールでの米朝合意を含め、ブッシュ政権の北朝鮮への対応を「生ぬるい」「譲歩しすぎ」と不満を露にしています。これに対して民主党は「6か国協議の枠の中で解決すべきだ」と政府の対応に理解を示しています。面白いことに、北朝鮮の核問題をめぐって米議会でねじれ現象が起きています。

 共和党の米下院情報委員会理事であるビート・ホエクストラ議員は「北朝鮮が完全で検証可能な申告をしない限り、テロ支援国指定を解除すべきではない」とブッシュ政権に厳しい注文を付けていますが、下院ではすでに外交委員会のロスレイティネン共和党筆頭理事らが北朝鮮による核・ミサイル技術のイラン、シリアなどへの拡散停止や、日本人拉致被害者の解放など、一定条件を満たすまでは、解除を差し止める法案を提出しています。

 また、ブランバック議員らは政府が核施設の不能化に伴う予算支援のため核実験を行なった国への財政支援を禁じた「グレーン修正法」から北朝鮮を免除することに反対しています。さらに、次期駐韓大使に任命されたキャスリン・スチーブンソン女史が北朝鮮に妥協的なヒル次官補の顧問をしていたことから議会での認証を保留している始末です。

 これに対して、ブッシュ政権と対峙している筈の民主党は、下院外交委員会のバーマン委員長が「北朝鮮とシリアとの核協力は、北朝鮮との交渉を中止する理由にはならない。むしろ、北朝鮮に核兵器を作る手段を拡散するのを中断させ、核計画を永久にさせないことを保障するための検証可能なメカニズムを引き続き要求することの重要性を立証したことになる」とブッシュ政権の方針を擁護していました。

 バーマン委員長はまた、「昨年1年間、6か国協議を通じて北朝鮮の非核化措置を推進するなどブッシュ政権の対北政策は生産的な道を追求していきた。我々はその道を引き続き固守し、北朝鮮がそこから抜け出さないよう確実にすべきである」と、むしろ対北対話政策を後退しないよう注文付けていました。

 問題の北朝鮮とシリアの核協力についてですが、イスラエルの日刊紙「ハレツ」(4月6日付)が「今月末にシリアの核施設に関する詳細な情報が米議会で公開されるだろう」と予告したとおり、4月24日米議会の秘密公聴会でCIAが北朝鮮とシリアの核協力に関して「動画像」による情報を開示しました。この動画像は主に7つの証拠を挙げ、北朝鮮がシリアに核協力したと主張しています。

 1.北朝鮮の寧辺核施設の高位級官吏がユーフテラス川近郊にあるコード名「アル・キバル」の核原子炉建設が始まった2001年から何度もシリアを訪問していた。

 2.2002年に北朝鮮がシリアの隠蔽された場所に装備を調達した。同年北朝鮮はガス冷却原子炉成分を探していたが、推測するところによると、この調達はシリアのためのようだった。

 3.シリアの秘密核計画に関連している北朝鮮核管理局とシリア官吏らが2006年に北朝鮮から「荷物」を「アル・キバル」に移したとされる。

 4.北朝鮮核官吏らが2007年初と末にシリアの核原子炉地域に現れていた。CIAの情報では、シリア原子炉破壊以後も北朝鮮の専門家らがおそらく被害評価についてアドバイスしていたようだ。

 5.原子炉が破壊された直後、北朝鮮の高位級代表がシリアを訪問し、シリアの秘密核計画に関わっていた官吏らと会っていた。

 6.シリアは核施設の隠蔽に努めていた。主に核原子炉をカモフラージュするために壁と柱を作った。施設の形体が北朝鮮の寧辺の核施設に似ている。

 7.シリア原子炉の上部の形体、規模、生産能力が北朝鮮の核施設と酷似している。最も重要なのは、過去35年間このような形体の施設を作っているのは北朝鮮しかいいない。

 シリアを訪問した寧辺の原子炉燃料生産工場の責任者で6か国協議にも出席していた人物(名前はチョン・チブ)とシリア原子力エネルギー支援委員会委員長とのツーショットの写真も公開されました。

 しかし、米政府の主張に対し、専門家らからはいくつかの疑問点が提示されているようです。米科学・国際安全保障研究所(ISIS)のD.オルブライト所長はシリアが原子炉の運転に必要な核燃料をどのようにして確保したかを米政府は示していないと指摘しています。また、プルトニウム生産には使用済み核燃料棒を再処理する施設が必要ですが、情報当局高官も認めたように付近にはそのような施設はなく、その点についても解明が必要との指摘も出されています。

 ワシントン・ポスト(4月26日付)も①米政府が「原子炉が稼働直前だった」と分析したもののシリアが原子炉運転に必要な核燃料を確保したとの証拠がない②米政府は建設途中の疑惑施設の写真を公表したが、この写真には撮影日時が明示されていなかったと疑問を提示していました。

 シリアのジャファリ国連大使は4月25日、一連の疑惑について、「われわれに隠すものなど何もない。国際原子力機関(IAEA)はわれわれの主張の正しさを目のあたりにすることになるだろう」などと述べ、IAEAの調査に応じる姿勢を強調していましたが、米国もIAEAに調査を要求していることからIAEAが査察を実施すれば、白黒がはっきりすると思います。

2008年4月21日

李明博大統領は「朴正熙」になれるか

 李明博(イ・ミョンパク)大統領が昨日(20日)来日しました。韓国大統領の来日は、2004年12月の盧武鉉(ノ・ムヒョン)前大統領の訪日以来、3年4か月ぶりということで「日韓シャトル外交の復活」とか「日韓修復」とか「日韓関係の再構築」との言葉が使われています。

 李大統領は、日本生まれであることから「リ・アキヒロ大統領」と揶揄されるほど「親日的」であるとみられがちですが、日本植民地統治時代の戦前生まれであることや、学生時代に日韓条約(65年)反対デモを主導した闘士であったことや、ソウル市長時代に歴史教科書問題や竹島問題で市民らの抗議運動を奨励した「過去」を考えると、必ずしも「親日的」だとか「日本ひいき」とは言えません。

 日本の新聞は確か盧武鉉大統領が誕生した時も、日本の文化を開放した金大中(キム・デジュン)大統領の後継者であったことから盧政権下でも対日政策は継承されるとの短絡的な楽観論を流していましたが、それから5年経った今、現実には「修復」という言葉が使われるほど、悪化したのは周知の事実です。

 自画自賛になりますが、バックナンバー(2002年12月号)を読んでもらえばわかりますが、筆者は2002年に盧武鉉大統領が誕生した時点で日韓関係の展望を次のように予測しました。
 「日本の親韓派の中には金大中大統領の後継者であることから盧政権下になっても対日政策はさほど変わらないだろうとの楽観論がありますが、誤った評価です。盧氏は韓国の政治家の中では生粋の民族派で、日本に対する視点も厳しいものがあります。金大中大統領が前任者の金泳三氏よりも親日派であったことから日韓関係は日本文化開放にみられるように前進しましたが、若手民族派、それも人権弁護士出身の盧政権に変われば歴史認識問題など諸懸案をめぐって日韓関係は再び「未来志向」から逆戻りするかもしれません」

 李明博大統領は在日韓国人の歓迎式典で、「過去を忘れられないが、過去だけにこだわって今を、そして未来を生きられるのか。私は未来に向かい日本と手をつなぐ」と語り、日本と未来志向の関係を築いていく考えを強調しました。おそらく、二泊3日の滞日中に「未来志向」という言葉が連呼されるものと思われます。しかし、この言葉は、李大統領の「専売特許」ではありません。韓国の大統領が来日する際には必ず使われる「決まり文句」になっています。

 金大中大統領が来日した8年前(2000年)は「21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップ」と題する日韓共同宣言文が発表されましたが、「両国が過去の不幸な歴史を乗り越えて和解と善隣友好協力に基づいた未来志向的な関係を発展させるためにお互いに努力することが時代の要請である」とすでに「未来志向」という言葉が使われていました。

 そして、盧武鉉大統領が2003年に来日した際にも小泉純一郎総理との間で共同声明を出しましたが、その中で「日韓両国が、過去の歴史を見据え、これを踏まえつつ、21世紀における未来志向の両国関係を発展のために共に前進して行かなければならないとの認識を共にした」とうたっていました。

 要は、それが履行されなかったということです。韓国の大統領がその気でも、日韓間には竹島(独島)領土問題、靖国参拝問題、歴史教科書問題など過去の問題だけでなく、日本海呼称問題、排他的経済水域問題、韓国の対日貿易赤字問題、韓国人への地方参政権付与問題など様々な障害が幾つもあります。仮に日本から「虎(韓国)の尾」を踏むような言動があれば、世論の反発次第では一転豹変する可能性が十分に考えられます。

 李大統領が、日本との経済的関係を重視して、日本に「文句を言わなかった朴正熙(パク・チョンヒ)大統領」のようになるのか、それとも、「今度こそ、日本の悪い癖を直させなくてはならない」と途中でプッツンした金泳三(キム・ヨンサム)大統領や「今度こそ、決着を付ける」と政権後半には過去にこだわった盧武鉉大統領のようになるのかは、今後の日本の出方次第のようです。

 福田総理は「相手が嫌がることはやらない」と言っているので、李大統領にとってスタートとしては最高のパートナーといえますが、5年の任期中に政権が変わり、仮に歴史認識問題で度々韓国人を刺激する発言をしてきた麻生太郎前幹事長の政権となった場合、さてどうなるのか。李政権の「親日度」は「ポスト福田」の政権の時に初めてためされるのではないでしょうか。

2008年4月14日

経済制裁延長と小泉オフレコ発言

 日本政府による対北朝鮮経済制裁が今年10月まで継続されることとなりました。北朝鮮による核計画の申告が期限切れの4月13日までに行なわれなかったことや、拉致問題が進展しなかったことがその理由です。

 町村信孝官房長官は記者会見で「(北朝鮮が)拉致、核、ミサイルといった諸懸案の解決に向けた具体的な行動を取る場合はいつでも、一部または全部を終了することができる」と表明していましたが、聞き方次第では「解除したいのに解除できない。なんとかしてもらいたい」と聞こえてなりません。

 制裁措置の効果については聞かれた福田康夫首相は「北朝鮮が解除を望んでいるなら、効果があるということだ」(11日)と言っていましたが、拉致問題の進展を促すのが制裁の目的なわけですから結果が出なかったということは逆に言うと、効果がないということではないでしょうか。結果が出なかったから延長せざるを得なかったのでしょう。国際社会にも協調を呼びかけている手前、日本政府としては口が裂けても「効果がない」とは言えないでしょう。「効果がない」と言えば、経済制裁の延長を正当化することもできません。

 効果が上がるまで制裁を続けるならば、ついでに拉致被害者家族の会が求めるように輸出の全面禁止、北朝鮮の港に寄航する第三国の船舶の入港禁止措置を加えたらどうでしょうか。確か、日本政府は中山恭子首相補佐官をはじめ「北朝鮮が誠意を示さなければ、進展がなければ、新たな追加も辞さない」と何度も北朝鮮に警告を発してきたはずです。どうして、制裁を追加しないのでしょうか。制裁に効果があると信じているなら、この機会に断固踏み切ったらどうでしょうか。

 そう考えると、小泉元純一郎元総理は実に正直な人です。2006年3月6日の参議院予算委員会で「私が訪朝した2002年時とは随分違う。韓国や中国が経済的に支援しているなかにあって日本だけが経済制裁して効果があるとは思えない」とすでに予告していました。現実には、小泉さんの予想とおりで、北朝鮮は音を上げていません。本当に制裁が効いているならば、もうとっくにギブアップしてもよさそうなものです。

 その小泉元総理は4月10日夜、盟友の山崎拓自民党前副総裁らと懇談した際「国交正常化の実現には首相が決着をつけるしかない。自分はもう行くつもりはなく、行くのは首相だ」と述べたそうです。このオフレコ発言には続きがあって「でも、福田政権ではだめだろう。もっと強い政権でないと」と言ったと伝えられています。これが事実ならば、山崎さんらの「小泉担ぎ出し」は完全に失敗に終わったということです。「貧乏くじ」は引きたくないというのが小泉さんの本心でしょう。

 そのうえで、小泉さんは「福田総理が行くべきだ」と促しながらその一方で「福田政権ではできないだろう」と言っているようです。「拉致を認め、被害者を帰す」(一度目)「子供たちを引き渡す」(二度目)との感触を得たからこそ訪朝できた小泉さんの時とは違って、拉致問題で北朝鮮から「土産」が担保されない以上、福田さんが行ける筈もありません。何の保証もなく、行けば、政権の自爆につながりかねません。

 小泉さんのオフレコ発言の本音は「国交正常化をすれば、拉致問題は解決する」の発言にあるようです。これ即ち、「拉致問題の解決なくして、国交正常化はない」との政策を修正し、国交正常化を優先させて総理が訪朝しない限り、拉致問題の解決は無理で、それは福田さんにはできないだろうという意味に聞こえます。とは言うものの、面子上、これまでの「看板」をそう簡単に下ろすわけにはいきません。そこで、「拉致問題と国交正常化を同時に解決」という名目によるアプローチが出てくるかもしれません。

 小泉総理の下で拉致問題を動かした田中均・元外務審議官は3日、自民党の朝鮮半島問題小委員会(衛藤征士郎委員長)で拉致問題について自らの見解を述べていましたが、解決に向けて「客観的な事実を解明、究明する仕組みを作るべきだ」と、国連などの第三者機関を交えた調査団を設ける必要性を指摘したそうです。

 田中氏は昨年5月に韓国で行なった講演でも「重要なのは、日本の要求が死亡した人を生き返らせろということではなく、拉致、失踪事件に対する真相の究明にある点にある」と語っていました。そう言えば、高村外相も昨年10月、記者会見で「拉致した人間がもし亡くなったと言うなら、それが事実であると認識するような責任説明をしてもらわないと納得できない」「(拉致被害者の生存について)はっきりさせるのは北朝鮮の責任だ」と、言っていました。「全員生存、全員帰国」から1歩も、二歩も後退した感が否めません。

 町村官房長官は制裁解除の条件として北朝鮮が「具体的な行動を取る場合」と言っていましたが、日本が「何人かの拉致被害者が帰国すれば、進展になりうる」(高村外相)と思っても、「拉致問題は解決した」との立場の北朝鮮が一人、二人であっても「生存者の存在を認める」可能性はゼロに近いのが現状です。現状のままでは、再調査に応じる、あるいは日朝合同調査に応じるということで制裁を解除するようなことになりかねません。

2008年4月 6日

いよいよ最終局面か

 米国のヒル国務次官補と北朝鮮の金桂冠外務次官が4月8日、シンガポールで会談することになりました。米朝は先月中旬のジュネーブでの会談以後、ニューヨーク・チャンネル(双方の国連代表部)を通じて膠着状態にある核申告問題で協議を重ねてきました。今回の会談で最終的な合意に達するかどうか、金桂寛次官のかばんの中身が注目されます。

 米国が求める申告内容は、プルトニウムを含む既存の核関連と、ウラン濃縮計画及びシリアへの核協力の3本柱となっていますが、最大の対立点であるウラン濃縮計画とシリアへの核協力疑惑がどう処理、解決されるのかに最大の関心が集まっています。

 米朝間では幾つかの妥協案が検討されていたようです。
 一つは、北朝鮮が二つの疑惑を間接的に是認することでの決着です。
 公式文書とは別途に非公開を前提とした秘密文書を作成し、その中に「北朝鮮がウラン活動と核拡散活動に介入したということが米国の理解事項であり、北朝鮮側はこれに反論しない」ことを明記するとの案です。

 しかし、「過去も、現在もやっていない」(北朝鮮外務省)と否認してきた以上、北朝鮮が間接的であれ、認めるとは考えられません。
 その理由は、第一に、仮に認めれば、検証の対象となり、今後査察を受け入れなくてはなりません。第二に、94年のジュネーブ合意に違反したことになるからです。第三に、非公開、極秘扱いの約束は守らないとのブッシュ政権への根強い不信があります。仮に守ったとしても、政権が変われば、次期政権によって暴露される恐れもあります。第四に、裏目に出た拉致問題の二の舞になるとの懸念もあります。そして、最も恐れるのは、嘘をついてきたことによる国際的イメージの失墜です。

 もう一つは、中国の案で、どちらにでも解釈できるような玉虫色の妥協案です。この妥協案の下敷きとなっているのが1972年の米中の上海コミュニケのようです。当時、米中は台湾問題で鋭く対立していましたが、ニクソン訪中の際の上海コミュニケでは「米国は,台湾海峡の両側のすべての中国人が,中国はただ一つであり,台湾は中国の一部分であると主張していることを認識(acknowledge)している。米政府は,この立場に異論(challenge)を唱えない」となっています。これを下敷きに米国の懸念は「理解する」あるいは「異論を挟まない」という曖昧な表現でとりまとめたいというのが中国の考えのようです。

 しかし、これはブッシュ政権としては呑めないでしょう。根本的な問題解決にはならないからです。濃縮ウランを理由にクリントン政権のジュネーブ合意を批判し、政権発足以来ほぼ8年にわたり北朝鮮と対峙し、その結果、核保有宣言及び実験までさせてしまったわけですから、中度半端な妥協はできないと思われます。議会の同意を取り付けることもできないし、マスコミから袋叩きにあうでしょう。へたに譲歩すれば、マケイン大統領候補ら共和党内部からも反発を買うばかりか、大統領選挙で民主党の攻撃材料にされる恐れもあります。

 そこで、もう一つの妥協案として浮上しているのが、核の無能力化に続き核兵器廃棄という次の段階を優先させるため、6か国協議の場では北朝鮮にプルトニウムとその他の核計画の申告だけをさせ、二大懸案の濃縮ウランと核拡散問題については米朝間の秘密文書扱いとし、その中に双方の主張を併記したうえで、この問題を解決する方策を盛り込むという案のようです。

 この妥協案は、①濃縮ウランについては、当初北朝鮮に開発計画はあったものも、開発にはいたらなかったか、あるいは開発したとしても初期の段階で中断し、現在は開発していないことからパキスタンから持ち込んだ遠心分離機とロシアから輸入した150トン相当の高強度のアルミニウム管の所在を明らかにしたうえで今後は絶対にやらないということを北朝鮮が宣言することで決着を図る②シリアへの核移転は、イスラエルによる攻撃ですでにシリアの核施設建設が破壊されていることもあって今後は第3国に核協力をしないことをこれまた公約させることで収拾するというものです。

 三つのうち一つか、あるいは三つをがらがらポンにした新たな妥協が成立するのか、それとも北朝鮮による全面否認となるのか、どっちにしても、最終回答が出されます。

 仮に、申告問題で電撃合意となれば、北朝鮮へのテロ支援国指定も解除されます。そうなると、困るのはテロ支援国指定解除に反対してきた日本政府の立場です。日本政府は13日に期限切れとなる北朝鮮経済制裁を延長する方針を固め、一両日にも閣議決定する手はずになっています。日本は制裁の継続、同盟国米国は解除という「ねじれ現象」が生じます。

 米朝会談の後、14日からは李明博大統領が訪米し、20日までの間にブッシュ大統領と首脳会談を行ないます。そして、15日は北朝鮮にとっては一大国家慶事である金日成主席の誕生日です。21日には訪米の帰途立ち寄る李明博大統領と福田総理との日韓首脳会談が予定されています。さらには状況次第では山崎拓自民党元副総裁を団長とする自民・公明・民主3党による訪朝も月内にあるかもしれません。4月は慌しくなりそうです。

2008年4月 1日

ボールはどっちにある?

 6カ国協議で米首席代表を務めるヒル国務次官補が今日(4月1日)訪韓します。アジアソサエティ・コリアセンターの創立記念行事に出席するのが目的ですが、3日までソウルに滞在する予定で、今夜6カ国協議韓国側首席代表の千英宇・朝鮮半島平和交渉本部長と、2日には、権鍾洛外務第1次官と相次いで会談します。

 ヒル次官補の訪韓について、韓国の連合通信(3月31日)は、「ヒル次官補がソウルに滞在中、北朝鮮側が何らかの提案をしてくる可能性があるとの見方も出ている」と伝えています。

 北朝鮮に詳しい高官筋が同通信に明らかにしたところでは、3月13日にジュネーブで開かれた会談で米朝双方はウラン濃縮計画(UEP)とシリア核協力疑惑などでほぼすべての内容に合意しており、1つの文案をめぐり上部の指針を受けている状況だとのことです。

 また同通信は、別の外交消息筋の話として、その合意内容は「北朝鮮がウラン活動と核拡散活動に介入したというのは米国の理解事項だとする内容を核計画申告書に明示し、北朝鮮はこれに反発しないという立場を盛り込むことを骨子としている」とのことです。

 ヒル次官補は、こうした案に対し北朝鮮側が「合意直前」の関心を示したことを考慮し、申告書提出時期に合わせテロ支援国指定を解除するため、議会関係者らとの接触を強めるなど積極的に動いていたとしています。

 ところが、北朝鮮側は3週間以上、ヒル次官補の望む回答を示さなかったことから、また、北朝鮮外務省報道官が3月28日に米国の要求を拒否する姿勢を示す談話を発表したことから、ヒル次官補は今回の訪韓を機に、北朝鮮に「最後通告」を送り、決断を改めて求めたのではないかというのが、連合通信の記事の結論です。言わんとするところは、ボールは北朝鮮側にあり、ヒル次官補は訪韓中に北朝鮮から「ボールバック」(返事)があるのを待っているということです。

 ところが、この連合通信の記事と正反対なのが、昨日(3月31日付)の韓国の京郷新聞の記事です。それによると、北朝鮮が最近、米国に新たな妥協案を提示し、米国はこの妥協案を受け入れるべきか議会及び政府内で内部調整しているというのです。

 妥協案は、ヒル次官補が欧州出張から帰国した3月15日以降、ニューヨークチャネルを通じて米国に伝えられたようです。同紙によると、ある消息筋は「重要なのは米国がまだ北朝鮮の提案に対して逆提案をしていないことだ。ジュネーブ協議以降消沈していた米国は(この妥協案に)関心を示している」と語っています。

 また別の消息筋は「今は、技術的な調整局面にある。それは、米国と北朝鮮との間の調整というよりも、米議会及び米政府内部の意見折衝に向けられている」として、「米国側の決定が注目される」と述べています。

 北朝鮮外務省の発表の受け止め方も全く逆で、北朝鮮が「米国が既存の立場に固執するなら、核施設の無能力化にも深刻な影響を及ぼす」との強硬な姿勢を示したのは、北朝鮮が提案した妥協案が最終的な立場であることを強調し、米国に決断を迫った意味合いが大きいと語っています。

 京郷新聞の記事では、ボールは北朝鮮側でなく、米国側のコートの中にあるようです。どちらの記事が正解なのか、間もなくその結果が出ることでしょう。

Profile

辺 真一(ぴょん・じんいる)

-----<経歴>-----

1947年東京生まれ。
明治学院大学(英文科)卒業後、新聞記者(10年)を経て、フリージャーナリストへ。
1980年 北朝鮮取材訪問。
1982年 朝鮮半島問題専門誌「コリア・レポート」創刊。現編集長。
1985年 「神戸ユニバシアード」で南北共同応援団結成。統一応援旗を製作。
1986年 テレビ、ラジオで評論活動を開始。
1991年 南北国連同時加盟記念祝賀宴を東京で開催。北朝鮮への名古屋からの民間直行便開設に助力。
1992年 韓国取材開始。(以後今日まで二十数回に及ぶ)
1998年 ラジオ短波「アジアニュース」パーソナリティー。
1999年 参議院朝鮮問題調査会の参考人。
2003年 海上保安庁政策アドバイザー。
2003年 沖縄大学客員教授。
現在、コリア・レポート編集長、日本ペンクラブ会員。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
「辺真一のコリア・レポート」

-----<著作>-----


『「金正日」の真実』
小学館、2003年1月


『金正日「延命工作」全情報』
小学館、2002年11月


『強者としての在日』
ザ・マサダ、2000年11月


『「北朝鮮」知識人からの内部告発』
三笠書房、2000年1月


『北朝鮮亡命730日ドキュメント』
小学館、1999年6月


『北朝鮮100の新常識』
ザ・マサダ、1999年5月

『ビジネスマンのための韓国人と上手につきあう法』
ジャパン・ミックス、1997年12月

『朝鮮半島Xデー』
DHC、1994年8月

『表裏の朝鮮半島』
天山出版、1992年4月

-----<共著>-----


『読売 VS 朝日 社説対決 北朝鮮問題』
中央公論新社、2002年12月

『韓国経済ハンドブック』
全日出版、2002年3月

『一触即発の38度線』
飛鳥新社、1988年7月

-----<訳書>-----


『北朝鮮が核を発射する日』
PHP研究所、2004年12月

『凍れる河を超えて(上)』
講談社、2000年6月

『凍れる河を超えて(下)』
講談社、2000年6月

『私が韓国をキライになった48の理由』
ザ・マサダ、1998年9月

『潜航指令』
ザ・マサダ、1998年7月

『生きたい!』
ザ・マサダ、1997年7月


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