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2008年1月27日

政権交代で活気付く脱北者

 李明博大統領誕生による韓国の政権交代で誰よりも活気付いているのは脱北者のようです。金大中―盧武鉉政権下で10年続いた北朝鮮への太陽政策によって長い間日陰に追いやられていた脱北者らがやっと韓国で「我が春」を迎えようとしています。

 年末の12月27日にはソウル市内で「北朝鮮民主化ネットワーク」の忘年会が開かれました。挨拶に立った委員長の黄長燁元朝鮮労働党書記は「政権交代はまだ半分の勝利に過ぎない。北朝鮮の民主化のためにさらに戦わなければならない」と忘年会に出席した元タイ駐在参事官の洪淳京会長率いる「脱北者同志会」のメンバーや横田めぐみさんの夫が韓国から拉致された金英男氏であることを突き止めた崔成龍・拉致家族会代表ら100人を前に気勢をあげていました。

 韓国に脱北してきた人の数は昨年2月で1万人を超しましたが、その多くがこの10年間にやってきました。そして「左派政権」(黄長燁氏)下であったがゆえに北朝鮮に関する発言を封じ込められたと、不満を表しています。特に、黄氏ら党、軍、政府の要職に着いていた「大物」らは海外渡航も制限されていました。韓国の情報機関である国家情報院は脱北者らから重要な情報、証言を得ても、「北朝鮮を刺激してはならない」との政府方針に従い、情報を隠匿、隠蔽してきたそうです。

 しかし、李次期大統領は北朝鮮の人権問題について「批判のための批判はしないが、言うべきことは言う」と、前任者とは違い、北朝鮮の人権状況については黙認しないことを約束しています。政府内に「北朝鮮人権局」を作るかどうかは別にして、北朝鮮情報を一括する国家情報院は一変し、10年前に回帰するものと思われます。マスコミによる脱北者へのアプローチも解禁され、北朝鮮に関する秘密情報、スクープがかつてのように新聞紙上を賑わすことになるでしょう。

 当然、日本人拉致被害者に関する安否情報も今後は大いに期待が持てます。特に、国家情報院がこれまで伏せていた情報・工作機関に従事していた亡命者らが表に出てくれば、あっと驚くような情報が持たされるかもしれません。これまでは「北朝鮮工作員=安明進」と言われるぐらい、拉致証言は安明進元工作員の独断場というか、「専売特許」でした。マスコミは彼について「拉致の百科事典」と呼ぶほど依存していました。

 ところが、最も頼りにしていた安明進氏が昨年、麻薬所持容疑で逮捕され、有罪判決を受けたことで、これまでの証言の信憑性が問われ始めました。加えて、1月18日に放送されたテレビ朝日のニュース番組によると、ソウルで面会した蓮池透さん(拉致被害者の蓮池薫さんの兄)に対して「金正日政治軍事大学で蓮池薫さんを見たと断定したのは間違いだった」と謝罪していました。

 この発言を聞いて、正直驚きました。3年前の本誌主催の勉強会「KR会」で安氏は「蓮池薫さんがタラップから下りてきた時の顔を見て、金正日政治軍事大学で見た人物に間違いないとの確信を持った。確信があったからこそ、徹さんを通じて(2003年1月に来日した際)電話で話したわけだ。薫さんも私が誰であるかを知っていたからこそ通話したのではないか。お互いに面識がなければ電話でのやりとりはできない」と自信たっぷり答えていたからです。「安明進は嘘をついている」と反論する蓮池薫さんに「会って、白黒を付けたい」とさえ言っていました。

 「金正日政治軍事大学で見た」というのが間違いならば、横田めぐみさん、市川修一さん、増元るみ子さんら政府認定の拉致被害者と加藤久美子さんや山田建治さんら特定失踪者ら合わせて10人以上の日本人を金正日政治軍事大学で見たとの「目撃証言」も怪しくなってきます。拉致被害者家族及び救援活動をしている人の多くが「安明進証言」を頼りにしてきただけに、今回の発言には当惑しているのではないでしょうか。「安明進証言」の真偽を確認するには新たな脱北者の証言を待つほかなさそうです。

2008年1月17日

「北の遅延」に米大統領予備選が影響

 北朝鮮は約束した核計画の全面申告を履行しませんでした。昨年12月のヒル米国務次官補の2度目の訪朝の際に口頭で申告したそうですが、中身は米国が期待していた完全で全面的申告とはほど遠かったようです。肝心の核施設の無能力化作業もまだ終了していません。北朝鮮が無能力化の作業ペースを遅らせていることが原因です。

 核計画の申告や核施設の無能力化と同時に6か国協議再開の見通しも立っていません。遅くとも年明けには再開できるのではと囁かれていましたが、どうやら2月に延びそうです。米国は韓国の李明博大統領就任式にライス国務長官が出席するため就任式の2月25日までには開きたいと打診していますが、北朝鮮が早期開催に難色を示し、まだ日取りは決まっていません。

 北朝鮮は重油提供の遅れとテロ支援国指定の解除を米国が躊躇っていることを遅延理由に上げていますが、それは表向きの理由であって、本当のところは、大統領予備選挙の成り行きを見守っているものと思われます。おそらく、共和・民主両党の大統領候補が正式に指名されるまでは、当分の間時間稼ぎに出るのではと危惧されます。時間の引き延ばしは、同時に後一年で任期切れとなるブッシュ大統領の焦りを誘うこともできるからです。遅延戦術で「一石二鳥」を狙う魂胆のようです。

 北朝鮮が次期大統領に民主党大統領を望んでいるのは自明です。ヒラリー、オバマ両候補とも北朝鮮との直接対話を重視しているからです。と言って、どちらでも良いというわけではないようです。どうやら本音ではヒラリー候補よりもオバマ候補を待望しているようです。その理由は、簡単です。ヒラリー氏が「当選しても直ぐには北朝鮮との首脳会談は行なわない」としているのに対して、オバマ氏は「当選すればワシントンでも、どこでも無条件で直ぐにやる」と断言しているからです。

 もう一つは、オバマ氏が北朝鮮を核保有国と認める発言をしていることです。米国に核保有国として認知させたい北朝鮮からすれば、オバマ候補は「最も望ましい相手」と言えます。オバマ氏に勝算が出てきたことでブッシュ政権との交渉を急ぐ必要はないとの判断が働いたのかもしれません。さりとて、のんびり構えてはいられない事情もあります。共和党候補として北朝鮮強硬派のマケイン候補が一挙に急浮上したことです。

 本命視されていたジュリアーニ前ニューヨーク市長ならば、ブッシュ政権の対北朝鮮対話路線を支持し、その継承を公約に掲げていることから別に問題はないのですが、マケイン氏が仮に共和党大統領候補に選出され、そして本選で当選するようなことになれば、米国の対北朝鮮政策が180度変わり、再び、全面対決に直面する危険性があるからです。

 マケイン氏は、前々回(8年前)の大統領予備選の時にサウスカロライナ州での演説で「北朝鮮が大量破壊兵器を開発する場合、転覆させなければならない」「究極的には北朝鮮を転覆させ、民主的に選出された政府を樹立できるように内外で軍隊を武装させ、訓練させるつもりだ」と発言するほど、北朝鮮からすればボルドン前国連大使と並ぶ「天敵」となっています。

 彼の北朝鮮に対するスタンスは8年過ぎた今も変わらず、金正日政権を「野蛮的で、抑圧体制」と呼び、10年続いた金大中、盧武鉉政権による「太陽政策」を辛らつに批判し、自分が「大統領になれば核問題だけでなく、ミサイルの問題や日本人拉致問題、そしてテロと核拡散の問題も取り上げる」と遊説先でぶっています。マケイン候補は拉致問題を抱える日本にとっては、「最も頼もしい、望ましい候補」ですが、北朝鮮からすれば、「ブッシュよりも怖い相手」となります。

 思えば、ビル・クリントン大統領の任期最後の年に行われた大統領選挙でも、ジョージ・ブッシュとジョン・マケインの二人の共和党候補が出馬し、クリントンの対北朝鮮宥和政策を批判しました。それが理由で、北朝鮮は共和党候補の当選に備え、クリントン政権との「ジュネーブ核合意」を隠れ蓑に、秘かに濃縮ウランによる核開発に乗り出しました。北朝鮮が今、再び「6か国合意」遅らせているところをみると、良くも悪くも米大統領予備選が影響しているのかもしれません。

2008年1月 7日

拉致」の日朝対立に似てきた米朝対立

 ヒル米国務次官補が今日から韓国、日本、中国、ロシアの4カ国を歴訪します。6か国協議の合意事項であった北朝鮮の核施設の無能力化と核計画の申告が年内までに完了しなかったことへの対応協議が目的です。

 ところが、約束不履行を問われていた北朝鮮は4日、突如外務省スポークスマン談話を発表し、昨年末までに核計画を作成し、米国にすでに通報していると反論してきました。また、無能力化作業が遅れたことについては重油供与が遅延しているためその対抗措置として作業を遅らせていると釈明しています。北朝鮮は「行動対行動」の原則に基づき、米国によるテロ支援国指定解除や対敵国通商法の適用終了が必要との立場を重ねて強調していました。「後出しジャンケンは許さない」というのが北朝鮮の立場のようです。

 北朝鮮の唐突の発表に対してヒル次官補は昨年12月の訪朝の際に一部口頭による通報を受けたことは認めたものの、「公式な文書ではなかった」と説明しています。「申告内容をめぐって非公式な論議を行なったにすぎない」というのがヒル次官補の認識です。そのうえで、ヒル次官補は「北朝鮮は完全かつ正確な申告を行わなければならない」とし、完全かつ正確な申告とは「すべての物質や施設、計画を網羅することである」と釘を刺しています。

 また、申告の焦点の一つである、ウラン濃縮問題についても米国は申告がないとの立場に対して北朝鮮は「一部の軍事施設まで(米国に)特例的に視察させ、問題のアルミ管はウラン濃縮とは関係がないことをすべて説明した」と、双方の主張は完全に対立しています。さらに、もう一つの焦点である北朝鮮とシリアとの核協力疑惑についても依然として解明、解消されていないようです。

 ウラン濃縮開発疑惑については米紙が「北朝鮮が米国に提供したアルミ管に濃縮ウランの痕跡が見つかった」と報道したことで米国内では疑念がさらに深まっています。しかし、その一方で、痕跡がついていたことについては米国内でもパキスタンから持ち込まれていた時点で付いていた可能性もあるとの指摘や、これだけではウラン核開発はできないとの楽観論も出されていることから交渉による解決は可能と考えられます。

 また、北朝鮮とシリアとの核協力疑惑についてもヒル次官補が米上院外交委員会の非公開公聴会で「拡散が過去にあったにしろなかったにしろ、現在、将来にわたって起きないように注視し続ける必要がある」と述べているのをみると、やはり過去を不問とし、将来拡散させないというのがブッシュ政権の方針であることがわかります。

 「申告済み」に対して「未申告」「完全な申告ではない」との米朝の立場の相違は、「解決済」「未解決」で対立する拉致問題への日朝の見解の違いと酷似してきました。なにをもって申告とみなすか、完全な申告とみなすかの定義がはっきりしていないことが原因のようです。

 仮に、北朝鮮による申告が口頭によるものならば、これは論外です。外交上は公的文書による申告でなければなりません。従って、北朝鮮は文書で申告を提出すべきです。問題は「完全で正確な申告」の中身です。北朝鮮が「これ以上申告するものはない」と言っても米国が「不完全、不正確である」と受理しない限り、核問題は進展しません。このギャップをどう埋めるのか、まさに第二段階の最大の障害です。

Profile

辺 真一(ぴょん・じんいる)

-----<経歴>-----

1947年東京生まれ。
明治学院大学(英文科)卒業後、新聞記者(10年)を経て、フリージャーナリストへ。
1980年 北朝鮮取材訪問。
1982年 朝鮮半島問題専門誌「コリア・レポート」創刊。現編集長。
1985年 「神戸ユニバシアード」で南北共同応援団結成。統一応援旗を製作。
1986年 テレビ、ラジオで評論活動を開始。
1991年 南北国連同時加盟記念祝賀宴を東京で開催。北朝鮮への名古屋からの民間直行便開設に助力。
1992年 韓国取材開始。(以後今日まで二十数回に及ぶ)
1998年 ラジオ短波「アジアニュース」パーソナリティー。
1999年 参議院朝鮮問題調査会の参考人。
2003年 海上保安庁政策アドバイザー。
2003年 沖縄大学客員教授。
現在、コリア・レポート編集長、日本ペンクラブ会員。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
「辺真一のコリア・レポート」

-----<著作>-----


『「金正日」の真実』
小学館、2003年1月


『金正日「延命工作」全情報』
小学館、2002年11月


『強者としての在日』
ザ・マサダ、2000年11月


『「北朝鮮」知識人からの内部告発』
三笠書房、2000年1月


『北朝鮮亡命730日ドキュメント』
小学館、1999年6月


『北朝鮮100の新常識』
ザ・マサダ、1999年5月

『ビジネスマンのための韓国人と上手につきあう法』
ジャパン・ミックス、1997年12月

『朝鮮半島Xデー』
DHC、1994年8月

『表裏の朝鮮半島』
天山出版、1992年4月

-----<共著>-----


『読売 VS 朝日 社説対決 北朝鮮問題』
中央公論新社、2002年12月

『韓国経済ハンドブック』
全日出版、2002年3月

『一触即発の38度線』
飛鳥新社、1988年7月

-----<訳書>-----


『北朝鮮が核を発射する日』
PHP研究所、2004年12月

『凍れる河を超えて(上)』
講談社、2000年6月

『凍れる河を超えて(下)』
講談社、2000年6月

『私が韓国をキライになった48の理由』
ザ・マサダ、1998年9月

『潜航指令』
ザ・マサダ、1998年7月

『生きたい!』
ザ・マサダ、1997年7月


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