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2007年11月19日

米国が日本の訴えを「却下」する理由

 北朝鮮に対するテロ支援国指定の解除を取りやめるよう米国に働きかけてきた日本の外交努力はどうやら無に終わったようです。福田総理よりも先に訪米し、指定解除反対のロビー活動を展開していた拉致被害者家族会などは、首脳会談の場で福田総理が自らブッシュ大統領に直訴しなかったことをその原因の一つに挙げていましたが、強く要求したとしても結果は同じかもしれません。

 総理が誰であったとしても、ブッシュ大統領を再考させることはできなかったと思われます。現に、前任者の安倍さんでさえもブッシュ大統領を翻意させることができませんでした。町村官房長官が外相時の5月に訪米した際、「米国が北朝鮮をテロ支援国家の指定から解除するようなことがあれば、日本の人々は米国に見捨てられたと感じるだろう」と訴え、加藤駐米大使が「解除すれば、日米関係を損なうことになるだろう」と牽制してみても、どうにもなりませんでした。

 米国が耳を貸さないのは、一つは、グローバルな核問題に対して拉致は日朝間の地域問題であるとみなしていることです。実際には拉致は日朝間の二国間だけの問題ではありません。というのも、北朝鮮による拉致被害国は、日本以外にも韓国、タイ、ルーマニアを含め世界12か国(523人)に上ります。

 しかし、日本以外はどこもテロ支援国解除には反対していません。北朝鮮と国交を断絶した国は一カ国もありませんし、日本のように経済制裁を科している国もありません。タイにいたっては、前年よりも、北朝鮮との貿易を1億ドル増やし、気がつけば、4億ドルと、経済制裁の結果2001年の4億7千万ドルから1億2千万ドルに大幅減少した日朝貿易とは好対照です。

 次に、米国の安全保障上、国益上、核問題を優先させなければならないことです。将来、米本土に届くかもしれない北の核及びテポドン・ミサイルの開発・実験をこれ以上放置させるわけにはいきません。また、北の核問題の解決方式は、次に控えるイランの核問題を解決するうえでのモデルになると捉えています。

 さらに、指摘されていることですが、ブッシュ大統領が来年の任期中までに北朝鮮の核問題を解決することで外交成果を挙げたいとの個人的な野心もあります。まさかとは思いますが、北朝鮮の核放棄と米朝平和条約の締結をもって前任者のクリントン氏のようにノーベル平和賞を夢見ているのかもしれません。

 最後に、実はこれが、米国の本音かもしれませんが、ブッシュ政権は日本が期待している拉致問題の解決(全員生存)は容易ではないと考えているのかもしれません。ブッシュ大統領が横田早紀江さんと昨年会った時、「まだ娘さんは生きていると思っていますか」と無神経な質問をしたことはあまり知られていません。また、ヒル次官補も今年3月、下院外交委員会の公聴会の場で「解決は、愛する者を失った家族にとっては幸せでないケースもあるだろうが、家族は何があったのか説明を受ける権利がある」と「死亡」を前提とするような発言をしていました。

 換言するならば、米国は拉致被害者が全員生存しているとはみなしていないのかもしれません。従って、拉致被害者の家族らが「生存者の救出のため指定を解除しないように」と言ってもおそらく聞く耳を持たないのかもしれません。日本政府がブッシュ政権に生存を100%確証しない限り、核問題を犠牲にしてまでも拉致問題の解決の日まで待ち続けることはあり得ないでしょう。

 テロ支援国の指定を年内まで解除するには、ブッシュ政権は45日前、即ち16日までに議会に通告しなければなりません。すでに年内の解除は時間切れとなりました。議会は感謝祭のため19日から2週間休会に入りますが、会期再開となる12月3日頃には封印された核施設の無能力化と核計画の申告も終わっていることから、おそらくこの時点で議会への通告が行なわれるものと予想されます。

 すでに米朝間では、テロ支援国指定解除と敵性国家通商法(経済制裁)の解除を前提とした金融交渉も始まりました。国際金融機関(IMF)や世界銀行(WB)への加入や融資のための技術的な問題について米国が北朝鮮にレクチャーすることになっています。

 さらに、米国による食糧支援も再開される見通しです。米国務省を含め米国際開発庁(USAIDの支援を受けた米国の民間団体が、10月末に北朝鮮を訪問し、北朝鮮当局と支援食糧の配給モニタリング案について話し合っています。米国は1995年から2005年まで合計200万トン(7億ドル)相当の食糧を世界食糧計画(WFP)を通じて北朝鮮に支援しましたが、直接支援するのは初めてです。

 PL480(正式名称は農業輸出開発支援法)に基づき、食糧支援を検討しているようですが、PL480は無償もしくは無利子で食料難に喘いでいる第3世界に食糧、農産物を支援する法律で、議会の承認を必要としません。PL480による支援は1、350万ドルから2、800ドルまで可能です。北朝鮮は10年前からこのPL480によるコメ支援を要請していましたが、韓国が反対していたことや、北朝鮮がテロ国家のリストから外れていないこともあって米国はこれまで難色を示していました。

2007年11月10日

「よど号」犯出国でテロ支援国指定解除へ

 拉致問題の解決を優先する日本政府と、核問題の解決を急務とする韓国政府の立場の違いがテロ支援国解除問題をめぐって鮮明となりました。

 高村外相は8日、来日したゲーツ米国防長官と会談した際に拉致問題が進展しない限り、北朝鮮のテロ支援国家指定を解除しないよう要請していました。ところが、現在訪米中の韓国の宋旻淳外交通商相はその翌日(9日)、北朝鮮の核無能力化への見返りとして、テロ支援国指定を解除する米政府に求めました。

 米国の右袖を日本が、左袖を韓国が引っ張る格好となっていますが、「ハムレットの心境」の米国は、「日本の立場を理解している」(ゲーツ長官)としつつも、「削除するかはわれわれの法に基づいて行う」(ヒル国務次官補)との立場です。

 米国内法に基づく解除の条件とは、①過去6か月間、国際テロ支援活動をしなかった②国際テロ支援活動をしないことを宣言する③「よど号」犯を日本に引き渡すの三つの条件を北朝鮮がクリアすることです。拉致問題は条件ではなく、「テイクノート」(留意)のようです。①も②もすでにクリアされており、問題は③の「よど号」犯の日本への送還です。

 ③ついては今月上旬来日したヒル国務次官補が、3日の都内での記者会見で「この問題で北朝鮮と協議中である」ことを明らかにしたうえで「我々は満足のいくような結果を得ることができる」と、極めて楽観していました。北朝鮮との交渉で何らかの手ごたえを得ているようです。

 想定される米朝間での「よど号」の解決策は、日本政府関係者が訪朝し、「よど号」犯を説得し、日本に連行してくるか、北朝鮮が一方的に国外退去させるかのどちらかです。日本政府が第一案を拒んでいることからどうやら第二案になりそうです。但し、出国策は日本ではなく、第三国、それも日本との間で犯人引渡し協定のない国が想定されます。直接日本に引き渡さなくても、北朝鮮から出国させれば、米国は③をクリアしたと解釈するようです。

 米朝間では、拉致問題でも協議が行われている模様で、北朝鮮は中国に続き、米国に対しても、日本政府が「偽物」と鑑定した横田めぐみさんのものとされる遺骨の再鑑定を依頼しております。11月3日まで訪朝していたジャーナリストの田原総一郎さんも、早稲田大学での「訪朝報告」の中で米国による再鑑定を主張していましたが、北朝鮮に「偽物」であることを納得させるためにも米国に再鑑定をさせるのも一つの手です。

 万が一、米国の再鑑定の結果、「日本の鑑定が間違っていた」となれば、大変なことになりますが、町村官房長官は外相の時の国会答弁(2004年12月10日)で「私どもは、世界最高の水準の知見をもって行ったこの遺骨が横田めぐみさんのものではないということを明らかにした。この点についてはもう全く疑う余地はない」と自信満々に語っていたわけですから何の心配もいらない筈です。

 北朝鮮が主張するように本当に「8人全員死亡」ならば、それを裏付ける「物証」(遺骨)がなければ、拉致被害者の家族も国民も受け入れることはできないでしょう。横田めぐみさんを除く、他の7人の墓が1995年に発生した大洪水で流され、遺骨は発見できないというのが北朝鮮側の主張です。本当にそうならば、この問題でも北朝鮮は米国に協力を要請しているかもしれません。

 奇遇にも米朝間では、近々朝鮮戦争(195-53年)で行方不明(戦死)となった米兵の米朝合同捜索活動が再開される見通しとなりました。米朝合同捜索団は1996年のスタート以来220柱以上の米兵の遺骨を収集しています。50数年前の遺骨を発掘できて、本当に死亡して、埋葬されたならば20年前の「遺骨」を発見できない筈がありません。

 テロ支援国指定解除をめぐる米朝の動きや6か国協議の進展の最中、毎日新聞は11月6日付に「政府は5日、北朝鮮による日本人拉致問題で、北朝鮮側に改めて日本の捜査当局者ら専門家を含めた調査団の平壌入りを求める方針を固め、10、11両日に中国・瀋陽で日朝非公式協議を行い要請する」と報じていました。外務省はこの記事を否定しています。

 土日にかけて非公式協議がなければ、誤報ということになりますが、仮に今後北朝鮮が日本から調査団を受け入れ、その結果、米朝のように合同調査団ができたとしても、それが「毎日」が言うように「新たな生存者の確認と帰国に繋がる」可能性は残念ながらゼロでしょう。逆に調査団の派遣及び受け入れは、「死亡」が前提になることを覚悟しなければなりません。

Profile

辺 真一(ぴょん・じんいる)

-----<経歴>-----

1947年東京生まれ。
明治学院大学(英文科)卒業後、新聞記者(10年)を経て、フリージャーナリストへ。
1980年 北朝鮮取材訪問。
1982年 朝鮮半島問題専門誌「コリア・レポート」創刊。現編集長。
1985年 「神戸ユニバシアード」で南北共同応援団結成。統一応援旗を製作。
1986年 テレビ、ラジオで評論活動を開始。
1991年 南北国連同時加盟記念祝賀宴を東京で開催。北朝鮮への名古屋からの民間直行便開設に助力。
1992年 韓国取材開始。(以後今日まで二十数回に及ぶ)
1998年 ラジオ短波「アジアニュース」パーソナリティー。
1999年 参議院朝鮮問題調査会の参考人。
2003年 海上保安庁政策アドバイザー。
2003年 沖縄大学客員教授。
現在、コリア・レポート編集長、日本ペンクラブ会員。

BookMarks

オフィシャル・ウェブサイト
「辺真一のコリア・レポート」

-----<著作>-----


『「金正日」の真実』
小学館、2003年1月


『金正日「延命工作」全情報』
小学館、2002年11月


『強者としての在日』
ザ・マサダ、2000年11月


『「北朝鮮」知識人からの内部告発』
三笠書房、2000年1月


『北朝鮮亡命730日ドキュメント』
小学館、1999年6月


『北朝鮮100の新常識』
ザ・マサダ、1999年5月

『ビジネスマンのための韓国人と上手につきあう法』
ジャパン・ミックス、1997年12月

『朝鮮半島Xデー』
DHC、1994年8月

『表裏の朝鮮半島』
天山出版、1992年4月

-----<共著>-----


『読売 VS 朝日 社説対決 北朝鮮問題』
中央公論新社、2002年12月

『韓国経済ハンドブック』
全日出版、2002年3月

『一触即発の38度線』
飛鳥新社、1988年7月

-----<訳書>-----


『北朝鮮が核を発射する日』
PHP研究所、2004年12月

『凍れる河を超えて(上)』
講談社、2000年6月

『凍れる河を超えて(下)』
講談社、2000年6月

『私が韓国をキライになった48の理由』
ザ・マサダ、1998年9月

『潜航指令』
ザ・マサダ、1998年7月

『生きたい!』
ザ・マサダ、1997年7月


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